第67話 下位冒険者はランクアップの為に考察する


「なんか呆気なかったですね」


 ティルルカの一言に、俺はナイフに付着した豚人間オークの血糊をブンッと振るって落とし、鞘に納めつつ肩をすくめて返した。


「相手が一匹だけだったお陰で、戦闘を長引かせずに済んだからな。ショルツ、近くに他の豚人間オークはいないか?」


「ナァー」


 戦闘では出番がなかったショルツが、眠そうに欠伸をしながらそう答える。


 ショルツは、豚人間オークのような知能が低く魔法に対する抵抗能力が低い魔物モンスターにとっての天敵だ。やろうと思えば眠らせたり、恐慌を呼び起こして追い払ったりも簡単だったろう。でも、それでは俺達二人の鍛錬にはならず、仮にそれでランクアップしても、その後はランクに見合わない能力と揶揄されることになるだろう。


 ショルツに戦闘へ介入してもらう為には、俺達が安定して豚人間オークを倒してしまえる位の能力を身に着けてからじゃないと拙い。あとは危機的状況に陥った時とかな。


「ルカ、豚人間オークの攻撃はどうだった?」


「一回受け止めるくらいなら問題ないです。ですが……」


「流石に二撃三撃って連続で受け止めるのは難しいか」


「一度に受けるような状況でなければ大丈夫ですが、乱戦になったらキツイかもしれないです」


不動要塞フォートレススタンスは足を止めて使う防御魔法だからなぁ。豚人間オークは割りと群れる事もあるし、せめて二、三体同時に相手取って数分引き付けられるくらいにならないと危ないよな」


「ですね。足を止めて発動しないと最大限の効果が発揮できない魔法ですから、乱戦で使えないとなるとあまりに有効な手段とは言えなくなります。かと言ってあたしの魔法の中で豚人間オークの攻撃に耐えられそうなのは不動要塞フォートレススタンスくらいですし……。『鉄級』への昇格条件のひとつは、C級魔物モンスターを相手にして安定した対処が出来るくらいの戦闘能力ですから、その代表格の豚人間オークに対処出来ないんであれば、昇格は夢のまた夢ですね……」


盾役タンクなら戦線の維持、火力役アタッカーならトドメを刺す能力……どっちもまだ心許ないんだよな……」


 そこで俺は、ふと思い付く。不動要塞フォートレススタンスだけで防ぎ切れないなら、他の魔法も使えば良いんじゃね?


「そうだ。魔法を組み合わせることは出来ないか?」


「組み合わせる……ですか?」


「ああ。思ったんだけど、豚人間オークの攻撃が最大限の力を発揮される時ってのは、武器が振り下ろされて獲物に叩き付けられる瞬間だろ?」


「まぁ、それはそうですね」


「なら、武器が振り下ろされる前に、少しでもそれを阻害出来れば、不動要塞フォートレススタンスで受け止めるのも簡単にならないか? そうしたら何体同時に相手取っても対処しようがあると思ったんだが」


「そう……ですね。豚人間オークの攻撃を真正面から受け止めることだけ考えてたので、あまり他の魔法を組み合わせる戦略については考えたこと無かったです」


「確か同系統の魔法は重ねて掛けることが出来ないんだっけ?」


 魔力の少ない俺にとって、魔法は戦闘における補助手段の一つと割り切ってるので詳しい事は分からないが、確か同系統の魔法ってのは、術式の一部に同じ物が使われるので、ある適度時間を空けて使わないと、術と術が変に混じり合って、最終的には打ち消し合う結果になるって話しを聞いたことがある。


「はい。例えば魔法障壁プロテクションの二枚がけとか魔法障壁プロテクション不動要塞フォートレススタンスの同時発動なんかは出来ません。ですが……」


 そこで一瞬言葉を切り、顎に手を当て空へと視線を向けるティルルカ。これは、自分の考えをまとめる時にティルルカがよくやる仕草の一つだ。


「そうですね……結果的に相手の攻撃を防げれば良いのであれば、別に防御魔法にこだわる必要は無いんだから、やろうと思えば組み合わせる事は出来ますね!」


「例えば?」


「四元素魔法と防御魔法は起源が違いますので、同時に使っても影響し合わないです!」


 四元素魔法ってのは、自然現象を魔力で加工して魔法に仕立て上げる術式だ。炎や水、風や土、雷の魔法なんかがそれに当たる。防御魔法や俺が使った魔法の飛礫マジックバレットなんかは、自分自身の魔力その物を加工して魔法としての形を成すので、魔法という現象を生み出す過程が違うのだ。これが、ティルルカが言う『起源』が違うということに繋がる。


「四元素魔法はある程度適性が必要だろ? ルカは使えるのか?」


 ここで言う使えるってのは、実戦で使えるレベルにあるのかって話だ。四元素魔法は向き不向き……所謂適性ってやつがあって、相性が悪い元素だと膨大な魔力を消費してしまって、実戦では使い物にならない。因みに俺は魔力量が少すぎて、適性云々言う以前の話で、使おうと思った事すらない。


「あたしは風と水の適性がありますので、そちら系統の魔法であれば使えます」


「お前……ドワーフの血が入ってるのに、火と土じゃないのか……」


 生粋の鍛冶師として名高いドワーフ達は、炎と鉱物の扱いに長けており、その要因の一つが火と土の魔法適性なのだ。ドワーフ達は種族として火と土の魔法適性を有している。但しこれは男のドワーフ達の話で、女のドワーフはどちらか一つである事が多い。女性のドワーフに鍛冶師が少ないのは、これが原因とされている。


 だが、どっちの適性もない者ってのは珍しい。


「ですです。その所為かどうかは分かりませんが、あたしはハーフドワーフなのに下戸なのです。なのでお酒を飲ませればやり放題ですよ!」


「風と水なら相手を幻惑したり、動きを鈍らせたりする術なんかを併用すれば良いか?」


「むーしーですかー! あたしの主張は無視ですか! そんなご主人様も愛してますがぁぁぁ!」


「ナー」


「ん? なんだショルツ、腹減ったのか?」


「ナー」


「あーたーしーもーお腹空きましたー!」


「ここじゃ、料理出来ないから携帯食で良い?」


「ナー」


「あたしは新作のあのナッツバーキボンヌがぁぁぁ拳骨キタァァァ!!」


「うっさいわボケ」


 転げ回るティルルカを尻目に、肉の燻製を取り出しショルツに差し出したのだった。

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