第66話 下位冒険者はランクアップの為に奮闘する


『……きたる権能 能わざるは白亜の絶壁 不動要塞フォートレススタンス!』


 ティルルカの呪文詠唱マジックスペルの旋律と共に、彼女の周囲の空気が瞬時に揺らぎ、次第に魔力が可視化されて行く。次いでその可視化された魔力が、ティルルカの持つ大盾へと集束していき、魔法の発動と同時に、その大盾を中心とした魔法障壁が張り巡らされた。


「一人で『ピィー』でもしてなさい! オーク腐れ豚野郎!」


『ブギャァァァ!』


 ティルルカの挑発に乗ったわけでもないだろうが、オークが石斧を振り上げ怒声を上げながら突進してくる。


 オークは、体長2〜3メートル程の巨体を持つ、豚と人間が混ざり合ったような亜人間だ。人間には及び得ないような怪力と、いくら斬り付けても直ぐさま回復してしまう、最早再生と言っても差し支えないような高い治癒能力が特徴で、その巨体と怪力から繰り出される攻撃は、只の人では受け止める事など不可能だ。魔力を持つ人間だけが、耐え得ることが出来るだろう。


 魔力を持つ冒険者ともあらば、この豚人間オークのような魔物モンスターの脅威に立ち向かわなければならないが、全ての冒険者がこの一撃を受け止める事が出来るわけではない。俺のような魔力量が少ない紙装甲の冒険者では、避ける以外の選択肢を取ることは、自殺志願者と罵られてもやむを得ない程の一撃なのだ。


 しかし、盾役となるとそうは行かない。この豚人間オークの攻撃を凌ぐことが出来るかどうかが、下位冒険者と中位冒険者を分ける一つの目安になっている。この一撃を受け止める事が出来て、初めて周囲から一人前と認められるのだ。


『ブギィィィ!!』

「どっせぇぇぇい!!」


 振り下ろされる石斧を、ティルルカが奇声を上げながら、魔法障壁展開済の大盾でキシィィィィンと音を響かせ見事受け止める。


 それを見極めつつ、俺は豚人間オークの死角を突いて回り込み、逆手に持ったナックルガード付きのナイフを突き刺した。


「なっ?!」


 ナイフの切っ先が豚人間オークの脇腹へと突き刺さるも、分厚い脂肪とその下にある鋼のような硬い筋肉に阻まれ、致命傷と呼ぶには程遠い軽い刺し傷を与えたのみに留まった。


「硬すぎだろ!」


 俺は、直ぐさま身体を捻りながら飛び退き、そのまま豚人間オークの脇腹に刺さっていたナイフを飛び退きざまに引き抜いた。


 豚人間オークは、俺のその動きとセリフを焦りと受け取ったのか、ニヤリと笑みを浮かべて悠然と俺に向き直る。与えた筈の刺し傷は、既に塞がり始めており、流石の治癒能力を見せていた。


 ナイフには魔力を纏わせていたのだが、あの程度の魔力ではそのまま魔刃を打ち出しても、多分あの分厚い皮下脂肪と筋肉を突き通すには足りなかろうと、敢えて温存している。


『ブギィ……』


 自分を傷付けるには、俺達二人では力が足りないと思ったのだろう、豚人間オークの顔にはニヤニヤと余裕の笑みが浮かんでおり警戒心が全く感じられない。


 元々豚人間オークは肉体的には強靭だが、知能が低いとされている。それは厳然たる事実で、豚人間オークにはゴブリン程の狡猾さは無く、駆け引きなど無い力任せの攻撃が常なのだ。その攻撃が半端な威力ではないので、下位冒険者にとっては脅威だが、戦い慣れたベテランになるほど、攻撃パターンが読みやすい豚人間オークの討伐は、美味しい仕事になりうるのだ。


 ある意味ここまでは予定通りだ。


 実は、ティルルカの防御魔法はリリーヌ嬢からもお墨付きをもらっている。ティルルカなら豚人間オークの攻撃をある程度受け止める事が出来ると踏んでいた。あとはティルルカが豚人間オークの攻撃を連続で受け続けるような状況にならないよう、俺が立ち回れば問題ないと思っている。


 問題は攻撃の方だ。あの硬い防御と異常な治癒能力を上回るような攻撃で、この豚人間オークにトドメを刺す事が出来るのかって話しだ。


 ティルルカの攻撃は、当たりどころが良ければ敵の行動を阻害するような効果は見込めるが、致命傷を見込めるような高いダメージを与える事は難しい。


 となると、トドメを刺すのは俺の仕事になるわけだが、ナイフを主武器としてる俺の攻撃力は、悲しい程に低い。一撃で終わらせるには余程上手く急所に入れねばならず、ダメージを蓄積させるには一撃一撃の重さが足りない。俺の一撃より豚人間オークの回復力の方が上回る可能性すらある。


 さてどうするか……。


「ひぃぃぃっさぁぁぁつぅぅぅ! 膝カックンボンバァァァ!!」


 などと考えていたら、俺に敵意ヘイトが向いた事をいいことに、ティルルカが豚人間オークの左膝の裏へ魔剛鉄アクサライト性の細身の棍棒を叩き付けた。つーか、必殺と銘打つんなら、膝カックンさせるんじゃなくて、その名の通り必ず殺せよ。


 因みに、ティルルカの持っている棍棒は、冒険者になりたての頃にゴブリンから奪い取ったあの魔剛鉄アクサライト性鉄槌を鋳潰した物を基に、おやっさんに鍛え直して貰った特製の棍棒だ。鎚の形では、盾役をこなすのに具合が悪かったので、棍棒の形に作り変えたのだ。


 俺は余計な思考を頭の片隅に押しやりながら呪文を詠唱し、左に傾く豚人間オークに対して人差し指を突付ける。


『光弾よ 敵を穿て 魔法の飛礫マジックバレット!』


 指先から光の飛礫が撃ち放たれて、体勢を立て直そう藻掻いている豚人間オークに向かって、螺旋状に回転しながら伸びて行く。


『ブギィィィアォォォ!!』


 光の飛礫は、豚人間オークの右目を撃ち抜くが、まだ致命傷には至っていない。ゴブリンや魔狼ならもう一撃で倒せる位の威力があるのだが、流石の生命力だ。


震打スタンヒット!」

『グビッ……』


 透かさずティルルカが追撃を仕掛け、豚人間オークの脳天に一撃を落とす。


首刈りデスサイズ


 そして、頭を揺さぶられ意識が朦朧としている豚人間オークの首を、俺の魔刃が切り落としたのだった。


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