第65話 下位冒険者は受付嬢の真実を知る その弐
俺の拳骨を受けた痛みで転げ回るティルルカをさらりとスルーし、リリーヌ嬢の話は続く。
「まぁ、『ピィー』を切り落としたまでは良かったんですが、向こうには世界最優と言われている聖女さんも居たので、非常に残念な事ですが既に全て再生と回復済みなんですけどね」
本当に心底残念そうな表情でそう口にするリリーヌ嬢。よっぽど腹に据えかねてんだな。
「いや、よくそれで獲っ捕まらなかったな」
「勇者の女癖の悪さは問題になってましたからね。その数々の罪状を公表しない事と引換えに、私の行為は不問になったんです」
「勇者は国の支援の元、数々の特権を持ってるらしいもんな。どれほどの重さかは分からんけど一般市民にその罪状とやらがバレたら、勇者をその地位にまで引き上げた王国そのものに批判が集まりかねないってことかな?」
「その通りです。幸いと言うには口惜しいですが、聖女のお陰で証拠も綺麗さっぱり消えていますので問題にならずに済んだのです。仮に、本人が騒いでも、証拠不十分で全員で口を噤む事が決まっています」
「なんか勇者の扱い酷いな!」
「まぁそれは
「あれ? んじゃ、なんでソロ冒険者に戻らずに受付嬢になったんだ?」
「それは私の都合とギルドの思惑が合致した結果というか……双方にとってそれが最良という結論に至ったからです」
「ギルドの思惑って言うと……ああ、監視の意味合いか」
「そうです。いくらお咎め無しと言っても、完全に野放しにする事は、ギルドの立場上出来ないとの話でした」
「んじゃ、アンタの都合ってのは?」
「私のフィールドワークは
「でも、珍しい
俺は情報を公開するけど、普通は秘匿するもんだ。
「勘違いされてるようですが、
「ああ、確かにそれはそうだよね」
好きな事を他人任せにしても何も面白いことないもんな。
「ギルドの受付嬢してると勝手に情報集まってくるだろうし、確かにアンタにとっては都合が良さそうな話だな」
「そういう事です。出現情報をキャッチ次第、討伐依頼を兼ねて観察しに行ってるんです。生態情報として欲しいのは、実は当たり前にいる
「理解した。確かにそれなら納得の話だわ」
「人に歴史あり……ですね。リリーヌ様は、ギルドの受付さんの中で明らかに一人浮いてましたし、強さも半端ないのになんで受付嬢に収まってるんだろうって不思議に思ってました」
コイツはまた余計な一言を……まぁ、確かに受付嬢の中では明らかに一人浮いてるのは確かだけど。
「本業は冒険者且つ研究者ですので、浮いて見えても仕方がありませんね」
ティルルカの空気を読まない明け透けな言葉をさらりと躱し、リリーヌ嬢はそう返した。リリーヌ嬢、なんかティルルカに甘いよなー。俺が言ったら半殺しにされそうなセリフだったのに。
「話が逸れましたが、以上の理由から今回の報酬に関しては大金貨5枚で間違いありませんので、安心してお受け取りください」
そういや、報酬受け取りに来てたんだった。忘れてたわ。
「分かったよ。そういう事なら貰っとく」
「そのままお持ち帰りになりますか?」
「いや、そんな大金持って歩くの怖ぇーよ。必要な分を必要な時に引き落とすから、ギルドの金庫で預かっておいてくれ」
ギルドは冒険者達に対して金融業も営んでおり、希望者はギルドに預金する事が出来るのだ。
「全額お預かりしますか?」
「んー……取り敢えず銀貨十枚だけ貰って残りは預けとく」
「死亡受取人は如何されますか? ティルルカちゃんは立場的に奴隷ですので、受取人に指名できません。誰もいらっしゃらないのでしたら、通例どおりですとギルド預かりになってしまいますが」
リリーヌ嬢の言葉に、俺とティルルカは目を合わせる。
死亡受取人ってのは、読んで字の如く、預けた側の人間が死んだ場合、その預金を受け取る事ができる人間を指定する制度だ。
ギルドの金庫は基本預けた本人しか引き出す事ができない。その預けた本人が
普通は家族が受取人になるのだが、冒険者には信頼できる家族がいない事も多く、その場合、ギルドが受取人となり、冒険者遺族への見舞金や、新人冒険者への教育費用に当てられる事になる。
「この際、ティルルカちゃんを奴隷から解放されて、受取人に指定されては如何ですか? もう既に十分お金は貯まっているでしょう?」
「嫌です!」
リリーヌ嬢の提案を、ティルルカは即座に拒否する。
「何故ですか? 今後の事も考えれば、ティルルカちゃんが奴隷のままでいる事はあまりお勧めできませんが……」
「だって、ご主人様、あたしが奴隷じゃなくなったら、絶対あたしを遠ざけますもん」
「……」
ティルルカのセリフに、俺は反論できずに沈黙する。その反応が、ティルルカのセリフが事実である事を如実に現してしまっているだろう。
そんな俺の態度に呆れた様子で肩を竦めるリリーヌ嬢。
「そうですか、分かりました。それではギルド預かりとして処理しておきます」
そう言いながら、リリーヌ嬢は、報酬を受け取りの為に必要な書類を書き上げていく。
何もツッコミしてこないのは、リリーヌ嬢の優しさだろうか?
いや、冷静に考えて、んなわけねーな。この人なら俺の心の傷を更にグリグリ広げてくんだろう。
「何か仰りたいことでも?」
書き上げた書類をこちらに差し出しながら、リリーヌ嬢は何でもお見通しって風に圧をかけてくる。やっぱ怖ぇよこの人。
「いいいいえ、何でもございません! それじゃ、報酬に関してはそのようにお願い致します! これにて失礼!」
書類を受け取ると、何やら、何故か少し不満げな表情を見せているリリーヌ嬢を尻目に、俺達は来客室をあとにしたのだった。
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