第64話 下位冒険者は受付嬢の真実を知る その壱


 そして翌日。


 俺とティルルカは、半分意識が飛んた状態で帰宅の途に付いていたらしく、いつの間にかねぐらのベッドで毛布に包まって並んで膝を抱えて座っていた。恐ろしや。


 目覚めた俺達は、微かに残った記憶を頼りに報酬の受け取りがまだ済んでいなかったことを思い出し、ギルドへと足を運んでいた。


 そして、そこで思いもよらない話しを聞くことになる。まさに開いた口が塞がらない状態ってのはこの事だ。


「だだだ大金貨五枚?! 銀貨じゃなくて?!」


「はい。今回の情報は、それだけの価値がある物でしたので」


 大金貨五枚……金貨十枚で大金貨一枚だから、当然金貨五十枚って事になる。


 大金貨一枚が金貨十枚。

 金貨一枚が銀貨十枚。

 銀貨一枚が銅貨十枚。

 銅貨一枚が小銅貨十枚。

 小銅貨一枚が銭貨十枚。

 銭貨一枚が小銭貨十枚。


 これが、この国の基本的な貨幣制度だ。


 因みに、一般的な宿屋の一泊の値段が銅貨一枚程度で、大金貨五枚あったら、余裕で十年以上泊まり続けることが出来る金額なのだ。と言うか、余裕で一軒家買えるわ。


「それと、クロさんとティルルカちゃんの冒険者ランクに関してですが、現在の『銅等級』の一つ上『鉄等級』に昇級する為の条件のひとつをクリアした事になります」


「「ええっ?!」」


「勿論、今すぐに昇級出来るという訳ではありません。上のランクに上がるには、絶対的に『強さ』という物も必要になりますので。あくまで条件のひとつを満たしたに過ぎません」


「いや、それでもこんなに早くランクアップの話が出るとは思わなかったし」


「ランクアップの条件として、『強さ』の他に『ギルド貢献度』と言うものがあるのです。これの詳細は伏せますが、今回はその貢献度の中でもかなり上位の物でしたので」


 貢献度……今回の内容から言って、恐らく学術的な情報の提供はその貢献度が高いんだろう。


 しかしそれより……


「所でさ、アンタなんで微妙に視線そらしてんの?」


「いえ、他意はありません」


 いや、有りまくりだろう、その態度。まぁ、思い当たる節はある。


「一応確認だけどさ、今回の情報に金を出したのは誰?」


「……依頼者の情報に関しては、秘匿義務がありますのでお答えできません」


「ふーん……」


 未だ目を合わせようとしないリリーヌ嬢を、ジジーっと見つめていると、遂に観念したのか、珍しく分かりやすく感情を表情にはっきり出して仏頂面になり、「ハァ……」とため息を吐いて口を開いた。


「ええ、ええ、そうです、私ですよ。私が情報の買取り主です。これで満足ですか?」


「いや、別に非難してる訳じゃないんだけど……公私混同してんじゃねぇのかって思っただけで……」


 いつに無い反応なので、俺はリアクションに困る。


「何故、私が情報を買い取った事が公私混同になるのですか?」


「いや、まぁなんと言うか……」


「……何か失礼なこと考えてませんか?」


「失礼なことと言うかなんと言うか……」


「あら、もしかして、私がクロさんに気が合って、ポイント稼ぎの為に買い取ったとでも思いましたか?」


 小馬鹿にしたようなその反応に、俺は多少ムッとするが、流石にその線は考えもしていない。


「単に、一部の冒険者に肩入れするのは公私混同になるんじゃないかと思っただけだよ」


「……別にクロさん達に肩入れした訳ではありませんよ。私としては正当な報酬をお支払しただけです」


「正当なって……多すぎない?」


「確かに、一般相場から考えても、かなり大きな金額のように思えますね」


 俺とティルルカの言葉に、しかしリリーヌ嬢は肩を竦めて返してくる。


「私にとってはそれだけ価値のある情報だったんですよ。元々、私が冒険者になったのは、魔物モンスターの生態を間近で見られるからでしたから。私は魔物モンスター生態の研究者なんです」


「何それ、初耳だよ」


「あたしも初めて聞きました」


「隠してるつもりはないのですが、確かに知らない人も多いみたいですね。魔物モンスターの生態を間近で見たかったら、やはり『強さ』は必要です。より珍しい魔物モンスターを見たいのでしたら尚更です」


「そりゃそうだな」


 些か桁が違う気もするが、確かに『強さ』は必須だろう。


「ある程度の強さを求めて修練していたら、そっちの才能も有ったみたいで、気付いたら勇者パーティに組み込まれていたのです」


 そしてリリーヌ嬢は大きくため息をつくと、心底嫌そうな顔を浮かべて口を開く。


「あの時ほど、冒険者ランクを上げてしまったことを後悔したことはありませんね。ソロでの活動範囲を広げる為にはやむを得ない選択だったのですが……」


「……噂では、勇者からセクハラされて、それが嫌になって脱退したって話だったけど……」


「ハッキリ仰って頂いて宜しいですよ。噂の大部分は事実ですから」


 俺ののだいぶスライムの薄皮オブラートに包んだ言い方に、眉を顰めてそう言い返してくるリリーヌ嬢。勇者に対してはよっぽど鬱憤が溜まってんだろうな。


 でも流石にあの噂が事実だったらドン引きなんだけど……この場で口にするのも憚られる内容なんだよね。


「つまり……セクハラ勇者を殴り倒して回復魔法必須の重傷を負わせた上に、大樹に裸で逆さに貼り付けて、そのままトンズラしたって話は事実だったんですか?」


 と思ってたら空気を読まない女がサラッと言っちまったよ。今の話が事実だったら、賞金首にでもされてそうなんだけど。


「概ね事実ですが……」


「事実なんかい!?」


「まぁ、一部改竄はされてますね」


「ダヨネー。あのまま全て事実だったらいくら何でも……」


「……実際は勇者あのクズの『ピィー』を踏み潰して不能にした上に、勇者あのゴブリン擬きが持っていた剣で切り落としましたので」


「斜め上の新事実キタァァァー!! ヒュンってなっちまったよ俺のアソコ……」


 思わず、内股になってそこを守りに入る俺。すると突如ティルルカが両手を俺のアソコ目掛けて伸ばしてきた。


「ならそこはあたしが守りンゴフォ」


「お前は少し黙ってろ」


 俺の拳の一撃を脳天に受け、患部を抑えて転げ回るティルルカなのであった。

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