第63話 下位冒険者は受付嬢と駆け引きをする その参


「それより、クロさんからの情報は、幻影揚羽ゲノパピヨンの生態を紐解く上で、かなり重要なお話しですね。ショルツちゃんの後をついて行ったとのことですが、繁殖場所は特定できますか?」


「それはなんとか。地図ある?」


「はい、此方に」


 俺は、出された地図に視線を落として「ふむ」と少し考え込むと、記憶を頼りに印を付けていく。


「ここで飯を食ったあと、しばらく歩いたんだけど……太陽の位置がこっち方面で、日が沈む直前までこっちに向かって歩いて行って……んで、この辺りで繁殖してたんだ」


「正確な日時は分かりますか?」


「今から三日前だ。時刻は夕方からまだ日が沈み切る前」


「天気や気温はどうでした?」


「雨が降った様子も無かったし、気温は暑くもなく寒くもなくって感じだったな」


「平年並みという感じですかね? 今の季節に準じた気候だったと?」


「ああ」


幻影揚羽ゲノパピヨンの繁殖時期に関しては、今まで全く情報がなかったのです。ですが、今ぐらいの季節に幻影揚羽ゲノパピヨンの魔力が高まる報告はちらほら受けてますので、その辺りが幻影揚羽ゲノパピヨンにとっての例年通りの繁殖期である可能性が高いですね。これも貴重な情報です」


「やっぱり魔力増減が繁殖期と関わってるんだ?」


「ええ。魔虫に限らず、魔物モンスターと呼ばれる存在は、子に自分の魔力の一部を与える為に、自然と魔力が高まるんです。繁殖期に凶暴化する魔物モンスターがいるのもこの為ですね。高まった魔力が魔物モンスターの理性のたがを外す訳です」


「なんか生々しい話ですね。妊娠中に性欲が高まる人がいるのもその所為……んゴフッ!」


「お前の言葉の方が生々しいわ!」


「いくらドワーフの血が流れてると言っても、あまり殴られ過ぎると気持ち良く……じゃなくて何かしらの影響出るかもしれないので控えめにお願いしますぅ」


 いや今、また気持ち良くって言ったよな?! 何なのコイツ! 怖っ!!


「魔虫の類は……」


 とりあえず、ティルルカの反応を無視することに決めたらしいリリーヌ嬢が口を開く。


「気候の変動で秋から冬にかけて繁殖期に入る種が多いようですが、ここまではっきり限定出来た例は少ないです。特に幻影揚羽ゲノパピヨンの生態は分かっていないことも多いので、この情報はかなり価値があります。他のことも、もう少し、詳しく話しをお聞かせ頂けますか?」


「それは良いけど……どんな事を聞きたいんだ?」


「例えば……先程、幻影揚羽ゲノパピヨンが繁殖行動中は襲い掛かってこなかったと仰っておりましたが、それは探られる気配も一切無かったと言う事でしょうか? それともクロさん達に気が付きつつも、本能に負けて行為を優先したと言う事ですか?」


「全意識が行為に集中していた感じだったよ。全くこっちを意識する気配もなく、最後の最後までそれが続いてた。だけど……」


「だけど?」


「行為が終わったあと、雌が雄を刺殺してたんだよね」


「蟷螂みたいに捕食したんですよね。あれ、衝撃的で夢に見そうです」


「お前はまだ直視した訳じゃないからマシだろう。俺なんか、雄が次々刺し殺されてる様子を無理矢理この目に焼き付けられたからな……」


「刺殺現場を直視するのもキツイですが、生命力が雄から雌にじわりじわりって移っていく様子を『視る』のも結構キツいんですよ」


「ああ、それは確かに俺では分からんキツさだな」


「それは、特定の個体がそうしたわけではなく、種族の習性として、ことのあとに捕食した………という事でしょうか?」


「見える範囲ではそうだったな。何より、気付いたらショルツがいつの間にか遠くに離れてたし」


「全く気配を感じさせず、気が付いたら幻影揚羽ゲノパピヨンの気配察知能力の範囲外に出てましたもんね」


「それで俺達も慌てて逃げ出したんだよな。気付いたら、幻想的だった辺りの気配が一気に現実に切り替わっていったし」


 今思い出しても肝が冷える。あと数分あの場に留まっていたら、無事に逃げ出すことは難しかっただろう。あの数の幻影揚羽ゲノパピヨンを相手に立ち回るだなんて事、想像しただけでもゾッとするわ。


「具体的にどれくらいの時間、生殖行動取っていたかはわかりますか?」


「んー……俺達が鱗粉集めに費やした時間が15分位だったんだけど、奴等の繁殖行動がいつ始まったのかは分かんねぇな。ただ、俺らが何となく奴等に気付いて逃げ出すまでの時間は二時間強くらいだったと思う」


「それだけの数の幻影揚羽ゲノパピヨンが集まるまでにはそれなりの時間も掛かりましたでしょうし、全てを合わせるとだいたい五時間くらいと行ったところでしょうか?」


「その辺はなんとも……ああ、そうか。それが正確に分かれば、次からは安全に最初から最後まで遠目で観察出来るんだな」


「そういう事です。それが成されれば、更にこの情報の価値が上がるんですよ。さあ、もっと細かく思い出してください」


 そう質問を重ねるリリーヌ嬢の瞳からは、いつにない感情の昂ぶりをキラリと感じ、そして同時に背筋に寒気がゾッと走る。


 あ、やべ、これ完全捕食者の目だ。話し終わるまで帰れそうにない。


 実は疲労困憊な俺達だったが、このあと留まることを知らないリリーヌ嬢の質問攻めを回避出来ずに、彼女が飽きるまで付き合い続ける羽目に陥ったのだった。


 

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