第62話 下位冒険者は受付嬢と駆け引きをする その弐


 殴られた頭を抑えながら、恨めし気かつあざとい上目遣いを向けてくるティルルカ。


「では何であっさり情報売っちゃうんですか?」


「情報を秘匿する事のメリットは?」


「利益を独占できます。少なくとも周りにこの情報が知れ渡るまでは稼げるのではないかと……」


「デメリットは?」


「……多少、ギルドと気不味くなるくらいだと思うのですが……あとはリリーヌ様からの折檻でしょうか?」


「情報を公開する事のメリットは?」


「ギルド及びリリーヌ様との関係性が良好になる事と、情報を買って頂けるのでしたら、そこに利益が生まれますね」


「デメリットは?」


「当然独占出来なくなりますから利益が減ります」


「まぁ、普通に考えるとそんなとこだな。だがな、恐らく情報を独占する事による利益はそう大きな物になることはない」


「何故ですか?」


「俺達がまた同じ事する為に必要なことを思い出してみろよ」


 俺の言葉に一瞬考え込むティルルカだったが、直ぐさま気付いたようでポンッと拳を打った。


「そうか……次のズコバコの季節……」


 言い方! お前一応女の子だろうが! とツッコミを入れたくなったがグッと堪える。


 だが、俺の言葉の意味は理解したようだ。俺達がこれだけの量と質を揃えられたのは、ひとつに幻影揚羽ゲノパピヨンが繁殖期だったからだ。


 幻影揚羽ゲノパピヨンは繁殖を集団で行う習性があり、尚且つ質も良いってとは繁殖期になるとかなり魔力が高まる事になるんだろう。


 つまりは、同じ量と質の鱗粉を採取するには、次の繁殖期まで待たなくてはならないのだ。これでは、一回の稼ぎは大きくとも、思ったような利益は上げられないだろう。


 それに、同じ季節に同じように利益を上げれば、流石に疑問を持つ冒険者同業者も出てきて、探りを入れてくる人間もいるだろう。そうなると採取方法がばれるのも時間の問題だ。


 そうなる前に、ギルドに情報を売っちまった方が、将来的には利益が大きくなると睨んでいる。


 その上、俺達がその繁殖地にたどり着くためには、ショルツの助けが必要だ。ショルツはある意味気まぐれで俺達に付いてきてるのだ。ショルツが居なければ確立できない採取方法では将来的に不安が残る。


 故に俺は情報の秘匿よりも売却を選んだのだ。


「分かっただろ? 情報を秘匿すると、メリットよりデメリットやリスクの方が大きいんだ」


「そうみたいですね。あたしとしてはリリーヌ様からの折檻に恐れをなして正常な判断が出来なくなったのでなければ問題ないでででででここここめかみぐりぐりは本気で痛いので控えめにぃぃぃ!!」


「テメェは最近奴隷って立場であること忘れてねぇか!!」


「ああああたしとしては正しく奴隷として扱ってもらえてない現状では、こうやってチクチク突いた時のリアクションが無いと思い出せなくなってるので、是非思い出させてほしいです! 特に夜!」


 こめかみぐりぐりを受けながらも、不満顔でそう返してくるティルルカに、俺は「チッ」と舌打ちをして手を離し、視線を外してリリーヌ嬢に向き直る。


 横から「意気地なし」との台詞が聞こえるが、無視だ! 無視!


 ふとリリーヌ嬢に目を向けると、ジト目の彼女と視線が合った。


「………なんだよ」


「いえ。相変わらずだな……と」


「意味が分からんな!」


「……まぁ、良いでしょう」


 リリーヌ嬢は、追求してくる事なくそう言うと、引き出しから紙とペンを取り出し聞き取りの構えに入った。


「情報の買い取りに関しては問題ありません。但し内容に依りますが」


「当然だな。その辺は心得てるつもりだ」


「それではお話ください」


「まぁ、あれだけの量と質を揃えられたのは、幻影揚羽ゲノパピヨンが繁殖期だったからだ」


「繁殖期?」


「ああ。どうやら幻影揚羽ゲノパピヨンは集団で繁殖するらしくて、大量の番いが生殖行動してた」


「未だ未経験なあたし目の前で、見せ付けるようにズッコンバッコン……」


「品のねぇ台詞を平気で口にする残念女子の事はさておいて、アイツ等こっちに構わず生殖行動を取り続けていたのは確かだな。正直、あれだけの数の魔物モンスターに囲まれて、内心生きた心地はしなかったよ」


「生殖行動中は、全生命力を行為に集中するという話は魔物モンスターに限らず良く聞く話しですね。それに魔蝶パピヨンの類いは集団で繁殖期に入るという仮説は以前から有りましたので、今回それが証明された形になりますね」


「俺だけの話しで仮設を証明ってのはどうかと思うが、五百は優に超える番いが、所狭しと集まって繁殖してたよ」


「ただ、一つ疑問が有るのですが、幻術系の厄介な能力を保有してる幻影揚羽ゲノパピヨンが、種の保存に関わるような『繁殖』という行為を、他種族に見られるといった愚を冒したのはどうしてでしょうか?」


「しっかり、人祓いの結界は張られてたよ。俺達が繁殖地にたどり着けたのは、ショルツのおかけだ」


 部屋の隅で丸まって眠る二つの姿を持つ幻獣グラッツェンに目を向けると、リリーヌ嬢も釣られた様にそちらに視線を向ける。


「幻獣の特殊能力ですか………ティルルカちゃんと言いショルツちゃんと言い、クロさんは悪人顔にもかかわらず良いお仲間に恵まれていますね。悪人顔にもかかわらず」


「いや、何故それを2回繰り返す。まぁ、事実だからなんも反論できないが」


「ご主人様んぐっ……」


 俺の台詞に目を輝かせ、グイッと近寄ってくるティルルカを片手で押し退ける。


「ともかく、ショルツから目を離すと勝手に別方向に足が向いちまってたんだよ。人祓いの結界は確実に張ってた」


幻影揚羽ゲノパピヨンの意識誘導スキルは、魔法とは違った形態の術……というか恐らく恩恵ギフトに近いものなんだと思います。魔法で状態変化系の攻撃に対する抵抗力を上げたとしても、完全には防げませんので。精神支配ではなく『誘導』となると、上位冒険者でも防ぐのは難しいですね。誘導されている事に気付けないので」


「と、なると情報公開してもあまり意味が無い?」


「いいえ。やりようはいくらでも有りますし、得られた情報を分析してそれを実行出来る能力の有無も、優秀な冒険者になる為には重要な要因ファクターです」


 つまりは、この情報を活かすも殺すも本人たち次第で、活かせる冒険者が高位のランクを得ることができるって事か。


 厳しいお言葉だ。

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