第60話 下位冒険者は受付嬢に諭される


「それで、如何すればいいのか、ご教授頂けますでしょうか?」


 そう揉み手で謙って訊ねる俺に、リリーヌ嬢は肩を竦めて口を開く。


「そう難しい話ではありませんよ。クロさんは、調教テイムされた魔物モンスターには、ある特徴が出る事は勿論知ってますよね?」


「いや〜生憎、俺は調教テイム魔法には疎いもんで」


 テヘペロっている俺を、全く表情を変えずに一瞥するリリーヌ嬢。


「はぁ………その悪人顔で可愛さを装っても、ゴブリンが微笑んでるようにしか見えませんね」


「ゴフォ」


 言葉自体は辛辣だが、いつもの針を何本も突き刺してくるような身も凍るほどの殺気はない。と言うか、もう如何でもいいよってな感じの口調だったんで、ちょいと寂しい………なんて思ってしまった自分が怖い。


「大体、調教テイムの基礎すら知らないとは、一体どういう事ですか? 私、言いましたよね? ボッチのクロさんが少しでも戦力を底上げしたければ調教テイム魔法の習得も視野に入れるようにと」


 と思っていたらお小言ジャブが始まったー!


 いやまぁ確かにそれは、以前リリーヌ嬢に言われた事だったので、お小言としてチクチクと突かれるのもある意味しょうがないっちゃーしょうがない。


 ただ魔法の習得それは、とある問題を理由に割と早い段階で断念したのだ。


「だって俺の魔力量じゃ、場合によっては多量の魔力を使うことになる調教テイム魔法なんぞ使おうと思っても使えないし………」


 調教テイム魔法の術式は複雑だ。その上、調教テイムする魔物モンスターは、ある程度魔力を補給し続けなくてはならないので、元々総魔力量が少ない俺には不向きな魔法なのだ………なのだったらなのだ!


「それは大物を狙って、保持し続けなくてはならなくなった時でしょう。小鳥やリスなどの小動物や小型の魔物モンスター調教テイムして、必要に応じて契約と解放をしていけば、魔力消費量を抑えつつ戦力をアップする事も可能だったはずですが?」


「うぐっ(一理ある………)」


「それに、調教テイム魔法にある程度造詣が有れば、例え魔法自体を使えなくとも今回の様な事態には陥らなかったでしょう」


「くっ(反論出来ねぇっす)」


「その上、仮に知識を得ていれば、敵に従魔使いが居た場合の対処法などにも活かせるはずです。只でさえ、冒険者としては出遅れていて、更には魔力も少ない底辺からの出発だったクロさんには、知識という武器が絶対的に必要だったはずでしたよね?」


「………シクシクシク………その通りで御座います………もう勘弁して下され………」


「………知識は貴方を救います。これからは、知識に無駄な事は無いと考えを改め研鑽に努めてください」


 思いの外、真面目に諭され、俺は暗澹たる気持ちに陥った。リリーヌ嬢が、実は真面目に忠告して来ていたって事に今更ながらに気付いたのだ。


 そうか………俺は、冒険者として多少の経験を積んだ事で、いつの間にか気が緩んでいたんだな。楽な方へと流れて先を見通すって事をしなくなると、自分の成長を妨げる事にもなりかねない。


 ここは素直にこの忠告を受け入れよう。


「分かったよ。調教テイム魔法を習得するしないに関わらず、勉強しとく事にするよ」


「そうなさって下さい。今回はやむを得ませんので私が教えましょう」


 そう言って、人差し指を立てて話し始めるリリーヌ嬢。


調教テイムに成功した魔物モンスターは、術者との繋がりが生まれますので、身体に術者の魔力が刻まれます。大体が文字や紋様、術者の力量によってはチョーカーや鈴、リングやピアス状の物などが生成される場合もあります。いずれも術者の魔力が感じられますので見る者が見れば分かるでしょう」


 そう言いながら、リリーヌ嬢が懐からリング状の物を取り出した。


「これは、術者が魔力を込めると、その術者以外が外そうとした時に壊れてしまう、元々は女性が男性に贈る浮気防止用の魔導具です。これをその二つの姿を持つ幻獣グラッツェンの後ろ足にでも身に付けさせれば、他の方には調教テイムした従魔だと見られるでしょう」


 俺がそれを受け取り魔力を込めると、リングは直ぐに赤く染まる。それをショルツの後ろ足に通すと、シュルっとショルツの足に巻き付くように縮まった。


 如何でもいいが、まだ恋人もいない筈なのに、既に浮気防止用魔導具なんぞを持ち運んでるリリーヌ嬢は、一体全体誰をこのリングで縛り付けようとしてたんだろ………いや、深く考えるのは止めとこう。


「クロさんの魔力量でも、小動物くらいなら調教テイム出来ますし、悪人顔のクロさんではそうでもしないと、動物と触れ合うことも出来ないんですから、習得しておいて損はないですよ」


 口角を微かに持ち上げ、そう揶揄するリリーヌ嬢に、俺はいつものように反論しかけるが、とある事・・・・を思い出してそれをググっと抑え込んだ。


 忠告に敬意を評して………と言うわけではない。


「………デスヨネー」


 俺はそう曖昧に返すに留める。とある事・・・・に踏み込むと、また面倒な事になるからだ。


「でも………」


 しかし、俺の思惑を無視して空気を読まずに破壊する、天然系破壊娘ブレイカーの存在がそれを許さない。


「馬鹿、止め………」

「ご主人様は、何故か小動物にだけは好かれているので、触れ合いに困る事は無いのでは?」


「っ!!」


 ティルルカの言葉に、珍しく本物まじもんの驚愕の表情を見せるリリーヌ嬢。


 ティルルカお前なぁ………仮にも俺の奴隷なら、主の意図と空気をキチンと読めよぉ………しかもまた、サラッと主をディスってるし。


「えっ?! あたし、何か悪いこと言いました?!」


 焦ったようにキョロキョロと頭を振るティルルカに俺はため息を吐く。


 実はリリーヌ嬢は、滲み出る上級冒険者強者としての気配の所為か、小型の魔物モンスターや、犬や猫、栗鼠などの齧歯類などを含んだ小動物達から恐れられているのだ。彼等は、決してリリーヌ嬢の元へは自ら近づいては来ない。


「クロさん………貴方に気を使われると殺意が湧きますので、今すぐ死んで下さい」


「いいいいいや、んな事でいちいち殺さないで下さいよ御免なさいいいいい!」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る