第59話 下位冒険者は受付嬢に提案される


「………に、動く樹木レッサートレントの樹皮に、幻影揚羽ゲノパピヨンの鱗粉………確かに依頼内容に記された素材は全て揃ってますね。特に樹皮と鱗粉は高品質で量も多く、おそらくは依頼料の上乗が検討されると思われます」


 そのリリーヌ嬢の言葉に、俺とティルルカは目を見合わせ、互いに苦笑を浮かべて肩を竦めあった。どちらも自分達の能力ちからで得たものではなく、ショルツの能力ちからがあっての事だったからだ。


「その事で、少々詳しいお話をさせて頂きたいので、奥の来客室まで来て頂いても宜しいですか?」


 詳しいお話? これは、俺が冒険者になってから今までには無かった展開だったので、不審に思いながらもリリーヌ嬢の後についていく。


 通された来客室には誰もおらず、どうやら内密に話があるのだと、俺はようやくそう思い至った。


「何か聞かれちゃ不味いことあった?」


「そうですね。不味いことと言えば不味いことです」


 そう言いながら向けた視線の先に有るのは、ショルツの姿。


「そちらは二股尻尾の山猫リックマータではなく、二つの姿を持つ幻獣グラッツェンですね?」


 その言葉に、俺とティルルカは再び顔を見合わせる。


「………やっぱり分かる人には分かるんだな」


二つの姿を持つ幻獣グラッツェンだと、やっぱり何か不味いでしょうか?」


「ある程度ランクの高い冒険者や隊長クラスの衛視相手では、誤魔化すことが難しいと思われます。二股尻尾の山猫リックマータ程度ならテイムされてなくとも見逃されますが、流石に二つの姿を持つ幻獣グラッツェンを、従魔テイムもせずに街の中で野放しにするという訳にはいかないでしょう」


 どうも、俺とティルルカの見込みは甘かったようだ。


「見たところ、その子は自主的にあなた方と道行きを共にしている様ですし、二つの姿を持つ幻獣グラッツェンは人に害をなすような魔物モンスターではない事は周知の事実です。私としては多少の事は目を瞑っても良いと思うのですが………」


 と言いながら、チラチラとチラ見するリリーヌ嬢。彼女とは、だいぶ付合いが長くなってきている俺は、彼女が何を言いたいか多少は推測出来るようになって来ていた。


「………何を対価にすればお知恵をご拝借頂けるのでしょうか?」


 俺の申し出に、リリーヌ嬢の目がキラリと光る。


「あなた方が秘密裏に手に入れ、現在熟成保存中のサタイアタウラスのお肉………この私に隠れてこっそり二人で楽しもうとしていた事は、ことと次第によっては不問にしても良いかと考えなくもないです」


「なななななんでそれ知ってるの?! 誰にもバレないように持ち込んで、厳重に保管してるのに?!」


「あら、クロさん。なぜ私が貴方の隠し事に気づかないと思ったのですか? 今までさんざん知らしめて来たつもりでしたが、まだまだ対応ちょうきょうが甘かったでしょうか」


 え? 何いま変な台詞聞こえなかった? 対応って言葉になんか変な言葉が被さってたような………。


「………今なんか不穏な台詞が聞こえたような気がするんだけど………」


「気のせいです。それよりティルルカちゃん、如何しましたか?」


 何時もの営業スマイルを浮かべながら、リリーヌ嬢は俺の傍らのティルルカへそう問い掛ける。ティルルカは何やら驚きの表情を浮かべて………ってやべぇ! ティルルカにも内緒にしてたんだ!


 ティルルカはワナワナと震えながら、目尻に涙を浮かべて俺を見ている。


「ご主人様! どういう事ですか?! サタイアタウラスと言えば、世界三名牛に数えられる高級牛じゃないですか?! それを手に入れた事実を隠して、如何するつもりだったんてすか?! あたしが奴隷だからですか?! 奴隷だからあたしには内緒でこっそり食べようとしてたんですか?! ふぇ〜ん、リリーヌ様ぁ〜、ご主人様がぁ〜、ご主人様がぁ〜」


「あらあら、ティルルカちゃんにも内緒だったんですか………これは酷い裏切りですね。万死に値します」


 わざとらしく自身に泣きつくティルルカの頭を、リリーヌ嬢はこれまたわざとらしく優しく撫でながら、こちらに非難の目を向けてくる。


 これを見て、俺はようやく理解した。どうやってか、俺がサタイアタウラスの肉を入手したことを知ったティルルカが、リリーヌ嬢にその事をチクって今回二人で共謀したのだろう。こんちくしょう。


 俺は「ハァ………」と大きくため息を吐く。しらを切っても意味がなさそうなので、肉の独り占めは諦めよう。


 それに、取り敢えずは肉を振る舞えば知恵を貸してもらえるって訳だしな………やむを得まい。ショルツは絶対に仲間にしておくべきだ。


「………肉の熟成にはまだ2、3日掛かるからその後ね」


「言質取りましたので、反故にしたら、古今東西ありとあらゆる女性の怨念が篭った呪詛を毎晩毎晩耳元で囁き続けて呪殺いたしますね」


 微笑みの中にも氷のように冷たい殺気が篭った視線を受け止めながら、相変わらず食い意地張ってるなぁと思っていると、何やらキリッとした表情でティルルカがリリーヌ嬢に提言する。


「それってリリーヌ様が毎晩ご主人様の枕元に来なくてはならないので、かなりの手間になるのでは?」


 俺の心配じゃなくてリリーヌ嬢への配慮かい!


「お前は手間云々を問うよりも、主人を呪殺しようとしている相手に対して、何らかの手段を取ろうとしなくちゃならないんじゃないか?」


「あたしが立ち塞がってもぺしっと叩きつぶされるだけですよ、ご主人様。ならその労力をかける価値も無いということをこの場で知らしめる方が現実的です」


「言い方! 言ってることは間違っちゃいないが、自分のご主人様のことをはっきり価値もないとか言うんじゃねぇよ!」


 俺の言葉に、自分の失言にようやく気付いたかのようにハッとした表情を見せるティルルカ。いや、言う前に気付けよお前。


「私としては、キチンと約定を違えず、お肉をご相伴出来れば何も問題ありませんよ………と言いたいだけだったのですがね」


 しれっとそう宣うリリーヌ嬢。いや、今の殺気は絶対それだけじゃ無かったよね?!

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