第55話 下位冒険者は新たな仲間を獲得する その弐


「ご主人様、動く樹木レッサートレントです」


 森の中を歩いていると、さっきの変質者じみた表情とは打って変わった真剣な顔で、ティルルカがそう警戒を呼び掛けてきた。


「数は?」


「………四体ですね。もうこちらに気付いてます」


「なら、いつも通りに」


「了解しました。魔法の羽衣プロテクトアーマー


 ティルルカは、俺の言葉に返事するやいなや、背負っていた大盾を手に取り、全身に魔法の薄い膜を張り巡らせながら軽快に走り出した。


 その足取りは、冒険者になりたてだったあの頃とは違い、本当の意味で軽やかだ。あの頃は、一見するとなんの不自由も無く駆けていたように見えても、実はかなり神経を尖らせて進んていた。目が殆ど見えないティルルカは、万物に宿る魔力を感知して動かなければならず、森の中のような足場の悪い場所では、神経と魔力をすり減らしながら動いていたのだ。


 今ではだいぶ慣れてきたので、そこ迄の疲労は無いと本人が言っていた。足場に気を使いつつも、周辺への警戒を解く事もなく、自分の役割を全う出来る行動を自然に行う事が出来ている。


威嚇の咆哮ウォークライ!」


 森の中では、魔木トレント系の魔物モンスター相手に気配察知では敵わない。こっちが奴らの気配を捕捉した時には既に先手を打たれている状況だ。しかし知能はそこまで高くなく、折角の数的有利を活かせるような戦術を見せることは稀で、今回もただ闇雲に獲物ティルルカに向かって群がるように集まって来ている。


 俺はそれを見て、一番後ろにいる個体を狙って大きく回り込む。それに気付いたその一体は、幾本かの枝を鞭のようにしならせ、俺に向かって打ち放ってきた。


 これは動く樹木レッサートレントの最も基本的な攻撃方法だ。まともに喰らっても致命傷にはならないが、打ち据えられた際の痛みが打撃や斬撃を受けた時より強烈だったりするので、経験の浅い低ランクの冒険者にとっては厄介極まりない攻撃だ。なにせ痛みが強烈と言うことは、攻撃を受けるたびに集中力が低下していき注意力が散漫になっていくと言う事なのだ。戦闘中の集中力や注意力の低下は、そのまま死に直結する結果に陥るだなんて、決して珍しい事じゃない。


 魔木トレント系の魔物モンスターってのは、植物のように見えて、実は植物ではない。歳を経てある一定以上の魔力が宿った植物に、邪霊が寄生して生まれたのが魔木トレントなのだ。肉体が植物であるので、捕食の仕方が他の魔物モンスターとは違ってくる。


 魔木トレント魔物モンスターの捕食とは、捕食対象を傷付ける事で得る体液から、及び光合成を利用した魔力と生命力の吸収だ。これを、ジワリジワリと時間を掛けて行うのが、所謂魔木トレントの食事って事になる。一度捕まると逃げることは難しく、こうして捕食された犠牲者の末路は、決まって木乃伊のようにやせ細り、何もかも搾り取られて最終的には命を失うってことになるのだ。魔木トレント相手に集中力や注意力を低下させるって事は、この状況に置かれる危険が増えるって訳で………最期の時がこれでは死んでも死にきれない。


 枝の鞭を時には避け、時には短剣で受け流し、更には左手に装備した手甲で受け止める。長剣等の長物には全く適正が無い俺だが、冒険者となってからこれまでの経験で、短剣や体術にはそれなりに自信が付いてきていた。


 動く樹木レッサートレントの枝の鞭の攻撃は、剣や槍のような直線的な軌道を描く得物に比べて軌道が複雑で読み難い。しかし、知能が低い奴らは、この『軌道の読み難い』攻撃を有効に扱う術が無い。得物に向かってただひたすら枝の鞭を打ち据えてくるだけなのだ。しかもだいたい身体の中心を狙って鞭を振るうので、慣れてくるとその攻撃を読むのは容易になってくる。


 しかも俺達は、魔木トレント系との戦闘がそこそこ豊富だ。ティルルカの盾を作るため、魔木トレント系の魔物モンスターを求めて狩りを続けていた時期があったからだ。


 今、ティルルカが装備している大盾は、その時に得た素材を元に、行きつけの防具屋のドワーフの血を引くあのおやっさん作ってもらった業物だ。ティルルカ本人はすこぶる不満顔だったが、それでも文句のつけようがないその出来に、苦渋の表情で受け取っていた。おやっさんはそんなティルルカの様子にご満悦だった。あのおやっさんも良い性格してるよな。


 俺は何度か動く樹木レッサートレントの枝の鞭攻撃を対処すると最後の一撃を大きく弾き、今度は一気に前に出る。動く樹木レッサートレントはそれに対して無造作に枝の鞭を振るうが、振るわれた先に既に俺はいない。


『っ?!』


 顔が無いから表情を読めず分かりづらいが、動く樹木レッサートレントからの動揺が伝わってくる。


 俺がやったことは単純だ。動きに緩急をつけて俺の『速さ』を誤認させ、防御から一気に攻撃に転じただけだ。動く樹木はレッサートレントはそれに対応できず、繰り出される攻撃の尽くが俺が走り抜けたあとの地面を穿つ。


 俺が間近に近づき、ようやく他の攻撃手段を取ろうとする気配が見えるがもう遅い。


刺突一閃エストック!」


 俺の魔刃が魔木トレント魔木トレント足らしめている核を穿き、動く樹木レッサートレントを沈黙させる事に成功した。


 あと三匹。


 俺は立ち止まる事なく走り出す。勿論、ティルルカが引き付けている他の動く樹木レッサートレントを討伐するためだ。


 俺は状況を把握する為、直ぐそちらに視線を向け、ハッとなる。それは視線を向けたその先から、不思議な光景が飛び込んで来たからだった。


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