第53話 下位冒険者は森の中で幻獣と食事する


 さて、今日の食材は依頼クエスト中に遭遇したアーマーフロッグの肉と森に自生していたトリッチというキノコに名前が分からない香草、あとは持ってきた根菜だ。


 アーマーフロッグは小型犬くらいの大きさではあるが堅い外皮が特徴の蛙の魔物モンスターだ。その外皮の下にある脂分が多めの肉は、淡白な味わいながらも微かに甘味があり、冒険者の間でも食用として人気が高い。欠点はやや足がはやく時間を置くと直ぐ傷んでしまう所で、氷魔法で鮮度を保って持ち帰らないと、ギルドでは買取りしてもらえないのだ。凍らせてしまうと味が落ちるので、長時間一定温度を保つような高度で繊細な魔力コントロールが必要で、余程腕の良い魔法使いでもいない限り、持ち帰るのは難しく割に合わないのだ。


 俺達みたいに氷魔法が手持ちに無いパーティは、持ち帰らずにその場で調理して食べるのが通例だ。普通に焼いて塩を振って食べても美味いが、今日は他の食材と合わせてシチューにしてしまうつもりだ。肉の脂分がシチューに溶け込み、実に深い味わいを生み出してくれるのだ。


「今日はシチューだ。鍋を出してくれ」


「了解です!」


 ティルルカが鍋の準備をしてる間に、既に血抜きをして準備万端にしてあるアーマーフロッグの肉を取り出した。調理用のナイフも取り出し、食べやすい大きさに切り刻んでいく。本当は半分は干物にでもしようかと思っていたが、ここで全部食べ切ってしまおうと思い直す。多分、幻獣が全部食べちまうだろう。


 他の食材は火が通りやすいよう細かく刻んでいく。特にトリッチは細かく刻むと豊潤な森の香りが広がり食欲をそそるのだ。


 蛙肉と香草を絡めて更に塩を振り下味をつける。


「ご主人様、鍋の準備ができました」


「了解」


 ティルルカの準備した鍋は実は魔導具で、火にかけなくとも魔力を通すだけで食材を熱することができる優れ物だ。火加減の調整が容易で、これならうっかり食材を焦がしてしまうなんてことも、全く無い訳ではないが、少なくてすむ。


 欠点は言わずもがな、使用するには魔力が必要な所で、只でさえ総魔力量の少ない俺が見栄を張って使おうものなら、あっという間に魔力切れガス欠を起こしてして自分自身が使い物にならなくなってしまうのだ。魔物モンスターが徘徊する森の中でそんな事になっては目も当てられないので、購買意欲をぐっと抑えて購入を控えていたのだが、ティルルカが『あたしが魔力を込めますので!』と言って購入を強く勧めてきたので思い切って買ってしまった。


 使用のたびにティルルカが、『ご主人様との共同作業………ゲヘゲヘ』と気味の悪い笑い声を上げるのにはウンザリするが、それを補って余りある使い勝手の良さなのだ。まぁ、魔導具なだけあって、ちょっと値は張ったが買ったことに後悔はない。


 俺は、鍋の取っ手を軽く握って魔力を流し込みながらやはり『ゲヘゲヘ』と不気味な声を上げているティルルカを極力見ないように注意して、鍋に油を引いて材料を炒めていく。


 次いでそこに小麦粉を入れ牛の乳を流し込み、トロみをつけながら煮込んでいく。塩を追加し、更にとある魔木から採取した香辛料を軽く振って味を整える。蛙肉は火の通りも早く、味も沁みやすいので、冒険者の野外調理にはもって来いなのだ。


「うわー………めっちゃ良い香りですぅ………」


 トリッチを入れた事により広がる食欲をそそるその香りに、恍惚とした表情のティルルカ。ふと横に視線を向けると、幻獣もキョロキョロそわそわと明らかにこちらに気を取られていて落ち着きがない。


 そこから待つこと数分が、拷問に感じてしまうほど良い匂いだ。いや〜腹減った。


「こんなもんでいいかな? んじゃ、食べるとするか」


「はい! あたしがよそいますね」


「任せる。俺はパンを出す。その大きい肉は幻獣の分だから、その大きい葉っぱに乗せて出してやれ」


「はいです!」


 俺の言葉を理解したのか、幻獣は立ち上がり俺達のすぐ横まで近寄ってまた伏せる。


 クールを気取っているが、見開いたその目が肉を葉っぱに盛り付けているティルルカの姿に釘付けだ。尻尾をピンと立たせて、いまかいまかと待っている姿はとても幻獣には見えない。


 幻獣は、ティルルカが差し出した蛙肉のクリーム煮を始めはチロチロと小さい舌先で舐め、そして一気に齧り付いた。


 嬉しそうに肉を咀嚼している姿は、幻獣の威厳などまるで無く、そこらの野良猫と変わりない。まぁ気に入って貰えたようでなにより。


 そこからは、全員無言で食事を続ける。周りを警戒して音を立てないように気を付けている………と言えたら格好いいのだが、単純にシチューの美味さに言葉を忘れてるだけだ。


 最後に器に付いたシチューの残りをパンで拭き取り口に入れ、今日の食事は終わりとなった。


「はぁ………今日の食事も美味しかったです………」


「まぁ、運良くアーマーフロッグの肉が手に入ったからな」


「あたし、前に両親とアーマーフロッグのお肉を食べたことありますけど、こんなに美味しかった記憶は無いですよ。どう考えても、ご主人様の料理の腕前のお陰です」


「そうか、んじゃ敬って諂え」


「勿論です! ご主人様の為ならば、この肉体を捧げまフォア!」


「それはもういいっちゅうに………」


 迫り来るティルルカに拳骨を落とすと、俺は保存用の魔導具を取り出し、鍋に残ったシチューをそれに移す。


「また、『あの人』に差し入れですか? それって必要あります? もうソロソロ止めても罰は当たらないと思いますけど」


 不満そうなティルルカの様子に、俺は肩を竦めて返す。


『あの人』とは言わずと知れたリリーヌ嬢の事で、ティルルカは、俺が作った料理をお土産と称してリリーヌ嬢に渡すことに強い不満を持っているのだ。


 まぁティルルカの言ってることも分からんでもないけど、実はここには一つティルルカが知らない真実が存在する。それは、ティルルカはこの『お土産』をリリーヌ嬢からの脅しに屈して無報酬で行われている儀式のようなものと思っているようだが、いつからかこの『お土産』には正当な報酬が支払われるようになっているという事だ。この保存用の魔導具もリリーヌ嬢から貸与されているものなのだ。


 なんで内緒にしてるのかって?


 それは乙女の秘密だと、リリーヌ嬢より厳命されているからに他ならない。あの人にそう言われたら、俺としては従うしかないって事を皆々様にご理解頂ければ幸いです。


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