ある下位冒険者の日常

第51話 プロローグ


「………うーん………」


 微かな不快感を感じ取り、その元を探るべくキョロキョロとあたりを見渡している俺の名前はクロウ・ソーサルスだ。不審者ではないから勘違いしない様に。


「ご主人様、如何かなさいましたか?」


 小首を傾げ、あざとい仕草でそう問いかけて来たのは、立場上は俺所有の奴隷となるティルルカだ。最近、以前よりもより一層、俺をその毒牙に掛けようと、あの手この手の誘惑を仕掛けてくるようになったのだが、それがどれもこれも俺の琴線に全く触れないので、この頃は残念女子としての地位が確立し始めている………って事に本人は気付いていない。


 本人は、ドワーフの血を引いていて、容姿体型が人族の好みじゃない事が原因だと思ってるようだがそうじゃない。


 確かに小柄な凹凸の少ない寸胴体型で、女性としての色香に欠けていることは確かだが、正直それは人それぞれの好みの問題だろう。顔は美人なタイプとは言えないが愛嬌があり、人好きのする笑顔が出来るのだから普通にしてれば彼氏の一人くらい出来ても可笑しくはないのだ。


 問題はその言動だ。どうも最近ティルルカは進んではいけない方向に爆進してしまっているようで、度々周りから白い目を向けられている………主に俺が。いや、風評被害だと訴えたい。ティルルカが開いてはいけない世界アブノーマルへの扉を開いたのは決して俺の所為じゃない。あれは元々ティルルカあいつが持っていた性質であり、俺が作り上げたものじゃない。


 多分。


 おっと、今はこんな話をしている場合じゃなかった。依頼クエスト中なんだからそっちに集中しよう。


「なんか視線を感じるんだけど………」


「あぁ、それなら多分あれです」


 そう言ってティルルカが差した指の先では、一羽の烏のような生き物が、木の枝にとまってこちらをじっと見ていた。烏に似ているが、烏じゃない事は確かだ。


「……あれは………」


「ただの烏では無いですね。視える魔力の性質から言っておそらく魔鳥モンスターかと」


「だよな。雰囲気がただの鳥のそれじゃねぇ」


「敵意が見られないので放置してますが、対処しますか?」


「態々無駄な戦闘を増やして墓穴を掘ることもあるまい。どう考えても、俺達には空を飛ぶ魔物モンスターは荷が重いだろ」


「ですよねー。ヤれって言われたら如何しようかと思いました」


「………」


 はっきり肯定されるとそれはそれで腹立つが、これが今の俺達の実力なんだからしょうが無い。俺達は地上戦ならそこそこ対応出来る実力を身に付け始めてはいるのだが、何ぶんふたりパーティじゃ対処出来る魔物モンスターには限りがあるのだ。


 俺は短剣装備の接近型戦士アタッカーで、ティルルカは完全なる盾戦士タンクだ。ふたりとも高威力の遠距離攻撃方法を持っておらず、精々俺が魔法の飛礫マジックバレットや投げナイフ、ティルルカが投擲用の手斧を使う程度で、どちらかと言うと敵にダメージを与える為にではなく、牽制の為の攻撃手段でしかない。


 現状、空を飛び回るような魔物モンスターを相手にする必要性も無いし、攻撃手段も無いのであれば、ちょっかい掛けても徒労に終わることは目に見えてるんだから、無視するに限るだろう。


 まぁ、もっと冒険者としてのランクが上がったら、否が応にも対処しなくちゃならなくなるだろうから、ある程度の対策を考える必要性も出てくるが………。


「んじゃ、アイツがこっちにちょっかいかけて来ないんだったら、このままスルーって事で。一応警戒はしといてくれ」


「了解です」


 ふと、俺は魔鳥モンスターへと目を向ける。何かを探っているかのようなその様子に、もしかして誰かからの監視の目かと一抹の不安を抱くが、よくよく考えれば俺達監視しても何も出ないよね。哀しいがそれが現実だ。


「行こっか………」


「ですね………」


 俺の心の内を悟ったのか、ティルルカは視線をさっとそらしながら答えた。


 俺とティルルカの二人は、やや肩を落としてその場から去るのだった。


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