第44話 なりたて冒険者は受付嬢にしこかれる


 リリーヌ嬢の地獄の特訓は、俺とティルルカの体力を根こそぎ奪い去り、俺達は息も絶え絶え地面から立ち上がる事も出来ないでいた。リリーヌ嬢は微かに汗ばんでいつつも全く呼吸に乱れは無い。上級冒険者と初級冒険者の基礎体力の差をまざまざと見せ付けられた形だ。


「ティルルカちゃんは、敵の攻撃を『受け止める』事だけに集中しないように。パーティの壁役は相手の攻撃を受け止めつつも、如何にそれを攻撃に繋げられるか考えながら捌きなさい。それを続けていけば、結果的に感覚強化の効果がより高くなっていきます」


「ハァハァハァ………は、はい………」


 リリーヌ嬢のアドバイスに素直に頷くティルルカだったが、彼女に『受け止める』事を求めたのは俺だったので悪いことしたなぁ。


「クロさんは、気配を絶つだけではなく、偽ることも覚えた方が良いですね。五感が鋭い魔獣系だけではなく、上位種族ともなると、相手の気配を読む力は人間の比ではありません。隠れるだけではなく敢えて姿を見せることで、惑わす術を身に付けなければ生き残れません。只でさえ悪人顔で他の人ひとより存在感増し増しですし」


「ハァハァハァ………あ、悪人顔は………関係ない………ハァハァハァ………」


 と文句を言いつつも、リリーヌ嬢からのアドバイスの正当性は悟らざるを得ない。事実、魔狼を相手にした時は、魔狼の視界から外れても、全くと言っていいほど効果が無かった。


「あと二人は何故魔法を使わないのですか? 魔法は魔物と戦う上での生命線です。連携を高める為にも積極的に使って行かなくてはなりませんよ?」


「あたしは………正直、感知魔法の方に意識を取られて他の魔法にまで手が回らないのが現状です」


「俺は、単に実践に耐え得るような魔法が手持ちに無いから使ってない」


 俺達二人の返答に、リリーヌ嬢は腰に手を当て「ハァ」と大きなため息をつく。


「二人共些か消極的になり過ぎです。これ迄の経験上しょうが無いのかもしれませんが、もう少し自分自身の能力を信頼すべきではありませんか?」


 うーん、そんなこと言われても………心の中でそう呟きつつ、俺とティルルカは顔を見合わせ小首を傾げ合う。


「ハァ………まずティルルカちゃん」


「は、はい!」


 リリーヌ嬢の呼び掛けに、ビクッと体を震わせ直立不動になるティルルカ。


「感覚強化による感知魔法は、得られる情報を制限しないと逆に効果が得られ難くなります」


「えっ?!」


「人間が一度に処理できる情報量には限りがあるのです。全てを詳細に受け入れようとしていては、処理が追い付きません」


「はい………」


「ですので、感知したもの全てを詳細に『視る』のではなく、ぼんやりと全体を満遍なく受け入れて、違和感を感じた物に焦点を合わせて『視る』ようにすれば良いのです」


「違和感………」


「初めは『視ていないもの』に対しての恐怖心が出るかもしれませんが、経験を積めば、どれが危険であるのか、何に注意を向ければ良いのか、瞬時に判断出来るようになっていきます。ですが、それも実際にやろうとしなければ身に付きませんので、これからは積極的に取り入れるようにして下さい」


「はい!」


「あとは、戦闘で必要な魔法の取捨選択です。お薦めは敵を引き付ける威嚇の咆哮ウォークライや、盾役としては必須級の魔法障壁プロテクションですね。確か、ティルルカちゃんは使えましたよね?」


「使えます!」


「ならば、これからはそちらを使いながらの戦闘に慣れていくと良いでしょう。貴女ならもう出来るはずです」


 ニッコリ笑みを浮かべてそう告げるリリーヌ嬢の言葉に、ティルルカはキラキラと瞳を輝かせて元気よく頷き返事をする。


「はい! 頑張ります!」


「そしてクロさん」


「は、はいであります!」


「貴方は魔力の殆どを、身体強化へと回しているようですが、それは通常の魔力を消費して強化する身体強化魔法ではなく、魔力操作で循環させて身体強化を図る方法を取り入れているのでしょう?」


「………その通り。やっぱり、アンタ位になると術の違いまで分かるんだね」


「これでも上級冒険者の端くれですので。それはともかく、クロさんは、もう少し威力のある攻撃方法を身に付けなければなりませんね」


「そいつは俺も常々思ってたけど………それが循環型身体強化魔法とどう関係するの?」


「クロさんは少ない魔力量を補う為にその術を選んだのでしょう?」


「そうだけど………」


「ならばそれに似合った攻撃方法を身に付ければなりません。私がご提示する魔法を選ぶか選ばないかはクロさん次第ですが、ひとつの方法論として考慮のひとつに入れて頂ければ幸いです」


 リリーヌ嬢はそう言って少し離れた所にある立木に向かって木剣を構え『魔力よ』と呟き魔力を漲らせる。溢れ出た魔力は次第に木剣へと収束し始めた。


 次の瞬間、リリーヌ嬢の姿が微かにブレ『シュッ』と微かに風を切る音が耳に届く。


「「っ?!」」


 すると、驚く俺とティルルカの視線の先で、音も無く立木が両断され、ポトリと地面に落ちたのだった。


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