第43話 なりたて冒険者は初めてのパーティ戦に挑む その後


「と言うわけで、俺達は暫くはカーフの森を中心に活動する事になったから」


 カーフの森での訓練を終え、俺達二人は取り敢えずギルドへと戻って来ていた。倒したゴブリンの魔石や魔狼の毛皮、採取した各種素材を買い取ってもらうためだ。遅くなると、殺気と苛つきを隠そうともしないし、この受付嬢。


 そして、買取り査定終了後に、森での事のあらましを説明し、冒険者アドバイザーでもあるリリーヌ嬢に今後の方針を伝えたのだった。


「惰性で選ぶのではなく、ちゃんと先々まで見通した上での決定でしたら問題ありません。ただ………」


「ただ?」


「いえ、私の見立てでは、ティルルカちゃんは盾職として、もう既にカーフの森程度ならこなせるレベルにあると思っていましたので」


 リリーヌ嬢のその言葉に、そっと目を伏せるティルルカ。


「あたしも今回の戦闘で気付いたことなのですが、まだ戦闘中に感覚強化を維持する事に慣れていなくて………」


「戦闘以外の場面じゃ、全く『見る』事に影響があるようには見えなかったしな」


「自分でも、あんなに難しくなるとは思ってませんでした。奴隷に堕とされるまでは、両親が色々と気を回してくれていたので上手く立ち回れていたって事にようやく気付きました」


「そうですか………つまりは経験不足が主な原因という事ですか………概ねクロさんの所為という訳ですね?」


「そ、そうだったんですか?!」


「いや、確かに俺の経験が不足してるって事は確かだけど、相変わらずリリーヌ嬢は俺に厳しすぎない?! つーか、ティルルカはなんでリリーヌ嬢の話を信じてんの?!」


「冒険者として経験豊かなリリーヌ様のお話しですので、あたしとしては信じる以外の選択肢を持てません」


「う………」


 穢を知らない純真な眩しいその瞳でそう言い切られると、そうかそうなんだと思うほかない。


 ふと、リリーヌ嬢にちらりと視線を向けると、微かに視線を逸らしているのが分かる。少しやりにくそうだ。


「それでは経験不足なお二人に、少し稽古を付けて差し上げましょう。訓練場へいらして下さい」


 そう言って受付台から離れるリリーヌ嬢。気まずくなって、贖罪代わりのつもりかな?


 何かツッコミ入れたら、きっと倍返しで精神的ダメージ満載なツッコミが入るだろうから、俺はティルルカを従えあえて無言のまま付いて行く。


 程なく訓練場へとたどり着く。俺が冒険者ライセンスの試験を受けたあの広場だ。


 リリーヌ嬢は、備え付けの木剣を手に取ると、訓練場の中央でくるりと振り返り、その木剣を構えた。


「自分達が考え得る最高の戦術で、私に一撃を入れて下さい」


 その構えは、無造作に見えて隙が無い。真正面から打ち掛かっても、ただの一合も持たないだろう。


 ティルルカは、キラキラと尊敬の眼差しでその姿を見つめていたが、大きく息を吐いてキリッと表情を引き締める。


「これが、世に名高い紺碧の戦乙女ヴァルキリー様ですか………」


 なにその格好いい二つ名。


「望むところです! 宜しくお願いします!」


 そう言って、リリーヌ嬢に向かって一歩踏み出すティルルカ。俺はティルルカの持つ大盾を隠れ蓑に、リリーヌ嬢の視界から隠れて隙を伺う。


 ヒュンと風を切る音が微かに響き、次いでガツッとそれを妨げる音が鳴り響く。リリーヌ嬢の一撃をティルルカが受け止めたのだろう。


 そしてそのまま、幾度となく剣撃を受け止める音が鳴り響く。ティルルカを背後から観察していると、右へ左へと細かく動き、剣撃を受け止めている。


 すると、ティルルカが剣撃に合わせて押し返そうとしているのが目に入る。俺はそれを見て、おそらくリリーヌ嬢はその動きに集中し、俺への注意が少しでも逸れるだろうと、反撃のため透かさず動いた。


「ウベシッ」

「ウヒャ?!」


 まるで俺の動きを見透かしたかのように、ティルルカの体勢は大きく崩れ、動き始めた俺の方へと突き飛ばされてきた。何が如何なってティルルカが飛ばされたのか理解できないまま、俺は反射的に彼女を受け止める羽目に陥り、そのままその下敷きにされてしまった。


「クロさん、視界から隠れるだけでは気配を断ったことにはなりません。気配察知能力が高い相手であれば、それは寧ろ悪手です。盾役を隠れ蓑にして戦うのは戦術のひとつでは有りますが、常に他の選択肢を持っていて下さい。ティルルカちゃん、自分の感知能力に振り回され過ぎです。目の前の攻撃に反射的に行動を起こすのではなく、自分の有利な状況を作る為に能動的にそして作為的に防御しなさい」


 俺達はそのアドバイスにハッとなり、顔を見合わせ互いに頷き合う。そして、すぐさま立ち上がり、構えを取り直して、再びリリーヌ嬢に相対す。


 その後何度も勝負を挑んだが、結局ただの一度も一撃を入れる事も出来ずに、気付いたら二人とも訓練場の地面で息も絶え絶え打ち上げられた魔魚のように横たわっていたのだった。


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