第37話 なりたて冒険者は女奴隷とパーティを組む その四


 ティルルカの革鎧と大盾を購入するため、鍛冶屋を出てすぐに防具屋へと足を向けた。こちらも俺が自分の装備を揃える為に使っている店舗だ。


 この店は、偏屈な店主が趣味で作った装備品を所狭しと乱雑に積み重ね、気に入った客にしか物を売らない風変わりなお店だ。客もそんな偏屈な店主に付き合えるような個性的な人間が多く、変人の巣窟として一部で有名だ。


 商品の乱雑な陳列さとは裏腹に、時々安くて質の良い装備品が紛れ込んでいるので、俺はここの装備品を愛用していた。まぁ、目的の装備品を探すのに苦労するけど。


 死んだ俺の親父も、生前は此処に掘り出し物を発掘しては仕入れていたので、偶にそれに付き添っていた俺も此処の店主と顔見知りだ。それも此処を利用している一因なのだったりする。


「おやっさん、居るかい?」


 俺の呼びかけに、奥の工房から、ハゲ上がった頭部と眼鏡が特徴の、初老をいくらか超えた年齢の男性が、革の前掛け姿で現れた。


「………なんじゃ。誰かと思ったらソーサルスんとこの小倅か。もう前の装備が駄目になったのか?」


「いや、今回は俺の装備じゃなくて、コイツの装備を整えたいんだけど………」


 と、鍛冶屋の時と同じように、俺の後ろに控えていたティルルカを紹介する。すると、あそこの親方と同じように顔を顰めたので、その後の展開が予想出来た。


「お前………顔だけ悪に………」

「ちげーから! つーかこのくだりはさっきギルドでも鍛冶屋でもやったからもう良い!! 流行ってんのかそれ?! だいたい何なんだその二つ名は?!」


 俺は被せ気味におやっさんの揶揄を遮る。これ以上くだらん事で玩具にされて無駄に時間を浪費したくない。


「そ、そうか………若者を揶揄うことが生き甲斐の老い先短い老人の楽しみの一つを奪うとはの………ガキの頃から面倒見てきたお得意様の小倅にも相手にされず、昔馴染みの客達はなかなか顔を出しやがらん。儂はこの先、人知れず老いて独りで死んでゆくんだろうな」


 しみじみと、まるで老人が孤独死を迎える直前のような雰囲気を醸し出しているがとんでもない。


「いや、アンタ俺が赤ん坊の頃からずっと爺さんで、どうせ俺より長生きすんだろうが。ドワーフの血が入ってて、老けて見えるだけでそこらの冒険者よりよっぽど強ぇくせに何言ってやがる」


 この人が作る装備の素材は希少なものが多く、それをギルドを介さず自力で取りに行くのだこのおっさんは。希少な素材がそこらの狩場で得られるはずもなく、採取しに行くのは高レベル冒険者達でも安全とは言い難いような魔の森の奥地や迷宮ダンジョンの地下深くだ。


 流石にソロで向かう訳ではないそうだが、高レベルパーティの前衛をも務められる実力があり、しょっちゅう店を閉めては素材採取の冒険へと旅立っているのだ。今日は店に居てくれて良かった。


 おやっさんは、俺の台詞をつまらなそうに鼻で笑い、視線をティルルカへと向ける。


「なんじゃ、嬢ちゃんもドワーフの血が混じってるのか」


「はい。母がハーフドワーフです」


「その目は?」


「生まれつき弱視で、ボンヤリ輪郭が見える程度です」


「それじゃ、迷宮ダンジョンでは難儀しそうじゃな」


「大丈夫です。オーラで気配を察知できます」


「冒険者としての経験は?」


「まだ駆け出しです。経験を積む前に奴隷に落とされたので」


「と言う事は、本格的な戦闘行為にはまだ慣れてないな? 特に迷宮ダンジョンはまだだろう?」


「確かに、迷宮ダンジョンに潜った事は無いですが、両親と一緒に魔物との戦闘は何度も経験しています」


「嬢ちゃん………迷宮ダンジョンってのは………いや、迷宮ダンジョンに限らず、魔物との戦闘をこなすんであれば、それだけじゃ駄目だ。まぁ、実際行ってみれば分かるだろうが」


 おやっさんの言葉に、ティルルカは些かムッとした様子を見せる。


「クロウ、お前が気に掛けてやれよ?」


「言われるまでもない」


「ご主人様! あたしはご主人様の奴隷です! 戦闘時にあたしに気を取られていては本末転倒です!」


「そりゃ、お前さんがもう少し経験を積んでからの話じゃ。今のままじゃ、まだ『任せられる』段階に無い。気長に行くことじゃ」


 そう言って、煙管を取り出しタバコを吸い始めるおやっさん。煽るのやめてくんないかな。


 ムッとした様子を隠そうともせず、おやっさんの方を睨みつけるティルルカの頭を軽くポンポンと叩き落ち着かせる。


「んで、何か良い防具無い? 例によって金は無い」


「堂々と言う事じゃあるまいて………まぁ、この辺の革の鎧なら、魔獣素材だから初めのうちは問題あるまい。男性物じゃが、その・・身体なら問題あるまい」


「っ!!」


「後は盾か?」


「ああ。盾戦士だからな」


「なら、その辺の木製の大盾を使え。どうせ初めは色々失敗するだろうからすぐ壊す。それに初めから質の良い盾に慣れちまうと、技量が上がらん。その程度で慣れていけ」


「んぐぎ………」


 主人の手前、文句を言いたくても言えないのだろう。ティルルカは言葉を飲み込み歯軋りをしている。


「んじゃ、それをくれ」


「毎度。素材持ち込んだらそれで作ってやる事もできる。お前らの実力じゃ、まだ無理だろうが、魔木の類の魔物がおすすめじゃ」


「あいよ」


 おやっさんのアドバイスに手を上げて応え、ソロソロイライラが限界に達し始めているティルルカに革の鎧を着用を促す。


 サイズはおやっさんの言う通りピッタリだった。それが面白くないのか、ティルルカはやや乱暴に大盾を背負いこちらに顔を向け口を開いた。


「ご主人様! 早く出ましょう!」


「ハイハイ、分かったよ。おやっさん、んじゃまたな」


「おう。またな」


 本当はもう少し店の中を物色したかったのだが、こうなったらしようがない。俺はティルルカを伴い店を出たのだった。


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