第36話 なりたて冒険者は女奴隷とパーティを組む その参


 俺達は、まず鎚をメンテナンスに出すため鍛冶屋へと足を運んだ。ここは俺がいつも武器を購入する度に訪れる店舗だ。


「い、いらっしゃい。今日は何か御用入りで?」


 扉を押し開け店舗に入ると、丁稚の少年が顔を引きつらせながらも対応してくれる。初めて見る顔だ。見習いだろうか? 俺程度の悪人顔に怯むなんざ、またまだだな、少年よ。まぁ、冒険者相手に露骨に警戒心を撒き散らすようなら店舗の表には出せないだろうけど。


「武器のメンテナンスを頼みたい。この鎚なんだが………」


 俺が取り出した鎚を受け取った丁稚は、作業場の方に顔を向けて大声で呼び掛ける。


「親父………じゃなかった親方! 武器のメンテナンスだって! 親方!」


 驚いた。息子さんだったのか。似ても似つかないな。


 その息子に呼ばれて「分かった分かった。大声出すなよ」と言いながら作業場から現れたのは、筋肉隆々のごつい体格をした髭面のおっさんだ。


「ん? アンタか………いや、何が言いたいのかは分かるから言うな。毎回言われてうんざりしてる」


 俺が、息子さんを見てから親方の方を見やる動作を繰り返しているのを見て、何が言いたいのか察したのだろう。親方はそう言ってため息をついた。


 親方が、ゴツいゴリマッチョ系の大男であるのに対し、息子の方は小柄な愛玩動物系の顔立ちなのだ。


「息子はかみさん似なんだ。鍛冶師になりたいって言うから今は店頭に立たせてる」


「何も言ってねーだろう。何言っても自分に跳ね返ってくるのが分かってるのに言えるか」


「それは助かる。それより武器のメンテナンスだって? お前さん、金がないからナイフの研ぎは自分でするって言ってなかったけ?」


「俺のナイフじゃなくて、その鎚だよ。ゴブリンからの戦利品で、結構良い物だったから売らずに使おうかと思って」


 俺の言葉に、親方はカウンターに置かれていた鎚を手に取り色んな角度からそれを観察する。


魔剛鉄アクサライトか………柄の部分はまた別な金属だな。いい品だ。ゴブリンに使わせるのは勿体無いな。お前が使うのか?」


「ああ、やっぱりそれって魔剛鉄アクサライトで出来てんだ? それは、コイツに使わせようと思ってる」


 背後で大人しくしていたティルルカを紹介すると、親方は苦汁でも舐めたかのようにゴツい顔を顰めて口を開く。


「お前………顔だけ悪人の二つ名を返上したのか?」


「誰が顔だけ悪人だ! あ、いや、それで良いのか? い、いや、俺はそんな二つ名、冠した覚えはねぇぞ!」


 まぁ、顔が悪人顔である事は変えようのない事実だが。


「いや、もう良いそれで分かった。奴隷なんぞ………しかも女の子の奴隷なんぞを連れてるから、てっきりその顔に似合った道に進もうとしてるのかと思ったよ。大丈夫だ。お前は今でも顔だけ悪人だ」


 何が大丈夫なんだ?


「ご主人様は、悪人顔で評判が悪いと自虐されてましたが、どちらかと言うと、悪人顔であることを揶揄われいるだけで、実はそれ程悪評は立っていないのでは?」


「嬢ちゃん、そいつは思ってても言わないでいてやるのが仁義ってやつだ」


「どんな仁義だ!」


「まぁ、コイツと本格的に関わり合った事がある人間なら、噂はただの噂だって理解してるよ。但し、コイツ自身、噂や評判を否定もしないし、覆そうって想いも見られねぇから放っておいてんだ。だからコイツの悪評はこいつ自身の自業自得」


「そういう話は本人の居ないところでするべきだろ?」


「あれ? まだ居たのか? メンテナンスは引き受けたから、終わるまでどっか行ってろ」


 シッシッと手を振って追い払う動作をする親方に釈然としない物を感じながら、俺はティルルカを伴って店を出る。


「何故に顔だけ悪人? いや、悪人顔である事は間違いないんだけど………でも、だけ・・って何よ………いや、別に本物の悪人になりたい訳じゃないから良いんだけどさ………何かどうも釈然とせんな………」


 俺がブツブツと独り言を口にしていると、ティルルカが小首を傾げて問い掛けてきた。


「ご主人様は、悪評を覆そうとは思ってないのですか?」


 その質問に、俺は肩を竦めて返す。


「悪評が立つのはそれなりに理由があるからだ。それが何か分からんけど、悪人顔で有能な冒険者なんて幾らでもいるんだから、俺に悪評が立つのも俺には理解出来ない理由があるんだろうさ。なら、俺には理解出来ないそれを覆そうと努力するより、自分が正しいと思う方法で生きていた方が建設的だと思うね」


「それはそうですが………実際、ご主人様は何かしらの実害を被っているのですよね? それはそのままでも良いんですか?」


 ティルルカの質問は、俺の現状に怒りを覚えての言葉というより、単純に疑問に思っての言葉だ。俺としてはその方が好ましい。


「そこまで酷い実害が有るわけじゃねぇよ。それに正直な話、もう・・周りからの評判に右往左往したくねぇんだ。これから・・・・は好きに生きていきたいんだ」


 俺の言外の意味に気付いたのだろうか、ティルルカはそれ以上、この話を続けることは無かった。



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