第33話 なりたて冒険者は女奴隷を押し付けられる
「これが、奴隷契約書だ。内容を熟読した上で署名しろ」
渡された契約書に目を通し、コクンと頷きテーブルの上に置き直す。その時に、ジト目を送るのを忘れない。店主はそれを見てツツーっと視線を外した。やっぱりな。
ティルルカから話を聞いて予想していたが、この契約は、実は俺に面倒事を押し付けたいが為に結ばれる事になった様なもんだろう。店主の今の態度を見て確信した。
ティルルカの両親は、どうも性格的に厄介な方々らしく、ある程度信頼の置ける人間に回しておかないと報復もあり得ると踏んで、初めは店主肝いりの貴族へ護衛も出来る下女として売った筈だった。
ところが、移送中にゴブリンの襲撃に会い、事情が変わってしまった。事情があるのはいえ、ゴブリンにも劣るようでは護衛は任せられないと判断されると考えたのだろう。
このままでは、売りに出された貴族邸での扱いが不安なものになると考えた店主が、ティルルカの両親からの報復を恐れ、俺に話を持ってきたってのが真相だろう。
だろうだろうばかりで申し訳ないが、俺では店主から真実を聞き出すことは叶わない。もう、契約は間近だし、俺に前衛ができるパーティメンバーが必要なのも確かだ。受け入れよう。
「確認した。ここで良いか?」
「ああ。そこで良い。署名したら一滴血を垂らせ」
そう手渡された針を人差し指に刺すと、そこからぷっくりと血が膨れ上がる。指を下に向けるとその血がポタっと一滴、契約書の上に落ちた。
するとその契約書は薄く光り、次の瞬間ボワッと炎が上って燃え尽きる。
すると脳裏を契約内容が埋め尽くし、俺はその情報量を受け止める感覚に少し顔を顰めた。店主の横に居るティルルカを見ると、彼女も少し顔を顰めている。俺と同じく、多量の情報が頭の中を埋め尽くす感覚に不快感を覚えたのだろう。
数秒でその不快感は治まった。ティルルカの首には隷属の印であるチョーカーが巻かれている。
「これで、ティルルカの主はクロウになった。大事にしてやってくれ」
「言われるまでもねぇよ」
「ご主人様。誠心誠意お勤めさせて頂きますので、どうぞ宜しくお願いいたします」
「分ーってる。こっちこそ宜しくな」
頭を下げるティルルカに、俺は肩を竦めてそう返した。
「それで、拠点の話だっけ?」
「そうそう。何処か良いところない? 主に懐具合の問題で、あまり広い所は借りれそうにないんだけど………」
「なら、うちの従業員用の寮を使え。只で貸すとは言わん。家賃は払って貰うから、遠慮なく余ってる部屋を使え。独身者向けの狭い部屋だがダブルベッド位なら余裕で置ける。簡易キッチンもあるしな」
「………良いのか? 正直助かるが………」
「構わんよ。ここまで来たら毒食わば皿までって奴だ。何がとは言わないが、ある程度目に入るところに居てもらった方が安心できるってもんだ」
なるほど。ティルルカの両親が怖いって訳ね。理解した。
「そういう事なら遠慮なく借りよう。ただ、ベッドはダブルじゃなくてシングル二つで」
「安心しろ。各部屋防音設備付きだ」
「何が安心なのか分かんねーよ!」
「ティルルカ、ベッドはダブルベッドで良いよな?」
「はい。全く問題御座いません!」
「いや、問題アリアリだよな? 昨日、話したよな! つーか俺の主張、無視しないでくれる?!」
「なんだお前、不能なのか?」
「違ぇーよ! 俺の矜持の問題!」
「なら、ダブルベッド据え置きの部屋貸すから、シングル二つにしたきゃ自分で揃えな」
「何でそこまでして無理矢理充てがうのか理解に苦しむな!」
「俺は、ダブルベッドを使えと言ってるだけであって、
「そこでグイグイダブルベッド押し付けてきやがるくせに何言ってやがる!」
「………お前さんは、情が移れば移るほど相手を蔑ろには出来ない性格だからな。自分とこの奴隷が少しでも良い待遇を得る為なら、俺は悪魔にでも魂を売ろう」
「格好いいこと言ってるが、ニヤニヤ顔とその右拳のフィグ・サインで台無しだ! 大体、それなら俺に充てがう事そのものをやめた方が良いだろが………ティルルカ大事にしたいなら………」
「あの………昨日も言いましたけど、あたしは本当に構いませんよ? 荒っぽい事には慣れてますし、覚悟は出来てますんで」
「だからそういう事は『覚悟』してやるもんじゃねぇだろ? そういう事は自然にだなぁ………」
「乙女かお前は!」
「う、うるせーわ! ともかく俺はそんな事は求めてないからな!」
「昨日も言いましたが、あたしはご主人様のオーラを見れば、聞いた評判とは違って意外にチョロ………いえ優しさに溢れた素晴らしいご主人様だぐあわあわふい!」
「だ・い・じ・にはしてやるが教育的指導は随時入れてく!」
チョロいって言うなチョロいって………。
「仲良く出来そうで何よりだ」
「ご主人様のこめかみグリグリは愛の証と受け取って甘んじて受け入れる所存です」
「………はぁ………俺、ホントにこれから大丈夫なのかなぁ………」
前途多難な未来を思い、俺はため息をつくのだった。
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