第32話 なりたて冒険者は女奴隷が置かれた状況に同情する


 俺は、ティルルカのこめかみから拳を外し、椅子に座り直して口を開いた。


「お前さん、両親亡くしたばかりなんだろ? 更に奴隷落ちして間もない女を無理矢理押し倒すほど、俺は鬼畜じゃねぇよ」


 俺の言葉に、ティルルカはコテンと首を傾げ、不思議そうな顔で衝撃の事実を口にする。


「あたしの両親ですか? 死んでないですよ?」


「はあ? でも店主が………」


 『言っていた』と続けようかと思ったが、よくよく思い出してみると、店主はそんな事は言ってなかった事に気が付いた。ただ、遠い目をしていただけだ。


「あたしの両親は、殺そうと思っても死んではくれませんよ。そもそも、あたしが奴隷落ちしたのは、ギャンブル狂いの両親が、賭事に負けて借金拵えて、その逃亡を手助けした事が罪になったからです」


「はぁ? 逃亡ほう助か? いくら両親のためとはいえ、何でそんな事………」


「あたしがそれが罪だと気付いたのは、捕まった後だったんです。それまでは、あたしの冒険者としての初仕事を、両親が依頼してくれたと思ってたので」


「どういう事だ?」


「詳細は省きますが、『冒険者としての初仕事をお前に依頼しよう。難しいことは言わん。ただ敵を引き付けろ』と言われたのでその通りにしたんですが………気付いたら警備兵の方々に囲まれていました。その間に両親はまんまと逃げ果せたようで」


「………ひでぇ………囮にされたのか………」


「はい。あたしの脚では付いては来れないと判断したんでしょうね。事後の事は奴隷商の旦那様に託していたようです」


「店主は、よくそんな面倒そうな事を引き受けたな」


「旦那様は、うちの両親に『借りがあった』と仰ってましたが、おそらくは借りがあったのではなくて、弱味を握られていたんじゃないかと思います。あの人達、色んな人の弱味を握るのが趣味みたいなところがあったので」


 それであの遠い目か。


「両親の借金を旦那様が肩代わりして、あたしを奴隷として受け入れて下さったんです。旦那様は奴隷商としてはかなり特異な方ですので、悪いようにはされないと打算があったんでしょう。一応あたしに気を使ったんだと思います」


 気を使って奴隷とか………まぁ乾いた笑みを浮かべるティルルカの様子を見ると、そのツッコミを口にするのは憚られる。


「初めは何としてでも捕まえて、警邏に突き出してやるって息巻いてたんですけど、まぁよく考えたら両親には、冒険者としての基本的な知識とスキルを叩き込まれましたし、読み書き計算も教えてもらいましたから、これ以上恨んだりしたら罰が当たるかなぁなんて思うようになって………」


「お前、人間出来てんなぁ………まぁ、お前さんがそれで良いって言うなら俺からは何も言わんが………」


「あはははは………どうせ今のあたしじゃ、逆立ちしたって捕まえられませんですしね。もう少し実力を付けて、頃合いを見てから考えます。どうせなら、賞金首にでもなってて貰えれば、お金も稼げて一石二鳥です」


「………」


 こ、コイツ、目が笑ってない………どうやらこっちの方が本音のようだ。


 話題を変えよう。


「そういや、ティルルカはどうやって文字を覚えたんだ? 見えないんだろ?」


「あたしは普通に書かれた文字は見えませんが、文字そのものに魔力が篭ってれば見えるんです。母は性格はともかく魔導士としては一流で、魔力を篭めて文字を書いたり、魔力が篭ったインクを作って既存の本を書写して、教科書にしたりして教えてくれてました」


「なるほど。さっき蔵書を読んだ云々って話をしてたから気になってたんだ」


「そうですか………実は、冒険者ギルドの依頼書も改ざんが出来ないように魔力が篭ったインクを使っているので、あたしでも読めるんですよ?」


「へぇ、そいつは知らなかった。と言う事は、契約書なんかも同じか? そう言えば、昔、親父がそんなこと言ってたような気がする」


「ご主人様のご実家は、商人さんなのですか? あたしは全てを知っているわけでは無いので、確かなことは言えませんが、信用を第一に考えると、おそらくはそう・・何だと思います。逆に言うと、魔力の篭っていない契約書の類は………」


「信用しない方が良い………と言うか、信用出来ないな。俺の実家はもう無い。詳しい話は気が向いたら話す」


 俺の言葉に、ティルルカは慌てたように頭を下げる。


「畏まりました。奴隷としての領分を越えた質問、申し訳御座いませんでした」


 実家云々の話だろうが、気を使わせてしまったようだ。


「あぁ、怒ってるわけじゃねぇから心配すんな。初対面の人間に話すような内容じゃねぇってだけの話だ。いずれ話す事になる………と言うか、話すまでもなく知ることになると思う」


「了解致しました。その時まではこの無い胸に秘めておきます」


 自虐しながらもう一度、頭を下げるティルルカに軽く手を振り、俺は席を立った。


「それじゃ、ゆっくり休みな。明日、店の方で会おう」


「はい。お待ちしてます」


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