第31話 なりたて冒険者は色惚け女奴隷に恐れ慄く


 俺は、ティルルカと少し話を詰めようと、さっきまで店主が座っていた椅子に腰掛ける。


  因みに此処は、ギルド内にある医務室で、今回のように死者や負傷者が出ると此処に運ばれてくるのだ。普通、奴隷身分の人間が使える施設ではないのだが、店主はこの街で一目置かれており、冒険者ギルドからの信頼も厚く、今回特別に利用を許可されているとの事だ。


「………」


「………」


 困った。何をどう話せばいいだろう? あのトラウマの所為で女性不信気味なんだよなぁ………最近は、リリーヌ嬢以外とロクに話してねぇし………。


「あぁ………そのなんだ?」


「はい」


「さっき、店主が言ってた通り、俺はまだ駆け出しの冒険者だ」


「はい。あたしもです」


「そうか………んで、俺は正面切っての戦闘は得意じゃない」


「なるほど………そうなると、あたしに求められているのは、ご主人様の盾となる事ですね」


「まぁ、ぶっちゃけた話し、そうなるな。お前が敵を引き付けている間に、俺は背後からトドメを刺す。基本的な戦術がそうなる事は覚悟しておいてくれ」


「望むところです。盾戦士となった以上、誰かを背中に守る事があたしの役割ですから」


「正直、資金繰りもままならない。奴隷落ちして間もなく、負傷もまだ完全に癒えないこの状況でも、金の為に依頼をこなす事になるだろう」


「もう既にお聞きかと思いますが、あたしはドワーフの血を引いていて頑丈ですから大丈夫です! きっとお役に立ってみせます!」


「そうか………それと、その、なんだ………実は今住んでるところが独身冒険者のアパートでな………元々ひとり暮らし前提で作られてるからかなり手狭だ」


「ドワーフの血を引いてますから床で寝るのも気になりません!」


「いや、流石に女の子を床で寝せて自分だけベッドって訳にはいかねぇだろ?」


「………はっ?! な、なるほど………そういう・・・・事ですね………だ、大丈夫です! 奴隷に落ちた時に覚悟は決めてます!」


「はあ?」


「ででですから、奴隷という身分に落とされた以上そういった・・・・・事も、仕事に含まれる事も覚悟しています! ドワーフの血を引いてますから、あたしの身体はご主人様のご趣向には合わないかも知れませんが、精一杯勤めさせて頂きます!」


「ちげーわ! んな話じゃねぇ!」


「え? で、でも、床に寝かせられないって事はベッドを共にすると言う事では………はっ?! ややややはりこの身体では、可愛がっては頂けないという事でしょうか?! まままさか契約前から奴隷失格の烙印?!」


「だから違う! つーかお前は可愛がって欲しいんかい?!」


「い、いや、それは………どうせそういう・・・・事をされるならば、痛いよりは可愛がって頂けた方が………」


「な、生々しいなお前………大体、誰もやる・・だなんて言ってねぇだろうが」


「違うのですか?! はっ?! も、もしかして………」


 そう言って、慌てたように顔を背けるティルルカに、俺は嫌な予感がビンビンする。


「も、申し訳御座いません………そんな事とは露知らず、ご主人様のプライドを踏みにじる様な振る舞いを………だだだ大丈夫ですよご主人様! 例え勃たなくても・・・・・・、男の価値はそれだけじゃごぐぇぇぇ!!」


「ち!が!う!わ!ボケェェェ! 俺が欲しいのは迷宮ダンジョン探索時の前衛が出来る仲間であって、色惚けした勘違い娘じゃねぇわ!!」


「ここここめかみグリグリは止めてくださいぃぃぃ!」


 嫌な予感がバリ当たった。


「ハァハァハァハァ………なんで契約前からこんな訳分からん苦労しなきゃなんねぇんだ………」


「おかしいですぅ………母様の蔵書にあった『女奴隷とご主人様シリーズ』では、閨にお誘いする事で主従の信頼関係が深まるのがお約束の展開の筈なのに………」


 こんな誘い方で、信頼関係深まってたまるかい。つーか、なんつー書物を娘に見せてんだ、コイツの母ちゃんは………。


「はぁ………ともかく、俺はお前にそっち・・・を求めてはないから安心しろ。大体、お前だって、俺みたいな悪人顔と、閨を共にするのは嫌だろう」


「何故です? あたしは奴隷である以上、当然求められるものとばかり思っていましたので大丈夫ですよ?」


「何が大丈夫か分からんが、俺は身分を笠に無理矢理ってのは性に合わねぇんだよ」


「そうなんですか………あ、ひとつだけ訂正させて頂きますが………」


「なんだ?」


「ご主人様は頻りにお顔の事を自虐されていますが、あたしは、そもそも顔の判別は出来ませんからお気になさらないで下さい。あたしは、人の判別はオーラで確かめていますので」


「オーラ?」


「はい。あたしには生きとし生けるもの全てに薄いオーラ………色の着いた光の膜の様なものが見えるんです。それで個人を判別しています。ご主人様から感じるオーラは暖かなものですから、良い人だと判断したのです。だから………」


 グッと拳を握りしめ、ニカッっと………ってデジャブ。


「お顔がゴブリン似の醜悪さを誇っていようともぅごぐぎぃぃぃ!!」


「だからゴブリンじゃねぇって言ってんだろうがぁぁぁ!」


 途中までは良い話だったのに、最後の一言で台無しだ。


 俺は、ティルルカのこめかみをグリグリとやりつつ、ため息をつくのだった。


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