第30話 なりたて冒険者は女奴隷を隣に置くことを決意する


「ところで、お前の今後の処遇だが………」


「ゴブリン如きに破れたのです。覚悟は出来ております」


 言い淀む店主に、ティルルカは直ぐさまそう答える。


「うむ。流石に今回の契約は破棄という事になるだろう。やむを得ぬ事情があろうとも、『ゴブリンに拉致された』という事実は消えないからな」


「………はい」


 悔しげに顔を伏せ、握った拳を微かに震わせるティルルカ。恐怖よりも屈辱が勝っているようだ。その様子は、初級とはいえ冒険者の端くれである事の自負が見え隠れする。


「それでだ、ティルルカ。一つ提案がある」


「なんでしょう?」


「実はコイツ………クロウなんだが、冒険者のくせに人相が悪すぎて仲間が出来ないそうだ」


「おい! 人相は関係ねぇだろが! それに俺は仲間が出来ないんじゃねぇ! トラウマが有るから敢えて作らないんだよ! あ・え・て! 作らないんだ! 大事なことだから二回言ったぞ!」 


「事実だろ? 聞いてるぞ。ギルドじゃ何時も遠巻きにされてるって」


「ぐぬぬぬ………」


 敢えて作らないんだモーン………。


「コイツは昔馴染みでな。詳しい事情は俺の口からは言えないが、ガキの頃から知ってるコイツの今置かれた状況が不憫でならない。人相悪いせいで人生失敗続きだからな」


「他はともかく人相の事だけは、テメェにだけは言われたくねぇぞ!」


「俺は散々山賊だ盗賊だ言われてるが、親分顔だからこの商売する上で害になったことはねえよ。その他大勢子分顔でお悩みのお前と違ってな」


「ぐぬぬぬ………」


 勝ち誇ったその顔に水をぶっかけてやりたい。どっちも悪人顔だろうが。五十歩百歩って言葉を知らんのか!


「まぁ、そんな訳で、俺としてはコイツの将来が心配でな。少しでも助けになる事をしてやりたいと思ってる」


「つまりあたしに、この方に仕えろと言う訳ですね?」


「大枠はそうだ。但し、コイツは冒険者と言ってもお前と同じ駆け出しで、金を持ってる訳じゃない。まぁごく普通の駆け出し冒険者だ。はっきり言って暫くは厳しい生活になるだろう。悪人顔だし」


「だから悪人顔は関係ねぇだろが! しつけーんだよ! んったく………ああ………それと、俺が欲しいのは前衛が出来る仲間だ。戦闘では常に矢面に立ってもらうことになる」


「俺としては、自分のところの人間が不遇な扱いを受ける事は出来るだけ避けたい所だが、幸いお前は冒険者志望で職業は盾戦士だ。悪い話ではないと思うがどうだ?」


「クロウ様には死する運命にあったところを助けられました。その上、冒険者である事を望んでいたあたしとしては、願ってもないお話です。ゴブリンにも遅れを取る様な非才の身であるあたしで宜しければ、是非お連れ頂きたく思います」


 そう言って頭を下げるティルルカを見やりながら、店主はふふんと口元に笑みを浮かべながらこちらを見る。


 まぁ、約束は約束は約束だ。本人が希望するなら、願ってもない話である事は間違いない。


「分かった。それでは宜しく頼む」


「はい、ご主人さま」


「暫くは苦労する事になるだろうが………それに俺が悪人顔この顔だから、アンタに対する周りの目も厳しいかもしれん」


「あたしは目が悪く、ぼんやり輪郭が見える程度の視力しかありません。ですので、周りの目など問題にもなりません。ですから………」


 そこでティルルカはグッと拳を握りしめ、ニカッと笑みを浮かべて口を開いた。


「例えご主人様がゴブリンより悪人顔であっても、あたしにはなんの問題も無いので大丈夫です!」


「誰がゴブリンよりも悪人顔だぁぁぁ! そこまで酷くねぇわ!」


「ヒィィィ! す、すみません! そそそそんな意味で言ったのではなく、例えばの話でして………決してご主人様を貶めるような意図がある訳ではなく………」


「俺が悪人顔であることはもうどうしょうもない事実だから諦めるしかないけど………流石にゴブリンより悪人顔ってことは………ことは………無い………はず………無いはず………無いよね?」


「半泣きで聞かれてもな。俺の口からは言えんな」


「そこはハッキリ否定しろよ!」


「いや、俺は鬼巨人オーガとか言われてるんだから、お前は小鬼ゴブリンでも良いんじゃね?」


「良い訳あるかぁぁぁ!」


「話は決まったな。では俺は手続きの準備をする為に店に戻る」


「決まってねぇよ! 俺はゴブリンじゃねぇ! ちょっと待てコラ!」


 俺の抗議を意に介す様子もなく椅子から腰を上げ、部屋から出ようとした店主だったが、扉の前でふと何かを思い出したのだろう立ち止まり振り返った。


「ああ、そうだティルルカ」


「はい、旦那様」


「お前は、一晩此処で厄介になることになってる。明日の朝迎えを寄越すから、ひとまず此処でゆっくり休め」


「畏まりました」


「クロウ。奴隷契約は店で行うから、お前は昼前に来い。昼飯くらいは食わせてやる」


「ぐぬぬ………分かった」


 店主は俺の返事を聞くと、肩を竦めて医務室から出て行ったのだった。


 


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