第17話 ある見習い冒険者の初連戦


『何匹だ………ニ………三………四………畜生! 五匹以上は居るぞ! この辺は徒労を組むゴブリンはあんまりいないって聞いたのに………リリーヌ嬢め………死んだら化けて出てやる!!』


 そう心の中で悪態をつくと、化けて出てもリリーヌ嬢にはあっさり斬り滅ぼされそうだという事実を心の中に押し込んで、俺は連中に囲まれない様に慎重に下がって行く。


 正直なところ、さっきの戦闘でもう疲労困憊だ。この上、連戦………しかも最低五匹を相手取るには些か体力が心許ない。


「いや、技倆も心許無いけどね」


 そう一人でノリツッコミをして心を落ち着ける。俺には荷の重い状況であるのは重々承知たが、絶望はしない。んな事してる余裕はない。してたらあっさり死ぬだろう。


 さっきチラッと、弓を持ってる個体が目に入った。遠距離武器を持ってるのに相手の視界に届くような距離にいるところが、知能の低いゴブリンらしいが、それでも脅威であることは変わらない。


 とにかく、複数匹を同時に相手取る事だけは避けたい。それには、戦う場所も選ばなければならないだろう。


 俺はくるりと身を翻し、ゴブリンの足でも追いつける程度の速さで走り出した。このまま、逃げ切れれば良いがそれは無理だろう。持久走では分が悪い。なんとか一匹ずつの状況を作り出さなきゃならない。


 幸いここは森の中だ。障害物には事欠かない。立ち並ぶ木々の間を右へ左へ、ゴブリン達の混乱を招きながら駆け抜ける。


「ギエェェェェ!」


 すると、ヒュッと風を切る音と共に、視界の端を何かが通り過ぎ、シュポッと地面に突き刺さる。弓持ちのゴブリンからの一射だ。勢いはヘロヘロで、狙いも定まってないところを見ると、弓矢の扱いには慣れていないのだろう。


 更に、背後から感じる一つの気配。


「ギョエッギョェギョエェェェェ!!」


 追い付いてきた一体が、そう奇声を上げながら迫り来る。このゴブリンは奇襲という概念が理解出来ないらしい。有難くその恩恵を受取り、俺は背後のゴブリンとの距離を図って唐突にUターンをする。


「ギョギ?!」


 戸惑うゴブリンに構う事なく、俺は地面を蹴ってそいつに向かって一歩踏み出した。


「ヒュッ………」

「グギェ………」


 半ば体当りするようにゴブリンに突撃し、魔石を狙って短剣を突き刺す事に成功する。このゴブリンは、幸いにして武器を携帯していただけで、防具は身につけていなかったのだ。


 魔石を砕かれたゴブリンは、すぐさま黒い塵となって虚空に消えていく。


「やべぇ………」


 こいつは予定外だ。こんなに早く塵になるとは思わなかった。このゴブリンの死骸を盾にして、次のゴブリンに突撃しようと思ってたのに………。


 俺は慌てて飛び退いて、再び踵を返して逃げ出した。


『ガギャァァォァ!』


 何匹かのゴブリンの怒りの咆哮を背後に聞きながら、次の攻撃の算段に入ろうと思考を巡らせたその瞬間、背中にゾゾッと寒気が走る。


「ノァッ!」


 反射的に横に転がると、半瞬前まで自分がいた場所の地面を、小振りの石斧がズドンと叩きつけられていた。どうも猿のように身軽な個体がいたらしく、木から木へと飛び移りながら追い掛けて来ていたようだ。


 俺はすぐさま立ち上がり、そのゴブリンから距離をおこうと飛び退くが、そうはさせじとそいつは追い縋ってくる。


「ギグァァァァ!」


 石斧を出鱈目に振り回しながら迫ってくるゴブリンを俺は攻め倦む。石斧を避けるのは容易だが、まともに受ければ短剣では保たないし、振りが出鱈目すぎて逆に仕掛けるタイミングが掴みづらい。


(くっそ………時間掛けてらんないのに………)


 石斧を避けながら他に注意を向けると、他のゴブリンも追い付いてきているのが目に入る。いくら低級モンスターのゴブリンと言えども、見習い冒険者じゃ何匹も同時には相手取れない。


 ブンブンと振り回される石斧を、時には飛び退き、時には横に転がって避けていく。時折、矢も飛んでくるが、狙いが悪すぎてそちらは対して脅威ではなかった。


「ド畜生!」

「ガギャァァァァ!」


 気合一閃、石斧が振り下ろされた瞬間を狙って、その石斧を握る細腕に蹴りを叩き込みへし折ると、ゴブリンは痛みにもがきながら転がっていく。


 俺はその場に残された石斧の柄を握り、もがき苦しむゴブリンの頭を叩き潰す。上手くヒットはしなかったものの、ゴブリンの命を奪うには十分な一撃だった。


 断末魔も上げずに息絶えたゴブリンの死骸から、飛び退き次に備えるが、完全に息が上がって身体が重い。


(時間も体力も掛け過ぎた。このままじゃヤベェ………)


 呼吸は乱れ、意識に靄がかかり始める。逃げながら一匹ずつ相手取る作戦は最早続行不可能だった。


 次のゴブリンを、低い体勢から迎え撃ち、一か八か石斧で相手の攻撃を叩き落として、左手に持ち替えていた短剣を首元に突き刺し絶命させる。


(ここまでか………たかがゴブリンに殺されんのか俺………あ、次はこっちか………)


 死角から襲い掛かってきたゴブリンの一撃を、その姿に視線を向けることなく紙一重で避け、すれ違いざまに首を切り裂き絶命させる。


(ん? あれ? 俺、いまどうやっても避けたんだ?)


 更に二匹のゴブリンが、左右から同時に襲い掛かってくるのを目端に収め、フッと力を抜いて態と仰向けに倒れてやり過ごす。


(あ。隙だらけじゃねーか)


 倒れる勢いを利用してぐるりと後転して起き上がると、互いに顔面を強打して鼻を抑えてもがく二匹が目に入る。俺は間髪入れずに二匹に近付き、一匹一匹確実に短剣を突き刺し確実に息の根を止める。


(あ、そうか………)


 俺はそこで一つの事実にようやく気付いた。


(集中するって、ひとつを見てたら駄目なんだ………集中って、全の中の個を見る事だったんだな………んで、没頭と集中ってのは全く別物だ………)


 その後、何匹のゴブリンを相手にしたかは数えられなかったが、最後は、何故か弓矢を手に持ったまま突っ込んできたゴブリンを葬り、取り敢えずは自分の命を落とさぬまま戦闘を終える事ができたのだった。


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