第10話 ある見習い冒険者の帰還 その弐



「それで、どうしてそんな顔をしているのですか? あ、別にその悪人顔がどーのこーのという話ではありませんよ?」


 分かっとるわい、んな事は!! と言う台詞をんぐんぐと喉の奥へと押し込んで、俺はひと呼吸置いて口を開いた。


「俺は今まで生きて来て、能動的に生き物を殺したことがなかったんだよ。見習い冒険者になってからも討伐系の依頼は受けてなかったし………」


「人殺しも平気でやるような人相で、虫も殺せないとはなかなか洒落が効いてますね」


「いや、上手いこと言ったって感じのドヤ顔してるとこ悪いけど、流石に虫は殺したことあるよ………」


「虫を生き物とみなしていない時点で、人として終わってますね」


「いやすみませんね! 虫も殺したことが無いって事でいいから、無表情に、んな事言わないで!」


 この人の無表情は、心臓に悪い。止まるかと思ったわ。


「食べる為に、鳥や兎を捌くくらいはしていたのでは?」


 どうやら、さっきの話は無かった事にするらしい。まぁ、蒸し返して藪蛇になるより良いけど。


「俺はこんななりでも、一応良いとこの坊っちゃんだぞ? 食いもんは待ってれば勝手に出てきたし、腹が減ったらどこかに食いに行けば良かったんだ」


「それは盲点でしたね。てっきり貴方は、悪い仲間を引き連れて、裏路地であらゆる悪事に手を染めていたタイプかと思ってました」


「いや、そんなんだったら、冒険者ギルドに登録した段階で摘発されてるでしょ」


「冗談ですよ。その程度も見抜けないから周りから遠巻きにされるんです」


「ウゴッ………」


 俺の心にクリティカルヒットな台詞で満足したのか、リリーヌ嬢はムフフンっと笑みを浮かべて胸を張る。俺を虐めるのがそんなに楽しいのかこのクソ受付嬢は。


「まぁ、命の重みを感じる事は悪い事ではないです。言い方は悪いですが、冒険者を続けていれば、その感覚にはいずれ慣れるでしょう。それよりも問題なのは………ゴブリンごときで精も根も尽き果ててしまうような、その、とても冒険者を目指しているとは思えないような貧弱な体力の方ですね」


「依頼と鍛錬の後で、体力が尽きかけている所に遭遇したんだよ」


「ほうほう言い訳ですか。体力が資本の冒険者を目指す見習いさんが、たかが素材採集と基礎体力の鍛錬程度でヘバッていては、とてもじゃないですが冒険者は名乗れませんよ………と忠告しようとしている美人受付嬢の一言に対して、そのような言い訳でお茶を濁すおつもりですか」


「いや、自分で美じ………いいいいいえ何でもありません! ごごごごご忠告感謝いたしますです美人受付嬢殿ぉ!!!」


 い、今のが殺気ってやつだな。身の危険を感じる程の凄まじい殺気を浴びるとキン○マが縮み上がるってのはホントたったんだな。クワバラクワバラ。


「そもそも、クロさんは本当に私が言った通りに鍛錬出来ているのですか? とてもじゃありませんが、そうは見えませんが」


「やってるよ! しかも三割増しで! 腹筋だってバッキバキだよ!」


 ガバッと服をたぐり上げ、鍛え抜かれた腹筋を見せつける。


「確かに、無駄な贅肉は落ちたようですが………三割増しと言う割には筋肉の付き方が、全く足りていない様に感じるのですが?」


「んぐ………」


 異性の腹筋を晒されたにも関わらず、赤面もせずに鼻で笑うような仕草を入れるリリーヌ嬢に、俺はそそくさと衣服の乱れを整える。よく考えたら、冒険者ギルドの受付嬢なら男の腹筋なぞ見慣れるよな。


「クロさん。つかぬことをお聞き致しますが………」


「何でございましょうか?」


「お食事はキチンと摂ってますか?」


「それは、今日のディナーのお誘いと取っても………いいいいいえいえいえななな何でもありませんですはい!! てででですからその、明らかに量産品とは違う、業物らしき聖剣っぽい何かを納めてぇぇぇぇぇ!!!」


 俺の決死のジャンピング土下座の甲斐あって、リリーヌ嬢はなんとか剣の切っ先を鞘へと納めてくれた。いったい、いつの間に抜いたんだ? 気付いたら切っ先が目の前にあったんだけど。


 そして、リリーヌ嬢は何事もなかったように、話しを続け始めた。面の皮の厚いことだ。


「食事は重要です。内容によっては害になる恐れもあります。例えば昨日の夜と今日の朝は何をお食べになりましたか?」


「えーと………宿で出された朝食と夕食を………」


「具体的には?」


「味の薄い塩スープと、硬い黒パン。いつもこれ」


 塩スープには、申し訳程度に、煮崩れた野菜やクソ硬く噛み切れない謎な肉らしき物体が入っているが、はっきり言ってクソ不味い。思い出すだけでげんなりする。

 

「正直クソ不味くて最近は全部食えないな」


「それでは身体が出来上がらないのも当然です。身体を作るのは結局は食事ですよ?」


「それは分かってるけど、宿の食事はホント酷くて………」


 言い訳がましく俺がそう続けると、リリーヌ嬢は大きくため息を吐いて


「一体貴方は毎日何処に通っているのですか」


「いや、カーフの森だけど。見習い冒険者が通う事を許されてる唯一の狩場の。リリーヌさんから教えてもらったんだし、俺が何処に行ってるかなんて知ってるよね?」


「そういう意味ではありません。森に通っているのなら、そこで採れる食材を食すれば良いでしょう………という意味です。素材の目利きはしっかりしているのですから、森で採れる、食が可能な野草やきのこを調べて探すなり、一般人でも討伐可能な一角兎等を捕まえて調理するなりすれば良かったでしょう」


「あ………」


「貴方は確かに冒険者としては、肉体的、魔力的には他の方々と比べると大きく劣っております。しかし、元とは言え、この街随一の商会の御子息だった貴方には他の冒険者には無い、『知識』という武器がある筈です。顔は悪人顔ですが」


「今の話に悪人顔は関係無くね?」


「その『知識』をもう少し役に立てなければ、他の先達方に追いつくことは叶いませんよ? 只でさえ悪人顔なんですし」


「しつこい!」


「悪人顔というハンデを克服したいなら、その顔に似合わない『知識』を上手く使って、少しでも先達方との差を埋める事です」


「………悪人顔でスミマセン………シクシクシク………」


 こうして、俺は悪人顔克服の為、森で依頼と鍛錬の他に食料の調達もする事になったのだった………ってなんでやねん!

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