第9話 ある見習い冒険者の帰還 その壱


 無事に街にたどり着くと、俺は真っ直ぐ冒険者ギルトへと足を向けた。街の入り口の門番や、すれ違う通行人の視線は痛いが正直それに構う余裕も無い。


 見られている理由は見当がついてる。おそらくは、ゴブリンの返り血で染まった装備のせいだろう。やっぱり正常な精神状態ではなかったらしく、血糊を落とし忘れたまま街の門まで来てしまったのだ。


 ゴブリンの血糊は落ちにくく、臭いもキツイ事で有名で、革や布地で出来た装備なんかは、その場で落とさないと買い換えが必要なレベルの悪臭が染み付いてしまったりする。これもゴブリン討伐に人気が集まらない理由の一つだ。苦労の割りに実入りが少ないのだ。全く割に合わない。


 俺の場合は、装備が最低レベルの廉価品で半ば使い捨てのような物なので、この後買い換える予定だから問題無いが。


 俺はギルト入口のドアに手を当てると、中から伝わる熱気とざわめきを感じながら押し開けた。すると扉が開いたその途端、熱気とざわめきが、俺の元カノの愛情のように一瞬にして消え去り、ギルト内が真冬のよく晴れた朝のような冷え冷えとした静寂に包まれる。あぁ、言ってて虚しくなってきたわ。


 小首を傾げてギルト内を見渡すが、誰も俺と目を合わせようとしない。露骨に避ける者もいる。元々、目付きが悪い俺と好んで目を合わせるような物好きは居ないのは確かだが、ここまで露骨なのは久しく記憶に無い。


 返り血を浴びた姿に恐れをなしているのかとも思ったが、こう言っては何だが冒険者としては別に珍しいものじゃない。この程度は日常茶飯事な筈なんだけど………。


 怪訝に思いつつも、いつものようにギルトの受付カウンターへと足を向けると、カウンターの受付嬢達が明らかに挙動不審になり始める。俺は眉をひそめて、唯一いつも通りのリリーヌ嬢のカウンターに向かった。


「いつもの素材持ってきたんどけど………」


 恐る恐る、持ってきた素材をカウンターに並べていると、リリーヌ嬢が大きくため息を吐いた。


(えっ?! お、俺なんかした?)


「クロさん………」


「は、はい、何でしょうか?」


 ただならぬ気配に、思わず直立不動になる俺。


「クロさん………罪を償われるのでしたら早い方が良いです。あと、自ら警邏に出頭した方が罪が軽くなりますよ?」


「はい? 罪? なんの事?」


「クロさん………貴方、とうとう『殺って』しまわれましたよね?」


「へ?(ゴブリンの事かな?)殺ったと言われれば(ゴブリンを)殺ったけど………それが何の罪に?」


 『殺った』と言ったその瞬間、周囲がザワリとざわめいた。ゴブリン殺った事がそんなに騒ぐ事? つーか、みんなゴブリン殺ってるよね? いつの間にかゴブリンって保護対象になったの?


「クロさん? もしかして誤魔化すおつもりですか? それはおすすめ致しません」


 その瞬間、ピキンと空気が凍り付く。さっき迄とは違った意味で寒々としたこの空気………所謂、殺気と呼んでも差し支えないような………いや、誤魔化すのはよそう。もうこれははっきりとした殺気だ。


「ちょちょちょちょっと待って! な、何でそこ迄の殺気を向けられなくちゃなんないのか分かんないんだけど?!」


「見損ないましたよ、クロさん。素直に罪を認めて、警邏に自ら出頭するのであれば、罪が軽くなるようお口添えをさせて頂こうかと考えていましたが、こうなってはそれを望むべくも無いようです。担当受付として、責任を持って『殺人』を犯した貴方を警邏に突き出すことと致しましょう」


「ななななな何故に?! いつの間にゴブリン殺すと『殺人』の罪に問われるようになったの?! いつの間にかゴブリンは魔物から人間に種族が変わったの?!」


「当然です。ゴブリンであろうと何であろうと、人間を殺せば殺人罪で………ゴブリン?」


「ななななら何でゴブリン討伐の依頼書があの掲示板に貼られてるのさ?! どう考えても………」


「ちょっとお待ち下さい、クロさん。今、ゴブリンと仰いましたか?」


「そうだよ! 俺、ゴブリン討伐で罪に問われるだなんて知らなくて………」


「いえ、ゴブリン討伐が罪に問われるだなんて誰が言いました?」


「いや、今、アンタが言ったよね?!」


「私は『殺人』と言ったのです。ゴブリン討伐の話では有りませんが?」


「………」


「………さて、本日の提出素材は………」


「いや待てオイ!」


「規定量の薬草及びゴブリンの魔核………」


「どう考えてもアンタの勘違いだろ?! 謝罪も無いってどう言うこと?!」


「………チッ」


「今『チッ』って……『チッ』って、舌打ちしたよね?! その態度って受付嬢としてどうよ!」


「………ハァ………ハイハイ。ドウモスミマセンデシター」


「完全棒読み、しかもソッポを向いての謝罪の台詞って、人としてどうよ?!」


「そんな血塗れな姿で、悪人顔のクロさんが薄ら笑いを浮かべていたら、誰だって『ああ、とうとう殺ってしまったんだなぁ』って考えてしまいますよ。よって私の責任ではなく、全てはクロさんの悪人顔………延いては、人望の無さが招いた結果です。甘んじて受け入れて下さい」


「いや、いっそ清々しい迄の開き直りダナ!」


 胸を張り、堂々とそう言い切るリリーヌ嬢に、俺は頭を抱えて苦悩する。


「いや、確かに精神の平衡を保つ為に、ちょいと口元が怪しかったのは事実かもしれないけど………この顔の所為で人望ないのも事実だけど!」


 俺の台詞に『ほーら私の言った通りでしょ?』とでも言っているかのようなドヤ顔を向けて来るリリーヌ嬢に、ほんのちょびっと殺意が生まれても誰も俺を責める事は出来ないだろうと思う、俺なのであった。


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