第8話 ある見習い冒険者の初戦闘 その後


 ようやく震えと嘔吐が止まった俺は、ゴブリンから討伐の証明となる魔核を取り出す為に、再び鞘からナイフを抜き出した。


 魔核とは、魔物や魔獣などの魔素と呼ばれるエネルギーを体内に宿した生物が死んだ時に、その魔素が結晶化した物だ。


 この魔核は、冒険者用の武器や防具の材料になったり、今では生活必需品となった生活魔導具の動力源エネルギーとなったり、質が良く色味が稀少であれば指輪やネックレスの材料になったりと、その用途は多彩だ。


 ゴブリンの魔核は稀少性も低く内在する魔素量も少ない為、魔核としては最下層となるが、それでも一日二日は食いつなぐことが出来るくらいの金額で買い取ってもらえるので、貧乏見習い冒険者にとっては有難い収入源の一つとなる。



 ま、全部リリーヌ嬢からの受け売りだけどね。



 俺はナイフの切っ先を、魔核が結晶化している筈の心臓付近へと刺し入れる。


 魔核は通常、魔物の心臓の上部に集まり結晶化するらしい。なので肋骨の隙間を狙って刃物を刺し入れ、魔核を傷付けないよう注意して慎重に採取しなきやならないと教わった。


 この作業がえらく面倒なので、ゴブリンなんかの価値の低い魔核は、ある程度ランクの高い冒険者には見向きもされない。倒しても放置する事もよくあるらしい。他に採取出来る素材も無いしね。


 故に見習い冒険者や初級冒険者がゴブリンの死体から魔核を採取し、ギルドで売り払う事もよくある事だ。ただ、それには『死体漁り』の悪名を享受しなきゃならない。


 正直なところ、薬草なんかの素材採集とどう違うのか俺には分からんけど。放置して行ったなら、もう既に誰のものでもない。森の中に自生する薬草の類の時と同じで、自分で採取したんならもう採取した人間のもんだろう。ギルドにも認められてるし。侮蔑して良い案件ではない筈だ。


 そんな事を考えながらも、なんとか魔核の採取に成功する。するとゴブリンの死体は、指先、足先からサラサラと崩れていき、最終的には塵となって宙に消えていった。


 これは、魔核を持つ魔物全般に起こる現象で、死んで魔核を取り除かれた魔物は塵となって消えるのだ。他の素材を採取したい場合は、魔核を採取する前にやらなきゃならない………ってのはリリーヌ嬢からのありがたーいご教示だ。理屈はわからんけど、そういう事らしい。


 ゴブリンには、武器や防具に使えるような爪や牙、角等の素材はドロップしないし、獣系の魔物のように食材になるような魔物でもない。それでいて小狡く、武器や防具を使う程度の知恵はあるので、一匹ならともかく、徒党を組まれると厄介で、その討伐依頼は冒険者の間では三大不人気依頼の一つに数えられている。


 因みに他の二つは知らん。少なくとも、見習い冒険者じゃ受ける事も出来ない依頼であることは確かだ。


 俺は、塵となって消えたゴブリンに軽く黙祷を捧げる。多分、俺はこの一戦を一生忘れる事はないだろう………と言うか忘れられない。


 実は俺は、今まで討伐系の依頼を一つも受けて来た事がなかった。それどころか、生まれてこの方、魔物は疎か鳥や兎なんかの小動物すら殺したことがなかったのだ。裕福な商家に生まれ、食べる事にも不自由なんてした事が無かったので、自分の手で殺す事を必要とする場面が今まで無かったのだ。


 ナイフを通して手のひらに伝わった、刃物が肉に突き刺さる感触がどうあっても消えてくれない。


 命の灯火が、俺の手の中で急激に萎んでいく、あの熱が冷めていくさまが消えてくれない。


 憎悪と哀願と恐怖で染まったあの瞳から、徐々に光が消えていくさまが脳裏に焼き付いて離れない。


 人間が生きていく以上、他の生き物を殺す事は自然の摂理の一部だろう。冒険者になろうという者が、今まで一度もこの道を通らなかった事が問題だったのだ。


「ハァァァァァァ………帰るか………」


 俺は大きく息を吐き気を取り直すと、荷物を背負って帰途についたのだった。


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