第5話 ある見習い冒険者の報告
「あら、クロさん。今日は随分と遅かったですね」
ニッコリ笑顔でそう迎えてくれたのは、実は以前、A級冒険者パーティにいたものの、リーダーのセクハラに耐え兼ね、そのリーダーを半殺しにしてしまったが為にそのパーティを脱退せざるを得なかったと噂の、当冒険者ギルド受付嬢であるリリーヌ嬢だ。
いや、あくまで噂だからね?
そう言えばこのリリーヌ嬢、何故か俺の名前を勝手に略するように成りやがった。俺の名前はクロウだってーの。
「心配してくれたの?」
「いえ、あまりギリギリに素材を持ち込まれると、その量によっては残業しなくちゃならなくなりますので」
「デ、デスヨネー」
完璧な営業スマイルのその奥で、その瞳が剣呑な光を宿している事に気付いた俺は、そっと視線を外してそう答える。
因みに遅くなったのは、あの後しばらく魔力を操作出来ないか、色々と試していたからだ。結局徒労に終わったけど。
ただ、それは俺の実力不足が原因であって、操作そのものが不可能な訳じゃないと思う。実際、魔力操作を得意とする冒険者もいると聞いたことがあるし。
それに、魔力の蒸発現象についても、問題ないと結論づけた。蒸発する量より、生み出される量の方が僅かではあるが勝っている事に気付いたからだ。
散った魔力が如何なるのか気にはなるが、取り敢えずは魔力枯渇の心配はなさそうだとひと安心した所で訓練を切り上げ、街に戻ってきたという訳だ。
「それでは本日採集した素材をご提出下さい」
「りょ、了解であります」
俺はリュックから、採集した素材の数々を取り出しそれをずらりと並べた。
「どうぞお納めくださいませ」
「確認させて頂きます。指定素材であるハクナギ草………これは解毒剤の材料となるハクセン………
「俺、一応それなりに大きい商会の息子だったんだけど。素材や商品の目利きくらいは叩き込まれてるよ」
「なる程。悪人顔のクロさんにも一つ取り柄があったのですね。直営店でお見かけしたことが無かったので、てっきり親の財力に任せて遊び回っていたのかと思ってました」
「悪人顔は関係無いよね?! いや、この顔だから店頭には立たせられんって、仕入れの担当に回されたのは事実なんだけど………つーか、リリーヌさん、俺に当たりキツくない?! あと何度も言ってるけど俺の名前はクロウ!」
「それでは素材の確認と査定に入りますね」
「無視ですか?! 悪人顔の人間には人権は無いのでしょうか?!」
「………」
「無言で視線を外さないでくれます?! いや、決まり悪げな表情で、いかにも申し訳無さげに頭下げられるのも傷付くんですが!! かぁぁぁぁぁそんな面倒くさげにため息吐かれたらいくら俺でも心折れるって!!」
「私に如何しろと?」
「如何しろも何も、普通に対応して下さいよぉ」
「悪人顔で泣き付かれると相手に虫酸が走るだけなのでやめた方が良いですよ?」
「相変わらずの毒舌ダナ!!」
「それ程の目利きを持ってるのでしたら、もういっその事それで生計を立てては如何ですか? 冒険者よりよっぽど安定した生活が送れると思いますが………」
「切り替え早っ! ………一人で採集出来る量には限りがあるし、安定って言ってもたかが知れてるでしょ」
「それは一人で全てを行えはそうでしょうが、仲間を集うなり、いっその事、商会を立ち上げて従業員を雇うなりすれば宜しいのでは?」
その提案は理に適った内容だ。ひとりの力には限界があり、結局は数をこなす為には人手をかけることが何よりも有効なのだ。その能力も知識もある事は自分自身がよく知っている。
だがそれはのめない提案なのだ。周りに………子供の頃から可愛がってくれていた従業員達や親類縁者と呼べる親しい筈だった者達に裏切られ、俺の心はポッキリと折れている。
俺が口を噤み視線を外したその様子を見て、リリーヌ嬢は俺が冒険者を目指す切っ掛けになる出来事を思い出したのだろう、決まり悪げな表情で申し訳なさそうに口を開いた。
「そうでしたね………クロさんの悪人顔では仲間や従業員を集める事は至難の業と言えますよね」
「ちょぉぉぉぉぉぉっと待てぇぇぇぇぇい! いや、アンタ今、俺が躊躇してる理由に絶対気付いてたよね?! いくら俺が悪人顔だからって、心ポッキリ折れちゃうって! あと俺の名前はクロウ!!」
「それではこちらが今回の報酬となります。今後とも宜しくお願い致します」
「そこで華麗にスルーかい! いや、見事なスルーですがね! この扱いに少し心地良さを感じてきた自分が怖い! Mっけ出てきたらどうしてくれ………いや、そこまで嫌悪感丸出しの表情止めてくれます?! いくら俺でもホントに泣いちゃうてぇぇぇぇぇ………」
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