第4話 ある見習い冒険者の鍛錬 その壱


「………九十七ぁ………九十八ぃ………九十九ぅ………ひひひひひゃぁぁぁぁくぅぅぅぅぅ!!」


 俺は腕立て百回を終えると、その場でゴロリと仰向けに寝転がり、ゼェゼェハァハァと治まりの見せない荒い息を無理矢理整えようと試みていた。


 今は森の中で修行中。ノルマ分の薬草採取を終えてトレーニングに励んでいた所だ。


 見習い冒険者となって一週間。


 俺に必要なものは先ずは基礎体力………と、とある人物からのありがたーいご訓示があり、取り敢えず腕立て腹筋からトレーニングを開始した。


 一週間でこれだけ出来るようになった自分を褒めてあげたい気分だが、目標としている頂を思い出したので、それは差し控えておこう。


「………つっても、幾ら基礎体力が必要って言ってもいつまでも腕立て腹筋しててもなぁ………そもそもこの鍛練は、肝心の魔力量の増量には効果が無いし………」


 普通、冒険者ともなれば、こんな一般人が健康のためにする様な鍛練なんぞしない。するまでもなく、剣を振るい洞窟ダンジョンを探索なんぞをしていれば、基礎的な体力なんて勝手に身についていくからだ。


 冒険者が鍛練をするのは、どちらかと言えば体力的なものが理由なのではなく、技術的なものを上積みしたいからだ。


 そもそも、基礎体力は魔力で………正確には魔法で補う事が出来るので、そこまで重要度は高くないはず………なんだけど………。


『クロウさん。貴方はまず基礎体力を向上させることから始めるべきです。魔力向上はそれからでも遅くありません』


 そう、とある人物………つまりはリリーヌ嬢から忠告されてしまった。受付嬢からの忠告を律儀に守る事は、冒険者としては情けない限りだが、あの眼を見た瞬間、蛇に睨まれた蛙状態に陥りブンブンと首を上下に振っていた自分がそこにいたのでしょーがない。


 逆らったら駄目なやつだあれは。そもそも俺はまだ冒険者の見習いだし。


「でもこのまま何もしないでいるのも正解とは思えないんだよなぁ………何かないかな? 一挙両得なナイスな方法は………」


 魔力量を増やしたいなら、とにかく魔法を使いまくる事だ。魔力というのは使えば使うほど増えていくものだからな。


 でも現状、基礎魔法のマジックアローを一回使っただけで気絶してしまう俺では、森の中で魔法の特訓をする訳には行かない。使って気絶してその寝込みをモンスターに襲われたら元も子もない。それに、一回使う度に次に魔法が放てるようになるまでの時間を考えれば、どう考えても非効率的だ。


 宿で寝る前にマジックアローを空に放って気絶しようかとも思ったが、防犯面でいまいち信用のおけないあの安宿で、前後不覚になってしまうリスクを追うのは避けたかったので諦めた。


「何とか、魔力を使いつつも気絶しないですむ方法はないもんか……」


 そもそも魔力って何なんだろうか。持ってない人間もいるってことは生きる上では必ずしも必要って訳ではない物の筈だ。


 俺は魔力とは何なのかを知りたくなって、周りにモンスターの気配が無いことを確認すると、内なる魔力に意識を向ける。


 俺が自分の中の魔力に気付いたのは10歳の頃だ。それよりもっと幼い頃に、偶然魔力持ちであることを認定されたが、その時は自分の中の魔力に気付く事が出来なかった。


 だが十歳の頃に大きな事故にあい、その治療を受ける過程で自分の中の魔力を認識出来るようになった。


 治癒魔法をこの身で受け、その巨乳美人シスターの温かな魔力を感じた事で、自分の中にある別な魔力の存在に気付けたのだ。


 あの巨乳美人シスター、今どうしてるかな………修道服のベールで隠したブロンドのふるゆわロングの髪………はち切れんばかりの胸元とふんわり漂う石鹸の香り………おっと、今は魔力の事だった。


 魔力量が少なくその扱いに関してズブの素人である俺が、自分の中にあるものとはいえ魔力を感じ取るにはそれなりに集中力が必要だ。


 目を瞑り、大きく息を吐いて呼吸を整える。


 あれ?


 どういう事だ? いつもより身近に魔力を感じられる。いつもなら、意識の奥へ奥へと沈み込んで、ようやく奥底にある魔力の塊へとたどり着けるのだが、今日に限っては目を瞑っただけでほんわりとした魔力の輪郭に触れる事が出来た。


 まぁ、難しい事はあとで考えよう。今はこの魔力の塊にどっぷり浸かって………とは言えないほど底の浅い魔力だな。内なる魔力を海に例える人間もいるが、広さも深さもないこの魔力を海と比喩するのは流石の俺でも憚られる。


 見栄を張ってもせいぜい水桶。どう贔屓目に言っても水溜りだ。


 俺はため息を吐きながら、その魔力の塊に意識を浸す。


 魔力は俺の中心で静かに揺蕩い、そして血管を通る血液の如く薄く全身を巡っている。


 ん? んん? 何だ?


 俺の魔力が、夏場に皮膚の表面から蒸発して行く汗の如く、ゆらゆら大気に登ってないか?


 これって何かヤバくない? 俺の魔力、このまま完全に全て抜け切ったりしないだろうか?


 何とか蒸発して行く魔力を留めようと試みるが、その努力が実る様子が全く無い。かなぴぃ。


 しかし俺としてはこの問題を放置しておく訳には行かない。もしかしたら俺の魔力量が少ないのはこれが原因かもしれないし。


「ぬぬぬ………今こそ目覚めよ我が秘めたる力よ!」


 そんな事を口走りつつ、俺は更に意識を魔力へと向けるのだった。


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