第6話 ある見習い冒険者の鍛錬 その弐
見習い冒険者となってふた月………俺は、素材の採集のあとは未だに基礎体力作りに専念していた。
初めの頃は、このままで良いのだろうかという不安が常に心の中に渦巻いていたのだが、今ではそれも治まりつつある。
流石にメニューは腕立て腹筋からは変化しているが、鍛えれば鍛えるほど自由自在に自分の身体を動かせるようになっていくので、正直、鍛錬そのものが楽しくなってきていた。
筋肉を鍛えていると、どの動作にどの筋肉が必要であるのか、どこまでの動きが可能でどんな事が出来るのか、どう力を入れればどう身体が動くのか、否が応でも理解できる。
まぁ、それまでの自分が如何に考え無しだったかも思い知らされたけどさ。
そして同時に魔力に関する事も理解を深める事が出来た。肉体的疲労の極致に到達すると、多分精神が鋭敏になる所為だろう、内なる魔力を感じやすくなるのだ。
この二ヶ月間、肉体を痛め付けては内なる魔力に接触するという訓練をやり続けた。繰り返し繰り返し魔力に接触している成果が如実に現れ、今ではそう意識を集中せずともなんとか内なる魔力を感じる事が出来るようになってきている。
お陰で、どう魔力が巡っているかを文字通り肌で感じる事ができた。
内なる魔力は普段、体内に沈殿してる状態だ。そこの表面からゆらゆらと立ち昇り、水が蒸発するかの如く空気中に散って行く。そして、腕立てや懸垂なんかしてると、使っている筋肉に魔力が微かに流れ込んでいる事に気が付いた。
これは推測になるが、おそらく魔法による身体強化というのは、身体強化魔法という『魔法』ではなく、この使っている筋肉に魔力が流れ込む現象を意識的に、もしくは無意識下で行使してるのではないかと思う。
大きな効果を生む割に、消費魔力が少ないと言われている事がその根拠だ。他の魔法は魔力の放出を前提としていて、一発放てばそのまま一発分の魔力が失われてしまう。ところが身体強化魔法は、魔力が一定時間体内を循環し肉体を強化する。強化が終わると自然と抜けていき、そこで身体強化魔法で使用した魔力が消費されるという形になるらしい。
全部、冒険者ギルドにあった書物からの受け売りだけど。ただ書物では区分として他の魔法とひと括りにされており、それ以外の特異性は示されてはいなかった。身体強化魔法という『魔法』の一つに過ぎない。
まぁ、だからどうだと言われるとそれまでだけど、俺としてはそこに全てを賭けたいと思っているのだ。
この流れ込む魔力を制御出来れば、消費される筈の魔力を体内に押し留め、魔力量の底上げに繋げられるのではないかと期待している。
「この、魔力が筋肉に流れ込む感覚を正確に辿れれば………今はまだ、ふわっとした感じなんだよなぁ………動いた気がするってだけで、気付いたら筋肉の方に魔力が移ってるし………」
まだ魔力を完全に感知できない俺は、何となくでしか魔力の流れを把握出来ない。
「んー………ダメか………今日のところはこの辺で………っ?!」
少し離れた背後の草むらからガサリと音がし、俺は慌てて立ち上がって飛び退る。
護身用のナイフを構え、何が出て来るかと身構えていると草むらから、粗末ではあるが武器や防具を身に着けたゴブリンがのっそりと出てきた。どうやら向こうとしても予想外の遭遇だったようで、キョトンとした表情を浮かべていたが、直ぐに慌てて剣を構えてこちらに対峙した。
「ギョギギキ!」
俺はゴクリと息を呑み、全神経をゴブリンに向ける。基礎体力作りに専念していた俺は、何を隠そう戦闘自体が初めてだ。魔物が少ないエリアで採集をしていたが、いつかは魔物に遭遇する事になると覚悟を決めていた筈なのに、実際遭遇したら俺の心臓は激しくビブラートを繰り返している。
やべっ。吐きそう。
平静じゃない自覚はある。ゴブリンにもそれは伝わったのだろう、元々醜いその顔に、醜悪な笑みが浮かぶのが見て取れた。
「ギッギッギッ」
奴は口角から涎を垂れ流し、ゆっくりとこちらに近付いてくる。
俺は、奴が一歩近付いて来るのに合わせて一歩後退る。それを見て、奴は「ギヘギヘ」と更に笑みを深べながら、右手に持つ刃こぼれした粗末な剣を振り上げ、唐突にこっちに向かって駆け出した。
(落ち着け………落ち着け俺! 剣とナイフ、リーチじゃ敵わない! よく見て躱せ! 絶対ナイフで剣を受けるな!)
ゴブリンの構えは戦闘未経験の俺でも分かるくらいお粗末だ。でも、それに対する俺の構えも腰が引けてて無様だろう。
正直、めっちゃ怖い。一度野生の熊とバッタリ対峙したことがあるが、あれとは比べものにならないくらい恐ろしい。
それは相手から悪意が見え透いているからだ。野生動物は生きる為に戦闘行為に及ぶことがあるが、基本的には臆病だ。そこに感情は介在せず、生きるか死ぬかを本能で察して行動に移す。
だが、今回のゴブリンには明らかな悪意が見え隠れしている。俺を殺して利を得ようと考えているのだろう。それが堪らなく恐ろしい。奴は本能で獲物を仕留めようとしてるのではなく、理性をもって俺を殺そうとしているのだ。
俺もそうだ。殺さなければ殺される。だから生きる為に彼奴を殺す。
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