狂ったもの 都時彰編25

それからというもの。岡庭先輩は椎堂の為、もとい自分の貞操の為。俺を親戚の家へ引っ越しさせるべく椎堂の親へ説得を試みた。

 まさかそこまで一緒に居ることが嫌だったのか。

 知らなかったなー。

 まあそれは3ヶ月くらい続いた結果なのだけれどもその間、何もしてなかった訳ではなく····。

「はいロンー!」

「うわっ!マジかよ!」

「えーと····国士無双とか····。ヒラサー、親だよね?じゃあ4万8000点···」

「うしっ!じゃあこの回で1位は最下位に命令できるんだったな。じゃあ猫にはこれから卒業まで宿題を写させてもらうってことで!」

「······またやって勝ったら撤回になるからな」

「わーってるって。ま、また勝てばいいわけだし。うしししし!」

 ······時間はとんで正月なのだが、平間さんの家で麻雀をしております。

 なんてこと。平間さんがどんどん駄目人間になってるような気がしなくもないような。

 ちなみにメンバーは俺と平間さん。姉岳さんに皆河さん。

「おい、平間。これ終わったら勉強会だと言ったはずだが?」

 お、姉岳さんが正論を。

「えー?」

 おい。約束を反故にする気だぞ。この女

「ぼくは終わってるから適当に漫画借りるよヒラサー」

「猫は平間の監視係」

「「えー」」

 今度は平間さんと皆河さんの二重奏。

 どんだけ勉強が嫌なんだよ。いや、気持ちは分かるけども。

「あのなぁ····」

 あーあ。姉岳さんが溜息をつき出した。

 二人共、のそのそと勉強の体勢に移る。

 これ以上駄々をこねると姉岳さんがキレるのを知っているからだ。

 四人して持ってきた勉強道具を机に並べいそいそと勉強していく。

「なあ?これどう解くんだ?」

 一人、いそいそとできない人が居た。

「ヒラサー。ここ、2学期の終わりに数学の授業でやったとこだよ?頭、大丈夫?」

「···········。あーーーーー!あの坂本に寝てたのぶっ叩かれた時か!あれ、叩かれたせいで忘れてるな。うん、アタシは悪くない」

「悪いわ!授業中に寝てる時点で有罪だわ!」

 平間さんの弁護人は居ないので必然と姉岳検察官の意見が通ってしまう。

「弁護側の証人が欲しいです」

 おっと、平間さんが無罪にしたく動こうとしている。

「ごめん平間さん。ここでは俺も皆河さんも傍聴席にいることになってるから」

 間髪容れず頷く皆河さん。

「この裏切り者共ーーー!!!」

 いや、弁護のしようがないだけです。

 これは楓さんからお願いしても勝てない弁護だからと却下するだろう。

「でもさー。勉強なんて何の役に立つんだよ。知らねえよ二次方程式とかよー。」

「ほう。それはつまり平間。お前は結婚したところで馬鹿な女だということが露見して離婚の危機になっても構わないと?」

「おいまて!!それはひどくないか!?アタシ、そんな女に見えるのか?」

 俺と皆河さんは慌てて2人してトイレへ向かう。

「おーーーまーーーえーーーらーーーなーーーーーー!!!」

 大声で不満をぶつける平間さんの声を非難するのは隣の部屋にいる弟の純くんからだった。

 はてさて。元旦に楓さんと初日の出と参拝······できるかなと思ったら椿さんから門前払いされたからこうして集まってヤケ麻雀してたわけだが。

 これで良いのか中学生と思わなくもない。

「まあ80点台はいけるようにしなよヒラサー」

 皆河さんか何気なしに言う発言に平間さんが何も言い返さないわけがなく。

「馬鹿言うな。アタシ、数学なんて40とれれば奇跡だぞ」

 何を頭の悪さを自慢してるんだ。

 これで弟の方が数学できるようになってもいいのだろうか。

「都時くん。さすがにそれは」

 おお。平間さんが目を線に···は普段からしてるけどそれがより線になってて、猫が日向ぼっこしてるときのような曲線を目に宿し、手を一回前に、おいでとするジェスチャーをする。

 そういう仕草は、おばさんがするイメージがある。が、殺されたくないので俺は言わない。

「そうだよね。さすがに····」

「もう既に起こってる事だから問題ねえ」

 おい。·····もはや大声でツッコむ余裕もないぞ。

「あるわ!!ちょっと平間!今日は帰さねえぞ!!」

 あ、余裕のある委員長がいた。

「いやいや。ここアタシんちだし。時間になったら皆帰ってもらうけど」

 そうだ。ここは平間さんの家。

「だから?ハハハ!んな成績でノコノコ帰って3学期を向かえるなんてそんな事は許さねえよ!」

 姉岳さんの目がイカれた者のする、それになっています。

 多分純くんが今の姉岳さんを見たらビビると思う。

「でもさクルメグ。ヒラサーはともかく、純くんに迷惑はかけられないじゃん?だからギリギリまで追い込んでから帰ろう」

 数学を教えるだけなのに追い込むなんて表現要るのか。

「いや、良いよ。眼鏡の姉ちゃんも猫の姉ちゃんもいくらでも居て。その馬鹿姉をどうにかして」

 もしくは連れてっても可とか言ってドアから顔を出した噂の元は、バタン!と耳の奥に入って怯む程の閉める音が響く。

 その扉に顔をぶつけて悲鳴をあげているのは平間さん。

 泣いているかのように顔を手でおさえて。

 事実は痛みに身悶えしているだけなのだが····。

 平間さん、姉弟喧嘩もほどほどにね。

 1名の回復待機行動に出た。真面目、普通、自由奔放の3名。その会話はというと···。

「で?クルメグに男の気配が無いのだが、トトキン。誰か紹介してくれないかい?」

「うーん。椎堂の胸の話とかで盛り上がるような連中だけど大丈夫?」

「全然大丈夫。クルメグもそれなりに胸あるから」

「よかねえわ!オレ、ナニされるかわかんねえヤツのとこになんかいけるか!」

「大丈夫、はじめは痛いだろうけど。そのうちに良くなるから」

「そんなトコまで求めてねえーーー!!」

「オメエらアタシの事ちっとは気にしろーーー!! 

 ぶち切れる側と茶々を入れる側の二手に分断されていた。

「2人そこに正座しろ」

「メグミ、おまえもな」

 自身の彼氏づくりを勝手に勧めてた事への謝罪を求める姉岳さん。

 自身が怪我に見舞われてるのに誰も気にも留めないことへの謝罪を求める平間さん。

 まあ、俺はどちらにもごめんなさいの一言で済むのだが。姉岳さんの立場だと土下座するのか否か微妙なところなのだが。

「いや、平間。アレはお前の自業自得だろ?こっちは理不尽にカップル成立させられてるんだぞ?」

 あ、謝る気はないな姉岳さん。

 これを怒らない平間さんじゃないのはわかってるだろうに。この人もなかなか折れない人だからなあ。

「ほう?それはアレか?胸のないアタシには男ができないという当てつけか?ええ?二人して身体のラインが出る服着やがって······。今1月だぞ?そんな薄い服だと風邪ひくぞ?あっ、そうか。胸の脂肪で体温が高いから厚着しなくて平気なのか?あーあ。その分貧乳民は服を着なきゃ寒いんだよなー。」

 あ、平間さんが勉強始まる前から壊れた。

 もうハハハハハハと高笑いが止まらなくなっていた。平間さんを誰が止めるか緊急会議をした結果。胸のサイズが同じであるという理由で俺がこの場を収めて残り2人は自宅退避することになった。

 確かに服の上から見ても同じなのは分かるけど····。言葉にすると切れ味がえげつないぞ。

「ひ、平間さん」

 俺は、腫れ物でも扱うかのごとく。なるべく優しい声で語りかけた。

 最初の一回だけじゃまだ壊れた人形のような雰囲気は抜け出せず。こちらに意識を向けるまで7回かかった。

 なんだろう。敵視されなくなったのは良いことなのだが、意識がイかれてるのを見るのは別の意味で辛いのだが。

「あ!トトキくんだ!今日はどうしたんだい?」

 もはや先ほどの貧乳被害妄想をなかった事にする代償としてこの部屋での一連の記憶を消してしまったようだ。

 そんなに貧乳コンプレックスに触れるのは嫌なのか。

 貧乳について触れなきゃこの人は基本良い人だからな。この方が精神衛生上良いのかもしれないが。

「勉強······はいいからゲームしない?この間、新作のゲーム買ったって話したよね」

 ゲームというのはモンスターを狩っていくという有名なメーカーが出してる人気ゲームである。

 ただ、俺は家の経済上を気にして買うのを我慢している。

 お小遣いはくれるのだが、必要最低限に留めてるしゲームソフトも本体も値段結構するからそれを欲しいなんて幼なじみの親には言えなかった。

 なぜか横へゴロゴロ寝転がりながら押入れを開く、その中にある3弾ボックスの引き出しの真ん中に丁度そのゲーム機が入っていた。

 携帯型ゲーム機である。どうも陸上部男子の間で話題になってるようで混ざってやってるようである。

「ほいよ」

 どうやら隣で話を聞いていた純くんがゲームを差し入れしてくれたようだ。

 扉の隙間から平間さんがやってるのと同じハードが現れた。

 来たことを察知した頃には遅く、またゲームをやり始める平間さんにとってはせっかくの反撃チャンスだった。

 そうして手に入れた、ゲーム『怪物狩り』を起動する。

 ROMの回るシャリシャリという駆動音を聞きながらタイトル画面まで待つとボタンを押す。

 そこには『ジュン ランク345』と表示されたファイルがあった。

「嘘だろ!?アタシよりランクが上だと!?純のくせに!!」

 いや·····平間さん?あなたは陸上部やってるでしょうが。 

 その時間を確保しつつ高ランクになるまで狩るのは無理な話だと思うぞ。

 ちくしょーなどという声を聞きながら俺はハンターの装備を確認する。

 大剣か。純くんの好みなのか、確かに小学生男子だったら剣にハマるかもしれない。

 もしくは今倒す敵に合わせてという可能性もあるが、今は平間さんと協力プレイするのでこのままマルチできるように移動する。

 そこへ平間さんらしき爽やかイケメンタイプの男性ハンターがこちらへ歩いてくる。

「平間さん、そういう人がタイプいてっ!」

 足踏んじゃった、足踏んじゃった。猫はいないけど踏んじゃった。

「うっせー!気ィ抜くとクエストクリアできねえだろ!あーーー!」

 言ってる側から冷たい水を持ってこずに自滅している。

 と、いうより····。 

「平間さん?火山行くならそのように言ってもらわないと····。こっちも準備しなきゃだし」

「悪かった!前にやったクエそのままにしてたの忘れてたんだよ」

「ってことは前の時点から冷水忘れたままだったと?」

「おっしゃるとおりです」

 どんな理屈かは分からないが正月に短パン白Tで正座してる女子ってかわいく思える。

「考えなしにクエを選んでたと?」

「全く持ってそのとおりです」

「そして爽やかイケメンがタイプだと」

「はいそうでって待て!違う!!ちょっと!なに録音してんだよ!やめろ!おーい!」

 背の高い細目のフレンドリー女子の赤面というレアなものに心惹かれ、作戦を瞬時に決行。結果目標物を得る事に成功しました。

 平間さんの長い腕ではこちらが手を伸ばしても掴まってしまうのでジャージ超えてパンツの中に入れて必死に取られないように丸くなった。

 が、弟くんのを見慣れてるからなのか、俺のズボンの中に手を入れようとまでしてくる。

「やめろ変態!痴女!そこは女の子が触るとこじゃ!」

「うっせー!都合良い時だけ女扱いすんじゃねー!こちとら風呂上がりの純のを見てんだよ!んな程度で怯まねえよ!相手が悪かったな!」

 それでも怯んで欲しいと思うのが男心なのだが、そのへん女子は分かってくれてるのだろうか。

 そもそも、陸上部と文芸部では体力に差があった為、あっと言う間にパンツごとズボンを脱がされた。

 それでもこちらも最後の抵抗として股に挟んだが、思いっきりアレを摑まれ証拠の品を奪われてしまった。

 他にも色々と奪われた感が否めないけども。

「おい。暗証番号は?」

「犯罪者には言いません」

 やーい。スマホ奪ってもできないでやんの。

 したら、俺のアレを見えるように大股開きさせて自分のスマホで俺のアレを写真に収めやがった。

「そっかー。これをネットに流されたいのかー。」

 平間さんそれやったら本当に犯罪者ですよ!

 だが明日生きてく希望は失いたくないので白状し、録音内容は跡形もなくなってしまった。

「まったく·······」

 その悲しみに明け暮れる俺と、恥ずかしい物を録られてしまった恥ずかしめに言葉が上手く出ない平間さんとで時間が流れた。

 そしてしばらくモゴモゴしてた平間さんが開口一番に。

「····なあ?男子ってその····アレか?」

 おや?何を言おうとしてるのでしょうかこの娘は?

「アレって?」

「ああもう!アレだよ!キミの股間についてるヤツ!」

 さっき純くんので慣れた発言してた人がそんな一言に今更何を恥ずかしがってるのか?

「中学生になったら●起したり、皮むけたりすんのか?」

 ちょっとそのレベルの話をしようとしてたのか!

 さすがに驚くというか引くぞ!

「純のなんて○起してないし、包茎でちっせえから····」

 同級生の女子から弟の下半身事情を聞かされた時、どんな反応をすればいいんだ!?

 また、口をむぐむぐさせながら。今度はこぶしを強く握ったり緩めたりもさせていた。

 俺の握った感触でも確かめてるのかな?

「まあ。······彼氏ができたらすることになるしさ」

「そういうつもりで男をつくりたくねえ!!」

 こちらは場を和ませたつもりが向こうは机を叩いて逆上する羽目に。

 一体何がどうしてこうなるんだ?

 アスリート系女子って性欲強いのが定番じゃないのか?

 俺の知ってる動画でもそんなのがあったし。

 あ。でも平間さんよりの体型じゃないから当てはまらないのか。

 だが事実はどうなのか。そんなこと質疑できる道理はないので胸の内に収める事に。

「都時くん?アタシは今。目は口ほどに物を言うって言葉を実感してるとこなんだけど?」

 しまった!!つい胸を凝視してしまった!!

 俺はバレないようにしてるつもりだったのに。なんてこったい。

 平間さんが目を·····細めて?こちらに怒りの感情を伝えてくる。

 うむ。どちらかと言うと眉の上がり具合と口のへの字加減で判断したところなんだが。

「で?どうなんだよ?」

「平間さん?お酒呑んでたりしない?」

「なんでだよ!?」

「だって平間さん普段から下ネタ言ってるイメージ無いから」

「あー。都時くん相手には言わないようにしてるとこあるかも。そういうの苦手そうだったから。陸上男子は逆にふってくるから下ネタまみれのトーク普通にするし」

 マジか!?結構ショック·····でもないか?

 さらっと流すのはすぐイメージできるあたり、良くも悪くも竹を割った性格なのだろう。

「それはともかく、平間さん。クエスト選んでよ。次進めないじゃん」

「そう·····だね。都時くんのサイズは分かったし」

「そこは忘れて!!」

 このあと、行ったゲームの内容よりも平間さんにアレを握られ見られた事の方が記憶に残ったのは語るまでもない。




 「で?4月には神奈川のおじさんの家に引っ越すって事になったみたいだけど、そのへんどうお考えなのかしら?ええ?わたしに何も言わずに話を進めてからに」

 いやあ。まさか岡庭先輩の家に帰ったら楓さんが居るとは思わなかった。

 この人、何の連絡もなしに話が進むの嫌うもんなあ。

 こうなることは分かっていたのに言うのを忘れてたことをどう弁解するべきか。

 1月の気温の低いことを差し引いても部屋の中の温度が更に下がってるように感じるのは楓さんの眼光も原因だと思う。

「楓さん、着物着ないんですか?」

「それは···。胸がないから似合うと言いたいわけ?」

 いかん!余計に温度を下げてしまった!

 これは氷点下に突入するぞ。

「違いますよ!ただ初詣も一緒に行けなかったから着物姿見れてないなあって」

「·······まあそこは確かに未練よね。でも、まだ来年があるしその時行きましょう」

 まあなんとも切り替えの早いこと。

「そのためにも彰くんとは『健全な』関係でないとね?分かった?」

 怖い!かわいい笑顔も間近に迫られたら恐怖に変わりますからやめてください!

 おそらくはそれを狙ってやってるだろう本人が言いたいのは土居先輩のことだったり外村先輩のことだったりだろう。

「そういえば外村先輩は今どうなんです?」

「3学期から復帰ってのは氷見先生から聞いてるけど。絶対全快じゃないだろうから、変なことしたりしないでね」

 しつこいですね!俺が狙ってるみたいな言い方して!

「まあ、お兄ちゃんと電話してるみたいだし?付け入るスキないのは分かってるんだけど?」

「てことは今外村先輩は?」

「氷見先生のマンションじゃない?」

···········別の意味で心配になる。

 例えば衛生面とか、生活習慣とかなんとか。

「どうしたの?都時くん。急に思い詰めたような顔をして?」

 この人は親友が冷蔵庫の黴の被害に遭う可能性とか·····分からないですね。恋愛マスター氷見先生とか思ってるくらいだもん。

 この事知ってるのは俺と·····そうだ。

 俺はスマホから『姉岳さん』と表示された画面の下。通話ボタンをタップした。

『うぃーす。なんだ都時?平間に宿題写させる手管なら切るぞ』

 ここもまだしつこいのがいた!じゃなくて。

「そっちに外村先輩に居るって聞いたけど」

『へ!?』

「え?いやだって今氷見先生の部屋に姉岳さん」

『あ!あーーー!わかったわかった。ちげえちげえ。まだそれは4月からだわ』

 こちらの言いたいことを瞬時に読み取った姉岳さんは笑ってそう答えた。

「4月か·····」

『これめちゃくちゃ早いほうなんだぜ?色々審査もか本当ならまだあるみたいなんだけどさあ』

「いや、ごめんごめん。ちょっと外村先輩がどうしてるのかとか心配でさ。あの冷蔵庫···」

『アレはオレがあるべき状態にした』

 それは良かった。

「でもアレか······4月だと氷見先生異動だから引っ越しだよね」

『そうだな。······ま、会えないわけじゃねえしさ。もう一つ出会いが増えたって思えばやれっから』

「でも外村先輩もだからあ!!」

  つい、普通に姉岳さんと会話してしまってて後で気づき、姉岳さんの了解も聞かず慌てて電話を切る。

 そこはまだ岡庭先輩の家。そして·····


「ねえ?······氷見先生が異動だって?嘘でしょ?」


 顔を真っ青にした彼女の虚空に伸ばされた手を握り小刻みに震えているのを感じた。

 それは寒さに震えているようなものと大差ない動き、確かに楓さんの手は冷たくなっている。

 だが違う。

「いつ知ったの?」

「文化祭前くらい」

「なんで言わないのさあ!!」

 せきを切ったように話し出す楓さんを止めようとは思わなかった。

「だって!まだ先生に教えてもらいたいこといっぱいあるのに!卒業するまでに話したいことだって!これからも一緒にいたい先生なのに!あの先生がいたからわたし頑張れたのに先生居なくなっちゃったりわたし·······。最初クラスに馴染めなくても先生が話しかけてくれた時の事も覚えてるし、恋バナしたい時はいつだって先生だった!あんな良い先生他にいないもんやだやだやだーーーーわあああああ!」

 ···········氷見先生でこれなら外村先輩まで転校なんてなったらこの人どうなっちゃうんだろう。

  怖くてとても言い出せる空気じゃない。

「楓さん。先生とだって永遠にいつまでもはいられないんですよ?」

 もう俺に抱きついてぐずり出している為、返事は来ない。

 俺は仕方ないとばかりに鼻で息をして。そっと背中に腕を回して楓さんが落ち着くまで頭から背中にかけてさすってあげる事にした。

 まるで子供じゃないかと思わなくもないが、それはそれ。

 ここで追い打ちをかけて外村先輩の事、俺の事を話したらってん?

「楓さん?俺が学校から居なくなるのはいいんですか?」

「え?だって電話すればいいわけだし。永遠に会えないわけじゃないし」

 言い出すそばから涙が止まっているとは何事?いやいや·····

 ちょっと!?この人。恩師と彼氏で扱いの温度差激しすぎませんか!?

「ちょっと彰くん!?何泣いてんの!?みっともないわよ!?違うの!!ただ休日に遊べればいいかなって思うし。学校に居る間に変なことされる心配無くなるからいいかなって·····」

 失礼な先輩ですねえ。俺がいつ楓さんに変なことしたっていうんですか。

 有りもしない罪を疑うなんて心外です。シクシクシク。

「ああもう!」

 わーい!泣いた甲斐があったぞー!楓さんからハグしてもらえたー!

 いいのです。別に肋骨の感触だろうと。

 自分の彼女にしてもらえたという実感が大事なのだから。

「よしっ。これでまた明日から頑張れます。ではありがとうございました」

「ねえ!?これ、男子が単純なの!?それとも彰くんが単純なの!?」



 はてさて。楓さんを困らせつつも退散させてしまった翌日。

 俺はその日の業後にとんでもない奴らと遭遇する羽目に。

 おそらく、この学校内の変人No.ワンとNo.ツーがなぜか文芸部の部室に。

 またの名を蛇の使いと虫の使いであると。

 まあこの二人に終始ニコニコ笑顔で人の両脇抱えてここまで連連行されてきたんだ。絶対良い方向に転がるわけがない。

 決して両腕に当たる胸の感触が良かったなんてこれっぽっちも思ってない。

 ええ。楓さんよりは楽勝にある2人だとしてもそれを超えるトラブルを絶対引っ提げてくるんだ。この二人は。

 だからこの二人の胸の中には脂肪じゃなくてトラブルが詰まってるんだと思う。

 ん?待てよ?だとしたら詰まってる大きさに対して実際のトラブルの方が大きい気がしなくもない。

 いや、ワンカップでどのくらいのトラブルに相当するのか分からないからなんとも言えないけども。

 でもその法則だと楓さんといればトラブルに遭うことはないという事になる。

 あの人自身、何かトラブルに········巻き込まれるキャラはしてるけど、自分から作る人じゃないと信じたい。

「ネコちゃん。この子なにかよからぬ事を考えてるよ?」

「そうだね。とりあえずお望み通り全部ひん剥いて全校生徒の晒し者にしときますか」

「○かれてんのかそこの二人!」

 言ってて気付いた。うん、イカ○てたわこの二人は。特に昆虫派の人。

「何言ってるんだろうね?ネコちゃん」

「そだねー。わかんないねー」

 そうだな。本当にイカれている人はイカれている自覚がないって聞いた事あるけど事実なんだな。

「で?本日呼び出した目的はなんざんしょ?」

「おお、トトキンの催促。早くヤらせろの声が」

「聞こえません。言わないなら帰るぞ変態中国人」

「わかったわかった。ぼくらの仲間をご紹介のコーナーだよ」

「?······それをここでやる必要あるか?」

「あるある。だってその方は」

「はいきたドーン!」

 皆河さんと話してる間にインセクトクイーンがなにやら女子生徒を連れ出して俺の元へ押し出す。

 お陰でその女子生徒に押し倒される事に。

「···········」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」

 いきなりの展開にどう対応したらいいのか分からない俺に対し、その人は即座に俺から離れ土下座しまくっていた。

 まるで俺にビビってるような·····って、そういえばビビる要素あったなー。うん、恒例行事恒例行事。

 これでビビらない方がおかしいってもんだ。

「ワタシなんかに押し倒されるなんて恥ですよね屈辱ですよね。むしろ土に埋もれて死ねって感じですよねではさようなら」

 なにやらその女子生徒は早口で謝罪トークが始まったが細部までは聞き取れず呆然としていると皆河さんが走り去ろうとするその子の首根っこを引っ掴んだ。

 当然「ぎゃ!」という音声が付随する。

「あの方が我々のナカーマ。最上爽楽(もがみ そうら)、中学3年生。まあ後の情報はヲタの趣味ということで」

 ほう?お楽しみではなくヲタの趣味。

 まあ何にせよ。ビクビク系女子なら既に一人居るから対応には問題ないのだが。

 バタバタ暴れる最上先輩を皆河さんだけでは対処しきれなくなり、本上先輩も加勢する。

「ていっ!」

 本上先輩何してるんだー!?

 まさかいきなり首をチョップして黙らせるとは思わなかった。

 おかげで最上先輩がフニャリンコしてるじゃないか。

 教えてもらえば楓さんをゲフンゲフン。

 寒い日は喉が乾燥するからなー。

「まあまあ。今日のところはぼくたちと遊ぼうじゃないか。最上先輩も面白いんだけどお世話係が必要だし」

 おい、今本音が聞こえたぞ。

 俺をお世話係にするんじゃねえ。

「ではさようなら」

「待って!この子はほっとくと土に埋もれてる時があるから掘り上げるのに男手が必要なんだよ!」

 なにやら腰にむにむに。右腕にむにっとした感触があるが、そんなリターンより面倒事のリスクの方がデカすぎる気がする。

 せめて、椎堂クラスになってから出直して来い。

 無理矢理前進しようとする。 

 よし、できないことはない。

 この2人は比較的軽い方だからこういう芸当ができる。

 うんしょ!うんしょ!

「あれ!?もが先輩はいずこ!?」

 そうだね。俺に2人してしがみついてりゃそうなるな。

「さがしてくる!」

 運動神経はいいのだろう。本上先輩が素早く廊下をかけていく。あ、同級生のお兄さんに怒られてる。

 生徒会は辞任してるんだけどそんなの関係ねえ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る