狂ったもの 都時彰編 21
「あのよー。殺した後、ぜってえ後悔すんぞ」
ああ。そういえばこの人、実際に人殺した事あるんだっけか。
「後悔なんかするもんか。あんなやつ」
「殺した後。内臓をナイフで切付けた感触とか残るんだぞ。」
星宮先輩は胡座をかいて頬杖をついて話し出した。
本上先輩に語るのは、星宮先輩が小学生時代に味わったおぞましい内容だった。
「それで殺した事への罪悪感みたいのがあるのは分かるけど、わたしは大丈夫だよ」
この人は何を言っているのだろう。
人を殺すなんていうのはそう簡単にできる話では無いはずだ。
それをなんてことはないように言うのはありえないはずで
「だって一度殺したことあるもん」
その表情はどこまでも当然の事を話すそれで。
対してこちら側、俺と星宮先輩はは?と言いたいくらいの反応に困る。
戸惑い、ヤバいヤツ。思考停止。
そんな感情が表に出ざるを得ない。
こちらが唖然とするカミングアウトだった。
この人はどこまで道を踏み外せば気がすむのか。
虫も殺せないような人という言葉は聞くが、文字通り虫は殺せないだけで、人はOKとか。言葉が出てこない。
「ちょい待ちなタガメ。」
硬い声音で対応に出たのは星宮先輩だった。
努めて冷静に、努めて優しくこう切り出した。
「どうして殺したんだ?」
「ん?ゲンゴロウを殺したから」
ゲンゴロウ?え?それだけで?
皆河さんの時も思ったけど。あのときと違うのはそもそもゲンゴロウとはなんぞやという点てあり。
それは星宮先輩も共通認識なようで本上先輩にその点を聞いた。
「ゲンゴロウってね。あ!その時は兵庫に居たんだけどわたし。そこの田んぼにゲンゴロウが居たんだよ。珍しいよ?ゲンゴロウって綺麗な水にしか生息しないし、マニアでもなかなかお目にかかれないレアなんだよ?そのレア物をさ。蹴飛ばして車に轢いたんだよ?だからわたしもやったんだよ?後ろから階段の下へ突き落としてから。トイレに連れ込んでボコボコにして。それから、線路へ置き去りにして殺したっけ?」
星宮先輩の対応は早かった。
凄んだ表情で本上先輩の胸ぐらをつかんで自分の顔の真ん前まで引き寄せる。
「外出るぞ」
あとの事は考えない。感情任せの行動だったと思う。
誰に気を使うわけでもなく、言ったら速く玄関を出て外をしばらく歩くと月極駐車場がある。
そこで無遠慮に本上先輩の顔を殴り出した。
それも1発じゃなく、2発3発と止まらない。殴れるだけ殴っていく。
そんな事をする星宮先輩も怖かったがそれに対して何も反撃をせず口元だけ笑みを浮かべた本上先輩もまた怖かった。
「気が済んだ?」
しばらく殴られてもその一言を本上先輩が発すると星宮先輩の怒りはまた再燃して殴りだす。
「お前!自分がしたことわかってんのか!?ええ!?人様の命奪っといてなんだその態度は!?」
「だって後悔してないもん。あの女はわたしの大事なものを壊した。だからわたしも壊しただけだよ。星宮さんだって仲の良い友達とそうじゃない子とじゃ対応ちがうでしょ?わたしがやってるのはそれだよ?」
「なわけあるか!!やっていいことと悪いことの区別もつかねえのか!?」
「へえ?」
ここまでの本上先輩にはまだ笑顔を見せる余裕はあった。変わったのはここからだ。
「じゃあ希少な生き物を殺すのは悪くないっていうの?」
その一言からは冷酷で時にこちらが怯むくらいの圧を醸し出す顔から表情が抜け落ちていながらも怒りが見え隠れする人間らしい温かみを放り投げた女子中学生だった。
「それは········」
本上先輩に虫なんて、たかが虫は禁句と分かっている星宮先輩は上手く言葉が紡ぎ出せないでいた。
「あーあ。やっぱり星宮さんもそっち派か。兵庫からこっちへ来たのにな。みんな都会に染まっちゃうし」
この人の人間関係がうまくできない一端がよくわかる話である。
だからといって許されるものじゃないのもまた事実である。
「本上先輩?」
「あ。アキくんも来てたんだ?ね?アキくんはわたしの味方だよね?そうだろうね?だからついて来たんだもんね?」
この人の言う事に頭が痛くなるのは毎度の事だがここははっきり言わなくてはいけない。
そう、一度笑みを浮かべておいてまた凍りつくくらいの無表情に戻った本上田鼈その人に。
「すみません。俺はそっちにはいけません」
こちらは怒られることを込みで言ったのに結果
「そっか」
そう言うだけで終わったのである。
正直、あれ?と感じたのはあるがこの人がよくわからないのもいつもの事なのでまあ、そんなものかとスルーする。
言うことは言ったとばかりに本上先輩はすたすた歩いていく。
どうやら乗っていった自転車を取りに戻り家へ帰るらしい。
「サッちゃんの事は気がかりだけどね。本人がうちに来ることに賛成なんだけど本人があれじゃ、わたしが無理矢理なんてできないしね」
そこは良識あるらしく気落ちして溜め息を吐く本上先輩。
そこに思うところがあるのは星宮先輩も同じで、一度左雨先輩の家を見たあと。猛ダッシュして家に再度侵入、独断専行。拉致監禁に強行突破してしまった。
が、またいずれ元に戻されるだろう。事実、左雨先輩も暴れて拒絶してるわけだし。
しかし、うーむ。
これでは良識あるのは本上先輩なのか星宮先輩なのか。いや両方共良識ないと言えばそこまでなんだけど。
この時間に中学生が出歩けば補導されること間違いないのだが、そこはそれ。少し遠回りになるが人通りの少ない裏道を使って帰····ろうとも思ったが距離がある。
仕方なく、俺は母さんに連絡しど叱られながらも帰る事に。
そしてその途中。現在犯の星宮柰坡豕その人と、色々と被害者の左雨成江双方を乗せた車は一度稲瀬神社へ寄り、降ろしたのは星宮先輩と左雨先輩。
左雨先輩の事は母さんに事情を話した結果。そこの母親である幸恵さんと話をつけてそこへ居るようにした。
「私!戻らないと!お母さんが!」
「そこは大人に任せなさい。大丈夫だから。あなたは頑張った。だから···子供が家で傷つくのはお母さんが許さないと思うわ」
「でも!」
それでも食い下がる左雨先輩に対して俺の現母恵子は竹刀を取り出した。
「黙りなさい。ね?いい子にできるよね?」
母さん。言い方は優しいけどやり方がきついよ。
庭に打ち鳴らしビシビシと音を立てる竹刀に深夜で眠かった皆の心がビシッとなった。
暴力に対して過剰反応を示す左雨先輩はそれ以上逆らえなくて泣く泣く土岐邸へ招かれた。
そして母さんたちはまた左雨家に行くようで一足先に自宅に戻った俺に待ち受けたのは部屋の中での椎堂のハグだった。
当然、ここまで来る道中うっすら眠気を帯びた俺は椎堂の大きすぎる双丘を何がそうなるのか男のシンボルに当たりまくってもんだから色々目覚めてしまい。アババババババ!
「心配したんだぞ。どうして連絡しないんだ」
いやそもそも椎堂なんでお前が家にとかそんな事を考えるべきだし、お前俺を守れなかったどころか怖い思いさせた人間だぞ。その対応おかしくないかとか言うことはあったが出てきた言葉はアババババ。
誰か助けてくださーーーい。
ユアラブフォエバー♪
と、頭が混乱を期している状況ではあるが俺は椎堂の顔をペシペシ叩いて。やっと椎堂も状況を見渡す余裕ができたようで自分の巨乳がとんでもない物に当たってる事に驚いて素早く距離を取るあたり。陸上部やってる賜物なのか何なのか。
そのまま、今度はムスッとしたまま布団に丸くなってしまう。
これはまだ怒っているのか。それともおっぱいでムクムク事件で恥ずかしくてそうしてるのか。
だめだ。両方の可能性が高くて言い出せない。
「ごめんなさ」
「もう寝るから」
時刻は午前4時。確かにまだ寝る時間。寝る時間なんだけれども。刺々しい言い方から察するにどうも嫌われてるようだ。
なら、さっきの対応がひっかかるが。その真意はわからない。
仕方なく俺も寝ることにして自分の布団に入る。
だが股間が冴えて眠れない。
どうしよう。トイレで至しても匂いでバレたらまた椎堂に怒られる。
それは避けたい。ならどうするか?
そうだ。逆に堂々とここですれば·····
怒られる以前に呆れた顔をするだろうな。
「なぁ椎堂」
それでも話しておきたいことのある俺は椎堂を布団の上から指で突っついた。
そしたら「ひっ!!」と大声で悲鳴が上がった。
布団の上からでもわかる震えように俺は何が起きたのか一瞬分からなかった。
だが椎堂が人間ダーツにされた事を思い出したらさっきの行動の何が椎堂をそうさせたのか理解した。
「ごめん椎堂!!本当にごめん!!」
「うるさい!!!」
それは一気に流れ出た涙によるくぐもった怒鳴り声だった。
幼稚園から一緒だった記憶のある椎堂が怒る時はままあったが、泣きながら叫ぶように怒るなんて事はこの時が初めてだった為、俺は呆然とした。
「誰のせいでこうなったと思ってんだ!!!絶対許さないからな!!!」
なんだよそれ。さっきは俺を心配してたと言う割には、今度は許さないときた。
理解に苦しむ。それが俺が抱いた感情だった。
こんな空気では到底左雨先輩の話をする気にはなれなかった。
この時、冷静に考えれば椎堂の精神は安定していないということくらい分かるはずだった。
その事も分からないまま俺はこの後の学校に向けて少しでも睡眠をとるため布団に入った。
翌朝母さんに聞くとあのまま病院に居ても椎堂が辛いだけだと判断して無理矢理退院させてもらったらしい。
その椎堂はというと。もう先にご飯を食べて学校へ向かったそうだ。
まだ6時だというのに。
ここからじゃ着いても7時だぞ。いくらなんでも早すぎる。
とはいえ、俺ものんびりしてる訳にもいかないので朝ご飯にご飯と味噌汁、あと焼き魚を食べるのだが、箸は置いてなくてスプーンだけである。
「蓮が先端恐怖症になっちゃったから。箸を向けるだけでも震えて叫ぶから用心のためにそれで慣れてね。先生にも伝えてあるから。彰も気をつけて」
本当なら俺のせいだと怒鳴る事もできただろうに俺に伝えたのはそれだけだった。
逆にそれだけでも俺は自分がいかに軽く済ませていたか実感した。
こっちは遊びでも本人からしたら、トラウマになってるんだと。
なんでそれをもっと気遣ってやれなかったのかと。
机に置かれたスプーンを見て俺はやるせなかった。
食事は焼き魚(カレイだそうな)がスプーンでは少し手こずるくらいで味噌汁も里芋の少し大きいサイズのがメインで入ってるので食べやすかった。
早めに登校したはずなのに楓さんはきっちり待っててくれてるし。良い彼女である。
ただ姉岳恵という眼鏡カチューシャもセットでついてくるので返品したいのだが無理だろうか。
そのまま話題は左雨先輩の事になるが、家庭内暴力という単語にひっかかりを覚えるくらいで何もないかなと思ったら意外にも同学年の楓さんより姉岳さんの方が知っていた事に驚いた。
「つってもアレだぜ?そいつの彼氏がオレと同じだってだけで」
「え?性同一性···」
と、言い出したらヘッドロックされた。
「姉岳さん!ギブ!キブ!」
「学級委員で委員会で一緒になるんだよ!!」
待って!楓さんにもヘッドロックされるけどあなたのはそれなりにボリュームあるから顔が幸せに包まれてヤバいから!下半身が大変な事になる前に早く解いて下さい!
いや、確かに同じ学校に二人もジェンダーがいたらすごい確率だけれども
そもそも
「あの人彼氏いるんだ!!アホなのに」
「彰くん!失礼でしょ!少しくらい欠点があった方が可愛いって言う男の子がいてもいいじゃない!」
「確かに姉岳さんのような完璧な女子よりも楓さんみたいな女性的に少し劣ってる女子の方がって痛い!!痛い!!楓さん!!肋骨が当たって痛いですからギブギブギブギブ!!」
「女性的な欠点とは何か述べたら、場合によっては放すけど?」
場合によっては放さないじゃないですか!!
「それとよー、都時。褒めてくれるのは嬉しいがオレ、そんなに完璧じゃねえぜ?」
「え?でも勉強できるじゃん姉岳さん」
間髪入れずに手を横に振る姉岳さん。
「ルォシーの方ができる」
ん?ルォシー?
俺の顔を見てピンときてないと悟った姉岳さんは
「皆河紫衣。まあネコだな」
あーーー。
「そうか!できるんだ!でも嘘!?」
「オレよりあいつの方が上だぞ。マジで」
「じゃあ今度から皆河さんが委員長に」
「そうなったら学級崩壊待ったなしだな」
「そこまではいかないでしょ?」
「わかんねえぞ?周りの推薦で決まったやつならやりたくなーいとか言って放り出す可能性はあるぞ」
「あー。それは確かに」
「だろ?」
そう言うとお互いクスクス笑い出す俺と姉岳さん。
「君たちよく人の悪口を堂々と話してるよね?」
半眼の猫娘が間に飛び出してきた。
「うげっ!本物!」
「ぼくの偽物がいたのかな?」
その猫娘の髪がボサボサである。
その事に姉岳さんは気づいて、はいたが直す素振りはない。流石中身は男子。
「いい加減ヒラサーも機嫌直せばいいんだけどね~
」
「それは皆河さんとしては許してもいいと」
「思ってないから反省はしてほしい。そのうえで今後の対応を考える」
「はい······」
皆河さんは厳しかった。
「いや都時。そこはオレも同じだからな。反省しな」
おや、姉岳さんも呆れていた。
「という訳で被告人トトキンには女子更衣室の掃除一ヶ月を命じる」
ちょいと皆河さんや。
「すいません!判決がおかしな事になってるんですけど!?」
「ン?なんで?今回の騒動はトトキンの女心の理解が足りない事が原因で起きた事なのだからそれを直すには女子の体から心まで理解するために常に女の子の裸を見て体を理解。話をして心を理解する必要があるものと思われるのだが」
いかんそうだった。本上先輩が逸脱してるから一番ヤバい人の判定してるけど、この人もなかなかにヤバい人だった。
「都時。まあ····オレの身体くらいならいいけど。他の女子はその········やばくないか?」
「姉岳さんも!自分が何言ってるか分かってる!?」
おい。ココに常識人はいないのか!誰か一人でもいいから常識人がほしい。直ちに、性急に。可及的速やかに!
「何?アキくんの裸なら見てみたいけど。あ!そうだ。アキくん、わたしの裸見たんだからアキくんの裸見る権利あるじゃん。」
うん。今すぐ来てくれたけど一番ヤバい人が来ちゃったねえ。
噂だけじゃなく、頭に浮かんでもフラグって立つんだねえ。
と、その話題にヤンデレのような顔をしたこの面子ではおっぱいコンテスト最下位の人が目の前に立っていた。
それはラブコメではキスができそうなくらいと表現できる距離で。
しかし、現実には首を締める事ができるくらいの距離と表現するのが的確だろう。
なにせ本当に締められてるのだから。
俺はうぐうぐ呻いて止めるように言うが解く気配がない。
「彰くん?どういう事なの?え?本上さんとナニをしたの?ああそう?死んだ方がいいのね」
楓さん!自分の中で死刑宣告を下さないで下さい!
せめて被告人の話は聞きましょうよ!
楓さんの行動に素早く対応したのは姉岳さんだった。
「芹沢先輩!落ち着きましょう!な?都時の言い分も聞いて。それからどうするかにしましょう」
姉岳さんの半ば味方対応にヤンデレ目のまま手を離した楓さんだが上から目線で次のように述べた
「········わたしの記憶だと文化祭で脱いだ時だけだと思うけどそれだけよね?」
「はいそうです!」
俺も自分の身がかわいいので少しでも減刑されるように肯定する。
「んー?でもキスしたり胸揉んだりもしたしー?」
本上先輩、余計な事を。
そんな事を今言えば····
「········。ええ、知ってたわ。それも文化祭の時に。なぜその事を素直に言わずに隠すのかしらね?ねえ?あ·き·ら·く·ん?」
俺の一字名前を呼ぶ度に語気を荒くしていく楓さんは活火山でも見ているようだった。
その荒ぶり方の割には目が座っている辺り、怒り具合が読みにくくなっているが、まあMAX値は超えてると見るべきだろう。
「いや、あの········あれはお互い忘れた方が良い記憶と言いますか」
「アキくん。柔らかった?」
「はい。じゃなくて!いや楓さん待って!待って下さい!それで殴ったら死にますからやめ!姉岳さーーーーん!!!」
もう朝から散々だったとだけ言っておこうか。
その後、教室内。
「いたいよー。いたいよー」
「アレはオレもビビったな。まさか釘付きバットを持ち出すとは思わなかったから」
アレはヤのつく人が持つものです。
「だから必死で逃げたよ」
「そうだな。んでオレは芹沢先輩を止めた訳だが、何か言うことは?」
「ありがとうございます」
「よろしい。後でバッティングセンター一回奢れよ」
「中学生には難しいです」
「うむ。なら肩を揉めー」
「ははー」
将軍にでもなったかのような演技をする姉岳さんとその腰巾着にでもなったような気分の俺。
ちなみに痛い原因は楓さんではなく。
「はいよ」
俺の目の前に氷入りのビニール袋を持ってきた細くて長い少し日に焼けた手とそこに繋がる手首。
その上はセーラー服の長袖になっており、そっから上に恐る恐る目を向けるとへの字口をしたリップで乾燥防止してるだろう綺麗な唇が女子と認識できる。
その先に整った鼻と若干開けてる目は必死で開けてる限界なのだろうことはもう分かりきった事だった。
はっきり言おうか。平間さんに殴られた。
それも頭と頬に。
最初の頬に一発。グーで殴られ地面へ転がるようにふっ飛ばされた後馬乗りになってまた頬を何度も殴られ、さすがにこれ以上受けるとまずいと思ってやっと腕でガードした時には後頭部に右フックをかまされたところを皆河さんに咎められ。周りに生徒がまばらにいる状況だったがその場から立ち去るように教室まで猛ダッシュしていく事になった。
どうもあの後、皆河さんが平間さんを説教してくれたようで多少対応は軟化したようだ。
「わりい。さすがに頭はやり過ぎた」
後頭部を手でかきながらそう謝罪する平間さん。
その顔には自分がやった事への反省がみてとれた。
まあ全面的な反省ではないだろうけども。
「でもこれで仲直りできるとは思うなよあだっ!」
ん?敵対心を見せた平間さんから目を見開いて痛がる表情を。
何度も言うが見開いたといっても、怒った猫並。
いや、これは見開きレベル更新したぞ。やったね
「平間。反省足んねえようだな。やり過ぎって言っただろ?あ?」
頭を押さえて腰を折った平間さんの後ろからにょきっとバインダーを片手に持った姉岳さんが現れた。
「痛えんだよ恵!」
確かにさっきバンッ!と小気味良い感じにクリティカルヒットした音が鳴ってたから相当な威力だったと思われる。
「とにかく。過ぎた事に対して対策は必要だけど、恨み節溜めんのは筋違いだ。そのせいでこのクラス、ギスギスしてんだろ?」
「このクラスはとっくにギスギスしてるって」
「それでも早いとこ仲直りしとかねえと、戻るに戻れなくなんぞ」
「なんでそんな面倒くさい·······」
すると姉岳さんはしぶしぶといった溜め息をつき
「都時、確か前にオンビックスのチケットもらってたよな?それまだ生きてるか?」
ん?オンビックス?ああ。楓さんの家で新屋敷先輩を助ける会議したときのって待て。
「なんでそれを姉岳さんが知ってるの!?おかしくない!?あの時姉岳さん居なかったよね!?」
「そこは平間に教えてもらったからさ。で、お前が全部持ってるのも知ってるから」
「わかったよ!!ワタシも行きたいです、連れて行って下さい!!これでいい?」
なんか中学生には有無を言わせない感じの勧誘な気もするが仲良くなれるきっかけにしたいところだ。
「ま、とはいえ行くのは春休みくらいになってからだけどな」
「じゃあなぜ遊ぶ話したし!?」
「そりゃあお前が不貞腐れてるからだろ?それに新屋敷先輩も一緒に行けるように計画しなきゃだし」
「うぐぐ。新屋敷先輩を出されるとこっちも何も言えないな」
「ダウナー先輩とビデオ通話してるけど」
何!?このタイミングで皆河さん気を使ってくれたの!?
いや、でも。まさか······あの皆河さんだし。ねえ····。
「········敢えて言おうか。気を遣った、ひれ伏せ拝め奉れと。」
そこまではしないがお辞儀はしておくことにする平間さん姉岳さん俺一同。
『トトトト!·····トートトトト!トトト!!』
おっと。俺がが皆河さんのスマホ画面に出た瞬間に新屋敷先輩が壊れたおもちゃみたいにトしか連呼しなくなった。
まだ精神的に治ってないのか新屋敷先輩。
そこへ皆河さんも映り込み一言
「ダウナー先輩の今日穿いてるパンツの色はー。せーの。」
『眷属よ!久しぶりだな!我はこの通り日々鍛錬に励んでいるから問題ないぞ!で!今日はどうして我に電話を?』
物凄い早口の大声で捲し立てる新屋敷先輩という珍しいものを見れた。
皆河さんナイス。正直パンツの色も気になるが、顔が赤い新屋敷先輩というのも乙なので良しとする。
「皆河さん?黒じゃないのそこは?」
「正解だけどなんで知ってるの?」
「イメージ的に黒しか持ってないような気がしたから」
「確かに実際黒しか持ってないって言ってたけどそれを下級生の男子が知ってるのはドン引きなんだけどー」
『紫衣のバカ!!アンタがバラしてんの気づけ!!ほんとにばか!最高のバカ!ばかバカ馬鹿バーーーカ!!』
新屋敷先輩、個人的な見解ですが馬鹿連呼しまくる女子は頭が悪く見えるので止めた方がいいかと思います。
「なら今度カラジャン行く時に見繕って買おうかダウナー先輩の為に」
『しなくていい!』
「はーい。なら白と水色のノーマルなデザインの物をお願いしまーす」
『眷属は一体何をリクエストしてるんだ!?馬鹿か!?馬鹿なのか!?』
「おいお前ら待てよ。少しは新屋敷先輩の事も考えろよ」
お、ここで姉岳さんが眉間に皺を寄せて凄んで来た
『姉岳とか言ったか?良いぞもっと言ってくれ!この二人は先輩をなんとも思ってないから!』
ごめんなさい。先輩1号から既に先輩扱いしてないので。
「新屋敷先輩も女子なんだから機能性考えて通気性の良いコットン生地のものだったり、動きやすいようにレーヨン生地のとかも用意しないと』
『ばかやろう!ものすっごくばっかやろう!そういうこと求めてない!!』
「むしろその胸もげろ」
平間さん、自分が胸が無いからって僻み過ぎじゃないですか?
『ねえ最後の人酷くない!?わたしいじめられたんだけどその辺分かってる!?』
すみません。この胸なし同級生はある者に対して当たりがきついので。
「ちなみに名前は平間佐江と言う者です。仲良くしてやって下さい」
「都時くん。くれぐれもレンの言葉忘れないようにね?·····ね?朝見かけたけど精神的に参ってるよね?大会出れないよね?あれじゃあ。ね?」
おお。平間さんが笑顔で怒っている。
これは俺に少しは優しさを見せた結果のそれか。
でなければ女の子がしてはいけないレベルの強面で罵詈雑言の嵐に見舞われてたに違いない。
「反省しております」
「都時くんばまず相手の意見に耳を傾けるところから始めようか。」
なるほど。それはつまり
「新屋敷先輩?どんな下着が良いですか?それを聞いた上でアマ○ンで買うので」
『そこの意見は聞かなくていい!!』
「なるほど。つまり男の意見による下着が欲しいということですね。なら布面積小さめの紐みたいなものを一着」
『買わなくていいって言ってるの!!』
いやあ。新屋敷先輩で遊ぶのは楽しいな。
後ろの視線が痛いけども。
「都時くん。新屋敷先輩の下着は鷹峰先輩が決めてくれるからそこは身を引こうよ」
「そうだぜ都時。その分芹沢先輩の下着の意見を言えるんだからさ」
『ちょっと二人とも!!何を勝手なことを!!鷹峰くんは!!えと·········その·······』
この時、俺は文化祭で新屋敷先輩に告白まがいの事をされたのを思い出していた。
「······新屋敷先輩の浮気者」
『違うー!!それは違いないけど違うーーー!!あのね。そこにはあなたの彼女さんから·····ブルブルブルブルブルブル』
なにやら恐怖に狩られたように体を振るわせ言葉を発しなくなった新屋敷先輩に対し、一体あの人は何をしたんだと問いただしたくなる。
これは楓さんもいじめたことに入るんじゃないか?
「まあなんと言いますか。お幸せにー」
『ああもう!それでいいや。んじゃ』
そう言って向こうから通話が切られる。
そうして仲睦まじく(?)平間さん、姉岳さん。皆河さんとスマホの覗き見る体勢に気づく。
が、何か平間さんが言い出す前にクラス担任が入って来たので慌てて席に戻る。
今日からはまだマシな1日になるだろうと願いながら。
が、事態はそんな簡単なものではなかった。
まず、昼休みに差し掛かると平間さんから椎堂が
イジメられているという情報を聞きつけ、自分が給食を食べる時間を置いてクラスまで駆けつけていった。
俺も一緒に向かうとそこにはシャーペンやらコンパスやらを投げつけられて横になり蹲って泣いてい
る椎堂とそのすぐ近くで周りを固める木場 渡真利と梶姫 珉珉。
その顔には腸が煮え繰り返るくらいに怒っている二人が怒号を響かせている。
いや、そこへ来て木場さんの方は手を出している。
側で嘲笑っている生徒を間髪入れずグーで殴っていく。
そこで止める者は誰もいない。本来は椎堂が止めていたのかもしれない。
ついで平間さんもその輪に加わり、ふざけんなおめえらと苛立ちを抑える事なく怒鳴り込み謹慎なんて知るかと啖呵を切ってひそひそ笑いながら話している女子生徒の胸ぐらを掴み誰がやったか聞き出そうとしている。
その女子生徒はさあ?知らないと平間さんの強迫にも屈せず言い切る。
果たして肝が座っているからなのか。平間さんのオーラが大した事ないのか。
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