狂ったもの 都時彰編 20
仕方がないので困った先輩を2階へ引き上げた。
思ったよりこの人が軽かったから驚いた。
そしたら俺の首へ手を回して抱きつくことにドキドキして、何気にハチミツの匂いがすることにもドキドキして。
でもって手に持ってたカミキリ虫を俺の首後ろにつけようとして、やっぱり驚きに変わる。
まったく。何をいきなり人の首に取り付けようとしてくれるんだ。
そのせいで本上先輩の胸が俺の胸とぶつかって形が変わってようが関係なく階段から落ちてしまう。が、下に控えていた星宮先輩が必死で両側の壁に手をついて押さえてくれていた。
「あ、ありがとうございます」
とっさの出来事にあ、死んだと思った俺は呆気に取られてた。
「い!いいから!早く!!立て直せ!虫ーーーー!!!」
ああ。そういえば星宮先輩は中身も女性でした!
俺の首についたカミキリ虫が怖いのを我慢して助けてくれたんだ。
ならばと、俺の上にいる本上先輩から階段を登ってくれないといけないな。
「あーーー!そういえば星宮さんその髪どうしたの!?似合うじゃん!!」
「タガメ早く行け!!!!殺すぞ!!!!」
いやこれは星宮先輩じゃなくてもぶちギレる。空気読め昆虫女子。
あ、そかそかとか言いながらぴょこんと抱かれていた俺から離れ階段を登る。
次いで俺が登ろうとするが·····。
「トーキ、あーしを引っ張って。腕が···」
すみません!もう腕がぷるぷるいってるのが見て分かってしまうくらいやばいんですよね!
てなわけで失礼ながら、その場で立って星宮先輩をハグする感じに抱っこする。
で、そのまま上がる。
上がるのだが········。
「おい。なーーーんかタガメの時より登んの遅くねーか?」
ああ。こういう怒りから星宮先輩が女の子だって分かってしまうのが怖いような嬉しいような。
現に抱っこしてる関係で星宮先輩の顔が見えるけども向きたくないくらい怖い顔をしている。
だって本上先輩より星宮先輩の方がかなり重いんだもん!!
足がぷるぷるする。
そりゃあ普段から悪人面してる人だけれども怒る時と優しい時の差はもちろんある。
そして残り8段だった階段を無事登り終えると本上先輩からのスマイル&拍手が送られる。
すると·····
「いででででででででででででででででで!!!」
星宮先輩がうずくまって痛がっている。
「タガメ!!服ん中に入った虫取ってくれーーーー!!噛まあーーー!!!」
ああ。それで痛いのだろう。
だがしかし。
「本上先輩なら部屋から虫の羽音が聞こえたって言ってもう中へ」
「何考えてんだあいつーーーー!!!」
同感です。
「トーキー!わりいけど取ってくれー!」
「ええええ!?」
「早くーーー!!!」
······まったく。楓さんに怒られるのは勘弁ですからね。
俺は星宮先輩が着ている赤色のジャケットと紺色のパーカー、タートルネックのニットに白いシャツを脱がす。
だが、そこにカミキリ虫は見つからない。
「むね!!」
ええ!?それこそ本上先輩に····言えなかったから俺になってるのか。
ああもう。既に色白の鎖骨もおへそも腰回りも見てれば胸見ても一緒か。
と、こちらの正統性を主張する理由をでっち上げ、胸を隠している黒の──スポーツブラというのか?を上へずらすと簡単に上がった。
と、そこには星宮先輩の左胸に食らいついているカミキリ虫が。
もっと正確にいうなら左乳首に噛みついたまま離さないカミキリ虫(多分オス)がいる。
俺はなんとか排除を試みるが触ろうとすると羽や足をバタバタさせる為びびって手を引っ込める俺。
「早く取れ!!!××××ついてんのか!!!」
待て!女子中学生不謹慎ワード発言者の2人目を作るな!
しかも大声で叫んでからに。ご近所さんに聞かれたらどうするつもりなんだ。
「ビビるんだよ!」
「もう××××とっちまえよ!!」
まだ言うか不謹慎ワードを。
クラスメイトの女子中学生より先輩の女子中学生の方が色気が増すかと思ったがこの状況だからそうはならない。
このまま言われっぱなしなのも癪なので掴んで離そうとするが今度はカミキリ虫の噛む力の方が強くて引っ張ってもなかなか取れなかった。
「痛い痛い痛い痛い!!乳首とれる!!やめ!!もっとやさしく!!」
まあ注文の多いお姉さまだこと。
思いの外苦戦することに驚き、さてどうするかと頭を捻った結果。ちょっと一階へ降り台所を探し目当ての物を探し当てる。
「ん?食器用洗剤?」
すぐさまそれを星宮洗剤。
違った。星宮先輩の左胸にまんべんなくかけていく。
するとこちらの思惑通り、カミキリ虫は滑って上手く噛めなくなっていた。
そして掴んで、左雨先輩の部屋とは正反対の部屋へ行き窓から捨てよう····と、したがカミキリ虫にも洗剤をかけてしまったせいで上手く掴めなかった。
「しまった!!」
「馬鹿か!!!これ以上噛まれたくねえからなんとかしろ!!」
ちくしょー!これは盲点だった。
だがここは致し方ない。手で払って階段下まで落とす事にする。
「いってててて。ども」
女子中学生なら虫に触るのにも抵抗あるんだなと。
今更ながらこの人が女子なんだなと実感したなんて言ったら怒られるんだろうなと思い胸にしまった。
「さて····。部屋の片付けだったな」
お。まさか星宮先輩も手伝って頂けるとは思わなかった。
「だってよー。···~~~~!今、下行ったらさ····」
ん?何が起こってるんだ?はっきり物を言うタイプの星宮先輩がこんなに歯噛みするような物言いをするんだろう。
しかもツンデレがするようなデレ具合の顔で。
赤髪ロングの女子でツンデレなんてそんなのは白衣が似合うシュタってゲートなあの人だけで十分だと思う。
あ、でも。この先輩に頭の良いイメージ無いからなぁ。
「おめえ。あーしの事悪く思ってねえか?」
待って下さい。ただでさえ普段目付きが悪人なのに怒ると倍増するんだから控えて貰いたいのだが。
「そこはおめえしでえだな」
俺から言わせれば理不尽極まりないですね。
うーん。でも下。下か········あ。
「星宮先輩。さっきのカミキリ虫が怖くて降り」
黙って照れ隠しにコブラツイストされた。
それからほどなくして部屋へ侵入したのだが星宮先輩の顔にゴがついた為またパニックになって俺に抱きついて悲鳴をあげた為、肋骨が悲鳴をあげていた。
こちらにも虫がいることを考慮すれば分かる事なのに、すっかり忘れてたのかこの人は。
「あ、ナハシじゃん。おっす」
「ギャアアアアアアアアア!!死ぬーーー!!!」
何やら左雨先輩が言っているようだがこの怪力女が人の上半身を壊しかねない事態になっている。
俺はまず自分が殺される勢いだったので必死で星宮先輩の顔についた黒い物体を払いのける事に成功した。
と、思ったらその寸前で本上先輩が自分のペットにするための捕獲を行っていた為俺はただ星宮先輩に鼻ビンタしただけだった。
それが大した威力ではなかったはずだが星宮先輩が鼻血を出した。
「ティッシュ!!ティッシュ!!」
「えーと。どこだっけ?」
「なんでティッシュがすぐ出てこねえんだよ!!普通5秒もありゃ出せるとこにあんだろ!!」
今日は星宮先輩がよくキレる日だなぁと他人事感を出してみる。
それもそのはず。だって
「つーか。ここナリの家か?陸上辞めたって聞いたがずいぶん腑抜けてるようだから鍛え直してやんよ」
「ナハシ。そういう話は岡庭先輩だけで十分なんだけど」
「イッヒヒヒヒ、ちげえな。あーしが直すのは体力じゃねえ。性根の方だよ。徹底的にやるから覚悟しとけ。おらタガメ!いつまで虫とってんだよ!この際だからテメエの神経も直すぞ」
「ちょっと待って。今この奥にゲジゲジがいるからそれ取ってからに」
この時、既に星宮先輩の中ではここを片付ける構想が出来上がっていたというのにこの2人はそれに気づいていないようだったので当然星宮先輩はぶちギレた
「てめえらそこへ正座しろぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
ガラクタにまみれた本上先輩の首根っこをひっつかんでベッドにいる左雨先輩の横へ無理矢理座らせる。そこに漫画やラーメンの食べ残り、虫がいようと星宮先輩は問答無用で正座させた。
「よう。本上とは中1から一緒だし、左雨はその1年の時一緒だったよな」
「「はい」」
そうなのか。それはビックリだ。
それでなのか。どうもこの2人以前にもこういう光景があったようで正座し慣れている感じがする。
「掃除するぞ」
「「はい」」
分かりやすいほどに星宮先輩はキレていたし。それに逆らえない雰囲気が漂っていた。
それから星宮先輩の指示であれやこれやと片付けをしていくうちに時刻は0時を回っていた。
3人とも夜型の人間らしく、この時間まで起きててもまだ元気だった。
というより皆様体力ありますよね。
俺なんか眠くて疲れて大変なのでありますが。
元とはいえ陸上部の左雨先輩も45リットルのゴミ袋20個分も外へさっさて運んでしまうのは流石だと思ってしまった。
汚れて使えなくなった下着もあったのでそこは本上先輩に買いに行かせたらしい。
で、戻ったのが23時頃か。
わざわざ俺にも見せるように水色と緑のストライプの下着を5着買ったと報告してくる事に誰1人突っ込まない光景はどうかと思うが、ガサツ女子ばかりだからか。
これが楓さんや姉岳さんなら男の子の前で止めろとか言いそうなものだ。
でもって外村先輩なら他のレパートリーのも買って来いとか言いそうだし。
そして片付けが終わって帰るのもなんだったのでそのまま残って本上先輩が買ってきた
コーヒーを飲みながら星宮先輩達の中1の頃の話になる。
「ったく。なんで1人コーヒーのペットボトル1本で買ってくるんだよ」
「えー?よく夜の山の中で虫探ししてるとコーヒーのペットボトル持ってくよ」
まあ、またなんとも本上先輩らしい行動ですけども。あなた、女子中学生ですよ。
「本上先輩?それ、1人で行ってます?」
「そりゃあ誰かと行った方が感想とか言い合えるから誘ってるけど誰もついてかないんだよ」
違います。決してそういう意味で言ったんじゃないんです。
「えーと。あれだね?知らない男の人に出会ったらアレ的な」
おお。やっと常識人側に回ってくれた左雨先輩。
すごいぞ先輩。やるじゃないか先輩。いやむしろこうじゃないと駄目だろ先輩。
「あー。そういうことか。でも、一回山の中でおしっこしてるとこ撮影されてお金もらったことあるよ」
俺も左雨先輩も星宮先輩も盛大に吹き出した。
俺が吹いたものが星宮先輩の顔にぶっかかり、反対に星宮先輩が吹いたものが俺の顔にぶっかかって。左雨先輩はなんとか下を向いた為、机と床に飛び散っただけに止まった。
「皆行儀悪いよ」
「ぜってえおめえにだけは言われたくねえ!!!何飲み食いしてるときにおしっこの話するんだよ!!!」
いやぁ話の内容の唐突さに驚きだよ。
タオルやテイッシュ類も本上先輩に買わせてきて良かった。
お陰で俺のお小遣いがなくなったのだが。
カブトムシカラーとか言う理由で買ってきた誰かさんの行動により茶色のタオルで俺と星宮先輩が顔を拭く。
まあ、コーヒーの茶色が目立たないからここでは結果良かったのだが。
「え?でも夜山の中でコーヒー飲んでたら普通その場でおしっこしない?」
左雨先輩は必死で本上先輩の肩を揺さぶった。
「ねえ!?頼むからさあ!?タガちゃんも女の子なら大事なもの守ろうよー!!」
だが、揺らされてる本人はなんの事だか分かっていないようだ。
「でもさー。わたしとしては最後までいいよって言ったんだけどAVのスタッフさんがフ〇ラまででいいって言うから」
「お前貞操概念それでいいのか!!おかしいぞ!!あーしから見てもおかしいぞ!!」
何?ということは山の中で放尿してたら撮影されたのがAVのスタッフで出演オファーを受けたと。
何より、何を中学生に頼んでるんだよAVメーカー。
「本上先輩それいつの事です?」
「ん?今年の夏の夜だね」
なんですか。じゃあ本上先輩はそんな辱しめを受けてると。
「あ、今度そのDVDが届くって」
「本上先輩。中学生がそんなもの受け取ってはいけませんから俺が受け取ります」
すると星宮先輩から首に腕を回されてこめかみを握りこぶしでグリグリされた。
「いたいいたいいたいいたいいたい!!!星宮先輩痛いです!!」
「お!め!え!も!!中坊だろうがーーー!!」
星宮先輩に論破されて、くやしいです。
その後、星宮先輩から受けた痛みが首筋に残ったまま話は3人が中学1年の時同じクラスだった事になる。
「へえ。じゃあ3人はその時からの仲って事ですか」
「そっ。懐かしいなぁ、この3人でプール行ったりカラオケ行ったりしたし」
「ねー?楽しかったよねー?」
「「ねー」」
ここで盛り上がりを見せているのは左雨先輩と本上先輩のみ。
星宮先輩は目を瞑ってニヒルに笑ってらっしゃる。
「おめえらカラオケの機材壊したり虫を逃がしたりして店員に怒られたのあーし1人だけだったの忘れてねえだろうなぁ!?ああ!?」
見た目で見たら真っ先に疑われる筆頭だもんな星宮先輩。
となりで爆破でも起きたんじゃないかと思うくらいの声量で2人を叱りつけるが、後になって「あ、やば」と小さくつぶやき、時間帯を気にしてなかった事を反省するがもう遅い。
2階へゆっくりと足取りが重そうな感じで階段を上がる音が俺たちの耳に届く。
「静かにできないなら帰って」
それは腹の底まで冷えきったような声音だった。
静かな印象のある女性。だが、体全体が細すぎてやつれ、こけた頬が痛々しく見えた。左雨先輩の母親だった。帰ってきたのは22時頃。
そんな時は表情こそ冷えきったものだったが2階へ来て星宮先輩と本上先輩、俺にお礼を言ったものだがあの時とは雰囲気が違う。
何か恐怖しているような。これから起きることを畏怖するような雰囲気だった。
その事はその後の展開から理解できた。
左雨先輩の父親が帰ってきたからだ。
「おーい、祐規子(ゆきこ)。さけー」
家からガラガラと音を立てて引き戸を開けた中年男性らしき第一声がそれである。
どうやら今の今、左雨先輩の父親が帰ってきたようだ。
夜中にあるまじき大声だった事もあり驚いたのは俺だけでなく、星宮先輩も本上先輩もだった。
だが、その娘は溜め息をついて不機嫌顔になり、母親に至っては肩をびくりと震わせて「はい!」とおっかなびっくりな感情を混ぜた声で対応するため、即座に対応する。
「····皆帰っていいよ」
すると、左雨先輩が言い出した。その声には優しさに近いものがあった。
「私、アホだからさ。陸上しか取り柄ないのにそれもできなくなってさ。私も自棄になってて。パチンコに入り浸りのお父さんがいるのに頑張って働いてくれたお母さんに申し訳ないなって·····やっと分かった頃にはもう···何もかも戻らなくて····。走りたいのに上手く走れないんだよ。これじゃあ世界なんて無理だって」
左雨先輩は泣くのを我慢していた。
その時、カン!という空き缶が地面に落ちる音がした。
「おい!!もう酒はねえのかよ!!」
「今日はそれで我慢してください!!」
下から聞こえる声父親と母親のやり取りに我慢できなくなりついに泣き出した左雨先輩とそれを抱きしめる本上先輩。
だが、その胸にサソリが入っていた為。寂しい方の胸へ移動する。
怒鳴る父親、宥める母親の口論が続いたと思ったら俺が味わった時と同じようなドガッ!という殴る蹴るの音が聞こえてきた。
「父親に対してその態度はなんだ!!大学出てるからって偉そうにしやがって!!ああ!?」
母親がいくら止めてくださいと嘆願しても止む事の無い暴力。これが日常茶飯事なのか。
「離婚すればいいのに」
すると、また左雨先輩が余計泣こうとするがなんとか唇を噛んで我慢する。
「さっちん、我慢しなくていいよ。コオロギだって我慢せずに鳴くんだから」
いや、本上先輩。その慰め方はどうかと思いますよ。
「だめ。前に離婚届出したら私にまで暴力振るってきて。私の足を無理矢理逆方向に曲げて骨折させて。······離婚するならもう片方もやるって·····脅してきて」
「ひでえな」
星宮先輩の感想に俺も本上先輩と同感だ。
「たしかにそうやって見ると右の足の膝が微妙に外にずれてるよね」
本上先輩の発言に左雨先輩は少し驚きながらも
「よく分かるねタガちゃん。そう。無理矢理外側真横へ曲げられたから癖がついてるの。手術したんだけどね」
もう、左雨先輩の感情なんてものはそこに置いてきたかのような視線と声音が少し怖かった。
星宮先輩が膝を叩いて立ち上がって
「うし、あの馬鹿親父をぶん殴ってくる」
端から見ても分かりやすいくらいにぶちギレていた星宮先輩はすぐ立ち上がる。
だがそれを止めるのは他でもない左雨先輩だった。
「やめてナハシ!!その後でもっと乱暴されるのは嫌だから本当にやめて!!」
それがどれだけ酷い目に遇ってきたのかは星宮先輩の腰にしがみついている腕の必死さでみてとれる。
その様子に訝しんだ本上先輩が。
「じゃあやっぱりあの時の痣は」
どうやら掃除後にこの3人。お風呂入った際に左雨先輩の体を見てるから分かるわけか。
俺だけが分からない内容。分かってたら訴えられる内容でもあるが。
「あ、都時君も見る?」
本人からのお許しが出るとは思わなかったので飲んでたコーヒーを今度は星宮先輩の服(左雨先輩から借りた白いTシャツ)全体にかけてしまう。
体に張り付いたTシャツは星宮先輩のガタイのいい体つき(少し浮き出た胸含む)を写し出していた。
星宮先輩は体を震わせて怒りを写し出していた。
どうか。この怒りが左雨先輩の父親の分も合わさって俺にふりかからないように、それだけを必死で願ってみる。
ここで俺も星宮先輩の腰にしがみついて必死さが伝わればいいが逆効果だろうな。
「······脱ぐ。ナリ、服借りんぞ」
「ほいほい」
言うなりその場で脱いでロッカーからタンクトップ。白に青の線が2本縦に入ってて胸と背中に『西ノ鳥中学 左雨』と書かれたって待て。
「これ伸び縮みすんだな」
いや、星宮先輩。気にするのそこじゃないです。
「それってさっちんの陸上の?」
「そ、ユニフォーム。いいよ」
「おい、着る前に言えよ。気まずいだろ」
「だってさ」
と、そこまで小声で話してるところへ父親が上がってきた。
違う。この部屋へ入ってきた。
急に部屋の空気が底冷えしたものに変わる。
「どうも、おじさん。ナリの友達っす」
と、相対した星宮先輩を無視してその腰にしがみついている娘の髪を引っ張り連れて行こうとする。
「来い」
「嫌だ!!絶対やだ!!乱暴するんでしょ!!嫌だって!!ナハシーーー!!」
が、全力でしがみついたまま離れようとしないため、事態は停滞している。
呼ばれた本人が手を出すまではだが、
「····あーし。機嫌わりぃから間違えて殺しても文句言うんじゃねえぞ?」
アッパー気味の拳が左雨先輩の父親の腹部を捉えていた。
その怪力にのたうち回るクズ親父1名。
それで終わりにせず馬乗りになって顔面に何度も何度も拳を全力でもって叩きこんでいく星宮先輩。
だが、大の大人相手では分が悪く。向こうから反撃の拳を食らい、追撃されると思ったら本上先輩がサソリのロドリーを持って腕にその毒針を刺してきた。
「いってエエエエ!!!」
その痛みに腕を押さえてうずくまる中年男性。
怒っているのは星宮先輩だけじゃなかった。
この人も怒っているのは当然だった。
血の気が多いイメージが無いから驚いたけども。
と、今度はプラケースに入った北海道には存在しないとされる物を手にあーんさせようとする。
物が違えばパパ活にも見えたがそうならないのは言わずもがな。
その顔には奇怪という表現が似合うほどの怖い笑顔だった。
こういう事する本上先輩が、本当に人間なのかと疑ってしまうほどに人間離れした狂いようだった。
「これ食べるかこの部屋を出ていくか選んで」
この対応にはこの男も恐怖したようでこの部屋の反対に位置する部屋(そこが父親の部屋らしい)に入っていった。
「サンキュータガメ。おめえがサソリと〇キ持ってて助かったわ。今回は礼をゆーわ」
いや本当に。本上先輩がこんなに頼もしいと思える日がくるなんて思わなかった。
だがこのままでは今日は良くても明日からは防げようがない。
絶対今日の分まで報復を受けるのが決まりきっているからだ。
「さっちん。わたしの家に行こう?ここにいたらさっちん殺されちゃうかもしれないんだよ?そんなのわたし、やだよ。だからさぁ」
本上先輩が泣きそうな顔で左雨先輩の両肩をしっかりと掴んで懇願する。
が、左雨先輩は首を横に振るばかり。
「私は大丈夫でもお母さんが大丈夫じゃないから。私は残る」
「嫌な事が起こると分かっていても?」
今度は首を縦に振る左雨先輩。
そのまましばらく長考の構えをとる本上先輩は顔を上げて
「じゃあ、わたしもここに残る。別にお父さん1人くらいなんとかなるし」
ああ、そういえば。ここの親は離婚済みだったな。
「大丈夫?タガちゃんも暴力振るわれるよ」
「もしくは逃げるかだね。ほら、逃げる事で生き残ってる虫だってたくさんいるんだし」
例えはともかく。確かに逃げるという選択肢はあった方がいい。
「まあまあ。今日はもう寝よ?あ、アキくんも一緒に寝る?」
今度は飲んでないので吹かなかった。だが左雨先輩からお借りしたジャージのズボンの一部が引っ張られる事に。
「·····──都時君、それ汚したら手洗いしてよ」
だって本上先輩、この中では巨乳クラスになってるし手の平に収まるサイズだし形きれいそうなまん丸だし、それを前屈みにしてTシャツから見えるようにしてくるし。俺、男子中学生だし。
と、星宮先輩が部屋の前まで行って扉を閉めた。
ガチャッと鍵がかかる音がする。
「鍵かかるじゃねーか。なら安心だな」
「·········」
ニカッと喜ぶ星宮先輩に対し暗い表情を示す左雨先輩。
その顔のまま扉の前まで行き、鍵のつまみはそのままに少し強めに捻って押すと扉が開く。
俺も本上先輩も、鍵を閉めた星宮先輩も呆気にとられた。
「お父さんが何度もガンガン叩いたり無理矢理開けようとするから鍵が壊れちゃったんだよ」
それはつまり、ここにいて安心な事はひとつもなくて。
あの父親がいる限り安寧は訪れる事も無いわけで。
「ちょっとトイレに行ってくる」
本上先輩がそう言い、部屋を出る。
余談だけど女子ってこういう時一緒に行こうとするみたいだが、この3人ではそれも起こらないようだ。
「あ、本上先輩。俺もついてきます」
「え?何?アキくんわたしのおしっこするとこ見て興奮したいの?ちょっと引くよ」
「違います。さっきの男に何されるか分からないでしょ。本上先輩も女の子ですし」
と、本上先輩が目を丸くした。
「そ。ならお願いしようかな」
この人、普通にかわいい笑顔もできるんじゃないか。
普段からこうならもっと違う道もあるだろうに。
事実、不覚にもドキッとかしたし。
そしてトイレに向かうのだが、
その前に台所へ向かっていた。
上の方の戸棚へ手を伸ばすと『痛み、生理痛に効く』という効能を全面に書かれた箱を取り出す。
「·········さすがに後ろ向いててくれるかな?その····─あれの日だから」
俺は秒で回れ右をした。
俺が後ろを向いたのを確認するとカチャカチャとコップを取り出す音だろうものとか、水を注ぐ音などが聞こえてくる。
コクッコクッと水を飲む音がしてから振り向くともう本上先輩の用は済んだようだ。
いや、台所の用は済んだだけか。
「2日前ならわたしとアキくんの子供作れたかもしれないね」
この人はこんな時になんつー事をいってるのだろうか。
ちくしょー。色気を出してきやがってこの先輩はー。
無事にトイレも終わり。さあ戻ろうとしたところで階段を上がろうとして、さっき階段から落ちかけた事もあり、本上先輩を先に行かせようとしたら下がスパッツしか穿いてなかったので刺激が強すぎた。
この人、お尻大きくて丸くてその形がもろに出てエロいなー、とか。
柔らかそうなお尻。その上の腰も細····ん?
Tシャツの裾の間から腰の白い柔肌が見えるのはエロくていいのだがスパッツから白くて長い···。
トイレットペーパーだろうか?で、巻いてある物を手に取ろうと腰に触れて、物を抜きとった先にスパッツが下に下がって大事な部分が見えるがその物が衝撃的だった。
包丁が中にくるんであったからだ。
「·····本上先輩」
「アキくんのえっち」
本上先輩は頬を膨らませて怒るが、怒りたいのはこっちも同じである。
それと、スパッツ直してください。包丁を取り返す前に。
あなたは俺にどこまで見せてすれば気が済むんですか。
いや、今回は俺が原因でもあるんですけど。
「もう!」
これではどうにもならないと見るやそのまま部屋へと戻ってしまう。
俺も包丁を台所へ戻してからさっきの部屋へ向かう。
「本上先輩、正座」
ベッドでふてくされている先輩を星宮先輩が降ろして正座させる。
まだ不機嫌丸出しな状態だ。
「何しようとしたんですか?」
「·····ゴキちゃん扉の隙間から大量投下して出てきたところを包丁で」
俺は本上先輩の頬に思いっきりビンタした。
「人を殺すのは駄目です」
「なんで!?あんな男!!死んだ方が良い!!」
本上先輩が怒るところを初めて見たような気がする。
目も眉毛も斜め上に吊り上げて。怒髪天を衝くというのか。精神的には誰にも止められない勢いだった。
と、ここまで話を聞いていた星宮先輩がひとつ溜め息をついて
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