狂ったもの 都時彰編 18

茜さんとやいやい言いあってる間に坂倉さんも注文したようで店員と話をしている。

「茜。あとあんただけよ」

「へいへい。じゃ、煮たまご濃厚鶏白湯ラーメンで。あと唐揚げとご飯のセットで」

この人、1人で1100円越えのメニュー頼んでるよ。

「茜。太るわよ」

お世話係が女子大生の体型事情に釘を刺す。

「いいいい。最近分かったんだけどあたし食べた物ほぼ胸にいく事が分かったからっておい!そこはなんで目で殺そうとしてくるんだよ!!」

あーあ。何も考えずに発言するから。

「楓ちゃん。アタシ達で先にこいつの煮たまご2つ食べようぜ」

「イエッサーAnego」

ちょっと貧乳民。周りが見えてないにも程があるぞ。ここ、飲食店だから服脱がすな。乳首吸おうと構えるな止めろ。

楓さんなんか壊れようがおかしいし。

俺は申し訳なく思いながら楓さんと坂倉さんの腰に抱きついて茜さんから距離をとる。

2人ともウエストが細いからひとまとめに両腕を回して抱きつける。

「離しなさい都時くん。こいつは敵だ」

坂倉さん。ラーメンがくるのに冷たい視線はやめましょう。

「友人ですよね」

「違う。人が成長期に胸が大きくならないのを嘲笑うやつは敵よ」

その理屈はどうなんですか楓さん。

「楓さん、落ち着きましょう。このまま争っても良いことありません」

本当になんでこうも胸が無いことにコンプレックスを感じるかなぁ。

そりゃあ胸が大きい女子と小さい女子なら断然大きい方だけども。

でも、それだけで女子を決める訳じゃない。それも混みで決めるのだと。

「お待たせしました。炒飯1つとバニラアイスクリーム2つ。鶏白湯ラーメン2つ、煮たまご濃厚鶏白湯ラーメン1つです」

店員さんがオーダー通りのものを持ってくる。

「はいお二人席について。いただきますして下さい」

「「は~~~~い」」

目がまだ闇色のままだが、俺の言うことを聞くあたり常識は残っているようだ。

むしろ幼児化してるような気もしなくもないが。

「トトーキよ。このお礼は体で返すからな」

「丁重にお断り致します」

あなたはまた事件を起こしたいんですか。

この人も問題発言が多いから一緒にいて怖いんだけど。

と、坂倉さんが眼鏡をテーブルに置き鶏白湯ラーメンを唇に近づけて息を吹きかけているのを見て不思議に思った。

「坂倉さん。それラーメン見えてる?」

「余裕。これ、伊達だから」

これは驚いた。マジか

眼鏡がデフォルトなのかと。違和感ないし。

「今付き合ってる彼氏が眼鏡女子好きらしくてかけてくれって言われてるからかけてるの」

へえ。そんなこともあるのか。

「ちなみに髪型も彼氏がショートが好きだからってこうしたの。」

「そう。こいつ高校の頃はロングなんだよ」

茜さんはスマホを机に置いて操作しながらラーメンをつついていた。

スマホを片手に数秒操作した後画面を俺と楓さんに見せてきた。

「ほら、これ。右がりみりん」

「あ、本当だ。長いのも似合いますね」

そこに見えるのは紺のバンダナを額に巻いてドラムスティックを持った女性。左にはギターを上にかがけた姿の茜さんだ。今と変わってないや。

「おいバカッ!!」

突然不機嫌顔になった坂倉さんが前のめりになって手を伸ばし対角線上の茜さんからスマホを没収する。

と、同時に坂倉さんの前に置かれたラーメンの器前へ倒れた。

「あっっっづ!!!!」

坂倉さんの対面に座っていた俺のテーブルを超えて鶏白湯のスープや麺の一部がズボンにかかった。

まだ大分中身が残っていたラーメンは全てぶちまけられ。腰から両膝にかけてまんべんなく濡れた後になってようやく席から立ち上がったが遅かった。

「ごめんなさい!!!」

申し訳ない表情で謝罪した坂倉さんは持っていたテーブルに置かれたおしぼりで俺のジーンズを拭きだした。

が、しかし。坂倉さん、気づいてないでしょうけど今触ってるところ。俺の股間なんです。

ジーンズを履いている為、大きくなってもズボンの膨らみは見る限り注意深く見れば分かるくらいの状態ではあるが坂倉さん本人さ気づいてないご様子で軽く叩いている。

坂倉さん。股間以外もしっかり拭いてくれてるから真剣なんだろうけども中学生男子が女子大生に股間を軽く触られるだけでも刺激が強すぎるのですよ。

「ごめんね。なるべく染みないようにはしたつもりだけど。あ、代わりのスボン買ってあげるから一緒に来て」

「いいです!坂倉さん。気を遣いすぎです!」

「いいからいいから」

この人、理解力ある大人に見えて人の意見聞かないタイプか!?

「行った方がいいぞトトーキ。こうなったりみりんは誰にも止められないから」

なるほど、友達からは周知の事実だったか。

だが、まだラーメンが残されたままなので伸びる前に食べねばと。

俺は目の前に置かれた鶏白湯ラーメンをずるずる食べる事にする。

と、そこへ気になる視線が

坂倉さんがジーッとこちらを見ているのだ

クール眼鏡で美人な女子大生に見られながら食事するのはやりづらい。

「坂倉さん。そんなに見ていたって行く時間は早まりませんよ」

「違う」

ん?違うのか?じゃあなんで?

坂倉さんは恥ずかしそうに顔を赤らめていた。

視線は左下へ頬を左手人差し指でかきながら

「やっといてなんだけどさ。ラーメン分けてくれる?」

···········ああ。自分のラーメンをぶちまけちゃったから。

俺は坂倉さんの第一印象とは違った子供っぽい一面におかしく笑いがこぼれた。

ら、その声が坂倉さんにも聞こえていて、頬を膨らませてこちらを見るがかわいいだけで坂倉さん本人も自業自得なのは分かっているため、怒ったような言動はみられなかった。

「なあ?りみりん、あたしの唐揚げとごはんあげるからさ。それでよくない?トトーキは男子中学生だよ。たくさん食べなきゃいけない時期だよ」

が、しかし。茜さんは対象外だったため坂倉さんから怒りの鉄槌が下された。

茜さんの頭にチョップを食らわせるというシステムによる怒りの鉄槌ではあるが

「おい。親友相手にする行為越えてるだろ?」

「ばーたれ。拳より少し小さい唐揚げ3個と茶碗一杯の白米を渡されるダイエット中の女子大生の気持ちを考えろ」

え?坂倉さん太ってるようには見えないけどなぜダイエットを?

「女子には色々あるんだよ」

「まあ前にセックスした時に胸が無い分下っ腹が少し出てて太った判定されたのがショックだったらしい」

茜さんが報告していただけた事で俺の疑問は解決したが、坂倉さんの怒りが爆上がりなのは明白だった。

その仕打ちがグラスに入ったお冷やを頭にかけるというものだった。

「何すんだよ!!!」

「人の性行為の話を知らない男子にする馬鹿がいるか!!!ラーメンスープをかけないだけ譲歩だそ!!」

お互いの怒りのボルテージはキャンプファイアで見る炎くらい燃え上がっていたので俺は楓さんと目配せして坂倉さんを2人がかりで茜さんから引き離した。

「ちょっと都時くん離しなさい!!!アタシは悪くない!!悪いのはこの馬鹿だ!!」

「ここは飲食店ですよ。茜さんも攻撃しないで追い出されますから!お金払ってきて下さい!」

「······わかったよ」

俺と楓さんの2人でやっと女子大生1人身動き封じるのが精一杯だからこうしたというのに茜さんは坂倉のお腹を殴りだしたからお勘定を払わせに行かせた。

ここにいるのも空気が悪いので駐車場まで強制連行することにした。

それまでの間、坂倉さんの暴言は絶え間なかった。

それはもう。さっきまでの眼鏡が似合うクールな女子大生のイメージは消え失せるほどだった。



立体駐車場の自動ドアを通る寸前で例の秋塚さんと出会った。

彼氏の前では猫被るタイプなのかまた冷静な眼鏡·····は!?しまった!眼鏡を忘れてきてしまった!

と思ったら茜さんが持ってきてくれたらしい。

「········」

ちょっと坂倉さん!秋塚さんと茜さんとの対応の温度差が酷いですよ!ありがとうぐらい言ってください!

「えーと、里美から聞いてるよ。乗って」

じゃあこれでと言って歩いて帰ろうとする茜さんにも乗るように秋塚さんは勧めたら1人で帰りたいと怒鳴り散らす始末だったので手に負えなかった。

「里美、七森さんと何かあったの?」

「あー、うん。ちょっと喧嘩しちゃって。大丈夫。また謝りに行くから!」

笑顔で秋塚さんに接しているところ申し訳ないが、あなた現時点まで一回も謝ってないですよ?

どれだけ顔の面が厚いんだこの人。

茜さんの怒りはグラスをぶちまけられたことに対して謝罪もなければ置き忘れた眼鏡を届けたのにお礼もないからという理由だと思うから理解できる。

が、坂倉さんの場合も確かに見知らぬ男に自分の性体験を話されたらイラっとくるのは分かるが水をかけるほどの事をしていいのかは疑問に思う。

車はショッピングセンターの外を出てまっすぐ商店街まで出る。

「そうか2人とも中ノ鳥中学か 。じゃあ僕らの後輩だね」

「あ。秋塚さんも地元の人なんですか?」

「そうだよ、懐かしいな。このまま中学まで行ってみようかな。知ってる先生がいるといいんだけど」

「先生方の仕事に差し障るから止めましょう」

おっと彼氏からの提案に彼女が待ったをかけた。

「ハハハ。手厳しいな里美は。ま!行ったとしてももう10何年前の生徒なんて覚えてないだろうしな。あ、今でも放送室にビー◇ルズのCDってある?」

「すみませんそれはわからないですね。かかってたことも····あ、でも一回レットウットベーが流れてた事がありますね」

「他のビー◇ルズも流れてる時あるわよ。彰くん洋楽に興味無さすぎるでしょ。わたしの友達がCD借りパクしてるし」

楓さんからフォローにどう返せばいいのかわからないでいる俺。

「おーーい!?それ僕が卒業時に置いていったCDだぞ!後輩にもビー◇ルズに興味持ってもらおうと思ってさ。でもまあ。興味が沸いたから持って行ったんだろうしいいか」

「すみませんその友達はサイン入りのCDだから売れると思って持って行ったようで」

「ほう?ちょっとその友達の家はどこかな?」

あ、この人ガチのファンだ。

「今病院ですよ!大丈夫です!その後聞いてみたら最高すぎて売る気がなくなったどうしようってわたしに相談してきたから」

「そもそも友達なら止めようねと言っとこうか」

「ははは。まあ·······文乃は言ったら聞かないタイプですし」

俺から言わせれば楓さんの方がその傾向が強いように思いますけどね。

その後ペラペラと話をしていくうちに内容は中学時代の事になり氷見先生の話をしても分かるのは坂倉さんまでだった。

まあ秋塚さんまで分かるってなったらあの人の年齢がおかしな事になるから正解なんだけども。

「そっかー。氷見ちゃん結婚してないのかー。残念」

「でも、チャンスはあるはずです」

いや、登山を止めない限りあの人にチャンスすら来ないと思う。

そんな話を坂倉さんが先にしていた。

「でもあれでしょ?あの人もう30超えてるよね?それでもまだ登山してるんでしょ?」

「32歳現役ばりばりの登山家兼教師ですね」

「無理でしょ」

「ですよねえ。」

「彰くーーん!!坂倉さーーん!!」

むむ。俺と坂倉さんが意気投合してるところへ楓さんが入ってきた。何事だ。

「あのね芹沢さん。男性というのは自分に弱味を見せる女性に惚れるものなの」

お、女子大生からの恋のアドバイスですか。恋愛偏差値の低い楓さんにはいいかもしれない。

「それはあれですか。男性からすればその女子を弱味につけこんで脅せば自分の言いなりになる的なやつですか」

「ちがーーーう!!」

だが、どんな熟練の恋愛マスターでもアドバイスを曲解する人間には通用しないようだ。

「ねえ!都時くん!?なんなのこの子!?今のをどうすればそんな受け取り方になるわけ!?」

「いや里美?今のは里美の言い方にも問題あるよ?」

今度はもっと年上の男性が助け船を出してきた。確かにアドバイスする上では経験が物を言う。言葉選びもその内である。

「えーと、芹沢さんだっけ?君は男の人を好きになった事くらいはあるよね?」

「ま!まあ?そりゃあ?彰くんがそうだ······し?あれ?わたしそういえば男性経験無さすぎじゃないかな?これ好きで付き合ってるんだっけ?」

ちょっと楓さん!?何て事を言ってるんですか!?確かに楓さん経験無さそうですけどここで言う台詞ですか!?彼氏としては怖いんですけど!?

「こう言っちゃあなんだけど芹沢さんなんでその人なの?ちょっと·····イケメンとは言えないカンジの」

坂倉さん。俺の顔の火傷の事を言ってるのですね。そうなのですね。それならはっきりい言ってくれた方がマシだったりする時もあるですよ?


「彰くんの火傷は家が放火に遭ったためなんです!!」


楓さんが吠えるように怒鳴った。

さっきの俺への恋愛度の低さを伺える発言からは予想だにしない事だったから俺ですら驚いた。

怒鳴られた坂倉さんは開いた口が塞がらないまま動けなかった。

「坂倉さんは男子を見た目で判断するんですか?」

「でもある程度見た目で判断しないと時間にルーズな人だったり、女性に気遣いできない人だって分かるじゃない」

「でも今回のケースは違いますよね?あくまで顔に火傷があるってだけで不衛生ではないですから」

「ごめんなさい。ちょっとそのアタシの偏見で」


「男子の好みにとやかく言いませんけどそれを人におしつけないで下さい」


だが楓さんは不機嫌になると言動にもそれが出るタイプの人間なのを忘れていた。

さすがにこの発言は言ってはいけないラインを超えていた。

現に坂倉さんはかけていた眼鏡を楓さんに投げていた。

それだけでなくティッシュ箱、自分がかけていた鞄も投げ出し、しまいには助手席についてるヘッド部分までとって投げようとしていた。

眼鏡が顔に怯んだ楓さんはさらにティッシュ箱も頭に当たり。運転中の秋塚さんは止められないためヘッド部分を投げる坂倉さんを斜め後ろの後部座席の俺がヘッド部の後ろを押さえてセーブする。

「止めてください坂倉さん!!今のは坂倉さんが悪いですよ!!」

その坂倉さんの目はものすごいつり上がり、こちらが萎縮してできれば相手したくない衝動に狩られるものだったが楓さんが巻き込まれてしまう事態なので必死で奮い立たせる。

言葉を発する事をしない坂倉さんはうーうーと獣のように唸るばかりで力でしか解決しようとしない暴走列車になっている。

が、偶然にももう楓さんの家が見えてきた所なので速攻降りてもらい。運転中の秋塚さんにも何をするかわからない状態の坂倉さんをおいておけず俺は楓さんに頼みロープを持ってきてもらいぐるぐる巻きにした。

「離せ変態!!!」

どんなに罵られようがこの狂暴女は拘束しないと危ないのは確かだ。

坂倉さんを後部座席と前席の間のスペースに入れ込み扉を閉めた。

「おめえぜってえぶっ殺す!!」

クールな眼鏡女子からでた言葉とは思えない罵詈雑言が閉じられた扉越しからも聞こえてしまう。

「ごめんねこんな形になってしまって。帰ったらしっかり言っとくから」

ああ。この人はまともな人だと認識できてしまう。坂倉さんが比較対象になってしまうからかもしれないがすぐに謝罪ができるということは自分が悪いと思っているわけで。

あとはその言葉にどれだけ真実味があるかだがそれはまだ先にならないとその人物の人間性は見えてこない。

じゃあと言い残し、これ以上悪い空気にしないように立ち去ってくれた。

しかしまあ。ここまで来ただけでもありがたい。

ありがたいのだが、ここから俺の家までまだ30分は歩く事になる。

仕方ない

「彰くん。今日はわたしの家に」

「泊まらなくていいから私が送りますのでこちらへ」

椿さんが車の後部座席を開けてスタンバイ

「おかあさーーーん!!」

ええ。こうなりますよね。



さあ。帰ってきました我が家なのですが。

どうにも椎堂がいないとこんなにも寂しくなるものかと実感する。

確かに椎堂の母親も父親もいる。が、やはり同年代のやつがいた方が話しやすいし、楽しいと感じるものだ。

それが当たり前になってしまい、居なくなった時にそれに気づかされる。

あの時、俺が取り残したりしなければ····。

そんな気持ちが頭を過(よぎ)る。が、時既に遅し、椎堂は心に傷を負い。いつ退院できるかの目処も立たない有り様なのだと母さんから聞かされた。

その原因が目の前にいる息子。いや、今じゃ他人と思ってるかもしれない。なのだからどんな感情なのだろう。

椎堂の状態を話している時の母さんの声は精神的に疲れているものだった。

父さんにいたっては新聞から目を背けなかった。

俺はまた明日から学校があるため風呂に入って寝ることにする。

と、寝る直前になって1件のラ〇ンが入っていた事に気づく。宛先は星宮先輩だった。

『おう。今電話いいか?』

何を言いたいのか皆目見当もつかなかったがとりま電話することにした。

『あ、起きてたか』

「なんですか?こんな時間に」

親の迷惑になるため外に出ながらの通話になる。

『いやよお。トーキ、そこ居心地悪かねえかなと思ってよお』

「そりゃあ良いとは言いがたいですけども」


『よし、ならあーしの家。つか、土岐家にこねえか?』


「··········は?」

訳が分からなかった。いや、なぜそうなる?

『あーしが愛実と早苗に話したら一発OKもらえたからよ。後はおめえがいいなら』

「ちょ!ちょっと待ってください!」

『なんだ?気に食わねえのか?』

「話が急すぎるんです!」

『そうか。そうだよなぁ。悪い』

うん。やってる事はズレてるけど基本常識人なんだよな星宮先輩は。

『でもタガメの奴はこれからクロロホルムかがせて家まで強制連行だって』

「謹んでお受け致します」

『うむ。』

やってる事も常識も通じない先輩には捕まりたくない一心の方が勝った。


だが現実はそこまで簡単ではなく。1度は土岐家に行こうとしたがすぐに警察に御用となり椎堂のアパートへ連れ戻された。

親とうまくいかないから出ていきたい。それだけの理由では出ていけないのだと、中学生が夜に出歩いてはいけないなどと警察からさも当然の事のように言われることに腹が立つがここであーだこーだ言っても時間が延びるだけなのでただ「はい」と言うだけに留めた。

ドラマなんかでは夜中家出を図る中学生が行った先の家が訳有りの人で一回り成長して帰ってくるみたいなのがあったりするが現実はそう甘くない。

何も持たずに出ていけば当然怪しまれるが、まさか顔に火傷がある=目立つ。ここまでは分かるが中学生だと特定されるとは思わなかった。

もう何も言うまいと決め込んで俺は母さん、父さんにもなぜか叱られずどうしたらいいか分からず寝る事にした。



それからというもの、学校に行っても対して面白味もなく家にも居場所がない日々が続いた。

だから休日には先輩の家に遊びに行く事にした。

椎堂の自転車を借りてまず行った先は稲瀬神社という名の星宮先輩の家だった。

「おー、来たか。まあ何もねえけどゆっくりしてけ」

施設に行っているお爺さんの事があるため母親の雪恵さんは外出しているとのこと。

「早苗さんと愛実さんは」

「両方ともデートだとよ。かー!良いよなぁいる奴は!」

いや、自虐ってるとこ悪いですけど星宮さんも素材は良いはずなので後は見せ方だけだと思うんですけども。

「んだよ?誰が好き好んでこんなナリの女を誘うんだよ?」

そう言いながらバンダナを取って所々むき出しの頭皮を見せる。

その有り様を見ると痛々しい感情に見舞われる。

「てーと、じゃお茶でいいか?」

「あ、ありがとう」

「いいっていいって」

笑い方が悪人なのは致し方ないが、やってる事は優しかった。

と、そこへどこからか入り込んだんだろう境内から猫の鳴き声がした。

「ん?······」

そこへすぐに反応する星宮先輩。

「おー!コビンか!ちょっとトーキ待ちな」

そう言い残し何やら台所だろうか?で、ガチャガチャやってから外へ出る星宮先輩。

星宮先輩が近づいたと分かるとニャーと嬉しそうに鳴く猫。

玄関から入ってすぐ右が台所なのは見てとれたので行ってみる。するとあら不思議、そこにはガラス戸の引き戸になっているではありませんか。

と、そこには星宮先輩と猫が遠目に写っている。

ここからでは肉眼で見えやしない。

だが、今の時代スマホカメラのズーム機能は進化している。

それを駆使することでなんとそこには白い子猫と星宮先輩が同じように線のように目を細めた笑顔でミルクを飲む猫の頭を撫でたら顎をゴロゴロ触ったりする桃源郷が広がっていた。

「「にゃ~」」

すごい!このハモリはエモい!ツ〇ッターに載せましょう。お、すごい。今作ったばかりのアカウントなのに早くもいいねが1つ。

#怖かわいい #女子中学生 #三白眼などなど

ハッシュタグを追加していく内に

『この子かわいい』

『何だこの生物は!?』

『見た目怖い女の子が猫を目の前にするとかわいいとか漫画かよ!』

おーすごいすごい。初めてにしてこの爆上がりやヤバくないか。

でもうーむ。ここまでくるともうひと押し星宮先輩のかわいさプラスをしたい。そこであのバンダナなんだよなぁ。個性は大事にしたいがあれをほどいてもかわいいところを見せないと·····。

仕方ない。背に腹は変えられないか。

俺はとある人物にラ〇ン通話をした。




「まったく。こんな形で呼び出されるぼくの身にもなってよ。ヒラサーに知れたら極刑だぞ」

だが、すぐここへくるのが皆河さんだ。

「面白い事に全力を注ぐ自分が憎い」

なんとでも言え、中学生はできる事が少ない。ならばできる人間を利用するのが賢いやり方だ。

「言ってる事はカッコいいけどこれからやることはほっしー先輩にウィッグをつけるだけだよ?」

「でも真剣に選んだんだろ。その赤い長髪」

「そりゃあ褐色系の姉御肌女子にはこれでしょ」

やっぱり皆河さんもノリノリなんじゃないか。焼き肉屋で相談した甲斐があった。

まあ安いものなら何千円単位だから皆で小遣い出し合えば買えるしそれをプレゼントで喜ぶなんて展開は熱いかもしれないが星宮先輩は美人だから美人にふさわしい良い物を用意できそうな皆河さんに頼みたかったんだ。

気持ちはお金では買えない。だけどお金によって発生する価値もある。

高い物は高い物なりの理由があるし、逆も然りで。自分を売り込まなきゃいけない時代になれば当然高い価値がつく人間にならなければふるいにかけられ落ちるだけだ。

確かにあの人は目付きが怖いし笑い方も怖い時がある。

でもそれって、あの人を取り巻く環境が原因なのもあるって分かってくる。

何日も眠れないで暴行を受け、大人の言うことを聞かなきゃ足の指を切り落とされ頭をはんだごてで焼かれる痛みなんて分からないけどそれはすごく辛くてイカれそうになることで·····。友人を殺さなきゃいけなくなるほど追い詰められてもう心も体も何もかもボロボロにされて·······。

実の両親も死んでしまってどこか常識が抜けるくらいにズレてしまったんだろう。

あの先輩に必要なのはありふれた優しさなんだと。

この家に居ても眠れない日々が続いたと愛実さんから聞かされた時はまだ癒えてないんだと。簡単に切り離せないんだと痛感した。

一体どれだけの睡眠薬を飲んでたんだろう。狂ってしまったんだろう。

でも土岐家(ここ)に来れてそれも少なくとも人前では回復してるかのように見えるがそれを俺が判断するのは違うと思う。

それは本人だけが分かることだから。

「で、オメーらはあーしにこれつけさせて何考えてんだ?」

まあ皆河さんがここに来た時に猫真似娘とバッティングしたから付けたんだけども。

「ほらやっぱり似合ってる」

「似合うかんなもん!!」

「ちょっとほっしー先輩!それ20万もしたんですから乱雑に扱わないで下さい」

「ざけんな!!あの焼き肉屋の時話してた事がこれって訳か!?ええ!?撮るなーー!!」

そりゃあこんだけ超絶美人に生まれ変わった星宮先輩なんて撮らなきゃ申し訳ないじゃないですか。

「なんに対してだ!?あーしは一切なにも頼んでねー!!」

「ちょっとほっしー先輩少しは笑って下さいよ~」

「年中無表情のシエに言われたかねーーー!!!」

あ、多分これ星宮先輩。突然慣れないウィッグを付けさせられた事に対して戸惑ってるんだ。

「はーい。ほっしー先輩こっちに視線下さ~い」

「あん?」

いや、幼稚園児が泣き出すような凶悪なのじゃなくてかわいらしいのでないと需要がないかと。

「あ、載せたらいいねがついた」

「なんでだよ!?睨んだだけでどうしてよくなるんだよ!?わけわかんねえ!!」

「『こっちにも視線くださーい』『ゾクゾクする』『この世に舞い降りた女王様尊い』『この子の足に踏まれたい』などなど。すごいすごい、瞬く間に人気者に」

「晒し者っつーんだよそーゆーのは!!!」

どうやら星宮先輩はこの状況に怒っているようだ。

俺は相手にも分かりやすく溜め息を1つ。

「星宮先輩。一体何がそんなに不満なんですか?」

「全部だよ!!」



















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