狂ったもの 都時彰編 15

だから離すよう言おうとすると男の1人が俺の顔を本気で蹴ってきた。

「はいノリ悪ーーーい。そんなんじゃ合コンやっても彼女できないよー」

行くつもりねえよ。

「おいこいつ。口から血出てるけどどうする?」

「いんじゃね?はなから顔もすげえ事になってるし。口から血が出たって今更だろ」

「ハハハハ。言えてる」

コイツら俺の気にしてることをつらつらと。

正直ボコ殴りにしたい。でもそれもできない。もう体が痛くてそれどころじゃない。

俺は女の子1人も守れないことが苦しくて痛くて辛くて涙が溢れた。

「お、ちょうどダーツセット持ってるからこれでこの子のお尻を的にして遊びましょうよ」

椎堂の目が恐怖に見開かれる。

「やだやだやだ止めて!!!いや!!!離して!!!」

椎堂は本気で動いて暴れて喚いて嫌がっている。

既にお尻は20発以上も叩かれて真っ赤になっていた。

男達は椎堂を店の椅子を使って胸を背もたれに寄りかかる向きにしてお尻をつきだす状態で椅子の脚に必死に抵抗する椎堂の足をロープで1本ずつ固定。

両手も背もたれを抱く格好で完全に動かなくなるようにぐるぐる巻きにされているためダーツの的から逃げたくても逃げられない。

さらに白いタオルで口に噛ませるようにして後ろで結ぶ。

「暴れんじゃねえ!!おとなしくしろ!!充がくるだろバカ!!」

椎堂の頬に拳を入れる男。

その痛みに顔を歪め、それでもこれからされる事から逃げ出したい一心で足から腕からバタバタさせるが机が共にガタガタ動くだけで逃げられない。

「んーーーー!!!んーーんーーーー!!」

背もたれを床に倒した状態にし、椅子の足は近くのテーブルの足と繋げてある為たとえ椎堂がもがいて矢が当たらないように逃げようとしても重くて動かなくしてある。

ダーツを投げる順番はじゃんけんで決めていた。

「じゃあ。いっきまーす」

「んんんーーーーーー!!!んーーー!!!んんーーー!!!」

助けてやだと投げられたその痛切な悲鳴は無情にもダーツの矢は投げられた。

矢はお尻を大きく外し背中、左肩甲骨の真ん中下へ鋭角に刺さった。

「~~~~~~~~~~!!!」

椎堂の目からドボドボと涙は溢れていた。

それがダーツの針が刺さった事による痛みか辛くてこの世のものとは思えない悲鳴をあげている。

怖いだろう。後ろからダーツの矢が自分に向かってとんでくるのだから。泣きたくもなる。

椎堂の体は恐怖と痛みで震えていた。

そんな事はお構いなしにどこ狙ってんだよとかお尻を狙えと背中に点は入らねえだろと野次をとばす大学生たちの楽しげな雰囲気が狂ってるようにしか感じられない。

ダーツの矢は1人3本投げるルールらしく残り2本も投げられた。1本は右のお尻に

「ンーーーーーーーーー!!!」

そしてもう1本はお尻の穴に

「ん~~~~~~~~~~~~!!!」

いや、よく見るとお尻の穴のすぐ右横の肉部分のようだ。

そんな判定を狂人共がしてるのが聞こえる。

穴ならブルだがここはだめとか言ってるその口に矢をぶちこみたい。早く矢を抜いてやれ。椎堂があまりの痛みに床に涙がポタポタこぼれている。

もう止めてくれ。そう言いたいが口が切れて中が血で満たされててまともに喋れない。

本当にもう止めてくれ。こんなの見たくない。

そんな思いとは裏腹に、ここにいる大学生のダーツ仲間にでもなったつもりの奴らは25人。

それらが放たれたダーツが3本刺さったら椎堂の体から引き抜いてまた刺すの繰り返しが行われた。

中にはあまりにも刺しすぎて針とダーツの上部分とのジョイントが弱くなってしまった物もあったため針は椎堂に刺さったまま針だけ交換して再開された。

刺さったままの左のお尻。そのお尻には小さな穴ができている部分も20じゃきかないほどになってて非常に痛々しい。

投げられる間もすすり泣きが聞こえてくる。

そして一際奴らから歓声が大きくなった瞬間があった。

「すげえよ。本当に当てやがった」

どうやらお尻の穴に入ったようだ。

奴らは喜びを露にするなか椎堂は痛みで狂ったように呼吸を繰り返している。

そしてSOSの叫び声。

「でもこれじゃ3本ブルはできねえな」

と、冷めやらぬ興奮のなか1人の男がそう言いかけ。その言葉に椎堂の体がビクリとさせ。突然後ろから大声が聞こえてきた時の楓さん以上の反応をみせた。

「じゃあケツの穴広げるか」

その意見に賛成の意を示す傀儡共はダーツの矢をお尻の穴に入れようとした。

止めてほしい。その一心で必死に首を横に振り続ける椎堂。

「何やってんだオメーら?」

そこへ姉岳充が帰ってきた。

「椎堂さん!!」

横には氷見先生がいて裸で椅子に括りつけられている椎堂を見て一目散に駆け出した。

充が連れてきたのが氷見先生というのが意外だが確かにお胸のサイズはひけをとらないがしかし年齢的に大学生にはセーフなのかという疑問が浮かぶ。

まあ美貌は十分だからいけるのだろうが。

瞬く間に充から距離をとり、そのスピードのまま椎堂の元へと向かう氷見先生。

「椎堂さん!!椎堂さん!!大丈夫!?」

「ンー······ンー···」

涙混じりの椎堂の声に氷見先生は急いでロープを解こうとするがその前に輩に取り押さえられてしまう。

「あなた達放しなさい!!こんなことして、ただじゃ済まないわよ!!」

「懐かしいな~。氷見ちゃん先生が来るとは思わなかったぜ」

仁が口の端を吊り上げながらそう言うと周りの連中もうんうんと頷く。

「先生変わってないッスね」

「鳥梨(とりなし)くんも変わってないわね。やんちゃがすぎるわよ。だからその手を放しなさい」

どうやらここの奴らは氷見先生の若い頃(今よりはですよ?)の生徒だろう。

「じゃあ充。先生なら」

そう仁が確認を取り

「ああ、いくらでもいいぜ。先生もさっき言った通りお願いしますよ」

充の言葉に氷見先生がかぶせ気味に嘆願する。

「私はどうなってもかまわないわ!でも、椎堂さんは放してあげて!!」

先生も何も助けを求める間もなくこちらに来たようでジャージ上下をすぐ剥ぎ取られてしまう。

「んー?でもなあ。蓮ちゃんやそこの男が通報しかねないから通報しないように仕込まないといけないしなあ」

「約束が違うわよ!!!私の代わりに椎堂さんを解放するって言ったじゃない!!」

氷見先生がキレるところを初めて見た。

でも自分の教え子がズタボロにされる光景は阻止したいだろう。

その言葉をどこ吹く風とスルーして仁に疑問顔で向き直る充。

「で、何?そっちは蓮ちゃん使って人間ダーツって訳?」

「·······まずかったか」

話から察するに充には恩のある仁としてはあまり怒らせたくないのだろう事が少し上擦った声からも伺える。

「ん~~。おれとしては蓮ちゃんの初めてがもらえたらいいなって思っただけたから」

その条件なら充の要求には応えている。

その旨を仁が伝えるとにんまり笑顔になる充。

正直、この状況で野郎の笑顔なんて見ても反吐が出るだけだ。

「ならそのまま処女でお願いできるか。それ以外なら何でもしていいから。つか、逆に何でもして欲しいな。おれらに逆らえないように調教してさ」

椎堂が恐怖に震え、氷見先生が異論有りと充に噛みつこうと抵抗しまくる。

なにやら2、3人の大学生がスマホ片手に電話したりしてる間にどんどん人が来てるところを見るに仲間を呼んでいるのだろう。

これ以上増やしてどうするんだよ。

酷い事は俺だけでいいからいい加減椎堂と氷見先生を離してくれよ。

氷見先生にしたってここで大事があったら姉岳さんや外村先輩にも関わる。

「そういや氷見ちゃん。恵の養親になるって?どうすんですか?まだ結婚もしてないのに先に娘をもらうって」

充の発言に氷見先生が激昂する。

「聞いたわよ充くん!姉岳さんに暴力振るってたって!家族にすることじゃないわよ!!」

「嫌ですね先生。あれは剛の方なんで。おれは言葉でしか対抗しないんで」

「それでもって精神ボロボロになるまで酷い言葉を吐いて最後に優くんがグリセリン浣腸とコーヒー飲ませて拘束してトイレ禁止とか悪趣味よ。よく姉岳さん耐えたものだわ」

唖然としか表現できない。本当に姉岳さんよくそれで家に帰れたのが不思議なくらいだ。

それは中学生だから帰る場所はここしかないと諦めているのか。あるいは少なからずとも家族だからと正義感から帰る場所をここと決めているからか。

でも、姉岳さんも泣いていいのに。

泣ける場所は······

「姉岳さん泣いて話してくれたわよ」

やっと見つけたんだ。

そんな空気も知らずのべ40人を越える大所帯となった大学生共を相手に対抗勢力は3人ではどうしようもなく氷見先生をひんむいて襲おうとしたところ待ったがかかった。

「売り物に匂いがつくから自宅の2階に行こう」

ここのバーの経営者らしき男がそう言うと流石に聞くのかぞろぞろと上へ上がっていく。

何人かが先に上階へ行き、大きな段ボール2つと黒いガムテープを数個持ってきて俺達3人を目、口、手足を封じてミイラの如くぐるぐる巻きにされて無理やり大きな段ボールに入れて2階まで上がる。

「んーんーんーーー!!んんんーーー!!!」

俺の入っている段ボールにもう1人誰か入っているようだが誰だかは分からない。

が、どうにもそいつが2人も居るからきついのかじたばた暴れまくっている。

うーん。俺も体じゅう痛いからできればこちらに負荷のかかる打撃は与えないで欲しいがそうも言ってられないのが向こうの言い分だろう。

ま、これだけ動けるとなると氷見先生の可能性が高いが、だからなんだと思う。

俺だってこの後どうなるか分からないんだ。

命はあるとは思うが。

さっきのバーカウンターの木製をメインにした机と椅子と店内の景色から一切見えなくなったので今一体どんな状況なのか把握できない。

と、そこへ乱暴に落下された段ボール。

中身の俺と推定氷見先生はゴトンと体をぶつけて自然に落下する。

「せまくねえか?ここ」

1人の男がそう言った。

「この人数だとそうなるな。おい、誰か工場経営の奴居たらちょっと場所貸して欲しいんだけどいいか?」

誰ともなく仁がそう聞くと1人の男が名乗りを上げた。

なんでも知り合いに心当たりがあるようである。

その代わり氷見先生の一番目を譲る事を条件にしてそこまで行くことになった。

今ここに来たのにまた移動かよ。

できれば帰りたいけどそうできないんだよなこんちきしょう。

また段ボールに詰められ外の吹きすさぶ風の音を耳にしながら車に載せられる。


「ごめんね。ちょっと署まで来れるかな?」


なにやらそんな声が聞こえると思ったら大学生らがなんですかと対応する声。そして俺の近くで至近距離でベリベリとテープが剥がされる音。

というより顔のテープを剥がされてるから粘着剤で皮膚が引っ張られて傷も相まって痛い。

「うん。監禁の疑いで逮捕ね」

やはり警察官だった。この黒い制服のフォルムは以前にも見覚えがある。

あの時は楓さんとだったが、今回は氷見先生とか。後、別の箱に椎堂もいるだろう。

次々とパトカーに乗せられる大学生達。

「君大丈夫!?1人重傷者確認救急車要請して!!君話せる!?あの人達に何された!?」

俺の顔やらの状況を剥がした結果出た言葉だろう事は想像にかたくない。俺はまだ口の中が血で溢れてて話せないでいる。

「本当に酷いな。顔に火傷までさせるなんて」

いや、それはあいつらの責任じゃありません。別の人間です。

「こっちも救急車要請お願い!!」

別の方向からそんな声が聞こえる。

椎堂だろう。体に相当な数の刺し傷があるからの対応だろう。

でもこれでもう安心だろう。あとの事は警察がなんとか

「イヤアアアアアアアアアアアア!!!」

と、思った矢先椎堂から悲鳴が聞こえた。

が、状況を知ろうにもどうにも体が痛みで動かない為、傍に行くことができない。

「ちょっと離して下さい!!私あの子の学校の教師です!!」

俺の隣で氷見先生がキレ気味な声で警察に対応する。

「はいはい。その格好で外出るのはまずいのでひとまずパトカーまでね」

なんとか視線と首を回して警察官から借りたのだろう制服の上を着た氷見先生が掴みかからん勢いでいや、今掴みかかって捲し立てている。

氷見先生は裸の上にテープで巻かれていたようだ。

「なんで婦警が居ないの!?」

「今日は非番なんですよ」

「ならせめて毛布くらい渡してあげなさいよ!!なんで男が体じゅうを確認しながら救急車呼んでるのよ!!」

それは怒りたくもなる。椎堂が受けたのは背中からお尻にかけての刺し傷。救急に連絡するために見ず知らずの男に裸でそんなところをじっくり見られながら傷の具合を言われるのは、公務員である分大学生よりも質が悪い。

よく耳を済ませると陰部にも傷出血有りと言う声も聞こえてきた。

椎堂の精神はボロボロだろう。こんな事されて。

ごめん椎堂。本当に俺が悪かった。こんなことになるならお前に彼氏をつくるのにあんな方法とるんじゃなかった。

謝って済む問題じゃないのは分かってる。

だけどこの状況は辛すぎる。



その後の取り調べも行われ。その時になって警察へ通報してくれたのは姉岳恵さんという事が分かった。

姉岳さんは危険だからと警察からエリアに行く事が止められて見えなかったが椎堂への対応にぶちギレて自分のコートを無理やり椎堂へかけに行ったのは褒めたい。

パトカーの中での取り調べは椎堂にとって精神的ダメージが相当なものだった。

服は犯行現場にあったものを渡され着替える事はできたがその後の取り調べが過酷だったろう事は椎堂の様子から分かる。

何の躊躇もなく何をされたのか具体的に椎堂に聞いてきたようで椎堂の泣き声が違うパトカーで待ってるこちらにも聞こえてきた。

帰って下さい。家に帰りたいと小さな子供が駄々をこねるようなその声が心に痛む。

それでもズケズケと椎堂に大学生達の証言との照合の為だとかぬかすが椎堂が嫌がっているのは明らかだった。

でも椎堂もこのまま話さないと終わらないのは分かってるようでポツポツとあったことを話し出した。

そこを掘り下げての質問を1人の警察がするものだから余計に椎堂は話しづらくなり時間が長引いてしまい椎堂だけ後日署で取り調べるから帰っていい許可を出したのが午後10時の事だった。



その後、救急車に乗せられやってきた病院で治療を受けた俺と椎堂は別々の病室であり、肋骨を折っていた俺はしばらく安静にする必要があった事もあり、椎堂が布団をかぶって出てこない事を1週間経って氷見先生から聞かされた。

「俺、どうすればいいんですかね?」

「私だって分からないわよ。あんなに大勢の男達に裸を見られたら女子中学生なら傷つくわよ。かなりかかるわよ、あれは」

氷見先生も教え子がそんな状態である事に心を痛めているのが少し痩せこけた頬からも伝わるから痛々しい。

「ごめんなさい」

「ん?なんで都時君が謝るの?謝るのは充君達でしょ?」

俺は起こった事の次第を氷見先生に話した。

すると瞬間、憎いものを見る目を向けた

「都時君。恨まれるわよそれ」

「·········はい。分かってます」

俺の返答にたまらずといった感じで溜め息を分かるように吐く氷見先生。

そこへ姉岳さんも入ってきた

「おらぁっ!」

「ぐっ!」

入ってくるなりグーで顔を殴られた。

「お前!!自分がしたこと分かってんのか!?椎堂さん食事もしたくないって言ってんだぞ!!どうすんだよ!?今向こうの病棟行ってきたけどよ!椎堂さん一回病院食食べたらトイレ行く時お尻の傷に障って痛いのが辛いからってそれっきり食べなくなってるし!!栄養剤の点滴しようにも針に恐怖心を感じて暴れるから精神科病棟で全身拘束されて悲鳴をあげてんだぞ!!分かるか椎堂さんの気持ちが!?無理矢理流動食をチューブで口まで流し込まれて!!トイレを我慢しようとするから無理矢理グリセリン浣腸されて悲鳴あげながらベットで漏らして!!夜も首も動かせないでいるからハエに刺されただけで怖いって泣きながらオレに言ってくるんだよ!!お前のせいだぞ都時!!」

もう一度殴りたいとばかりに襲いかかろうとする姉岳さんを止めるのは氷見先生。

「そこまでにしときなさい姉岳さん」

「止めんなよ先生。先生も女ならお尻とか色々傷ついたら嫌なのはわかんだろ」

「気持ちは分かるわ。でも本当に許せないのはあなたのお兄さんじゃないの?それをぶつけられないから都時君にぶつけるのは間違ってるわよ」

図星だったのだろう。姉岳さんは目を赤くして涙混じりに怒っていた。

「········~~~~~!!ああそうだよ!!なんで充兄が半年で出てこれるんだよ!?椎堂さんは一生針に怯えて生きてくかもしれないのに納得いかねえんだよ!!今度は前を向かせてダーツしよう乳首を切ろうとか充兄がセックスしたら全員セックスできるんじゃねえ?とか言ったって椎堂さんは証言してるのにそれは聞き入れないとか!!兄貴は止めなかった罪だけとかおかしいだろ!?一生でてくんなあんな奴!!」

姉岳さんは言い出したら止まらなかった。

言った方は言ってない忘れたで終わりかもしれねえが言われた方は怖くてずっと震えてんだぞと。

俺と同じように顔に火傷を残すのも有りだなとコンロの火に顔に押し付ける方法、熱湯を顔にかける方法。熱したフライパンを顔に当てる方法どれがいいか多数決を取ってたとも言ってたそうだ。

耳を塞ぎたいけど腕が動かないからそれもできない。今こんな事されてる以上奴らがしない可能性なんてないことも分かってるから余計怖くて逃げ出したかったとも。

忘れたくてもあの時の事は忘れられないとも。

「それと―――――椎堂さんから都時への伝言」

姉岳さんはどこまでも事務的な声音だった。


「助けてくれない男なんて大嫌いってさ」


俺は何も言い返せなかった。それはそうだ。事実、椎堂を守れなかったのだから。

「·······以上だ。何か言いたい事はあるか?」

「姉岳さんはなぜ警察に通報できたの?」

姉岳さんが呆れてそこかよと呟いた。

「実は氷見ちゃんが連れ去られた時オレ、氷見ちゃんのマンションの中に居たんだよ。で、扉挟んで反対側で聞いてると充兄が脅迫してんのが分かったから、あとは氷見ちゃんのスマホからオレのスマホに居場所が分かるようになってっから止まった地点まで行って女子中学生が監禁されてますって通報したら後は人数等粗方伝えたら来てくれたっつう訳よ」

馬鹿だよなあの兄貴と、どこか出し抜いたのを嬉しがっている様子が口の端のつり上がり具合から予想できる。

じゃあなと言い残し氷見先生と姉岳さんが出ていく。

よくよく考えてみると氷見先生ひょっとして子供用のスマホ持たされてる?とか思ったが山登りが趣味の先生を心配して姉岳さんが持たせたのかもしれないと1人自問自答した後、今後退院したら椎堂と顔を合わせづらいなと考え事をしながら眠りについた。



それからしばらくした日

「悪いね都時少年。このヘタレがそこで動かなくなってたから遅れたけどよ」

と、右側に松葉杖を持った外村先輩が頭に紺色のニットをかぶったままそう切り出した。

「別に····ちょっと体調悪かっただけだし、お酒飲んだ影響で」

もう1週間もすればお酒は抜けるんじゃないですかね楓さん。

今日も俺の楓さんはかわいかった。

恥ずかしくて顔全体が赤くなってるとこちらも見てて嬉しくなる。

「てな訳でそんなアキくんにはこれ。ジャジャーン!」

何の突拍子もなく本上先輩が『コオロギパウダー』と書かれた袋を俺に差し出してくる。

「丁重にお断りします」

「まあそうおっしゃらずに。あ、ちょうどご飯の時間か。なら白米(ここ)へ」

ベット前のテーブルスペースに置かれた食器内の白米にかけおったぞ、この昆虫女。

やめろーーー!!!そんなもの食べて体調崩したらどうするんだーーー!!!

そこへなにやら悟りを開いたような顔をした外村先輩が一言。

「都時少年。これもここへ入院したものの運命だ。食べた方がいい」

あ、これ。この先輩も食べたやつだ

ようこそ昆虫至上主義の食糧へ。

やだよそんなウェルカムはいらない。

「クククッ!つかあれだ。タガメと繋がったらそうなるんだろうな」

そこへ星宮先輩も食べる流れにするべく掩護射撃をする。

イナゴがそんなに嫌だったのか。

嫌なんでしょうね。そうでしょうね。

「あ、ひどい。うちの時は頭がごっそりそのまま残った物があったのに都時少年のにはない」

知らんがな。そこは食品メーカーの采配だろ。

そこまで平等にせえは無理がある。

仕方なく俺は上側が茶色くなった白米を口にする。

これは味の薄い鰹ふりかけ。ただの鰹ふりかけだ。

それを1口1口食べる度に本上先輩が両手の上に顔を乗せてご満悦にしてるのを見ると悔しいが絵になるなと思ってしまう。

この人、無駄に顔のスペック高いからな。

これでこんなことしなければ絶対男の引く手数多なのに本当に残念でならない。

「······彰くん。間違っても本上さんに浮気したら分かってるわよね」

あっぶねえ!本カノがいるのを忘れてた!

「ゲホッ!ゲホッ!楓さん?本上先輩ですよ?ありえます?」

「む?そりゃあそうだけどルックスじゃ勝てないから」

「それはないですよ楓さん!7:3で楓さんの方が勝ちですから安心してください!」

「付き合ってる彼女としては10:0って言って欲しいんだけどなそこは!!」

んー?そこは本上先輩のスペックが成せる業ということで見逃して頂けると男としてはありがたい限りなのですが。

かわいい先輩でいったら楓さんと本上先輩がツートップなんだよなあ。俺の中ではだけど。

「今、向こうにケーとサエつったか?行ってるけどよ。ひでーんだってな」

星宮先輩の言うことに罪悪感を覚える。

「あー、わりぃ。実はここにいるメンバーはどっちかっつうとおめえの味方だよ」

「·······は?」

俺はさぞ間抜けな顔をしていただろう。でも、それもそのはずでまさかここで女の先輩方四名(一名は先輩か微妙)が擁護派だとは思わない。

「折れるまで殴られ蹴られされたらどんなものか知ってっからなあーしは」

「わたしは昆虫大好きな人の味方だからアキくんについてるの」

星宮先輩の理由に涙が出て、本上先輩の理由に涙が止まった。

いや、本上先輩?別に俺虫ウェルカムじゃないですよ?

「シドレンの精神的ダメージも心配だけど大勢に袋叩きにあって死んでない事が奇跡だしね。あれ、素人の暴行ってマジで死ぬケースあるから」

そう口にする外村先輩を受けてやっと話す楓さんは

「正直·····。彰くんが大勢の大学生に殴られてるって聞いたとき、死んじゃったかと思ったから····心配で·····わたし·····どうしたらいいかわからなくなって······」

少し泣いていた。

俺、こんなにも周りに迷惑かけていたんだ。

改めてそう感じた。

「楓さん······ごめんなさい。それでも今回は椎堂に配慮してない俺に責任はあります」

「まあそこはそうよね」

俺の意見にしらっと答える楓さんがいた事に驚いた。

「あのねぇ。別に完全に彰くんの味方じゃないわよわたし。この問題はそんな単純じゃないわよ?まず聞くけどなんで椎堂さんを見ず知らずの男に引き渡したのよ?」

「あ、いやその·······椎堂にも彼氏を作った方がいいんじゃないかと思って···」


「何の素性も知らない男と女の子を1人にするとか馬鹿?」


楓さんがキレていた。この人こんなにキレることあるんだとこんな状況下でありながら思ってしまう。

「いーい?普通の女子は見ず知らずの男子といきなり付き合いたいだなんて思いません。イケメンならいいかと思う場合もあるかもだけどそれはその人本人の価値観で決めること。決して他人が決めることじゃない。違う?」

楓さんによるガチ説教だった。

男なら町でかわいい女の子見つけたら素性がわからなくても即付き合うって感覚はわかってしまうが。よく考えれば分かることである。

「そんな出会いが事件に繋がる事だってあるんだから年収があるからとかそんな理由じゃなくてさ。過程が大事なの。お金も大事だけどさ。聞いてる?」

どことでなく他のお三方が退室していくのを見ていた俺ははっとして姿勢を正そうとしてあばらの痛みにベットの背もたれに体重を預けてしまう。

そこへああもうと言いつつ、俺のコオロギ飯をスプーンで掬って俺の口まで運んでくれる楓さん。

「さっさと食べ終わらないと看護師さんも困っちゃうから先に食べてからにするわよ。」

「なんで····そんな優しくするんですか楓さん」

さっきからやってることがちぐはぐで俺の頭が追いつかないでいる。

「とにかく食べる。食欲はあるわよね?········正直な話。彰くんの心配もあるけどわたしもお腹刺された時ベットに居て痛かったのがあるから気持ちは分かるし。今になってみたら充さんの誘いに絶対乗らない方が良かったんだって。彰くんの行動はやりすぎだけど正しかったんだって思えたからさ。わたしは彰くんの味方でいるって決めたの」

俺はついに堪えきれずに楓さんを抱き寄せて泣きまくった。

「あーもう。困った後輩彼氏ね」

楓さんは呆れながらもどこか嬉しそうな声音で優しく包み込んでくれた。











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