狂ったもの 都時彰編 12
椿さん、氷見先生に新屋敷先輩の事は任せることにして各々自宅まで帰っていく事に俺達一同。
その帰り道、ポツポツと雨が降りだした。
朝の天気予報では夜中から雨が降るとは言っていたがまさか午後6時で降るとは思わなかった。
椎堂と帰っている途中。まだ家まで歩いて15分はかかるぞ。
「はい」
俺が仕方ない走っていこうと思った傍ら、椎堂が鞄から折り畳み傘を取り出した。
「折り畳み入れといて正解だった」
そして自然と俺を中に入れて歩き出す。
俺も椎堂もそんなに身長は大差ないが、ここは俺の方が少し高いし男である俺が持つべきだと思いそう話すと
「いいよ。大丈夫」
とは言ってもこの傘では2人入ろうと思うとくっつかないと難しい。むしろくっついても肩はどうしても濡れるような。
「大丈夫じゃないだろ。椎堂は陸上やってるんだから濡れて風邪でもひいたら大変だし」
「平気だって。今のところ主な大会はないし。それにほら、私鍛えてるからちょっと雨に濡れたくらいじゃ風邪ひかないよ」
これはあれか。万が一服が濡れてスケブラしたのを見てもいいやつじゃないか。
「良くないから。はい」
と、いう思春期男子の思いを裏切る現彼女がおりましたとさ。
ええ。気づいてましたとも、後ろから傘を持って近づいてくるところを見てたから。
この人は気が利くというのか。
いや、多分他の女子とフラグをたてて欲しくない一択だと思う。表情が物語ってます。
この人は顔に出すぎるから読みやすい。
すると、今度は椎堂も不機嫌になった。
分かりやすい膨れっ面だこと。
「芹沢先輩ありがとうございますー。ではこれで」
そして楓さんから受け取った紺の大きめの傘を手に俺を置いて歩き出す椎堂。
「待ちなさい!その傘は彰くんに渡すつもりで持ってきた物だから渡しなさい!」
その態度に怒る楓さん。
「え?今都時は私の傘に入ってるから問題ないと思いますが?」
いや、椎堂よ。いくらなんでも俺でも今のは思考停止したぞ。
今俺と椎堂の間には1メートル程の距離が空いている。
これが俺と椎堂の思考の方向性の違いの差と言っても過言ではない。
お陰で俺は雨で濡れてしまっている。
すると実は頭の回転は速い楓さんは自分が今差している水色の大きめの傘に俺を入れてくれた。
「じゃあ、帰ろっか。彰くん」
さすがに小柄な楓さんが持つ側だと俺が入るのに少し屈まなくてはきついので俺が持つ事にする。
「·······いいんですか?芹沢先輩。門限決まっているんじゃないんですか。」
そうでしょうね。あの母親弁護士が彼氏を家まで送って遅くなったなんてあったら有罪にするだろうし。
「別に~?わたしの家から彰くんの家までそう遠くないし。それにお母さんの言うことは無視したし」
楓さん、ついにグレましたか。
母親との溝を埋める代わりなのか俺との距離が非常に近い事になっている。
でも俺の腕に絡んでもあばら骨の感触しかしない事を残念に感じてしまう自分がいる。
ただし女の子の甘い匂いがするのも事実なので楓さんをなんとか女の子判定できているからギリフラグ成立。
あ、でも既に付き合ってるんだしフラグも何もないか。
この状況に含み笑いする楓さんを直視して面白くないだろう椎堂がようやく俺に傘を渡してくれた。
そして今度こそやっと家まで帰る段取りがついた。
「じゃあ、また明日学校でね。彰くん」
そう言って小さく手を振る楓さんを見ると心が癒される。
うん。やっぱり胸は小さくても俺の楓さんが一番かわいいな。
「···············ふん!」
帰るために振り返り様椎堂に足を踏まれたが。
なんですか!?なんですかこれ!?俺か!?俺が悪いんですか!
そうして翌日、学校で授業を受け、放課後に文芸部の部室を覗くと鷹峰先輩と楓さん。それに星宮先輩、本上先輩がいた。
「新屋敷さんは体調不良で欠席よ」
あのいじめを受けて学校に来れるとは思わなかったからそこは当然だろう。が、これ以上の話はただの後輩には教える必要性はないし、そもそも楓さん達が知ってるかもわからない。
それでも聞くだけは聞く事にする
「それは氷見先生情報ですか?」
「てか、引きこもるだろ」
そう言い放つのは星宮先輩。
「あーしだったらそうするし、実際引きこもったことあるし」
前なら見た目のイメージからガサツで鋼メンタルな星宮先輩が引きこもりなんてと思うがモール教からの拷問や殺人の後で学校に行きたくないと思っても不思議はない。
「ほら。あーしだけ夏休み延長的な?」
場の空気を取り繕うとするが皆が星宮先輩をそれとなく気遣って過度な反応はしないようにしてるのが見てとれる。
「リブライテッドは次元の間にて未開の領域を切り開く事になるそうだ」
鷹峰先輩が中二病スタイルを決めながら訳のわからない事を言い出した。
分かったのは新屋敷先輩の案件だということだけだ。
「はあー·······鷹峰くん。空気読もうよ」
本上先輩の口から言われる事に内心涙する俺。
空気の読める先輩なら後輩の下駄箱に蠢く黒色生物を入れたりしませんからね。
空気の読めなさならこの人の方が上だと思う。
「本上よ。汝もそろそろ昆虫食を勧めるのを止めねば誰も絶対領域への侵入は不可能になるぞ」
ん?絶対領域云々はともかく前半部分に気になるワードが
「あの·······本上先輩?昆虫食とはなんぞや?」
「え?アキくん?わたしを·······た·べ·て?」
ズキューーーン。
いかん。なまじっか顔は普通にかわいいから恥じらいながらの上目遣いでその台詞は中学生男子には刺激が強すぎる。
だがしかし鷹峰先輩は引っ掛からない。
まあ、中二病のせいかな?
いや違う。これは本上先輩の胸揉み事件の時と同じ流れだ。
それは分かってる。分かってはいるが据え膳食わぬは男の恥とも言うし本上先輩を押し倒した。
「クスクスっ。じゃあ目を閉じて」
なんかのっけからおかしな感じがする。
だが既におかしな雰囲気ではあったがこの程度の違和感は許容範囲内だと自分自身に言い聞かせる。
女の先輩に恥をかかせる訳にもいかず俺は言われるままに閉じて次の展開を待つ。
そして唇に柔らかい感触を感じたところでドタドタと騒がしい音がしたので思わず目を開けて見ると楓さんと本上先輩が取っ組み合いをしていた。
「あんた目の前で人の彼氏にキスするってどういう神経してんのよ!!」
「違うよ。この流れなら舌を入れたいから口を開けてって言えるじゃない?そしたらこの田鼈スナックをパクリって」
あ~········昆虫食って本当にガチのやつ食べさせるつもりだったのかこの先輩。
でも本上先輩もこうなることは分かってたんだからキスなんてせずに直接食べさせ········ようとしたら逃げるな俺なら。
「·······なんか彰くんの顔が気に入らないからそれ食べさせて本上さん。彼女が許すから」
それ酷くないですか楓さん!?
ねえ!?彼氏に昆虫食を食べさせるか否かの権利は付き合ってる彼女にはないと思うけど
「てな訳で。んじゃ皆々様ご協力お願いします」
「ちょっと楓さん!!星宮先輩!?離して下さい!!ねえ!!鷹峰先輩も窓の向こう見たって何もないから助けて!!!本上先輩の唇と田鼈スナックじゃ釣り合わないからさ!!」
いやもうマジで体全体そのままの奴が目の前にくる光景は恐怖でしかないんだけど
「大丈夫大丈夫。わたしもさっきこれ食べたからさ」
だからか。なんか生ゴミみたいな匂いを微かに感じたんだけど。
この人は駄目だ。もう女子として終わってる。
舌を入れてこなくて良かったと思った方がいい案件だなこれは
正直今口の中に田鼈が入ってるんだけど気にしたくない。描写したくない。
もうさっき本上先輩とキスした時の匂いが10倍くらいになっている。やだやだやだ!
今すぐ吐き出したい。てか吐く。触覚が口の内側に引っ掛かる感じがする。これ生ゴミだろ。人間が食えるものじゃないって絶対。
もう体裁を気にしてられないくらい匂いと味に拒否反応を起こしその場でそれを吐き出す。
楓さん、星宮先輩が俺からすぐさま距離をとる。
できれば最初から離れて貰いたかった。
「あ~あ。もったいないな」
しょんぼり顔の本上先輩が床に仰向けで落っこちた田鼈スナックを容易く拾い自身の口に入れてバリボリ噛んで食べだした。
その場にいた奴らはドン引きである。
これはひょっとしなくても皆河さんを越える変人ぶりだぞ。
しばしのドン引きの時間ができた後、俺がなぜここに皆集まったのかを聞いてみると
「ワタシらも来たってえええ!!」
バタン!と音がした方を見ると平間さんが頭を抱えて蹲(うずくま)っていた。
「にししっ!そこ低(ひき)ーだろ?あーしもやったから分かるぜ」
星宮先輩が笑って言った。笑い方が悪人っぽいのは今更ながらその話しぶりからすると背の高い者がよくやる扉の上側に頭をぶつけるとかいうやつだろう。
男子の平均値の俺には無縁なのだが。
ここの2人は問題視しているらしく両者で話し合いが始まった。
「本当だって。部室も入り口低いからさ着替えるとき屈まなきゃいけなくて大変だし」
「あーしの場合あれだな。ガラの悪い女子生徒にすぐ絡まれるのは厄介だなと思うとか」
「分かる!一回街中でそれやられたし。それもコンビニでタムロしてたヤンキーの野郎に」
「うわー。めっちゃ迷惑なやつじゃんそれ」
「ごめんそこ話してねえで入ってくれねえか?後がつっかえてるんで」
ん?と俺は不審に思った。
平間さんの後ろには巨乳の横の丸み部分がジャージの上からも見えるから椎堂だろうと分かるが椎堂の声じゃなくこの男勝りな声は
「姉岳さん?養子の事はいいの?」
「生徒のいじめって聞いたら居ても立ってもいられねえから来たんだよ。今日は氷見ちゃんだけでいけるみてえだし」
正義の塊がやってきたと
「平間も入ってくんねえか?後江戸っ子とキラキラのがいっからよ」
もうその説明で誰が来るか分かったんだけど
「その人数ならさ文芸部室(ここ)じゃなくて図書室(そっち)にしないか?」
さすがに7人も安アパートの一室のようなスペースに入るときつい。
特に女子の匂いを浴びる男子としては大変な事になる予感がするから。
「んだな。桜都手先輩も来るし」
「えーーー!?アレ呼んだのーーー!?」
楓さん自分のクラスメイトをアレは止めましょうよ。
「で、その当人は何処へ?」
誰よ呼んだのと楓さんが聞くと手を挙げた平間さんに鷹峰先輩が行方を尋ねる。
「多分浅間(あさま)先輩と来るんじゃないかな?1人じゃ来ない人だし片付けの当番だったしあの人」
陸上部の片付けとはなんなのか聞くとその桜都手先輩は高跳びの選手らしくマットやらバーやら片付ける物が多いらしい。それを皆でやればすぐ終わるが自分が副部長であること。人付き合いが苦手な事。仲の良い男子部員である浅間宙(あさま ひろ)という人と片付けする日課になってる理由から遅くなるのだとか。
デキてるんですか。そうですか。まあ俺もデキてるから良いんですけどね。
しかし。11月下旬ともなると最終下校時刻も16時30分と早いから話す事があるなら早く来て欲しいところではある。もう残り20分もないくらいだ。
「あ、そうそう。新屋敷さんは通信教育を受ける事になったんでしょ?鷹峰くん」
そう聞き返すのは本上先輩だった。
ああ。さっき鷹峰先輩が次元がどうのとか言ってたのはそういうことか。
「フフフ。本上よ、やはりお主もこちらの人間のよう」
「じゃないから。逆に虫属性になるなら大歓迎だよ」
「蟲遣いは地属性の分野だから駄目だと言った筈だが?」
こっちはこっちで話し合いが平行線を辿りそうな感じがする。
「で?話しってーとその新屋敷ってのと、こぞって遊ばねえかと聞いたがそれで良いかい?」
あの青髪江戸っ子が言ってるのだろう。
「そのために今日は皆の同意と予定と新屋敷さんとのアクセスをどうするか相談するのが今回集まった目的だから」
楓さんがそう仕切る事に我が子の成長を喜ぶ親のような気持ちになる俺。
「悪い遅れた」
そう言いながら図書室の引戸の開ける音をさせる男子生徒の声。さっき話に挙がった浅間先輩だろう。
「····ボクら待ちだよね。ごめんなさい」
その後、ギャルゲーなら主人公の親友ポジションにありそうなイケボが聞こえてきて俺は疑問を浮かべた。
おかしいな。さっき浅間先輩の声は聞いたからそこは間違いない。
あ、そっか。
「平間さん。もう1人呼びました?」
すると、目を細め·····最初から細いけど線のような目で屈託なく笑いながら
「さっき聞こえたのが桜都手先輩だよ」
は?
俺は図書室に向かうとそこには姉岳さん。木場さん梶姫さんに囲まれた女子生徒がいた。
うん。セーラー服を着てるし間違いなくこの人が桜都手先輩なのだろう。
だが、その桜都手先輩は口をあうあうと動かしながら硬直してしまっていた。
「あんた。男?え?声?おかしかねえかい?」
江戸っ子口調の木場さんが言うのもどうかと思うが
「ねえねえ?もう一回声聞かせて?ねえ?」
梶姫さんがワンモアプリーズしているようだがさっきの美声は梶姫さんを虜にしたのか。
でも、え?2人の話を総合すると
「ごめんね。桜都手は人と話すの苦手だからさ。ちょっと離れてくれるかな?」
ニコニコ笑顔でさりげなく桜都手先輩と椎堂のお供を引き離す浅間先輩とやら
「浅間先輩ですよね?」
「うん。君が都時くんだね?芹沢さんと付き合ってるって」
この人のニコニコは人を惹き付けるものがあるなと感じる。こちらまで自然と笑顔になる。
「ちょっと!!」
付き合ってる発言に反応する楓さん。
「あれ?違った?」
「そ!·······そうだけど」
楓さんの恥じらい顔に彼氏はご満悦です。
椎堂はこの状況に面白くないと顔に書いてあった。
「あのさ。言っとくと桜都手先輩ってこの声だから男みたいって弄られるから話さないんだ。だから弄ったりしないようにね。特にそこの2人」
続けざまに椎堂は自分のクラスメイトに注意を促した。
「うーん。代わりにレンの姉御のおっばいを揉ませてくれんなら」
「分かった分かった」
「確かですかい?いつも姉御は反対するってのに」
「反対してもあんたやるだろ。それで先輩を弄らないなら問題なしだよ」
「よし言質は取った」
なにやら椎堂は自分の首を絞める···いや、胸を揉まれる行為をしていたが、幼なじみとはいえ、そんなものは中学まで一緒ならいくらでもいるし。え?家が隣?関係ない関係ない。
いいのです。仲良くしてても今は楓さんにぞっこんなのでモーマンタイ。
さっそく胸を揉まれている椎堂が嬌声をあげているのを「椎堂うるさい」とドスの利いた声で告げるのは平間さん。
「いいわよねー。胸のある人は揉めるから」
おやおや。そんなことを言うのは俺の彼女ではありませんか。
「つーか。声がどうだろうが胸が大きかろうがいいだろ。んなもん」
姉岳さんらしい竹を割った意見である。
まあ。男勝りな女子がいるなら男の声の女子がいても受け入れるか。
でも胸どうこうの話はしない方が良かったと思う。だって戦闘態勢に入る輩がここには2名いるんだから。
「うっせー!!この胸部脂肪がーーー!!」
ほら、ナンバー001陸上の平間が突入した。
「なんなんだよお前はよ!!胸の事になると毎度毎度」
いやね姉岳さん。男子の意見を言わせてもらうならそりゃあ胸が大きい女子に興味はないかと聞かれたらあると即答するくらいには存在意義があるのだよ。
「後輩。なめた口聞いてると痛い目みんぞ」
楓さん!その発言は彼女として女としてアウトです!
いかん。ここは話題を変えよう。
そう思い図書室を見渡すと国語担当の三吉大可(みよし おおか)先生が扉を開けたところにいた。
氷見先生より少し年上とはちらっと氷見先生から聞いた事はあるがそれを確かめた事はない。というより確かめたくない。
そういうのは怖いイベントしか待ってないのは分かってるからだ。
しかし····。氷見先生はジャージでいる事が常ならばこの先生は足元まであるワンピースにジャケットを羽織った服装をしてる事が常なのだから面白いものだ。
「もう最終下校時刻だから·····ね?」
そうですね。
ここで教師に反抗する生徒はいないので揃って靴のある下駄箱まで向かい帰る段取りにする。
「とまあ。最終的には新屋敷さんと遊んで友好を築こうとする方向でいくけど。それまでは鷹峰くん1人で新屋敷さんの部屋の前まででいいからそこで人との距離を回復できるまでにするって事でいきたいからその相談だったんだけど、皆それでいいね?」
「我?」
あっけに取られている鷹峰先輩を置いて他メンバーは異議なしの一言である。
そこで楓さんは鷹峰先輩の胸ぐらをつかんで
「いい?無理矢理はだめだからね。でもいつまでも距離を置きすぎるのもだめだからよく考えて行動すること。いいわね?」
「は!はい!」
今この現場を赤の他人が見たらカツアゲなんじゃないかと言われてもおかしくない事になっている。
「そもそも鷹峰先輩って新屋敷先輩の家知ってるの?」
そんな疑問を姉岳さんが呈すると
「ふっ。嘗めるな後輩よ。これでもお互いの絶対聖領域(サンクチュアリ)の鑑賞は既に済ませてある」
「なんだろう。普通に部屋に入っただけの筈なのに、そこに禍々しいものを感じるんだけど」
おや、本上先輩がサンクチュアリに反応した。
「おお本上よ。汝も闇属性の適正が」
「ないないむしむし。じゃあわたしはこっちだからばいばーい」
鷹峰先輩に対し軽く無視をする本上先輩。
日は変わり、俺の目下気になる日がやってきた。そう、楓さんと姉岳充の食事会だ。その妨害は椎堂に無理矢理映画を観に行かされることで頓挫した。
「はーーーなーーーせーーーーーー!!楓さんに忍び寄る魔の手を取り除くんだーーー!!」
「はいはい。いいから手すりを掴んでる手を取り除こう」
俺は以前、姉岳さんと皆河さんとで来た事のあるショッピングモールへと連行された。
俺は知らなかったが、ここは映画館もあるようで今日が観たい映画の放映最終日だからと言ってここまで持ち前の脚力で瞬く間に楓さんから遠退く光景を味わうことに。しくしくしくしく。
で、ただいま映画館エリアのポップコーンとか買うところにある手すりに掴まり応戦中。これをかれこれ1時間は経過しているから椎堂も少しイライラしているご様子。
俺は楓さんを守れなくてイライラしてるんだ。まだ諦めないぞ。
「もう!子供か!」
「中学生は子供だよー」
俺の屁理屈に呆れて1人にしてくれればいいがこれでも椎堂は折れてくれない。
「分かった。帰ったらおっぱい見せてあげるから。ね?だから今日1日付き合ってよ」
「·······それは下着で?それとも」
椎堂の顔がひきつった。
「はあ~~~。なんでこうなったのかなぁ」
ごもっとも。別に家が隣なだけだし、普通はここまで距離は詰めない。
が、しかし。付き合いが長い故か、一緒にいて悪くはないのは事実だ。
「────いいよ。だから今日は」
「楓さんに電話したい」
「··········どうぞ」
椎堂なりに羞恥をかなぐり捨てた譲歩なのだろうが。俺は楓さんの事が心配なんだ。声を聞かなきゃ安心できない。
あれ?俺、このままだと彼女を束縛するタイプの男になっちゃう?
だがもう通話モードになっているスマホは左耳にあてている。もちろん、相手は楓さんだ。
『彰くん、わたしは大丈夫だから。椎堂さんに付き合ってあげて。』
おや?俺の楓さんの元気がない。これは充さんにひどいことされたのではないか。
「楓さん。声に元気がないですけどあの獣に何かされましたか」
『言っていい?朝の6時にわたしの家に彰くんが押し掛けてきて手錠やらスタンガンやらでわたしを拘束して外出できなくするのを必死で阻止して。その後9時になるまで大丈夫って彰くんに言い聞かせて充さんが来る前に椎堂さんが連行するのを補助してたらそりゃあ声に張りがなくなるとは思いませんか?』
今日くらいは椎堂さんといても許すからと言い残して、本日3度目の通話を切られた。
楓さんが俺に冷たい。
俺はただ、あの男が楓さんに迫るのは納得いかないだけなのに。なぜ楓さんはわかってくれないんだ。
すると、ラ〇ンからメッセージと写真が。
『後でハグくらいなら許すから椎堂さんの言うこと聞いてね』
短いポニーテール姿でウィンクしてる楓さんの写真がついてきた。
「椎堂!早く映画に行こう!何をこんなところにつっ立っているんだ。他のお客様の迷惑じゃないか」
「き、君ね~~~~~!」
椎堂がぷるぷる震えて怒りだしたその矛先は俺のお尻にローキックという形で霧散され椎堂は痛がる俺をそのまま映画館へ連れ出した。
見る映画はどうも今流行りの恋愛物のようだ。
椎堂がこういうのを観たがるとは知らなんだが、まあ。楓さんからのOKも出たし椎堂が観たいというなら付き合いますか。
俺は椎堂が買ってきたキャラメル味のポップコーンに手を伸ばす。
すると、そこに椎堂も手を伸ばしてきて手が当たった。
「「あ」」
そう声も当たったようでお互いこの状況に笑顔を浮かべる。
「悪くないな。こういうのも」
「都時。まだ映画も始まってないのだからそういうのは終わってから言うものだと私は思うが」
「そういう椎堂さんはもうスポーツドリンクのLを半分くらい飲んでるようですが大丈夫ですかね」
ハハハと笑う椎堂だが、俺は知っている。
こいつ、何気に緊張していると
「まさかとは思いますがあれだけ陸上県大会常連の椎堂さんが緊張なんてする筈ないですよねえ」
「ムッ!私だって緊張くらいするよ。陸上にしても今にしても······まあ、その────今の緊張はベクトルが違うというかなんというか」
ピロリン♪
「待って!今のは消して!消せーーー」
だって羞恥顔の椎堂なんて激レアなんだもん。これは男の性で撮ってしまってもかまわないと思う。
俺は携帯の電源をマナーにしてポケットに入れる。椎堂がそのボケットに手を伸ばそうとするが俺の腕に双丘がまんべんなく触れるだけでそこまでに至らない。俺が妨害してるから。
「お客様。後ろの方のご迷惑になりますので席で大人しくお待ち下さい」
事実、後ろの客からの不機嫌な視線に晒されているので椎堂も怒りの視線を向けながらも素直に座り直す。
小声で「後で覚えてろ」と言い残した頃には明かりが消え宣伝から始まっていく。
映画を見終わった俺達はショッピングモール内のラーメン屋で話していた。
「椎堂。トイレは最初に済ませとこうな」
「うっさい。誰のせいで行き損ねたと思ってるの」
あの時の俺達の席は一番前の真ん中というなんとも途中退席すると目立つところだった為、椎堂も我慢する方向でいたが。俺が椎堂のお腹を思いっきり押さえたりさすったりしていた為。椎堂が涙目で怒っていたのは良き思い出である。
それでも堪えた椎堂偉い。さすが陸上部エース。
「いや。都時くんあれは椎堂がかわいそうだから止めてあげて」
実はあの時同じ映画を観ていた平間さんも合流したりする。
「もう、挙げ句には私に無理矢理自分のドリンク(珈琲)飲ませてくるし。もはや拷問じゃないか」
「でもしっかり飲んだのはなぜ?」
「いや、その▪▪▪▪間接キスくらいなら芹沢先輩も許すかなって·······」
まあ、こんなこと楓さんに報告できないしね。お互いに
秘密の共有って素晴らしいね
「だ、そうですがこんな椎堂をどう思いますか芹沢先輩」
『公衆の面前で漏らせば良かったと思います』
正義の味方平間ライダーがしっかり報告してくれましたとさ。あらめでたくない。
「芹沢先輩!私漏らしかけたんですよ!じゃなくて。これは誤解です」
報告が済んだら通話を切る平間さん。
平間さんがスマホを見せた事で俺もマナーを解除するとそこには楓さんが残した呪怨がたんまりと
おかしいな。観たのは恋愛ものだった筈なのに画面はホラーになっている。
もうここまでくると『死ね』が見慣れたものになってくる。
慣れって怖いね。
「まあ、ここはあれだ。ワタシも一緒に回っていい?」
その申し出を受け入れる男女2名。
「平間さん。ああいう映画観るんだね」
「ま!まあ!ワタシも女子だしね」
「まーその細い目でどこまで見えてるか定かではないですが」
「うるへー。これでもちゃんと見えてるわい」
こちらの冗談に乗ってくれる優しい平間さん。
「でも佐江。細いよね?目それ思いっきり開けてそれなの?」
平間さんの目は5ミリにも満たない幅で見開かれている?よく見ると若干黒目と白目の境がわかるレベルだった。
「頑張って開けてるんだよこれでもー。文句あっかー」
言われ慣れてるのか、そんな台詞がすらすらと出てきた。
「でも平間さんもスタイルいいよね。背高いし」
だがこの一言は許せなかったようで
「ええ。一部を除いてね·····。だからその一部を分けてくれ椎堂!」
「無理だって前から言ってるのになんで聞かないのかなこの子はーーー!!!」
椎堂が着ている紺色のパーカーを剥かれ、黒色のシャツも剥かれかけ黒色のブラが見える頃になって。小さな機器から注文してたラーメンが出来たことを知らせるアラームが鳴り出したのが強制終了の合図のようだった。
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