狂ったもの 都時彰編 8

そう言いながらもヨロイモグラなんとかを持ってグラウンドまで向かう本上先輩。

「ほーら。帰んぞトーキ」

下駄箱の影から星宮先輩と新屋敷先輩が出てきた。

まあ、今の今まで恐怖のGがいたら普通の女子は避けるよな。

そう、本上先輩は女子じゃない。

女子は見た目だけじゃない。心が女子じゃないと愛せないという事がよくわかる話である。

俺は本上先輩から解放された喜びもあって手早く靴を履き替え、星宮先輩の後ろについていく。

その配置は必然、新屋敷先輩の隣になるわけで

「新屋敷先輩。大丈夫ですか?なんならまだ保健室で休んでた方が」

「いや、ううん。大丈夫。フハハハハ!我の心が何の能力も持たない一般人に負ける訳などないのだ!そして、闇属性ダウナー能力の我には幻術などは魔力退化させることができるからその手にも引っ掛からないのだよ」

「·······新屋敷先輩。無理して中二病キャラ演じなくてもいいんですよ」

「それは違うぞ眷属よ。そもそもこの我も我所以なのだ。これがあるから同族とも巡り会えたのだからな。ま、汝ら流に言うなら同じ趣味の仲間という奴だな」

「そうですか」

まあ、人間二面性くらいはありますよね。

楓さんはやばすぎですけれども。

「ニシシシッ!男の友達だもんな。ケーもよぅ。ちゃんとそこまで言うべきじゃねえのかそこは」

俺は目を丸くした。

うそん?

「あ!いや!そりゃ!そう、なんだけど!も······ほらこういう空気になる!嫌なんだけどこういうの!」

「えー·······とーーーーーーーー·········それはそれはおめでとうございます?」

「違う!違うぞ!!絶対眷属が考えてるような間柄ではないからな!!あくまで闇の者が集いし時の習わしがあってだな!!」

新屋敷先輩が顔を真っ赤にして反論している

眼帯、包帯、前髪のせいで顔の露出部分を狭めているが、にしても分かりやすいくらいに真っ赤である。

いや、しかしあれだな。

包帯と前髪の長い中二病の怖い先輩と、

切れ長の目、目のすぐ上まで被ったバンダナに笑っても悪人面の怖い先輩。

どんなに心が女子でもこの見た目は女子ではないだろうと思ってしまう。

いやいやいやいやいや。もちろん。性格は良い人なのは分かってますよ。分かってますけれども。

ちょっと女子としては見た目のアドバンテージ取れないんじゃないかなあーーーっと思ったり思わなかったり。

「なんか我らに失礼な事を考えてないか?眷属よ」

なんで分かるんですか!?

「あ、そういえば星宮先輩は楓さんにどんな印象持ってます?」

「ん?かえか?かわいいし、ヘタレでいじめたくなる奴ってとこだな」

「気持ちは分かりますがあまり苛めると拗ねるのでほどほどにしてくださいね」

「わーってるよ。そもそも平和主義だしあーし」

失礼ながら、この先輩が平和主義っていうのは意外だと思った。

校門を出た道すがら、俺の家とは反対の右へ折れてからまっすぐ進むこと10分程の所で星宮先輩は右に顔を向けた。

ここが星宮先輩の家か。

家は2階建ての洋風だった。

白を基調とした高級感のある印象を抱かせた。

庭もあるようでこちらは、家の半分ほどの広さだが、そこには高級車が1台停まっていた。

ポルシェの356Aとはまた古風な車だこと。

黒ずくめの人たちが乗ってる訳ないですよね。

個人的には黒色のボティに魅力を感じたりするがこのメンバーに言っても共感してもらえないだろうから自重しておくことにする。

黒色だと指紋や汚れが目立つことがままあるが、手入れが良いようで綺麗な光沢を保っていた。

「ここがふみんち」

「なんでここで振り向いた!?」

じゃあなにか?今日もここに男を連れ込んでるというのか?

娘が大変な時に男に家も車も貢がせたんだろうなという目で見てしまう。

「ま。知っておいて損はねえじゃん」

「もう、こっちに玲子さん振り向いてるんですけど!損する空気満載なんですけど!!」

今日の所は用事があるのか窓からこちらに手をふるだけに止めてるが、今後は家に呼び出されるかもしれないと思うと、良い気がしないのだが、

すると俺のスマホが振動する。

このタイミングは嫌な予感が

『家に入って良いから文乃の下着持っていって。ドアに文乃の部屋と書かれてるから分かるわ』

ここまでこき使うか、この母親は

何をどうすればただの後輩に女性の先輩の下着を持って行かせようなんて考えるんでしょうね。

彼氏(生徒会長)使えよ。彼氏を

だが、従わないのも難なので仕方なく家に上がり、一階を探索。玄関上がってすぐ右側は10畳ほどの台所。その次の右手側には洗面所場兼お風呂場。こちらは洗面所が5畳、お風呂場が3畳といったところか。こうして見ると外から見た豪華な外観と相対的に地味な印象を受ける。

他にお金を使っているのだろうか。

メイクですか。整形ですか。そうですか。

さて左手側は壁。ではなくその先を左へ折れると階段になっていた。

まだ一階には先があり、階段の先左手の扉を開けると洋式トイレが1つあった。

さらにその先に行こうとするとちょうど階段から降りてくる玲子さんが制止の声を出す

「そこはワタシの寝室よ。今からお楽しみだから2階へ行ってちょうだい」

探せって言ったのはどこの誰だよ。

「まあ、お相手の男の人さえ良ければ3人でというのもありだけど」

「ご遠慮します」

「明日ならフリーだけど」

「重ねてご遠慮します」

「つれないわねぇ」

何があって32もの女性を抱かなきゃいけないんだ。

汚れた女なんて特に嫌なことこの上ない。

「2階の奥が文乃の部屋だから」

なら最初からそう言ってくれ

言われた通り2階へ上がり、すぐの扉の先には大量の服がところ狭しにかけられているのが少し開いた扉からでもわかる。

さっき玲子さんを見たのもこの先にある窓だったからここは玲子さんの服を置く所か。

自分の物に部屋を割くとは娘に申し訳ないと思わないのか。思わないでしょうね、あの人だもの。

さて、言われた通り行くことにすると奥の扉にプレートで『文乃の部屋』とかけられていた。

なるほど、ドアの鍵は内側からしか掛けられないものときたか。

ドアを開けたそこは20畳もの洋室だった。

ドアからすぐに目に入った10畳ものスペースにはメイクする為だろう。化粧棚が奥の壁の左半分を取っている

そして手前には上着をかけておくハンガーラックが置いてあった。

中はこの11月には必須であるコートやジャンバーがところ狭しにかけられている。

黒色や白が多く、その次は青、3番目に多いのがピンクなのは少し意外だった。

ただ、床に女性下着が置いてあるのは反応に困る。結構、こういうところずぼらなんだな外村先輩。

まあ、世の中には家の中は裸で生活する32歳女性教師もいるくらいだし、そう考えるとまだマシかなと。

いかんいかん。今は下位争いを考えてる場合じゃない。

10畳分の真ん中まで行った所で引戸で仕切られた右を見るとそこはベッドルームだった。

ピンクを貴重としたツインのそれはいかにもなホテルを想起させる。

行ったことはないけれども。

ベッドの縁や窓辺、さらに洋服箪笥の上にもぬいぐるみがたくさん置いてあり、メルヘンチックな様相を呈していた。

今日は色んな先輩の意外性が分かる日だな。

こんな事は滅多にないので、この部屋全体の写真をスマホに残しておく。

ふむ。我ながら見事な構図である。

そして、下着を物Sゲフンゲフン。探す為、俺は近くにあった箪笥に手をかける事にした。

ふむ、一段目は靴下とパンツあった!ブラジャーもある。よし、これを····どうしよう。手ぶらで持って行ったら確実に怪しまれ捕まる奴だなこれ。

通学鞄の中······はなんか盗んだ感が半端ないので左のクローゼットを開けると様々な鞄が入っていたので俺は手近にあった黒い肩がけの鞄に入れるだけ入れて家を出る。

「おまたせ」

ここまで待たせた星宮先輩と新屋敷先輩にお詫びを言う

「な、なぁ。この家、なんか·····アレな声が聞こえるんだが」

まぁ、帰る時もすごい声出して喘いでいたから外にも漏れるわな。

こういう事にあまり動じなさそうなイメージのある星宮先輩が恥ずかしがっている。

新屋敷先輩に至っては、背を向けている始末である。

「まあ、気にしないでください。外村先輩の母親の声なんで」

「気にするだろ!なんで夕方からおっぱじめてるのかわかんねえんだが!」

大人になれば分かるだろう。多分

「ごめん。俺、外村先輩に届け物があるから」

「待て」

そう星宮先輩から言われたら止まらざるを得ない。

「あーしの家まで行こうか。その方が車があるから行けるし」

まあ、ここから水居市民病院までは5キロはあるなら、その方がいいか。



そうしてしばらく歩き、見えてきた繁華街を途中まで行った先の右にあるカラオケ店を右へ曲がりさらにずんずん進んで住宅とお店が混在しているエリアの中に神社があった。

そこへ星宮先輩が入っていく。

「ここが星宮先輩の家ですか」

「そう。おじーーーちゃーーーん」

そこには人の高さの2倍はある直方体で細長い石に『稲瀬神社』と彫られてあった。

石造りの鳥居を抜け、見えてきたお清め処

で手水を使い、手をきれいにしてからさらに中へ。

新屋敷先輩もおずおずと俺に続いて進んで行くなか、ここの者である星宮先輩本人が手も清めず社も無視してその奥にある家屋へと向かう。

「おじーーーちゃーーーん!!帰ったよーーーー!!」

すると、その家屋から光輝かしい頭と人の良さそうな笑顔が特徴的な老人が腰を足と直角くらいに曲げた姿勢で出てきた。

「おおーー、婆さんか。今帰ったかい?寒かったろうに部屋のこたつにでも入りなされ」

「おじいちゃん!!あーし!!ナハシ!!」

どうやら、老化が進んでいるようで。

俺も将来こうなるのかなとか、今考えてもどうにもならないことが思い浮かぶ

走ってお爺さんに追い付いた星宮先輩がお爺さんの耳元で大きな声を出すが慌てた様子ではないことから、これが日常なんだと推測する。

「あ~あ~。にゃあちゃんかね?で、にゃあちゃん。婆さんは見なかったかね?」

まだ、ボケていた。

すると、星宮先輩は少し躊躇いの間を空けてから

「お婆ちゃんは!!橋本さんとこのお婆さんと海外旅行に行ったでしょ!!」

笑顔でそう返す。

「あ~。そうじゃったかのう」

そう言いながら家の中へ戻る前に星宮先輩が呼び止めた

「あ、そうそう。おじいちゃん」

「なんじゃ。婆さんや」

すみません。さっき違うと言ってたと思うのですが

「おじいちゃん。雪恵(ゆきえ)さんはどこ行ったの?」

「あー?雪恵なら今でかけたよ」

そう言いながら玄関を土足で上がるお爺さん

「おじいさん!!靴を脱いでから上がってください!!」

「ありゃ?雪恵さん?さっき出掛けなかったかの?」

「ついさっき、ただいまって言いましたよね!!」

中学生の俺達でもこの人、苦労してるんだなぁとしみじみ思ってしまう。老人のボケ具合と目の前の女性の疲れた表情。

女性の顔には皺が目元や頬に刻まれており、体のふらつき方や言動から瞳孔の開きようからナーバスになってるのが分かる。類推するに年の頃は50かな。

「ほうじゃったかのう」

「早苗(さなえ)ーーー!!!愛実(なるみ)ーーーー!!!」

大声で叫びながら家中を歩き回る雪恵さんに固まっている俺に星宮先輩が紹介する。

「あのお爺さんが土岐宗次郎(とき そうじろう)さん。昔は優しい良い人だったんだけど見ての通りボケちゃってさ。んであの疲れてる人が土岐雪恵(とき ゆきえ)さんでおじいちゃんの一人娘。で、その子供が今呼んでた土岐早苗(とき さなえ)さんと愛実(なるみ)さんなんだけど。あ、来た」

星宮先輩が言葉を切る少し前に1人の女子が膝よりやや下にした白地に青いチェックスカートが階段からゆっくり降りるのが見える。

雪恵さんから発せられる怒気を含んだ空気にそぐわないゆったりとした女性の声だった。

「なに~?お母さん?」

「何じゃないわよ!!早苗もお爺ちゃん看るの手伝ってよ!!」

「だって~。今、彼から電話来てたしさ~。お母さんは私に嫁に行くなとでも言うの?」

「おじいちゃんをほっといた隙に車に轢かれでもしたらそれどころじゃないでしょ!!」

雪恵さんはヒステリックになっていた。

確かに認知症の老人が家族が目を離した隙に車に轢かれるニュースをこの間見たばかりだから余計に考えてしまう。

「でも~?それを言うなら施設に入れたりとかじゃいけないの~?」

「お金がないの!!だからあなたも手伝う!!」

ふえ~ん。と嫌がる素振りを見せながらお爺さんの宗次郎さんにそばに行く早苗さん。

「で、愛実さんってのは?」

「あ~·······。この分だと出掛けてんなぁ。彼ピとデートってやつだな」

「星宮先輩、彼ピとか言うんですね」

「うっせえ!!愛実さんはそういう事言うだけだし!!あーしはちげえからな!!ああもう!!」

顔を瞬間に赤くさせ怒鳴る星宮先輩はスマホを取り出し電話をし始めた。

『なに?』

どうやらスピーカーフォンにしてるらしい。

星宮先輩のスマホから少しダミ声の効いた女の子の声が流れる。

「お、出た」

『なに?かけてきたから出たんだけど?用がないなら今彼ピとデートだから切るよ』

星宮先輩がほらなと言いながら顔をこちらに向けて自身のスマホを指差す

「この人が愛実さんだと」

「そういうこと」

『ちょっと話がみえないんだけど!?アタイにも分かるようにしてくれ!?何が起こってるのこれ!?』

「だいじょぶだいじょぶ。こっちの話だから。そっちもキメセク頑張れよ」

『今日はしてねーし!!勝手に決めつけないでほしーんだけど!!』

いや、『今日は』の時点でアウトなんだけど、この人。

「ちょっと愛実!?今どこよ!!」

そこへ雪恵さんがこちらに気付きスマホに呼び掛けるが聞こえたタイミングで向こうから切られてしまった。

「もう!!あのアバズレが!!0時超えて帰ってきたら家に入れないから!!」

逆に言えばそれまでなら許すというのは親故の甘さなのか、今までの流れからの譲歩なのか俺にはわからない。

そして雪恵さんは何度もガラケーで電話をしているが出ないところを見るに愛実さんにかけてるが着信拒否されてるのだろう。

「ほら、おじいちゃん。あーし、おじいちゃんの中学生の頃の話聞きたいから部屋に行こ」

星宮先輩がお爺さんに優しく声をかける

「そうかい。そうかい。儂(わし)が中学の頃はなぁ」

「おじいちゃん、今11月になったから外は寒いで中入ろっか」

なぜか、また外へ出ようとするのですかさず部屋まで誘導する星宮先輩。

そこでやっとこさ室内へ入るお爺さんと星宮先輩

確かに学生服だけでは肌寒く感じてくる気候ではあるので俺もお邪魔することに。

家も神社があるから古風な外観かと思いきや、ごくありふれた一般家屋のようだった。

まぁ、体の悪いお爺さんに配慮してバリアフリーになっているのだということが、廊下と玄関の少し進んだ境で床材が違う事から見てとれる。

「眷属。ここにいて良いのか?サーヴァント文乃のところへ行くんじゃなかったのか?」

そうだった。

ここのお爺さんのボケ騒動を目の当たりにして忘れていた。

「でも、星宮先輩····は中へ行ったからどのみち俺らも行かなきゃだし。誰か車を出してくれるんだと思うけど」

そう思い当たるのは雪恵さんであるが、果たしてあのお爺さんを置いて行けるのか些か不安が残る。

だってあの早苗さんって人がちゃんとお爺さんの面倒看れるのかっていうと疑問だし。

正直、看れるタイプの人間じゃないと思ってるくらいだし。

「ごめんなさい。あの子の友達なんでしょうけど、うちはあの子のお陰で何とかなってるから遊びの誘いとかはちょっと」

そう母親然とした態度をとる土岐雪恵さんだが

「星宮先輩のお母さんですか?なぜ星宮先輩と名字が違うのか聞いても良いですか?」

「······ええ。あの子の親はとっくに亡くなっていて、それであの子の母親とは大学時代の付き合いで家も近かったから引き取ったのよ」

「星宮先輩の御両親ってご病気で?」

「その話はあの子本人から聞いてください。その方がいいと思うので」

そう言ったきり、お爺さんの元へと向かう雪恵さんを眺め、俺と新屋敷先輩はどうするか考えてると

「わりぃ。おめえの送りは愛実さんに頼もうと思ってたから。今こっち向かってるとこ」

そうか。ん、待て待て

「愛実さんっていくつの人です?」

「早苗さんと同い年」

いや、早苗さんがいくつとか知らないし。

「じゃあ、早苗さんの年齢は?」

「個人情報の為教えません」

うわー。わからないやつだー。

「高2だから16だ。」

「にゃあちゃん。知らない男の子に情報開示は認めてないよ~。」

いや、個人情報を知りたいんじゃなくて

「だったら車は運転出来ないんじゃ?」

「あ!······あ~あ~あ~あ~~~。そういう。いや、何?バイクも車だから分かるだろ?」

いや、こっちはてっきり自動車で病院まで運転してくれる体で考えていたから、バイクで2人乗りは想定外ですよ。

それも、運転手の今わかってる情報がキメセクする女子高生って事しか知らないから不安要素しかないんだが。

「ま。それまで待つこったな。その間にちょっくらあーしの昔話聞いてってくれ」

そう言われ、通されたのは客間のようだ。

新しくみえる畳が10畳。そこの真ん中に置かれた年季の入った木製の机。俺が正座すると腰より少し上の高さに上面がくる。

線香の香りと新しい畳の匂いを感じながら星宮先輩の話を聞く体勢をとる。

「··········そうも固くならないくても良いけどな。あーし、そういうの苦手だし」

そう言われると余計したくなるのが男の子なんですよ。

星宮先輩は俺の意図を知ってか知らずかそのまま話始める

「まあ、なんだ?はえー話。あーしのとこは宗教やっててよぉ。ほら、モール教って知ってるか?」

モール教。名前は聞いたことがある。

それもそのはずで

「1年前くらいにテレビでやってたあのモール教?」

「我は知らぬぞ」

「ケーの場合、あれだな。そのー·······」

「いい。引きこもって学校にも行ってなかったから。テレビも見たくなかったし」

場に冷たい空気が走る

この時点で早苗さん、雪恵さんは言葉を失くし固い表情になっている。

「まあ。そうなんだが·····言いたくないだろ?そういうの」

「何を言うか。汝も言いたくない類いのものをこれから言うのであろう?なら別に構わないぞ」

そこで星宮先輩が少し悲しげな笑顔を見せた。

この先輩がこんな表情することが意外だと思った。

何度か髪の毛をガリガリした後。あー!とかもー!とか唸りながらやっと話し出した。

汝、人の為に生きなさい

汝、神に全てを捧げなさい

汝、施しは全て神からの与えものと思いなさい

汝、人を悪しく思う心を捨てなさい

汝、感謝の心、優しい心、信じる素直な心を持ちなさい

汝、上に立てる人になりなさい

汝、高慢、傲り、威張る心を止めなさい

汝、いかなるときも人との繋がりを大切にしなさい

汝、闘うことは決して悪いことではないことと知りなさい

汝、モール教の教えに背くことは許されざる罪と胸に刻みなさい

これがモール教の教え、10か条なのだという事から話し始めた。

「で、だ。あーし、親が熱心な信者でな。とはいえ、最初は保証人になっちまった借金を返してもらった事から何かお礼出来ませんかって聞いたのが始まりなんだと」

「ま、こんときゃまだ。あーしも小2のガキだったし、子供達で遊んでたな」

「その教会で?」

「そこで知り合ったからな。で、その中でも一番仲が良かったのが小川千佳(おがわ ちか)」

そこで、懐かしむ顔になる。

正直、悪人面なイメージのつくこの先輩がきれいな女性に見えるのだが言わないことにする。

「本当に気の優しい奴でな。あーしとタメってのもあって、2人で遊ぶ時もあったくらいでさ」

ああ。こんなかわいい笑顔もできるんだ、この先輩。

許可してくれるなら頭を撫でてあげたいくらいだ。

「··········なあ?トーキはなんであーしの頭を撫でてんだ?」

しまった。思考と行動が伴ってなかった。

いや、伴ってはいるが無意識に行動してしまった結果だな。でも、バンダナの布の感触しか伝わってこないや。

「これ、かえに口説かれたって〇インしたらアウトなやつじゃね?」

こら!そんなお約束をするんじゃない!

そんな事したら確実に

ほら見たことか。俺の〇インに

『彰くん。どうしたの?』

『わたしがいない日が続いてるからって星宮さんに靡くなんて』

「··········。」

「··················。」

俺のスマホを覗き見る星宮先輩。

そして、2人して無言の時間が出来上がる。

新屋敷先輩も見てきたが内容を確認した途端、そそくさと元の位置に戻った。

「······いや、いいんだけど。いいんだけどさあ。こういう扱い慣れてるし。でも、あーしも一応女子だし無傷って訳じゃねえんだけどよぉ」

「俺の彼女がすみません。なにぶん歯に衣着せぬ人なので」

「ま、あーしにとっちゃ平気で嘘をつくタイプよりかはそっちの方がマシだし。」

そう言いながら、さっきから指先で髪の毛を弄ってるのは何故なんでしょうね。

その後も、気にしてない発言を繰り返してから本題の途中な事に気づいた。

「で、だ。モール教は主神モールの銅像へお祈りしたら、主教様に挨拶する。そこで話を聞いてから。後は子供は自由時間だな」

と、言うことは大人は他にも何かあると。

「そうだな。今にして思えばあの時主教様とあーしの親とで話してたのってお金のやり取りとかだったんだ」

星宮先輩の表情が暗いものになる。

金銭面で苦労したのだろう事は想像に難くない。

誰も言葉を発しない時間が数分できた。

「とはいえ、ガチガチの宗教って感じでもなかったぜ?運動会やったり球技大会やったり、バザーとか文化祭みたいなこともしてたな」

その言葉だけ聞くと学校のように感じるが実際はそうじゃないのだろう。


なにせ、あのニュースではモール教信者が大勢の病院内の患者を殺害した事が報道されたのだから。


それがあるから、今の話のどこからモール教がそうなってしまうのか分からなかった。

「でも、ある日。主教様から殺害命令が下ったんだ」

皆、その発言に恐怖が駆け抜ける。

分かってはいたが実際本人がこうやって話し出すと生の実感が顔を出す。

「ていっても、最初はあーしの知らない信者の親でよ。殺害したのは捕まってない犯罪者だったって話だから他の信者も納得したんだろうよ。子供のあーしには後になって皆が集まる場で主教様が誰々が神の元へ召されたなんて言ってるのを聞いただけだしな。まあ、その人というより複数人で相討ちした結果の死亡みてえだし?」

だからあーしの問題はこの後と前置きしてから

「 汝、人の為に生きなさい。汝、神に全てを捧げなさい 。汝、施しは全て神からの与えものと思いなさい。汝、人を悪しく思う心を捨てなさい。汝、感謝の心、優しい心、信じる素直な心を持ちなさい。 汝、上に立てる人になりなさい。汝、高慢、傲り、威張る心を止めなさい。 汝、いかなるときも人との繋がりを大切にしなさい。 汝、闘うことは決して悪いことではないことと知りなさい

。汝、モール教の教えに背くことは許されざる罪と胸に刻みなさい。だから殺害もオッケーてか?あーしから言わせりゃふざけんなって話だし。でもなー」


「最初は凶悪犯ばかりだったのがついには病院の患者らを殺害することになったんだよな。それも小学生高学年以上の子供も使って」


それはつまり、星宮先輩も人を殺した事があるって事であって

「なんでも、家族の負担になっている患者を殺すことは家族への救済だとかなんとか言い出したけど。あーしその時小5だったんだけど、人を殺す練習をするってなったら嫌がったんだ。それも、同じ信者を練習台にして」

まさかとは思うが

「これ、仕組みとしては運動会や球技大会の際の成績が優秀な奴を殺人役に、逆に悪い奴は練習台役にされてたんだよ。身体能力の高い奴に殺人させる為に」

そこよりも、今の星宮先輩の顔を見たらこの先の話が分かってしまう。


「小川千佳さんは運動会の成績悪かったんですか?」

俺がなんとか話しかけた言葉に精神不安定に感じられる顔から涙が溜まっていた。

その首が縦に振られた後星宮先輩は、しばらく言葉が出なかった

「すまねえ。本当に大事な友達だったんだ。優しい子で、誰にでも好かれる子だったのに······あーしの事を一番最初に髪が綺麗って褒めてくれた奴だったから、あーしも気に入ってたのに·······」


「大きな台に全身ぐるぐる巻きに固定された千佳をナイフで殺せって」

また泣き出した。

それはそうだろう。どれほどの間柄なのかは分からないが親友を殺すなんて小学生が言われて出来る事じゃない。

「お主は······抵抗したのであろう?」

そこで新屋敷先輩が問いただすのには少し驚いた。恐怖するだけかと思っていたから。

項垂れて泣いている星宮先輩の首が縦に動く。

そしたら、なぜか星宮先輩は靴下を脱ぎ。バンダナも取り始めた。

「にゃあちゃん。そこまでしなくても」

そんな声が早苗さんから聞こえるが構わず取ってしまう。


そこには足の指が全部切り落とされ、髪の毛が複数箇所、頭皮が焼け焦げたみたいになって抜け落ちてる状態になっていた。


そこへ「都時ってやついるかー?」という声が耳に届くが、意識の外である。

星宮先輩のその姿は拷問された痛々しいものだった。

髪の毛の割合が頭皮全体にかけての 5割ほどだろうか。髪の毛が残っている割合の方が気持ち少ないように感じられる。

「あーしが殺さない。だから千佳を解放してって言っても聞かねえからゴムバンドをナイフで切ろうとしたら椅子に全身縄で拘束されてよ。複数人で殴る蹴るの暴行が始まって、それが夜通し、交代であーしをボコにするんだよな。3日目くらいからは精神崩壊してたなありゃ」

何も言えない。

外村先輩や新屋敷先輩の話も悲惨だったけど、星宮先輩のも酷すぎる話である。

「ほら?あーし、女子の割にはガタイでかいだろ?それ当時もだったから、運動会も球技大会も女子じゃあーしが一番でさ。主教からしたら良い殺人鬼になるとでも思ったんじゃねーかな」

「なあ?にゃあ、話してるとこ悪いけどコレでいい?」

正座している俺の頭上から声をかけてきたのはシルバーのピアスとイヤーカフスをつけた金髪のちんちくりんセーラー服女だった。

顔は早苗さんにそっくりであるがこちらは少し目付きが悪いのと立ってるはずなのに身長が正座している俺の頭ひとつ分のところに顔がくるから早苗さんよりか色々と一回り小さく感じられる。

何より人を指さしてコレ扱いはどうなんだろうか。推定名称、土岐愛実さん。

「まあ、愛実よう。後あーしの足の指切断と頭皮にはんだごてを当てられて髪の毛を溶かされる拷問の話があるからそこまで待ってけ」

あ、合ってた。そしてちみッ娘ヤンキー愛実さんの顔から心配の色が見える

「それって、要は千佳さんを殺さないならそうすると脅されてって事ですよね?」

星宮先輩の目が死んでいた。

「そうだな。抵抗したんだけどな。千佳が死にたくないって泣き叫んでるのを聞いてたらそうするのが正しいと思っていたから。でも、足の指1本切る毎の激痛に耐えきれなくて泣いちまってから千佳があーしに手え出すなって大声出してからは、自分はあーしになら殺されてもいいって叫びだしたからもう、あーし自身ワケわかんなくなっちまって」

それで小川千佳さんを殺したと

「殺そうと·····ナイフを持ったけど······今度は手が震えて、ガチで出来ねえってなって。そしたら、また椅子にくくりつけられて頭にはんだごて当てられてさ。お陰で千佳に褒められた髪も台無しにされて。心なんてありゃあしなかったし。何もかもぶっ壊れちまって、その場にいたやつ誰彼構わず殺しまくってよ」

大人でもきついだろうに、女子小学生には過酷すぎると思った。

なんでこの人がこんな目に遭わなきゃいけなかったんだ?

この人は悪くないのに。

泣き叫ぶ痛みを受ける謂れはないのに。

心も体もボロボロにされて···それでもこの人はこうして生きている。

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