狂ったもの 都時彰編 6
「お、おはようございます。か、かかえれさん」
人間、恐怖を感じる時口が上手く回らなくなると聞くが本当のようだ。一瞬しか見えなかったが今回の怒りメーターがまた自己ベスト更新したようなのが肌で感じ取れるくらいにはここの雰囲気が笑えないものになっている。
「·····色々聞きたいことはあるけど」
「俺も色々聞きたいんですけど····」
「何だって?」
「いえ何も」
今度ははっきりと目を見て会話、そして楓さんの目を見る限りには、これは俺に弁解の余地を与えないとみた。
「わたし、彰くんの彼女よね?」
「はい、そうですよ」
「じゃあ、なんでその彼女を置いて氷見先生と会瀬してるのかしら?」
「いえ、ですから1回目は文乃さんの為で2回目は姉岳さんの為で」
「あん?」
駄目だこれ。俺、恐怖による混乱と朝起き抜けの2コンボでうまい言い逃れができないでいる。
だからここは一旦タイムをとりたいけど····許さないだろうな、この人の性格からして。
「なんで文乃と姉岳さんがそこに入るのよ?何?彰くん、もうわたしに飽きて胸の大きい人の方が良いとかほざくの?」
だからあなたは自虐が過ぎるんですって、
これは覚醒しててもフォローできないやつですよ。
「ちょ!ちょっとそれは説明させてください!お願いですから!一方的な弁論はお互い利益を産みませんから!」
「······言葉次第ではお尻に茄子突き刺すからね」
怖いですって!!これ、絶対夢の事バレてるヤツじゃん!!誰か助けてくれ!!
俺はこうなったら仕方ないと思い、素直に事の次第を言うことにした
「まず、文乃さんの件ですけど」
「うん。呼び方からして有罪ね」
「判決はまだ早いですよ!!!ちょっと話を聞いて下さい!!!氷見先生から俺に付き添いで来て欲しいと言われまして」
「待って。なんでそこでお兄ちゃんとか、わたしじゃなくて彰くんなの?おかしくない?」
「これはあくまでも先生の言い分ですが」
「さっさと言うこと言いなさい。学校行くまで時間ないんだから手短に。こっちはイライラしてるんだからこれ以上イラつかせないで」
楓さんの眉間に皺が寄っているのが、仰向け体勢で見ていても分かる。
楓さん、そんなことしてるとせっかくの可愛いお顔が台無しですよ。後、俺の恐怖心も上がるから止めた方が良いですよ。
手短に話してもイラつくような気がしないでもないんだが、ここは本人の許可を得たという名目で堂々と話す事にした。
「生徒会長だと堅物なのが災いして感情のコントロールできない文乃さんを上手くフォローできないだろうし、楓さんだとパニックに陥って余計看病できないだろうから俺になったと」
「『余計』の一言は彰くんの主観よね?」
しまった。つい、生徒会長よりスペックが低いイメージを出してしまった。
楓さんの目つきがさらに厳しいものになる。
これは布団に漏らすかもしれない。
「で!なんですけど!そこで事件が発生しまして」
「何よそれ」
「文乃さんが俺を恋人だと思ってるようで」
その瞬間、楓さんがフリーズした。
目は瞳孔が開きまくり、背景に猛吹雪が似合いそうな雰囲気を醸し出し、待つこと3分。
「ほう?······文乃が彰くんを『わたし』の恋人だと思ってるのが事件?やーね彰くん。そんなの別にわたしは文乃に知られたくらいで怒らないわよ。アハハハハハ!」
あ、この人現実を受け入れてない。
「あ·····あの~······。外村先輩『の』彼氏『を』俺だと勘違いしてるんです」
その瞬間、楓さんの目から光が消えた。
そして何食わぬ顔で去ったと思ったら、片手鍋が握られていた手が包丁に変わっているじゃありませんか。
そしてそれを、そのまま俺の目の前まで近づけていく。
顔と顔の距離はキスも出来ちゃうほど急接近している。こんな事、普段はなかなかないので喜びたいのだが手の中の物の存在により別の意味でドキドキしていた。
楓さんがヤンデレ化していた
「楓さんストーーーップ!!!その手の物をしまって!!!まだ死にたくないから!!!話せば分かるから!!!」
「これ以上何を話すことがあるのよこのド変態野郎!!!どうせ文乃とヤりまくったからわたしにはアナルプレイじゃないと興奮しないんでしょ!!!」
まだその件引っ張りますか。誤解だというのにこの人はすごい引き摺るよな。
「違うんです!!文乃さんの記憶が小学生時代までなのと、階段から落ちた時の記憶くらいしか残ってなかったんです!!で!あの時文乃さんに真っ先に駆けつけたのが俺だから文乃さんの中では俺が彼氏なんだって思うしかなかったんです!!他に判断材料が無かったから!!」
「嘘つかないでよ!!文乃のスマホを見ればそんなのすぐ分かるじゃない!!」
「文乃さん、記憶喪失で暗証番号分からなかったから廃棄したんですよ!!待ち受けも楓さんとのツーショットだけでしたし!!」
そこで固まってしまう楓さんに聞くことにした。
「生徒会長より楓さんを待ち受けにしてくれた事に喜んでます?それとも怒ってます?」
「·····正直半々だわ」
楓さんは友達が少ない。
ヘタレ先輩は恋人より友情を取ったことを喜んでるそうです。
「でもまあ。文乃のお見舞いにお兄ちゃんと行ったけど、それならあの様子も納得だわ」
「どうでした文乃さん?」
それを聞いたらぼろぼろ泣き始めた
「楓さん!?」
「わたしが友達なのは分かってくれたけど!!お兄ちゃんが彼氏なのは全然分かってくれなくて!!じゃあなんですぐ来ないんだとか嘘だとか理不尽に怒鳴られて帰らされて!!わたし!!信用されなくなって!!窓から飛び降りようとしたけど!!」
生徒会長に止められて家に帰ったと
「·····楓さん。ちゃんと、文乃さんの記憶が戻ったらまた」
「あんなゲロゲロ吐いてる文乃のどこに治る兆しがあるっていうのよ!!!」
楓さんの表情は俺を目の敵を見るものになっている。
「ごめんなさい。俺、考えが甘くて」
「そうよ。彰くんがその時ちゃんと彼氏はお兄ちゃんだって言ってくれたらこうなってないわよ」
「でもあの時はああ言わないと文乃さんが『じゃあなんで彼氏がまだ来ないんだ』って怒るだろうし」
「それはその場しのぎじゃない。ちゃんと先の事考えて言ってよ。馬鹿じゃないの」
さすがにこの言い方にはカチンときた
「んだよそれ!!!」
もうこうなったら関係ない。元々この人の面倒くさい性格には嫌気が差してたんだ。
だから俺は力ずくで楓さんの押し倒して学校へ行く準備をすることにした。
だが楓さんは俺が押し倒した反動でその場ですっ転び、お腹を加減せず押したので痛みで手に持ってた包丁を手放してしまい、一瞬の内に楓さんの左腹部に包丁が刺さっている光景が起き上がった俺の目に写った。
「いっっっっっっいたああああああああああい!!いたいいたいいたいいたい!!!」
楓さんが包丁を抜こうとするので慌てて止める
「楓さん!!!抜いたら血が出て死にますから!!!」
「いやあああああああああああああ!!!やだやだやだやだ痛い痛い痛い痛い痛い!!!助けて!!!」
そのためには救急車を呼ばなきゃいけないが楓さんが半狂乱に陥っているので今楓さんを取り押さえなければ間違いなく包丁を抜くのでそれもできない。
痛くて泣きじゃくる楓さんをどうしようかと考えてたら。いつの間に入ってきたのか部屋に充さんがいた。
「今、救急車呼んだから」
助かった。なんでここにいるのか····まあ、椎堂目当てなんだろうが。お陰でこれで後は救急車に乗って病院で治療してもらうだけだが。
「放して!!放してよーーー!!!」
未だにこの人は痛みとお腹に包丁が刺さっている現状が目に飛び込んできた事による恐怖心から抜きたい衝動に狩られている。ビビりのヘタレなのは知っていたけど精神面がとてつもなく脆い人だなと改めて思う。
だから未だに俺の手は楓さんの腕を頭の上に挙げる形で肘から押さえつける仕事をし続けなくてはならない。
「おいオメエ。そのまま押さえてろ。じゃなきゃ死ぬと思え」
「あんたに言われなくてもそうしてるよ!!くっ!!楓さん!!暴れないで下さい!!」
この人のどこにこんな馬鹿力があるのかと思うくらいバタバタ暴れまわるので押さえつけてない足は床を叩きつけたり包丁を抜こうと両膝を包丁に向けたりしていた。
仕方ないとばかりに溜め息をついたのが聞いてて分かるくらいの反応をした充さんがその楓さんの両足を太ももを上から押さえていた。
「やだーーーー!!!離してよもーーーー!!!」
隣の住民が居なくて良かった。
もし、居たら近所迷惑になるから。でも、下の階には人が居るからドスドスうるさいか。
後で饅頭1箱持って行こう。
あ、むしろ今居る住人全員に迷惑だから4箱か。
すると何を思ったか充さんが楓さんの太ももにキスをしだした。
「いやあーーーー!!!何するんですか!?」
これに楓さんも気づいて怒っている
「ちょっとでも痛みが紛れたらと思って」
「余計不快ですよもー!!!」
充さんが小さく笑った。
正直な所、もはや頭までおかしくなったのかと思った。
「何を笑ってるんですか!わたしは本気で怒ってるんですよ!」
「いや、かわいい女の子は怒っててもかわいくなるんだなって思って」
その思いがけない言葉に楓さんが言葉を無くした
「な、何を言って」
「気に入った。今度スイーツ店で奢るけど来ない?」
「行きません!!なんですかあなたさっきから!!彰くんの知り合い!?ねえ彰くんなんなのこの人!?」
「俺のクラスの姉岳さんのお兄さん」
「はあ!?なんでそんな人がここに!?」
と、話していると外から救急車のサイレンの音が聞こえてくるから、もうそれに乗る頃合いだろう。
「そうだよ!蓮ちゃんはなんでいないの?俺、その為にここに来たのに」
「ねえ彰くん。この人椎堂さんのストーカーなの?」
「そんな感じ」
「おーい聞こえてんぞ。家庭教師のバイトの話をしに来たんだよ」
なんかおかしな会話になったが救急隊員が室内に入ってきて担架に乗せられたまま救急車に乗り込んでいく段取りをしていた。
「楓さん、椿さんに連絡するから番号教えて」
そうして乗る間際に楓さんから聞き出した番号にかけた椿さんはきっと焦っていたのだろう。それを感じつつ、楓さんからのわがままで俺も救急車に乗せてもらったのだが電話を救急隊員に代わることになってからは、やっぱり中学生(じぶん)は役に立たないんだなというのを実感した。
そして偶然にも搬送された病院は文乃さんと同じ水居市民病院だった。
医者の話では大動脈は傷つけていなかったので大量出血はなかったが、大腸の一部である下行結腸に少し刃先が刺さっていたので包丁を抜いて縫ったのでしばらく様子見の為入院することになった。
「まったく!心配かけてこの子は!」
椿さんは生徒会長と共に手術室にいる時に駆けつけてくれた。
その時には目は真っ赤に充血していたから相当心配していたのだと思う。今でも涙を流して何度も本当に良かったと言っている。
「彰くんもありがとうね。この子、言い出したら聞かないから大変でしょ」
こんな事を側で言われている娘の方はムスッとした顔を隠そうともしなかった。
「ほら、あなたも彰くんと充さんにお礼を言う」
そう、何が起こってるのかこの男もここにいるのだ。
椿さんが手術室に来たすぐ後にここに来たこいつから話を聞くと楓さんが椿さんの番号を呟いた際に覚えなくてもいいのに覚えたのでかけたらここに居る事が分かったようだ。
やっぱり美人は美人から産まれてくるんだなとか言ってたこいつを張り倒そうかと思った。
こいつ、まさか母と娘の両方狙っているんじゃないだろうな。なまじっかあり得そうで怖いが。事件になっても弁護はしないだろう事は間違いない。
椿さんの言うことを聞こうとせずこちらに背を向けてしまう楓さん。
だがそれを無理矢理こちらに向かせ
「何すんのよ」
そうして言いきる前に頬にビンタをかます椿さん。
パーンという乾いた音が病室全体に鳴り響く。
それを何度も何度も行っている椿さんの顔は怒りに震えていた。
頬の痛みで涙が出ていた楓さんはひどく辛そうで見てられなかった。
だけどそれが20回を越えた辺りから、これはやり過ぎだと思い看護師も出払っていた四人部屋に俺と充さんと生徒会長の3人がかりでが止めに入った。
「お母さん!これ以上は止めましょう!まだ楓ちゃんも安静にしてないといけないし!」
「悪いけどこれは芹沢家の問題なので」
「椿さん!俺からもお願いします!もうこれ以上楓さんの泣く所は見たくありません!!」
「母さん!!」
三方向から止められていた椿さんは仕方ないとばかりに力を抜いたのが分かったので俺らも離れる。
「徹なら加勢すると思ったのに」
「流石にこれは味方に回るよ」
「私は敵って事?」
「これ以上は楓の身が危ないと言いたいだけだ」
「楓さん、まだ痛いですか?」
1度グスという鼻をすする音をさせてから
「·····まだお腹が少し痛いだけだったけど。たった今ほっぺが物凄く痛い」
そう言い出してまた椿さんがキレかけていたのを充さんと生徒会長が無理矢理止める。
お願いだから楓さんは空気を読んでほしい。
「俺から言うことは1つです。もう2度と包丁を人に向けないで下さい」
「うっさいわね。誰のせいだと思ってるの」
俺の方がキレそうなんだけど、この女は
だが母親の手前、それができないだけである。
昔はもっと可愛かったのに何がいけなかったのだろう。
だが、今回の事で踏ん切りがついた。
俺は本人が嫌がるのも構わず顔をこちらに向け、耳元でこう囁いた
「もう別れます」
それを聞いた瞬間、この世の終わりみたいな顔をした楓さんは大声で泣き出した。
「楓っち?」
一同驚いた。
違う、正確には俺と楓さん、生徒会長は特に驚いた。
いや、まさか。そんな····
その声をかけた人物の方へ俺が向かうとその人物から「あんがと」の声をかけられ左半身をカバーする形で楓さんのベッドまで移動した
「文乃!?」
「ごめん楓っち。やっと記憶戻ったわ。ごめんなほんと。楓っちの事だから死にたくなっただろうから。ごめんなんかじゃ足りないだろうけどほんとにごめん」
ベッドに辿りついた外村先輩は右手をベッドの手すりに掴まっていたが楓さんがその外村先輩に思いっきり抱きついたのでよろめきそうになる。
慌てて俺や充さんが外村先輩を支えて。代わりにまたお腹を痛がっている楓さんを窘める母と兄。
「さて、と。都時少年、支えてもらって悪いけど。何をどうしたら楓っちが泣くのかな~?お姉さん気になるんだけどな~?」
俺はこれから起きるであろう出来事に恐怖していた。
「とりあえず、うちがビッチだってんならアンタはクズだって事は言っとくかんな」
俺は何も言えなかった。
ただ外村先輩を支えている肩やら腰に回っている手が震えそうになっているのを懸命に堪えようとするが、どうしても震えてしまう。
そこを見かねたか充さんも支えに回る。
「あ、どもっす」
「楓ちゃんの友達?」
「友達どころか親友だし。ね?」
「うん!」
俺を置いてなんか心温まる会話が広がっているが俺の心はそんな余韻に浸っている場合じゃなかった。
「で、と。まずはとおるん。ごめん。とおるんにも迷惑かけたし」
「····もう戻らないかと思ったぞ」
「ごめんごめん。でも戻ったのもついさっきなんだ。楓っちの泣き声を聞いてさ。昔、楓っちが生徒会長になろうとした時の事がバッと出てきて。そっから全部ね」
「何から思い出してんのよあんたは!!」
ああ。楓さんの黒歴史か
「でもまあ。結果オーライじゃん?さてさて、都時少年?何をして楓っちが泣いているのか聞かせてもらおうか?。OK?」
顔は笑っているがこの人、本当は気持ち悪いのだろう。顔色がうっすら悪いのがこの距離からなら分かる
「外村先輩。ベッドに戻りましょう。気持ち悪いですよね」
「いや、いい。我慢する」
「休みなさいよ馬鹿!!」
「じゃあ都時少年。なぜ楓っちが泣いているのか理由を教えてくれたまえ」
「いえ···何も」
この人は何が何でも俺の口から言わせたいのか
「そんなことはないよね~?それとも、話せない理由があるのかな~?おそらく都時少年が浮気したとか」
分かった。この人、確信犯だ
「ならもう二度と楓っちには近づかないで」
と外村先輩が締めようとしたのを
「いや、文乃。それはちょっと」
楓さんが横になったまま口を出す。
「何?楓っち?まさかとは思うけど」
「あ~、うん。さすがにそこまでするのは」
「甘い!!甘いよ楓っち!!この男はクズだよ!!もう弁解の余地ないんだよ!!」
「そうよ楓。こういう人が重婚とかするんだから許しちゃ駄目よ」
椿さんまで加勢しますか。そうですか。そうですよね。
「とりあえずこの男はそこの川へ簀巻きにして捨ててくるから」
生徒会長、前に言ってましたもんね。分かってました。本気だって
「で、でもわたし。彰くん以外の男の人と付き合うとか····」
「何弱音吐いてんだようp!」
外村先輩!?あなたはゲロを吐いちゃだめですよ!!
俺は急いで外村先輩をすぐに近くのトイレまで肩に担いで連れていった
「おえっ!おえっ!おえっ!はーーー!!はーーー!!ちょっと都時少年!トイレまで連れていったのは良いけど担ぐのは止めて!肩にお腹が何回も当たって吐きそうでヤバかったんだから!!我慢すんの大変なんだからマジで!!」
目がマジで怒っていた。いや、でもあの時は焦っていたし、ここでそれだけの体力があった自分を褒めたいくらいなんだけど。
と、思っていたら外村先輩の体から力が抜けていた。
「外村先輩!?」
何だ!?何か重症になった!?
何度も呼び掛けても返事がない
死んだんじゃないかと思い、急いで椿さんを呼んだがそうしてる時には意識が戻ってきたようで必死になって体全体を支えていた俺の腕が軽くなる
言っちゃだめなんだけど、この先輩、楓さんと比べてすごい重いんだよな。
「彰かい?」
あれ? これは、ひょっとして
「あたし」
「文乃さん!?なんで!?」
「クククッ!ちーっとばかし種明かしするとだな。二重人格なんだよこれ」
文乃さんは何がおかしいのか悪人面して笑っていたが、こちらはそれどころではない。
「本当に!?え!?階段から落ちた影響でってこと!?」
「いや、その前からなってた」
「え!?原因は!?」
「んー?初めてセックスした時だなあれは」
「えーと」
「あー。相手は50も過ぎたおっさんだから気にするな」
「気にするよ!って違う。今聞きたいのはそこじゃなくて!」
「なんでもいいけど早いとこベッドへ行かない?トイレに長いこと居ても良いことないわよ」
そうだった。椿さんの存在を忘れてた
俺と充さんと生徒会長の3人して文乃さんをベッドへ寝かせた。
背中からリフトアップする要領で持ち上げたのでこれなら気持ち悪くはならないはず。
「まあ、あれだ。あっちの文乃····紛らわしいからあたしの事は『アライ』って呼んでくれる?あたしとこっちではそれで区別してっから」
アライさんね。気性が荒いからかな?
「ちなみに理由は荒っぽい性格だからね」
あ、正解だった。
「で、話を戻すと。当時の文乃はセックスに対して怖い思いしかしてねえからそん時はあたしが表に出て相手するようになってんだよ。まあ、辛いことから逃げたかったんだろうな。あいつは」
「······」
正直な話。俺は男だからそれがどれだけ痛いのかは分からない。でも、そうしてまでお金と引き換えに相手しなきゃならないのは可哀想だなとは思う。
「ま、記憶もこっちのあたしと文乃ではお互いのはわかんないからな。痛みも記憶もあたしが引き受けるだけで」
「····アライさんはそれで良いんですか?」
「だってよぉ。もうあたし、始めがそんなんで逃げ場もないからさ。後は早く終われって願うしかなかったよ。最初はさ」
そう言うアライさんはこちらに視線を向けない。どころか仰向けに寝たまま目を閉じて平然としてるから今どんな気持ちなのか見当がつかない。
「ま、最初はもんのすんごく痛かった。それだけだったね感想としては」
「逃げたりできなかったんですか?」
「どこへだよ?行ってもすぐ家に戻されるんだぜ?当時のあたし小学生だぞ?」
「椿さん。ここの母親、娘を売って金貰ってるんだけどこれ逮捕できないですか?このままだとアライさん。退院したら生でヤられますよ」
そこへ食いついたのはなぜかアライさんだった。
「待って。今オメエなんつった?え?生って誰が?」
アライさんの顔は真っ青だった。
「玲子さんから聞いてませんか?退院したら生でセックスさせるって」
「いや····退院したらまたさせるっつうのは聞いてるけど·······やだ·····生なんてやだ···········ねえ!何とかしてよ!!助けて!!妊娠したくない!!あんな痛いのはやだ!!」
一気に涙が溢れだしたアライさん。声にもこの世の終わりかというくらいの恐怖心が伺える。
「経験あるんだ」
ついには涙が止まらないままコクンと1つ頷いた。
「小6の時、1度だけ古いコンドーム使われて。最初はいつも通り生理がひどいだけかと思ってて。それでも毎日、無理矢理セックスさせられて。病院行かせてくれなくて。あたしもどうにでもなれと思ってたら半年経ってて」
「日本の法律では22週経ってたら中絶できないわよ?どうしたの?」
言い方がたどたどしいアライさんに追い討ちをかけるような事を言う椿さん
それを聞いたアライさんはついに涙腺が崩壊して震えが止まらなかった。
「·····闇医者へ連れてかれて!!!お金はヤったヤツからふんだくって!!!麻酔なんて無しに身体中拘束されて動けないままお腹切られて!!それで!!!すごく痛くて叫んで!!!」
もう。恐怖をこれでもかというくらいに体験してきたのだろう。この人は自分の存在が金の成る木かのように扱われて身も心もボロボロにされたのだろう。そのくらいは悲痛な表情から読み取れる。
外村文乃という人間が自分の置かれた状況から逃げ出すために選んだツケを全てこの人が受け入れていくしかないという辛くて痛くて悲しい真実。
本当に助けてほしいのだろう。
「椿さん」
「無理ね」
そこに表情というものはなかった
「「!?」」
意外にも即答だった。いや、なんで?
「何が無理なんですか!?」
「まず立件できないのよ。そのケースだと」
「どうして!?」
「まず強制性行罪の立件には、被告人が抵抗出来ないこと。そして、性行為を拒否したい旨が明白であること。この二点が必須なんだけど今聞いてる話だと。金稼ぎの為仕方ないと思ってた部分はあるわよね?」
椿さんの辛辣な言葉に1つ「はい」というアライさんの声が小さくはっきりと聞こえる。
「で?全く動けなくされたりとかはされたの?」
「··········いいえ」
アライさんの顔が苦渋に満ちていく
「その条件だと抵抗できるし、拒否したい旨もないと見なされるわ。それと、すっごく確実な物的証拠をもってしないと立件できないのよ」
「う~~~~~~~~!!あーーきーーらーーーー!!!」
ちょっとこの流れで俺に泣きつくのは止めてほしいけど、ここは仕方なかろうと思い俺から抱きしめにいく。
しばらく泣き続けてると椿さんが切なげな表情をして近づいてきた。
「私も年頃の娘を持つ親だもの。万が一に備えて色々調べてるけど。日本の法律って性犯罪に関して立件させるのが難しいのよ。本当はどうにかしたいけど一弁護士じゃ限界なの。ごめんなさいね。きつい事を言って」
そうか。この人もこの人なりに心を痛めていたんだ。それもそうか。この人だって冷血弁護士じゃない事は以前に分かった事じゃないか。
でも。待てよ····。
「椿さん。俺、何とかできるかもしれません」
あれから俺は椎堂と共に高校へ登校するのだが
「ちょっと都時、なんで芹沢さんがいないのか説明がほしいのだが」
「うーん。話して分かるかな?包丁が腹に刺さって病院に行ったんだよ」
「待って!ひょっとしてそんなことが私の家で行われてたの!?」
「ああ、そう。よくわかったね」
「襲われなかったか!?」
「とりあえず椎堂の考えている襲われると意味が違わないがだけ聞いていい?それは殺人的な意味でOK?」
「·····性的には何もないんだな?」
「それはないよ。あの雰囲気ではそうならなかったもん」
「でも殺人的な襲われ方とはどんなのだ?」
「ん?楓さんが包丁片手に俺に近づいてきたんだよ」
「何をどうしたらそうなるんだよ!!」
「そうだよ!ちょっとした勘違いから外村先輩と恋人関係ができただけなのに」
「分かった。都時が悪いよそれ」
「違う!俺は被害者だ!」
「世の中の浮気する男は皆そう言うものだと思うけど。てことはそこで揉み合って刺してしまったと」
「まあ、そんなとこ」
今さらだがなぜ朝っぱらから中学生男女が登校中に修羅場の話をしているんだろう。
椎堂は内心納得できないみたいな顔をして怒っているし。聞けば昨日からクラスの文化祭の出し物でガールズヒップホップダンスをするとかで朝から練習してたのだそうだ。
なのでこの日は俺も少し早めに登校する事にしたのだ。
本当は楓さんも誘いたかったそうだが1度ダンスをやってもらったらすぐ転ぶなどのセンスがないのが露見した為断念したのだとか。ドンマイです、楓さん。
「で?その生徒会長の恋人を奪った間男さんはなぜ堂々と登校をしてるんだい?」
「違います。最終的にはちゃんと断りました」
「グダクダはしてたんだ。まあ氷見先生には感謝することだね」
「あの先生が何かしたの?」
するとあからさまな溜め息をついて目を閉じたまま下を向く椎堂
「都時。昨日学校に休む旨連絡してないだろう?」
「あ······」
いかん。すっかり忘れてた
「あの日。おそらく楓さんのお母さんからだろうと思うけど連絡が来て、そこから都時の事も聞いたから一年生のクラスまで走り回ってたからねあの人。」
ごめんなさい氷見先生。足腰に負担をかけて
「ま。後はどうにかなりそうだから文化祭の準備に専念するよ」
椎堂とそうこう言いながら校門をくぐる俺はそのまま下駄箱まで行くと
急に首が締まる感覚がした
はい。ごめんなさい。氷見先生が立ってるのを素通りしようとしたら首根っこ掴まれました。
「都時君、その寝癖は校則違反じゃないけど人として違反なのでこのまま保健室へ向かうわよ」
「いや、このくらい別にトイレでも直せるんで」
「い!く!わ!よ?」
どうやらこちらに拒否権は無さそうだ。
多くの中学生男子を虜にしてきた天然素材100%スマイルを目の前にしてもちっとも嬉しくないのはその奥の瞳が怒りに震えているのが分かってしまったからだ。
「フフフフ······フフフフ·····」
怖いですよ。氷見先生
そんなわけで保健室にて
「まったく。楓さんのお母さんから包丁で刺されたって聞いた時は何事かと思ったわよ」
「すみません。俺の彼女の被害妄想のせいで先生にとご迷惑を」
「あなたたちが帰った後に病院へ行ったら楓さんからは彰君が外村さんに浮気したって聞いたんだけど」
「ほへんなはい!」
だからって即座にほっぺたつねって良いんですか。教師が生徒に体罰は禁止じゃないんですか。
「本当になんで中学生が昼ドラのような修羅場を体験するかねえ。あなたは」
「ああ、そうだ。先生、例の件は考えて頂けます?」
「······それは別に構わないけど?本当にできるの?そんなこと」
「ええ。あの2人なら可能です」
そして俺はその足で教室に向かい授業を受けてから放課後文化祭の手伝いを買って出た
とは言うものの、文化祭まで後5日程に迫った今。やることといったら衣装のチェックとか内装の品の確認になるのだが
「トトキンのせいでかえちー先輩のこれ。意味なくちゃったなー。」
そうやって拗ねた声で言うのはもちろん皆河さん。
楓さんが着る用に皆河さんが注文したものだが、これがきっかけで10万超えの予算オーバーなった事が発覚したため。平間さんが皆河さんに天誅を下した。
自費だからいいじゃねえよ。このお嬢様が
なので。後のメンバーはある人は浴衣を着て。無い人は制服。その上に赤襷をかける事になっている。
ここはしっかりやるようだ
だが首謀者本人の希望であった赤い絨毯の敷かれた長椅子は却下された。
その者は大変悲しんだそうな。自業自得だろうに
「一応聞くけど、俺は刃物向けられた被害者なんだけど」
「浮気はいつだって男が悪いように出来ている。そうやって数々の昼ドラを見てきたぼくは知っている」
昼ドラ大好きな女子小学生かー。需要あるかなー。あ、でも女子中学生なら
ないわー。
「ほらそこー。やることないならこれ看板作るの手伝いなー」
今日は姉岳さんが休みの為、平間さんがこの場を取り仕切っている。
「じゃあ後、例の件はよろしく皆河さん」
「がってん承知の助」
リアクションが古いなー。
何かこちらの会話に違和感を覚えた顔をする平間さんだが俺と皆河さんがせっせか作業に入るとその成りを潜めた。
「あ、良かったらヒラサー。これ着る?」
「あのな。ワタシはワタシで浴衣があるのになんで芹沢先輩のまで渡される訳?」
「だって、いざ文化祭当日に団子屋が繁盛しなかったらヒラサーがこれ着れば肌色成分多めになるから客が入るし、ほら。かえちー先輩もヒラサーも身長が違うだけで胸のサイズは変わらないからこのくら痛い!!痛いんだけどヒラサー!!ヘッドロックはやめて!!」
その顔には冷たい復讐心が宿っていたとさ。
「お前·······ワタシと芹沢先輩に言ってはいけないことを·····ここで串団子にされたいか~」
流血沙汰は駄目だよ平間さん。
というより皆河さん。着物に胸のサイズは関係ないと思うんだけど
そんな事もありながら帰る頃には時間は午後7時を回っていた。
俺は文化祭準備の為、部活が休みの椎堂と帰る事になった。
その帰り道
「都時」
前方からこちらへ向かってきたのはペルートさんだった。
「ペルートさん。どうしたの?」
なんだろう。この人は俺にジト目を向けてくるが身に覚えがないな。
「我が君を刺し殺すなんて万死に値するのだが、今ここで執行してもいいですか」
「殺してないし良くないね。それより例の件どうなった?」
呆れた顔で小さく鼻息を吐くペルートさんはとある書類を見せてきた
俺はその書類を受けとると
「この借りは我が君との遊園地デートで返して貰いますよ」
「うん。ちゃんと傷が治って、本人の許可が出たらね」
こう言っておかないと本当に強行突破でやりかねないから怖い。
「そこは分かってますよ。流石に3回も無理矢理したら嫌われますし」
「分かってるならて···て待て。お前さっき3回目って言わなかったか?言え。一体二回目に何をした?」
すると、ペルートさんはムクーッと膨れっ面になり、横を向きながら
「·····深夜の2時00分頃にどうしても声が聞きたい衝動に狩られて電話したら説教されてから着信拒否されました」
「当たり前だろ!貴様は馬鹿か!!」
この人には楓さんの病室の番号は教えない方が良さそうだ。
「飛び級してる私に向かって馬鹿とはなんだ馬鹿とは!!」
「日本では常識がなかったらいくら学歴があっても馬鹿扱いなの!!」
なんか無駄な会話してる感が満載だな。
このまま、この非常識と話してても頭が痛いだけなのでここで家に帰ろうとする。
「あ、そうだ。ペルートさん」
「なんですか」
「ありがとな」
俺の一言に目を丸くしてこちらを見るペルートさん。
「····勘違いしないで下さい。これはあなたの為じゃなくて、あの人の為ですからね」
「分かってる。でも、ありがとう」
「····絶対成功させますので。お任せ下さい。お嬢様もあの方の為に必死にやっておりますので」
「そっか。皆河さん、頑張りを見せない人だからわかりづらいけど···後でお礼言っとかないと」
「あ~。あのお嬢様はお礼とかそう言うの要らないタイプの人間なんでいいと思いますよ。自分がしたいからするって言ってましたし」
ぶれないな、皆河さん。
でも、今回の件はこの2人には凄い感謝せざるを得ない
「あ、そうだ後ペルートさん」
「また今度はなんですか」
「今週の土曜日が文化祭なので来ませんか?」
「·····気が向いたら行きます」
そう言って去っていくペルートさんを見送っていてふと気づいた
あれ?そういえば外村先輩って完全個室にいたよな?
あの時は記憶が戻った事に気を取られていたから気づかなかったけど
あの母親が空いてれば四人部屋にするように言った?
なんで?
「ねえ、都時。例の件って何なのさ?」
家で椎堂が俺に聞いている
だが、聞くのならスマホを見ながら文化祭のダンスの練習の片手間で聞かないでほしい。
こちらとしては面と向かって聞いてほしい話なんだから。
「まあ、その内分かるから。今は情報は限られた人以外には話しちゃいけないタイミングなんだ」
「あ~そう。私を蚊帳のそとにしたいと」
「ちゃんと時期が来たら話すからさ」
しばらく口をムニムニさせてから、
「····絶対教えてよ」
「分かった。その時は椎堂の3サイズを教えてよ」
「教えないからね。期待したって無駄だからね。先に言っておくよ」
俺が言った瞬間に胸を隠すのはもうサービスしないつもりなのか。
そりゃあ体目的なら楓さんより椎堂にするけど、真剣に付き合おうってなったらそこだけで判断できないからさ。
まあ。今現在ジャージ姿でガールズヒップホップダンスならぬものを踊っている椎堂は激しい動きに体が熱くなって上着を脱いでまたダンスしているので見る方向によっては体操服を押し出してる胸がえらい事になっている訳だが。
「椎堂、ちゃんとブラしてからやらなきゃ駄目だぞ」
前方向から見たくてヘッドスライディング気味にして見てたら頭を踏まれた。
「いっっっっっってーーーー!!!!」
床はフローリングの為、なおのこと痛い
椎堂はなに食わぬ顔で練習を続けていた。
「スポーツブラしてても揺れるの!もう、通販でやってたバストバンド買おうかな。でもお母さんの許可が必要だからなあ」
巨乳の女子中学生は大変そうで。
俺は床と椎堂の足の間に挟まれた衝撃を直に受けた左側頭部の回復を待ちながら椎堂と会話をする。
「椎堂のクラスって確か体育館借りるんだっけ?」
「そう。時間が午後の1時00分から2時00分の演目になってる」
「で、椎堂はステージのどこで踊るの?」
「見に来る気満々じゃん」
「あら?わたしだって見に行きたいわよ」
「お母さんまで!?」
「お父さんもよ。その日はお店を休みにするって話してたところだもん。ねー?」
いい大人がねー?は良いのだろうか?
「ちょっとー!恥ずかしいから止めてよー!」
確かに中学生にとって親が見に来るイベントなんてできれば回避したいものである。
「で?どこ?センターなのひょっとして」
「······教えないからね」
「これは自分で見つけなさいって事ね。確かにその方がより楽しめるものね」
「来ないでって言ってるのーーー!!」
いや、親の事を悪く言う訳じゃないけどこういう時、親がいると大変である
「あ、もちろん彰のところにもいくからねー
」
母さんがこちらにも話をふる
「でも母さん。来ても俺、買い出しとか裏方だから当日の配膳とか売り子はやってないよ」
「あら、残念。なら親子で蓮を見に行こうかしら」
「そうなったら出禁にするからね!」
いや、椎堂。何もなしに出禁にはできないからな。
気持ちは分かるが馬鹿丸出しの発言は控えてくれ。
そうして迎えた文化祭の当日
俺はクラスの出し物である団子屋の準備の為。今日届いた団子と茶葉の最終確認をしていた。
「都時。サンキューな」
姉岳さんから礼を言われた。
昨日休んだ事かな
「いや、大したことないよ。」
「昨日の事だけじゃねーぜ。色々とだ。色々と」
まあ俺のなかでは予想ついてた内容だが
「ルォシーもありがとな」
買い出し係のメンバーで在庫チェックしてるため、側に皆河さんもいる。
「ん~?ぼくはただこの先クルメグに貸しを作っておけばやりたい放題できると思ってやっただけだからね。なのでこの着物の件も」
「平間から聞いた。許すわけねえだろ。面貸せテメエ」
「トトキン助けて!!ぼく殺されちゃう!!」
いや、殺しはしないと思うよ。ただボコボコにするくらいだと思うよ。
そうして在庫の確認を終えると、俺の役目は後これを売り子の女子生徒に渡すだけなので、あの2人は今ボコりに屋上まで行ってると思うので俺が渡す
「これ、団子ね。みたらし50本とこしあん50本」
「は!はい!!」
こちらを振り向き、俺の顔を見てすぐ怖がって即座に段ボールを受け取って持っていくが、コケそうになっているのがこちらから見てても分かる。
渡した女子生徒の名前は七森優子(なもり ゆうこ)さん。黒髪ロングが特徴の彼女だが。よく他の女子生徒とカラオケに誘おうとしてるのを見かけるのでカラオケが趣味なのだろう。平間さん達とはまたグループが違うのもあってか。火傷を負った俺を見ると怖がってしまう生徒の1人である。
まあ、平間さんグループには姉岳さん、皆河さん。で、俺がいるだけなのだが。ここは俺の理解者兼男勝りなノリがOKなグループなので入るのも憚られるのかもしれない。
七森さんだけでなく、まったく怖がらない女子がそのグループだけなので別にそこまで気落ちしないが、男としてはショックではある。
まあ、野郎共は綾城のようなヤンチャなノリの奴らばかりなので入れない俺も俺だが
気を取り直して、茶葉の方を近くの男子に持っていったら
「はい、これ。茶葉だから、皆河さんに教えてもらった通りお願いします」
「わりい。俺ら急にダチと回る用事ができたから都時頼むわ」
は?
おめえら、HRでお茶の係だって役割決めただろ。
そうやってすっぽかそうとするのは甲斐 仁(かい ひとし)と新野 真司(あらや しんじ)の2人だ。
他にも男は皆時間を決めてやることになっているのだがそこにはその2名以外いなかった。
この時点でおかしい。午前と午後で5人ずつにお茶の準備係を男子で割り当てている。
ちなみに後の男子は午前午後で帰った客の机の上の片付けに回っているがこの分だと居ないだろう。
マジかよ····。ちゃんと決められたことくらいやれよ。あいつら
こちらの反応も見ずにもう行ってしまった金髪の甲斐と灰色の髪をした新野の姿は見えなくなった。
そして、こんな状況に一番キレてる人間は姉岳さんだろう。だが今は別の人間にキレている為、ここへ来た時の怒りゲージが半端ないだろう。
と、思ったら黒板をぶっ叩いてやってきた制服に赤襷の人物が
「んだよこれ」
平間さんだ。
彼女も姉岳さんほどではないが曲がった事が嫌いな性格だろう。顔を襷と同色にして目にまで色素が滲んでいた。
「ごめん平間さん。止められなくて」
「都時くんは悪くないよ。ちくしょー、片付け居ないと思ったらこっちもかよ。ちょっと女子悪いけどお茶の方もやらなきゃいけなくなった」
すると甲高い声でえーと言う騒音が聞こえてくる。
「これ場合によっては午後の子達をこっちに当てなきゃいけないかも知れないし」
「ちょっと平間さん。男子を説得して戻ってこさせる事できないの?」
そうよそうよと相づちをうつ女生徒も
平間さんが女子だけで回そうという考えでいる所に意見を入れたのは水戸 日和(みと ひより)さん。元々、平間さんとはキャラが真逆の今時の女子らしい茶髪を肩で散らした感じと化粧しまくりの風貌の人である。
ちなみに、さっき出てきた七森さんもこの水戸さんを中心とした派閥に入っている。ハタから見ていると女子の集まりの中でもここが人数多そうな印象を受ける。
「今まであいつらに言って聞いてくれたことある?最悪、お客さん待たせる事を想定してこのメンバーでやってくことを考えないと」
「何?あんた偉そうにしゃしゃり出てるのにあの男共、どうにかできないの?」
「おめえらだって今まであいつらをどうにかしてこなかっただろうが!」
いかん。あの2人また喧嘩になるぞ。
いつもならこういう時姉岳さんが入って止めるのだがあの人はどこまで皆河さんを粛清しているんだ。
早くきて姉岳さん!!
「ほらよ」
だが、そこへやってきたのは綾城だった。
いや、正確には姉岳さんを担いで綾城がやってきた。
「姉岳さん!?」
姉岳さんはフーッ!フーッ!と息を荒くするだけで動けなくなっていた。
「何したんだよ綾城!」
「うっせー。ったく!ここまで運んでやったんだ。感謝しろよ」
俺は寝転がっている姉岳さんに触れようと腕を触ってみると姉岳さんが痛がった。
「トトキン。ちょっとこっちへ」
その後から来たのだろう。横に立っていた皆河さんが教室の角に来るように言ってきた
皆河さんの方は無傷だった。
俺がそちらへ行くと
「実はさっきクルメグと屋上に行ったんだけど」
ほう。ボコ殴りの舞台はやはり屋上で
「そしたらそこは圭一達がもう来ていてさ」
「いつもの取り巻きも?」
「それもだけど圭一のお兄さんとかクルメグのお兄さんとか」
「なんでもういるんだよ」
その面子を聞いただけで嫌な予感しかしないんだが
「もう先生も職員室にいるから今一般の人が少ない内にと思ったんじゃない?実際煙草吸ってたし」
「マジか。で、待てよ。この状況からすると」
「ご明察かな?クルメグが止めようとしたら返り討ちにあったわけ。クルメグも馬鹿だよね。女子1人で男数人じゃ敵うわけないじゃん。案の定ボコボコに殴られ蹴られされたよ。でも泣かないだけは尊敬するな」
「ちょっと待ってよ皆河さん」
「何?」
いや·····。さらっと言ってるけどそれって···
「皆河さんその時何してたの?」
「ただ眺めてた」
おかしい。やっぱりこの子はおかしい
「なんで姉岳さんを止めないのさ。もしくは加勢すればいいじゃん。皆河さん強いんならさ」
「男数人相手なんて無理だし。ここらでクルメグも堅物を直さないとなって思ってね。別に煙草くらいいいじゃないの?迷惑かけないようにすればさ」
駄目だ。基本的価値観からずれている。
「それでも姉岳さんは皆河さんの大切な友達だよね?」
「そうだよ。だから友達を正しい方向へ導こうとこうやって」
もう文化祭なんて知るか。ここでこの中国人ハーフをぶん殴らなきゃ気が済まないと思い皆河さんの胸ぐらを掴もうとすると
「都時彰という眷属はいるか?」
突如、変わった言い回しが聞こえたのでその方向である教壇側の教室入り口を見ると黒いセーラー服に前も後ろも髪の長い女性が両手を前に広げて佇んでいた。
細かくは、左目は完全に前髪で隠れていて右目の存在は髪が薄くではあるがかかっているくらいで目視は出来る。
だから、遠目から見る分には左目だけ髪で隠れている状態になる。
そしてその右目の少し上。額の所に包帯が巻かれているのが分かる。
セーラー服の袖を捲りあげ、左腕にも包帯が巻かれていた。
そこへきて、学校指定のコートを袖を通さず肩にだけかけている。
キメの細かい美しい肌をしている美人という印象もあるがやはり大きく占める印象としてはこれがしっくりくるだろう。
中二病
「我が名は新屋敷 笄(しんやしき けい)。今から我がサーヴァントである外村文乃の思いを汲み取り、汝を我が眷属として我が支配下の領域へ誘おうぞ」
うん。ちょっと何言ってるか分かんないな。この人には近づかない方が良さそうだ。イタい子っぽいし、絡んで滑るパターンだろう。
「ごめん。俺、クラスの出し物手伝わなきゃいけないからさ」
「あ、それならオッケー。トトキン」
なぜそう皆河さんが言いきってるのか不思議に思っていると
「圭一には写真で煙草吸ってるとこ押さえたから先生にばらされたくなければ文化祭手伝う契約になってるから。もちろん取り巻きーずも」
こういうことには抜かりないな皆河さん。
なんだろうな。あくまでも皆河さんの最優先事項は文化祭を円滑に進めることなんだな
そんなに団子屋がやりたかったんだろうか。やりたかったんだろうな。皆河さんなら考えられる。
「だからダウナー先輩がクラスの出し物に誘ってるんだから行ってくるといいよ。で、後ダウナー先輩はかえちー先輩やフミフミと同じクラス」
皆河さんのどこにそこまでのコミュ力があるのか謎なんだが。
でも、それなら外村先輩の名前が出てきたのにも納得がいく。
そして楓先輩のクラスメイトだったんですね。
すらりとした身長とスタイルの良さはモデル顔負けのものがあるからてっきり三年の先輩の可能性もあったけど。そっか
でもこんな目立つ先輩いたら····俺基本楓さんしか視線に入らなくなっているのかも。
これはあれだな。楓さんが可愛いのが悪い。
「で、なんでこの人ダウナー先輩?」
「我が能力はダウナー系統しか持ち得てないからだ。その能力に特化するあまり、他の能力にステータスを振ることができなかったんだ」
痛いのは嫌なので能力ダウンに極振りしたいと思いますですか。
その手の能力はストーリー中盤の一部のキャラクターしか手に入らないのがRPGでは鉄則だと思うんですがその辺どうなんだろうか?
「防御力には振ってないんですか?」
「フフフフフ。····我クラスにもなると、もはや相手は無力化するのだ。無力の相手に防御力を割いても意味なかろう?」
さいですか
「てーっと。あれですか?外村先輩が自分のクラスの出し物見においでよ的な感じですか?」
「サーヴァントの言葉を借りるならそうなるな」
正直めんどくさい先輩だなと思った。
いや。もう既にめんどくさい先輩は知ってるし存在しているんだけども、このめんどくささはあの人とはまたベクトルが違うめんどくささのように感じる。
これで先々にはめんどくさい先輩1号楓さんと2号のこの人2人を抱えるならどちらかクーリングオフにしますよ。両方処理はさすがにもたないので。
すると俺のスマホが振動していた。
『ごめんよ都時少年。しんけっちは友達少ないからちょっち相手してくれ』
こうくるか。でも楓さんも外村先輩もまだリハビリ中だろうしな。こうするしかないか。
『間違ってもしんけっちがスタイル良いからって変なことしないように』
しませんよ。キャラのせいで萎えますって
「契約成立だな。では行こうか眷属よ」
目の前に手をかざしたポーズをとりながら歩く姿はやはり中二病だなという感想しかでなかった。まあ、この人中2ではあるんだけども。
後で外村先輩にどうのこうの言われてもなんなので、新屋敷先輩についていくことにした。
で、やってきました2年6組の教室
そこはセーラー服姿で中を行き交う女の子達の姿があちらこちらで見えてくる。
「では、こちらに召喚契約書がある。そこに示された契約内容を破棄すればその契約はなかったことになるから注意するように」
うん。要は教室すぐ外の廊下に設置された机に置いてある紙が整理券だからそこに書かれた番号を呼び掛けるから呼ばれたらくるようにとの事だな。
普通に話せばこれだけの事なのになぜこうなるかな。プライドか。プライドなんですか中二病は。
机の前に座っていた女生徒から渡された紙には3番と書かれていた。
「外村さんと芹沢さんはどう?」
すると、その受付をしている人から声をかけられた。
俺は驚きを隠せなかった。
普通は俺の目を見て怯える人がほとんどなのだから。
女生徒はクスクス笑いながら話を続けた。
「外村さん。当たりの良い人だから皆、今回の事で心配してるんだよ。あ、もちろん芹沢さんもだよ!」
なんかとってつけた感が拭えないんですけど
「ごめん!ごめんってば!芹沢さんの事悪く言ったようでごめん!彼氏だもんね」
俺は自分の彼女をおまけ扱いするこの人への敵意を一段階下げることにした。
「大丈夫。ここの女子は君の事は感謝はすれど毛嫌いはしないから」
「····それは楓さんが変わったからっていうあれですか?」
「そう。間違いなく君のお陰で変わったの。だから生徒を代表して言うよ。ありがとう」
「買いかぶりじゃないですか?」
「だとしても君としては怖がられるよりかは良い反応とは思わない?」
「ここを楓さんに見られたら嫉妬で殺されかねないのでどちらかというと悪いですかね」
「アッハハハハハハ!芹沢さんってそうなんだ!」
「こっちは笑い事じゃなくて真剣なんですけど」
「いや~。これは良いこと聞いちゃったな~」
「····楓さんが退院してから教室に居づらくなった時はあなたの責任にしますからね?先輩、名前は?」
「ごめんごめんごめん違うって!いじめるつもりないからさ!ホントに!ちなみに名前は本上 田鼈(ほんじょう たがめ)ね」
本当なのかという疑いはあるが、外村先輩とは違うタイブの人を惹き付ける人なんだなと思った。
本上先輩は黒髪を肩で揃えた感じで特徴はないけどよく笑うし笑顔も可愛い人だ。
楓さんもこのくらい人当たりがよければな。
ふと本上先輩を見ると首から鎖骨にかけて鎖が見えたので女子だしアクセサリーなのだろうと思うが少し鎖が太いので聞いてみることに
「本上先輩、その鎖の下って?」
「ああ。男の子だしこの下の胸が気になる?ちなみにDカップだけど、触ってみる?」
「違いますし触·····良いんですか?」
横で新屋敷先輩がゴミでも見る目をしているが、構うものか。触れるものなら触るんだ。
「どうぞどうぞ。文化祭だし」
文化祭は関係あるのかわからないが言質はとったということでさっそく双丘に触れる事に
おそるおそる。しかし、大胆に。本上先輩の服越しでも山なりの胸をつかむと「あん!」とちいさくあえぎ声が聞こえる
「エロいですよ先輩」
·「あきくんがえっちぃ触り方するからだよぉ」
だんだん興奮が増してきて揉み出すと胸が動きだしたかのような感触がしてびびって手を離した。
「ギャ!!」
こちらが大きく叫ぶも、新屋敷先輩は分かっていたとばかりに呆れていた。
ん?なぜ新屋敷先輩はこの反応なんだ。本上先輩もニコニコ笑顔だし。
だが明らかに女性の胸にはない硬質な感触は感じた。これは違和感以外の何者でもない
そして、その答えは本上先輩の口からではなく、そのものが教えてくれた。
それは本上先輩の胸から動き出して胸元までせりあがってきた。
「蠍(さそり)ですか!?」
· それが尻尾部分を鎖で繋がれた蠍だった。
全体的に黒いフォルムで、一般男性の手の平より少し大きめの蠍だった。
でも、まさかこんな可愛い先輩が蠍を鎖でつないでアクセサリーにしてるとは思わないだろう。
「うん。チャグロサソリのロドリーちゃんだよ。このクラスのマスコットだよ」
「そう言ってるのは本上だけだからな眷属よ。この者の言葉を我が支配下のサーヴァントの総意としてはならないぞ。にしても······それ、民間人には見せないようにな」
「え~~~~~。今日はこの子の民間デビューさせる目的で連れてきたのに~?」
「あれだけクラスでも見せるなと再三言われただろ!!これで出し物中止になったら汝の責任だからな!!」
あ、ついに新屋敷先輩がキレた。
「今日はよくわたし責任擦り付けられるな~。すぐ責任転嫁するのは日本人の悪い癖だよ~?」
いや、本上先輩?事実あなたのせいですからね。
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