狂ったもの 都時彰編 5

「で、では···」

俺が浴槽に浸かると、先生は冬眠中の熊のようにのっそりと動きながら椅子に座った。

そして鏡横の棚にある縦長の容器を手に取ると顔に塗っていく。

「何してるんですか?」

何か話してないとすぐ先生のおっぱいに目がいってしまうので気をそらす為話しかける。

「クレンジング。化粧を落とすのよ。だけど、今使ってるこれならスキンケアから何からキレイにできるのよ」

先生がこちらに見せてきたそのボトルには『ファン〇ル マイレド クレンジング オイル』と書かれていた。せやな、知らんけど。

先生は流れ作業のように、顔全体につけた後、大声を上げた

「あーーーー!!!目元のリムーバーつけるの忘れたーーー!!!」

「先生、近所迷惑ですよ。もう21時近いですし」

「うっさい!乙女の一大事件なの!都時君今すぐ洗面台の鏡横にある大きめのキレイな青の容器とその隣にあるコットン持ってきて!」

「まだ浸かって5分もないのですけど」

「一大事件!」

「はいはい」

仕方がないので出て探すことにする

「え···と。これか」

容器に『HR』と書かれた青色の容器とその隣に白い布の一纏まりが置いてあるのが洗面台に設置された鏡と同じ目線の横に置いてあったからすぐわかった。

それらを手にして先生に渡す。

「はい、先生。これでいい?」

「ありがとう。ちょっと使ったら戻すからそのまま待機で」

「自分でやるわけにはいかないんですかこれ?」

「クレンジングは時間との勝負なの。だからさっさかやらないと。乙女は色々と大変なのよ」

「先生は乙女なんですか?」

「都時君、そのまま外に放り出されたい?」

「先生は間違いなく乙女です」

「よろしい」

これは男が触れてはいけない領域だ。

俺は直感で感じた。

「はい。これどうも」

少ししたらリムーバーとやらが返されたから、それを元の位置に戻す。

少し寒い感もあるがまた浴槽に戻って先生の裸に息子がアレするのも嫌なので出ることにあ、そうだ。

「先生、俺の服は?」

「洗濯したわよ」

「違います。着替えです」

「?···洗濯したからあるわけないでしょ」

「ちょっと!!俺、どうすればいいんですか!?」

「何を戸惑っているの?裸でいればいいじゃない。私も裸でいるし、明日には乾くわよ」

「寒いんですけど!?もう10月なんですけど!?」

「はいはい、もう一回風呂入りなさい。無理矢理出したのは悪かったから」

「違います!そこじゃないです!」

「いいから入りなさいよ。この家では極力洗濯するものは少なくするルールでやっているんだから」

「そりゃあ1人暮らしだったら裸でいても問題ないでしょうけども!でも、誰か来たらどうするんですか!」

「その時は部屋にジャージ一式あるからそれ着るのよ」

「そのまま着てくださいよ」

「嫌よ。洗濯する手間省きたいし、癖になってるし。」

「結婚できませんよ」

「だまらっしゃい。外では服着てるから良いでしょ」

「それしなかったら変態ですよ」

「とにかく入りなさいっての!」

こちらの要望を聞かず氷見先生は押戸を開けて俺の手を引いて浴槽に入れてしまう。

そして俺が入っている横で頭を洗い出した。

やけに時間が長く感じる。

「先生、洗う時間長くないですか」

「乙女のお風呂は時間がかかるのよ」

「もうシャンプー3回目ですよね。それ」

「違うわよ。シャンプーしてトリートメントからの今リンスしてるの」

「なんか先生が女性に見えてきました。」

「失礼ね。しっかり女性よ」

「しっかりした女性は男子中学生とお風呂に入ったりしません」

「昔は弟ともこうやって入ったものよ」

そう言う先生の雰囲気が変わっていく。

「え?先生、弟。いたんですか?」

「何年前だろう。もう····16年前か······。今の都時君くらいの弟がいたのよ」

「いた····ってことは。亡くなった···んですか?」

先生から暗い哀愁が漂うのが表情から分かるから恐る恐る聞く。

「ええ。····山から転落してね。ああもう!はっきり言うわ。本来父と弟の3人で行くはずだった登山を父に仕事が入ったから父には黙って私と弟の2人で行ったが為に足を滑らせてね」

「········」

「当時は私も調子に乗ってて。小学生の頃から登ってる立山だから父の予定とは違う上級者コースに行ってしまったのもいけなかったわね。何か音がして後ろを見たら弟が斜面から足を滑らせて落下してる所で····。」

「そこで亡くなってしまって···」

「そうね。本当なら登山届け出したり、山の天気調べたり、登山ルート見たりするんだけど。全部父に任せてる事に気がつかずに慣れてるから大丈夫なんて本気で思っててさ。今になったら馬鹿だなって思ってるけど、弟に良いとこ見せたかったのかな。」

「それをきっかけに山に登りたくなくなったなんて事はないんですか?」

「それがなかったのよね。その後、他の登山者に保護されて、親に滅茶苦茶怒られたんだけど。しばらく学校にも行かずに放心状態だった後。やっぱり小さい頃から山に行ってて今さら止められなくなっててさ」

そう言いながら体を洗っていく先生の動きは疲れのせいなのかもしれないがぎこちなくて。時折手が震えている瞬間が垣間見えた。

白くて細くてキレイなスタイルの32歳女性は自分に正直に生きたかったのだろう。だが、自分の危機管理が足りなかった。登山(それ)はいつも危険と隣合わせだということに。

普段から、いつもやっている事だと理解できない事ってあると思う。先生の登山もきっとそうなのだろう。

そして、先生のお父さんは登山の楽しさを教えたくて子供を連れて行ったのだろうとも。決して亡くなって欲しくてそんな事をしているんじゃないんだと。

「だから、それからは父に徹底的に安全に登る為に必要なことを教わってから登山するようになったわ。母は登山自体止めて欲しかったみたいだけど、その頃は言っても聞かなかったからさ。私」

今現在もですよ先生。だから服を貸して下さい。怒りますよ。

それでもこの人の屈託のない笑顔にやられる人が続出してるからこの人はこのままでいられてるんだろうなぁ。

俺も楓さんがいなければこの人と一緒になりたいと思ったかもしれない。

「さ···てと。じゃあ私も入りますか」

「え!?」

まずい。良い雰囲気な所に

「じゃ!じゃあ俺はこれで」

「えーーー!?昔、弟と一緒に浴槽に浸かってた頃を懐かしみたいと思ってたのに!」

「無理ですって!もう先生、高校生じゃないんですから!!」

そもそも高校生の娘が中学生の弟とお風呂に入るのもどうかと思うけど。

「いいからいいから。でも、なぜかあの頃、弟の神狩(かがり)も中学生になってから恥ずかしがって抵抗してたなぁ。姉弟だしいいじゃん」

お会いしてない氷見先生の弟さんが常識人で良かった。そうだよね、この人がおかしいだけだよね。氷見家は普通だよね。

そして本当に入ってきたよ、このお姉さん。

俺は慌てて浴槽から上がる。

「30越えたおばさんに何を慌ててるんだか。」

氷見先生はクスクス笑うだけだった。

まだ言うかこの無自覚中学生キラー。

その肌と巨乳、美貌はまだ20代でも通せるというのに分かってないのは困る。

俺は緊張と興奮で体が熱いのを感じながら脱衣場兼洗面所へと足を踏み入れる。

「先生、タオルは?」

「それなら左奥の棚の中」

そこは右奥に7㎏サイズのドラム式洗濯機が置いてある、左の壁に1メートルくらいの白い4段BOXがあるので中を覗いてみた。

一番上は、白色のショーツがわんさか入っていた。

即効閉めた。これ、穿いても許されるかな。いや、ないわー。

そして2段目にはハンドタオルがぎっしり入っていたのでそれを拝借することに。

しっかり体を拭くと洗濯機の横、向かって洗面台側にちょこんと小さな籠が置かれているのでその中へタオルを入れる。

そして洗面台の鏡横の収納を物色すると、一番下である4段目にドライヤーが入っているのでそれを左の収納下に付けられた電源にコンセントを差して使って髪を乾かす。

「都時君、ドライヤー使ってもいいけど使いすぎはダメよ。今月ピンチなんだから電気節約しないといけないし」

「はいはい」

「寝癖直しウォーターなら、たんまりあるから乾かせてなくても問題なしよ」

そこで親指立ててポーズされても···。

この人は几帳面なのかズボラなのかよくわからない。

そして、振り向いた先に仁王立ちしているから先生の胸からアソコから丸見えだったのでまた俺の息子がガン立ちしてしまうので急いで全体乾かして、先生に渡して自分は部屋を出ていく。

「あ、夕飯はカップラーメンがここを出た右奥の部屋のクローゼットに入ってるから、そこから見繕ってくれる?」

これはカップラーメンをかなりストックしているのではないかと疑ってしまう。

そこで俺は部屋を出て、まずは左に見える2帖ほどのキッチンにある小型の冷蔵庫を開けると予想通り、卵2個とネギが1本、酒類がびっしりあるだけで後は何もなかった。

この状況を先生の親に言いつけた方が良いのではないかという考えが浮かびながらも今はそれより飯にしたいのでコンロ下のスペースからヤカンを取り出し、水を適当に入れて沸かした。

それから言われた通り、右奥の部屋に侵入。そこは前後で段違いになっている引き戸を右へ全部収納するタイプのようで、そこを開くと中は3帖程のスペースだった。

通過地点のLDKが大体10帖あるかないかだったのでよくみるとLDKよりこちらは横幅が狭くなっているのとクローゼットが場所をとっている為クローゼットを入れれば縦幅は変わらないがまあ。1人暮らしにはちょうどいい広さなのだし人様の寝室を狭いとか言うのは止めとこう。シングルベッドなのも仕方ない仕方ない。

さてと。こうなるとクローゼットなのだが、なるほどこれは縦幅はここに1/3を削っているから俺が入る余裕は十分ある。

だが、それが出来ない理由としてまず一般サイズの段ボール箱2つにたんまりという言葉がふさわしいくらいに箱の上面すれすれに入ったカップラーメン達が見つかったからというのと後はこの登山グッズの数々だ。

パッと見るからに圧倒的な存在感のあるそれらを先生に言及したいが、今はカップ麺のお湯を沸かしているところなので手近にあった『日青焼きそばUHO』と『明生ニ平ちゃん 夜店の焼きそば 豚旨塩だれ味』を出してキッチン手前の机に置いた所で沸いていたから火を止めて。俺は二平ちゃんを解体して中へ湯を注いでいるところへ先生がやってきた。

「あーーーー!!!それとっとこうと思ったやつーーー!!!」

氷見先生が信じられないものを見る目でこちらを見てきた。

「知りませんよ。同じ箱に入ってたんですから。大事なものならそう書いといて下さい」

「でも、まさかまさかそれを取るとは思わなかったのよ!」

「分かりました。これは先生に譲りますから、俺はこっちのUHOにします」

「そうして!私今日はこっちの気分なの!」

どんな気分ですか。両方とも焼きそばじゃないですか。

俺は、残ったお湯を入れた小さいポットを机の上に置いていたのでそれでお湯を入れる。

「あつっ!ちょっと!カップを近づけてやってよ!こっちにかかったじゃない!」

この机自体が2人で使うにはギリな大きさなのが問題だと思う。そこへ先生のお胸も乗せてるし、場所とるでしょうが。

かといって、俺としてもギリな大きさの机の上に先生の巨乳が乗っているのを眺めてしまうのも事故の元なので、俺はキッチンに戻りコンロと水道スペースの間で作業することになる。

「先生、胸を机に乗せるのは行儀悪いですよ」

「重いのよこれ、肩こるし。持ってみたら分かるから持ってみなさい。」

「今、お湯を注いでいるので」

「もうお湯注ぐ音しなくなったわよね。ほら、持ってみてよ」

オレとキッチンを挟んで反対側に先生が立っていた。

その位置だと下半身は隠れるが上半身は丸見えなので当然、先生のFカップも先端も丸見えである。

先生に俺の手首を握られ、そのまま片乳を下から掬い上げる形で触れ、少し持ち上げてみる。

「少し····重いですね。」

それは言われてみれば重いかなくらいの物だった。

「遠慮せずに両方持ってみなさい。少し痛いくらいは許すから」

そう言われ。両手で両胸持ってみるとなかなかの重さだった。

「重!これが····Fカップの重さか」

「片方だけで小さめのメロン1個分よ。今都時君はメロン2個を持ってる事になるわね。」

「これを椎堂もつけてる訳か。凄いなあいつ

「本当にあの子は凄いわよ。それで陸上で部内で2番目なんだから大したものよ。でも、本人の胸を持ったりしたら駄目だからね。私だから許してるだけよ。」

「大丈夫です先生。椎堂の胸に顔を埋めた事があるので」

「あなたたち2人は一体何をやっているの!?教師として許してはおけません!芹沢さんもいるのに」

「先生、その時俺、親を失って悲しんでたんですよ。そんなとき、椎堂が気を利かせてくれて」

「そっか······。そういえばそんな事あったわね。職員会議で聞いたわ。大変だったわね。」

その後も椎堂の胸のお世話になってるがそこまで言わなくてもいいだろう。

「先生、早く食べた方が良いですよ。」

「あーーーー!!!忘れてた!!疲れててそのまま調味料入れちゃった!!!」

あーあ、お湯捨て忘れてたのか。ドンマイ先生。

「捨てなきゃ!!」

「先生!!今捨てたら調味料も落ちちゃいますよ!!」

俺の言うことも聞かずお湯を捨ててしまった先生の焼きそばは何もかかってない真っ白な麺と少しのキャベツだけが残った。

これで食べてもおいしくないだろう。

なお、先生が悲しみに暮れている所に俺の焼きそばがお湯の捨て時なので冷静にお湯を捨てていた。

「ソースちょうだ~~~~い」

30過ぎた良い大人が泣いて懇願していた。

呆れてきたのでソースを半分そちらにもかけてあげる。

「薄い。」

当たり前である。

「卵入れませんか?」

「卵?あったかしら?」

ちょっと待て。怪しい発言がみられたぞ。

「先生。今冷蔵庫に入ってる卵って消費期限いつの物です?」

「あっ!あ~~~~~~。あっははははは!彰君、そんな事気にせず食べましょう。」

「駄目ですって!そんな危険なもの食べれませんって!」

「あー。あるある、うん。都時君、ちょうど2つあるからお互いかけて食べましょうよ、そうすればまだイけるでしょ?」

「馬鹿ですか!?現状でもヤバい臭いしかしないものを生で食べる訳ないでしょ!?フライパンありませんか?ちょっと焼いてからじゃなきゃ食べれませんってさすがに!」

「大丈夫!そんな数字に意味なんてないから」

「アンタそれでも数学教師かよ!!」

もう怒った。この30代には怒っていい。

「いいから卵焼きますからフライパンはうわっ!」

コンロ下の収納から出てきたが、それはホコリと油がつきまくりの物だった。

「先生···最近いつこれ、使いました。」

この人絶対結婚できないだろ。

「何よ!そんなの洗えば使えるじゃない!」

「これは捨てて新しいの買いましょうよ!絶対使えた物じゃないですって!仕方ない、電子レンジにしますか。」

「分かったわ。ならそれで」

「とか言ってそのまま電子レンジに直接卵を置くとかアンタ馬鹿なのか!?」

もうこの人は馬鹿って言っていいと思う。

「もう疲れたのーー!!早く食べさせて!!」

まあ、俺が病室にいる間も外村先輩の母親といたのだから精神的に疲れたのかもしれないし、その後も色々あったしな。

「分かりました。なら塩ありませんか。それかけて食べましょう。」

「どこだったかな~。」

もう嫌だよこの人。

探してる時点でアウトな感じしかしないんだけど。

そしてキッチンのあちこちを探してようやく冷蔵庫の酒類を退かした奥から塩やら胡椒やらの調味料が出てきた。


どれも黒色の物体が大量に入っていたが


「········」

「·················」


「だ!大丈夫よ!ちょーーーーっと時間が経ってた都合で」

「駄目ですって!!絶対カビですって!!捨てましょうよ!!無理!!無理ですから今日は薄味の焼きそばにしましょう!!」

「いやーーー!!お気に入りの焼きそばが超薄味だなんていやーーー!!私は濃いめの味が好きなのーーー!!」

もう疲れた顔色をしてる先生を全力で抱き締めて制止する。明日休みの理由が調味料のカビだなんてそっちの方が嫌でしょ。

涙目の氷見先生を見てるとなぜか楓さんを思い出すのは何故だろうかと考えてると。そうだ、あの人をからかってる時大抵涙目だからだと1人で疑問と解答をしていると、先生から発案があった。

「彰君、私のお尻を思いきり叩いて」

ついにこの人、疲労が頭にまで回ったか。

「ちょっと先生、何を考えてるんですか。」

「よく聞きなさい彰君、人間の涙はしょっぱいわよね?なら涙を焼きそばにかければ良い感じに塩味の焼きそばに」

「ちょっと先生正気ですか!?」

「いいからお尻を叩きなさい!時間がないの!焼きそばは時間が命なのよ!!」

焼きそばとクレンジングは同系統なんですか。

ここまで過ごしてるとこの人が他人の言うことを聞かない性格なのは分かっていたので、仕方なく先生のお尻を叩いた。

ペチッという先生のモチモチしてて、柔らかなお尻の弾力から生み出される音が出る。

「もっと強く!!」

もうどうにでもなれ

バシーーーン!!

一切加減しないビンタを先生のお尻に打ち込むと、こちらの手も反動で痛かったが先生のお尻も赤く腫れ上がっていた。

先生の顔から涙が零れていた。

「何を止めてるの!?もっとやって!!私が泣いてても続けなさい!!」

俺は一体何をやらされてるんだ。

俺は一心不乱に先生のお尻に何度も何度もビンタを叩き込んだ。

「あんっ!やあ!やめ!!いや!止めないで!いやーーー!!」

どっちだよ。なんかこの状況に俺の息子もビンビンなのは俺はそっちの気があるのか。

すると玄関からチャイムの音が鳴り響いた。

ピンポーン!という音に対して先生は条件反射が如く寝室まで行き、ジャージを着てから玄関まで行く。

台所にいる俺からは何も見えない。先生が玄関との間の扉を閉めたから。

まあ、こんな裸を晒す趣味もないから良いんだけど。

俺は仕方なく少しソース味のする焼きそばを食べていた。

すると、扉が開かれた。先生かな。でも結局、誰が来たのだろう?


扉の先には姉岳さんがいた。


「き!·········キャーーーーーーーーーーー!!!!!!」

「ぎゃああああああああああああああああ

!!!!!」

この状況に姉岳さんは目を覆って背中を向けていた。おそらく、俺のアソコも見られただろう。ずっと立ちっぱなしだったし。

「はいはい。ここは女子中学生には教育上悪いから帰ってちょうだい」

「そもそも先生!なんで都時が裸でここにいるんだよ!」

こっちに顔は向けず、先生に猛抗議する姉岳さんの顔は真っ赤である。

「まあ、今日····言っていいのかしら。外村さんのお見舞いに連れて行ったら遅くなったから私の家にいるのよ。」

「裸でいる理由が見当たらないんだけど!?」

「仕方ないわね。都時君。姉岳さんが居る間だけ寝室の毛布を使っていいわよ」

「服を着せろ!!もしくは帰せ!!もういい!!私の部屋から着替えと車出してもらうようにするから!!」

そう言ってそそくさと出ていく。

「····なんで姉岳さんがここに?」

「私の隣が姉岳さんとこだからよ」

マジか。いや、マンションならあり得なくはないけれども確率どうなってるんだよ。

「にしても先生、椎堂のこと知ってるんですね。」

「あの子のクラスの数学を担当してるの私だからね。あ、これ言っていいのかどうか分かんないけどあの子、頑張ってるのは分かるけど····」

「皆まで言わなくていいです。ちょっとオツムが弱いんですアレは」

脳より胸に栄養が回ってしまったのではないかと俺は思っているくらいで

「にしても···都時君ところは数学は」

「坂本先生」

「あの人ってスパルタで有名よ。大丈夫?」

「大丈夫です。世の中には生徒に関心のない担任もいますから全然ありがたいです」

「えと···あなたのクラスの担任って」

「小林先生」

先生と俺で話しているところへ姉岳さんが担任の名前を言いながら戻ってきた。

「にしても、姉岳さん家ではカチューシャ取るんだね」

「しま!なんだよ!文句あっか!!」

理不尽に怒られた。

「いつもはジャージなのに何かと思えば。これはあれね。好きな男の子のためにおめかししたけどカチューシャだけは忘れ」

「都時これ3番目の兄貴の中学時代のお古だから使いな!!後、一番上の兄貴が車出してくれっから乗りな!!場所は私がスマホで調べたから!!」

「なんで姉岳さんが俺の家の場所を」

「うっせー!委員長だから!!委員長だから知ってんだ!!いいから行くぞ!!」

なにやら姉岳さんが赤い顔をさら赤くして怒鳴り散らすがまあ言われるままにしとこう。

「それにしても小林先生か····。あの先生、教師の中でも嫌いな人多いからな。私もどちらかと言うと嫌いだけど」

教師がそんなこと言って良いんですか。

「そうだよ先生!あの先生何とかならねえの!?この間の文化祭の出し物決めだって!!」

「安心なさい。あの先生は来年の春には別の中学へ異動になるから」

「それまで我慢かよ!ちくしょー!」


「まあ、私もその時異動になるんだけど」


「「えええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!」」

「2人とも近所迷惑よ」

「部屋でケツ叩かれてた先生に言われたくねえよ!マジかよ!先生どこ行くんだよ!」

「中ノ鳥中学よ」

「結構遠いな」

中ノ鳥中学はここから10㎞は離れた所にある。

「先生引っ越すんですか!?」

「さすがに10㎞も離れてるとなると考えるけど。正直、芹沢さんが気になるっちゃあ気になるのよね」

「そうですよ先生!そんなの楓さん泣きますよ!」

「都時君、人はいずれは別れが来るものよ。それが早いか遅いかだけの事」

それはつまり、先生の弟さんの事を言っているのか。

「まあ、この話はあなた達2人だけの秘密にしてちょうだい。これが中学全体バレると色々大変になるから」

「分かった」

「先生、楓さんには」

「言わないでほしい。あの子、絶対学業面で引きずるから」

ですよね。あの人はそういう人だ。

そうして、着替えた服は少しブカブカなくらいで何とか着れるものだった。

「良かったら他にもあるからやろうか?」

「良いんですか?」

「ああ。私の家の兄貴3人共中学時代のなんて着れねえし。あってもごみになるだけだからよ。気に入ったやつは私ももらってたりするけどな」

でも今の紺色のワンピースは自分用に買ったものですよね。

「に!似合わねえかこれ!」

「いや、かわいいからOK」

「そ!そうか!なんか····照れるな」

そう言う姉岳さんは急いで部屋に戻り、おそらくさっき言った古着を持ってくるのだろう。

そしてそれと入れ違いに俺より少しガタイの良い茶髪にピアスをした男が出てきた。

「ちーっす、おひさっす。聞きましたよヒミちゃん、あの中学離れるんすね。相変わらず美人な事で」

「ヒミちゃん言うな。剛(つよし)君も相変わらずね。高校でもなんだかんだやってるんでしょ」

「んなこたないですよ。ちょっと窓ガラスを7枚割っただけですよ」

「コラーーー!!十分問題よ!ったくあなたは!で、允(みつる)君と優(すぐる)君は?」

「呼びましたひみこ様?」

そう言って出てきたのは、青髪にサングラスをしたすらりとした高身長と顎髭が特徴の男だった。

「どっち?」

「允ッスよ」

「あーーーー!!面影はある!なんかチャラくなったわね。」

「そういうひみこ様は胸でかくなりましたよね」

「見んな変態。それと在校生の前でひみこ様はやめい。流行ったらどうすんの」

俺の時とは違い、気色悪いと言いたげな顔で胸を隠して方向を変える先生。

「俺も大学生ッスよ。先生とアレコレしても良いッスよね?」

「もう!そう言いながら色んな女の子に手出してんでしょ!」

「本人同意ならOKじゃないッスか。だから先生もどうッスか?ご無沙汰だと思うんスけど」

「結構です。いい加減私も32歳なの」

「もうそんななります?俺中学ん時、27、8だから····なるか」

「そうそう。だからもっと若い子相手になさい。ほどほどにね。あなた、結婚はいいの?」

「一応候補はいるッスけど、今はもうちょい遊びたいかなって」

「後で仕事も女も手がつかなくなってからじゃ遅いからね」

経験者は語ると言うやつですか。先生

「分かってますよ」

「飯野さんの事忘れてないからね私」

「·····だから、あれは兄貴が悪いんだって」

「允、あれはこちらに非はなかったんだ。」

允さんの弁解の間を割って入ってきたのはガタイが剛さんよりさらに一回り大きく肌が黒い男だった。

「優君!あなたはまだそんな事言って逃げる訳!!私は絶対許さないからね!!」

「だって、実際あれは法律的に見ても不起訴になったじゃないですか?なのに、今さら僕らが悪いとか。何を言ってるのか分かんないんですよ。はっきり言って」

「あんなもん法律云々以前の問題よ!!」

先生は怒髪天を衝く勢いで怒っていた。

「先生、気持ちは分かるけど抑えて。近所迷惑なので。すぐ兄(にい)、車お願い」

「はいよ。じゃあ先生、良い結婚相手見つかると良いですね」

「ふんっ!あんた達みたいな男に掴まるくらいなら山と結婚するくらいで十分よ」

優さんと先生のやり取りはそこで区切られたと思ったら

「まだやってたんだ。んなこと」

「んなことやってるから結婚できないんスよ」

「そうそう。どーせ今もなんか登山グッズ買って金欠なんすよね?」

「うっさいわね!そのとおりよ!もう!腹立つわ!!」

先生、それじゃあ俺達でもそう言いますよ

「じゃあ先生、僕らは出掛けるので戸締まりしっかりしておやすみなさい」

「はいはい。おやすみ。あっ!姉岳さん!!」

もう帰るだけだと言うのに先生は真剣な顔で姉岳さんを呼び止める。

なんだ、この先生の真剣な眼差しは。

何か教師として伝えるべき事でもあるのかと言わんばかりの雰囲気だ。

先生がまっすぐ姉岳さんの目を見ているので姉岳さんも背筋を正して聞く体勢をとる


「塩コショウ···貸してくれる?」


その一言に全員してポカンとした後、俺だけが気づいた。

ああ、そういえば塩も胡椒も何もかもカビだらけだったもんな。

じゃなきゃ尻叩かないし、いや、それでも尻叩くのはどうかと思うが。

こうしてる間も先生のお尻は赤く腫れ上がっているだろう。そう簡単に消えるほど柔には叩いていないし。

「···先生、持ってないの?」

姉岳さんが半眼で先生を見下している。

「違うの!!持ってたんだけど、ちょーーーーーっと日付が過ぎてて調味料全部カビが生えちゃってて」

「悪いな都時、私、ちょーーーーーっと先生と話があるから先に兄貴達と帰ってな。本当は送りたかったが」

「あ、うん。じゃあまた明日」

先生に明日はくるのかは分からないが

だからって先生、こっちに助けを求める視線を向けても駄目ですよ。何を先生が生徒に助けを求めてるんですか。

「都時君の裏切り者ーーーー!!!」

最初に服を渡してれば助けたかもしれないのに、愚かな事を。



そして姉岳さんの一番上のお兄さんである優さんの日産のエクストレイルに乗っていた俺は、2番目である允さんと3番目の剛さんと共に家に帰ることに

「じゃあ行くか。」

そう優さんが声かけて車は住宅街を走っていく。

「で、都時クンだっけ?」

「あ、はい」

「妹は学校じゃあどうだ?」

「え?普通ですよ?」

「「アッハハハハハハハハ!!!」」

すると、允さん、剛さんが大爆笑する。

「えっ!?えっ!?えっ!?」

助手席に乗ってる俺の右で運転している優さんもクスクス笑っていた。

最初の印象では允さん剛さんがヤンチャな感じで優さんが少し冷静なタイプと見たがこの兄弟の妹に対する評価はなんだろう。

普通と言われて大爆笑する意味を考えようとするが考えが纏まらない。


「いやあ····ごめんね。事態がわからないだろうから言うけど妹の恵は性同一性障害なんだよ」


優さんが親切に教えてくれた言葉には説明の体を成してるのかどうか、すぐには分からなかった。

「·····················え?」

「─────女なのに男言葉使ってる事に違和感を覚えなかったかい?」

「それは本人からは男兄弟ばかりで育ったからだって聞きましたから」

「まあ、本人はそう言うわな」

優さんと俺で話してる所に允さんも身を乗り出して会話に入る。

「あいつ、心は完全男なんだよ。医者からも診断が出てるしよ。あん時、医者に行くのすんごい嫌がってたけどなアイツ」

背もたれにふんぞり返りながら言う剛さんの言い方には淡々と言ってるながらも、やっぱり兄妹だからか憐憫の色が少し混ざってるように感じられた。

「じゃあ、姉岳さんは女性しか愛せないとか」

「いや、そこは男が好きだと本人が言ってたから問題ないよ」

「え!?どういう事ですか?」

「なあ?これ、恵いたら止められそうな会話だろ?」

「いないからOKじゃん。」

「まあ。いつまでも隠してて良くなる訳じゃないし、僕としては人選に間違いはないと見るけど?都時クン、この事は恵には内緒にな」

俺の疑問に対して允さん、剛さんの順に言いたい事を言って優さんが俺に同意を求めてきた。

性同一性障害という、普段聞かない単語に追い付かない気持ちはあるけど、姉岳さんにとってこれは隠しておきたい事なのはわかる。

「はい」


「で、だ。なんでこの話を君にしたかというと、恵は君のことが好きなんだよ」


「················───────────」

数える事数十秒間の沈黙。突然の内容に頭がパニックになっていた。

「ちょっと待ってくださいよ!!あの人が!?え!?なんで!?分かんない分かんない!!え!?どこで好きになるタイミングが!?あの人に対して俺何もしてないけどえ!?」

「落ち着けー。深呼吸してみろー」

優さんが気を利かせて言ってくれたので少し深呼吸してみる。すーはー。

「何か、姉岳さんから俺の事···聞いてるんですか?」

さすがにこの流れで『好き』と言ってるのかまでは聞けなかった。

「んー?恵のクラスって男共は皆太一の弟の勢力になってるって聞いたからよ。」

剛さんからの言葉に疑問が生まれる

「すみません。太一って誰ですか?」

急に新しい名前を放り込まれても対応に困る。

「ん?ああ。綾城圭一っているだろ?アイツの兄貴だよ綾城太一。オレの中学の同級生」

「えーーー」

まさかとは思ったがまあ、学年がそうなら繋がる可能性はなくはない。

ここで剛さんと綾城のお兄さんが繋がる訳か。

「で、続けるけどオレ、圭一とも昔よく遊んでて知ってるけどまあまあヤンチャすんの知ってるから恵から『男は綾城の取り巻きばっかのクラス』って聞いた時点で大体察しはついてな」

「すみません、その話のどこに恋愛要素が」「まあ、聞けって。で、こっからなんだけどアイツさあ。俺らと一緒に居て喧嘩とかもしたんだけどなぜか真面目になっちまってよ」

反面教師なんだろうと思うが、ここでそんな事を言うとどうなるか綾城圭一から学んだので黙っておく選択肢をとった。

この人数でボコ殴りとかはシャレにならない。

「んな性格だから居ずれえのは分かるから『嫌なら学校行かなきゃいいじゃん』って言ったんだわ。実際、オレも行かなかった時あったし」

さいですか。綾城圭一もなんか授業サボってる時あったけど、なぜサボるのかよくわからない。 俺が真面目なだけかもしれないけど。

「そしたらアイツ『でも都時の側には居たいから』って言うからよ。雰囲気で分かったよ。あ、これマジのやつだって」

俺はどう言っていいのか言葉を決めかねていた。

「で、今回偶然だけどこうやって都時クンに会えた訳だし一度話をしたいと思ってさ。まあ恵がここに居ないのはラッキーだし。絶対来ると踏んでたのに。ひみこ様様々だぜ」

「一応言っておくけど恵本人はこの事は隠したかったようだったけど『都時クンに内緒にして』なんて僕らは言われてないから話しても問題ないと」

「つか、言っててもオレら言ってるよな。」

「はははっ!ちげえねえ!」

そのまま、3人してゲラゲラ笑い出すのを薄気味悪さが少しと苛立ちが多分に含まれたその感情のままで俺のスマホが示すナビにより「次の角を左です」という発言に溢れてしまった。

「あ?なんか怒っちゃった?ごめんごめん。そうだよな?人の恋路を笑っちゃいけねえよなぁ?」

剛さんのその言葉に気遣いがあるとは思えなかった。

多分、この人達にとって俺は取るに足らない存在で、簡単に捻り潰せるから強気に出れるのだろう。

その証拠にまだ笑ってるのがその顔にこびりついている。

「でもアイツも難儀だよな。心は男のままなのに男が好きだって言ってんだから。それってホモじゃね?とか考えちまうよなぁ。あー良かった。心も体も男で女が好きで」

允さんの発言にはもはや優しさは見当たらなかった。

「都時クン。人と人は理解できる。仲良くできる。助け合えるなんていうのは親しくしたいと思える人間同士でしか成り立たないんだよ。いいかい?僕らにとって真っ直ぐで曲がった事が嫌いで世話好きな性格の恵は」



「邪魔でしかないんだよ」




この人達は揃いも揃ってワルを気取って青春を謳歌してきた人達なのだろう。

こんな兄弟の中に居て姉岳さんはどうしてああも俺や先生とかが気づかないくらいに平然としていられるんだ?そこがわからない。性格的に合わないだろうに




その時、丁度家に着いてしまったのは運が良いと取るべきか悪いと取るべきか。

そのまま何も言い返さず車を降りると帰る旨を伝えてあった椎堂がわざわざ下で待っていてくれていた。

アパートの2階の203が俺と椎堂の家なのだからそこに居れば良いのにどんだけ心配性なんだか

そこへ何故か允さんがサングラスを外して出てきて椎堂の前にやってきた。

「君、名前は?」

「え?椎堂蓮···ですけど?」

「都時クンと知り合い?」

「え、ええ。小さい頃から家が隣で」

「良いね。幼なじみって。さっき彼と話してたけど良い子じゃん。真面目そうで」

どの口が言うか、俺に好印象など抱いてないだろうに椎堂に触れたら只じゃおかねえぞ。

「アハハッ!そうですか?アイツとは長い付き合いですけどそんな風にはあ!都時を送って頂いてありがとうございます!」

そこで俺を送ってくれたお礼をする椎堂。

頼むから椎堂、その人との話を打ち切って。

俺は心からそう願うがその思いは届かずどんどん話は続いてしまう。

「中学生?」

「はい中学1年です」

「西ノ鳥中学だよね?」

「はい」

「妹の恵とは同じクラス?」

「いえ、私都時とは違うクラスで多分その恵さんも都時のクラスの方じゃないですかね」

「あー。じゃあ一緒になれなくてがっかりな訳だ」

「まあ··········そうですね」

その時俺は、こいつが会話が思う通りにいかずに一瞬ピクッと顔が動くのを見逃さなかった。ざまあ

「どこか行きたい高校とかあるの?」

「いや、まだそこまでは。でも陸上は続けたいかなって」

「陸上部?」

「はい、そうです」

「じゃあスポーツ推薦狙ってるんだ」

「そうしたいんですけど最近成績が良くなくて·····」

「そうなんだ。でもあそこの陸上部って強かった覚えだけど今もそう?」

「そうなんですよ!周りがやばい人ばかりだからトップとるのも大変で、やっとの思いで掴んだのが部内で2番目だったりしますし」

「でも椎堂さんも凄いと思うよ。あそこって全国の常連校なのにその中で2番って相当頑張らなきゃ出来ないことだよ」

「ありがとうございます!そう言って頂けると頑張った甲斐があります!」

「でさ。もし良かったらおれ、家庭教師のバイトやってるからやってみない?」

「でも、まだ部活は頑張りたいから」

「そっか。じゃあ部活引退して受験シーズンになったら教えようか?」

「いいんですか!!お願いします!!」

「まぁ本当は今のうちから少しずつでも勉強していった方が良いんだけどね。今1年生ならまだポテンシャルは上がるからさ」

ぐいぐいイクよなこの人。帰れ

「でも私平日は7時まで部活があるので」

「じゃあ土曜日、日曜日は?」

「それなら半日だったら」

「じゃあどうだろう。土日のどっちかの半日で家庭教師してあげるからさ。もちろん、蓮ちゃんの都合で決めて良いよ。これ、俺の連絡先だから」

気安く蓮ちゃんって呼ぶんじゃねえ。アドレス交換なんてしなくて良い。応じるなよ椎堂も

「れんー。あきらはまだなのー?」

と、そこへ椎堂のお母さんが202号室の扉から出して柵から見下ろせば左下すぐに見える俺達を見やる。

「あ、すみません。蓮さんのお母さんですか?私、彰くんを送らせて頂いた姉岳允と言う者なんですけれども」

誰だあんた、さっきそんな喋り方してなかっただろ。

「あーー!どうもありがとうございます!すみませんわざわざ!」

お母さん。お礼は良いけど余計な事は言わないでよ。

「いえいえ。こちらこそすみません。こんな時間になってしまって。今ちょっと蓮さんに家庭教師を勧めようかと思ってたところでして。私東京大学に通いながら家庭教師のバイトもやっているので」

「わーーー!!すごい!!蓮!!受けなさい!!あなたこの間でも数学赤点で先生に怒られたって言ったじゃない!!」

「おーーかーーあーーさーーーーん!!それ都時には言わないでって言ったよね!? 」

アパートの皆さんご迷惑お掛けして申し訳ございません。親子喧嘩は止めるように言っときますので。

そして氷見先生。椎堂がご迷惑お掛けして申し訳ございません。

こちらが止める間もなく允さんがアパートの2階に上がりお母さんと商談を勧めていく

「どうでしょう?最終判断は蓮さんなのでそこは優先するとして土曜日か日曜日のどちらかで半日4時間で2万円で。通常の家庭教師会社からの契約ですと100分でこのくらいになるのでかなり安くなりますけど」

「やりますやります!」

「ちょっとお母さん勝手に決めないでよ!!」

俺と椎堂も2階へ上がる

「ごめん····。」

允さんが心底申し訳なさそうな悲しい顔をして椎堂を見つめる。瞳には涙が少し浮かんでいた。

それを見た椎堂は逆に罪悪感を覚えたような表情をする。

騙されんなよ。全部こいつの演技だって

「そうだよね、蓮さんの希望をそっちのけは駄目だよね。お母さん、ここは蓮さんから家庭教師を受ける旨を聞いてからにしますので。では私はこれで」

そう言って立ち去る允さんを椎堂が呼び止める。

「あの!」

男が背を向けたまま、立ち止まる。

待ってたかのような反応だな。

「まだ····もう少し、待ってください。よく考えてから答えを出したいので」

そしてゆっくり振り返った允さんは

「分かった」

人の良さそうな笑顔を浮かべて去っていった。



それからというもの。椎堂のやつは本当に真剣に家庭教師を取るか考えていた。

そっちも気がかりだが俺としては他に気がかりなことがあるのでそっちを優先することにした。

「姉岳さん」

放課後に声をかけようとすると即座にトイレへ逃げ込むクラス委員長を何とか捕まえたのはあの允さんの椎堂ナンパ劇から明けた次の日の帰りのホームルーム10分前だった。

びくっ!と震わせてこちらを振り返るその顔は不安で彩られていた。

ここはトイレと俺らの教室の間の空間。姉岳さんの腕を俺が掴んでいる状況である。本当は目立つからやりたくないが、ここまで逃げられるといつまでも平行線だと思えたので仕方がない。

「お兄さんから聞いた」

時間がないので手短にそれだけ言う

すると、姉岳さんが叫びだした。

この反応は予想外だったので俺はおろおろするしかない。

「どうした委員長?」

そこへ偶然居合わせた平間さんが間に入ってくれた。

俺は視線で平間さんに話していいか姉岳さんに聞いてみると横に振っていた。

駄目か···。そこまで話したくないか···。

流石にこのままでは俺の分が悪いので姉岳さんを解放する。

「頭が痛いだけだから···ちょっと···保健室行ってくる」

こちらを見ずにそう言う姉岳さん

「あ、ああ。1人で大丈夫か?」

平間さんが気を利かせて言うも

「大丈夫。平間さん、悪いけど委員長代理」

の一言でそのまま行こうとする

「分かった。気を付けろよ」



仕方がないので俺は待つことにした。

このまま保健室へ直行したって姉岳さんは心を開いてくれないだろう。

そう。男なら女が心の準備ができるまで待ってやるだけの器量がないといけない。


だから俺は氷見先生の家で待つ事にした。


そして、車の中にいる氷見先生から姉岳さんが帰ってきた事をスマホのライ〇を介して情報を得た俺は蝿取草か靫葛かというくらいに扉の隙間からこちらの部屋で引き込むのを待っている。

後ろから先生がさも仕事帰りかのようについていってるので背後も逃げ場はない。


そして時は満ちた。

「ふざけんなよ!!こんにゃろー!!オレをんな目に合わせてただで済むと思うなよ!!先生もこんな事していいと思ってんのかよ!!」

もはや心もスカートの中も隠す事なく存分に足掻いていた。

なるほど、本当は自分の事をオレと呼びたかったのか。でも、親なのか周りのクラスメイトなのかに指摘されて変わったと

こちらも手加減出来ないので、どこ触ろうが構わず姉岳さんを抱き締めて中へ連行している。

「本当は私としてはもう少し待つべきだと思うんだけどこの後も色々立て込んでるのよ。だからごめんね姉岳さん」

「オレの都合はどこ行ったんだよ!!」

「でも優くんは医者の仕事で居ないし、允くんもサークルの飲み会で遅いし剛くんも友達の家に行ってるみたいだから。この際丁度良いじゃない。腹を割って話してごらんなさい」

なんだかんだであの3人の連絡先知ってたんですね先生。

怒りを全面に押し出している姉岳さんにどう話をする舞台に立ってもらうかが大事なんだが、仕方ないのでこのまま玄関で身動きを封じたまま話す事にする。

「性同一性障害って言うのは本当?」

「~~~~~~!!!ああ、そうだよ!!医者はそう言うけどな!!でもな!オレから言わせればそうやって『病気』ってカテゴライズされるのが嫌なんだよ!!なんだよ!!オレはただ普通にしてるだけなのに!!」

そうか。気づかなかった。

医者がそう言うから。

偉い人がそう言うから。

そう言えばそれが真実だみたいに感じてしまっていた俺にとっては目から鱗が落ちるような思いだった。

「でも······怖えんだよ!!みんなの視線が!!オレを受け入れてくれるヤツがどんどん居なくなる小学生時代を過ごして来たから···中学生になったら演技しよう。女を演じようとしてたのに!!」

確かに、言葉遣いはともかく態度の所々に女性らしさが出てて俺も文化祭の買い出し中にドキッとした場面もあったしかわいいなと思ったりもした。

「じゃあ、スカートとかワンピースとかは」

「んなもん履くわけねえだろ!!誰が好き好んであんなもん履くかよ!!」

あれも演技だったと。

「じゃあ····かわいいとか言われるのも」

「言われても気持ち悪いだけだっつーの!!」

あの一連の会話が無駄だったと。

「でもさ姉岳さん。このまま俺達仲違いしてても文化祭に影響出るよ」

「なんだよ。そこは上手くやるからいいよ。それとも何か?こんなオレでも付き合ってくれんのかよ?」

そこでヘラヘラ笑う顔は姉岳さんも兄貴達にそっくりなのは言ってはいけないことなんだが、やっぱり血の繋がった兄妹なんだなって感じる。

「ごめん、それはできない。でも、今の姉岳さんを気持ち悪いとかは思わないよ」

「····そこはせめて気持ち悪いとか言って···突き放せよ。じゃないと····オレ····オレ····諦めきれねえだろ」

姉岳さん。本当に俺の事を

「ねえ?なんで俺を好きになってくれたの」

「しょうもない話だよ。お前なら本当のオレを受け入れてくれそうな気がしたからだよ」

ちっともしょうもなくない。姉岳さんにとっては大事な事だから。

「あーあ、分かったよ。文化祭もあるもんな。月曜日からまともに戻るから離してくれ」

そう言われたので離すと姉岳さんは立ち上がり部屋を出ようとする前に背中を向けたまま尋ねてきた

「なあ?今のオレがお前を好きだと言って、ホモだとかゲイだとか思わねえのか?なんで拒否しねえんだ?」

「姉岳さんは実際どう思ってるの?」

「·····そういう気持ち悪いものみたいな括り方は嫌いだから純粋に好きとしか認識してない」

「なら良かった」

その返事に驚いてこちらを向く姉岳さんの顔にはうっすら涙が溜まっていた

「自分を嫌悪してたらどうしようか不安だったから」

「·····やめろよ。そういう優しい態度。ムカつくんだよ。どうすりゃいいんだよ。今までそんな態度とられたことないのに···」

そう言って俺の胸に頭を寄せに来る姉岳さんを俺は受け入れた。

「兄貴達にも煙たがられて!!でも許せなくて!!我慢できなくて色々言って!!オレがオレのままでいられる場所が欲しかった!!でも!!でも!!!」

俺は、それでも優しくしてしまうのは。まだ多数には怖がられてしまうから。

優しさが必要な時があるのを知っているから。

椎堂、楓さん、平間さん、皆河さん、外村さん。生徒会長、姉岳さんと俺が火傷を負ったにも変わらず対応してくれる人もいるけれど、やっぱりまだ怖がってしまう生徒の方が多い中だからやっぱり。ああ、そういうものなんだって思ってしまう。

でも、少しずつだけど俺と平間さん達が仲良くしている姿を見て話の輪へ入ろうとしてくれる人も中にはいるからありがたい。そういう時はやっぱり嬉しい。

だから楓さん。申し訳ないけどハグと背中を撫でるくらいは許してください。その先は踏み込みませんので

「止めろよ。ぐすっ。オレ、お前以外に好きになれないかもしれないって思ってて。諦めなきゃいけないのに」

姉岳さんが泣き始めた。

これ、踏ん切りをどうするべきか。

「はい、しゅーりょー」

氷見先生が無理矢理引き剥がしにかかった。

そうだ。この人が居たことを忘れていた。

「なにすんだよ先生」

抗議を申し出る姉岳さんに嘆息気味な氷見先生は

「姉岳さん、あなたもうそろそろキスしようとしたでしょ?」

姉岳さんの表情は無だった。

「先生、何を言って」

「ちゃんと私見てたんだからね。駄目だからね。彼女持ちの人に手を出したら、後で修羅場になった時大変だから」

ご本人の体験談ですか

「違うわ。高校の友達の話よ。示談金を貸してくれってせびられたことがあるのよ。つか、示談金を人から借りるなよって思わない?」

知らんがな。

「あーー!思い出したら腹立ってきた。こんな時はビールに限るわね」

「先生、程々にしてくださいよ」

「分かってるわよ。よし、姉岳さん。ちょっとお酌してくれる?彼氏いない組で朝まで呑み明かしましょうよ。明日は土曜日なのはラッキーね」

「オレ未成年なんだけど」

「だからお酌だけで良いわよ。付き合いなさい。あ、都時君は送ってくから乗って。ついでに姉岳さんも」

「氷見先生、未成年を飲み屋へ連れてくのは駄目だろ」

「うっさいわね。保護者同伴ならOKな所があんのよ」

そう言う先生は呆れた視線で見つめる生徒2人を置いてどんどん話を進めていく。

そうして送り届けられた俺はまたしても椎堂が待っていたが勉強頑張ってるかと言う先生に対し早く切り上げたい雰囲気駄々漏れの椎堂だったので思いの外早く終わった。



そして月曜日

俺は朝、起きようとするとそこにはなんと楓さんがいた。

まあ、当然かもしれない。おそらく2回も氷見先生の家に行った事が椎堂を通じてばれたのだから心配で朝起こす所からリードしようと焦ったのだろう。しかし、どうだろう。そこは幼なじみキャラの椎堂に譲るべきじゃないかと思うのだが、彼女なら独占したいのかねえ。

まあ、当の椎堂は朝起きたら筋トレしているのでその掛け声で起こされる俺は恵まれてるのかどうか微妙な気分なのだが。

やはりそこは幼なじみなら『ほら、起きて、彰。もう!起きないと····チュー···しちゃうぞ』とかやれば良いものを。

え?起きた直後の口内は細菌がうようよいるから駄目?

仕方ない、顔面におっぱいで我慢しよう。

窒息してもしなくても本望である。

楓さんじゃできないからな。

と、いかんいかん。楓さんが目の前にいるのにそんなことを考えたら。また何を怒られるか分かったものじゃない。

そしてその楓さんは布団の中の俺に上から覆い被さるように布団の中に入り目があった瞬間頬を膨らませていた。

子供っぽくてかわいいなって素直に思う俺。惚れて良かったと思う。

「彰くん。だめでしょ?わたしが起こす前に起きちゃ」

「すみません」

とりあえず、この人には謝っておかないと後で拗ねられても困るから、こちらに非はなくても謝っておく。

すると、珍しく即座に笑顔に切り替わる楓さん。彼氏の俺が言うのもなんだけど基本粘着質なんだよなこの人

「まぁ、いいわ。彰くん。セックスしましょ?」

「すみませんちょっと救急車へ」

「なんでよ!!」

この人は絶対おかしい。俺が浮気したと思って気が触れた可能性が高い。

俺は覆い被さっている楓さんを退けて、彼女の腕を掴みスマホで119番通報しようとした。

すると、途端に慌て出す楓さん。

「違うの!!これは彰くんが最近氷見先生のところへ行ってるからもうセックスしまくってると思ったからわたしも頑張らないとって思って」

「違うよ!!」

でも、そうか。楓さんの中では氷見先生は恋愛マスターだったか。なら、生徒の1人や2人堕とすくらい訳ないと思っているのか。

実際は中学生をマスターどころかダスターしているのだが知らないか。

あの人は絶対登山と同じで高い所ばかり狙ってるからできないだと思う。近くや条件さえ気にしなければいくらでもいるのに。

「でも!!男の人って他の女の子とセックスしてもしてないとか言い訳するんでしょ!!氷見先生から教えてもらったもん!!そういうのは女の勘が頼りだって!!」

あの人はろくなことを教えてないな。これじゃこちらのフォローが大変になるんだけど

「だからほら!!セックスしよ!!ちょうど椎堂さん文化祭の準備で朝いないみたいだし御両親も別宅の飲食店で仕込みしてるって聞いたからヤりたい放題だよほら!!」

そう言って無理矢理全体重かけて俺を布団へ引っ張りこんで乗っかってから服を脱ぎ出す楓さん。

不味いですって楓さん!!ここアパートだから!!

そう理性で問う傍ら、本能ではでも二十歳になるまでヤらせてくれない楓さんがこうしてくれるなんて滅多にないのだからここはご相伴に預かるべきじゃないかと問いかける二律背反が起きている。

実際、男の子のシンボルは朝の影響で臨戦態勢である。

なんて考えが巡るなか楓さんが産まれたままの姿になっていた。

「·····感想はないの?」

いつぞやのプールと同じパターンである。

「あ、えと·····良いの?本当に」

「だからそう言ってるじゃない?何度も言わせないでよもう」

正直、信じられないという気持ちが強いが平らな胸はともかく真っ白な肌、言葉で語り尽くせない腰の細さは芸術品の域である。

そしてその下の部分が今上へ上がっていくにつれあらわになっていく。

と、思ったら楓さんが自分の手で隠してしまった。

「わたしだけ裸じゃ嫌だから彰くんも脱いで」

既に顔が真っ赤な楓さんが小さな裏返った声でそう言ってるのが分かり、ここまでさせたらやることは1つだと悟り、俺はそそくさと全裸になった。

「····よかった。わたしのじゃ勃たないかなって不安だったから」

その気持ちは凄く分かる。だって楓さんぺったんこだもん。

「大丈夫」

「きゃ!」

楓さんにとっては予想外だったようで悲鳴を小さく上げていた。俺は楓さんを強く抱き締めていた。

うん。ぺったんこはこういう時抱き心地が良い事が分かった。胸の間に阻む物がないから距離感がすっきりする。

「入れていい?」

「やっぱり待って!!わたし体臭ヤバイかもしれないからシャワーを」

「待てないよ!!」

「きゃーーー!!!いやーーーー!!!!」

こんな所で女の楓さんにヘタれてもらっても困る男の俺は、布団から出ようとした楓さんを背後から無理矢理挿入しようとする。

「やだ!!彰くんのそういうところ嫌い!!いつもわたしの気持ちを無視して!!」

「ちょっと待ってよ!!いつもはそうだけど今回は楓さんも悪いよ!!ここまでされたら男は待てないって!!」

「だから止めて!!こないで!!やだって!!!」

楓さんの目には涙が溜まっていてもうすぐ溢れそうになっているのが背後から振り返って抗議しようとする楓さんの横顔から伺い知れるがごめん楓さん。本当に我慢できないんだ。

そして凄まじく抵抗する楓さんを体躯の差で無理矢理押さえつけて挿入に成功した。

「いやーーーーーー!!!········あれ?」

「あれ?」


挿入した筈なのにその快感が得られなかった。


俺は恐る恐る結合部を見ると、勃起している俺の息子は間違いなく楓さんの淫口に入っているのが分かる。

入っているのだが、ガバガバで楓さんのと俺のとじゃあ絡まなかった。

いや、決して俺のが小さい訳ではない。比べた訳ではないが俺のはしっかり勃起していて、親指2本分の太さ、小指2本分くらいの長さになっているからこれはでかいと思う。

だから問題は楓さんの方、そんな俺の物を入れても中指1本は余裕で入るスペースがあり太さでアウト。奥行きもまだ届いてる感触はないので2アウト。野球ではまだこの回は続行だがこの場合はチェンジを要求する。

それは即ち

「ごめん楓さん!!お尻の穴でするから!!」

「待って!!!!待って!!!!それは本当に心の準備できてない!!!!駄目だって!!!!またの日にしよう!!!ね!!!!お願いだから!!!」

「駄目!!!今じゃないと駄目なの!!大丈夫!!お尻なら赤ちゃんできないから生でできるからほら!!生でするよ!!」

「駄目ったら駄目ったら駄目ーーーーーーー!!!!!」


その時、頭に凄まじい衝撃を覚えた。

すると、あら不思議。また布団の中で天井を見上げている自分がいるじゃありませんか。

そしてうっすら掠めて見えた映像が現実だとするのなら底が凹んだ片手鍋を手に怒りに震えている楓さんがいた。




















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