狂ったもの 椎堂蓮編 1
時間はお母さんが玄関で土下座していた頃に遡る
その事に驚くよりも時間が止まった感覚がした
「お母さん!どうしたの!」
やっとそこまで言うと
「ごめんなさい···彰、蓮。高校、辞めて下さい」
「それはいいよ!お母さん、体の具合はどうなの」
「もう···膝も壊して」
「部屋で休んでよ!他にも体壊してるでしょ!」
「もう目も···腰も···たってるのも辛くて」
「だったら無理して来なくていいよ!都時、悪いけど」
こういう時、私ではお母さんを持ち上げる事はできないから都時に頼るしかない
なんで私、車椅子なんだ?
義足つけてればできたのか?
お母さん、都時が男の子とはいえ痩せ型なのに持ち上がるくらい痩せ細って···
顔を上げてくれないから体のラインしか分からないけど昔からお母さんは痩せてる方で優しい人だったけどそれ以上に痩せてるのが分かる
1階のお母さんの部屋へ連れていった都時と今後の事を話し合って仕事を探す事になった
それは、もちろん私もなんだが
「····少ない」
都時が持ってきてくれた求人雑誌では良い情報がなかったのでその日は職業案内所に行っていた
求人を見るに両足のない車椅子の私では仕事も限られている
このコロナ禍というのもあり、見つかったとしても良くて給料は月々10万を少し越えたくらいだった
これでは養えない
都時も探してるそうだが、見つからないと言っていた
これで1週間。1日1日過ぎていく事に焦りを覚えていた私はもう精神的に限界を迎えていた
それこそ友達や親戚に頼るという考えが抜け落ちているくらいに
そして帰る
車椅子は自分でも動かせるから、気を利かせてくれた求人案内のお姉さんが入り口まで押してくれてからは自分で移動した
ガッ!
家の前にたどり着いた時、車椅子が何かにぶつかる感触がした
玄関前の段差だった。5センチくらいの物か
いつもなら都時がいるから普通に入れるそれも1人ではどうしようもない
どうしよう。お母さんに頼るわけにもいかないし
そうして明るかった空も暗くなってから、都時が帰ってきた
「おい、椎堂。何してるんだよ!家にいろって言っただろ!」
都時も仕事が思うように見つからない事に苛立っているのだろう。でも精神的に余裕のない私にはそんな気遣いもできなくて
「···うるさいなぁ」
「なんだよその態度!?」
「私だって役に立ちたいの!?悪い!?よそ者の癖に!!」
言い終わってからしまったと思ったがもう遅い
「···んだよそれ!」
でもこの時の私はその一言に逆上してしまっていて
「何をしたって椎堂の家の人間じゃないんでしょ!?知ってるんだからね!!私の胸が大きいのをいいことに毎回チラチラ見てたのを!!この変態!!」
嘘。いつもなら男の子だししょうがないと思って過ごしてきたのに、人の悪い部分を列挙したいばかりに言い出しただけだ
都時は図星は図星なのか顔は怒ったまま、少し乱暴に私の車椅子を上げて中へ入った
「何すんの!?」
「うっせえ!!あのまま外に居たいのかよ!!勝手にしろよ!!その時はレイプされようがなんだろうが知らねえからな!!俺はよそ者なんだからな!!」
「何よそれ!!」
「おめえが言った事だろ!!」
「2人とも、落ち着いて」
私達の口論を聞いてお母さんが部屋から這いずってきた
「お母さん!いいよ!部屋にいて!」
ああ。ごめんなさいお母さん。私達の口論が聞こえて出てきたんだよね。私が悪いのにそれを言い出せなくて···
こうなると私は口だけで何もできなくて都時がお母さんを部屋のベットに戻す事になる現状に歯噛みする
そして何か頭の中でぐちゃぐちゃしてた物がプツリと切れた
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」
私は頭を抱えて叫びだした
自分のはずなのに自分じゃなくなる。そんな感覚
すぐに都時は私の元へ戻ろうとする少しの距離の間に偶然玄関にあったハサミが目に入ったので私はそれを首に突き付けようとしたがそこで都時が止めに入った
「止めろ!!」
「離して!!死なせてよ!!」
私は涙で目がぐしゃぐしゃなまま叫んだ
「私なんて役に立たないの!!1人じゃ何もできない!!だったら死んだ方がまし!!」
「お母さんが悲しむだろ!!お母さんは部屋にいて!!」
私から手を離すわけにはいかないためお母さんを口先だけで止める。
都時は私からハサミを取り上げて2階の都時の部屋まで抱きかかえられベットに下ろされた。
その時私が舌を噛んでいる事に気づいた都時は慌てて私の口の中にティッシュを大量に詰め込んだ
私はそれを取ろうとした。が、椎堂はまた私を抱えて下へ降りたと思ったら資源ゴミとして段ボールを捨てる時に使うビニール紐とハサミを持ってまた上に上がった
両足がないから体重は軽くなるとはいえ、私を1人にはできなくて無理くりやってることは目に見えていた
私はビニール紐で厳重に両手をベットにくくりつけられ、都時の引き出しにあるハンドタオルを口に入れられた
「うううーーーー!!!」
私はただただ泣くしかできなかった。
もう死ぬしかない。そんな心情しか沸き上がらなかった私はそれすら出来なくて悲しくなった
今なら分かるが2階に上げたのはお母さんから少しでも聞こえなくして精神的負担を減らすため。都時の部屋にしたのは私が夜中も自殺しないか監視するためだった
現に都時はずっと朝まで寝ずに私を見てくれた
なのに私は暴れ出して泣き叫んで迷惑ばかりかけていた
そんな日々が1週間と続いた
都時が出かける時には調理場にあるミトンを両手につけられ両肘に重りもつけられた
何より最初失禁してからは買ってきたのだろうおねしょシートを敷いて紙オムツを履かされた。
それがすごく恥ずかしかった。その思いでまた涙が出てきた。
そしてある日都時が札束をベットに置いた時には驚きのあまり口が動かなかった
やっと声が出て、そのお金はどうしたのか聞いたら
仕事でもらったという
正直、疑いの気持ちはあった
だけど都時は本当の事を言ってはくれない
本人は気づいてないかもしれないが、あいつが嘘をつくとき瞳孔が開くからすぐ分かる
他にもだだ漏れな感じがする。はっきり言って嘘つくのが下手なタイプだ
「そしたらさ、結婚してくれないか?時間はかかるだろうけど」
その一言に私は何度も頷いた
これでお金の面を気にしなくて済むのは事実だし都時も気にしてくれている
「ありがとう」
私の正直な気持ちだった
それからは気持ちも落ち着いて、私は都時に頼んでもう一度スマホを持つようにした。もちろん都時も持っている
だけどたまにピンクのガラケーで電話してるのを見たので聞いて見ると
「仕事用」
とだけ答える。これは嘘じゃないだろう
私も仕事しなきゃと思い、申し訳ないながらもお魚さん(旋毛魚魚のあだ名)に電話して校長の繋がりから近くの病院の事務の仕事を資格を取らせてもらってからできるようになった
だから私はいいんだけど問題は都時の方
毎日、出かける時間や帰ってくる時間はバラバラなのもそうだし、帰ってくると決まって思い詰めた顔をしている
「大丈夫?」
そう声をかけるが、なんとか笑顔を作ろうとするがひきつってるその顔が余計に心配になる
でもそれを指摘してもいけないと思い、私がその分明るく努めることにする
ある時「中国まで研修に行く」と言われた時もあったけどそこまで深く考えなかった
「椎堂さん、お昼いいよ~」
「あ、はい」
今は病院の事務仕事の最中だった
隣にいた先輩の青山藤乃(あおやま ふじの)さんにそう言われた
青山さんは私の3つ上で高校出たばかりの新人である
最初私が入った時は「まさか私に後輩が出来るなんて思わなかったよ~」と言われたがその通りだと思う
彼女は薄めの茶髪をサイドテールにしてる話してて癒されるタイプの可愛い人だ
同じ高校の出身で話が合うことから仲良くなった
で、送り迎えも家が近いからということでこの人にお願いしている
「青山さんもいいよ。行っといでよ」
私の真後ろから20代半ばくらいだろう女性が言ってくる
彼女の名前は夏島晶(なつしま あきら)さん。よく気を利かせてくれるこの事務内の姉御肌的存在である
「若い子は若い子同士話したいでしょ」
「ウチの記憶やと夏島さんも若い思うんやけどな~」
関西弁は夏島さんの前の席にいた
「何よ。あたしもう27よ27。神之上(かみのうえ)さんのような22歳のギャルとは違うんです~!この歳になると肌が段々劣化してくるのが分かるのよ!だからあなた達も今の内から化粧水ケアしときなさい!これは先輩命令よ!」
夏島さんが事務にいる私達全員に聞こえるように言ってくる
えーと···関西弁ギャル改め神之上美琴(かみのうえ みこと)さんがケラケラ笑っていた
神之上さんは····ん?
「あの···神之上さん」
「なに?」
「その髪って···茶髪1色ですか?」
「ちゃうで~。ほれ」
神之上さんが髪をかきあげる
「これ、ベースをアッシュブラウンにしてインナーカラーをゴールドベージュにしてあんねん」
すると中から薄いベージュの髪の毛が出てくる
さっきもチラッと覗いてたから気になって聞いてみたんだけど
「え?え?」
「ほら、ウチ肌の色イエローベースの秋やから暗めの色にしといた方がええねんけどウチ金髪にしたかってん。で、ウチの顔の色に近いゴールドベージュにして背中まで流したら毛先だけ緩くカールさせんねん。まあセミロングでもええかな思たけどやっぱりまだスーパーロングでいきたいし」
「ちょ!ちょっと待って下さい!」
「ん?なんなん?」
「ちょっと···情報過多すぎて···まずアッシュブラウンって何ですか」
「え?···まさか椎堂さん···わからん?女なんよね?」
「すみません。私中学まで陸上1本だったんで」
神之上さんに頭を下げる
「椎堂さん、謝る必要ないわよ。あたしだってわからない部分あったし、神之上さんがおしゃれお化けなだけ。···にしても、その髪。また上の人に言われるわよ」
「もう言われてきたわ。事務やしええやん」
「あたし個人ならOKだけど立場上はNGって言わなきゃいけない時があるから先に言っておくわ」
「なんやねんそれ」
「年配の人は気にするって事よ。あたしだって事務のリーダー職やってるから課長や部長が来たら何で注意しないんだって怒られるんだし」
「それ突っぱねる訳にはいかんの?」
「若いわね。あ、ごめんなさい。先お昼行ってきなさい。この子こういう事言うと止まらないから」
「じゃ、行こっか?」
「あ、はい。お先お昼行きます」
「はいな~。行ってきいや」
神之上さんが手を振りながら返事をする
「12時40分までには戻るようにね」
夏島さんの言い付けに2人して返事した
「で、椎堂さんって好きな男の子とかいるの?」
「ぶっ!!」
私は飲んでたコンビニで買った紙パック牛乳を吐き出した
「わっ!大丈夫!?」
青山さんが自分の持ってたハンカチで私の体と服を拭いてくれる
私はしばらく咳き込んだ後、少し怒った顔で睨んでみるが青山さんはごめんごめんと言いながらも、のほほんとしている
「で、実際どうよ?」
「ん、と···結婚を決めてる人がいる」
「ブーーー!!!」
青山さんも飲んでた自販機の紙コップに入ったカルピスを盛大に吐き出す
やったという気持ち半分、気遣い半分で自分のハンカチで青山さんの顔と服についたカルピスを拭いとる
私よりも長いこと咳き込んでから
「嘘!?」
裏返った大声で言われた
それにびっくりしながらも頷いた
「マジで?」
「マジなんです」
いいな~いいな~と、某昔話の歌みたいな事を言ってくる
「どんな人?」
「隣に住んでた同い年の幼なじみ」
「ほえ~。あるんだそんな漫画みたいなこと」
コンビニのサンドイッチを頬張りながら青山さんが感心する
「といっても今は一緒に住んでるんですけどね」
私もコンビニのカップスープを飲みながら話す
このコロナ禍で食事するスペースが限られてる中で各階に設けられている会議室。その1室の中の1つにいたのでそこのポットのお湯を拝借している
「え?もう同棲スタート?」
「それは少し違うと言いますか」
「と、言いますと?」
「その···都時彰(ととき あきら)というんですけど、その子は昔火事に遭って家も家族も無くしてるんです。で、私の家に世話にと」
「ほーほー。ということはレンレン。あっ。2人の時はレンレンって呼んでいい?レンレンがお風呂に入ってる時にいや~ん。みたいな展開が」
そう言いながら青山さんは2個目のサンドイッチに手をつける
「いえ、残念ながらそういうのはないんです」
「あやま、残念」
「お風呂に入るのは前ならお母さんだし、今は図書委員の子とか中学の陸上部の子達が手伝ってくれますし」
「そっか、足ないとそうなるか」
「うん」
青山さんが今気づいたという感じに言う
なるべく普通の人と同じように素でやっているから安心できる
「で、後レンレンは採用で」
「ありがとうございます!」
青山さんが敬礼してくる
私も染まれば染まるものだ。ボーイッシュだったはずなのに女の子のノリが分かってくる
「で、まぁ私も陸上···中学でやってたんですけど最後の大会前に交通事故に遭って両足を失って」
「そっか~。なら運転してたそいつは死刑だね」
「いえ、それだけじゃ死刑にできません」
「いいんだよ!藤乃裁判官としては死刑なの!」
「できませんって!」
「で、んとんと。その後は都時くんとイチャイチャしてると」
「そんなんじゃないですよ!今は中国に研修中ですし」
「んむ?なんと単身赴任ですか」
「まだ結婚してませんって!それにちゃんと戻ってくるって言ってますし」
「でも、気になりませんか奧さん」
「誰が奧さんですか」
「その中国で女の子作って来たりとか」
「ないない!そんな度胸ないですよあいつに限って!···それより気になる事がありますし」
「ん?てーと?え?何?」
なんか思いがけない事になってきたとばかりに聞かれる
「その都時は」
「レンレン。こういうのは彼の事は名前で呼ばないと」
「なんか、今までこうしてたから恥ずかしくて」
「それはいかんですな~!何?てことはその都時くんもまさか」
「椎堂って呼んでる」
「···名前で呼ばれたくない?」
ラストの3個目のサンドイッチを完食する青山さん
「めちゃくちゃ呼ばれたい」
「じゃあ、その都時くんには、わたしも会って話をするから機会セッティングする事にして。まずレンレンから。さんはい」
「あ···あきらさんが」
「急に照れなくても!何急にさん付け!」
「だ!だって!」
「まあ別にいいけれども」
「いいんかい!」
「人妻の匂いがプンプンするし」
「あー。結婚まだですよ」
「もう秒読みでしょ。その時はあなたも都時さんになるんだし」
「そっか。ならと···あきらさんの名前呼びは性急な課題ですね」
「そうそう。でも、うちの事務にも『あきらさん』いるからな~。間違えちゃだめだよ」
「そうですね。言ってて思った」
「あ、そうそう。都時さんの彰さんの話」
「それは彼の事?それとももう私が結婚してる体で言ってる話?」
さすが相棒分かってるとばかりにニヤリとする青山さんの頭をペシッと叩く
なんか惚気話みたいで体が熱く感じてくる
「で、彼は今中国にいるんですけどそれ以前から様子がおかしくて」
「え?もう浮気?レンレン今すぐ携帯貸して!そいつに1発かますから!うちのレンレンを泣かせるなって!」
「違いますから落ち着いてください!引っ張らないで下さい!」
彼が日に日に痩せこけている事や思いつめた顔をしてる事。行き帰りの時間もバラバラな事など私が気になるところはきりなしだったが、全て挙げた
「···それ、絶対ヤバいやつだよね?」
「私もそう言いたいんですけど、あきらさん何も言いませんし」
「椎堂さん」
青山さんは真剣な顔で私の両肩をつかんで言ってきた
「あきらさん帰ってきたら必ずわたしに電話して。その時、プールにでも皆で行こう」
「···プール?」
「だって普通にどこか話をする場所に行っても感づかれるでしょ?ならそういうとこへ行こうって言えばきてくれるじゃん。わたしも彼氏連れてくればダブルデート的になるし、相手が丸腰の方が何も起きないし周りに人の目もあるし」
「そっか」
この人、意外と考える人なんだなぁ
そんな失礼(?)な感想を思いながらももうひとつの案件が気になった
よし反撃タイムだ
私は上機嫌に
「青山さん、彼氏いるの?」
「椎堂さん、もう時間だから戻ろうか」
この時間一番の真剣な表情でそう言われたのに対しひどいと思ったが、それもまた事実なので先輩命令に従うことにした
そして、その日も無事仕事が終わり帰ることに相成った
青山さんの車はバンと言われる大きい車だったので私は後ろに車椅子ごと専用のベルトで固定してもらう
どうも話を聞くと高校の卒業生繋がりで校長から電話があった時からこういう準備をしてくれたみたいだ。病院だとスロープだとか諸々揃ってるので用意しやすいのもあるだろう
そして車が走り出すなか
「あ、レンレン」
「何?」
「例の案件だけど、神之上さんと夏島さんも来るって」
「例の案件?」
「プールでレンレンの夫を半殺しの件」
「まだ殺さないで下さいよ!」
「わたしはそうだけど、2人。それも夏島さんの方がぶちギレ寸前でそう言ってるからどうなるか分からないよ」
「えー」
「神之上さんも神之上さんであれは内心で静かに怒りの炎を燃やすタイプだね~」
この人、よく見てるなあ。今日1日でこの人の印象が大分変わったような気がする
「···レンレン。何を考えているかミラー越しでも分かるよ~」
「な!何の事でしょう!?」
「フフフフ~」
怖いな、この人
「だから、今6月でしょ?中国から行ってどのくらい経つ?」
「あ、あきらさんからラインが来てもうすぐ飛行機に乗るって」
「じゃあ帰ってくるわけだ」
「はい」
「了解、じゃあちょっとさりげない感じで旦那さんに夏にプールに行く話をつけといて~」
「分かりました」
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