狂った者達による物語

主人公の都時彰(ととき あきら)は、顔に火傷を負ってる以外は極々一般の高校1年の男の子。そんな彼には椎堂蓮(しどう れん)という車椅子に乗った同じクラスの幼なじみの女の子がいる。

火事により、家と家族を失った都時は椎堂の家にお世話になっているわけで


これは、人生の歯車が狂った者達による物語



高校入学式も済んだ後日、都時彰は図書室にいた。

時刻は15時を少し回った頃。もう入学式から1週間も経てば勉強する事も出てくるからここにいて、ただいま数学なのに数字とアルファベットが出てくる事に少し違和感を覚えながらも進めている

「ここまでアルファベットが続くと英語じゃないか」

この時、都時本人は一人言を言ってるつもりだがそこに返事が返ってくる

「いやいや、数式にたかだかXとYが入っているだけじゃないか」

女の声が聞こえた方には図書室の受付スペースがあるそこには1人の女子高生の制服を身に付けた女が英語のスペルカードを見ていた

女は黒髪を肩までにして、顔立ちは整っていて『ボーイッシュ』な印象を与えている

なぜそこに彼女がいるかと言うと図書委員だからである訳なのだが

「椎堂(しどう)。別に突っ込む必要は無かったのだが」

「暇なんだよ、分かってくれ。後50分もここにいる事を考えると話したくなるじゃないか」

雰囲気のせいもあるだろうが、この女からは気さくに話しかけやすい言い方をしているのも一端ではないかと1人頭の中で都時は思いながらもその女に笑顔を見せる

彼女の名前は椎堂蓮(しどう れん)。この春からここ佐鳥(さとり)高校に通う都時の幼なじみだ

「それまで拘束とは、いかがなものかと」

「待て待て、私は図書委員なんだ。これは責務なんだよ」

今ここには都時と椎堂の2人しかいない。だから気兼ねなく話せる訳であって、決して校則違反者では無いことをここに明記する

「もう誰も来ないだろうし、帰ってもいいんじゃないかと思うのは俺だけだろうか」

「まあ、同じ当番のやつは『今日はひげすての発売日だー!』とか言って職務放棄していったが」

「知ってるぞ、そんなことを言うラノベヲタ女子を。あいつそんなことをしていったのか。不届き者め」

苦笑混じりに言う彼女もかわいいなと感じつつならず者を示唆していく都時

「そうか、あいつ図書委員だったか」

「おかげでライトノベルか?あれの入荷が山のようにあるんだが」

「降りたのか?許可」

「この高校の校長の娘だぞ。止めるに止められなかったんだ」

さてさて、そういう事を言われてるならず者系女子の名を旋毛魚魚(つむじ とと)。髪の色は濃いめの茶色、それを小さなポニテにして丸みを帯びた赤いオールフレームの縁なし眼鏡をかけてセーラー服を着せれば出来上がりなのだ

「置くスペースは?見たところ見渡す限り本棚だらけでないかと感じるが」

「そこはほら、そっちの壁際。今人の高さ分くらいだろ?そこの上に棚を置いて入れるつもりらしい」

「地震大国と言われるこのご時世にとんでもない所業を。後で椎堂をほったらかしにした分も含めて島流しだ」

「私は別に構わないのだが···」

「椎堂、お前はあいつを甘やかし過ぎだ。ここはビシッと言わなければ」

「後で私よりももっと甘やかしている元凶(校長)に雷落とされたくなければな」

「いやあ、旋毛ってかわいいのにそのギャップがあるから良いよな。うん、ラノベ万歳」

「変わり身早いね」

誰だって怒られたくない

そうこうしてお互い勉強を進めていると時間はやってきて図書室を出るタイミングになった


そして俺は鞄に教材をしまい、椎堂の元へやってきて椎堂の乗っている車椅子を押した


彼女は中学3年の陸上部として最後の大会が控えている前日に交通事故に遭って両足を失う事になったのだ

それからは本人の判断により陸上を断念して車椅子生活だ

お互いなるべく変な空気にならないように気を付けながら図書室の鍵を閉め職員室へ戻してから下校した

こういう時、『悪いな』とか『ありがとう』は無しという暗黙の了解にしている

椎堂の家までは歩いて30分くらいで着くのでそこまで向かう

「なあ、都時。別に良いんだぞ」

「いいよ、このくらい。気にするなって」

その暗黙の了解の事を言ってるのかと思ったが

「いや、違う。そっちじゃない」

「?」


「私の家のこと考えて、小説家になること諦めなくても」


「···何言ってんだよ。このコロナ禍でお前の親父さんが経営してる飲食店倒産して自殺してしまってお母さん1人で働きに出て大変なんだから。俺もバイトだけど働くよ。それでもってお前の家を助ける」

「でも···」

「それに知ってるだろ?中学の時俺の家が放火に遭って家も家族も無くした時にお前の家に世話になってるの。だからこれはその礼さ」

そう、これが俺と椎堂の関係。俺は火事で家と家族を失った。そして椎堂の家に世話になってる

椎堂は事故で両足を失い、親父さんの会社が倒産して自殺。母親1人で働いてるため俺が椎堂の世話を買って出てる

義足を付けて陸上を続ける方法もお金の面を気にして椎堂は諦める事にしている

「私、高校辞めて働こうかな」

「それは俺も思うけどお母さんが『高校は行きなさい』って。言うからな」

そんな経済的余裕は無いと思うのだが、親の意地なのだろう。我が子の人生を狭めたくないという

そんな話をしてるうちに、家に着く

「「ただいま」」

2人揃って帰ってくると、掛け持ちで朝5時から深夜2まで仕事をしてるお母さん。(実の母親を亡くしている俺は椎堂のお母さんからそう呼べと言われている)


その人が玄関で頭を下げていた


「お母さん!どうしたの!?」

椎堂が血相変えてお母さんに近づく

「ごめんなさい蓮、彰」

涙声で言われる事に俺達は慌てる

「高校を···辞めて下さい」

話を聞くと、掛け持ちの仕事中に体調を崩して仕事を続けられなくなったらしい

予想はしていた。お母さんは54歳。そんな仕事をしていたらガタがくるに決まっている

「分かったわ。彰も」

「もちろん。働き口探す」

「彰、近くのコンビニのバイト···じゃ今後無理よね」

「だから探す。待って、今コンビニの店長に電話する」


そうして俺と蓮は高校生活を1週間で終える事になった

そして就職先なのだが、なかなか見つからない日々が続いている

2週間も続くと、出ていくお金が気になるので俺も蓮もスマホを解約した

そうこうして街中の職業案内所から出た俺は数人の男女に出会う

「彰、どう?」

こう声をかけたのは縁なし眼鏡のラノベヲタ事旋毛魚魚本人である

これが学校行ってる当時なら痩せて見える体型が実は下っ腹が出てる事を弄ってるがこの空気ではそうもいかない

「駄目」

「やっぱりお父さんに言って何とかしてもらおうか?」

「ありがとう。でももう少し探してみるよ」

旋毛のお父さんは校長をしているが、結構有力な会社の社長とも縁がある

「椎堂先輩の様子はどうですか?」

今、声をかけたのは椎堂の中学時代の陸上部の後輩で卯伊崎佳那(ういざき かな)。確か、今は中学3年だからインターハイに向けて頑張ってる所だったと思うが

「···あれから『自分は無力だ』って泣き喚いて自殺しようとするからベッドにくくりつけて口の中に布入れて拘束してるよ」

そうすると周りから落胆した空気が流れる

残りの2、3人も椎堂の陸上部時代の同級生や後輩、先輩だ。

「そうですか···」

すっかり顔色が良くない佳那ちゃんは普段ならウサギを思わせるツインテールが可愛らしい後輩なのだが、こんな顔されると罪悪感しか起こらなくなる

「レン、中学の時はあれだけ頼りにしてたのにな。成績的にも人間関係的にも」

そう言うのは椎堂と同じ陸上部の同学年女子部員平間佐江(ひらま さえ)

彼女も陸上部にいて当時はこの人と切磋琢磨してた仲であった。その同志の状況に動揺を隠せないでいる

背の高さと目の細さが特徴的だから陸上部にいない俺でもすぐ思い出せる

ちなみに俺の中学当時は文芸部。当時は読書部は存在していて読み専なのが気に入らなくて部の名前を変えようとしたのは別の話

「今会いに行ったらまずいか?」

そう聞くのは早見蒼水(はやみ そうすい)。椎堂の陸上部の1つ先輩で、確か当時椎堂と付き合ってるとか言う噂が流れていたが、完全にデマで現実は早見先輩の片想いである

あ、言っとくと男ですよ?ウチの椎堂にそっちの気はありません

スポーツ刈りの頭をガリガリやる癖は相変わらずだと思いながら、今会っても皆の精神的疲労がひどいだろうから止めたほうが良い旨を伝えた

それから別れた後にまだ時間はあるので別の職案を探そうとすると、いつしか4階建ての廃墟にたどり着いていた

椎堂の事が頭を離れずボーッとしてたから

確かここは昔ホテルになっていて自殺者が出たり倒産したり遭って、手付かずのままになってるところだったような

そこから俺を呼ぶ声が聞こえた

「おーい!都時か!」

間抜けな感じがする大きな声を耳にしながら見ると強面のハゲ頭が入り口からこちらへやってくる

顔を見て気づく、こいつ。綾城圭一(あやしろ けいいち)じゃねえか

俺の中学時代の同級生でよく小説を書いてる俺を馬鹿にしてくるヤツだった。はっきり言って最悪だと思った

まあ、当時は苛めてくるコイツに椎堂が助けてくれてたから何も問題は起きなかったのだ

だから俺の中で椎堂に助けられている部分は大きい

俺は強く出てくるタイプの人間は苦手だから

「どうしたんだ?こんなところでよ」

早く逃げたかったが、こうなると無視すると余計時間がかかるのは経験で分かっているので答える

「ちょっと仕事を探しにさ」

「なあんだ。おめえも高校中退したクチか!」

テメエは素行が悪かったからだろうが!一緒にすんじゃねえ!と言おうと思ったが胃がキリキリするだけになった

「ちょうどいいや。ちょっと中入りな」

そう言うや否や、こちらの要望は聞かずこちらの体を押してずんずん奥へ入って行く

体格差では向こうに分があるので俺は逆らうことが出来ない

するとそこは、綾城よりも怖そうな、いかにもヤクザっていう人達の溜まり場だった

「帳(ちょう)さーん!!」

全員に聞こえる声で綾城がそう呼ぶとやはり全員がこちらを向き、その中からスキンヘッドに頭にサングラスをのせたスーツ姿の男がやってきた

「こいつ、新しい仕事探してるっつうから例の件。ドっすか?」

その話をした途端、スーツの男は一瞬眉をぴくりと上げたが俺を間近でガン見する

もう帰りたいくらい怖いなか、話は続いていく

「コイツ。サカラワナイカ?」

片言の日本語と顔立ちから中国人なのが伺える

「その辺は大丈夫っすよ!中学の時、俺にもビビってたんで」

「フム」

「あ···あの···」

俺はそう言うのが手一杯だった

「···アンタ、ナマエ。ナニネ?」

すると急に人の良さそうな笑みを浮かべてそう聞いてきた

それに、俺は胃の痛みが治まったのを感じすらすらこたえてしまう

「えと···。都時彰です」

「カオ、ヤケド、ヒドイネ。ドシタ?」

俺は目の周りの皮膚が火傷している

だから高校入学当初クラスの皆、怖がって近寄らない中唯一同じ中学だった椎堂にそこでも助けられた

1週間だけど仲を取り持ったりもしてくれた。そこで椎堂通じて友人もできた

「中学の時家が火事に遭ってそれで」

「アイヤー!カジ、タイヘンネ!ジコアルカ?」

「いや、放火で」

「ホウカ?ナンデ?」

「お父さんの職場に出勤態度の悪い新人作業者がいてそれを注意して辞めさせたら逆恨みして」

「ヒドイネ!ハタラカナイ、ソッチワルイヨ!」

本当に俺を思ってくれているのが話し方でよく分かる

良かった。この人良い人だ

「で家も家族も燃えて今、友達の家にいて。でもそこもお父さん会社潰れちゃって自殺してお母さんも仕事できなくて、その友達も車椅子生活で」

「クルマイス?アルケナイネ?」

「交通事故で両足失って」

「アー!カワイソウネ!」

「その子、俺と同い年の女の子で陸上選手になれなかったから余計かわいそうで」

「ヨシ、ワカタ!シゴトマカセルね!」

「本当ですか?」

「チュウゴクジン、ウソツカナイ」

とんで出た内容に驚いた

「カンタンヨ。コノフクロ、ソコのソバノコノハナソウのサンマルキューノヘヤにモッテイケバイイネ!」

袋はちょうど俺が持っている肩掛け鞄にすっぽり入る大きさの茶色の紙袋だった。だが中身は透明なビニールテープでガチガチにしてあったので伺い知ることはできない

木の花荘ならここの通りを出た所のマンションだ。

そこの309って事は3階へ持っていく訳か

「ソウスレバ、ヒャクマンアゲルネ」

「分かりました」

100万という金額に乗ってしまった俺はそのまま持っていってしまった

そして運が良いことに誰にも気づかれずに目的地まで行けた

渡された人も白のTシャツに薄い緑と白の縦のストライプの短パンというラフな格好をした髪の毛をもじゃもじゃにした目が虚ろなおじさんだったから少し恐怖するくらいで済んだ

そして無事廃墟に戻り、帳さんにお礼を言われ次もよろしくとの事だが

「あ、でも俺携帯持ってない」

「イイネ。コレツカウネ」

そう言って渡された薄いピンク色のガラケーをポケットに入れる

「ア、コノコトワホカのヒトニイワナイヨウニネ」

その一言と共に100万の入った封筒を手渡された


「ただいま」

家に入ると泣きわめく声が聞こえる2階に向かう

そこには未だベッドで暴れる椎堂と壁際で頭を抱えてナーバスになってるお母さんがいた

お母さん、膝を悪くしてるのに無理してここまで来たのか

俺は椎堂の側へ行って100万円の札束を置いた

さすがにこの状況には2人共驚いたのだろう俺の方へ首を向けた

「···どうしたの?それ?」

「仕事が決まったから状況を社長さんに言って前借りでもらってきた」

「本当に?ヤバい仕事じゃない?」

さっきも瞳孔が開きっぱなしでヤバかった目がさらに見開かれる

「大丈夫だって。その分退職金が減るだけだからさ。普通のサラリーマンだよ。俺、頑張って働くからさ。そしたらさ、結婚しようよ。時間はかかるだろうけど」

結婚という言葉に涙腺が緩んでいる椎堂は何度も頷いた



そして、翌日。俺はこんな楽な事が有るわけないという状況にやっと気づいた

「ソノフクロ、ノメ」

昨日の廃墟で帳さんから木製のホテルの受付らしき机にスーパーで買った物を入れる時に見る小さなビニール袋6個に白い粉が入っている

「····」

言ってる意味が分からない

「イマカライクトコ。ケイサツ、オオイ。ダカラ、ノム。ムコウツイタラダス」

顔は笑っているが背後には凄みを効かせたオーラがあるのが伺い知れる

「でも···これ」

「飲め」

急に流暢な日本語になる事に恐怖感が増してくる

そのオーラを全開に放って脅された

最初からこうなる事は分かってたじゃないか。馬鹿か俺は

恐る恐るその袋を口に近づけると使い回されてるのか人糞の臭いが鼻をつく

駄目ですという言葉もヤクザ共に無理矢理口に押し込まれる事で書き消された

たくさん泣いた。椎堂がくくりつけられた時に言っていた涙混じりの『イヤだ!』が自分の中から音量も言い方も似た形で何度も出てくる

そしてお腹に嫌な異物感を残し、暴力団の居るテナントへ行き、そこのトイレで出した物を自分で便器から取り出し。洗わなかったことにぶちギレて蹴りとばされながらも目的を果たし、その日の給料は100万をもらったら自分の部屋まで一直線で行ったら鍵付きの机の引き出しに入れた

これからはここから月々に適当な金額を出すようにしよう。でないと、また怪しまれる

これでいい。これでいいと自分に言い聞かせる

椎堂も容態は良くなったし、経済的にも十分だ

これで椎堂達が助かるのなら俺はどうなろうといい

ご飯を作るのも俺の仕事なのでその日の夕飯を作る為2階から下へ降りる

と、そこへ1階へ降りた時に椎堂もやってきた

「頑張ってる?」

笑顔の椎堂を見ることが出来て俺も嬉しい気持ちになる

「うん」

どこか後ろめたい気持ちがあるのをこらえ、普通を装おう事ができた

「今日は何?」

「うどん。醤油ベースの温かいやつ」

そう答えるこの関係に心地よさを覚える

「そっか」

線の細い目をした笑いかたをする椎堂に和んでいる自分がいる



それからというもの、そんな運び屋の日々が続いた

こちらの都合が分かっているのか、給料はその仕事1件につき100万円だった。

ある時は空港へ行き海外で覚醒剤を持っていった事もある

基本は国内での運び屋の仕事だった

半年が過ぎた時には貯蓄は既に1000万円を越えてると思う。あまりに多いそのお金が紙の束にしか見えなくなってくる

通帳に預けとくと万が一椎堂やお母さんに見つかった時何を言われるか分からないから簡易金庫を買って中に入れていた

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