第4話 未来生命の悩み<<<戦乙女の憂鬱
アルスガルドという地にある宮殿。
その柱にもたれるシルヴァリア。
「はぁ…。」
悩ましげな表情でため息をつく。
目を閉じると1人の男の顔が浮かぶ。
彼は笑って顔を寄せ…。
「…! いけません、いけませんわ!」
頭を振って幻想を打ち消す。
胸の高鳴りが止まず、頬が熱くなる。
「…一体、私はどうしてしまったのでしょう…?」
原因不明の不調に困り果てる。
宮殿の柱に手をつくと力なくうなだれた。
その様子を見かねて声を掛ける者達があった。
「お姉様。一体どうなさったというのですか?」
「そうです、何やらお悩みの様子、わたくし達にお聞かせいただけませんでしょうか?」
シルヴァリアの部下であり妹でもある者たち。
エインヘリヤルのヴァルキリー部隊だった。
姉は鋼の精神を持ち、地の果てより来た蛮族すら蹴散らす。
そんな自分達の頂点に立つ人物が、思い悩んでいること、そして、それが戦いにすら影響していることを気にしていた。
「貴女達…。やはり、わかりますか? ですが…。」
一方、シルヴァリアも自身が不調であることを自覚していたが、妹達には黙秘していた。
(これは
「いえ、何でもありません。」
不安は士気を下げると判断した。
いつもなら妹たちが姉を気遣って呑み込むが、今回は食い下がった。
「お姉様! お姉様の異変はもはや誰の目にも明らかです!
私達は同じ色の翼を持つ者ではありませんか、その間には雲一つありませんよ?」
隠し事は無しだと妹達から迫られる。
観念したシルヴァリアは事情を打ち明けることにした。
「初めに申しておきましょう。
私は病や呪いに蝕まれている可能性があります。
もし、助かる見込みが無いと判断したなら、私を見捨てて次のヴァルキュリアを選出しなさい。」
「そんな…。」
そのハッキリした物言いに妹達は息を飲む。
確かに彼女達は戦士である。
いつ命を落とすとも知れない戦いの中にあって覚悟はしているが、最強格の姉が戦い以外で命を落とすなど信じられなかった。
「まず、私の不調の症状ですが…。とある人物が頭の中から離れないのです。」
妹達の脳裏には「支配の呪い」が真っ先に浮かぶ。
他者の命令が常に支配を苛む呪いだ。
「そして、ついその人物が私に触れる姿を思い浮かべてしまうのです。
必死にその考えを消そうとするのですが、次から次へと湧いてきてしまい、追い出そうともがく内に胸が痛いほどに早まってしまう。」
「「「ん?」」」
何やらおかしいぞ、と妹達は気付き始める。
「ふとした瞬間、その人物のことを考えては呆けてしまいます。
恐ろしいのは、そんな無防備な瞬間を悪くないと感じてしまう事なのです…。」
顔を赤くして、自分の不甲斐なさを打ち明ける長女。
そんな彼女に対し、妹達は訝しげな顔をする。
「お姉様、いくつかお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「もちろんです。」
「もしや、その人物とは、外の世界の男性なのでは?」
「…! よく分かりましたね。その通りです。
果たし合いを挑めばあるいは呪いを消せるかも知れません。
しかし、私の実力では勝つのは難しいでしょう。」
忌々しげに語るが、妹達は確信を強めていく。
「その男と何かをしたいと願ったりすることがあるのでは?」
「ええと……何かとは?」
「…キスとか?」
その返答にシルヴァリアの頭からポンッと湯気が立つ。
「せ、せせせせせ接吻ですって!? なっ何てことを言うのですかお前は! ここ、子供が出来てしまうではありませんか!」
ドギマギと大慌てするシルヴァリア。
その様子に妹達は唖然とする。
「お姉様。少し向こうで相談してきても?」
「え? ええ…。」
少し離れたところで輪になってコソコソと話し始める。
「お姉様、ウブ過ぎない? あんな人だった?」
「アレってどう見ても恋だよね?」
「うーん。お姉様って最強の神兵だけど、最強の秘密って、
「で、どうする?」
「どうするって?」
「いや、応援するに決まってるでしょ。お姉様が最初に結婚してくれないと、わたし達だってカレシと結婚しづらいじゃない。」
「貴女彼氏なんていたの? いつからよ。私にもイイ男紹介してよ!」
「
「ゴメン、貴女の自由なシュミには口出ししないわ。」
「コラコラ、今はお姉様の話!」
「えっと、とりあえず、応援する方向で!」
「「さんせーい!!」」
再び姉の元へ戻る妹達。
「わたくし達の予想では、呪いや病いではありませんわ。」
シルヴァリアは驚き目を見開く。
「すると、貴女達はこの症状に心当たりがあるのですね!?」
「はい。しかし、わたくし達の口から答えを告げてはならないのです。そういうものだと聞いています。」
「何とも難しいですね。それは何故なのでしょうか?」
難しい顔の姉に対し、妹は確然とした顔をする。
「己の内にある思いに打ち勝つには、己の力で解決するしかないからですわ。」
「…確かにその通りです。しかし、具体的には何をすれば良いのでしょう? 鍛錬はいつも通りこなしています。」
首を傾げるシルヴァリアだが、妹達はなおも堂々とした態度を崩さない。
「一番良い方法は、その男をよく観察することですわ。その男が原因なのですから!」
「…! なるほど! その通りです!」
(お姉様チョロ過ぎない?ダイジョブかなぁ)
(仕方ないでしょ。恋ですって言ったらムキになって複雑化するに決まってるわ。)
(それは、そうかも。)
シルヴァリアは大きく翼を広げる。
翼からは白銀の光が散り、周囲を幻想的に照らす。
「では、早速行って参りますわ。」
(こう見ると最強の神兵なのにね。)
晴れやかな顔で外の世界へと飛び立つ姉。
これを機に妹達からの畏敬は減ったが、親近感は高まった。
───ある世界。
黒い雨が打ち捨てられた鋼を溶かす。
その鋼の荒野を征くは機械の兵士。
機能の半分が溶けたぎこちない動きで敵を探し歩く。
或いは、生きるために生きる異形の生物。
黒い雨に打たれながら機械の兵士に襲いかかり、消化できないパーツを理解せず喰らう。
そんな世界にあって、地下深くの研究施設にその男はいた。
「この出来損ないの失敗作がッ!」
「あうっ!」
バチリと平手打ちの音が響く。
その音はダクトの中を通り各部屋にまで反響するが、耳に届く者はいない。
「申し訳ございません。
美しい顔立ちの女性が頭を下げる。
生命を感じさせない白い肌に、打たれた頬だけが赤く染まる。
濡れたように艶めく長く伸びた黒髪。
ある種の完成された美を纏う女性だった。
対するは痩身の男。
やつれた顔つきの中で狂気を孕んだ瞳だけがギラギラと光っている。
「33号…お前では妻を…ライアを務めるには不十分だ…。」
恨みをぶつけるように女性を睨め付ける。
ふいと目を逸らし、背を向ける。
「生体データを登録したら、焼却槽のエネルギーが溜まり次第、自己廃棄しろ。」
「畏まりました。」
女性は立ち去る男の背に頭を下げて送る。
やがて背中が見えなくなると顔を上げ、アーカイブルームに向かう。
時間をかけず鈍い金属の扉に到達する。
施錠を示す緑のラインランプが明滅する扉は、ハンドルやシャフトなどの起伏が一切無い。
その隣にあるガイドに右手を貼り付けると、スキャン用の光線が一瞬走る。
そしてガイドにスキャン結果が表示される。
『判別情報:ライア』
『状態:良好』
『種族:人間』
入室に問題なしとした扉が解錠を示す赤いランプに切り替わりスライドする。
「……ニンゲン…。」
33号はそう呟くと、生体データを登録するために部屋の中へと消えるのだった…。
一方、別の一室では男が地団駄を踏んでいた。
「何故だ! どうして上手くいかない! 33度も試して失敗だと!?」
付近のパネルをタッチして、一枚のホログラムを表示させる。
朗らかに笑う女性がそこにはいた。
その姿をみて、うずくまる。
「ライア…済まない。
お前を呼び戻すことが何故か叶わないのだ…。
あの豊かな日々を取り戻すことが…。」
滅びかけの世界であっても愛は育まれたのだ。
すでに失われたが。
「すぐに34号の製造を開始しなくては…。今度こそ…ライアを…。」
呪詛に近い声が一人で響いていた。
焼却槽のエネルギーが充填されるまで4時間。
生体データの登録が終わり、後はもう処分するだけの状態。
溶けるのを待つ雪のように何も残らない自分。
33号はアーカイブよりデータを閲覧することにする。
生体データは存在意義を唯一証明してくれるが、それよりも価値があるものとして過去から残されてきたデータ群。
それに興味が湧いたのだ。
「ニンゲン…とは…。」
彼女の中にある“人間”の情報は生命体としての構成情報。
アーカイブはその歴史をも教えてくれた。
後世に残すべきものとして記録されていた情報を読み解いていく。
結局、知恵のある生命は歴史とそれに伴う感情以上に遺すべきものを見出せなかったのだ。
さらにデータ閲覧を続ける。
「カミ…?」
用意された頭脳にない存在情報を見つける。
世界を創ったとされるが、不確定なのだと。
造られた目的を果たせず終わる情報体としての自分と、如何なる目的か知らないが世界そのものを創った神。
しかし、今はもう双方ともアーカイブ内のデータとして終わるのだ。
「……フフ、一緒ね。」
33号は悲しい笑顔を浮かべる。
何も生み出せない自分が、全てを生み出した者と同じ扱いをされることに満足するような、悲しい充足感。
ふと思い立つと、自分の生体データの特筆事項を編集する。
そこに一言追記する。
“神を知っている。”
「これが私。」
僅か数文字を入力すると、アイデンティティとして墓標に刻んだのだった。
天界にて。
【やあ、今日もお疲れ様。】
気さくに声を掛ける神は、光を弱めることなく輝き続ける。
「ええ。今日はどちらに…?」
そこでクチウラは視線に気づく。
「うう……。」
寄せ集められた雲が砂場のように小さな山にされている。
そこに隠れるようにして、自分をじっと観察する女性が一人。
銀髪と翼が保護色になって雲と同化している。
クチウラが振り返ると、その視線を避けるように雲の陰に引っ込んでしまう。
「何をしている?」
「きゃっ…!?」
雲を回り込んだクチウラに気づくなり、タタッとと逃げる。
そして少し離れた場所で雲を寄せ集めて隠れるのだった。
「何だ……?」
【…まぁ、彼女に関しては、今は放っておいて良い。前回も邪魔はされなかったろう?】
「ええ、まあ。」
【早速だが、次に向かう世界についてだ。刃の世界にお願いするよ。】
「御意に。」
刃の世界の縮図が現れる。
そこでクチウラは続く言葉を待つが、神の言葉は響かない。
「…?」
首を傾げて神を見ると、心なしか笑っている気がする。
【今回は何も持たなくていいし、行くだけでいい。】
「…? そ、そうですか。とりあえず行ってきますね。」
「お、お待ちなさい! 私も同行しますわ!」
いつの間にか近い方の雲山に移動したシルヴァリアが声を発する。
クチウラは面倒そうに振り返るが、今度は逃げなかった。
「邪魔する気か?」
「い、いいえ。これは監視ですっ。貴方が何を好むのか…ではなく、何を企んでいるかを見破るためのものです。」
「はぁ……。」
同じようなセリフを昔に聞いた気がして、辟易とする。
面倒なことになる予感がしたのだ。
【まぁ良いじゃないか。私の前で邪魔はしないと宣言したんだ。同行するくらいは認めてあげようじゃないか。】
「本当に良いのですか?」
【もちろんだとも。彼女もまた私の愛する子どもの一人なのだから。】
「我が神の御心のままに。」
そう言うクチウラの少し後ろで、明後日の方向を向くシルヴァリア。
「感謝いたしますわ、天界の主人である神よ。」
そう言う彼女に指摘が入る。
「どこを見ている。おられるのはこちらだ。」
【仕方ないさ。彼女には私は見えないし、声もギリギリ聞こえるというところだろう。】
そうなのか?と尋ねると彼女は首肯する。
【常人が私を見れば心が蒸発して、時が来るまで眠りにつく。まぁ平たく言うと死に至る。
あ、キミは別ね。そんなに強くて柔らかい魂の持ち主はほぼほぼ居ないさ。】
「ううむ…。釈然としませんが、そういうものなのでしょう。」
違和感を呑み込んで納得する。
神がいうならそうなのだ。
「では、今度こそ行って参ります。」
そうして世界縮図に飛び込んだ。
「ゴチンッ☆」という音がする。
──その時、悲しみを打ち壊す衝撃が生まれ、
バットエンドがベコベコになった。
クチウラが降り立った足元に男が倒れている。
男の頭には雪だるまのようなタンコブが。
「…そういや、何か当たったような気もするな。」
そう言って額を確かめる。
クチウラは痛痒を感じなかったが。
「きゃあっ!」
続いて背中に軽い衝撃がある。
クチウラに続いて刃の世界に飛び込んだシルヴァリアだったが、出口でクチウラが突っ立っていたためにバランスを崩してしがみつく。
「……! きゃああぁぁぁぁ!」
クチウラにしがみついている自分を認識すると、悲鳴を上げて飛び退く。
「はわわ…。ダメですわ、こんな…はしたない…。」
そう言いつつ、近くのダクトの陰に隠れてクチウラを見守る。
それを一瞥するが、邪魔をしたわけではないので放置し、足元にいる男に手を伸ばす。
「おい、起きろ。………。
無理矢理起こすことを選択したクチウラは、活性エネルギーを流し込む。
多少影響が出るかもしれないが、神より賜った仕事の前では些事だ。
「ううん…。私は…。」
男は目を覚まし、突然の侵入者に仰天する。
「な、何だお前は! どこから入った!?」
地下深い研究所において、外敵への防衛機能は完全で、そもそも侵入は想定していない。
「俺は天使だ。別の世界から来た。」
「天使…天使だと!? 神の使いが今更何をしに来た! ライアを私から奪っておきながら、取り戻すことを許さぬ神が!」
怒りをぶつける男にクチウラは何もしない。
ただ言葉を返すだけだった。
「お前は、神様を知っているが、恨んでいるのだな。」
そう言って腕を組む。
「フム…。」
その時ドアが開き、一人の女性が入室する。
「ご無事ですか
33号もまた驚く。
この世界に生きた人間は他にいるだろうか。
しかし、自分を作った男に比べ、健康そのものに見える。
大気と水質の汚染に耐えうる人間がこの世にいるのだろうか。
もしや、同類ではないか? だとしたら研究が進む希望があるかもしれない。
33号が驚きや疑念、微かな期待とコロコロ表情を変える。
そんな姿を男は見ていた。
そして、その脳裏に記憶が蘇る。
“あなた。もうこの島に私達以外の人間はいないけれど、もし私達のどちらかが倒れても孤独にはならないわ。
この研究の先に生まれた子達は、みんな私達のかわいい子ども達だもの。
だから、いつか終わる日が来ようとも希望を捨てず、笑って過ごしましょう?”
「ああ、そうだな。…そうだった。」
男はクチウラを無視して33号の方へ歩き出す。
「
男は目の前にいる“自分の子”の悲しい反応に涙を流す。
この子の役割は娘であって、妻の代わりではないのだ。
それに気付かず、32人も失ってしまった。
いや、自分が殺してしまった。
「すまない…。すまない…。私は。」
33号は困惑する。
「
「違う…、違うんだ。私の事はパパとでも呼んでくれ。」
さらに困惑する。
その呼称は親子におけるものだ。
だがそれはそうとして従う。
「ぱ、パパ?」
「ああそうだ。お前は私の娘だ! 妻の代わりではない唯一の娘。愛する我が子よ。」
男は困ったような泣き顔で33号に笑いかける。
彼女は父のあまりの変貌に混乱したが、一つ思い起こした事があった。
かつて、本物のライアが生きていた頃のアーカイブ映像に写っていた父は、確かにこんな顔で笑っていた。
33号は心の内に温かいものが生まれるのを感じる。
それは彼女に言うべき言葉を与えた。
「おかえりなさい。パパ!」
33号もまたぎこちない笑顔を浮かべる。
そうして二人は数年ぶりに再会した親子のように抱き合う。
そんな姿をシルヴァリアが眺め、ハッとする。
「そうですか…。愛するという事。これはそういう事なのですね?」
何かがストンと腑に落ちる。
クチウラを見て、自分の胸に手をあてる。
「今はまだ。」
そう小さく、しかしはっきりと呟く。
そして、迷わずクチウラの元に歩いて行く。
「クチウラ殿。」
「ム?」
「貴方の監視は終わりましたわ。私は先に戻ります。失礼。」
そう言って姿がかき消える。
「ウム…?」
クチウラはよくわからなかったが、邪魔しなかったので気にしないことにする。
帰ろうとするクチウラを呼び止める声がある。
「天使殿。」
「ム? 何か用か?」
「いや、礼を言わせて欲しい。貴殿が来られてから私は大切な事を思い出したのだ。
貴殿をここに遣わした神様に感謝を。」
その言葉にクチウラは満足げに笑う。
「アンタは弁えている。その言葉を神様はご存知だったのだろう。」
男は頷く。
「私はこれから33号…いや、娘のエーナリュールと共に希望を持って暮らす事にした。」
エーナリュールと呼ばれた娘もまたお辞儀をする。
「私からも感謝を。」
「ウム。達者でな。」
クチウラはそう言うと何もないところにパンチして穴を開ける。
そうしてできた空間に入って行ったのだった。
それを見送る親子。
「パパ、私、弟や妹が欲しいですわ。」
「ああ、任せなさい。終わりの時まで希望を捨てず、みんなで賑やかに暮らそう。」
二人は穏やかに笑う。
ダクトを通して笑い声が施設を巡るのだった。
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