第2話 王権暴走!?最後の一人の祈りを聞け

バッドエンド粉砕職人の朝は早い。


「ふはははッ! 病みのコロモなんぞ光の油でカリッと揚げてやるぜ…! ハッ、夢か。」


目を覚ました直後、超高速で寝床から抜け出す。

「そぉい!」

起き抜けに布団にバックドロップをかける。

パタパタと紙が折り畳まれるように奇跡的な力の流れが発生し、布団が丁寧に畳まれる。

衣服を全て脱ぎ捨て、いつもの通り滝へ向かおうと戸を開く。

…が外の景色に足を止める。

「なるほど…。そうきたか。」

ザザー…。と小屋の外では大粒の雨が地を打っていた。

滝に行くのを取りやめるが、雨に打たれながら別の場所に向かう。

小屋からほど離れたひらけた場所に来る。

周囲に生物の気配がないのを確かめると、拳を天へと振り上げる。

「ジャスティス・サンダー!!」

大声で叫ぶと、空から返答がある。

バゴォン…!!

轟音と共に落雷が直撃した。──彼に。

数億ボルトの電圧がクチウラに叩きつけられ、プラズマによって滴る水を蒸発させる。

電気によって放射状に広がった髪を撫で付ける。

パリパリと帯電する彼は稲妻背負ったいい男だ。


──バッドエンド粉砕職人の一日が始まった。




天界にて。

クチウラが出勤して初めに。

【客人が来てるぞ。】と声がかかった。

相変わらずの強い光を放つ神。

その指の示す先、椅子に腰掛けた女性がいた。

白銀色の髪と、それに合わせたかのような白銀の鎧に身を包み、背中には翼を生やしている。

鋭い視線がクチウラを射抜いている。

右手に持った槍の穂先を雲の床に刺しているのは、一応この場では争わないという意志の現れか。

「エインヘリヤル・ヴァルキュリア筆頭。シルヴァリアですわ。父オーディンの命で参りました。

“元”勇者よ。貴方の行いは我らの崇高なる目的の妨げになっています。

というのも来たる大戦ラグナロックにおいて、英雄の魂を導く我らの…。」

唐突に身の上話を始めたシルヴァリア。

そんな彼女に対してクチウラは思う。

(コイツめんどくせぇな…。)

招いた覚えのない客人。

その風貌を注意深く観察する。

容姿は美人だ、神兵ワルキューレなだけある。

装備も十全に磨かれており、美貌に負けない輝きを放っている。

一方で、鎧の隙間から覗く素肌は火傷、アザ、切り傷の跡が散見される。

ゆえに彼は言葉をもらした。

「コイツめんどくせぇな…。」

その言葉にシルヴァリアがピクッと反応する。

「貴方は自分の立場がわかっていないようですわね。来たる大戦の行く末は世界の命運を左右するのです。そのためには英雄の魂が不可欠。

そして、悲運の死を遂げた者の魂には…。」

【クチウラ、次は唄の世界に行ってもらいたいんだけど、いいかな?】

神が我関せずと口を挟む。

基本的に相手の自由意志を尊重する姿勢だったが、シルヴァリアが同じ方向性から同じ言葉でしかアプローチしないのを見て、彼女の相手をすることは時間の無駄になると判断したのだ。

「我が主の御心のままに。」

クチウラは跪いて答える。

【それで、唄の世界の…。】

「お待ちなさい。唄の世界ですって?」

今度はシルヴァリアが会話に割り込む。

神の話を遮ったが、彼女はクチウラに向けて話す。

「もしかしてですけれど、サーラー国のベルヤム王を次の標的にする気ではないですわよね? あの者は強い怒りを抱え死に至るの待つ魂。その怒りは死後の大戦において大きな魔力となるのです。手出しは許しませんよ。」

【…とまぁ、今説明があった人物の元に行ってくれ。やり方は任せる──と言いたかったがそうもいかないみたいだ。剣を持って行きなさい。】

「御意に。」

神が頷く。

すると、見事な装飾の剣が出現する。

クチウラの数少ない友人、鍛治師オージャンが作った「オージャンの剣」である。

それを神がクチウラに手渡す。

彼はモノの管理がぞんざいなところがあるため、得た宝は全て天界に蓄えるようにしていたのだった。

「なんて美しい剣…。じゃなくて! ちょっとお待ちなさい!」

異質な輝きを持つ剣に目を奪われるシルヴァリアに対し、彼女を完全無視の構えでクチウラは世界縮図に飛び込んだのだった。




炎の国、サーラー王国。

サーラー大火山を中心とした群島にあり、その起源もまた火山に関連する。

かつてまだ村落集合体だった頃、火山の支配者たるドラゴンに島が脅かされたことがあった。

始祖王は創世の神と契約を結び、繁栄の約束と「王権」という名の杖を賜った。

対価はただ“神を畏れること”それだけ。

「王権」を天にかざすと王の権威が空を覆い、島に出自を持つすべての国民が王に従った。

まるで一つの生き物のようになった全国民でドラゴンを打ち破った。

火山の支配者を征した恩恵は大きく、竜の鱗は溶岩を利用する術を与え、サーラー王国は溶岩を制する国となった。

コントロールされたマグマが暮らしに無限の地熱を与え、冶金技術の向上が多くの名工を輩出した。

炎の属性魔術師エレメンタラーたちの聖地となり、炎の国と呼ばれるに至った。

「王権」は王の一族に受け継がれ続け、公正な王の支配下にあることは国民の誉れとなった。


──それから数百年を経た。

連綿と受け継がれた「王権」と歴史は、たった一人の王によって終わろうとしていた。

きっかけは些細な病気。

ほんの少し気の弱くなった王だった。

その隙を見逃さずに近づく者があった。

「貴方の父祖の神は病を癒してはくれないのですか? この魔神バルダイモン様の像に願ってみなさい。」

「私達はこの魔法を治める神、バルダイモン様の命によって、遠く離れた貴方の病を癒しに参ったのです。」

「ご覧なさい、この像は香炉としても成立しているのです。この香りを嗅げばたちまち良くなるでしょう。」

「おお、誠であった! そなたたちの言う通りこの魔神様こそ神であった!」

こうして天意は王の元を去った。

契約が破られた以上、サーラーの未来は暗雲立ち込めるものとなる。

王は日に日に身体を患い、その心には棘が生える。

やがてその目は一人よがりな恨みを抱く。

「王が病であるにも関わらず、喜んだ者は死罪。」

「王が病であるにも関わらず、その治療法を探さない者は死罪。」

「王が病であるにも関わらず、その癒しを魔神バルダイモン様に祈らない者は死罪。」

「王が病であるにも関わらず…。」

暴走を始めた王。

朝令暮改で国民の頭の中に命令が響き続ける。

王の命令が次々と追加され、誰もが自由意志を拘束されていく。

やがて今が現実なのか、夢なのか、全ての国民が幽鬼のようになってしまった。

ただ、王の命令に沿って動く人形に。

誰もがおかしいと思いながら、何もできない。

なぜならそれでも「王権」は絶対だった。

その王を唯一、諌める者の姿がある。

たった11歳の少年が、王の前に立ち塞がった。

「父上! もうおやめください! 民の咎を問うても財を減らすだけです。省みるべきはご自身の行いでしょう。なぜ先祖伝来の掟をお捨てになったのですか!」

王家だけは“民”ではない。

王子だけが命令に抗う。

「黙れぇ! 王の責務のなんたるかを知らぬ小僧めが。『王権』によって命ずる! 金輪際、王子は余に口出しするでないわ!」

「……っ! …っ!!」

だが、名指しで王権が発動されては抗えない。

父に向かっては喉から先へ声の出なくなった王子。

この国最後の希望が絶たれたのだった。



自室に戻った王子。

己の父がもはや王とは呼べぬ愚物に成り下がってしまった。

先王である祖父は島を揺るがす災害を前に「王権」で自分に命令を下し、死力を尽くして戦い、その手に「王権」を持ったまま果てたという。

それに比べ、もはや父の代でこの国は終わるだろう。

母が病床で、父を支えるようにと遺して逝ったことを思い出す。

王族としての責務を果たせなかった不甲斐なさを思って少年は泣いた。

明かりもつけない部屋で、月光の下で涙だけが顔を白く染める。

一方で月光は窓際にあった異物を怪しく照らす。

父の命令で飾られているバルダイモンの像。

二頭四手の男の形をしている。

少年はその像を睨めつける。

「こんなものがあるからぁ!」

乱暴にそれを掴むと石床に叩きつける。

神を名乗るにしては呆気なく二つに折れてしまう。

「燃えろぉ! 父上を返せぇ!」

魔法を唱え、像に火を焚べる。

サーラーの民、ましてや王族ともなれば炎の呪文は幼少より扱えて当然であった。

煌々と燃える像が少年の顔と涙を照らした。

炎の中に、正しかった頃の父の顔を思い出す。

涙が止まらなかった。

そんな時、王子の了承を得ずに部屋に入る者があった。

「何者であるか!?」

王子が目を向けた視線の先には兵士。

像を燃やしたことを咎めにきたのかと思えば違う。

うつろな目をして、ふらふらと王子を目指す。

「王子…。王子…。」

その兵士に追従するようにもう一人。

その顔は自分の世話係の衛兵。

同様にやはりふらふらと歩く。

「王子…。お逃げください…。」

「どうか、お逃げください。」

よろよろとにじり寄る。

逃げろという言葉とは裏腹に、王子を逃がさないようにゆっくりと包囲する。

兵士が王子の腕を掴んだ刹那、彼のうつろな瞳から涙が流れるのを見る。

その瞬間、全てを理解した。

「ここまで堕ちたかっ! 父上ぇ!」



卓越した金属加工技術を持つこの国は、牢にもその腕前が披露されている。

だが、当時の名工達は思いもよらなかっただろう。

誰あろう、愛すべき王の子を捕らえるために使われるとは。

檻を隔てて父王と対面する。

「喜べ、息子よ。お前はバルダイモン様に捧げられる。世継ぎを捧げれば、余を神の隊列の末席に加えて下さるだろう。」

「……っ!! ………っ!」

怒りと悲しみでぐちゃぐちゃになった顔で王に抗議するが、言葉はない。

言うことだけ言って去る王。

その背中が見えなくなるギリギリでようやく声が出せる。

このチャンスしかないと王子は叫んだ。

「王権裁判を要求する!!」

王の背中に声が届く。

「ほう?」

遠くで聞こえた王が踵を返して戻る。

そして再び王子の前に現れた。

「勉強しているではないか。余に王たる資格が無いと申すか。確かにお前にだけはその申し立てを行う権利が認められている。

よかろう。見物であるな、はたして“この国で生まれ育った弁護人を4人も”集めることができるのか。」

もはや父の面影も無くなりかけている王が、手に持った杖を掲げる。

「『王権』を以て民に命ずる。

。」

「……っ!!」

「裁判は明日だ。楽しみにしているぞ。クックック…。」

そうして、もはや振り返ることのない王が去る。

遠くなるにつれて小さくなる足音は、王子の命運そのものであるかのようだった。


残された王子は万策尽きていたが、もはや出来ることは一つしかなかった。

いや、その行動こそ、最初に行うべきものだった。


「昔いまし今もおられる父祖の神…。もしも、この祈りの声が届いていましたら、どうか私めの心の内にある思いをお聞き…」

「聞こえているぞ!!!」

ドガーンと牢の石壁が崩れる。

土煙から現れたのは2人の人物。

一人は異国の装束を纏った偉丈夫だった。

その後ろに鎧をつけた女性が息を切らせている。

「ハァ…ハァ…。貴様は…ハァ…バカなのですか? 石の中に転移するだなんて…。信じられない…。」

その声を無視して男が王子の肩を掴む。

「よくやった少年! キミの声は神様に届いているとも!」

「え? あ…。」

肩に触れた男の手は力強く、生命力に溢れていた。

まるで、ずっと見守ってくれていたような安心感を覚える。

「うう…。」

王子の目に涙が滲む。

諦めて流されれば済むところを食いしばって耐えた。

王子だから国のために。

息子だから父のために。

それが、報われたのだろうか。

我慢していた涙が瞳から溢れ…。

だが、男の顔に皺が寄る。

「だがな少年。次からはもっと早く祈れ。最初に祈れ。『急がば祈れ』という言葉を知らないのか? 何を置いてもまず祈れ。」

「え、あ、すいません。」

勢いにおされて涙は引っ込んでしまった。

気まずい沈黙が訪れる。

そもそもこの男性は誰なのだろう。

山に隣接して作られた城の堅牢な牢屋の壁。

それを火山の中から掘り進んできたこと自体が嘘のような事態なのだが、いかんせん王子は続いた困難の中でいっぱいいっぱいになっていた。

いろいろを頭の隅に追いやって尋ねる。

「…それで、貴方は何者なのでしょうか?」

「俺は天使だ。ウム。神様からのお遣いだな。」

「天使様…!」

王子はハッとする。

そして突然膝をつきクチウラに向かって伏す。

「天使様ということは、この国を裁くために来られたということ。

契約を破ったこの国にお怒りなのでしょう。

ですが、民は、民だけはお考え直しください。

これらは全て王族である我々の責任、民は振り回されたに過ぎないのです。この命を以て償いますゆえ…!」

そう言い終わらないうちにゲンコツが飛ぶ。

ゴチンッ☆と王子の目から星が出る。

「うっ…。」

「バカかお前は! わざわざ遠くから来て、殺しに来るわけないだろう。

第一お前が助けを求めたから来たんだぞ! だったら助けるに決まってるだろう!」

「……。」

「ム?」

頭を下げた格好のまま動かない王子。

その様子にクチウラが首を傾げるが、隣にいたシルヴァリアが様子を確かめる。

「気絶していますね。」

「俺が来たことで緊張の糸が切れたのだな。ゆっくり休むといい。」

「どう見ても違うと思います。」



王子が目を覚ますと、王城の正面広場「焔の踊り場」にいた。

ここは大きな祭りが開かれる時の中心地であり、さらにその中央に空いた穴には鋼鉄のフタがされている。

このフタの下には「焔の釜」と呼ばれる穴があり、地下を流れる溶岩を肉眼で捉えることができる。

年に一度、手紙をこの中に入れて燃やす風習があった。

だが、今回この広場で開催されるのは祭りではない。

「王権裁判」もまたこの場所で開かれる。

フタを取り囲むように、裁判長、国王ベルヤム、クラド王子が三方向にいる。

その広場を取り囲むようにして、うつろな目をした民衆たちが、国中から集まっていた。

王子は自分と椅子とが手錠で繋がれていることに気づく。

(頭が…痛い? そうか…私は幻を見たのか。)

祈った途端に事態が急変するだなんて、物語ではないのだと自嘲した。

しかし、王子の心は自然と軽かった。

(幻であっても宣言した通り、王族としての責務を果たそう…!)

裁判長である法廷部の長が口を開く。

「これより王権裁判を開廷いたします。まず、王家のお二人から正当性を訴えていただきます。」

彼の意識がはっきりしているのは「王権」によってそうあれと命じられているからに過ぎない。

「フン。余が王であるのは事実。これに異を唱えるならば王権へ侮辱である。この裁判の終わり次第、バルダイモン様への生贄として、焔の釜へと投げ込んでやろう。」

「…っ!」

声が出せないことに気づいて、もはや言うことはないと王子は首を振る。

「次に正当性を弁護する4人の弁護人ですが…。」

「余の方は準備できておる。名乗ることを許す。」

王国軍の3部隊の隊長3人がそれぞれ挨拶をし、4人目として大臣が名乗った。

「…。」

「殿下…。4人の弁護人を用意できない場合は…。誰か! 誰か王子の弁護人の方は居られるか!」

裁判長が悲しい声で叫ぶ。

彼でさえも王が間違っていると気づいているが、表情にすら出せない。

「いる筈もなかろう。余が正しいのであるからな。」

王子がもはやこれまでと目を伏せた刹那。


「連れてきたぞ!!!」


と叫ぶ声があった。

見ると昨晩出会った、天使と呼ぶには荒々しい男。

それが民衆をかき分けて出てきたのだった。

それを国王が見咎める。

「何だお前は! 王子の弁護人はこの国の者のみ。余所者は口出しするでないわ!」

王の怒号に怒号が返される。

「黙れ! 誰が弁護人だと言った。俺は連れてきたぞ。と言ったんだ!」

クチウラは背中の剣を抜く。

夜空のように青い刀身の剣だった。

見る者を惹きつける煌めきがある。

それを何もない場所に振り下ろした。

「来たれよ弁護人! この少年の助け手を切望する者たちよ!」




──その時、時間と空間が切り裂かれ、

バットエンドがズタズタになった。




時空の裂け目から4人の男が並んで出てくる。

そして王子を守るようにその両脇に並んだ。

4人共が年老いた男性で、身なりの良い格好をしている。

裁判長はそれが誰であるか気付いたが、だからこそ聞かなくてはならない。

「お、王子側の弁護人…。な、お名前と身分をお教えください。」

王子は両側を見る。

老人たちは順番に口を開いた。

「アルガス・サーラー。先代国王である!」

「ベナシャム・サーラー。先々代国王である!」

「イルガ・サーラー。先々々代国王である!」

「ホルオル・サーラー。先々々々代国王である!」

言い終わった男達は堂々と胸を張る。

「は…? ち、父上…。」

王は唖然として言葉が出ない。

自分が看取ったはずの人物がいる。

そして、よく似た顔つきの人物が3人。

自分とも似ている顔だった。

こっからはもう、おじいちゃん達のターンだった。

「こるぁ、ベルヤム! あれほど言うたのに外の神なんぞに惑わされおって! 心の鍛錬が足りんと常々言うたじゃろうが!」

「おお、ひ孫よ。クラド坊や。手錠なぞつけられて痛くないか? すぐに爺が助けてやるからな。」

「一度、じいじと呼んでみてはくれぬか? コヤツはワシの孫じゃが、恥ずかしがって一度も呼ばなんだ。」

「おーおー、変わらぬサーラー大火山。良き眺めじゃ…。…ム? なんじゃあの不快な像は! 即刻撤去じゃあ!」

てんでバラバラおじいちゃんが暴れ始める。

国王も、裁判長も、王子すら訳がわからなかった。

それでも国王はこの事態を認めようとはせず、手にした杖を天に掲げる。

「『王権』を以て命ずる、民達よ! 先王を名乗る者どもを捕らえ…」

言い切る前に老人達が反応する。

4人ともる。

「「「「『王権』を以て、全ての民に自由を与える!!」」」」

その瞬間、全ての民の目に光が戻る。

それぞれが、自分の意思を封じ込められていたが、意識はあった。

この事態を表に出せずとも驚き見ていたのだ。

「こるぁ! 王権をくだらんことに使いおって! そこに直れぃ! お説教じゃ!」

「民達よ! あの不快な像を切り出して炉に投げ込んでしまえい! 火山王と呼ばれたワシの魔法を見せてやるわい!」

「何を! 魔法といえばこのワシじゃ。誰がお前に魔法を教えたと思うておる!」

「誰ぞ鍵を持て! クラド坊を解放するのじゃ!」

民達は好き勝手暴れる先代王達を見るのが楽しくなってきた。

その自信満々の表情には頼もしさがある。

その大声には安らぎがあった。

ゆえに先王に従って行動を起こした。


城の前に聳えるバルダイモンの像が切り倒され、焔の釜へと投げ込まれる。

各々が家に置かれていたバルダイモン像を投げ込む。

「燃えよぉ! 灼熱じゃあ!」

「なんの! 火炎の柱よ穿てぇ!」

そこにどんどん火がくべられる。

そして像が燃やされるたびに、とある変化があった。

「いぎっ! ぎぎぎぎぎぃ…。ぐばぁっ!」

国王ベルヤムの顔が徐々に歪んでいき、やがて真っ黒な煙を吐き出したのだった。

まるで悪意が具現化したかのようなドス黒い煙。

残されたのは顔色の戻った王。

「私はいったい…? ハッ! ち、父上、父上ではありませぬか! と言うことはもしや私は死んだのですか!?」

辺りをキョロキョロと見渡す国王に、周囲の者達が事情を説明する。

「なんと…。そうであったか。済まない。皆には償いきれぬ罪を犯してしまった。」

そして、王権裁判の場であったことを聞かされると、祖父達に息子が囲まれている様子が目に入る。

「クラド…!」

その姿が目に入った途端、杖すら投げ捨て、駆け寄って抱きしめる。

「クラド。愛する自慢の息子よ。苦労をかけたな…お前は一人で本当によく頑張った。

愚かな父で済まない。ありがとう。ありがとう。」

「ちちうっえっ、父上っ、う、うわぁぁぁん。」

たった一人の家族。

優しく大好きな父が帰ってきたのだ。

それまで我慢していた涙が止まらなかった。


王権裁判があったこと自体はもはや取り消すことができない。

ゆえに新王の即位を以て決着となる。

民を傷つけたことを詫びた王が退位したのだ。

若干11歳にして、若すぎる王が誕生するのだが、彼には頼もしい教育係が4人もいる。

全員が王権の使い方を心得ている。

「え? 先代様方はこの国の危機に際して顕現した魔法ような存在だったのでは?」

「何を言うておるか。この通り生きておる。このまま天寿を全うするまで居座る気満々じゃわい。」

「せっかく可愛い孫が新王になったんじゃし、小遣いをやらねばな。」

「おヌシの孫はワシじゃい!」

「ふぉっふぉっふぉ、溜まった仕事を片付けねばのう!」

新王の即位と、国の回復。

大いに喜び祝われ、この日は“新”建国記念、解放の日として記録されることとなる。

夜が更けてなお、民達は歌って踊り、喜び祝いあった。


そんな国の裏路地。

人気のない場所に呼び出されたクチウラ。

呼び出したのはもちろんシルヴァリアだった。

「話とは?」

「心当たりがないとでも? どう言うつもりなのですか!? 死する運命を捻じ曲げるどころか、死者を呼び戻すだなんて!」

「俺は俺のやりたいように…。」

そう答え始めたクチウラの背後にドス黒い煙が集まり始める。

「あなた! 後ろ…!」

と言うがクチウラは気づかないどころか、シルヴァリアが話を聞かないことにムッとする。

シルヴァリアの顎を掴むと無理矢理自分へと向ける。

「今は俺が話している。」

「え…。」

元勇者は黙っていれば、真剣な顔をしていれば端正な顔立ちと言える。

「ちょ、ちょっと!」

慌てて離れたシルヴァリアだったが、黒い煙が自分に向かって来ていることに気づいた。

煙は死を纏うような本能的に身の危険を感じさせる。

避けようとして足がもつれてしまう。

「どこへ行く。」

そこへバランスを崩した肩に手が伸ばされる。

そのまま息がかかるほどの距離まで引き寄せられる。

真っ直ぐに目と目が合う。

「あっ…!」

シルヴァリアがいたはずの場所を、禍々しい煙が通り抜けていく。

「だから、煙が…。」

またしても煙が向きを変えシルヴァリアに狙いを定める。

逃れようとするが、煙の放つ死の気配にうまく体が動かない。

クチウラはそんな彼女を近くの壁に押し付けると、右手を壁に張り、覆いかぶさるように立ち塞がる。

クチウラがシルヴァリアと煙を分断する。

「なぁ、こっちをみろ。逃げようとするな。」

シルヴァリアは煙に死の予感を覚えたが、それ以上に体験したことのない緊張状態に包まれていた。

顔が熱く、目の前の男を直視できない。

しかしこの強引な男を無視できない。

ぐるぐると目を回し…。

緊急脱出魔法リターン!」

訳もわからずヴァルハラへと帰還したのだった。

それをクチウラは見送る。

少し首を傾げるが、やがて、

「フン。そろそろいいだろう。」

そう言って背中の剣を抜いたのだった。

黒い煙が徐々に形を変える。

まるで人間のような形に。

そこからしわがれた声が響く。

『やはり、あの娘を守るためにわざと逃したか。元勇者となってもお優しいことだ。いいだろう、お前とはここで決着を…。』

その声が言い終わらないうちにクチウラは剣で空間を切り裂くと、天界へと帰ったのだった。

『え…。…逃げたか。』

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