バッドエンド粉砕職人の朝は早い

小野塚 歩

第1話 神知らぬ世界の涙凍える少女を救え!

バッドエンド粉砕職人の朝は早い。


「待て!スライム鍋にはまだ早い…っ!ハッ!夢か。」

彼は小さな山小屋で目を覚ました。

キッと周囲を睨んだ後に寝床を抜け出す。

「オラァ!」

寝起きの初めに布団に一本背負いをかける。

バサバサと布団は宙を舞うが、偶然にも奇跡的な力の流れによって、綺麗に畳まれた形で着地する。

次に服を全て脱ぎ捨て、顔を洗う。──滝で。

「オオオオオォォォ!!」

山小屋の近所にある滝は落差が100mほどあり、目を覚ますにはもってこいだ。

滝の中から現れた彼は水も滴るいい男だ。

「ウム。」

髪をかきあげ、道を戻る。

山小屋に入ると、火炎放射器で頭を乾かす。

魔力を動力源としたスグレモノだ。

ついでに釜に火を入れ、米を炊く。

高温で一気に炊き上げるが、どんな熱でも風味を損なわない上質な米である。

かつて、罠にかかった鶴を助た帰り道に、地蔵に魔法のシルクハットを被せ、舌の無い雀にエリクサーを飲ませた日から毎年届くようになった米である。

米がふっくらと炊き上がる。

あったかご飯が真珠にも勝る輝きを放つ。

「よし。」


白飯を平らげ、青の映える装束を羽織る。

身を清めると、山へ。

山から繋がった“門”をくぐり天界へ。


門から出て、雲の上に降り立つ。

雲の平原とも呼べる景色。

【やぁ! 時間通りだ、いつもながらご苦労さん!】

かろうじて人の形と分かる光の塊が出迎える。

彼の上司…というより、神様である。

目を灼くほどの強い光が特徴的だ。

「おはよう御座いま、ほう? そういう神様は今日も一段と光ってますね。今日は夕飯でも一緒にどうです?」

【そうだな。それで今日の目的地は、『色』の世界の北方へお願いしたい。】

彼の言葉を意に介さず、半透明な地球儀のようなものを出現させる。

世界を見渡す道具であり、世界縮図という。

彼もまたそれを覗き込む。

「色の世界の北方? …ふむ? なるほど。ウチの神様はワガママでいらっしゃる。」

【…! ま、まさか『視』えたのか!?】

驚く神の目には、嘆きの涙の海に沈む小さな魂たちが映っている。

世界はいくつも存在するが、別の世界の嘆きを見透すなど神をおいて他に何者にも為せない術である。

しかし彼ならばと期待する。

彼は深く頷く。

「ええ、以前一緒に食べたイカ天定食。

あれはあの世界で獲れたイカを調理したもの。今の時期は身が締まって美味いですからな。あれを採ってこいとは、今晩はイカ天で決ま…。」

【違うわい!】

スパンッ☆

と小気味良い音を立ててハリセンを振り抜く。

衝撃と共に星が出る。

神はその星を拾うと、パリパリと齧りながら世界縮図を拡大して一つの町を映し出す。

【はぁ…。それで、この町だ。ここがいずれ大きな悲劇の中心となる…かもしれん。起点はこの女の子。】

さらに拡大された景色には少女が映っている。

星を食べ終わると光の輝き方が変わる。

おそらく真面目な表情を作っているのだろうか、口調もそれらしいものになる。

【彼女の運命が決そうとしている。

孤独の悲しみを抱えたまま、命の喜びを感受できずに終わる命と成り果てようと。】

「その運命を変えて来いと仰るので?」

【そうだ。これが我儘であることは承知している。口出しするばかりで、お前に全てを任せてしまう無計画さも。だが、どうか教えてやってほしいのだ、遠くから見守っている存在がいるのだということを。】

「…神様の仰せのままに。」

男は跪いて頭を下げる。

【ありがとう。せめてこれを持っていってあげてくれるか?】

神はどこからともなく、赤いショールを取り出す。

赤い布地に金糸の刺繍が入っており、見た目以上に温かさを感じさせる。

それを四つ折りに畳んで差し出す。

【あの子にかけてあげてくれ。】

「御意に。」

ショールを恭しく受け取ると、羽織の内側に丁寧に仕舞う。

それを見ていた光は輝きを弱める。

【すまない。…私には他に何もしてやれない。あの子を暖かい家に迎え入れてあげる事も、今の苦しみが夢だったことにする事も、寒さを耐える特別な能力を授けてやる事も、何一つとしてだ!】

そんな輝きの光を見、彼は微笑む。

「だからこそ俺がここにいます。神知らぬ世界にアナタの栄光を輝かせてやりますよ!」

立ち上がると、光に背を向ける。

「…では、行って参ります。」

世界縮図に飛び込むと、その姿が霧のように掻き消えるのだった。

【ああ。頼んだよ。】



その町にはしんしんと雪が降る。

もう日が落ちかけているが、忙しそうに人が行き交う。

家々から漏れる光が人々の顔を照らすも、光に温かみが感じられないのは魔法による灯りだからか。

町を分断する川は表面だけに薄く氷が張り、石造りの橋が渡してある。

踏み固められた雪が石の隙間を白く塗り、まだら模様を見せるその場所に。

とある少女がいた。


「マッチを…。マッチを買っては頂けませんか?」

みすぼらしい格好で、カゴにマッチを数個入れた少女が行き交う人に声をかける。

小さな指を凍傷にしかけながら、マッチを差し出す。

「どうか…どうか…。」

それを人は一瞥し、何も無いかのように通り過ぎる。

降りしきる雪は彼女を傷つけずとも、確実に蝕んでいく。

物を売るならば、身なりを整えて信用と注目を集めるのが正道である。

或いは、売る物を工夫して付加価値や性能を広めなくてはならない。

仮に彼女が服を新調できないのだとしても、売る物の工夫は可能である。

そもそも、明かりも暖も魔法が占めるようになったこの世界。

そんな場所でマッチが売れる筈がない。

それでも彼女はマッチを売らなければならなかった。

それが母親との約束である。

──彼女には母親が二人いる。


「大好きで優しいおかあさん。」と「おかあさんと呼ばなくてはならない人」。

わたしが気付いた時には最初から二人いた。

大好きなおかあさんは、本当に優しくて、たくさんのことを教えてくれて。

一緒に寝る時には必ず本を読んでくれる。

お父さんとは話したことがほとんどなくて、あまり話しかけてはいけないと言われた。

おかあさん以外に、お父さんにたくさん話しかけている女の人がいて、外に出る時はその人をおかあさんと呼ぶようにって言われていた。

少し前に、おかあさんとその人が、とても怖い顔をしてケンカをした。

お父さんがおかあさんに何かを言ったら、おかあさんはとても悲しそうにしていて。

ある時、おかあさんが大きな荷物を持って、「待っててね」と言って出かけてしまった。

本当はついて行きたかったけど、ダメだって言われた。

それからずっとおかあさんには会えてない。

おかあさんじゃない人をおかあさんと呼ぶようにって言われて、言うことを聞かないと叩かれたりした。

それから言うことを聞くようにしたんだけど、言うことを聞いても時々叩かれる。

リフジンってやつ。

でも、いい事もあって。弟が生まれた。

ちゃんと顔を見せてもらった事はないけれど、遠くで見たときはかわいかった。

そしたら今日、女の人がおかあさんみたいな顔をして教えてくれた。

「アタシはお父さんのお父さんに弟を見せにいってくるから、その間にアンタはおかあさんに会いに行ってきなさい。

このマッチを売って、そのお金でおかあさんのいる西の国に行きなさい。橋の上でマッチを買ってくれる人は西の国の人だからね。橋の上で西の国人を探しなさいね。」

はーい。

弟が生まれたからこの人も優しくなったのかもしれない。

パンを2つも持たせてくれたし、一番大きい服を2枚着せてくれた。

言われた通り、橋の上でマッチを売ります。

でも、少し寒くなってきたかもしれない。

わたしもお父さんのお父さんに会いに行けばよかったかもしれない。

西の国の人は…。まだかな…。寒く…。



この町において。

夜に石橋の上に人を待たせる行為、特に子供の場合は別の意味を持つ。

橋の下、枝分かれした排水路を辿ると、ある店にたどり着く。

その店では商品として「ヒト」を扱う。

仮にもこの地を領する国家は法治国家である。

監視魔法によって、人の目のある場所で誘拐などすれば憲兵が駆けつける。

しかし、例えば橋から落ちたとして、遺体が川に上がらなくても追求はなされない。

徐々に人が通らなくなる橋の下では、商品の入荷を担当する者たちが今かと出番を窺っていた。

あともう少し日が暮れればその機会が訪れるだろう。



「マッチを…。」

薄々ながら、嘘を吐かれたという気持ちが芽生える。

徐々に膨らみ始めたソレは、寒さという不安を糧に成長し、あっという間に少女の言葉を奪ってしまう。

「マッチ…、うっ、グスッ。ひっく。」

考えないようにしていた『もう二度と大好きな母には会えないかもしれない』という思いが心を侵食する。

母を想って流す涙さえ、容赦なく体温を奪い体を凍てつかせようと牙をむく。

寒さと寂しさとが一気に押し寄せた時。

橋の下で蠢く影があった。



その寸前、彼女に声をかける者があった。

「マッチをひとつもらおう。」

若い男の声だった。

涙で滲んだ目を擦ると、一目で異国人と分かる顔つきをしている。

しかし顔つき以上に格好は異様だ。

異国人と分かる民族衣装のようなものを着ているが、上半身は裸に一枚羽織っているだけである。

寒くないのかと尋ねたいが、それで気を悪くしてマッチを買うのをやめられたら困る。

少女はおずおずとマッチを差し出す。

「あの、どうぞ。」

「ウム。代金だ。」

マッチをその羽織のうちに仕舞うと、銀貨を返す。

その時に触れた男の手の温かさに少女は驚く。

(あたたかい…。)

触れたのはほんの指先だけなのに、全身が寒さを忘れたように熱を思い出すのだった。

これで良いと男が頷くが、何かを思い出したようでハッとする。

「おっと、忘れるところだった。神様からキミに贈り物だ。」

「かみさま?」

「ああ、分かるか?」

少女は少し考え、答えを出す。

「ライノーズの島にいる、ドラゴン様?」

「いいや。いつでもキミの幸せを願っておられる、“本当の”神様さ。」

男は少女の頭に手を置く。

その手から伝わる温かさは、少女の裡にあった不安を溶かしていくようだった。

そんな時、男の眉間に皺がよる。

「…ム? 何だったか?」

羽織の内側に手を入れてまさぐる。

薄い生地の服に何かを収納できるほどの空間はない筈だが、確かに何かを探しているようで、腕から先が羽織の内に消えている。

「確か…シ…シ…。」

「し…?」

おっ、と何かを見つけた顔をする。

「そうだ、シールだ。」

羽織の内側から一枚の葉っぱより小さい紙切れを取り出す。

そして少女の手を取り、その甲に『よく出来ました!』シールを貼る。

「わっ…!」

その赤と金で描かれた異国の文字は彼女には読めないが、見ると少し嬉しくなるようなデザインをしている。

それを貼られた手からじわじわと熱を帯び、体全体がポカポカしてくる。

(こんな魔法の道具がカンタンに使えるなんて、この人は魔法使い様なのかな?)

技術革新をもたらした魔法使いは、この国ではもれなく高位の身分にある。

しかし西の国では一般的にいる存在なのかもしれない。

「あ、あのっ! あなたはもしかして、西の国の魔法使い様なのですか?」

熱を取り戻した体は、まっすぐに声を届けた。

彼女の予想に反して男は頭を振る。

腕を組んで堂々とする。

「いや、俺は勇者口卜クチウラ。そう、クチウラだ。選ばれし勇者……じゃなかった。今は天使だ。天使をやっている。」

「天使様…?」

ふと思い出す。

母親に読んでもらった昔話に登場したことがあったかもしれない。

ずっと昔にいたという、世界を創った神様のおとぎばなしの本のこと。

それに天使という存在が登場していたかもしれない。

その本はいつのまにか無くなってしまったが。

しかし、少女は妙に納得した。

(そういえば、あのときに見た天使様の絵も裸だったわ!)

西の国の人ではないが、天使だった。

ならば頼めば西の国まで連れて行ってくれるかもしれない。

すなわち母親に会えるかもしれないという気持ちが少しだけ芽生える。

そう思った少女が期待に満ちた目を向けるが、クチウラは訝しげな表情を浮かべた。

首を傾げ、羽織を上からぽんぽんと確かめる。

「…ム? 何か残ってるな。」

再び羽織の中に手を突っ込む。

相変わらず何も入らなさそうな羽織の内側をガサゴソと探す。

少女は羽織も魔法ではないかと思い始めていた。

「ん、コレか?」

手を引き抜く。

「ホウ?」

その手に握られていたのは『ョ』だった。

「ョ?」

クチウラはその『ョ』をじっと見つめた後、うっかりしていた事に気づく。

「そうかそうか! シールではなくショールだったか。すまないな、ョが余ってしまった。」

クチウラは快活そうに笑顔を見せる。

改めて『ョ』を見つめ、少女に顔を向ける。

「…フム、2つに分かれてしまったが、これもキミへの贈り物だ。受け取ってくれ。」

そう言って、少女の持っていたカゴの中に『ョ』を入れる。

カゴの中のマッチと混ざってしまった。




──その時、全ての因果が捻じ曲がり、バットエンドが粉々になった。




突然、屈強なおとこ達が7人出現し、少女の周囲に立ち並んだ。

しかし、そのことを少女は当たり前のものとして、平然としていた。

少女はクチウラに笑顔を見せる。

「天使様。マッチョは要りませんか?」

「フッ、俺には自前のものがある。結構だ。」

クチウラはニヒルに笑って返すが、その様子に屈強な漢─マッチョ─が口を開く。

「君のモノも中々だが、まだまだ欲しいんじゃないかい?」

そう言ってガルネデア山脈を、間違えました。

山のように聳り立つ広背筋を見せつけた。

それを見ていた別のマッチョがサイドチェストを見せつける。

「そうとも、ホラ、コレさ!」

2枚のフライパン…ではなく、胸筋によって生み出された熱は人力アイロンと化し、肉体からは暖気がもれる。

共鳴するように周囲のマッチョも脈動を始め、その姿はまるで煮えたつマグマだ!

少女の周囲だけ南国の様相である。

「もう! みんな天使様が困ってるでしょ!」

そう言っては漢達を嗜める。

少女はぺこりと頭を下げた。

そして、因果を越えてもあり続ける願いを口にする。

「天使様。もし知ってたら、おかあさんがどこにいるか教えてください。」

「フム、俺は知らないが、この世界をお創りになった神様なら知っているだろう。」

「え…! ど、どうしたら世界をつくられた神様に会えますか?」

「ム? フフッ。そうか。特別サービスだ、代わりに聞いてあげよう。」

そう言ってクチウラは一瞬、少女でもマッチョでもない虚空を見つめる。

【存在を思い出されるの超嬉しい。お母さん探しとか余裕だわ。口頭じゃわかんないと思うから、胸ポケット地図を入れといた。ヨロシク。…あと、帰ったら話がある。】

どこからともなく聞こえた声から現実に戻る。

そして少女に笑顔を向けた。

「神様が地図をくれたからそれを渡そう。その場所に行くといい。」

「わっ、わっ! 本当!? ありがとうございます!」

クチウラが羽織の内側から地図を取り出す。

少女は目を輝かせながら地図を受け取る。

そのままマッチョたちと共に地図を食い入るように見つめる。

「みんな、ここ分かる?」

「クックック、嬢ちゃん。筋肉に不可能はないんだぜ?」

「うん!」

マッチョの一人が少女を肩車しようと屈むが、少女は一度クチウラに振り向く。

「あ、天使様、ありがとうございました! 神様にもありがとうございますって伝えてください!」

「ウム、達者でな。」

クチウラは片手で挨拶をする。

少女は三角筋から僧帽筋にかけてのブロテックス山脈を登り、マッチョに搭乗する。

マッチョたちは「フロント・ラットスプレッド」や「アブドミナル・アンド・サイ」といった思い思いのポーズを決め、筋肉によって宙空に飛翔を始める。

徐々に高度を上げ、ゆっくりと降る雪を溶かしながら消えていく。

こうして少女と7人のマッチョは空を駆け、会うべき人物の元へと向かったのだった。

「良し。」

それを見送ったクチウラが帰路に着くが、背後からかかる声がある。

「手前ェ、なんてことしやがる…!」

「オレたちの商品が逃げちまったじゃねぇか!」

黒い外套の男が2人、クチウラの前に現れる。

彼らは丁度仕事に取り掛かろうとしたところでクチウラが現れたため身を潜め、影から一部始終を見ていた。

あたかも、彼が魔法によってマッチョを召喚したものと認識したのだった。

「フム…。 お前たちは何を愛している?」

「ああ?」

「何のために生きている?」

「何をごちゃごちゃと…。」

男の一人が銀色ナイフを取り出す。

刃が雪灯りの中にあっても暗く光る。

「魔法使い殺しの呪い付きだぁ。持ってる金を出しなぁ。」

「…金のために生きずに、神様を知る気はないか?」

「神だぁ? ライノーズの龍神信仰か? オレらの神はお金様よぉ。」

「そうか。コレか?」

クチウラは懐から金貨を一枚取り出す。

精巧な森の彫刻が入ったそれは、見るものを虜にした。

「き、旧金貨じゃねぇか! いいモンもってるなぁニィちゃんよ?」

銀色のナイフをチラつかせながらにじり寄る。

それを全く気にせず、2人に背を向ける。

「ここに置く。俺はイカを獲りに海に行かなくてはならないのでな。」

そう言って、金貨を石橋の端に置く。

そして、羽織りを腰に結ぶと川へと飛び込んだのだった。

大きな水飛沫が上がる。

そのままクロールで下流へと泳いで行ってしまった。

その姿を見送る。

「は、はは。バカだぜ、ナイフに怯えて川に飛び込みやがった!」

ナイフの男がネジが外れたように笑うと、もう一方が金貨を拾い上げようとする。

「コレで酒代がチャラだなぁ。」

その男の肩をナイフの男が掴む。

「待てよ兄弟、脅したのは俺だぜぇ? 俺のモンじゃあねぇか?」

「ああん? 落ちてた“俺の”金を拾っただけだぞ? 何が悪いってんだぁ?」

その手を払い除ける。

「おいィ?」

「んあぁ?」

お互いに相手に掴みかかったその時。

片方の男がバランスを崩す。

マッチョたちが溶かした橋の上の雪が再氷結し、川から跳ねた水飛沫で濡れていたのだ。

「あ。」

お互いにつかみ合ったまま、二人は極寒の川へと落ちていくのだった。


ーーーーーー


天界にて。

「──というわけで、滞りなく終わりました。」

【いやいや、何が滞りなくだ! お前な、あの世界に存在しなかったマッチョが7人も増えたぞ? 世界のバランスがどれだけ…。】

「あ、コレお土産です。」

懐から取り出したものをポイっと放り投げる。

反射的に神は受け取る。

見ると、小さなマッチ箱が手の中に収まっていた。

箱の装飾が雪の跡で少しだけ滲んでいる。

【ああ…。】

それを祈るような姿勢で愛おしそうに抱きしめる。

やがて再び手を開くとマッチ箱は光に包まれ、泡のように消えていった。

それを見送った後、再び男に目を向ける。

【…というかお土産というならその紙袋も渡したまえよ。】

神は手で来い来いとアピールする。

彼の持つ紙袋にはぴちぴちとイカが数杯。

「別に独り占めなんてしませんとも。コレは今日の夕飯ですが、共に頂こうと。」

【それは分かっている。私が調理する。】

「このイカはまだ生きています。アナタ様自身では生き物の運命に直接関与はしないのでは?」

【そのイカが食卓に登る運命はどうあっても変わりはしない。

ならば、あとは美味しい天麩羅になるか、炭になるかの二択しかないのだ。さあ、寄越したまえ。】

「俺がこのイカを獲ってきたし、アナタ様に極上料理として振る舞うまでが仕事であります!」

【お前ねぇ、火力が強すぎて料理と呼べないものを作るのはやめなさい。

お前の炎に耐えられるのは、私が創造した釜と世界樹が変異した稲のおコメだけなんだ!

そもそも私の目にはイカが炭になる運命が見えているのだぞ!】

「運命を変えることこそ我が能力! 今度こそ最高の逸品を……。」

ぎゃいぎゃいと2人しかいないにも関わらず天界は騒がしい。

この後、天麩羅か炭になるかは、紙袋の中のイカだけが知っていた。

イカの運命や如何に……!


ーーーーーーーーー


──ある森の中。

人目を避けてひっそりと暮らす女性がいた。

運命に翻弄され、どうしようもなく最愛の娘と別れざるをえなかった。

命を賭して迎えに行くことを胸に抱いたが、国境を越えることもままならない。

最後に抱きしめた我が子のぬくもりが今も手にある。

それを思い出しては涙で濡れる日々だった。

そんな折、来客があった。

扉を開けた女性は喜びと困惑で満たされる。

訪ねてきたのは最愛の娘7だった。

よくわからないが、女性は夢でも嬉しいと喜び、みんなを迎え入れる。

結局、夢ではなかった。

多少変だが親子+7人で幸せに暮らしたのだ。


…やがて少女は美しい娘へと成長し、雪のように白い肌から『白雪』と呼ばれるようになる。

時折森に迷い込んだ者たちの噂により「白雪と7人のマッチョ」が語り継がれることとなる。

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