嘘つきの復讐劇。
ボウガ
第1話
ある家の中で、リビングルームで二人の男女がソファーベッドにすわりだきあっている。べったりひっつき、いちゃついて他の人間の入る余地などない水入らずの空間。そこへ突然、男の方のスマホに電話がかかってきた。ふすまをあけ和室、座敷である寝室へと席を外す。しかしすぐにもどってきて、着信音をならせたまま女にはなしかける。
『電話、だれだったの?』
『着信番号……いや、相手の名前がさ……それが、あり得ないんだよ』
『どうしたの?』
『あいつだ、あいつなんだよ……』
『だれなの?』
男は座敷からリビングに戻り、声をあげた。
『
女のほうもあわてたようにたちあがり、わけもなくソファーベッドをととのえた。
『私の妹は、そいつのせいで!!あいつのウソのせいであんなことに!!どうしよう、偽物だとしても、何かたくらみがあるのかも』
時間は朝方で、二人は今まさに妹を迎えにいく話をしているところだった。妹の罪は、ある男を殺した罪。しかしその男は、強盗犯だった。家に侵入者があり、鉢合わせてしまい、身を守るために殺してしまったのだ。奇妙なめぐりあわせだが、正当防衛は成立しなかった。妹の付けたと思われる傷跡があまりにも深く、数十か所にも及んだために、何らかの深い恨みを思わせ、成立しなかった。しかし妹は真実を話さなかった。
『怖いわ、
『レイナ……あいつは、あいつのせいで、君の妹はつかまった、あいつが君が言う通りの事実を話さなかったばかりに』
『そうよ、あいつは、本当はあいつが邪魔をしたから“殺人”は行われた、あいつは真犯人を知っているのに黙っていた、警察は錯乱した、あいつのせいで……妹が疑われた!!あるいは、もしかしたら私が牢屋に入れられていたかもしれないのよ、あいつも無関係ではないのに!!“真犯人は別にいるのに!!”』
男女二人は、汚れた塀の中にいる独房の中の彼女の事を連想した。もし、少し違っていればあそこに入っていたのはレイナだったかもしれない。悟はいう。
『あいつは“悪いやつ”だ、話も合わせられない、あいつこそが犯罪者だ』
『……私、あの事件の少し前まで彼に付きまとわれていたの、ずっと隠していたけれど、幼馴染だから被害届をだなかったけれど、彼はストーカー気質のところがあったわ』
『え?なんでそんな大事なことを』
悟とレイナはだきあう。
『だってあなた、心配するじゃない、あいつは異常だった、誰より異常で暴力的だった、あいつが捕まればよかったのよ』
少し二人はおちつくようにだきあって棒立ちしていたがその静寂を遮るように、ボロアパートの玄関のチャイムがなった。
《ピンポーン》
ガタガタ、ガタガタ
悟『うわあ!!』
レイナ『ヒイッ』
謎の男の声『あけてくれ、いるんだろ!!あけてくれ!!』
耳なじみのある声、今電話をかけてきた相手の昔の声にそっくりだ。いくらか声がかわった感じはうけたがやはり、過去の亡霊がやってきたのだ。
『くそ!!チェーンをしめてくる』
『だめ!!いかないで』
おびえるレイナの肩を、悟は抱きしめる。
『大丈夫だ、安心してくれ』
すぐさま廊下をたどり、いくつかの部屋を通りすぎ玄関へむかい、覗き口を覗くと、悟はチェーンを急いでしめた。
『まじで真人だ、くそ、あいつ、やりやがった!!』
『どうして!!本物!?あの人はいきていたの!!』
『わからない!!クソッ、あの時』
真人と悟、彼らは、取り調べの後の数週間後、二人で気晴らしのドライブをしていたのだが、走行中の車の中で口論となり、あげく事故を起こした。悟は難を逃れたが車は爆発炎上していた。その後、真人は行方不明になった。
『姿も見せず、痕跡も見当たらなかった、行方不明になっていたが、まさか本当に生きていたとは!!』
『なんで、なんでこんな日に!!!どうやって“生き延びたの!”』
『わからない、だが、今の俺たちに恨みを抱かないはずがない、そうだ、レイナ、お前はベランダにでていてくれ、俺が話をつけるから』
『いや!!』
そういっている間に玄関は、奇怪な金属音がきこえてくる。奴が、真人がノコギリをとりだし、ドアチェーンに切れ端をいれている真っ最中だった。そこで、おびえるレイナの肩を二回たたき、悟はレイナに再びアイコンタクトとアゴで玄関にでるように合図をしたのだった。
悟はある部屋に入り万全の準備をととのえた。厚手の服を3重に着込み、自分は右手に包丁をもって、……その準備をととのえるまで、5分もかからなかった。だがその間、そこへ玄関が開く、玄関の内側にいたのは、数年ぶりにみるよく見知った顔だ。眼鏡をつけて、いくらかやせこけひげもそりのこしがあり、ぼさぼさの頭をしている。そいつこそが電話をかけていた相手、二人がよく知る人物、真人だった。
『よお!!』
血走った目、人を見下したような表情、あきれたようにしかめる眉。
『元気だったかよ!!悟!!探したぜえ!!今日この日までずっと我慢していたんだ、お前のせいで、俺は!!』
『おい!!何があったっていうんだ、いきなりつかみかかってくるな!!』
二人は玄関ぐちでもみあいになり、がたがたと音をたてて部屋の中へ……真人におされ悟は、先ほどまでいたリビングのほうへ後退してくる。やがて二人はもみあいになったまま、悟が上になり、さきほどまで男女がいちゃついていたソファーベッドの上に倒れこんだ。真人は声をはりあげる。
『俺は、レイナのためにかばったのに、話を合わせずに、レイナにいらぬうかがいがたてられ、結局妹ちゃんがつかまったじゃねえか、妹ちゃんは……』
『おい!!いうな!!彼女がいるんだよ、彼女が!!彼女はなあ!!いま心を病んでい……』
そこまでいいかけて、悟は手に妙な感触がふれたのを感じた。ぬるり、それは真人の顔からはがれ、悟の手にまとわりつくような感触だった。悟が掌で覆った真人の顔、そのぬるりとした感触の下に、そのとき悟だけが、異様な姿をみたのだった。
『真人……その顔、お前』
みるとまるで怪物のように、変貌した男の姿がそこにあった。
『いうな、いうなよ!!彼女にはいうな』
その時、ベランダからは死角になっていて、レイナは悟の顔の変容を見ることはかなわなかった。ただそのからりに彼女のいるベランダにまで届く声で真人は大声をあげたのだった。
『彼女は、彼女はどこにいるんだ!!』
『あわせるかよ!!』
悟は真人をうしろからかかえこみ、ポケットから包丁をとりだし、彼の喉元につきつけ、身動きをとれなくする。
『たとえお前を殺しても、お前に彼女は会わせるわけにはいかない!!お前は“悪いやつ”なんだ!!』
《ズルリ》
真人はなにかぬめぬめとしたような、あるいは柔軟性のあるようなものをとりだし、悟の顔にかぶせた。それは先ほどまで、真人の仮面をおおっていたものだった、それに悟は視界をうばわれ、うろつき、真人に蹴られて手に持っていた包丁を転がしてしまった。
その様子をみながら、静かにしていたレイナも気が気ではなかった。少しは、幼馴染である真人に何があったのか、気がかりではあったのだろうか、そこれレイナは、思わぬ光景をめにしたのだった。もみあいから姿勢をととのえ、体のホコリをはらっている男、その男の顔が、異常だった。
『か、顔が……』
そこにあったのは、昔の真人の顔ではなかった。傷だらけで、まっかにやけただれた皮膚、ところどころ肉がみえ、骨も見えている人間の顔だった。
『ヒイッ』
思わずベランダで声がでた。すると真人はベランダのほうをむき、真人からは壁に隠れてレイナの姿が見えないながらも、レイナによびかけをはじめた。
『レイナ!!そこにいたのか!!レイナ……』
『いや!!こないで!!あなたは真人じゃない!!あなたは!!そんなはず!!』
『驚かないでくれ、君の話はよくしっている、君にとって俺は、ストーカーに見えたかもしれないが違うんだ』
真人がベランダのドアに手をかける。
『こないで!!警察をよぶわよ!!』
悟はようやく顔面にかぶせられた“ソレ”を自分のかおからはずし、気味が悪かったものの“それ”を顔と後頭部を反対むきにして真人にうしろからにかぶせた。それは、お面のようによくできた人間の皮膚をもしたかぶりものだった。よくできていた。真人の、以前の真人の顔そっくりに……真人はそれをかぶせられ、しかしモゴモゴとレイナとの話を続けるのだった
『なあ、ずっといってたじゃないか、小さな頃は、俺の嫁さんになるって、だから俺は……お前のためをおもって、それに俺は、俺たち家族は両親のいないお前たち姉妹を、ひっこしてきた当日からまるで家族のようにあつかっていただろう、家だってとなり同士で……』
そこで気が狂ったようなボリュームで悟が大声をあげる。
『真人!!』
それに感化されたように、真人も声を張り上げて主張する。
『本当はあの強盗を殺したのは、お前たちだろう、もっといえば“君”だ、レイナ、僕は君妹の代わりに、僕が殺したことにしたかったんだ、それで供述をねじまげた、結果どうなったのか、妹が変わりに……だが君の代わりだ!!』
『真人、やめろ!!やめておけ!!お前が傷つくだけだ!!』
『おい、親友、なぜ話を合わせなかった、なぜ俺だけをおいて逃げたんだ……おまは、なぜおまえたちはくっついたんだ!!』
今度は、真人が悟に反対向きにかぶせられた仮面を自分から外した。
『ふう、これが今のおれさ、だが俺も変わった、“真犯人”に気づいた、けれどもう、いいのさ、復讐するつもりはない、君のためなら嘘をついてやる、レイナ、一緒にこの男、俺を殺そうとした男に復讐しよう!!』
悟が本来の姿をあらわにし、仮面を尻ポケットにしまういまえをむくと、目の前にいたのは、レイナではなく悟で、彼はベランダを向いてレイナに向かっているかにおもったが、実際はキッチンと入口の方向をむいていた。悟は真人にむけて身振り手振りで何かをうったえていた。それは、良心のために、心から親友の幸運を願ったようなかおつきだった。
『に、に……』
『え?なんだよ一体……包丁でもふんずけるっていうの……』
『にげろ!!!!!』
一瞬の出来事だった。彼の背中で《ぷすっ》風船のぬけたような音がした。ふと傍目後方をみると、ベランダがありその扉ががひらかれ、外側から乾いた風がはいってきていた。ドアは外側からひらき、先ほどまで外にいた女性は、静かにその室内のどこかへ移動したらしい。風船の抜けた音。それは真人が手に取ったシリコン状の仮面をつきぬけてきたものだった。そこで真人は、あの日以来、あの事故以来感じていなかった《恐怖》と《痛み》を連想した。
『つっ』
真人は痛みを手探りでみきわめようとしつつ、体をひねって背後を振り返る。そこにたっていたのは豹変したようにかおをゆがめ、しかめ鬼のような形相で自分をにらめつけ、髪を振り乱した女性―レイナの変貌したかのような姿だった―真人はその場に、ごとり、とくずれおちた。
『あんた……うるさいのよ、うるさいのよ!!』
女の絶叫が響く。
『何で……何で、レイナ!!俺を刺したのか、なんで……あんなに仲良くて、恋人になろうとまで誓っていたのに、そんなやつなんかに、だまされ……』
とっさに真人の口からでたのは恨み言で、さきほどまで真人を必死にたすけようとしていた悟に手を伸ばすが、悟は微動だにせず頭をかかえていた。
『……さあ、あんたさあ、小さいころから幼馴染だからっていちいち、うるさいのよ!私は、あの強盗男、チンケな金なしの強盗男に家族をむちゃくちゃにされた……だから綿密に計画をたてた、私たちの家に忍び込むように、情報屋をやとってね、ずいぶん昔、私は祖母にひきとられ、そこで暮らし始めたけれど、確かにあんたたちの両親はよくしてくれたけど、私たちの復讐心はしらなかった、あんたたちには、事故で死んだと話ていたけれど、両親は事故でしんじゃいない、両親がしんだ事件のことをあんたに話さなかったのは昔はあんたの事を認めていたからよ』
真人はヒューヒューとその目も当てられない、むごたらしい顔で一生けん命呼吸をつづけるが呼吸のたびに出血はとまらなかった。しかし、レイナは一方的に話、その話は止まることをしらなかった。
『けれど私の復讐を受け入れなかった時点であんたとの《ままごと》はおわった、私が、人を殺したいと打ち明けたら、あんたはどうした?私に、やめておけとか、そんなことばかりいって……ストーカーに成り下がったのよ!悟とあんたがまきこまれたあの車の事故だって《私がしくんだの》それでも、彼は愛してくれたわ、今は彼と“ままごと”しているのよ、私が牢屋に入るはずだった、そこで私の復讐心は終わるはずだった、実際、私があの野郎を殺したのよ!そうして、初めはバカなあんたを犯人にしようとしたけれど、あんたは運よく、あの日私の家にこなかった、本当は事件現場に遭遇するはずだったのに、私が包丁を渡して、あんたを丸め込むつもりだったのに、その後、あんたが私の事を疑うから、私たちは、妹を犯人にしたてあげた』
レイナは、息も絶え絶え、腹を抑えて横たわる男―真人の顔を、右手を真っ赤にさせてなぞる―事故の痛み、痛々しい傷跡を残すそのかおをやさしくなぞった。そしてその腹をけりつけた。
『うっ!!』
『私たち姉妹はね、あんたにうんざりしているの、私たちは自分の幸福なんて、どうだっていいの、あの日から、強盗が家に立ちいり、私たちの両親を殺した日からね』
悟も、体がひえていく真人の姿をみながら、みおろしながら、苦笑いをうかべた。
『そうだ……俺たちはきれいさっぱり、忘れることにしたんだよ、全部お前のせいにして、お前だって、俺に彼女をとられたことを今の今まで恨んでいて、これはその腹いせのサプライズだったんだろう?俺たちはでも、愛し合ってる、正義だの悪だのばかばかしいことはどうでもいい、大事なのは、復讐をして頭を空っぽにすることだったのさ』
男女は血だらけで抱き合った。場違いにも、そこへ外から階段を上る音が響いた。
《トントントントン!!》
次に勢いよく玄関がひらかれた。
《キィ》
『お姉ちゃん!!知り合いにここまでおくってもらったの、びっくりさせたくて』
かわいらしい女性の声、悟が叫ぶ。何者かが、玄関から入ってこようとしていた。悟が叫ぶ
『きちゃだめだ!!』
『えーなんで?』
声の主はかまわずどたどたと走り、いきおいよくリビングへかけつけてくる、大きい荷物がすれる音とビニール袋のすれる音がきこえて、ついに女性は、リビングにたどりついた。しばしの静寂、女性は驚いたように、一瞬驚いた表情をした。
『!!!』
しばしの沈黙の後。
『はあ…………』
転がっている血だらけのモノ……女性はため息をついた。横に転がるそれは、絶えず赤い液体を流出させつづけていた。もはやそれは、今息絶えようとする人間の姿だった。しかし続けられたその言葉が、死に際の真人の耳に反響していた。
『なーんだ、また私に隠し事かあ!!お姉ちゃん、また憎い人ができたのね、お姉ちゃん、私たちの幸せは、私たちで勝ち取るってよくいってたでしょ、また牢屋に入ろうか?いつだって濡れ衣をきるわ、家族の“復讐のためなら”』
嘘つきの復讐劇。 ボウガ @yumieimaru
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