第9話


一方の魔王の方もかなり消耗していたのか荒い呼吸を繰り返しながらもどうにか立っていたがこれ以上続ける余裕がない事を悟るとそこで戦いを止めて僕達の方を見てきた――とはいえ、その顔にはまだ余裕があるのを示すかのように薄ら笑いを浮かべておりまだまだ戦えるといった感じだったので思わずゾッとしてしまった……もし本気で戦っていれば恐らくこちらが負けていただろう。だが幸いにも今回はそこまでする気はないようだったので僕は胸を撫で下ろすのだった――なぜなら今のまま続けていれば命を落とす事になりかねないと判断したからだ。

だからこそ僕は早々にこの場から離れると屋敷へと戻り、今後の対策について考える事にした――何しろ相手は魔王であり、その力は絶大だ。おまけにこちらはまだルドラとの初戦を引きずっていて実力差も分からない状態だ。つまり勝てる見込みは今のところゼロに等しいのでどうにかして勝つための方法を考えなければならないのだが残念な事にそう簡単に思いつくようなものではなかった。

だが一つだけ方法が無いわけでもない……それが勇者である僕が魔王の味方をする事だ――しかし仮にそうなったとしても本当に上手くいくのだろうか……?それにたとえ成功したところでその後に待ち構えているであろう結末を考えれば気が重くて仕方がなかった。なにせ相手はあの魔王なのだから一筋縄ではいかないどころかむしろ返り討ちにあう可能性が高いだけにどうしても二の足を踏んでしまうのだ……かといって他の選択肢はない以上、もはや覚悟を決めるしかなかった――例えそれがどれだけ過酷なものになるとしても。

第十一章 こうしてようやく長い夜が終わったものの未だに身体の火照りが消えないまま朝を迎えた――というのも昨日は色々とありすぎたせいで満足に寝る事も出来なかったからである……何せ初めての戦闘に加えて、あんな経験をしたばかりなのだ――当然といえば当然だと言えるかもしれない。

なので今日ぐらいは大人しく休んでいようかと思ったのだがそういうわけにもいかなかった。というのも昨日の戦いを見ていた者達からの噂が広まってしまったせいなのか朝から大勢の来客があり、中には魔族の姿もあった――とはいえ彼等の大半は魔王軍に所属する戦士達であり、僕の顔馴染みでもあった。ちなみにどうして彼らがここにいるかというと先日の戦闘を観戦した者の中には魔王軍に志願する者もおり、その為の下見も兼ねているらしい。しかしそんな理由よりももっと大きな理由があるらしく全員が揃って僕の方に視線を向けていた――まあその理由というのは大体予想がつくが一応尋ねてみたところ案の定というか想像通りの言葉が返ってきた――なんでも僕と一度戦ってみたいそうだ。それを聞いて僕は思わず苦笑いを浮かべてしまったものの同時に嬉しかったのも事実だった……何故ならそれだけ魔王の統治する国を想う気持ちが強いという証明になるからだ。だからここはその期待に応えるべく全員と戦う事になり、最初は軽いウォーミングアップのつもりだったにも関わらず次第にヒートアップした結果、気がつけば全員が地面に倒れ込んでいた――さすがに無傷とはいかなかったもののどうにか勝利を収める事に成功した僕は心の中でホッと一安心したもののその一方で別の疑問が頭を過ぎった。というのもあれだけの数の相手をして誰一人として死者を出さなかったばかりか大した傷も負わせずに勝てた事に対して違和感を覚えていたのだ……何故なら普通なら最低でも一人は死人が出ていてもおかしくなかったはずなのに実際には誰も死んでいなかったのだ。これは一体どういう事なのだろうか……? そんな事を考え込んでいるといつの間にか近づいていた人物が声をかけてきた。

慌てて顔をあげるとそこにいたのは意外な事に僕の正体を知る人物の一人であった……いや、正しく言えばもう一人いるにはいるのだが彼女は基本的に姿を見せないので除外する事にして他に可能性があるとすれば彼女しか考えられなかったのでとりあえず訊ねてみた。「えっと、もしかしてリバスさん……?」するとその人は笑みを浮かべて頷いた後、僕の顔を覗き込んで言った。「ふふふ、相変わらず元気そうですね」「そ、それはどうも……」そんな彼女の反応に僕は思わず頬を赤らめてしまう――というのも彼女の顔は非常に美しかった上に体付きも良い上に特に胸元が強調されていたのでついつい意識してしまうのである……ちなみに何故こんな事になっているのかというと彼女と初めて会った時の事を思い出してみてほしい。あの時も確かこんなやり取りがあったと思うのでもしかするとその事を言っているのかもしれない。

そう考えると何だか照れ臭くなってきた僕は話題を変えようと思い切って問い掛けてみる事にした。「ところで一つ聞きたいんだけどいいかな?」「あら、何かしら?」僕の問いに対してリバスは不思議そうな顔をしながら聞き返してきたので少し躊躇いつつも気になった点を尋ねる事にした。「……どうして僕を訪ねてきたの?君ならその気になればすぐに見つけられたはずだしそもそもこの屋敷に来る事すら簡単に出来たはずでしょ?なのにわざわざ僕の部屋に直接来て訪ねた理由を聞かせてもらえないかな?」それを聞いた彼女はクスッと笑った後で僕の質問に答えた。

彼女の話では魔王が僕の部屋を訪れていた事を知っていて、その時に一緒に行動していた仲間の一人が僕に会いたがっているという事でやってきたのだと説明してくれた。そしてそんな説明を聞かされた上で今度は僕の方から彼女に尋ねた。「なるほど……だけどどうして僕なの?」「さあね、でも私個人としては貴方に会いたい理由は何となくわかるけど、それが果たして正しいのかどうかまでは知らないわね」どうやら詳しい話は本人から聞いてくれと言いたいらしい。

もっともそれを承知の上で来た以上、どんな話を聞かされようが驚くつもりはなかったが、やはり実際に話を聞いてみない事には何も始まらないし、何よりも相手が相手だったので余計に不安に思っていた……というのも魔王の右腕的存在の彼女が直々に僕の所に来たという事実はつまりそういう事を意味しており、下手をすればこの国そのものを相手にするような事になるかもしれなかったからである。

そんな緊張感を抱えたまま、ついにその時がやってきた――魔王軍所属の一人の魔族が魔王の代理として僕に話があると言い出してきたのだ――とはいえこの時点で既に嫌な予感はしていたが、だからといって逃げ出す訳にもいかず、意を決してその人物を中に招き入れた。

そして部屋に入って来たのはなんとルーティアだったのである……いや、厳密に言うとルーティアそっくりの人物だというのが正しかったのかもしれない――何せ見た目こそ瓜二つだったのだが、その表情はまるで正反対であり、冷酷さを感じさせるほどの鋭い目つきをしているのに対して、こちらは温和そうな雰囲気を醸し出していたのである……尤も彼女の性格を考えればむしろその方が自然なのだろうが。

それはさておき、まさかの来訪に驚きを隠しきれないでいると先に彼女が口を開いてきたので早速用件を伺ってみると突然「貴方にお願いがあるのです」と言い出した。「お、お願い……?」あまりに唐突な発言だったので思わず聞き返してしまったが当の相手は構わず続けてこう言った。「ええ、実は貴方に私の妹に会って欲しいのです」「……はい!?」いきなりそんな事を言われてしまい、思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。というのもいくら姉妹とはいえ、会った事もない相手に急に会って欲しいと言われても困惑するのは当然だし、そもそもどういう意図があっての事なのかが不明だった為に混乱せずにはいられなかったのである。だがそうこうしている内に彼女は更に話を進めていき、気が付けば断る間もなく了承していた……というより有無を言わさず頷かされていたと言った方が正しいだろう。

ともあれそんな訳で、僕は半ば強制的に妹の方に会う事になったのだった――。

そうして訪れた場所はかなり大きな建物の一室だったが、どうやら普段はあまり使われていないらしく室内は少し埃っぽい感じがしたものの、ベッドの周りだけは清潔に保たれていた……恐らくは毎日誰かが手入れをしていたのだろう……とはいえ肝心の本人が不在ではどうしようもなかったが。しかしそうなると一体どうすれば良いのだろうか――そう思った矢先、背後から声をかけられたので振り返るとそこに立っていた人物を見て思わず驚愕した。というのもそこには見覚えのある顔があったからだ――もちろん以前にルドラと遭遇した時に見た少女だったからだ――ただ驚いたのはそれだけではなく外見こそ殆ど変わってはいなかったものの雰囲気がかなり大人びていて以前とはまるで別人のようだった――なので一瞬誰か分からず、戸惑うばかりだった。

ところが向こうの方はこちらの様子などお構いなしにどんどん近づいてくるので咄嗟に距離を取ろうとしたが、その瞬間に身体が動かなくなったので困惑しているとさらに彼女は続けて言った。「初めまして……いえ、正確には久しぶり……かしら?まぁそんな事はどうでも良くて本題に入りたいのだけれど……その前に、とりあえず何か着るものをくれないかしら?」そう言われて初めて今の自分の姿が裸に近い状態である事に気付いた僕はすぐさま背を向けると服を取りに行った――だがここでふとある事を思い出した……というよりも今まで気にしていなかったのだが今いる部屋は僕が使っている寝室であり、当然ここには女性物の服しかないのでどう考えても男性物は存在しないのだ。かといっていつまでも待たせる訳にはいかないし、なにより相手は仮にも姉という立場上それなりに気難しいだろうから怒らせるような真似は絶対に避けたいところなので僕は仕方なく自分の着ていた服をそのまま貸す事にした――といっても当然ながらサイズは全く合っていないどころかむしろぶかぶかだったものの、当の本人は特に気にしていない様子だった――もっとも着替えている最中に関しては何故か後ろを向きながらだったのでその様子を窺う事は出来なかったのだが、それでも時折聞こえる布の擦れる音にどうしてもドキドキしてしまった。

そんな時間がどれくらい続いたのか分からなかったもののようやく準備が整ったらしく彼女が声を掛けてきた事で我に返った僕は再び振り向くと今度は正面からまじまじと見つめ合う形になった。こうして見てみると本当に美しい顔立ちをしており、もしこのまま成長していればとんでもない美女になる事間違いなしだと思った……しかしその一方で中身が伴っていないような気がしてならなかった。というのもその立ち振る舞いからはあまりにも感情が感じられなかったからだ。だからこそ、こちらから話し掛けてみると彼女は少し考え込んだ後に答え始めた。

「確かに貴方は疑問を抱いているようですね……ですがそれについては私がまだ子供だからと答える他ないでしょう。とはいえ私自身が望んでやっている事ではありませんがね……」「えっ……?」てっきりいつものように冷たくあしらわれると思ったばかりに拍子抜けしてしまい思わず間の抜けた声を出してしまった。「まあ、貴方が理解出来ないのは無理もないでしょう……何しろこれまで誰にも話していませんからね」そう言ってどこか遠くを見るような目をすると再びこちらに目を向けた。「でも私は決して嘘をついたり誤魔化したりするつもりはありません……それにこれはある意味チャンスでもあるのですから……」「それってどういう意味……?」「それはいずれ分かりますよ……それよりも今はまずあの子と会ってもらえますか?」

その言葉に戸惑いつつも頷くと彼女はゆっくりと立ち上がってから僕に向かって手を差し出してきた――まるでエスコートするかのような動きだった為、一瞬戸惑ったもののとりあえずその手を握り締めてから部屋を出て行った。それからは彼女に案内されるがままについて行くととある扉の前で止まったので中に入る事にした――するとそこにはベッドで眠っている少女がいた。僕は恐る恐る近づき、顔を覗き込もうとしたところで彼女によって止められた。

その理由は少女の身体に無数の管が繋がれていたからだ――しかもよくよく見ると腕や足にも繋がっており、これではまともに動く事もままならないだろうと思ったものの、その予想は見事に的中し少女は一向に目を覚まさなかった。

「もう分かっているとは思いますがこの子は病気です……それも非常に危険な類のもので治療は困難を極めました。幸い、私には知識があったのでなんとかなりましたが他の者だったら無理でしたでしょう」そこまで聞いた所で改めて少女の顔を見てみた――整った容姿をした女の子であり、歳も自分より一つ下ぐらいにしか見えなかった……しかしそれにしては随分やつれている上に手足が細いように見え、おまけに肌もかなり白かった――まるで長い間ずっと寝たきりの生活を続けていたかのように思えるほどだった……そこで気になったのは先程彼女が口にした言葉である。

というのも彼女が「私なら」と言っていた事から少なくとも医学的な知識を持っている事は間違いないだろうし、事実それは彼女の身体つきからある程度察する事が出来た……となれば彼女は医師か何かなのだろう――だが問題はそこではなく、そもそもどうして彼女がそんな立場になったのかと不思議に思っていた。何故ならここは魔界であり人間はおろか、たとえエルフ族だとしてもそう簡単に来られる場所ではないのだ――にも関わらず目の前にいるこの少女はここに居て、更には治療を受けているのだ……普通に考えればあり得ない事だった。ならば考えられるとすれば一つしかなかった……とはいえ確証はない以上、下手に口に出す訳にもいかなかったのでひとまず様子を見る事にして様子を窺う事にした。すると案の定というべきか、彼女も僕と同じ事を思ったようですぐに尋ねて来た。「そういえば貴方の自己紹介がまだでしたね……名前を聞いてもよろしいですか?」「えっ……ああ、うん、いいよ」まさかそんな事を聞かれるとは思わなかったので驚きつつも返事をすると自分の名前を教えた――尤も偽名を使ったところでどうせすぐにバレてしまうだろうし、それなら素直に名乗っておいた方がいいと判断した上での事だった。

ちなみに名前はカレン・ルアシェスという名前で一応貴族の出身だという事を伝えると彼女は小さく頷いた後で「成程、貴族でしたか……それでしたら事情を説明する必要がありそうですね」と言った。

どうやら今の反応からして薄々察してはいるようだが、やはり実際に聞いてもらうのが一番だという判断らしい……その為僕は頷いて見せると彼女は静かに話し始めた。その内容はやはり予想していた通りの内容だったが、中でも驚いたのは妹が生まれつき魔力に対して高い適性を持っていた事だ。ただし彼女の話によればあくまで適性があるというだけで魔法を扱う才能自体はないらしい――要するに魔法を使おうとする度に激しい拒絶反応が起きてしまい、結果として生命維持に回されている分も使ってしまうので命に関わる危険性もあるのだという……それ故、本来なら一刻も早く治療する必要があるとの事だったが、それでも彼女は妹を助ける為に敢えて魔法による治療を避けたのだ。

とはいえ、さすがにそのまま放っておく訳にもいかないので薬での治療を主にしているらしかったが、その効果が思うように現れずに苦労していたのだという――そんな中で偶然出会ったのがルーティアだったのだそうだ……もっとも当初は名前すらも知らなかったらしく、たまたま街中で見かけた時に彼女が落としたハンカチを拾ってあげた際にお礼を言われた事がきっかけで知り合う事となったのだという。

ただその後はすぐに別れる事になると思われていたが、どういう風の吹き回しだったのか今ではこうして定期的に会いに来てもらっているのだと彼女は語った……無論その際に毎回必ず薬を持ってくるのだが、それがどうやら例の特効薬のようだった――とはいえ話を聞いていると、そもそもどうしてそんな状況に陥ったのかが全く分からなかったので思い切って質問してみると驚くべき答えが返ってきた。なんと彼女は以前からルーティアの事を知っていて密かに惚れていたというのだ――これには正直驚かされた……というのも二人が顔を合わせたのはあくまでもたった一度に過ぎないのだから尚更だ。にもかかわらず好意を抱いた理由について聞いてみた所、彼女はやや照れながらも教えてくれた。なんでも二人はお互いに似ている部分があると気付いたのがきっかけだったという……つまり外見こそ正反対なものの性格面についてはどちらも似た性格をしており、なおかつ根本的な部分が同じだったからこそ好きになったとの事で、だからこそルーティアには生きていて欲しいのだと答えたのだった――

そしてそんな彼女の言葉を黙って聞いていた僕は心の中でこう思っていた――いくら惚れたとはいえ相手は自分の命を犠牲にしても構わないと考えるほど、それほどまでに相手を愛する事が出来るだろうか――と。確かにそういう愛の形もあるのかもしれないが果たして自分はそんな事が言えるのかと考えた時に、答えは否だった……なにしろ僕はリバスの事が何よりも大事だし彼女の事を想う気持ちに関しては誰にも負けない自信がある。それこそもし彼女と永遠に会えなくなったら、その時は僕もきっと同じように自らの死を願うだろう――もっともそう考えたところで死ぬ勇気などないだろうが……だが一方で彼女を救う方法がない訳ではないと思った――いや、正確には一つだけあるにはあったがそれを実行しようとは思えなかった。なぜなら例えどんな手を使ってでも生き続けてほしいと思っている相手が目の前にいたからだ……しかし同時に彼女を救いたいという想いがあったのも事実であり、その葛藤に苛まれている中で僕は一つの可能性に行き当たった。

とはいえこればかりは完全に賭けとしか言えないものの他に選択肢はなかった……というのも仮にこのまま手をこまねいていると最悪な結果しか訪れないという確信にも似た予感があったからだ――なにせ現状では何も打つ手がなく、それどころかこのままでは最悪の事態を迎えかねないという事実を考えれば迷う余地などないはずなので、早速準備に取り掛かった。まずは部屋から出るとそのまま玄関に向かった……その際後ろから呼び止める声が聞こえた気がしたが構わず外へ出た後、すぐさま家の裏手にある倉庫へと向かった。

そしてその中へ入るなり棚の上に置かれた物の中から小さなガラス瓶を手に取ると中身を一気に飲み干した。実はこの中身の正体はただの水なのだが、僕が飲んでいる物は特別な製法によって生み出された秘薬だった……しかもこれを飲んだ直後に僕はとある儀式を行った――それは魔界においてのみ行われる禁忌の儀式であった。

というのも人間界では広く知られているものだが、本来魔界においての“悪魔”というのは神や天使などの神聖な存在とは違い悪しきものとされている……その為基本的に悪魔の力を手に入れる事は禁忌とされており、過去にそれを犯した者は皆例外なく極刑に課せられる決まりとなっているのだ……だからこそ僕はこれから自らの魂を捧げて契約を行うつもりだった――それも極めて強力な力を秘めた魔王と契約するというものだった……もちろん、本来であればこんな真似は自殺行為に等しい為絶対に避けるべきだというのは重々承知していたが、それでも今だけはそうせざるを得なった……何故なら妹の事を思えば考えるまでもなく選択の余地がなかったからだ。それにどのみち、このままではどのみち死を待つ身である事に違いはなく、だったらいっそ最後の希望に賭けてみようと思い切った行動に出たのだった……だがこの時、既に僕には二つの誤算があった。

一つは魔界では決して行われなかった儀式をあえて行った事によって僕自身が魔族として生まれ変わった事だった。これにより僕の見た目に変化が生じたのは言うまでもなかったが、それ以外にも身体能力なども向上していたのである……おかげで多少なら空を飛ぶ事も出来たものの代償として人よりも優れた魔力を得た事で使える魔法のレパートリーも増えたので結果的には良かったと言えるかもしれないが、それは同時に魔界へ足を踏み入れた証でもあった。

というのも元々魔界に住む者の多くは生まれた時点で特殊な力が宿ると共に、成長すればやがて自然と使いこなせるようになると言われているのでわざわざこのような真似をしなくても済むという話なのだ――実際これまで何度か似たような儀式を行い、魔力を自在に操る者が大勢いたらしいのだが大抵の場合はその力に呑まれて自滅するのが関の山だったらしい……しかし中にはそれを乗り越えた者もいたようで、そうした者達は後に勇者と呼ばれる事もあったという。またその一方、そういった経緯があって誕生した者達の中には逆に魔界の住人達からは疎まれ、恐れられるような存在になった者も少なからず存在していたという。ただし、この場合は元から高い潜在能力を持っていたので単に種族が変わっただけで終わったらしい――しかし今回の場合に限って言えば話は違った。何故ならこれまでの前例と異なり、生まれながらの吸血鬼だった事もあり完全に魔族となってしまった以上は人間に戻る事が出来なくなってしまったからだ……その結果、僕はもはや人間の社会には戻れなくなったのだ。

(くそっ……やっぱりこうなったか!)

それからしばらくして変化が訪れたかと思うと徐々に視界がぼやけ始めたので思わず目を擦ると手の甲が赤く滲んでいるのが見えた。そこで改めて自分の姿を見るもやはり先程見た時とは打って変わって肌の色が青白くなっており、更に背中から羽が生えていた――どうやら無事に成功したようだったが、それと同時に身体が悲鳴を上げ始めてきた。

「……ッ!」

直後、激しい痛みを感じたものの歯を食い縛って耐えた後で呼吸を整えつつ、痛みの原因を突き止めようと原因と思しき箇所を目で追った……すると次の瞬間、その原因を目の当たりにした事で思わず目を見開いた――何故ならそこに見えたものが見慣れた自分の手だったからだ。しかしそれが問題ではないというぐらい、すでに感覚そのものが麻痺しているのか違和感は全く感じていなかった――もっとも、そのお陰で自分の身体が変異しつつある事に気付いてはいたが、だからといってどうこうできる話ではなかった――何しろ今まさに自分がやろうとしているのは魔界との契約だからだ。故に本来なら決してやってはいけないタブーを犯してしまった為に代償として支払わなければいけなかったのだが、幸いにも今回はそれだけではなく新しい肉体へと生まれ変わるというおまけつきだったのだ。ただ当然ながら相応のリスクを伴うので無事に生き延びる事が出来るのかは正直分からなかった……何せ魔界で生まれ育った者にだけ現れる症状だと言われた事からもそれがどれほど過酷なものなのか容易に想像がついたし、実際に経験したからこそよく分かっていた――そもそもこれは魔族に転生する事を意味すると同時に今までの自分を捨て去るという事を意味している。当然といえば当然だが、そうでなければ意味がないので当然の事ではある……そしてもう一つ、こうして僕が自らの存在を消し去ろうとする理由には彼女が関わっているのだ――とはいえ別に妹を助ける代わりに自らが犠牲になろうという考え自体は以前から抱いていたものだ。

何故ならリバス・アルドリッジという人間はこの世界に生きる一人の人間でしかないし、仮に命を引き換えにしてでも誰かを助けられる力があるのなら迷う余地などないはずだった……そう考えていると、ついに限界を迎えたらしく立っている事すら出来なくなって膝を折った――もっともこうなる事は初めから予想していたので慌てる事なく静かに目を閉じてその時を待った……そして意識が遠退き始める中、心の中でこう思った――これで全てが終わるのだと……

『待ってよ』

「!?」

だがそんな時、突如としてどこからか聞こえてきた声に驚き目を開けるといつの間にか周囲が暗闇に包まれていた。さらによくよく見てみるとそこには自分と全く同じ姿形の人間が立っていた――いや、正確に言えばよく見るとどこか違っていて、どうやらそれは服装が違うようだと理解した……ちなみに服の種類までは暗くてよく分からないものの少なくとも自分は着た事がないので間違いなく別人だろう。そう思ったところで不意に目の前の人物と目が合った。だがその瞳を見た途端、何故か不思議な気持ちを抱いた……なぜなら彼女の瞳がまるで吸い込まれそうなほどに美しく、なおかつ澄んだ色をしていたからである。その為だろうか、不思議と目が離せなくなっていたのだがここでふと我に返ると目の前にいる相手に話しかけた。

「……君は誰だ?」

その問いかけに彼女は少しだけ笑みを浮かべると答えてくれた。

「私はルドラ……あなたの分身であり、あなたが望んだもう一人のあなたでもある……いわばあなた自身とも言えるでしょうね」

「そうか……つまり君は僕自身の負の感情が具現化した存在だと考えていいんだね?」

そう尋ねると彼女は無言で頷いた後で再び笑みを浮かべた。

「ええ、そうね……ところでそろそろ頃合いなんじゃない?いい加減もう終わりにしたいんだけど……」

そう言うと同時に彼女が一歩前に出た。その瞬間、それまで感じなかった凄まじい威圧感を覚えた僕は反射的に身構えようとしたのだが既に身体が動かない事に気付き舌打ちした。どうやらいよいよ時間がきたらしい……だがそれでも最期まで諦めるつもりなど毛頭なかったので何とか抵抗しようと試みたが無駄だった。それどころか下手に動こうとしたせいか全身に激痛が走った。その為、思わず苦痛の声を上げた所で目の前にいた彼女が口を開いた。

「悪いけど無駄な足掻きはやめてもらえるかしら?……正直言って私もこんな事したくないのよ、でも仕方ないじゃない……こうしなければ私達二人とも共倒れになっちゃうのだから……だってそうでしょう?ただでさえあなたは私よりも多くの力を秘めているのだからこのまま何もせずに放置しておけばいずれ暴走して手に負えなくなる可能性があるわ……だからそうなる前に私が止めなければならないの、分かるわよね……?」

「……」

その言葉に思わず黙り込むと今度は彼女が問い掛けてきた。

「さあ、もう一度聞くわよ……あなたは私の話を聞いてくれる気があるの、ないの……どちらなのかしら?」

その言葉に対して僕は答えた。

「……もちろん、聞かせてもらうつもりだよ」

するとそれを聞いた彼女は満足そうに微笑むとそのまま話を続けた。

「ふふっ、それなら良かった……ならまず手始めになぜこのような事態を招いたのかについて話をしようと思うのだけれど……さて、どこから話したものかしらね――」

その後、彼女の口から聞かされた内容によればそもそもの発端となったのは今から二十年程前の出来事だった……というのも当時、とある研究を行っていた研究者がいたらしく、その人物こそが彼女……即ちサニア・アルデバランである事を知った上で話を聞きたいところなのだが生憎と本人がいないのでどうしようもない上に、おそらく聞いても素直に答えるとは思えなかった。

だが一つだけ言えるのはこれまで聞いた内容を要約すれば彼女は自分の意思に反して魔王の力を手に入れる羽目になった挙句、不本意ながら魔王の座に就いたものの性格や言動が原因で部下達と上手くいかず最終的に孤独に苛まれるようになったという事になるのだが問題はその理由が何だったのかという事であった。そこでまずはそれを知るべく、当時の出来事を記した書物を探す事にした。ところが残念な事にどの書物を読んでも彼女の名前が出て来るだけで具体的な内容が記されていない事に加えて他の魔族達は彼女の事を忌み嫌っているような態度を見せる事が多かった為か誰も協力的になってくれなかったのである――その為、仕方なく自力で調べる事にした僕はその翌日から寝る間も惜しんで調べ物を始めたのだった……

それからしばらくしてようやく目的の書物を探し出した僕は早速ページをめくって読み進めていった。しかし、いくら探しても肝心な部分については書かれておらず手掛かりとなるような情報さえ得られなかったので次第に不安になってきたがそれでも何か得られるものはないかと必死になって探した結果、一つの可能性を見出だした。というのもどうやら彼女は意図的に自分の情報を隠そうとしている節が見られたのだ。それもまるで何かを危惧しているかのように……もっともあくまで憶測にすぎないため確証は持てなかったが、とにかくそうした理由から何らかの事情を知っているであろう者に直接話を聞く必要があると思った。そこで最初に思い浮かんだ相手は他ならぬ魔王本人だったのだが肝心の居場所を知らない以上はどうする事もできないと判断した。その為、次なる手段として考えたのが彼女自身に協力を求める事だったのである。

「お願いがあります、どうかお力添えを願います!」

すると僕の話を聞いた彼女はしばらく黙り込んでいたもののすぐに返事をする事はなかった。やはり駄目だったかと思い始めたその時、ようやく口を開きながら言った。

「……一つ聞きたい事があるのですがよろしいですか?」

それに対し頷くと彼女は続けて言った。

「確かに私は以前、勇者と共に旅をしていましたが、何故今になってそれを知っているのですか?それにそもそもの話、あなたが私に一体何を求めているのかが分かりませんし……そもそも、そもそもの話、あなたは一体誰なのか、そこから教えていただかないとこちらとしても協力するのは難しいのですが……」

「そうでしたか……分かりました、では改めて自己紹介させて頂きます――私の名前はレダ・アステリオと申します」

(レダ……だと!?)その名前を聞いた瞬間、僕は動揺を隠し切れなかった……何故ならその名前こそかつて魔界の王を決める戦いの際に先代の魔王によって選ばれし六人の一人だったからであり、現在の魔王の名前でもあったからだ。そしてこのタイミングで現れたとなるとまさか彼女も自分と同じように魔王の力を授かったのではないかと考え、すぐさま尋ねてみた。

「あの、もし間違っていたら申し訳ありませんが、もしやあなたの正体は魔界で魔王の座に就く事になった魔族……すなわちリバス・アルドリッジさんではありませんか?」

その質問に対し、彼女は一瞬だけ眉を動かすと笑みを浮かべながら言った。

「なるほど、さすがですね……そこまで見抜くとはさすがに驚きましたよ――ええ、おっしゃる通り、あなたの仰るとおりです……つまりはそういう事になります」

「……えっ、ちょっと待ってよ、それじゃあもしかして君が魔王様だって……本当にそうなんだよね!?」

あまりの衝撃の大きさから思わずそう尋ねると彼女(以後、魔王と呼ぶ事にする)はゆっくりと頷きつつ返事をした。

「その通りです、ですが正確には魔王の座に就く事を選んだ方ではなく選ばれた方……と言うべきでしょうか、何せ私には本来その資格がないのですから――」

「――え?」

(どういう事だ……?)一瞬、彼女が何を言っているのか分からなかったがそれでも頭の中で整理してから改めて尋ねた。

「……それってどういう意味かな?」

しかし、それに対して返ってきた答えは意外なものだった。

「残念ながらこれ以上は申し上げられません」そう言って頭を下げる彼女に僕が困惑していると彼女は続けた。

「なぜなら今の私にはあなたに話す義務がありませんし何よりもこれから大事な用件がありますので申し訳ないのですがそろそろ時間ですのでこれで失礼させてもらいます――それではまたいつかどこかでお会いできる日が来る事を願っています……」

そう言い残すと次の瞬間、彼女は突然その場から姿を消した――それはあたかも最初からその場にいなかったかのような光景だったが僕には彼女の姿が見えなくなる最後の瞬間までしっかりと見えていた。だからこそ思ったのだ……果たして彼女と再会出来る日は本当に来るのだろうかと……いや、もしかするともう来ないのかもしれないと考えた時、僕は自然と涙が込み上げてきた。するとそれを見たルーティアが慌てて声を掛けてきた。

「……大丈夫?」

だがそんな問いに対して僕は首を横に振った。

「すまないけど今はそっとしておいてくれないか」

しかしその直後、突然誰かが部屋のドアをノックしてきたかと思えば聞き覚えのある声が聞こえてきた。

「ルノ、私だけど入ってもいいかしら?」その声に聞き覚えのあった僕は少しだけ落ち着きを取り戻すと同時に入室を許可した。そしてドアが開くと同時に入って来た相手を見て思わず息を呑んだ――何故ならそこにいたのは妹のラミアスだったからだ。

「……お前、どうしてここに?」

「まあ色々とね、それよりも話は大体分かったわ……つまりお姉ちゃんとあなたは元々は魔界で暮らしていた人間だったけど魔王に選ばれた事でこの世界にやってきた……それで今に至るまでの話を聞かせてもらった結果、あなたの話が事実である事が確認できたからその点に関しては納得してあげる――ただし一つだけ分からない事があるのよね……」そう言った彼女はそこで言葉を区切ると再び話し始めた。「まず初めにあなたは私の事を覚えているのかどうかという点なんだけどこれはもちろん覚えているわよね?」そう言うと今度は僕の顔を見てきた。そんな問い掛けに対して僕は迷わず首を縦に振った。

するとそれを見た彼女は笑みを浮かべてみせた後で言った。

「ふふっ、良かった……どうやら忘れていないようね、だったら次はなぜ私があなたの事を知っているのかという理由について説明するべきなんだろうけどその前に一応聞いておくけどあなたもやっぱり覚えていないのね……?」それを聞いた途端、僕はすぐに首を横に振って否定しようとしたのだがそれよりも先にラミアスが口を開いた。

「別にいいのよ、無理して答えなくても……実はあなたと初めて会った時から薄々感じていたんだけどやっぱり私の記憶違いじゃなかったようだしね」

「……どういう事だよ?」

すると彼女からは思わぬ言葉が返ってきた。

「単刀直入に言うわね……あなた、転生者でしょ?」

「なっ、何でそんな事を……そもそも俺は一度死んだ人間なのか?それなのにどうやって生き返ったっていうんだよ……」

混乱のあまり頭が上手く回らなくなりつつあるのを感じつつも何とか平静を装おうと努力しながら必死に言葉を発するとそれを聞いた彼女はどこか納得した様子を見せてから答えるのだった。

「ああ、やっぱりそうだったんだ……おかしいと思ったのよ、いくら調べても出てこないわけだ……だって記憶が抜け落ちているんだから無理もないものね――ただ一つだけはっきり言える事は私達にとって都合の悪い存在でしかないという事だけは間違いないと思うわ」

「何の事を言っているのかよく分からないけど俺が言いたいのはそういうんじゃなくて、もっとこう根本的に違うというか何と言うか……」

そんな僕の話を遮るかのように彼女は答えた。

「違わないわよ、要するに今のこの世界にとってあなたがいるというのは非常にまずい事になり兼ねないって事なのよ……何故なら現魔王様にとっても、それに私だって本来ならこの世に生を受けるべきではなかった存在だったわけだからね……でもそのおかげでこうして生きている事が出来ているのだとしたら少しは感謝するべきかなとも思うのだけどあなたはどう思う?」

「どうって言われても俺には何とも言えないけど、それでもお前がここにいるって時点ですでに間違っているような気がしないでもないんだよな……」そう言いながら目の前にいる彼女を見てみるとどことなく見覚えのあるような気がしてならなかった。その為、思い切って聞いてみたところ意外な返事が返ってくる事となった。

「あ~なるほどね、それなら仕方ないか……でも安心して、ちゃんとあなたの事は覚えていたわよ……といってもついさっき思い出したばかりだから私もまだ確信は持てないんだけど……それでもたぶん間違いはないはずよ――だからまずは落ち着いてちょうだい……ほら、深呼吸をしてゆっくりと息を吸って……吐いて、吸って……そうそう、いい感じになってきたじゃない……よし、じゃあ改めて確認するけれどあなたはレダよね?」

「そ、そうだけど……本当に俺の事を知っているんだな?」半信半疑で聞き返す僕にラミアスは頷きながら言った。

「ええ、そうよ……それにしても随分と変わったものねぇ?昔は全然喋らない子だったのに今ではこんなにもおしゃべりになってて何だか少し驚いたかも……」そう言われると途端に恥ずかしくなった僕は思わず顔を俯かせながらこう言った。

「い、いきなり何だよ……」

「ううん、何でもない……さて、それじゃあここから先は私なりに考えた結論について話していきたいと思うんだけど、構わないかしら?」それに対し、僕はすぐに頷いて返した。

「分かった、とりあえず聞くだけ聞いてみる」そして僕の返事を受けた後、彼女が続けて口にした内容は僕にとって到底信じられない内容ばかりだったものの不思議とすんなり受け入れる事が出来たのはおそらく以前にも同じ事を言われた経験があったからだろうと思う事にした――そう、あれは僕が魔王の力を授かって間もない頃、突如として訪れた頭痛と謎の声が頭から離れなかった事もあり不安に駆られながらも何とかその声を振り払おうと必死になって抗っている最中の事だった。

『大丈夫、あなたは何も心配する必要はないし何一つとして問題はありません……』まるで全てを見通していたかのように語り掛けてくる声に最初は恐怖心を覚えたものだが次第に安心感の方が上回り始めていくのを感じた僕はそれからというもの自然と頭の中の声は聞こえなくなった。そしてようやく冷静さを取り戻した僕はそこで初めて周囲が真っ暗な闇に覆われてしまっている事に気付くと咄嗟に誰かいないのかと叫んだものの誰からも返事は返ってこなかった。

(一体ここはどこなんだ……?)そう思った直後、ふと背後から人の気配を感じたので慌てて振り返るとそこには先程まで一緒にいたはずのルーティアの姿があり僕は安堵の息を漏らしたが直後に更なる異変に気付き思わず声を上げた。何故なら彼女の身体にはまるで内側から破裂したかのような痛々しい跡が残っていたからだ――それも一つや二つではなく無数に刻まれており、それが一体何を意味しているのかはすぐに理解できたもののだからと言ってどうすれば良いのかまでは分からなかった。するとそんな僕の様子に気付いた彼女が言った。

「もしかしてこの傷のことかな?」

「あっ、はい……」

しかし、その直後、彼女の口から出た言葉は意外なものだった――「ごめんなさい、私にはどうする事も出来ないの……だってそれはあなた自身でやった事だもの……」僕は耳を疑った。

「……えっ、今何て言いました?」そう聞き返してみたものの既に答えは分かっていた為、恐る恐る尋ねてみると予想通りの言葉が返ってきた――すなわちそれは自分の力によって自分自身を傷つけたのだという衝撃的な告白であった。しかし当然ながらそのような事など全く記憶になかったので困惑しているとそんな彼女の口からある事実が語られた。

「私はかつて先代の魔王様にお仕えする為に召喚された一人であり、その中でもとりわけ優秀な成績を収めたからこそ魔界へと連れてこられたのだけれど魔王様は何故か私だけが特別な扱いをしてくださり他の者達とは別室を与えてくださった上に仕事以外の時は極力自由にさせてくださるばかりかいつも笑顔で接してくださった――でもその一方で私が魔王様のために役立てる日が訪れるまで決して成長しない呪いをかけてしまった……その結果、私の身体は年を取る事なくいつまでも若々しいままの状態を保ち続け、それと同時に日に日に自分が自分ではなくなるような感覚に襲われるようになっていったの……」そして遂に耐えられなくなってしまった僕は自ら死を選ぶべく魔王城にある中庭へと向かった――するとそんな僕の前に突然現れた彼女はこう告げた。

『ねえ、もういい加減楽になったらどうかな?』それに対して僕は答えた。

「ふざけるな!こんな身体になってしまった以上、元には戻れない事くらいお前も分かっているはずだ!」

するとそんな僕の反応を見た彼女は笑みを浮かべてみせた後で言った。

『そうね、確かにその通りだわ……でも一つだけ方法が無いわけではないの』

それを聞いた僕はすぐさま尋ねた。

「それはどんな方法でどんな方法があるのか教えてくれ」するとそこで彼女は再び笑みを浮かべた後で言った。

『簡単な事よ、もう一度あの魔王様の所へ行けばいいだけの話……それで全ては丸く収まるのだからね……』それを聞いた僕は即座に否定した上で言った。

「馬鹿を言うな、今更あんな奴の所に戻れるはずがないだろ!?」

だがその直後、彼女は笑みを浮かべながら答えるのだった。

『大丈夫よ、今のあなたならきっと上手くいく……いいえむしろ行かない方がおかしいくらいに感じるはずよ』その言葉を聞いた時、僕の中に一抹の不安が生じたものの他に方法はないという事から結局は彼女の言う通りにするしかなかった。そしてそれから間もなくして僕は自らの意思で再び魔王の元へ行く事となったのだがそこで待っていたものは以前にも増してさらに強力となった呪縛の力によって徐々に支配されていく自分であった……そう、もはや逃れられない運命を悟った瞬間でもあった――

「……これが私の知っている全てだよ」ラミアスの言葉に対して僕は思わず言葉を失った――何故なら聞かされた内容があまりに想像を絶するものであり、同時に僕自身の身にも同じような事が起こっているようにも感じられたからだ。だからこそそれを見抜いたかのようにラミアスが話しかけてきた。

「ふふっ、どうやらあなたも同じ事を考えているみたいね……」

「なっ、何でそんな事を……?」驚きのあまりまともに話す事が出来なくなっていた僕に対し彼女は落ち着いた様子で答えてくれた。

「実はあなたが思っている以上に私達とあなたの置かれている状況は似ている部分があるのよ……ただし、その本質は全く異なるものだと言えるわね」そう言われて少し考えた後で僕は答えた。

「違うって、具体的にはどういった点が違うっていうんだよ?それにそもそもの話だけどお前は何者なんだよ……どうしてそんな話を俺に聞かせるような真似をしているんだ?どう考えてもおかしな話じゃないか……!」

ところがそんな僕の言葉を聞いた彼女が答えるまでに僅かな時間を要した事で嫌な予感が走った次の瞬間、予想もしない言葉が飛び出してきた。

「ごめんね、今はそれしか言えないの……でも、これだけは分かって欲しいのだけど少なくともあなたに危害を加えるようなつもりは一切無いという事だけは確かだから……だからその点に関しては安心してほしいの……ただ私がこれから話す内容はあなたにとって決して無関係ではいられないものだからそれだけは頭の片隅に入れておいてちょうだいね」そう言った彼女は一度深呼吸をしてからゆっくりと口を開いた。

「それじゃあ早速、本題に入らせてもらうけどまず最初に伝えておきたい事があるわ……あなたのその身に宿っている力はおそらく私と似たような境遇に置かれていた誰かのものだろうと思う……いや、断言しても良さそうね……何せ私の場合はこうして自我を取り戻す事ができたもののあなたの場合は未だに何者かの支配下に置かれている可能性が高いからね……その証拠にさっきからずっと私の中からあなたに対する干渉が行われているし……しかも、その力の強さからして相当手強い相手だという事は間違いなく言えるはずなんだけど心当たりはない?」そう言われた瞬間、僕はハッとした。なぜなら思い当たる節があったからである――そう、僕が初めて彼女と会った時に感じた違和感の正体こそがまさにそれだったのだ。何故ならラミアスは僕と会話を交わす以前から明らかに何かを感じ取っているような素振りを見せていただけでなくルーティアが口にした内容についても理解を示していたのだ。つまりそれは最初から彼女自身も魔王から何らかの影響を受けているという事実に他ならないわけでありその事実を踏まえた上で考えるのであればやはりあの時、彼女に感じた違和感は気のせいなどではなかったという事になる――もっとも、もし仮にそうだとすればなぜ今になってこのような形で姿を現したのかという点について説明がつかないのも事実であったがそれでも彼女が言うように何かしらの力を有した存在だとするならばこれまで全く気配すら感じられなかった事に納得できる気がしたのである。

しかし、そこまで考えたところでふと疑問が浮かんだ。というのもその口ぶりからすれば目の前にいる相手はおそらく先代の魔王に付き従っていた存在であると推測出来るわけだがそうなると何故、今まで姿を見せなかったのかという話になるわけで一体どうしてそのような事になったのか不思議でならなかったからだ。とはいえ現状においてはそれについて尋ねてみる事くらいしかできそうになかったので思い切って聞いてみたところ驚くべき回答が返ってきた。

「ああ、それは単純な理由よ……私もかつてはあなた達と同じように先代の魔王様にお仕えしていたけれどとある理由で命を落とした際に魂だけがこの場所に迷い込んでしまい気が付けばいつの間にかここにいたといった具合でね……もちろんその理由までは分からないんだけど、もしかしたらそれが関係しているのかもと思ったりするのよね……何しろここである人と出会い、それから色々とお世話になっているうちに次第に私自身の意思というものに目覚めていくような感覚があって少しずつだけど力が戻ってきたような気がするの……だからこそこうしてあなたに接触を試みたわけだし何より私の中にある記憶を呼び覚ましてくれたから助かったというのが正直なところかな……」

「なるほどな、大体の話は理解できたよ……それで結局のところ俺の中に潜んでいる力っていうのは一体何者なんだ?」

するとここでそれまで浮かべていた笑みが一変して真剣なものに変わった。そして直後に彼女から出た答えは意外なものだった。

「残念ながら現時点でその正体は私にも分かっていないし今後も分かるようになるとは思えないわ……ただ一つ言えるのはその相手がこれまでに多くの勇者や魔王と呼ばれる存在達の命を奪ってきたのは間違いないって事ね……まあ、それがどんな形で行われてきたのかまでは分からないけど一つだけ確かなのはあなたの中に封印された力によって引き起こされた悲劇は一つ残らず全て私のせいであり、あなたをここへ呼んだのは他でもないこの私に責任があるって事なのよ……本当にごめんなさい」

彼女の口から謝罪の言葉が出た途端、僕は慌てて首を横に振った。

「い、いや、別に謝らなくても良いんだよ……!それよりも今の話を聞いていて何となくだけどお前が俺に何を言いたいのかようやく分かったような気がするからさ……確かにお前の言う通り、俺はかつて自分が望んだ理想の姿を手に入れたくて色々な事をしてきたわけだけどさ、でもそれはあくまでも過去の話で今となってはもう何もかもが手遅れだと思えるようになってきたんだ……要するに何が言いたいのかというと俺自身はもうとっくに諦めてるし今さら元の姿に戻れなくたってそれはそれで仕方ないというか諦めがついているっていうかそんな感じだからさ、それにたとえ戻る方法が分かっていたとしてもどうせ無理だろうしね……」

しかしそれを聞いたラミアスはゆっくりと首を左右に振った後で僕の方をじっと見つめながら言った。

「ううん、それは違うよ……確かに今のあなたはかつてのあなたとは違うのかもしれないし、実際にもう元に戻れないかもしれない……でも、一つだけ方法が残されているとしたらそれは一体どんなものか分かるかな……?」

「えっ、そんな方法があるっていうのか!?」驚きのあまり大きな声を上げてしまった後ですぐに冷静になった僕は続けて言った。

「ごめん、ちょっと興奮しすぎたよ……それで話を戻すけどさ、仮に戻れる方法があるとしてそれって一体どういうものなの?」

するとそこで彼女は笑みを浮かべた後で答えた。

「簡単だよ、あなたが望んでいるのは今よりももっと若くてピチピチした肌を持った自分の姿でしょ?だったらそれを叶える方法を教えてあげればいいだけの話だから簡単じゃないかしら?」それを聞いて僕は首を傾げた。

「はあ?何だよ、そんなの当たり前じゃないか……むしろ他にどんな方法があるっていうんだよ……?」

「あらっ、まさかとは思うけど忘れたとは言わせないわよ……私はこう見えてあなたよりはずっと長生きをしているんだからあなたの望む姿が何だったのかなんて簡単に思い出せるわよ」それを聞いた僕はすぐにピンときて思わず苦笑いしてしまった。

「あーそうか、そうだったよな……うん、思い出したよ……」そして一呼吸置いた後で再び尋ねた。

「それで具体的にどうすればいいんだ?」

「それは至ってシンプルよ、私のように若々しい肉体を手に入れるためにひたすら自分の力を磨き続ければいずれきっと夢は叶うはずよ」

「そ、そんな事だけで良いのか……?」僕はそこで拍子抜けしてしまい思わずそう尋ねてしまった。

だがその直後、彼女は小さく頷いてみせると再び口を開いて言った。

「そうね、今のあなたにとっては少し物足りないかもしれないけれど、とにかくやれる事は何でもやってみる事ね……でもこれだけは言っておくけど決して油断はしないようにね、いつどこで誰の恨みを買ってしまうか分からないのだから常に周囲に気を配っておく事も必要だと思うわ……だって、そうじゃないとあっという間に殺されてしまう可能性があるから……特にその体を手に入れてからまだそれほど月日が経っていない今ならなおさら気をつけなければならないでしょうね……」

そこまで言うと彼女はゆっくりと立ち上がった後で僕の方へ近づいてくるなり、両手で優しく僕の頬に触れながらこう言った。

「でもね、これだけは忘れないで……例え何があっても絶対に希望を捨てないで……あなたにはまだまだ無限の可能性が秘められているはずなんだから……そしてそれを実現するためにも頑張ってほしいのよ……いいわね?」

それに対して僕は静かに頷き返した後でゆっくりと深呼吸をした後で彼女に問いかけた。「なあ、ラミアスさん……一つだけ聞いても良いか?」するとラミアスはにっこりと微笑みながら答えた。

「ええ、もちろんいいわよ……何かしら?」

「もし仮にこのままお前の言う事が本当だとしたらさ、もしかして俺がこんな姿になってしまったのは偶然なんかじゃなくて意図的にそうしたんじゃないのか?」そう言うとラミアスは笑みを浮かべながら答えた。

「ふふっ、やっぱり気になるよね……?じゃあ、せっかくだから答えてあげるけれど半分くらいは当たりかな?ただ正確に言えばあなたの姿をこうしたのは私ではなく私の中に残っていた力の残滓が勝手にやった事であって直接的には関与していないんだけどね……でもそれに関しては大した問題ではないから気にしないでくれて大丈夫よ」その答えを聞いた後で改めて考えを巡らせてみた結果、一つの疑問が生まれたのでそのままぶつけてみるとラミアスは答えた。

「なるほどね、そういう事ならひとまず納得は出来たよ……ちなみにだけど仮にこの姿から元の姿に戻る事が出来た場合ってさ、その時は一体どうなるんだろうな……?」

その質問に対して彼女が返してきたのは全く予想外の言葉だった。

「さあ、それは私には分からないわ……というより私自身、あまりこの姿に戻りたいとは思っていないから仮にそうなったらなったで嬉しい限りなんだけどね……でもそうなった場合にはまた違う新しい問題が発生する可能性は十分に考えられるからその事について一応は注意しておいた方がいいかもしれないわね」

「……つまりはどういう事だよ?」

するとここで彼女は真剣な表情で話し始めた。

「実を言うとね、これまで私がこの姿になる前に経験してきた事というのは全て誰かの手の平の上で踊らされていただけに過ぎないの……しかもその目的が全くもって不明な上に明らかに悪意のようなものを感じるから正直言ってとても不安ではあるけれど今の私にはこれといってどうする事も出来ないからあなたにも少しだけ覚悟だけはしておいてほしいとしか言いようがないのだけれど、大丈夫……もしもの時は私も出来る限りのフォローはするつもりだもの……まあ、もちろんそうなる可能性は極めて低いとは思うけれども万が一の時には遠慮せずに頼ってくれるとありがたいかな……なんて、あはは……」

それを聞いて僕はふと考えた。

ラミアスが口にしていた「悪意のようなもの」とはいったい何なのかという事を……確かに魔王と呼ばれた存在に命を狙われたり呪いを受けたりした挙句の果てにこうして化け物のような姿に変えられただけでも充分過ぎる程に酷い話なのだが果たしてそれが本当にただの嫌がらせ程度の事なのだろうか?もしそうだとするならば何故ここまで執拗に追い回さなければならないのかがどうしても分からないのだ――しかしそんな事を考えたところで結局は無駄でしかないという結論に至るのは明白だった。というのもそもそも相手の考えている事を読み解く事自体が難しいうえに今はそれ以上の事を考えるだけの気力すら残っていないからだ。それに何より目の前に居るのが本物の魔王だというのであれば尚更、逆らう事など不可能であろう。だからこそここは大人しく従っておくべきなのだろうが素直に応じるだけでは面白くないと思い立った僕は敢えて挑発するようにして彼女へ尋ねた。

「……分かったよ、だったら早速聞かせてもらいたいんだけどさ」

「あらっ、急にどうしたのかしら?」そう言いながら首を傾げる仕草を見せる彼女の目はじっと僕の目を見つめていてまるで心の奥底までを見透かそうとしているようだった。なので、負けじと見つめ返しているとラミアスが再び口を開いた。

「それにしても今のあなたからは以前にはなかった雰囲気みたいなものを感じるわね……ひょっとしたら本当に成長した証なのかもしれないけどそれでもやっぱり違和感があるのは変わらないわ……それはそうと私に何を聞きたいのかしら?」

「決まってるだろ、まずはさっき言っていた「悪意」とやらの正体について教えてくれないか……それと、それがどうして俺を狙う原因になったのかもな……まあ、さすがにそう簡単に教えてもらえるとは思っていないけどな……」それを聞いた彼女は小さく笑いながら答えた。

「あらあら、ずいぶんと強気な態度じゃない……あなたの方から何か聞き出すような真似はあまりしたくないのだけれど仕方がないわね……でも、そんなに身構えなくても大丈夫だから安心して良いわよ……それに私だって色々と忙しい身なのだから余計な手間をかけさせないでほしいものなのよ……だからこれ以上は何も聞かずに素直に従えばすぐにでもここから解放してあげるからさ、それで構わないでしょ?」

「……なるほどな、だったら最初からそうやって正直に話してくれればいいものを随分と回りくどい事をしてくれるんだな……でもまあいいや、どのみち俺の答えは決まっているようなものだからな」そして再び大きく息を吸い込むなり、はっきりと聞こえるように僕は言った。

「分かったよ、それなら俺もあんたの要求を受け入れようと思う……だがその代わりと言っては何だが一つ俺からも提案があるんだが聞く気はあるかい……?」それに対してラミアスは笑みを浮かべた後でこう答えた。

「あらっ、一体何かしら……あなたがそう言うって事はきっとそれなりの理由があっての事だと思うけど一応は聞いておこうかしら……?」

「簡単な話だ、あんたに一つ頼みたい事があるんだ……それも今この場で出来る範囲のものだけどね」

するとそれを聞いたラミアスは一瞬だけ不思議そうな表情を浮かべた後で再び笑顔を作ってみせた。

「ふふっ、なるほどね……要するにあなた自身の力を使ってどうにかしてほしいものがあるって言いたいのよね?」彼女はそう言って頷くと僕の目の前までやってきた上で顔を近付けてきた。どうやら話を聞いてくれる気になったらしい。しかし次の瞬間、耳元で囁くようにして告げられた言葉に僕は思わず目を見開いてしまった――何故ならその言葉はまさに今の僕にとって最高の条件であったからだ。だがそれと同時にあまりにも衝撃的だったので一瞬、耳を疑ってしまったのだ。

「……い、いや、ちょっと待ってくれよ……!それはさすがにどうかしてるんじゃないのか!?」驚きのあまり声を上ずらせながら聞き返すと彼女はすぐに答えてくれた。

「ふふっ、確かにそう考えるのが普通だとは思うけど私は別に変でも何でもないわよ……むしろ当然の反応じゃないかって思えるくらいだし、何もおかしな事はないわ」それから彼女は更に続けて言った。

「でもね、あなたには私の考えを改めてもらう必要もあると思うわ……だってそうでしょう?あなたは自分で気付いていないかもしれないけどあなたの心の中にある闇は決して消えてなくなったわけではないのだからその根本的な原因は今でもなお存在し続けている事に違いはないのよ……その証拠に私の姿を見た瞬間に反応を見せただけでなくて攻撃しようとしてきたじゃない……つまりはその部分こそが何よりもの証拠なんじゃないかしら?」そこで一度、間を置いた後でラミアスは改めて尋ねてきた。

「それで結局どうするの……?言っておくけれど今更になって後悔しても手遅れだからね……」それを聞き終えた僕は静かに目を閉じ、呼吸を整えてから心の中で強く念じるようにして願った――その瞬間、突然として全身に強烈な痛みを感じたがその程度では止まらない。それどころか痛みは次第に増していく一方で意識を保つのがやっとの状態ではあったものの何とか踏み止まってみせた。そしてしばらく経った後でラミアスが僕に対して声をかけてきたのでゆっくりと目を開けて返事をした。すると彼女は驚いた様子を見せながら言った。

「へえ、まだ完全には取り込まれていなかったんだ……なかなかやるじゃないの……それでどうなの、もう後戻りする事はできないかもしれないけれどこのまま続けるつもりなのかしら……?」それに対して僕は頷いてみせるとそれを見た相手は満足げな表情を浮かべながら僕の方に向かって手を差し伸べるとこう言った。

「よし、それじゃあ行きましょうか……!」その直後、僕の体は急激に上昇していったかと思えばそのまま空高くまで運ばれていったのだがその最中に僕は思った――ラミアスと共に歩んでいく道はこれまで自分が想像していたよりも険しいものになるのかもしれないという嫌な予感が脳裏を過ったのである。

その後、僕とルーティアはエルマの後に続いて建物の中へと足を踏み入れた。中は思ったよりも明るく、それでいて広々とした空間で天井もかなり高いので圧迫感のようなものは一切感じられなかった。また壁に等間隔に設置されているランプには火が灯されており、そのお陰で視界は十分に確保されている状態であるものの不思議な事に全くといっていい程に人気がなかった――というよりも誰も居ないのではないかと思える程だった。その為、僕はふと気になって近くにいたルーティアに話しかけた。

「なあ、ここって確かギルドの支部とか言われていたけど実際にはどんな場所なんだ?見た感じでは全然そんな風には見えないんだけどさ……」するとルーティアはすぐに返事をしてくれた。

「まあ、確かに言われてみれば普通の人からすればそう思うのも無理はないかな……?実際にここの支部に関しては冒険者としての活動を主にした仕事内容がメインとなっているんだけどそれ以外にも様々な案件に関して依頼を受ける事ができるようになっているから実質的には他の支部と比べてみても引けを取らないくらいに充実した設備が備わっているんだよ……それこそ私達みたいな駆け出しにとってはとても有り難い場所だといえるでしょうね……」

「ふうん、なるほどな……ちなみにさ、さっきから気にはなっていたんだけどそもそもその依頼っていうのは具体的にどういう内容のものを指すのかを教えてくれないか?」僕はそう尋ねてみた。というのもこれまでに多くの経験を経てきた彼女であれば何かしら有益な情報を提供してくれるのではないかという期待があったからである。すると予想通りというべきか彼女はすぐに答えてくれた。

「そうだね、分かりやすく説明するなら基本的に魔物退治が主な内容になるよ……とはいってももちろんそれだけではなくて他にも色んな種類の仕事が存在するけど基本的にはそういったものばかりだと考えてもらえれば問題ないかな……」

それを聞いて今度は隣にいるラヴィニアに対しても同じ質問を投げかけてみた。彼女もちょうど暇を持て余していたようなので丁度いいタイミングだろうと思ったのだ。

「ああ、それなら知っているぞ!何しろこの私でさえ初めて耳にした時は思わず自分の耳を疑ったものだものな……なにせこんな場所でそんな大それた仕事をしているなんて夢にも思わなかったからまさか冗談かと思っていたのだよ……しかし、今になって思い返してみればあの時に彼女が口にした言葉が真実だと分かった今となっては納得もいったのでね、何というか複雑な気持ちではあるのだけれど……まあ、とにかく詳しい話は彼女から直接聞いた方が手っ取り早いだろう……」それを聞いた僕は頷いた後でラミウスの方へと視線を向けたのだが彼女はこちらの事などお構いなしといった様子で何やらぶつぶつと話し出した。

「ふむ、それにしても今回の調査対象があの【ルミナレス】だったとはさすがに予想していなかったのだよ……確かにここ最近では例の森に迷い込んで命を落とす人が徐々に増え始めているとはいえ、だからといってそこまで危険なモンスターがいるとは思えないからな……それにもし仮に本当に居たとしても目撃証言だけで存在の有無を確認するだけというのはいくらなんでも難易度が高すぎるというものだと思うのだがその辺りについて君達はどう思うだろうか?」

「……あのさ、ちょっといいかな?君はいったい何の事を話しているんだい……?」ラヴィスの質問には全くと言っていい程に反応しない彼女の様子を見て僕が尋ねるとようやく我に返った彼女は慌てた様子になりながら言った。

「ああ、これは失礼したな……!別に君達にとって関係のない話をしていたつもりではないのだよ……だが、すまないな、少しばかり考え事をしていたらつい夢中になってしまっていたみたいで肝心の話が全くできていなかったね……うん、そうだ!せっかくだからこの際に少しくらいは話しておくべきなのかもしれないな……実は今から数年ほど前の話だがね、ここから遠く離れたある地方の森の奥深くにあるとされるダンジョンへと赴いた者達がいたのだよ……そしてその際に偶然、最深部付近に存在する巨大な地底湖で大量の血痕が発見されたらしくてな、それからしばらくの間はその話題で持ちきりになったそうだが結局は真相が明らかにされる事なくいつの間にか立ち消えてしまったそうなのだよ……」それを聞き終えたところで僕は思わず顔をしかめてしまった――なぜならここまでの話の流れを考えればそれが意味する事はもはや考えるまでもないと思ったからだ。しかしその一方でラヴィニアは相変わらず能天気そうに答えるのだった。

「ほう、そうだったのか……!だが、そうなるとやはり気になるのはその地底湖で発見された大量の遺体に関する事だな!一体どのような理由であれ、あれほどまでに凄惨な出来事が起こったとなるとどうしても気になってしまうものなのだよ……ほら、分かるだろ?」それに対してラミアスは頷いてみせるとそれからこう答えた。

「ええ、確かにその通りよね……私も正直言って気になっていたのよ、でも正直なところその件に関しては未だに分かっていない部分が多くてね、だからこそ今でも色々と議論されている訳なのよ」それから二人は黙り込んでしまった――その様子を見る限りどうやらあまり良い状況とはいえないらしく、しばらくした後で再び口を開いたラヴィスは僕達に対して提案を持ちかけてきた。

「どうだろう、ここでこうして話し合っていても埒が明かないだろうから一度、地上へ戻って情報を集めてみる事にしようか?おそらく今の君であればギルドの支部長から直々に話を聞く事ができると思うからね、それならばわざわざ足を運ぶ必要もないはずだと思うが……」

「……そうだな、俺もそれについては同意できる部分があるかもしれないな、それにもしかしたらその話を聞けば俺の知りたいと思っている事に関しても何か手掛かりが掴めるかもしれないしな……よし、そうと決まれば早速、戻るとしようぜ!」

「そうね、別に断る理由もないわよね……?」すると二人も頷いてくれたので僕はラミアスに対して声をかけた。

「悪いんだけどさ、俺達と一緒に付いてきてくれるかい……?何せ俺達はまだここの地理にはあまり詳しくないからさ、道案内として君を頼らせてもらいたいんだがどうかな……?」

「ああ、それは別に構わないのだがその前に一つ確認しておきたい事があるのだ……」

「確認しておきたい事って一体何なんだい……?」

「いや、簡単な事だ……私が一緒に同行する事に関して君達は本当に大丈夫なのかと心配になってしまってね……特に君は私を目の敵にしていたはずじゃないか……なのに今はどうだ、私の力が必要だと思っているからこそ声をかけてくれているようにしか思えなくてさ……もしかすると君がそういう性格だった事すら忘れてしまっているのではないかと思い始めてきたのだよ……!」それを聞いた瞬間、僕は即座に首を横に振ってみせた――その途端に彼女の顔には笑顔が戻ったので一先ずは安心してもいいだろうと思えたのだがすぐにルーティアの鋭い視線がこちらに向けられている事に気付き慌てて弁解をした。「ご、ごめん、決してそんなつもりはなかったんだ……!だってさ、確かに俺は君の事が嫌いだったのは事実だけどだからと言って見捨てるつもりはないからさ……だからさ、どうか許してくれないか?」

それに対して彼女は何も言わずにじっと僕の顔を見据えたまま動こうとしなかった――そこで改めて僕は彼女に頭を下げた後で謝罪の言葉を述べるとようやく口を開いてくれたのでほっと胸を撫で下ろした。するとその直後、いきなり背後から抱きつかれたかと思い驚いて振り返ってみるとそこに笑顔を取り戻したラミウスがいたのである――どうやら先ほどの話を聞いていた上で助けてくれたらしい。それを知った時、僕は改めて彼女には頭が上がらないと感じたのだった。その後、僕達は彼女の指示に従って移動を始めた。その際、建物の内部は迷路のように入り組んでいたので途中、何度か道に迷ってしまう事になったもののその都度、ラミアスが親切丁寧に道を教えてくれたおかげでどうにか外へ出る事ができた。

「ふう、やっと戻って来る事ができたんだな……それでこれからどうするのかね……?」

「とりあえずはここで待機するしかないんじゃないかしら……?少なくとも下手に動いてしまえば余計なトラブルを引き起こしかねないしね……」

「おいおい、それってどういう意味なんだよ?」ラヴィニアの発言に僕は思わず尋ねてしまうのだがすぐに答えが返ってきた。

「そのまんまの意味よ……私達は今、とても不安定な立場にいるでしょ……もし仮にこのままここに滞在するにしても何もせずにただ黙って見ているだけだとしてもどちらにしても目立つ行動をとってしまうとそれだけで目立ってしまい、私達の立場が悪くなるのは間違いないわ……そうなれば必然的に今後の活動にも支障が出始めるし下手をすればこれまで積み上げてきた功績も全て水泡に帰す可能性さえ出てきている事になるでしょうね……」それを聞いた僕はすぐにルーティアの方を向き直ってみたが彼女も同意見なのか無言のまま首を縦に振った。

「なるほど、言われてみればそれもそうだな……うん、確かに彼女の言う通りだ!よし、それじゃあ仕方ないからしばらくはこの町に留まるという方向で決まりだな!」そう告げた後で今度はエルマの方に視線を向けるとそれに気付いた彼女が声をかけてきた。

「ん、どうかしたの?」

「ああ、それがさあ、ここに来るまでの間に色々と見て回って来たんだけどやっぱり町の様子も随分と様変わりしているみたいじゃん?それで気になってこの辺りの事について調べておきたいって思ったんだよ……まあ、もちろん俺だけが行ってきてもいいんだけどその場合は誰か一人はここに残ってもらわないといけないだろ……?だからここはラヴィニアにお願いしたいと思うんだけどどうかな?」

「……ええ、私は別に構わないけどあなたの方は大丈夫なの……?」それに対して僕が頷くと彼女は笑顔で頷き返して来た。それを見たラミウスもまた納得した様子だったので早速、二人で行動を開始しようとしたのだがここで待ったの声がかかった――無論、言うまでもなくラヴィスからのものだった。なのでその理由を尋ねたところ彼女はこう答えた。

「いや、大した理由がある訳じゃないんだが私個人としても是非ともここの様子を確かめておきたいと思っていたのでね、だからよければ私も一緒に連れて行ってはくれないだろうか……?」

「あ、ああ、別にそれは構わないが……本当にいいの?さっき自分で言っていたばかりだろう、俺なんかと一緒だと変な目で見られるって……それに何よりあんたはこの支部で働いている冒険者達にとってなくてはならない存在になっているはずなんだ……それなのにこんなどこの馬の骨かも分からないような俺と二人きりで行動するのは決して褒められたものではないんじゃないのかな……?」

「いいや、別に構う事はあるまい……確かに君は私にとって最も大切な存在である事に違いはない……だが、それとこれとは話は別なのだよ、それにもし仮にそうなったとしても私には君達が守ってくれるだろうから何も問題はないではないか……!まあ、とはいえ、君には私の実力について既にある程度は把握してもらっていると思うのだが……どうだろう、それでも不安が残るようであれば今から試してみても構わないが……どうだろうか?」それに対して僕は少し悩んだ末にこう答えた。

「そうだね、確かにラヴィニアなら俺が思っている以上に強いだろうし、万が一の事態が起きたとしても問題ないとは思うんだけどさ……一応、念の為にあんたの実力を確認しておいた方がいいんじゃないかな……?」するとその言葉を聞いたラヴィスは大きく頷いてみせた――それを受けて僕も頷くと同時に彼女に向かって手を差し出した。

「じゃあ、そういう事だからよろしく頼むよ……!」そう言うと彼女は快く応じてくれた上でこちらの手を握ってきた――その瞬間、全身に電気が流れたような感覚に見舞われたのだが不思議と痛みはなくそれどころか逆に気分が高揚してきたのが分かった。どうやら思っていた通り、彼女と接触していると普段では発揮できないほどの力が引き出される事が分かったところで僕は手を離した。

「……さて、これで互いに了承は得た事だし、早速出発しようじゃないか」そう言って歩き出した彼女を見送りながら僕とラヴィニアも後を追いかける事にした。

◇◆◇◆◇

(……それにしてもあの少年の正体は何なんだろうか……?彼は明らかに普通の人族とは違う異質な存在のようだがその割には魔力や気と言ったものをまるで感じさせない……だからこそ余計に不思議に感じてしまうんだよな、そもそもどうして彼がこのような場所にいる事が可能なのかも含めてさ、もしかすると何か秘密があるのかもしれないね……)そう思いながらラヴィスは自分の隣を歩いている青年の顔をちらりと見やる――すると不意にその顔がこちらに向いてきたので思わずドキッとしてしまった。というのも彼の目はとても鋭くて見つめられると何もかもを見透かされているのではないかと錯覚してしまいそうになるのだがそんな彼から目が離せなくなってしまっている事に気付くなりラヴィスは慌てて視線を逸らしたがそれを知ってか知らずかは分からないが今度は逆側の方を見てみた――するとそこにいたのはもう一人の青年であり、彼もまたラヴィスの方をじっと見ていたのだが何故かその顔は険しく睨みつけているような印象を受けるのだった……だがしかし、実際にはそのような事はないのだと気付いたのはその直後だった――何故なら彼はすぐににっこりと微笑みかけてきたからである。それを見てホッと安堵したのも束の間、今度は反対側にいた少女と目が合ったのでまたしてもどきりとさせられてしまった……なぜなら彼女の視線からは明らかな敵意が込められているように感じられたからだ。

その為、一体どうしたというのだろうかと思いながら見つめ返していると不意に少女の体が僅かに動いたように見えた直後に声が聞こえてきたので咄嗟にそちらへ顔を向けたのだが、その時には少女は自分の目の前にまで近づいており、そこで改めて顔をじっと見つめられたかと思うと急に笑顔を浮かべたと思ったらそっと手を伸ばされてきてそのまま抱きしめられてしまったのだ。

突然の事に戸惑いを隠せずにいたのだがその間に少女が言葉を続けてきた――その声音は非常に優しげでありそれでいて包み込むような優しさを感じさせるものだったので思わず身を委ねたくなる衝動に駆られてしまいそうになる程だったが、さすがにそれはまずいと思い抵抗しようとするものの全く力が入らなかったので結局はされるがままの状態になってしまった――もっとも不思議な事に嫌な気分にはならなかったどころか寧ろ心地よく感じられてくるのだからやはり見た目だけでなく実際に触れてみても普通の人間と何ら変わらないように思えたのだった。そうしてしばらくの間、抱き着かれていた後にようやく解放されたと思った次の瞬間には別の方向から声をかけられたので振り返ってみるとそこに立っているのは先程まで一緒に歩いていたはずの男だったのだがどういう訳かすぐ側に立っていた女性の姿になっていたのだ――その途端に驚きのあまり声を上げようとしたがすぐに口元に指を当てられ静かにするようにと合図を送ってきたので言われるままに黙っておく事とした。

それから間もなくして女性は僕に向かって話しかけてきた――曰く、先程からずっと見ていたけど一体何があったというのかという事だったのだがそれに対して僕が返答に困っているとその姿を見た女性がこう言った。

「……なるほど、そういう事だったのか……」それを聞いた瞬間、僕は思わず首を傾げてしまったのだがそんな彼女に対して彼女は言った。

「すまないが少しだけ彼をお借りしてもいいだろうか?なに、そんなに時間はかからないと思うからその間だけでも待っていてほしいんだ……」それを聞いた僕は特に断る理由などなかったので素直に応じると女性の先導によってある場所へと案内された。そこは町の中心部に近い場所にある建物でどうやら酒場のようだったが中に入ると中は人でごった返しており、どこを見ても人ばかりでまともに前に進む事すら困難な状況だったのである。

「……とりあえず空いている席に座ろうか……」そう言いながら手招きする彼女に従い席に着くのだが周囲を見渡してみるとそこには大勢の男達がいる一方で若い女性の姿が見当たらない事に気付いてしまった――恐らく彼女達はもうこの町を去ったのではないかと考えたのだが同時に一つの可能性に気付いた事で背筋が凍り付いてしまいそうになり恐怖心が湧き上がってくるのを感じた……何故ならこの場にいる全員が何らかの目的でここにいるのだとすれば自分も同じようになってしまうのではないかという懸念を抱いたからであった……だがしかし、それでもまだ確証はなかった事から僕はあえて尋ねてみる事にした。

「あの、今更なんですけどもしかしてあなたの正体は……いや、でもそんなはずは……」それを聞いた彼女はゆっくりと頷いた後で改めて自己紹介をした。

「私の名前はリザ、そしてここは私の仲間達が営んでいる店だ……つまり君にとってはここが職場であると言っても過言じゃないだろうな……まあ、とは言っても私を含めここにいる者達の大半は君の事は知らないだろうし、それどころか君が人間ではなく竜人族だと知る者も限られているはずだからね、そういう意味では安心してほしいかな……ただ、それもあくまでもこの場所にいる間だけの話だからあまり油断はしない方がいいと思うよ……?」それを聞いて驚いたのだがそれと同時に疑問が生じた――果たしてどうしてそんな忠告をするのかと尋ねると彼女はこう答えた。「実は私は今でこそこんな恰好をしているけど元々は勇者パーティーの一員だったから君達の存在は当然、知っていた訳だがまさか魔王を倒す為に旅立った先で出会うなんて想像もしていなかったものだから非常に驚いてしまってね……しかもよりにもよってこんな形で遭遇する事になるとは予想できなかったから正直に言うと困惑している部分もあるんだよ、とはいえ別に君を害するつもりは一切ないし敵対する意思もない事を伝えておこうと思っているんだ……」「あ、なるほど、そういう事情だったんですか……ってあれ、ちょっと待ってください!って事はまさか僕達がここに向かっている間にアルダノーヴァ達に接触したのは……!」「ああ、そのまさかだよ……私達の存在について伝える必要があったからなんだけどね、まあでもこうして話す機会を得たおかげで君に会えたんだから結果オーライといったところだろう……!」それを聞いて納得した……というよりも納得するしかないと言った方が正しいのかもしれないが、それよりも気掛かりな事がある事を思い出したのでそれについて尋ねてみようと思ったところで彼女がこう言ってきたのだ。

「おっといけない……そういえば大事な用事があってここまで来たんだったよな……!それなら話は後にしようか……!」そう言われてしまうとそれ以上、食い下がる事が出来ないので頷くしかなかった……それを受けて彼女は安心した様子で胸を撫で下ろしていたがその後すぐに真剣な表情を浮かべて僕の顔を見つめながら言った。

「それではそろそろ本題に入るとしよう……私がここに来たのはもちろん例の件について話し合いを行う為だったんだが君も知っての通り、今の現状ではあまりにも情報が足りていない……だからこそまずはお互いの持っている情報を交換しようじゃないか、それによって見えてくるものもあるかもしれないからな……!」「え、あ、はい、分かりました!」僕は彼女の提案を受け入れて頷くと同時に何を質問されるのか気になっていると、それを察したのか微笑みながらこんな事を聞いてきた。

「では、最初にこちらから尋ねるが、君があの仮面の男を目撃した時の事を詳しく聞かせてくれないかな?」それに対して僕は頷き返すとその時の様子を鮮明に思い出しながら話していった……ただし、自分が見た時には既に戦闘状態に突入していたので直接的に見る事は叶わなかったし、そもそもラヴィニアと一緒に行動していた上にルーティア達と合流しなければならなかったから結果的に彼らを見捨てるような形で現場から離れていってしまったのだと伝えた上でさらに続けてこう言った――ちなみにこの時には既に町の人々の避難が完了していると思っていたのでそこまで気を回していなかったという旨を伝えると彼女は何度も頷いていた。

「なるほどね……そういう事か……しかしそうなると気になるのはやはり奴がどうして今になって姿を現したのかという部分になるわけだが、これについては何か心当たりはないかい?」「そうですね……正直なところ、奴が現れた事自体については特に驚かなかったんですが、なぜ今になって姿を見せたのかという点については疑問が残るところでした……だって奴は今までずっと雲隠れを続けていた訳ですから、それが突然、何の前触れもなく現れてしかもあんな大暴れをして人々を襲うだなんて普通は考えませんよ……!」それを聞いた彼女がまたしても大きく頷いた後でこう言ってきた。

「確かにそれはそうだな……だが、一つだけ言わせてもらうなら今回に関しては例外的なケースと言えるんじゃないかな……?何せあの男には目的があって動いているのだろうから……だからこそ、ここまでの事をやってのけたと考えるべきなのだろうな」「なるほど、言われてみれば納得です……ってあれ、ちょっと待って下さいよ。だとしたらひょっとして今回の一件を引き起こした犯人は……」

そう言いかけたところで彼女が僕の言葉を遮るように被せてきたのだ――曰く、犯人の目星は付いているのだと。その為、後はどう対処するのかを話し合う必要があるのだというのだがそこで僕は一つの疑問を抱く事になったのである……何故ならこの話を聞いた限りだとまるで彼女ならばこの事件の謎を解き明かす事ができるのではないかと思ってしまったからである。

(しかし何故そう思うのだろうか?もしかしたら彼女には自分の正体がバレてしまっているのではないだろうか、それとも別の意図があるのか、あるいはただの思い過ごしなのだろうか、それは定かではないのだが今はそんな事を考えている場合ではない事は確かだな、それにもし仮に彼女の発言に矛盾があったとしても僕がどうこう口出しするような問題でもないから余計な事を考えずに話を聞けばいいだろう……)そう思って覚悟を決めた後で彼女に質問をしてみる事にした。「一つ、聞きたいんですけど、その黒幕とやらは誰なんでしょうか?それとあなたはその人物の事を知っているのですか……?」それを聞いた彼女は僅かに首を傾げた後で逆に僕に問いかけてきた。

「なるほど、君はその人物の名前も知らないんだね……」「えっ、いや、まあ、名前までは分からないというか、むしろ聞く前に立ち去ってしまったものですから、すみません、お力になれなくて……」僕はそう言って頭を下げると彼女は笑いながらこう言った。

「ふふっ、いやいや、気にする必要はないさ、君を責めたつもりではなかったのだから。ただ、少しだけ意地悪な言い方になってしまったかもしれないのでそこは素直に謝罪しておく事にするよ……すまない、許してくれるかな?」「……ええ、大丈夫です!気にしないで下さい!」「そうか、ありがとう……」そう言いながら彼女が優しく微笑みかけてくるものだからつい恥ずかしくなって顔を背けてしまうのだが、その様子を見ていた彼女も同じように頬を赤く染めながら俯いてしまったのでお互いに沈黙してしまうのだった……そしてこの時、僕は改めて確信した――やっぱりこの人は本当に素敵な女性なのだと……それからしばらくして何とか平静を取り戻した後、再び話を再開する事にした。すると彼女も同意してくれたようで頷くと真剣な表情をしながらこう言ってきた。

「とりあえず確認の為に言っておこうと思うのだが……恐らくだが今現在、この世界において君以外に真実を知る者はいないと言っても過言ではないだろうな……」「えっ!?そうなんですか!?」驚きのあまりそう聞き返してしまった後ですぐにハッとするなり慌てて謝ろうとしたのだがその前に彼女は苦笑しながら答えた。

「ははっ、そんなに気にしなくていいよ……それよりもこれから言う内容について落ち着いて聞いてくれたら嬉しいんだが構わないかな?」そう言われると何も言えなくなってしまったので大人しく頷く事にした。

それを見て安心したらしい彼女は早速、説明を始めてくれた……とはいえそれほど複雑なものでもなく要約すればこうだ。まず、先程も説明したが黒幕の正体とは勇者アルダノーヴァ本人だという事だそうだ。そして彼についてはこれまで多くの仲間を失った経緯があるのでその報復をする為に動き出したのではないかと推測できるという訳である……まあ、もっともこれに関してはまだ可能性の一つに過ぎないと前置きした上でさらに付け加えてこう言った。実は他にも気になる点がいくつかあるのでそれらを踏まえた上で考えれば彼の目的にも察しがつくはずだというのだ。

それを踏まえて考えるならこれまでの言動などから考えると彼が最終的に望む事は復讐による制裁や報復ではなく世界の滅亡であるという結論に至ったそうである……それを聞いて驚いたものの同時に納得する部分もあったので一応、相槌を打っておくことにした――実際、魔王が倒されてもなお人々が苦しみ続けている現状を考えるとアルダノーヴァの行動理念についても頷けるところがあるからだ……とはいえ、それでもやはり簡単に受け入れる訳にはいかない理由も存在する為、ここで一つ質問を投げかけてみた。

「……なるほど、事情は大体分かったつもりですけどそれで僕達に一体、何を求めているんですか?」それに対して彼女はゆっくりと首を横に振りながら答えた。

「いいや、求めているというよりは提案をしたいというのが正しいところかな……」「つまりそれはどういう事なんですか?」「単刀直入に言うとね、君に勇者になってほしいと思っているんだよ」「――へっ!?ぼ、僕がですか!?」予想もしていなかった言葉に動揺していると彼女が落ち着いた様子で頷いてみせたのでそのまま黙って話を聞いてみる事にした。

「これはあくまでも仮定の話なんだが、仮に君があの仮面の男と戦ったら勝つ自信はあるのかい?」僕は迷わずこう答えた。「分かりません……」すると彼女は一瞬、キョトンとした後ですぐに苦笑いを浮かべて見せた。

「おいおい、急にどうしたんだい、さっきまで自信満々だった癖に……まあいい、とにかく続きを話すとしようか……確かに君はあの男との戦いで勝利を収めてみせた……だが、だからといって君が強いと証明された訳ではない……むしろ私は疑問を抱いているんだ、いくら君の使う武器が優れていたからといってそれだけであそこまでの強さを発揮できるものなのかなって……少なくとも私にはそれだけの能力があるとは思えないんだよね……でもだからこそ興味が湧いた……どうしてあれほどまでの能力を発揮できるのかという理由について調べてみたいと思ったからこうして会いに来たというわけだ……!」そこまで聞いてようやく理解した僕は頷き返した後でこう言った。

「分かりました、そういう事でしたら喜んで引き受けさせていただきます……!ただし、条件というかお願いがあります……僕をルーティア達と一緒に行動させてもらえませんか……?もちろんあなたにとって不都合がないのであればの話ですけど、どうでしょうか……?」それに対して彼女は難しい表情を浮かべながら頷いてくれたのでホッと安堵の息を漏らしてから頭を下げた後で言った。

「よろしくお願いします!!」それに対して彼女も笑顔で頷いてくれると立ち上がってこちらに手を差し出してきたので握り返す事にした。それを受けて嬉しそうに笑う彼女に対して自分もまた微笑み返してみせるとお互いに見つめ合ったまま沈黙し続けていく事になった……やがて彼女の手が僕の頰に触れると少しずつ顔を近づけていきながら耳元で囁いてきた――どうやらここからは二人だけの時間が始まるようだ……!! *次回に続く*

第7話

-勇者vs英雄(前編)- あれからしばらく彼女との二人きりの時間を過ごした後で一緒に部屋を出ていくとミホ達が待っているであろうリビングへと向かう事にして歩き始めるのだがその際、彼女に肩を貸してあげる事になったのだ。何故なら今の彼女は明らかにふらついていて一人で歩くのもやっとといった感じだったからだ……そこで僕は彼女が辛そうだったらおんぶしてあげようと考えていたのだが幸いにもそのような事態には陥らずに済んでホッとしたのだった。ちなみに何故、肩を貸す必要があるのかという理由なのだが理由は大きく分けて二つあり一つは先程の部屋での激しい戦闘の影響によるものでもう一つは単に足腰の力が抜けているせいであるという事なのでおそらく後者が原因だろうと判断した僕はなるべく刺激を与えないように気を付けつつ歩みを進める事になった……とはいえ流石に無言のままというのもどうかと思い、僕の方から話しかける事にした。

「ところであなたは今までずっとあの場所で暮らしていたのですか……?」するとそれを聞いた彼女が少し考え込むような仕草をした後に首を振ってみせながら言った。

「いや、私が生まれ育った場所はもうこの世に存在しない……だから今はあてもなく旅を続けている途中といったところかな……」「……そうなんですか……あ、えっと、そういえば名前を聞いてませんでしたよね……?今更かもしれませんがお名前は何ていうんですか……?」その問いかけに対して彼女は微笑を浮かべながらこう答えてくれた。

「私の名前はユナ=エインリーゼだ……改めてよろしく頼むよ……!」そんな彼女の反応に驚きながらも僕も名乗り終えると続けて尋ねてみる事にした。

「えっと、もしかして名字とかあったりするんでしょうか……?」その問いかけに彼女は小さく頷いてみせた後でこう言った。

「そうだね……確か私の一族はかつて勇者の仲間になった事があると聞いた事があるんだけど詳しい話は私も知らないから何とも言えないかな……」それを聞いた僕は彼女の発言に何か引っかかりを覚えたので思わず聞き返した。「……ちょっと待って下さい!かつて勇者の仲間だったというのはどういう意味ですか?」それに答えるかのように彼女はこう続けてきた。

「言葉の通りだよ、といっても別に珍しい事ではないけどね……何故なら勇者と共に戦った仲間は皆、英雄として語り継がれることになるのだからね……かくいう私自身も過去に何度か名前を聞いた事もあるぐらいさ……」「なるほど……つまりあなたの故郷でも同じような風習が残っていたんですね……」僕が納得したように呟くと今度は彼女の方から質問をしてきた。

「そう言えばさっきの話で気になった事があるのだが、どうして私が君の名前を既に知っている事が分かったんだい?」「ああ、それなら簡単ですよ……最初に自己紹介をした時にあなたは自分の事をユナと呼んでいたのでそれで気づきました」そう答えると彼女は驚きの表情を浮かべた後ですぐに笑顔になると拍手しながら褒めてくれたのだった……しかし、次の瞬間には真剣な表情へと戻るなり小声で話しかけてきた。「ありがとう、正直に答えてもらって嬉しいよ……」そして一呼吸置いた後でさらに続けてくるのだった。

「……実を言うと私は君を試していたんだ……この件についてどこまで知っているのかをね……だがその心配は無用だったようだね、正直言って驚いているよ……君は想像以上に賢いようだね……」

それを聞くと何だか恥ずかしくなってきてしまったので照れ笑いを浮かべていると不意に彼女が立ち止まったので慌てて立ち止まって振り返ってみるとそこには扉があって中に入ってみるとそこには長い階段が続いておりそこを降りて行くとようやく出口に到着する事が出来た。そして外に出た直後、改めて周囲を見渡すと目の前に広がる景色に圧倒されてしまい、しばしの間、見入ってしまっていた。なぜならそこからは壮大な山脈が見えるだけでなく海の方に目をやるとまるで巨大な生き物が眠っているかのような美しい大自然の姿を目にする事が出来たからだ。

そんな感動している僕に微笑みながら話しかけてくる彼女が口にした言葉は思いもしないものだった――それは先程からしきりに耳にしている単語についての言及だったのである。「さて、では早速で申し訳ないんだがそろそろ聞かせてもらおうかな、君がさっき使っていたあの能力について……!」「えっ!?それっていったいどういう事ですか……?」予想外の質問だったので戸惑いながらも問い返すと彼女はさらに続けた。

「実は君のあの力を目の当たりにしてからずっと気になっていた事があったんだよ、それは何故かというとあれだけの力を発揮したにもかかわらず全くと言って良いほど体に疲れや負担といったものを感じることがなかったからだ……!もし仮にそれが本当ならかなり厄介な話になるので一度、詳しく話を聞かせてもらえないだろうか?」そう言われてますます困惑する事になったものの素直に説明する事に決めて頷くとそれからは自分がこれまでに経験した出来事を全て話した上でその力を使って世界を救うために戦いたいという事を伝えたのである。すると彼女はしばらくの間、何かを考えている様子であったがやがてこちらを見ながら静かに頷いてくれた。

そしてゆっくりと口を開くと言った。「分かった、君の考えを尊重するよ!」その返事を聞いた僕は嬉しくなって頭を下げると彼女にお礼を述べる事にした。

「ありがとうございます!!」それに対して彼女もまた嬉しそうな表情で頷いてみせると続けて言った。「どういたしまして……それにしても本当に良かったのかい、私にそんな重要な秘密を明かしてしまって……今ならまだ間に合う、今からでも他の者達にも相談してみたらどうだい?もしかすると協力してくれるかもしれないじゃないか……!」確かに言われてみればその通りだと思ってしまい、すぐに仲間に連絡する為にスマホを取り出そうとしたのだがそこで僕はようやく大切なことを思い出した。それはここに来る直前にアプリで連絡を取ろうとした時に誤って消してしまっていた事だ――しかもよりにもよってあの場面で間違えて消すとはあまりにも間が抜けているとしか言いようがないと思ったその時であった。突然、僕の手の中で着信音が鳴り出したのだ!驚いて落としそうになるところを何とか持ち堪えてから画面を見てみると何とそれはラヴィニアからの電話だった!!まさか向こうからかけてくるとは思ってなかったので慌てて通話ボタンを押してから恐る恐る話しかけようとしたところで逆に彼女から先に話しかけてきてくれた。

「もしもし、アル!?無事ですか、生きていますか、今どこにいます!?」僕は彼女がいきなり質問攻めしてくるので慌てながらも何とか一つずつ答えていった……するとそれを聞いた彼女は安堵の溜め息を漏らしながら言ってきた。「ふぅ、無事で良かったです……!どうやらその様子だと怪我とかはしていないようですね……?」それに対してこちらも頷き返す事で答えた。

すると今度は僕の方にある提案をしてきた。それを聞いて僕は一瞬、驚いたがすぐに了承して彼女に伝えてみたところ、向こうもそれに同意してくると最後に「気を付けて下さいね、また後程で会いましょう……!」そう告げるなり通信を切ってしまった……一体、何の話だったのか分からなかったので不思議に思っていたのだがその直後、今度は背後から声をかけられた為、振り返るとそこにいたのはなんとルキナさんだったのである!僕は突然の再会を果たした嬉しさから声をかけようとするのだがそこで彼女は人差し指を自分の口元に当ててみせると静かにするようにジェスチャーしてみせたのだ……それを受けて口を閉ざしたのを確認すると手招きしながら歩き始めるのだった――その後ろ姿を見つめながら後に続くようにして歩いていく僕だったがふと視線を感じて振り向くとそこに見えたものはこちらを心配そうに見つめているミホ達の姿があったので安心させるべく軽く手を振ってあげると嬉しそうに飛び跳ねるのが見えた。それを見た僕は笑顔を浮かべると心の中で呟くのだった……必ず帰るからね……!! 第7話 -勇者vs英雄(後編)- ルキナさんの後について行く形で歩いているとやがて人気のない路地裏までやって来たところで彼女が足を止めてこちらの方を振り向いてきた。

それを見て僕も同じように立ち止まるなり、見つめ合っているうちに妙な沈黙が生まれ始めた。そんな中、僕はある一つの仮説を立ててみる事にした……何故ならこれまでの出来事を考えるとどう考えてもこれは仕組まれたとしか思えないからだ――何故ならそもそも僕がこの街にやってきたのは偶然ではなかったしましてや彼女達が僕の元に来る事も事前に分かっていた事だったからだ。つまり何者かの手によって誘導されていたと考えてもおかしくはないだろう……?それに先程、出会った時に見た光景を思い出しながら思い返していくとやはり不自然な点があるように思えるのでまずはそれについて尋ねてみようと思った。「一つ、質問してもいいでしょうか……?」そう切り出すと彼女は無言のまま頷いてみせたので思い切って尋ねる事にした。

「あなたは何者ですか?」その瞬間、彼女が見せた表情の変化から察するに動揺しているのが手に取るように分かった……そしてそれを誤魔化すかのように慌てて取り繕うようにしながら尋ねてきた。「えっと、どういう意味かな?」そんな彼女の反応に対して更に畳み掛けるように言葉を続けることにした。

「つまりあなたが誰なのかを聞いているんです……もしも教えてくれないというのならばそれでも構いませんがその場合、あなたを警戒せざるを得なくなります……」「なるほど、そう来ましたか……それで私は何と答えたら良いのでしょう?」そんな事を聞いてくる彼女を真剣な眼差しで見据えながらハッキリとした口調でこう告げた。「もう一度だけ言います、あなたは何者なんですか?」それに対して何も答えなかったのを見ると仕方なく次の質問へと移ることにした……だが次に僕が発した言葉を聞いた途端に彼女の顔色が一変する事になるのだった。何故ならこの時になって初めて自分の正体を明かしたからである――それも予想すらしていなかったような衝撃的な事実をだ……!「単刀直入に聞きますが、あなたはこの世界の人間ではありませんよね……?」その言葉を耳にした瞬間、彼女の表情が凍り付いた。

それから少しの間、無言を貫いていた彼女だったのだが不意に笑みを浮かべるとこう返してきた。「ほう、よく気付きましたね、私が普通の人間ではないと……ちなみにいつ頃、気付いたんですか?」それを聞くと僕は溜め息をつくと言った。

「正直に言うと確信を持ったのはついさっきなんですがその前に一つだけあなたに尋ねたい事があるのですがよろしいですか……?」そう尋ねると彼女は何も言わずに頷いたので遠慮なく質問してみる事にした。

「先程のあなたの言葉を聞いていて分かったんですがあなたも私と同様にこの世界に召喚されたという事で間違いないですよね……?」それを聞いた彼女は再び笑みを浮かべた後でこう言った。「はい、その通りですよ……そして私はかつて魔王を倒した英雄の一人、ユナ=エインリーゼ本人です!」「なっ!?それは本当ですか……?」思わず驚きの声を上げると彼女は小さく頷いてみせた後で驚くべき事を口にした。

「実は先程、君達と出会っていたあの女性もかつての私と同じ名前を持つ人物でその正体はこの世界とは別の世界のアルセリア王国の女王様なんだよ……!」それを聞いた僕は混乱してしまいそうになったのだが何とか気持ちを落ち着かせるように深呼吸するとさらに詳しい話を聞く為に続けて問いかけた。「それではあの女性は僕達の事やこの世界に関する知識などを全て知っていたようですがそれは何故なんでしょうか……?」「ああ、それなら簡単な話だよ、彼女は元々、こことは違う世界で暮らしていたのだけどある日を境に突然、私達の世界へ飛ばされてきてしまってそれ以来ずっと暮らし続けていたんだそうだ……そして私と知り合った後は二人で力を合わせて元の世界に戻る方法を必死に探していたんだよ」それを聞いた僕はようやく納得した……確かにそれなら色々と辻褄が合うと思ったのだ。それから今度はこちらから質問をしてみた……その内容というのはどうして今になって姿を見せたのかという件についてだった。それに対して彼女は少し悩んだ末に口を開いた。「それは私にもよく分からないというのが正直なところですね……」それを聞いて首を傾げていると彼女は続けて言うのだった……何でも今まで何度か接触を試みようと試みたそうなのだが全て失敗に終わり続けてきたそうで今回に限ってようやく上手くいった事を喜んではいたがその理由までは分からないようだった。

そこで今度はこちら側の方から質問をしてみる事にして先程、彼女と話していた時に聞こえてきた言葉の中でどうしても気になって仕方なかった事があったので思い切って聞いてみたところ、それがきっかけとなって彼女は快く応じてくれたので早速聞いてみる事にした。「最初に言っておきますけど別に答えたくないのであれば無理強いはしませんのでそこはどうかご了承下さい……」「いえいえ、そんな気遣いは無用ですよ!どうぞ遠慮なさらずに聞きたい事は聞いて下さい!」その言葉を耳にすると一度、咳払いをしてから本題に入った……まず初めに気になっていた疑問についてぶつけてみるとどうやら僕の考えは正しかったらしくそれはどうやら正解だったらしく教えてくれたのだがそれによると、彼女の正体がユナさんだという事が分かった上でその口から語られた話の内容によれば、これまで何度も試してみたもののいずれも失敗に終わった為、もう打つ手がなくなったという事で最後に一度だけ試してみたらたまたま成功したとのことだった。それを聞いてから今度は自分が体験した不思議な出来事についての話をしてみれば彼女も思い当たる節があったようでそれについて説明してくれた――その話というのは今から数年前に起きたとある事件の話であった……それは彼女がまだ勇者と呼ばれていた頃に実際にあった話で当時はアルシアナ帝国という名前だったらしいのだが、この国は現在のように平和ではなく当時はかなり荒れていた時期だったらしくてあちこちで争いが起こり始めていたらしいのだ、しかしそれでも表向きはそれなりに平和な時が続いていたのだがその裏では決して表沙汰には出来ない程の悪どい実験を密かに繰り返しているという噂があり、その研究施設がこの国のどこかに隠されているという話を耳にして当時の仲間達と一緒に探索を開始したのだが中々見つける事が出来ずに途方に暮れてしまっていたそうだが、そんなある日の事、遂にその手掛かりを掴んだ為、皆で喜び合っていたところ突然、爆発が起きたかと思うとあっという間に火の手が回ってしまって逃げ場を失ったところで全員が炎に包まれてしまい命を落としてしまったというのだ……それだけでなくその後も立て続けに同様の事故が起こっていく中でやがて一つの噂が流れるようになった――それは自分達がいる場所は呪われた空間なので決して立ち入ってはならない場所であり一度でも入ってしまったら最後、二度と出る事は叶わなくなるというものなのだが中には好奇心に負けて入り込んでしまった者も大勢いたのだが全員、生きて帰るどころか姿さえも見ることはなかったのだという……そこまで話したところで一旦、話を区切ると再び語り始めた――その後、様々な調査が続けられていったのだが結局、何の手掛かりも得られずに諦めかけたその時に奇跡的に生還してきた者達から興味深い情報を聞く事になったのである!それはその研究所は地下深くにあり、更にそこから別の次元に存在する別世界とも繋がっているのではという説だったが、あくまでも仮説に過ぎなかったのですぐに話題に上がることはなくなってしまった……しかし後に彼女が魔王を討伐するべく旅立って間もなくしてその別世界が実在している事実が発覚したのだがまさか本当にあるとは思っていなかったらしく驚いていたようだ。

しかもこの話は彼女の故郷に伝わる神話の中に出てくる勇者と魔王が相まみえた戦いの際に起きた出来事だとされていて彼女が帰還した時には魔王はすでに倒されていた事からてっきり作り話だと思われていたそうなのである……そしてもう一つ重要なポイントとなる部分があってそれはその場所から帰ってきた者がいないという事実であった……その為、最初は単なる与太話だと思ってまともに相手にしなかったようだが、あまりにも話が具体的過ぎるのに加えて信憑性もあったことから信じてみようと思い始めてからは仲間を集めながら準備を進めていたのだが肝心の場所がどこなのかという点についてはいくら探しても分からなかったので結局は断念する羽目になりかけていたのだその時、一人の旅人を名乗る人物が訪ねてきて彼女の身に起こった不可思議な現象について話すと興味を示したその人物がある物をくれた事で状況が一変する事になるのだった……!!「――それは一体何でしょうか?」そう尋ねてみると懐から取り出した小さな瓶を差し出してきたので受け取った後で中に入っている液体をジッと見つめていたのだが不意にその正体に気付いてしまうのだった。「……もしかしてこれが例の薬なのですか?」「はい、その通りですよ!実はこれを飲んだ後、暫くすると異世界に行けるようになっているのです!!」そう言って満面の笑みを浮かべながら得意げに答える彼女を見た僕は驚きの余り、開いた口が塞がらなくなってしまっていた……というのもこの薬の効果は凄まじく、これさえあれば行きたい場所に自由に行く事が出来るとまで言われているくらいなのだそうだ……それを聞いた僕は思わず息を呑んだ後で彼女に問いかける事にした。「ちなみにそれって誰にでも効果があるものなんですか?」その問いに首を横に振ってみせたので詳しく話を聞いてみた所、条件として最低でも一億人分の血が必要だった為に誰も手が出せない状況に陥ってしまった結果、お蔵入りになってしまった代物なのだと教えてくれた。

しかし僕が気になったのはそれよりも前に聞いた事のある言葉が引っ掛かっていたのでそれについて尋ねようとしたのだが、その前にユナさんが口を開いて言った。「実は今回の計画にはある人物の力が必要でして……それであなた達にも是非、協力してもらいたいと思っているのですが如何でしょう……?」「えっ?それはどういう意味ですか……?」彼女の口から飛び出した予想外の言葉に戸惑いながら聞き返していると続けてこう言ってきた……!「つまり私の代わりに魔王を倒してもらいたいという願いなのです!」それを聞いた僕は慌てて首を振った後で丁重にお断りをした。

それから改めて話を聞く為に話し合いを続けることになったのだが……結果として今回は見送る形となり、次回来た時に協力すると約束を交わした後で彼女と別れた僕だったのだがふと思い出した事があったので振り返ってみる事にした――それは先程のユナさんの言葉だ。

『何故なら彼はこの世界の人間ではないのですから』あれを聞いた瞬間、彼女が何を言おうとしているのか分かった気がしたがそれを信じたくはなかったし仮にそうだとしても今の僕には関係のない話だと思い込む事にした――だってそうだろう……?もしも本当だったとしたら一体どれだけの数、この世界に住む者達を殺してきたというのか……考えただけでも恐ろしかった。

そんな事を考えながら歩いている内にようやく森を抜けると見覚えのある光景が目に入ったのでそのまま街へ戻る事にしたのだが……それにしても先程の出来事について考えるだけで憂鬱になってしまいそうになるがどうにか気持ちを切り替えてから再び歩き始めたのだった。

あれから特に何事もなく無事に到着した僕達は門をくぐるなりギルドへ直行すると受付嬢に事情を説明する事にしたのだが……話を聞いた途端に驚きのあまり、呆然としてしまった。というのもどうやら既にアルダノーヴァさんから報告を受けていたらしく彼が戻ってきたら真っ先に知らせるように言われていたらしかった。それから程なくしてやって来た彼と合流して詳しい話をする事になったのだが僕は早速、例の薬について聞いてみる事にした……案の定、その薬の正体は本物だったらしくそれを使えば間違いなく異世界へ行く事が出来るとの事だったのでそれを知った時は思わずテンションが上がってしまったがすぐに冷静になると一つ、気になっていた事があったので質問してみた。

その答えは意外にも簡単に知る事が出来たので、その内容を要約すると――ユナさんは確かにあの薬を使って異世界へ行き、勇者として活動をしていたが、とある理由で勇者の座を追われる事になってしまう。だがそれは彼女だけではなく、その仲間も同じ運命を辿る事になり最終的には全員が追放される事となったのだ――その結果、彼女達は命を落としてしまうのだが、その際に偶然見つけたのが異世界に通じるとされる扉だったのだ。

それから何とかしてもう一度、その場所へ戻ろうとしたのだが、残念ながら扉を開くには膨大な魔力が必要な上にそもそもその場所には魔物が棲みついているらしく、下手に足を踏み入れようものなら命を落とす可能性が極めて高い為、結局、諦めざるを得なくなった……しかしその事が分かった時に彼女が思い付いた策というのが、自分の血から作り出した薬を飲めば異世界への扉をこじ開けられるのではないか……というものであった――しかしそれでも失敗してしまう可能性は十分にあったので他の方法を探す為に研究を続けてきたがどれも失敗に終わった結果、行き詰まっていたところに僕達の存在を知り、最後の手段として利用させて貰おうと考えたのであるらしい……因みにその方法は先程、話していた内容と殆ど変わらなかった。そして彼女は最後にこう締め括った。

「恐らく私はもう間もなくしたら死んでしまうでしょうけどその時はまたこの世界に戻って来れると思いますから心配しないでくださいね」「……ッ!?」それを聞いた瞬間、僕は反射的に彼女を引き止めようと腕を掴んで引き留めようとするがそれより先に姿を消してしまい何も出来なかった。

その後、しばらくの間、項垂れていたが、いつまでもこうしている訳にもいかないので気持ちを入れ替える為、軽く頬を叩いてから皆に声をかけた。「……これからどうしましょうか……?」その言葉にミホさんを含めた全員が考え込んでしまったのだがそんな中、最初に口を開いたのはアスタロスさんだった――「取りあえずは今まで通り旅をしながらアルシアナ帝国についての情報を収集しつつ次の目的地へ向かうという事でいいのではないのでしょうか……?」「そうですね……それにはまずここから一番近い町を目指す必要がありますね……そこで準備を整えて出発すれば、きっと良い方向に転ぶ筈です……!」そう言って力強く頷きながらも早速、準備に取り掛かる事にする――とはいえ、元々持っていた物が多かった為に然程、時間がかからずに終える事が出来たので早速、出発した。

そして、そこから数時間かけて辿り着いた町で必要なものを購入していくと後は宿を探してそこに泊まる事にした――因みに部屋割りについては事前に話し合って決めた通りにするつもりだったのもあってすんなり決まったのだがその際、ある事に気付いてしまった。それは僕とミホさんの二人きりになったという現実だ。しかも寝る時は同じ部屋で過ごさなければいけないという事実に今更ながら焦りを感じていたのだが幸いな事に彼女は僕の動揺に気付いた様子もなくベッドに潜り込むと直ぐに寝入ってしまったのだが僕はまだ目が冴えたままで悶々とした気持ちを抱え込みながら眠りにつく事になるのだった……。

そんな日々がしばらく続いたある日、唐突にミホさんがこんな事を言い出してきたのだ。「――ねぇ、ユウキくん……私達って一応、恋人同士っていう間柄だけどちゃんとお互いの事を知らないまま付き合っていていいのかしら?」いきなり何を言い出すんだと思いながら首を傾げていると彼女はこう続けた。「だって私ばかり一方的にあなたの事を知っている状態なのは不公平だと思うのよね……」そう言われて考えてみると僕もミホさんに対してあまり知っている事が多くないのに気付いてしまったのだが彼女の言葉を否定するつもりは全くなかったしむしろ僕自身も知りたかったので思い切って聞いてみたところあっさりと承諾してくれたので一安心したところで早速、何について話そうかと考えていると彼女の方からこんな提案をしてきた。「それなら私から先に話すわね……実は私には姉がいたのよ……名前は【アリス】って言ってね、今はどこにいるのか分からないんだけど小さい頃は凄く仲良しでね、私が困っていると必ず助けてくれたりもしたわ……でもそんな姉さんがある日を境にして突然、いなくなったの……その理由が何なのか分からなかった私は必死に捜そうとしたのだけど結局は見付からなくて今もどこかで暮らしているんじゃないかって思っているわ……」そう語り始めた彼女の言葉を聞きながら僕は思った――もしかしたらユナさんと似ているのかもしれない、だからこそ彼女はアリスさんにとても憧れていたのではないだろうか?そう考えると納得出来たので次に彼女の番となったので静かに待っていると不意に立ち上がってから窓の方へ向かった。

するとそのままカーテンを開けながら空を見上げるとこう言った……「私ね、昔、いじめられっ子だったの……いつも一人ぼっちで友達なんて全くいなくて寂しい日々を過ごしていたわ……そんなある日、一人の女の子が私に話しかけてきたの。初めはその子が誰なのか知らなかったんだけど一緒に遊んでいるうちに自然と仲良くなっていつの間にか一番の親友になっていたの……でもね、それが間違いだったみたいなのよね……」その言葉を受けてどういう意味なのか気になった僕は質問しようとしたその時、不意に強い風が吹き込んできて彼女のスカートが捲れ上がるなり可愛らしい水玉模様をした子供っぽいデザインのショーツが露わになってしまった……!その瞬間、咄嗟に顔を背けようとしたものの一瞬だけだったがハッキリと見てしまったので顔が熱くなってきてしまったのだがそれを見ていた彼女がクスクスと笑った後で再び話し始めた――「ごめんなさいね、急にこんな話をして……でもこれが私の全てなのよ……幻滅したかしら?」そう言った彼女の声からはどこか不安そうな気持ちが感じられたのだがそれを吹き飛ばすかのように僕は首を横に振ってみせた後で答えた。

「そんな事ないですよ!逆にもっと知りたくなりました!」それを聞いた瞬間に目を丸くしたかと思うと嬉しそうな笑顔を浮かべた彼女は続けて言った――「ありがとう……あなたに出会えて本当に良かったと思っているわ……!」それから少しの間、お互いに笑い合った後でふと我に返った僕が慌てて謝るとそれに対して彼女は優しく答えてくれた上で更にこう言ってくれた。

「……大丈夫よ、私は気になんかしていないから……寧ろ、あなたの事を好きになれて嬉しいと思っているくらいよ……だってあなただったらきっと私の事も受け止めてくれると信じられたからね……」その信頼が嬉しくて僕は思わず泣きそうになってしまったがどうにか堪えると彼女と一緒に笑いながら見つめ合っていた。

その後、無事に元の世界へと戻って来た私は早速、例の薬を飲むことにした。

やはりというか想像していた通りだったと言うべきか、飲んだ直後に意識を失ってしまったのだがそれからどれくらい経ったのか目を覚ました時には見慣れない部屋のベッドの上で横になっていた……一体ここは何処なんだろう……?そんな事を考えながら起き上がってみたが特に身体に異変はなかった――どうやら成功したみたいだな、そう思った矢先、部屋の扉が開かれたと思ったら見知った人物が入って来たので驚きのあまり声を上げてしまうのだがその直後に彼女はこう言って来たのだった……。「あら?目が覚めたみたいね」「えっ!?ど、どうしてユナさんがここに……?」予想していなかった人物の登場により困惑しているとそれを察したのか苦笑しながらこう言われた。「もしかして覚えてないのかしら?ほら、あなたが薬を飲まされた後、どうなったか覚えているかしら?」そう言われてようやく思い出した……そういえばそうだった……あの後、気を失ったままだったので今がどういう状況になっているのかさっぱり分からずにいるとそれを見た彼女がこれまでの経緯を説明してくれていた……。

まずあれからアルダノーヴァちゃんが戻って来るまで待っていようという事になったのだがそこで私とアストレアちゃんだけで話し合っていた時に偶然にも彼の妹であるアリスちゃんの事を思い出した私は二人に相談する事にしたのだ。二人は最初こそ驚いていたけどすぐに協力してくれて早速、準備を始めた。その後、戻ってきた彼が眠るのを待っている間に事情を説明したのだが最初は信じようとはしなかったのだがそれも仕方ないだろうと思い詳しく説明をした後で薬を渡したのだが彼は躊躇っていたのだがアストレアちゃんが強引に飲ませたところ案の定、眠ってしまったのを見てから彼を担いでこの部屋まで運び入れた後にベッドに寝かせてあげて様子を見ていたところに私が現れたという感じらしいのだ。

そこまで話した所でアストレアちゃんは少し疲れた表情をしていたが無理もないだろう、何せほぼ休みなく動いていたのだから疲労も蓄積しているのだろうと思って心配になった私が声をかけると彼女は微笑んできた。「……別に平気よ……それよりもあなたも無理はしないでね」そう告げた直後、部屋を出ようとする素振りを見せたので呼び止めようとしたら不意に振り返ってきたので何事かと思っているとこんな言葉を口にしていた。「あなたは自分の目的を果たす為にここまでやって来たのは分かっているけど私もアスタロトさんとの約束を守る為にこうしてやってきたのよ……だからお互いの為に最後まで頑張りましょうね……!」それだけ言い残すと足早に部屋を出て行った……その後ろ姿を眺めながらやっぱり似ているな、と思うのであった。

そんな訳でミホさん達と別れてから数日が経過して遂に辿り着いた町なのだが見た感じは特にこれといった特徴はなく普通という言葉がよく似合っているように思えるのは気のせいだろうか……?取りあえず、まずは宿探しだな……そう思いながら周囲を見渡してみると意外と人が多かったのでここで間違いないと判断して中に入ると手続きを済ませてから自分の部屋に入った。因みに部屋は二人用で他の部屋と比べて比較的広い作りになっていて設備の方も悪くないし何よりもベッドが広く感じた。

まぁそれでも二人で使うとなると窮屈には感じるのだがそれは贅沢というものだろうな、などと考えていると突然、扉をノックする音が聞こえてきたので返事をしてから扉を開くとそこにはユナさんが立っていて何やら申し訳なさそうな表情をしながら部屋の中へ入って来るなり頭を下げてきたので一体何事なのかと思っていると彼女は申し訳なさそうにこう言った。

「ごめんなさい、急に来てしまって……」そんな彼女に対して僕は気にする事はないと伝えつつ、ここに来た理由について聞いてみると彼女は僕に用事があって訪ねてきたのだと答えてきた。「……それで用件ってなんですか?」そう質問してみると返ってきた答えは意外なものだった。

「実はユウキくんにお願いしたい事があるんだけど聞いてくれるかな?」

「はい、大丈夫ですけど……」

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