第8話
「ふふふ、馬鹿じゃないの?そんな事は百も承知に決まっているじゃない!」そう言うと今度はラウルスが呆れたように言った。
「はぁ……呆れた奴だ、ならばもうこれ以上の言葉は必要ないだろう。ここで終わりにするだけだ」そう言って武器を向けてきた。それを見た彼女も小さく笑みを浮かべると武器を構えた……ちなみにその時、彼女の持つ剣には雷が宿っており、それを確認した瞬間にルーティアは思った。(なるほど、あの武器に電気属性が付与されているというわけね……恐らく私の弱点を考慮しての事だと思うけど残念ながら今の私ならそんなものは何の意味も成さないわね)
何故なら彼女自身の持つ固有能力『神滅の魔眼』の効果によってあらゆる魔法や魔術を無効化する事が可能であるからである。ただし、当然ながら全ての攻撃を完全に防ぐ事が出来るというわけではなく、相手の持っている魔法のレベルに応じて効果の度合いが変わるといった具合だ。つまり現時点では完全に防げない上に発動までのタイムラグも存在する事を踏まえた上で冷静に判断する必要がある為、油断する訳にはいかないのだ。もっともラウルスの方にしてみればそんな事情を理解しているのかいないのか定かではないものの彼女にとっては好都合だったので内心ホッと胸を撫で下ろしていた――もちろん表情には一切出さずにいたが。
(さて、この娘は一体どうやって戦うつもりなのか……お手並み拝見させてもらうとしよう)そんな事を思いながらジッと見据えているとそれに応じるかのように彼女はゆっくりと近付いてきた……その表情からは何を考えているのかまでは読み取れないものの間違いなく殺気だけは伝わってくる。だからこそこちらもそれに合わせて身構えたのだが次の瞬間、予想だにしない出来事が起こってしまった!なんと相手はこちらの間合いに入るよりも前に突然消えてしまったのである。いや消えたのではない――その証拠に少し離れた場所に再び姿を現したのを見た。ただそれと同時に驚きを隠せなかった……何故ならそれまでいたはずの場所にサニアの姿が見当たらなかったからである。
まさかと思いつつ慌てて視線を動かすとすぐに答えを見つける事が出来た。何とそこには気を失って倒れている彼女の姿があるではないか!一瞬、何が起こったのか分からず混乱したもののすぐに我に帰るとその理由に気付いた。つまり相手が姿を消していたのは自身の姿を見えなくして接近する為にわざとそうしていたのだと気付いたのである。だがそれを理解した上で彼女は敢えてこう告げた。「……残念だったな、いくら姿を消したとしてもお前がそこにいる以上、私には全て見えているぞ」その直後、彼女は目にも止まらぬ速さで剣を振り下ろしてきた……と同時に大きな火花が飛び散る。どうやら間一髪のところで防御に成功したらしい。というのも今現在、二人の武器の間には稲妻にも似たものが迸っていたのだ。それもほんの一瞬の間に起きた現象だったのだがルーティアにはそれだけで十分だったのである。何せ彼女は事前に自らの周囲に不可視の結界を張っておいたのだから……それこそ先程、自分がそうしたように。するとそんな彼女に向けて今度はラウルスの方から仕掛けてきた。どうやらこのままでは埒が明かないと判断したのだろう……そこで一度距離をおくと大きく後退しながら手にしている剣を振るい、その斬撃から無数の雷撃を放ちながら攻撃を仕掛けてきた。それを見た彼女は瞬時に避けるなり防ぐなりしようと試みたがそれすらも叶わない状況へと追い込まれてしまったのである。
(ちっ、厄介な真似を!!)
それが何を意味するのかと言えばそれは簡単な事である……何しろ広範囲に及ぶ攻撃を躱しきる事は出来ないばかりか、防ごうにも間に合わないとなればもはや手の打ちようがないに等しいからだ。無論、最初からまともに相手をするつもりなど毛頭なかったので何とかする方法を考えてはいたがこの状況ではあまり良いアイデアが思い浮かばず困っていたところでとうとう我慢が出来なくなった彼女が叫ぶように言った。「ああもう面倒臭い!こんな小細工に頼るよりこっちの方が手っ取り早いわ!!」
それからすぐ、彼女はその場で高く飛び上がるなり勢いよく剣を地面に向かって突き刺したのである……その直後、まるで巨大な柱のような形となって大地を突き破って現れるや否や周囲を覆いつくすように次々と現れ始めていった。そしてあっという間にその高さはラウルスがいる場所とほぼ同じくらいの高さになった。
「……なるほど、確かにこれは予想外だった」そんな彼女の目の前には巨大な壁が出現していた。だがそれでも余裕を見せるかのような口調で答えると改めて大剣を構え直した……その視線の先には今にも斬りかからんとする彼女の姿があったからだ。それに対してルーティアもまた同じ様に武器を身構えると二人はほぼ同時に動き出す。するとその瞬間、先程まで聞こえていた音が消えたかと思えば凄まじい衝撃が周囲を包み込むようにして広がっていくのが分かった……だがそれも僅かな間だけだった事もありすぐに元の状態に戻った。するとその場に立っていたのはやはりと言うべきか両者のみで特に目立った変化はなかった……ただ唯一違っていた点を挙げるとすれば、お互いに肩で息をしており明らかに消耗していたという点だろうか。しかしそんな中でも先に口を開いたのはラウルスであった。
「はぁ、はぁ……やるじゃないか」そう言いながらニヤリと笑みを浮かべたところで続けて言った。
「さすがはかつて英雄と呼ばれただけあるようだな……」対する彼女も同じく笑みを返すとこう答えた。
「それは貴方も同じでしょう……まさかあんな方法であれを防ぐだなんて正直、驚いたわ」だがその口調には明らかに疲れの色が見える一方でそれはラウルスの方も同様であった。何せあれだけの技を連発したにも関わらずまだ余力がある事が分かったからだ。「だが、次はない」そしてそう言ったかと思うと持っていた剣を鞘にしまうと徐に手をかざすなり、何やら呪文のようなものを唱え始めた。するとそれを見たルーティアは途端に表情を一変させた。
何故ならこれから何を行おうとしているのかすぐに理解できたからである――即ち大技を使ってくるに違いないと踏んだからだ。ところがそんな彼女の予想に反して一向に攻撃が来る気配がなかった。これには一体どういう事なのかと考え込んでいるとそこへ思いがけない言葉が聞こえてきた事で思わず目を疑った。「安心しろ、何も今すぐ貴様を殺すつもりはない」そう言うと彼女はそのまま続けて言った。
「――ただ少しだけ時間を貰うだけだ」それを聞いたルーティアは思った――『時間を稼ぐだって?』しかもわざわざそんな言葉を口にするなんてどういうつもりなのだろうか?……そんな風に疑問を抱いている中、突如として目の前でとんでもない光景が展開され始めたのである。何とそれまであったはずの街並みが全て消え失せてしまったのだ。まるで最初から何もなかったかの如く綺麗さっぱり消え去ってしまったのである。
しかしその一方で彼女だけは未だにその場に留まっていた……とは言ってもそこはあくまでも仮初でしかないのでいつ崩れてもおかしくはない状態である事は言うまでもない。その為、一刻も早く脱出するべく行動に移そうとしたのだがまたしてもラウルスに邪魔されてしまう形となった。だが今回の場合、彼女の目的自体は変わっていない為、それほど驚くような内容ではなかった……要はルーティアが逃げ出す素振りを見せたのを見て先回りしただけの話である。
「やれやれ、往生際が悪いな」
それに対して彼女もまた同じように言い返した。「あら、私はただこれ以上無駄な争いを続けたくないと思ったからよ」そう言ってみせたもののそれでもなお動こうとはしない。それどころか逆に不敵な笑みを浮かべると改めて武器を構えた。それを見たラウルスもまた笑みを浮かべて応えると言った。
「ほう、私と正面からやり合うつもりか?ならば面白い!」そう言い終わるなり、自らも手にしていた大剣を構えるなり一気に距離を詰めてきた――もちろんその途中で何度も斬撃を浴びせようとするもことごとく防がれてしまう為、なかなか有効なダメージを与える事が出来ずにいたのだ。
「どうした?随分と動きにキレがないみたいだが……ひょっとして手加減してくれているのか?」
「馬鹿言わないで!むしろ貴方の方こそ動きが鈍いんじゃなくて?」
そう言われた瞬間、それまで浮かべていた笑みが消え去った――同時に纏う雰囲気まで変わり果ててしまった事に気付いた時には既に遅かったのである。何故なら彼女は怒りを露わにすると同時にこれまでとは比べ物にならないほどの力を引き出し始めていたからである……当然それに気づかない程、彼女は鈍くはなかったのだがそれでも逃げる事なく果敢に立ち向かっていこうとしていたのだ。
しかしそんな抵抗もむなしく、気付けば一方的にやられてしまっている事に気付いていなかった――何故ならば、いつの間にか周囲には炎、氷、雷、闇といった様々な属性を帯びた魔力球がいくつも浮かんでおりそれらが一斉に放たれていたのである。それらは瞬く間に彼女へ襲い掛かっていく……だがそれすらも何とか回避してみせたところで再び攻撃へと移った。今度はこちらの番だと言わんとばかりに剣を手にするとそこから光魔法を放ったのだ。だがそれをラウルスが黙って見過ごすはずもなく、あろう事か自身の魔力を解放したのである。その結果、ルーティアが放ったものと同じ威力のものが放たれる事となった……ただし彼女の場合は最初から手加減をするつもりがなかったのでより強力なものとなったのだ。
それから程なくして二人の力が激突すると周囲に凄まじいまでの爆発を引き起こした……するとその衝撃で周囲の建物が次々と吹き飛ばされていき、つい先程まで存在していた景色が見る影もなく破壊されていくのだった……そうしてようやく煙が晴れた時、そこに広がっていた光景を見たルーティアは思わず愕然としてしまうのと同時に絶望感を覚えた。何せ目の前にはまるで廃墟のような街の姿が広がっていたのだから無理もないだろう。だがそれすらも束の間の話でしかなかった――というのも今度は彼女が反撃してきたからだ。そうする事によって自らの力を見せ付けるかのように攻撃を仕掛けてきた……それも先程の比ではない程の数である。それだけではない……なんと空中に浮かんでいる魔法陣からも同じような光が解き放たれただけでなくそれらの一つ一つに異なる効果が付与されている事が判明したのだ。
まず最初に放たれた無数の光の矢に対して咄嗟に避けようとしたところ追尾するかのように追いかけられた上に次々と命中していく……そして更には着弾した箇所が爆発を起こすという何とも厄介極まりない攻撃だった事もあり、避けるだけで精一杯の状況に陥ってしまった。そこで一旦、態勢を立て直すべく距離を取る為に離れようとしたが直後に再び同じ様な攻撃を繰り出されてしまい、結局は逃げ道を失ってしまった挙句にまともに受けてしまう羽目になるのだった――「うっ!?」あまりの激痛に声を漏らしてしまった彼女に向かってラウルスは追い打ちをかけるようにこう言った。
「おやおや、どうした?先程よりも威勢がなくなったみたいじゃないか……それとも私を相手にするのが怖くて怖気づいているのかね?」
そんな挑発染みた発言を受けた瞬間、彼女はすぐさま反論しようとした……だがその前にラウルスが続けざまに言った。
「だが、安心してくれ……例えここで力尽きても私が必ずあの世に送ってやる」
そしてその直後、今度は彼女が動き出した。どうやら向こうはこちらを本気にさせる気らしい……そう考えた彼女はそれに応えるべく自身も本気になる事にした。すると次第に体が火照ってきたのを感じた。そしてそれと同時に体内にある膨大なエネルギーが湧き上がってくるような感覚に陥ったところでいよいよ本気で挑む事にした……つまり、今までは半分くらいの力を使っていたという事なのだ。だがそれを知った所でもはやどうする事も出来ない。何せラウルスはこれまでに見せたことのない能力を発動させていたからである……その名も『全知全能』と呼ばれるものであり、あらゆる事柄を知り尽くす事が出来るというもので、これを使えば相手の全ての能力が分かってしまうので対策を講じる事も可能である。
だが当然ながら発動している間はその場から動く事ができず、加えてその間は他の能力は一切使えなくなってしまうというデメリットがあった……しかも一度発動するとしばらくは使用不可になる為、あまり使いたくない技の一つである。だが今回ばかりは使わざるを得ないと覚悟の上で使用したのだ。だが、それに対してラウルスの方は全く動じていなかった……それどころか余裕の表情を浮かべながら言う。
「なるほど、それが貴様の本来の姿か……確かにこれまでの相手とは訳が違うようだ」だが、と続けたかと思うと途端に雰囲気が一変し殺気に満ちた視線を向けてきた。「……だからこそ、ここで終わらせる!!」直後、彼女の持つ武器に異変が生じたかと思えば突如として形状が変化し始めたのである――それを見て危険を察知したルーティアは急いでその場を離れようとしたのだが何故か足が動かない事に気付くと思わず視線を下に向けた。そして思わず絶句してしまった。何故なら足にはいつの間にか氷の鎖が絡み付いていたからである……しかもかなり頑丈らしく力を入れて引き千切ろうとしてもビクともしなかった。そこへ容赦なく攻撃が迫ってきた為、すぐに回避しようと試みたがそれよりも早く刃が振り下ろされてしまった事で見事に命中してしまう。それによって体には痛々しい切り傷が幾つも出来上がると共に大量の血が飛び散り、地面を赤く染め上げていく――その様子を目の当たりにした彼女は思った――このままではまずい、一刻も早くこの場から逃げなければ!だが、そう思って動こうとした瞬間、再びラウルスの声が聞こえてきた。
「逃がすつもりはないと言ったはずだぞ……?」
そう言いながら今度は剣を振りかぶって襲いかかってきたので何とかして躱そうとしたものの足を封じられているので思うように動けずそのまままともに攻撃を受けてしまった――しかも一撃だけではなく何発も連続で喰らってしまい、やがて立っていられなくなった彼女はその場に膝をつきそうになるがそれを見計らったかのように更なる追撃を受けてしまう。その後も一方的な展開が続いた……それはまるでルーティアをサンドバッグか何かと勘違いしているような容赦のないものであったが実際にそうなのだから仕方ない。事実、彼女にはもはや反撃をするだけの気力が残されていなかったのだから……
(もう駄目かもしれない……)そう思った次の瞬間、突然として目の前が真っ白に染め上げられていくのが分かった。一体何が起きたのだろうかと思っていると不意に声が聞こえた――聞き覚えのある声が……『さあ、ここからだよ……』それを聞いた彼女は自然と笑みを浮かべていた。なぜならその声は間違いなく自分自身の声であったからだ……しかも同時に体の中に何か熱いものが宿っている事にも気づいた。そのお陰なのか先ほどまで受けたダメージや傷などが全て完治していただけでなく、全身に力が漲ってくる感覚を覚えていた。それを見たラウルスも一瞬ではあるが表情を歪めると動揺を見せた。
――何故なら今の彼女から発せられるオーラがこれまで戦ってきた者達とは比較にならないくらい強力だったからである……恐らくはこれが本来の姿なのだろうと思ったラウルスであったがそれでもまだ勝てる見込みがあると確信していた。何故ならば彼女は自分の能力を過信していた節が見られたからだ――その為、少し様子を見てみようと考えて様子を窺う事に専念したのである。すると間もなく動き出そうとしていたのでこちらも身構える事にした。
ところがその直後、突如として予想外の事態が起こった……何といきなりルーティアが姿を消したのである。慌てて探そうと周囲を見回していると突然背後に現れた気配を感じたので振り返るとそこには不敵な笑みを浮かべたルーティアが立っていた――これには流石のラウルスも驚きを隠せずにいた。
「――まさか、貴様……ここまでの力を隠し持っていたというのか?」すると相手は静かに頷いた後で言った。
「ええ、その通りよ……と言っても正確には違うけどね」
「何?」どういう事かと問おうとしたその時、急に体の内側から熱が込み上げてくるような感覚に襲われてしまい、思わず顔を顰めてしまった――それだけではない、全身が火照り始めていて呼吸が荒くなってきたのだ。そんなこちらの状況を見て彼女は勝ち誇ったような表情を見せながら答えた。
「どうやら効果が出てきたみたいね……今あなたが感じているのは魔力によるものではないから耐性がなければ確実に効いているはずよ。そう……それこそ、あなた自身が言っていたように『魔法ではない力』にね」
「な、何だと!?ではまさか……」そこまで言いかけたところでルーティアは笑顔で答える。「ご想像の通り、私の能力はあなたの予想通りのものであって魔法でも何でもないわ――だから私はただ単純に魔力を消費せずに戦う事が出来るのよ……つまり、その気になれば無尽蔵に力を使えるという事になるの。どう?すごいでしょ?」そう言って得意げな表情を浮かべる彼女を前に何も言い返せないでいるとその様子を見ながらさらに話を続けた。
「さて、話はこれくらいにしてそろそろ決着を着けようかしら……といってもあなたは既にボロボロのようだけど、この程度じゃ終わらないわよね?」そう言って彼女が手にしている武器が光を放ち始めると眩い輝きが放たれ、周囲を包み込んでいく――そして光が収まった頃にはその手に握られていたものが一振りの刀へと変わっていた。
それを見たラウルスはようやく理解した――先程、ルーティアが言っていたようにあれは【魔装】と呼ばれるものであり、自身の力を最大限に発揮する為に生み出されたものだという事を……だが、それを前にしても彼女は怯む事なく逆に対抗心を剥き出しにするかのように叫んだ。
「ふんっ!今更そのような物で何が出来るというのかね?そんなものは単なるこけおどしに過ぎない!!そもそも、貴様のような未熟者に私が倒せるとでも思っているのか?」それに対してルーティアはこう答えるのだった。
「……確かにそうね。はっきり言って今の私の力であなたを倒せたとしてもせいぜい足止め程度にしか使えないでしょうね」それを聞いたラウルスは少し残念そうな表情をしながら言った。
「ほう、分かっているではないか……であれば大人しく負けを認める事だ」だがそれに対し、ルーティアはきっぱりと否定した。
「いいえ、そういう事じゃないの……何故なら、ここから先は本気を出していくからよ!」
そう言うと同時に手にしていた刀を鞘にしまうとそのまま居合抜きで横薙ぎを放つと刀身に纏われていた光が斬撃となって飛んでいく。対するラウルスはそれをまともに喰らってしまうもののすぐに何事もなかったかのように立ち上がった。そして攻撃を放った後の隙を狙って一気に接近して攻撃を仕掛けてきたのだがそれすらも予測済みだったようですぐさま回避する事に成功する――とはいえ完全に躱す事が出来なかったのはやはり先程の一撃が予想以上に重かったからだろうと思われる……実際、あの一撃で体が思うように動かなくなってしまった為、攻撃を躱そうと思っても出来なかったというのが本音だ。しかも今回は先程とは違い、最初から全力で挑んでくるらしいのでより一層注意する必要があった……つまりはここからは今まで以上に危険な戦いが始まるという事を意味していた。
その証拠に彼女が再び動き出すと同時に凄まじい速度で迫ってくるなり次々と攻撃を加えていくとその度に地面が大きく揺れ動いていく……更には時折、衝撃波が発生しているらしく周囲の地形が次々と変化していった。まさに規格外としか言えないような光景が広がっており、常人なら目を疑う程である……だが、そんな中でただ一人、ラウルスだけが笑みを浮かべながら攻撃を受け続けていた。しかも彼女の方は未だ全力を出し切っている訳ではなく余裕があるように見えていた為、このままでは不味いと感じたルーティアはすぐに距離を取る事に決めた。何故なら今の状態で下手に近づいてしまえばまた先程の二の舞になりかねないと思ったからである。
それから彼女は相手の様子を窺いながら攻撃パターンを分析する事に徹した――するとすぐにいくつかの事が分かってきた。まずは単純な攻撃力だが、こちらの方が上回っているものの素早さに関してはラウルスの方が圧倒的に有利である為、その点が唯一の弱点と言える。そしてもう一つは体力面での問題であり、こちらはラウルスが先に音を上げるのではないかと考えたのである。なぜならあれだけの勢いで攻め続けているにも関わらず未だに息を切らしていない上に表情にも余裕が見える……これはつまり、まだ余力があるのではないかと考えたのだ。現にルーティア自身も息が上がり始めていたのだがそれを悟られないように振る舞う事で誤魔化していたのである。
そんな攻防を繰り広げていくうちにお互いに変化が現れ始めた……まず初めにルーティアの方は疲労の色が濃くなり始めており、肩で息をするようになっていた……一方、ラウルスの方はまだ余裕の表情を見せていた……しかも、その表情にはかなり苛立ちが混じっているようにも見える……やがてこのままではマズいと判断した彼女は思い切って賭けに出る事にした。その手段とはあえてラウルスの攻撃を受けるというものである……というのもこれまでの様子を見る限り、彼女にはまだまだ奥の手があるように思えていたのだ。それを繰り出されると間違いなく不利になる事は間違いないと考えた彼女は敢えて正面から受けて立つ事を決意したのである――その結果、見事にそれは的中した。なぜならラウルスの方から仕掛けてきたのである――しかも今までよりも強烈な一撃であった為、流石に彼女もこれには堪えたのか思わず呻き声を漏らしてしまった程だった。それを見たラウルスの表情が一瞬ではあるが曇ったのが見えた為、ここで決めるしかないと思い再び攻勢に転じた。だが次の瞬間、彼女の表情は一変して驚愕の色に染まる……何故なら目の前に立っていたはずの相手がいつの間にか消え去っていたからだ――一体どこに行ったのかと思っていると突如、後方から声が聞こえたので咄嗟に振り返るとそこにはラウルスの姿があった……ただし、先程までと違い武器を持っていなかったのだがその代わりに両手をこちらに向けていた。直後、その指先に魔力が凝縮されていくのが分かるとすぐにそれが何であるかを悟った……恐らく彼女は魔法を放とうとしているに違いないと思ったのだ。ところがその直後、今度は別の場所から声が聞こえてきたかと思うといきなり無数の氷の槍が飛んできて彼女に襲いかかってきたのである。これにはさすがのルーティアも驚いたものの辛うじて避ける事に成功した。すると続けてラウルスの声が響いてきた――「まだ終わらないぞ?」その言葉通り、さらに連続で放たれる攻撃を前に苦戦を強いられる羽目になっていた。それもこれも全ては背後に現れた声の主が原因なのだが一体誰なのかと考えを巡らせた瞬間、ようやく気づいた――どうやら目の前にいる相手以外にも別の仲間がいたらしく、その人物がラウルスを援護していたらしい。つまり、自分は彼女達を相手に戦っているのだという事を認識した瞬間、ある一つの考えが浮かんだ。
(そうか!この二人の目的は私を疲弊させる事が目的だったんだ!!)そう理解した時にはすでに遅かった……何しろ次から次へと絶え間なく魔法が飛んでくるので迂闊に動く事も出来ず防戦一方の状態が続いた――だがそれだけではなかった……なんと突如として周囲から魔物が出現してこちらに襲い掛かってきたのだ。当然、ルーティアはそれらの相手をしなければならない状態となり、徐々に追い込まれていった。その為、このまま続ければ間違いなく敗北するという結論に至る――そこで決断を下す事にした。
『仕方ないわね……ここは一旦、引くとしますか』
そう思った彼女は何とかして二人を振り切るとそのまま逃走を図る事にした。無論、背後から追撃を仕掛けてくるのではないかと考えていたが実際には追ってこなかった――というよりもむしろ逃げる素振りを見せた時点で二人は即座に後退を始め、その場に留まろうとする様子さえ見られなかったのでひとまず安心したものの逃げ切れたわけではなかった……何故なら周囲には大量の敵が存在していたからだった。とはいえ相手は人間ではなくモンスターばかりだったのでそれらを片付けてから移動する事になった――ちなみにその際、魔力によって作り出した炎で一気に焼き払ったり、氷の塊をぶつけたりして倒していた……だがそれでも全ての敵を倒すのは不可能だったので止むを得ず魔法を使いつつ移動を再開させたのである。しかしこれが大きな過ちとなるなどこの時の彼女は知る由もなかった。
それからしばらくした後、ルーティアは無事に森を抜けて町の中へと戻る事が出来たがそれと同時に異変が起きている事に気づいた。いや、正確には戻ってきたという表現が正しいかもしれない……何故なら町の中を闊歩している者達のほとんどが明らかに様子がおかしかったからだ――まるで何者かに操られているかのような感じだったのだがその中でも最も異彩を放っていたのが全身血塗れになった男だった。しかもその男は何かを探している様子で辺りに視線を彷徨わせていたのだが突然立ち止まったかと思えばそのままどこかに向かって走り出してしまった。そして他の仲間達もそれを追いかける形で移動を開始してしまうとその後に続いていくのだった。それを見たルーティアは慌てて近くの物陰に身を隠すとその様子を観察してみたところ、やはり彼らは何かに操られて行動しているようだという事を理解した。さらに言えば彼らだけでなく、道行く人々も同じ状況下にあるらしく皆、同じように虚ろな目をしながら歩いていたのである……中には子供まで含まれていたが誰一人として疑問を抱く者はいなかったらしい。つまり、全員が同じ状態に陥っていたという事になる訳だが一体何が起きたのかを考える為に思考を巡らしてみる事にした。すると真っ先に思い浮かんだのが以前に戦った仮面の人物の存在だったがそうなると何故この町にいるのかという新たな疑問が生じてしまった為、答えが出るどころかますます混乱していく一方だった。
そんな事を考えているとどこからか音が聞こえてきた――その音を聞いて最初は誰かが戦闘を行っているのかと思ったが直後に悲鳴のようなものが聞こえたので何事かと思い、音の聞こえた方に行ってみる事にする。するとそこには一人の男性が複数の人に囲まれながら襲われている光景を目にした――どうやらかなり追い詰められているようだったが彼の方はまだ諦めていないのか必死の抵抗を続けていた為、このままでは殺される事は間違いなかった。しかもよく見ればその男には見覚えがあった為、助けようと試みる。ところがそこに割り込むようにして一人の女性が現れたので思わず動きを止めると相手の様子を伺う事にした――その女性は白い衣装に身を包んだ長い黒髪をした人物で一見すると清楚な印象を抱かせる容姿をしているのだがよく見るとその顔からは笑みが浮かんでおり、どこか不気味な雰囲気が漂っていた。そして彼女が口を開いた途端、彼女の声が直接頭の中に響いてきた事でルーティアは戦慄した――なぜならその声は明らかに目の前で起きている出来事を楽しんでいるかのようだったからである。そして同時に直感的に悟ってしまったのである……今、目の前に立ち塞がっている人物が自分よりも遥かに格上であり、到底太刀打ち出来るような存在ではない事に――だがだからと言ってここで退くつもりは全くなかったので覚悟を決めた上で剣を構えた瞬間、再び声が聞こえてきた。
「もういいよ?十分楽しんだからね♪」その言葉を聞くと同時に周囲を覆っていた闇が晴れた事でルーティアは思わず呆然としてしまう……何故なら先程まであれだけ大量に存在していたはずの敵が一瞬にして消えてしまったばかりか襲ってきていた人々も一斉に地面に倒れたまま動かなくなった為、本当に何が起きたのか理解出来ずに戸惑っていたのだがそんなルーティアの事など気にする様子もなく女はゆっくりとした足取りで近づいてきたかと思うとこう言った。
「久しぶりですね♪こうして顔を合わせるのは初めてでしょうか?」
その言葉に対してルーティアは何も答えなかった……というのも先程からずっと頭の中で何かが引っかかっているような感覚に襲われており上手く言葉が出てこなかったからだ――その為、黙ったまま相手の言葉を待っていると不意に女が笑みを浮かべると共にこう告げた。「もしかして覚えていないのですか?……それなら仕方がないかもしれませんね。では改めて自己紹介させて頂きます」そう言って深々と頭を下げた女に対し、思わず身構えそうになったのだがその前に再び顔を上げてから言葉を続けてきた。
「……私の名はエルマ、今は亡き魔王様の忠実なる配下です」
その名前を聞いた時、ルーティアの中で何かが繋がった気がした――だがそれはあくまでも記憶の一部に過ぎず全てを思い出した訳ではなかったものの少なくとも目の前に立っている相手が自分の敵である事は確かなのですぐにでも戦いたいという気持ちはあったものの、先程の事もあり、慎重に事を進めるべきだと判断した彼女はすぐに飛び掛かろうとせずに敢えて様子を窺ってみた。だがその一方で目の前にいる女の方はと言うと特に何をするでもなく、黙ってこちらを見ていただけであり、それが余計に不気味に感じられた。
(何を考えている……?)そう思いつつもルーティアは警戒を緩める事はなかった。するとここで相手の方が先に声をかけてきた。「ところで一つ、お聞きしたい事があるのですがよろしいでしょうか?」その問いに対してルーティアは即座に頷き、「構いませんよ?」と答えたのだがすぐに質問をしてくる事はなく少し間を空けてからこう尋ねてきた。「貴女はなぜあのお方を殺そうと考えたのでしょうか?」それに対してルーティアは躊躇なく「理由などない……強いて言うなら私が私でいられる内に殺しておこうと思ったからだ!」と力強く言い返すも対する相手は全く動じることなく微笑を浮かべていただけだった。その様子から既にこちらの考えを見抜かれているのだと知ったルーティアは小さく舌打ちをすると続けてこうも言った。「まぁいいさ、どちらにせよお前には関係ない話だしな……」そう言いながら再び構え直すも相変わらず動く気配を見せない様子に痺れを切らした彼女は自分から攻撃しようと足を踏み出そうとしたのだがその直後、今度は相手が予想外の行動に出た――何とその場から姿を消してしまったのだ。
(どこに消えた!?)そう思って周囲に視線を巡らせて姿を探すルーティアであったが次の瞬間、背中に冷たい感触が走ったのを感じ取ってしまい反射的に振り向くとそこにいたのは笑みを浮かべたままでナイフを突き立てようとしている女の姿で、慌てて避けようとするものの反応が僅かに遅れてしまい刃の先端が左肩に触れてしまった。それにより激しい痛みが全身を駆け巡ったのだが幸いにも傷自体は浅かったので大事には至らないと判断した彼女はそのまま攻撃を繰り出そうと思ったその時、またしてもナイフを持った右手を振り上げたので咄嗟に後ろに下がるものの今度は逃すまいと追いかけてきたので必死に応戦しているとそこで彼女は気づいた……相手はわざと隙を作っているという事に――それを理解したルーティアはすぐさま大きく振りかぶると大袈裟すぎる動作によって出来た一瞬の隙を狙って剣を突き出し、見事に命中させるとそのまま貫く形で体を貫くのだった。だがその瞬間、ある違和感を覚えて眉をひそめてしまう……というのも、まるで石にでもぶつかったかのように弾かれてしまったのだ――それも普通の硬さとは全く違う性質を持っており、とても人間のものとは思えない感触だったのでますます困惑した彼女はさらに深く突き刺そうとしたものの寸前の所で相手が消えた事で狙いが外れ、勢いよく空を切った。その結果、態勢を崩してしまったがどうにか倒れる事なく踏み止まるとそのまま振り返った……するとそこにあの女が立っていたのだ。ただし最初に会った時とは異なり全身が血塗れで至る所が傷だらけになっていたのでそれを見てさすがに驚きを禁じ得なかったがそれでもすぐに気持ちを切り替えて攻撃を仕掛けようとした……ところがここで突如として背後から何者かが斬りかかってきた為にやむなく回避に専念する羽目になってしまうのだった。しかもそれだけでなく次々と攻撃を受け続けた挙句、最後に背中を思いっきり切り裂かれた挙げ句に倒れこんでしまったのである。
そんな様子を見た女は少し考える素振りを見せた後、倒れている相手に歩み寄りながら言った。「ふむ……なるほど、そういう事ですか。ですがそうなると疑問が生じてしまいますね……何故貴方はあの方の味方をしているのですか?」そう尋ねるも返事がない事を訝しみ、しゃがみ込むと彼女の顔を覗き込むようにして顔を近づけながらさらに言葉を続けた。「どうやら答える気はないようですね……なら、仕方ないので貴方を操っている人物について教えましょう。その人はおそらく今もこの町のどこかにいて、この騒ぎに乗じて何かしようとしているみたいですが一体、何をするつもりなんでしょうね?」そう言うと彼女は立ち上がった。
それを聞いた瞬間、ルーティアの中にとある仮説が生まれた。というのも彼女が町に戻って来た時、すでに町の人々が虚ろな目で歩いている状況を目にしたがそれはてっきり何者かによる魔法の影響によるものだと思い込んでいたので今までは特に気にしていなかったがそもそも本当に魔法が原因なのかという事については実はあまり考えていなかった為、今の言葉に大きな衝撃を受けたのだ。
するとそんなこちらの様子に感づいたのか、女は言った。「どうやら思い当たる節があるようですね?もしよろしければお聞かせ願えませんか?」その言葉を受けてルーティアはしばらく悩んだ末に「……一つだけ教えてくれ」と尋ねてみる事にした。「いいでしょう……その代わり嘘偽りのない情報を提供してください」そう言った女に頷くと早速質問した。「お前は先ほど町中に漂っている魔力がどうとか言っていたけどあれにはどういう意味があるんだ?」「言葉通りの意味ですよ。要するに空気中に含まれる微量な魔力を吸収しているというだけの話です。だから時間が経つに連れてその濃度が増していき、最終的にはほぼ無害だったものが有毒となるのですよ」それを聞いたルーティアは納得がいったと同時に一つの結論に至る事になった――即ち、あの時、自分が戦っていた仮面の男が何らかの方法で人々を操り、この町を混乱させているという事になるのだがそうなるとどうやっているのかという事が気にかかったのでそれについて尋ねたところ、意外な答えが返ってきた。
「彼は自身の体内で作り出した毒を相手に送り込んでいるんですよ……それこそ、その者の命を奪い取る程の量をね」
その言葉を聞いた瞬間、ルーティアは驚愕の表情を浮かべると共に思わず叫んでしまった――何故なら彼女が語った内容が正しいとするのなら今、こうしている間にもあの仮面の男は既に大勢の人々を死に至らしめているとい事なのだから。「くそっ!!何でこんな事になるまで気づかなかったんだっ!?」と後悔しても既に遅く、一刻も早く奴を止めなければならないと考えたルーティアはすぐに行動に出ようとしたがそれを阻止せんと女が立ち塞がったのだが直後に横から誰かが飛び掛ってきたかと思うと強烈な蹴りを叩き込んだのである。
それによって吹っ飛ばされた女は地面を転がる羽目になったのだがそんな彼女に向かって声をかけた者がいた――言うまでもなくアルダノーヴァだ。ちなみに彼女の方もこちらに気付いた様子で話しかけてきたのだがその時にはもう完全に回復していたらしく、服装こそ血塗れのままではあったが特に問題はないようでルーティアは少し安心すると同時に彼女に対してこう言った。
「助かったよ」それに対してアルダノーヴァは小さく頷き、そしてすぐに険しい表情になったかと思うと「それよりも早くアイツを倒さないと大変な事になります!急いで行きましょう!」と言って走り出した。そんな親友に頷き返しながらもルーティアも後を追いかけようと走り出した――だがすぐにある事に気付いて振り返ると女の姿がどこにもなかった。それを見た二人は一瞬だけ驚いた表情を浮かべたもののすぐさま冷静さを取り戻すと改めて走り始めたのだがその途中で不意に後ろから肩を掴まれる感覚を覚えたので足を止めて振り向いた……そこには先程倒したはずの女が不気味な笑みを浮かべて立っていたのだがその姿に違和感を覚えたルーティアは顔をしかめて思わず呟いた。
「何だ、その姿は……?」するとそれに対して答えたのは隣にいるアルダノーヴァだった。「あの者は恐らく、もう一人の人格とでも呼べるもので本来の姿を隠しています。その証拠に先程の戦闘では一度もその姿を見る事はありませんでした……つまりはあれが本当の顔であり、今のが偽物なのです!」その言葉にルーティアは驚くと同時に感心したのだがそこでふとある事を思い出して口を開いた。「そう言えば、あの野郎は俺達の事を勇者と呼んでいたな。もしかして私達の正体を知っていたというのか?」「おそらくはそうなのでしょう……しかし今はそんな事を考えている場合ではありません!」確かにその通りだと思ったルーティアは小さく頷いた後に改めて向き直った。「そうだな……まずはこいつを倒す事が先決だな」
そう言って構えを取ったのだが対する相手は特に武器らしいものを持っていないので一体、どうするつもりなのだろうかと思っているとなんと急に両手を広げると共にこう宣言したのだ。「もう隠す必要もないだろう……いいだろう、私の真なる姿を見せてやろう!」直後、相手の体が大きく膨れ上がったのを見てさすがにこれには驚かずにはいられなかったがそれと同時に嫌な胸騒ぎも覚えていた。なぜならその変化にどことなく既視感を覚えたからなのだがそれが一体何であったかまでは思い出せなかったのでとりあえず様子見に徹しようと思いながら様子を窺っていた――するとやがて相手の姿が徐々に変わり始めていった……まず最初は全身が緑色になり、手足の先からは鋭い爪が生えてきていた。だがそれだけではなく顔の上半分にも同じような形状の物が現れていき、さらには背中からは翼のようなものが出現した――それを目にした途端、ようやくルーティアはその正体に思い当たった……そう、これはかつて自分とエルマが戦おうとしていた時の状況と全く同じだったからだ。もっともあの時は互いに正体を隠したまま戦い、結果、負けてしまったのだが今回は違う――こうして堂々と素顔を晒した上で戦うのだから負ける要素はないはずなのでそう思っていた矢先、相手が動きを見せた。
そこですかさず攻撃を仕掛けようとしたルーティアだったが次の瞬間、信じられない光景を目にする事となった……何と相手の背中にある翼の片一方が伸びていくと共にこちらの腹部を貫いてきたのだ。「ぐはっ……!」想像以上の激痛に表情を歪ませる一方で相手はさらにもう片方の羽を伸ばしてきて今度は左足を貫く……それによりバランスを崩して倒れてしまった所にトドメと言わんばかりに勢いよく頭めがけて足を振り下ろしてきたのだ。当然、避けきれるはずもなくまともに食らってしまったルーティアはそのまま地面に叩きつけられてしまった……が、何とか意識を保てたのでまだ反撃の余地はあると判断し、起き上がろうとしたその時だった――いつの間にかすぐ近くまで接近していた奴が目の前で拳を振り上げていたので防御しようと思ったのだが間に合わず、その一撃を顔面にもらってしまうと同時に意識を失ってしまった……その後、何度も殴り付けられた事で頭部が完全に潰れてしまい、眼球や脳といった重要な器官が飛び出してしまいもはや原形すら留めていなかったのだがそれでもまだ息があるらしく、しばらく蠢いていたかと思えばそのまま動かなくなった。
その様子を見た奴はつまらなさそうに鼻を鳴らすと視線を逸らし、別の獲物を求めて移動を開始した。
「やれやれ、とんだ災難に巻き込まれたものだね……」「えぇ、まさかこんな事になるなんてね……それにしてもどうして彼女はいきなり襲い掛かって来たのかしら?」「……おそらくですが町の人々を操る際に一緒に操作対象を書き換えてしまっていたのではないでしょうか?」「あぁ、なるほど。それで彼女は町中に漂う魔力を自らの毒として吸収し、自分の意のままに操る為の人形にしようとした……だけどそれは叶わなかった。だから僕達を排除する為にやって来たという事なんだろう」「まぁ、何にせよこれでこの町にいる奴らは全滅させる事が出来ましたし一件落着ですね」「だといいんだけどねぇ……いや、きっと大丈夫だよね。そうだと信じるしかないかな」「……そうですわね。ただ、油断はしない方がいいでしょうね。いくら彼女が倒されたからといって他に強い力を持った存在がいる可能性は否定出来ませんからね」「そうだね、気を付けるとしよう。それじゃ僕はこの辺で失礼させてもらうよ……後はよろしくね」「任せておいてください」そう言うと男は闇の中へと消えて行き、その場には少女一人だけとなった。
それから少女は大きく伸びをした後で欠伸をすると近くにあった岩に腰を下ろし、ゆっくりと瞳を閉じた――その直後、再び目を開いた時にはその瞳が真っ赤に染まっていたのだが本人はまるで気にする素振りもなく空を見上げながら小さな声でこう言ったのだった。「さてと、そろそろ行くとしましょうか……待っていてくださいね、ルーティ様」
20 あれからしばらくの間、ミホは母親の言う事に大人しく従っていたのだが途中で我慢の限界に達したので隙を見て逃げ出した後、近くの建物に身を隠した上でスマホを操作していたのだ……というのも彼女の母親からのメッセージが届いたからである。そこにはこれからどう動くべきかの指示ともし、カレンに会った場合は決して自分の正体を明かすなという事とこの町で出会った人達の記憶を消しておけという旨が書かれていたのだがその指示に従って記憶を消した後で次の指示が送られてくるまでの間、どうしようかと考えていたのだ。
(それにしてもこの私が記憶を操作する事になるとはね……まぁ、命令なら仕方ないけど)そう思いながら小さく息を吐いたところで何者かの気配を感じたミホはすぐに立ち上がると周囲を見渡した。するとそこにいたのは――
町中を走り回ってみたものの結局、ルーティアの姿を見つける事は出来なかった。しかも肝心の勇者である女も見当たらなかったのでアルダノーヴァ達は仕方なく元の場所に戻ろうとしていた――しかしそんな二人の行く手を阻む者が現れたのだ……それは仮面の男であった。それを見た瞬間に二人共が驚きの表情を浮かべたのだがすぐに警戒するように構えを取った――だがそれに対して彼は特に攻撃するような仕草は見せなかった事からひとまず様子を見る事にした二人はその場で立ち止まったのだがそんな彼が次に取った行動は予想外のものだった。
何とこちらに話しかけてきたのである――これにはさすがのアルダノーヴァも戸惑った様子を見せたのだがそこで隣にいたルーティアが彼に対してこう問いかけた。「アンタ、一体どういうつもりなんだ?それに何で今になって私達の前に現れた?」それに対して男は相変わらず不気味な笑みを浮かべてから答えた。「君達と戦うつもりはないさ。むしろ逆だと言ってもいいだろう」それを聞いた二人は訝しげな表情になりながら顔を見合わせた後、再び男に視線を向けるなり言った。「……どういう事だ?」「なに、簡単な事だよ。私はもう既に目的は達成したも同然だからな。だからこそここで余計な体力を使うつもりなど最初からなかっただけの話さ」「目的を達成しただと……?まさかとは思うがお前はこの町に集まっている魔力を吸収して何かしようと考えているのか?」ルーティアの言葉に男は何も答えず、不敵な笑みを浮かべただけだった。
そんな男の姿を見た二人はやはり嫌な予感を覚えた。そしてそれと同時に男が本当にこのまま立ち去るつもりでいるのかどうかを確かめようと思った――何しろ、目の前にいる男からはこれまでに出会った敵とは比べ物にならない程の強大な力を感じられたので迂闊には手が出せないからだ。するとそんな彼女達の様子に気付いたのか男は少し考えた後で何かを閃いたのか唐突にこんな事を口にした。
「――そう言えばお前達はさっきあの町で会った小娘と一緒に行動しているんだったな?」その言葉にアルダノーヴァは一瞬、動揺したがすぐに気持ちを落ち着かせて答えた。「えぇ、そうです。それがどうかしたのですか?」「ふむ、ならば都合がいい。お前とそこにいる女、どちらか一人が私と同行する事を条件に見逃してやろうじゃないか」「……何を企んでいるんだ?」「おいおい、人聞きの悪い事を言うなよ……せっかく私が慈悲をかけてやっていると言うのに、それを無下にするつもりかい?」その問いに対し、アルダノーヴァは小さく息を吐くと隣にいる彼女に視線を送った――それだけで何が言いたいのかを理解した彼女は小さく頷くと一歩前に進み出てから口を開いた。「私で良ければ喜んで引き受けさせてもらいます」するとその言葉を聞いた男が僅かに口角を上げると共に頷いた。
どうやら満足してくれたらしい――そう感じたアルダノーヴァが安心したのも束の間、そこで思わぬ事態が発生した……なんと女が急に彼の腕を引っ張ると同時に自分の方へと引き寄せたのである――直後、彼女の頭上スレスレを刃のようなものが通過していった。
それを見た瞬間、咄嗟に飛び退いてかわしたのだが直後に飛んできた第二、第三の攻撃を全てかわす事が出来ず、右腕と左脚を負傷してしまった。
突然の事だったので状況が理解出来ずにいた彼女だったがそんな彼女に対して男が声をかけてきた。「おやおや、どうしたんだい、その程度なのかい?」そう言って笑っている様子を見る限りでは本気でこちらを挑発しているように思えたのでここは乗るべきだろうと判断したアルダノーヴァは全身に力を込めて身構えるとこう宣言した。「後悔しても知らないからな……!」そう言った途端、全身から凄まじい勢いで炎が噴き上がり、やがてそれが鎧のように変化したかと思えば次の瞬間には炎で構成された巨大な龍へと変貌を遂げた。それを見ても全く動じていない男の様子に少しばかり腹が立ったもののそんな事を気にしている場合ではないと思い、すぐさま攻撃を仕掛けようと試みたがその直後、背後から誰かに取り押さえられた。
一体、誰がこんな事を……と思いながら振り返るとそこには何故か先程、倒したはずの女の体があり、さらには自分の体を押さえつけていたのだ。
そこでようやく、ある一つの可能性に思い至った。
「まさか、さっきの攻撃は囮だったというのか……!?クソッ、離せ!」「それは無理な相談だな。何せ今からお前の相手をするのはこの私なんだからな……それと一つだけ言っておこう、私の能力は他者を操る事が出来るというものだ」
それを聞いたアルダノーヴァは目を見開いた。何故なら今まさに自分の置かれている状況を考えるとそれが真実であるとしか考えられなかったからだ。現にこうして抵抗してもビクともしないばかりかさらに強く締め付けられているのだ。そうこうしているうちに男は続けてこう言った。「さてと、無駄話はここまでにしてさっさと終わらせてもらうとしようかな」そう言いながらゆっくりと近づいてくる男に対してどうにかして逃れようとしたその時、不意に目の前まで迫っていた男の顔が消えた――かと思うとそのすぐ後ろにもう一人の自分が立っていたのだ。これには驚いた彼女は呆然としていると突然、肩を叩かれて思わず振り返った。するとそこにいたのは自分そっくりの姿をした人形でしかなかったがそれもすぐに消えてしまった。「今のは一体、どういう事なんだ……?」訳が分からないまま困惑するばかりのアルダノーヴァであったがそんな彼女に向かって今度は男の声ではなく人形が語り掛けてきた。『ねぇ、まだ気付かないの?』「……気付くって一体何の事だ?」『へぇ、もしかして知らないんだ……だったら教えてあげるよ。貴女の正体を』「おい待て!それはどういう意味だ!?」『あれ、そんなに慌ててどうしたの?だって本当の事を教えてあげるって言ってるだけなのにね……まぁ、いいか。それじゃ改めて聞かせてもらうけど君は本当に人間なのかな?』「……な、何を言っているんだ、当たり前だろ……」『そうかな?じゃあ、ちょっと確認させてもらうよ……君、名前は?』「……は?」いきなり何を言い出すかと思えば名前だと?そんなのは決まっている――だがその直後、頭の中に靄がかかったような感覚に襲われた。
「あ、れ……名前が出てこない……ど、どうして?」『ほら、やっぱり覚えていないじゃんか……まぁ、当然と言えば当然だけどね。そもそも君は元々、この世界の住人じゃないからね』「ち、違う……私は人間だ……絶対に、そうだ……間違いない……」必死に自分に言い聞かせようとするアルダノーヴァだったのだがどうしても否定しきれない自分がそこにいた。そしてそんな彼女の様子を見ていた人形が笑いながら言った。『ふふっ、混乱しているみたいだね……でも仕方がないよね、何せ記憶を弄られてしまっているんだからさ!』「……記憶、弄り?」「あぁ、そうだよ。正確には君の記憶や人格を一時的に書き換えていると言った方がいいかもしれないね。君が今、見ているこの光景こそがその証拠だからね」それを聞いてアルダノーヴァはある事に気が付いた――いつの間にか自分と瓜二つの存在が増えていたという事に……だがよく見るとその姿はどことなく自分自身に似ているような気がしなかったでもないのだが今はそんな事を考えている場合ではないと頭を振って思考をリセットした。それから改めて今の状況を考え直してみたところどうやら自分の記憶が操作されているという事は確かなようだがその理由が全く分からなかったのである。
しかしそんなこちらの考えを見透かすかのように再び声が響いてきた――『ところでさっきから気になっていたんだけど……』「な、なんだ?」『いやさぁ、どうしてそんな格好で戦っているのかなって……もっと可愛い服を着ればいいのになって思ってね。それともそっちの方が好きとか?だとしたらごめんね……だけどよく似合っていると思うよ、僕は』「……え?」『ん?どうかしました?もしかして僕に見惚れちゃいました?なんちゃって……あははっ!!』「……ふざ、けるなっ!!」そう言うと同時に今までよりも強い力で拘束を振り解いた。
するとそれを見た相手が驚いたように目を見張った。「おっとっと、これは予想外だね……まさか自力で振り解くとは思わなかったよ。流石は僕の元になった存在だって事なのかなぁ?」「……黙れ」低い声でそう呟いた後、右手を前に出して力を込めるとそこに魔力を集中させた。そしてそこから放たれた巨大な炎の渦を男目掛けて放った。「焼き尽くせ……《フレアトルネード》!!」「やれやれ、本当に短気な性格なんだね。僕としてはもう少し話しておきたいところだったんだけどな……まっ、別にいっか!」そう言って笑った次の瞬間、男の全身から衝撃波のようなものが迸った――それにより炎の渦が完全に消え去ったのを見て驚愕するアルダノーヴァに対し、男は笑みを浮かべながら言った。「これで分かっただろう?私と君との実力差ってやつがさ」「ぐっ……!」悔しさのあまり下唇を噛む彼女を嘲笑うかのように男が言葉を投げ掛けた。
「――言っておくけどね、私には勝てないよ。何故なら君にはもう戦う理由がないんだからね……そうでしょ?アルダノーヴァちゃん」その瞬間、彼女の頭の中にあった何かが音を立てて崩れ始めたのを感じた……まるで積み木を崩すように次から次へと崩壊していくその様子に恐怖を覚えた彼女は何とかそれを阻止しようと試みたもののすぐに無駄な努力だと悟り絶望感に押し潰されそうになる中、ふと目の前に立っている男の姿が目に入ってきた事で一つの疑問が生まれた……何故この男は自分の本名を知っているのか?と……確かに先程も同じような事を口にしていたがそれにしては妙だ――何故なら先程の戦いでは自分の事を「勇者」と呼んでいたはずだからだ……だがもしも仮に目の前の男が自分の正体を知っていたとするならば全ての辻褄が合うのではないかと考えた瞬間、彼女は気付いた――つまり自分は最初からこの男によって踊らされていたに過ぎないのだという事を。
(クソッ……!)内心で毒づきながら歯噛みしていたその時、不意に男がこんな言葉を口にした。「さて、もう十分楽しんだことだしそろそろ終幕といこうかな……だから最後に一つ、面白い話をしてあげようと思うんだ」「何だと……?」訝しげな表情を浮かべて問いかけた彼女に相手はこう言った。「実はね……僕達は元々この世界の住民ではないんだよ。
それどころか元々は異世界からやってきた異邦人という事になるのさ。
つまり僕が言っている事は嘘偽りのない真実なんだよ。だからこそこうしてわざわざ親切にも君に会いに来てあげたんだからね」「……そんな、馬鹿な……」「ちなみに他にも二人ほどこの世界に来ているよ。確かその内の一人は君の仲間の一人になっているんじゃないかな?……それにしても君達、意外とやるんだね。最初はそこまで期待してなかったんだけど案外楽しませてもらっているみたいだからさ……ご褒美をあげる事にしたんだよ。
まぁ、ちょっとしたお遊びみたいなものだと思ってくれたらいいからね」「……ふざけるな!」そう言って拳を振り上げるアルダノーヴァに対して小さく息を吐くと同時にその場から姿を消した――直後、彼女が纏っていた鎧の一部が切り裂かれた。
「くっ……!」痛みに顔を歪めながらも攻撃が来た方向を睨みつけていると突然、何者かに後ろから抱き締められた事に気付いた彼女は驚いて声を上げた。「きゃっ!?ちょ、ちょっといきなり何を!?」「あら、随分と可愛い声を出すんですね。お姉さん、少し興奮しちゃいますよ~」耳元で聞こえてきたその言葉に驚きと戸惑いを隠し切れないでいると続けて声が聞こえてきた。「安心して下さい、何もしませんから。ただ少しだけじっとしていて下さいね」その言葉に違和感を覚えたアルダノーヴァは咄嗟に離れようとしたが何故か身体に力が入らなかった。
一体、どうなっているんだと動揺している彼女の頬にそっと触れた彼女はさらに言葉を続けた。「ふふっ、やっぱりとても綺麗ですね……本当に羨ましいです」そう呟く彼女に対し、アルダノーヴァはようやく違和感の正体に気付いてしまった――それは自分の体を包み込んでいるこの柔らかい感触、さらにはこの甘い匂いに覚えがあったのだ。
そしてそんな彼女に対して目の前にいる女は優しく頭を撫でた後でこう言った。「ねぇ、もし良かったらこのままずっと私の抱き枕になってくれません?勿論、お礼はしますし貴女が欲しいものでしたら何でも差し上げますから……」「……断ると言ったら?」「そうですね……無理矢理でも従わせますがどうしますか?」そう言われてゾッとした。何故なら先程の戦いの中で見せたあの力があれば自分を倒すなど造作もない事だからだ。
そんな女の言葉にどう答えるべきか迷っていた時、突如、地面が大きく揺れたので慌てて周囲を見渡すといつの間にか先程まで戦っていた場所にいたはずの場所が変わっていた。そこはどこまでも広がる青い海の上にいくつもの島がある景色だったのだがよく見るとその島はよく見ると動いているようでよく見てみるとその上に誰かが立っていたのが見えたのだがその姿を見た途端に目を見開いた。何故ならそこにいたのは自分と同じ姿をした少女が二人いてしかも一方がもう一人の少女を抱き抱えていたのだ――まるで恋人同士のような姿だったので一体何をするつもりなのかと警戒しながら見つめていると不意に背後から声が聞こえた。
「おや、まだいたのかい。さっさと逃げた方が身のためだよ?そうじゃないと――」その言葉を遮るようにして何かが飛来する音が聞こえてきたので何事かと思って振り向いたアルダノーヴァの視界に広がっていたのは信じられない光景だった。何故ならそこにあった筈の街並が全て消え去っており代わりに大きなクレーターが存在していたのだから。そしてその中に見覚えのある人物を見つけたのだがそのあまりの変わり果てた姿に呆然としてしまった――なぜならその人物が身に纏っている鎧には至る所に亀裂が入っておりそこから血を流していたのだ。
そんな相手を見た後でもう一度、視線を移した先に見えたものを見た瞬間、彼女の脳内にある仮説が浮かんだ――それは街を破壊し尽くしたのは自分であるという考えであった。そしてその考えに至った理由は二つあり一つ目はこの惨状を引き起こしたのは自分であるという事――二つ目は先程出会った男の発言からすると自分が戦った存在とは恐らく自分の事を指しているという事を導き出した結果、この様な結論に達したのである。だがそうなると今現在、目の前で倒れ込んでいる男はいったい誰なのかと考え始めた矢先、脳裏にとある言葉が過った――即ち「死」という言葉が……。
(ま、まさか……これが私の未来だとでもいうのか……?)心の中でそう思ったのとほぼ同時に全身に震えが走ったのを感じた彼女は恐る恐る振り返ってみるとそこには満面の笑みを浮かべた女がいた。それを見たアルダノーヴァは慌てて距離を取ろうとしたのだがなぜか身体が動かなかった――いや正確に言えば動こうと思えば動く事が出来たのだが本能の部分で察していたのかもしれない……この女からは逃げ切る事は絶対に出来ないのだと。
そう悟った直後、目の前の女がゆっくりと手を伸ばしてきて彼女の頭を優しく撫でた後で微笑みながら言った。「大丈夫、怖がらないでいいよ……君は私が愛してあげられる唯一の存在だもの。だからね、これからは私だけの為に生きてほしいんだ。
その代わり私も君の望み通りの事、叶えてあげるからさぁ……」「……っ!!」それを聞いた途端、声にならない悲鳴を上げながら必死に抵抗するもやはり身体は言う事を聞いてくれず為す術もなく蹂躙される中、ある事を考えていた。(あぁ、そうか……私はこの男と出会うために生きてきたのか……だったら仕方がないな……だってこんなにも嬉しいんだから、さ……)それが彼女が最後に残した言葉となった――その日から彼女はこの世界の住人となりその男と共に永遠に生きる事となった。そしてその光景を見守っていた存在達はというと――「ふむ、まさかこうなるとは思わなかったぞ」「えぇ、本当にね。
でもこれで私達の目的は果たされたわ」「あぁ、そうだな……ところでお前はこれからどうするつもりなのだ?」「そうねぇ……とりあえず一旦、戻って態勢を立て直すつもりよ。だから悪いけど貴方は先に戻っていてくれるかしら?」「了解だ。
だが気を付けろよ、今の彼女はお前にとって一番大事な人間なのだろう?なら尚更だ、油断だけはするな」「分かっているわよ……それじゃあまたね」「うむ、では気を付けて帰るがいい」そう言うと二人は一瞬にしてその場から姿を消してしまった――後に残されたのは二人だけでありその様子を上空から見ていた者は思った。「全く、どうして俺がこんな事をしなければならんのだ……?」そんな事を呟きながら溜息を漏らしつつもその表情はとても嬉しそうなものであった――それからしばらくしてその場に静寂が訪れるとどこからともなく声が響いた。
【――これにて本日のプログラムは終了致します。繰り返します、これにて今日のプログラムは全て終了となります】そのアナウンスを聞いて我に返ったアルダノーヴァはハッと我に返ると目の前にいる女に向けて問いかけた。「おい、どういう事だこれは!?それにあの男が言っていた事の意味って一体――」「――今は分からないかもしれないけどすぐに分かるようになると思うわ」「何を言って……!?」突然、意識が朦朧とし始めた事で困惑しているとそれに気付いた女が再び口を開いた。
「ごめんなさいね、本当はゆっくり話したい所なんだけど私にも用事があるからもう行かないと駄目なんだ……だから今回はここまでって事で我慢してくれるかな?」「……駄目だと言ったら?」その言葉に困った表情を浮かべるとそのまま黙り込んでしまった彼女だったがややあって小さく息を吐き出すとこう言った。「……分かったよ、これ以上は何も聞かないさ」「ふふっ、ありがとう。
優しいんだね……流石は私の元になっただけあるよ」「……うるさい」そっぽを向きながら呟いた後、何かを思い出したかのように慌てて女に視線を向けて尋ねた。「そういえば名前、まだ聞いてなかったよな?よかったら教えてくれないか?」その問いかけに少しだけ考えた後で答えた。
「う~ん、そうだね……私の名前はアストレア、よろしくねアルダノーヴァちゃん!」「アストレアか……いい名前だな。よし、覚えたぜ!」「フフッ、ありがとう。さてっとそろそろ戻らないといけないからこの辺でお暇させてもらうけど一つだけ君に言っておく事があるんだ」「何だよ?」不思議そうに首を傾げながら問いかけるとアストレアはゆっくりと息を吸い込んでから静かに言葉を口にした。「君はきっと近い内に自分の力の本当の意味を知る事になると思う……だけどね、これだけは忘れないでほしいんだ――君は決して一人で戦っている訳じゃない、という事をね」「どういう意味だ、それは……?」その言葉の意味が分からなかったので首を傾げると彼女は続けてこう述べた。
「今はまだ意味が分からなくてもいずれ知る時が来ると思うよ。その時に君がどんな選択を取るのか……楽しみに待ってるからね」そう言って微笑んだ後で別れの言葉を告げたアストレアはその場を後にするとやがてその姿は見えなくなってしまったのだった――その直後、目を覚ましたアルダノーヴァは小さく息を吐くと改めて辺りを見回してみた。そこに広がっていたのはつい先程までいた砂浜のある光景だったのだがそれを見て驚いた。何故ならあれだけ激しい戦いがあったというのに周囲の木々や岩などが一切壊されていなかったからだ――どうやら先程の出来事は全て夢であったらしいと理解した瞬間、全身に入っていた力が抜けたのでそのまま横になると目を閉じたのだがその際にふと頭の中に浮かんだものがあった――それはかつて共に旅をした仲間達の姿だった。
その事を思い出した直後に自然と涙が零れ落ちる中で彼女は思った――確かに彼女達は死んだかもしれない、だがもし奇跡的に生き延びていたらいつかどこかで再会できるかもしれないと考えただけで心が躍るような気持ちになった。(まぁ仮に生きていたとしても今の俺の姿を見た所で何も思わないだろうがそれでも一目だけでも会ってみたい気持ちはあるからな……だからその為にも早くここから抜け出して元の世界に戻る方法を探さないと……!)そんな思いを胸に秘めた彼女はゆっくりと立ち上がると再び歩き出すのであったがその表情には決意の色が宿っていたのだった――
〈キャラクター紹介〉名前:ミホ性別:女性身長:154cmスリーサイズ:B85/W55/H80年齢:22歳イメージ声優:雨宮天詳細設定については別ページを参照
第2話
出会いは運命かそれとも偶然か あれから数日後、ようやく目的地へと到着したアルダノーヴァは街の中に入るなり真っ先にこの街を治めている領主の元へと向かう事にしたのだが街中を歩いている最中、すれ違う者達から物珍しそうな目で見られていたので不思議に思っていると不意に声を掛けられたので振り向くとそこには三人の少女が立っていた。「ねぇ、貴女もしかして旅人さん?珍しいわね、この国に来たのは初めてかしら?」「あ、あぁ、そうだけど……」突然の問い掛けに戸惑いながらもそう答えると三人は顔を見合わせてから笑顔を浮かべた後でアルダノーヴァに対して優しく話しかけてきた。「なるほど、そういう事なら色々と教えてあげたいところだけど……その前にまずは自己紹介しないといけないわよね!私はマユっていうの、宜しくね!」「私はアヤメだよ~!宜しく~!」「最後は私の番ですね。
初めまして、私はユリネと申します。以後、お見知りおき下さいませ」三者三様ならぬ四人四様の自己紹介を受けた彼女は少し考える素振りを見せてから自分も同じように自己紹介を行う事にした――とは言っても特に話す事はなかったので名前だけを簡単に説明した後で質問してみたのだが三人揃って首を横に振られてしまった。
だがその仕草を見て何かを察するとそれ以上の追及を止めたところで今度はこちらから質問をしてみた。「……それにしても君達は随分と仲良さげに見えるんだけどどういう関係なんだい?」「あら、そんなの決まってるじゃない!」それを聞いた途端、アヤメと名乗った少女が笑顔で答えた後、こう続けた。「私達は同じ村の出身で幼馴染なんだよ!」「……へぇ、そうなのかい。
ちなみに聞くけど出身地はどこだい?」その質問に何故か三人とも答えようとはしなかったのでどうしたのだろうかと思った矢先、代わりに彼女がこんな提案を持ちかけてきた――今から一緒に村に行こうという誘いを……それに対してどうしたものかと考えていた時だった、背後から声が聞こえてきたかと思うと次の瞬間、誰かに肩を掴まれた。
一体誰が声をかけてきたのかと思って振り返るとそこには見知らぬ男が立っていたので誰なのかと思っていると相手の方から名乗り始めたのでその名を聞いたアルダノーヴァは驚きを隠せなかった。何故なら男の名はラウル=ティガーといったからだ。そして彼はアルダノーヴァに向かってこんな事を言った――。「お前があの街で有名な騎士である事は知っている……だから俺と一緒に来てもらおうか?」それを聞いた瞬間、彼女は心の中で(面倒な事になったなぁ……)と思いながらどうやってこの場を切り抜けるべきか考えているとここで更に男が予想外の事を言い出した。
「あぁ、それと先に言っておくぞ。俺は今、お前の隣にいる女達を捕らえるようにとの命令を受けているから抵抗するのであれば力づくでも構わないと言われているから覚悟しておくんだな」「……なっ!?」その言葉を聞いた途端、アルダノーヴァは動揺を隠せず思わず声を上げてしまった。というのも目の前にいる男は自分を助けてくれるかもしれない存在であるはずなのにどうしてそのような事を言うのか、それが理解出来なかったからだった――だがその理由は本人の口から語られる事となった。「お前みたいなガキを相手にするよりもコイツらの方が楽しめるからな……!」「っ!! てめぇ……!!」そう叫んだと同時に剣を抜いて男に斬りかかると咄嗟に防御された上に蹴り飛ばされて壁に叩きつけられてしまったもののすぐに起き上がって追撃を仕掛けようとしたが今度はユリネに邪魔されてしまったので舌打ちしていると今度はマユと呼ばれていた少女までが前に出てくるのを見てこのままではまずいと判断した彼女は急いで逃げ出そうとしたがそれを許すまいとするかのように後ろから何者かに飛び掛られた事でそのまま床に倒されてしまう。「――くっ……誰だ!?」
まさかここまで追い詰められる事になろうとは思ってもいなかった為、焦りを感じながらもどうにか起き上がろうとすると突然聞き覚えのある声が聞こえて来た――それもつい最近まで聞いていた声だった為に一瞬ではあるが驚いてしまう。するとそれに合わせるかのようにして頭上からは声が聞こえた。「ふふっ、やっと見つけたわよ。
でもその様子を見る限りではもう手遅れかもしれないわね」「……アストレア、何でお前がここにいるんだ!?」そう叫ぶと声の主はゆっくりと立ち上がった後で静かに語り出した。「簡単な話よ、私がずっと前からこの街に居たって事。ただそれだけよ」「……何、だと?」「信じられないのならこれを見てみればすぐに分かるんじゃないかしら?」
そう言って指をパチンと鳴らした瞬間、彼女の目の前に大きな鏡が現れたかと思えばそこに映っていたのは先程までとは別の場所にいる自分自身の姿であった。しかもそれだけではない、まるで操り人形のように虚ろな表情のまま歩いている姿も同時に見えたので一体どういう事なのか分からずに混乱している様子を目にしたアストレアは微笑みながらある事実を口にするのだった――つまりそれは今のアルダノーヴァは本来の力が出せない状態にあるという事を……それを聞いてようやく合点がいった彼女は静かに頷くのだった。41「……そうか、そういう訳だったのか」「……分かったようね、それでどうするつもりなのかしら?」その問いかけにしばし考え込んだ後で首を横に振った後でゆっくりと立ち上がると言った。「いや、やめておくさ……確かに今の俺の状態を考えるとお前の言う通りだからな、今回は大人しく引き下がるよ……」そう言って立ち去ろうとした彼女だったのだがふと思い出したかのように立ち止まると振り向いてからこう付け加えた。
――但し、条件がある。
その言葉に興味を示したアストレアはどんな内容か尋ねようとしたのだがその前にアルダノーヴァが言葉を続けた。――俺が次にこの大陸を訪れた際に俺の願いを聞いてくれるのであれば今回だけは見逃してやろう。どうだ、やるかどうかはともかく聞いてみるだけ聞いてみないか?それを聞いた瞬間、何を馬鹿な事を、と言いそうになったアストレアだったがふと何かを感じ取ったのか小さく笑った後で頷いて見せた。
それを見た彼女もまた嬉しそうに頷くとそのまま姿を消した――そして後に残されたのは未だに状況を理解していない三人と一人、そしてその傍らに佇む一人の少女の姿だけであった。
――その後、三人はアルダノーヴァに言われた通りに宿屋に向かいそこで宿泊する事を決めたのだが何故か彼女達の部屋にはもう一人、知らない女性の姿もあった。その事に驚いたがそれ以上に気になる事があったので尋ねてみたのだが彼女は笑顔でこう言った。
それは自分の名前はセフィという名前だという事とどうやら先程の戦いを最初から最後まで見ていたらしいという事だったので改めて自己紹介をしてから話をしてみるとどうやら彼女には人の記憶を見る事が出来る能力があるのだという事が分かった。なので先程の件について詳しく説明してほしいという旨を彼女に伝えると快く引き受けてくれた。「……さて、どこから話したらいいものやら……そうね、まずは結論から言わせてもらおうかしら――」そこまで言ってから大きく息を吐いた後でこう口にした。
アルダノーヴァが言っていた約束についてだがあれについてはあくまでも口先だけの話であって実際は本気で戦うつもりなど更々なかったのだと……そしてそもそも彼女達の故郷である村は彼女が生まれ落ちた直後に魔物に襲われて滅んでしまったらしくそれからは放浪生活を続けていたのだという。「だから私にとってはアルダノーヴァちゃんが最後の家族になるのよ……だからね、貴女には悪いけどアルダノーヴァちゃんと戦うなんて絶対にさせないわ」そう語る彼女の顔には静かな怒りの色が滲んでいたのでこれ以上は何も言えなくなってしまった――そうしている間に話が済んだのか今度はアルダノーヴァから質問をしてきた。
その内容とは一体何処から来た何者なのか、というものだった。それに対して三人は正直に答えてもいいのかどうか迷っていたのだが結局はありのままの事を話す事にしたのだがその途中でまたしても乱入者がやって来たのだった。
〈キャラクター紹介〉名前:アストレア性別:女性身長:155cmスリーサイズ:B80/W55/H82年齢:???詳細設定については別ページを参照
第3話
運命の出会いは唐突に
「……なるほどね、そんな事があっただなんてね……」「まぁ俺達からすれば本当に偶然の出来事としか言えないんだがな……」「……それにしてもあの子、ちょっと変わった雰囲気をしているようにも思えたけど気のせいかしら……?」
そんな三人の言葉を聞きながら頷いたところで気になっていた事を質問してみる事にした――どうしてあの時に助けなかったのかと尋ねると今度はマユと名乗った少女がそれに答えてくれた。「えっとね、私も初めは助けてあげなくちゃって思ってたんだけどユリネちゃんが言う通りあの子は普通の人間じゃないみたいだったからね、きっと私やアヤメじゃ歯が立たないだろうと思って止めたの」「……えっ?それって一体どういう意味なのよ?」その言葉を聞いて真っ先に疑問を抱いたのはユリネという名の少女だった。
そんな彼女に対して彼女が説明するよりも先にアヤメという名の少女が口を開いた。「簡単に言うと私達は戦闘系の魔法は一切使えないんだよ」「だからもしもの時に備えてアルダノーヴァさんが戻って来るまで待ってたんです」「……そういう事だったのかい、それならそうと早く言いなさいよ……危うく無駄足になるところだったじゃないのよ!」「うふふ、すみません。つい楽しくなってしまって忘れていたもので……」
謝罪の言葉を口にしながら笑みを浮かべる少女の様子を見ながら溜め息を吐くアヤメという少女はふと気になった事を質問した。「でもさ、私達を助けに来る前にアンタ達があの場に来てくれてたなら何とかなったんじゃない?」
その問いに彼女はこう答えた。
自分達が駆け付けた時にはもう決着がついており、既に終わった後だったから何も出来なかったのだと――それを聞いていた二人は揃って納得した表情を浮かべていると最後にアストレアという名の女性が申し訳なさそうに謝った後、その場を後にした――そしてそれからしばらくした後で全員が寝静まった頃になってようやくアルダノーヴァが起き出したかと思うとおもむろに立ち上がるとそのまま何処かへと向かい始める。「どこに行くんですか……?」
その後ろ姿を見つけたマユと呼ばれた少女に呼び止められた彼女は一瞬だけ立ち止まった後で振り返って一言だけ呟いた。「……別に大した用じゃないんだが、少し風に当たりたくなっただけだ」そう言うと再び歩き出して夜闇の中へと消えて行った――その後を追うようにしてついて来る足音の存在にも気付かずに――……
翌日、宿で朝食を摂った後に村を出たところで見送りに来たユリネとアストレアが手を振りながら言った。「それじゃあ、皆さんお元気で……!」「あぁ、君達も道中、気を付けてな」そう言葉を返した後で二人に見送られる形で歩き始めた。そんな時、隣に立っていたマユが不意にこんな事を口にした。
――それにしても不思議な感じですね、私達の旅って……。「……何がだ?」思わず問い返すと彼女は笑顔を浮かべたまま続けた。
実は私、少し前までは旅なんかしたくないと思っていたんですよ?だけどある日、偶然知り合った旅人の方から聞いたんです、人は皆それぞれ運命によって導かれている存在なんだって……それを聞いて思ったんですよね、私はただ言われるままに生きていただけで私自身の意思で物事を決める事なんてなかったんだって気付いたら途端に今までの自分が恥ずかしくなってきたんです。
だから今は自分で考えて自分で行動するようにしているんですよ――だって人生は一度きりですし悔いのないように生きたいですからね!「……なるほど、君なりに色々と考えているんだな」そう呟いてから感心する彼女を見た後で空を見上げるとそこには青空が広がり太陽が眩しく輝いていた。それを見て小さく笑みを浮かべた後でもう一度、視線を戻す――その時、ふと背後に人の気配を感じたので振り返るといつの間にかそこに居たアストレアと目が合った。
彼女は穏やかな笑みを浮かべながらこちらを見ているばかりで何かを言おうとはしなかったがやがて小さく頭を下げるとそのまま去って行った。
――……何だったんだ、今のは……。そう思いながら首を傾げていると急に誰かに肩を叩かれて驚いてしまう。
慌てて振り返った先にいたのは案の定、アルダノーヴァの姿があり相変わらず無表情のままだったがこう口にした。……お前達もいずれ私のいる場所へとやって来る事になる……だからそれまでに強くなっておくんだな……それだけを言った後はゆっくりと背を向けてから歩き出す彼女の背中を呆然と見つめている間に見えなくなってしまっていたので仕方なく次の目的地へと向かう事にしたのだがそこで新たな問題が発生してしまった。
それはこの大陸にはもう行くべき場所がないという事をすっかり忘れていてどうしようか悩んでいた時の事、たまたま通りかかった街の中に小さな祠のような建物を発見したのだがそこならば何か情報を得られるかもしれないと考えて中に入る事に決めたのだがここで困った事態が起こってしまった――というのもその建物の内部は思いのほか広く天井もかなり高い為に明かりとなるものが全くなかった為、辺りを見渡す事が出来ないばかりか視界も悪く足元もよく見えない状態だった。その為、注意して歩かなければ転んでしまいそうだった為に自然と慎重な動きになってしまう。
だがそれでも少しずつ歩みを進めていったのだが次第に視界が暗くなり始めていたのでこれ以上進むのは危険だと判断した彼女は近くにあった壁に触れるとそこから魔力を流してみたのだがどうやらこの壁には照明の代わりになる機能が搭載されているらしい事が分かった瞬間、すぐさまスイッチを入れると一気に室内全体が明るくなったので一安心し小さく息を吐く――だが、その瞬間にある事に気付いて驚愕する事になった。何故ならその場所は明らかに人間ではない何かの骨と思しきものが大量に散乱していたからだった。
しかもそれだけではなく床や壁に飛び散った血の跡のようなものまで見つけたので一体何が起こったのかと疑問に思いながら更に調べようとした時だった、突如として背後から凄まじい衝撃に襲われてしまい前のめりに倒れてしまうと同時に意識が遠のいて行くのを感じたのだった――それからどれぐらいの間が経過したのか、目を覚ました時には先程とはまた別の場所にいたのだがそこで見たものは大量の白骨化した遺体と巨大な魔方陣であった――まるで生きているかのような躍動感を感じる程にリアルに描かれたそれが一体何を意味するのかを知る由もないがそれとは別に妙な違和感を覚えたのでそれについて考えていたのだが突然、脳裏に浮かんだ光景を見た瞬間、全てを理解したような気がした――いや、正確には思い出したと言った方が正しいのかもしれない。
何しろこの場所は自分自身の記憶から再現されたものであり自分の過去の一部を映し出す場所であるという事に気付いたからである。
だからこそすぐに悟る事となったのだ――今の自分は記憶を失っている状態だという事実に……。
そんな事を考え込んでいるうちに気が付けば目の前に誰かの姿が現れたので誰なのかを確認する前にまず名前を尋ねてみると返ってきた答えは「名前はまだない……」というものだった。その返答を聞いたところで不思議に思っていた事について質問してみる事にした。「……もしかして、君は俺の過去に関係する人物なのか?」
すると相手はこう返してきた。「……はい」
その短い言葉にはどこか重みのようなものが感じられて思わず押し黙ってしまったのだがそんな様子を察してか目の前の人物がそっと近付いて来たかと思うと耳元でこんな事を囁いてきた。「……今こそ思い出すべきなのです、貴方が何者であり何故このような姿になってしまったのかを……」
その言葉を聞いている最中でも頭の中には様々な記憶が流れ込んできており、その中には自分がどういう人物だったのかという重要な部分も含まれているようだった――そしてそれを自覚した時、初めてある事に気付く。「……俺は、人間じゃなかった……のか?」「えぇ、そうです。貴方は人間ではありません」「……じゃあ、一体どんな存在なんだ……?」「……それは……いえ、それよりも今は貴方の本来の力を目覚めさせる必要がありますね……」「……?それってどういう事だ?そもそも力って何の事を言っているんだ?」
その質問に対する答えはなかった――その代わりに突然、腹部に強烈な痛みが走った事で悲鳴を上げてしまったのだがそれと同時に身体が勝手に動き出しただけでなく全身を覆っていた鱗を剥がしたかと思えば次の瞬間には元の姿に戻っているではないか……!しかしその一方で先程まで着ていた衣服はそのままだったのでかなり際どい状態になっているのではと思っていると今度は頭部に何かを装着している事に気付きながらも同時に身体全体に力がみなぎるような感覚を覚えた直後に声が聞こえてきた。
「――そろそろ準備はいいかしら、アヤメちゃん……?」『……いつでも行けるよ、アルダノーヴァさん……』
それを聞いた相手が頷いてみせるとそのまま数歩下がった後で距離を取り始めるのを見てふと疑問を抱く事になった――どうしてあの少女は離れた所から俺達の様子を眺めているだけなのだろうか、そう思った瞬間、突如として彼女が動いたと思ったらあっという間に距離を詰められてしまったので驚いたのだがその直後に起きた出来事によって更に驚く羽目になる――何故なら相手の手にいつの間にか銃らしき物が握られていたかと思うと目にも止まらぬ速さで撃ち出された弾丸が自分の身体を貫いてしまったからだ!その結果、痛みを感じる事もなく呆気なく死んでしまった自分は心の中でこんな呟きを漏らすのだった。……そうか、これが死というやつなんだな……。そんな事を考えたところで意識が途絶える寸前、声が聞こえた気がした――これで貴方も本当の意味で自由になれるのよ、ってね……その言葉が聞こえた時、完全に意識を失った。
次に目覚めた時は何もない真っ白な空間に居たのだがそんな自分に何者かが声を掛けてくるのが分かった。
声の主はどうやら女のようで最初に名前を名乗った後、自分の名前を明かしてくれた――彼女はかつて自分を召喚してくれた主に仕えていたという神官だったのだが訳あって命を落としてしまったという……そしてその際に自分の魂も一緒に連れて行こうとしたらしいのだがどういうわけかその途中で弾き飛ばされてしまい結果として彷徨っていた所を神様に拾われたのだという。
そんな彼女が自分の境遇を聞いて同情してくれていたらしくこう言ってくれた。「……可哀想な子……今までずっと辛かったでしょう……?」そう言って慰めてくれたおかげで気持ちが落ち着いた頃になってようやく気掛かりになっていた事を尋ねる事が出来るようになったので早速聞いてみる事にした――「それで一つ尋ねたい事があるんだがいいか?」
すると彼女も真剣な表情になった後で小さく頷くのを確認した後でゆっくりと口を開いた。「……俺をここに連れて来た奴は誰だ?そいつは何者なんだ?」「私が説明するよりも本人に直接、話をしてもらった方がいいと思うわ。だから一緒に行きましょう、今から私達の暮らす世界へ!」
彼女のその言葉に頷くと手を差し出してきたのでそれに応えるようにして握り返すとその手を引いて歩き出しながらふと気になった事を聞いてみた。「そういえば君の名前を教えてもらっていないような気が……それにどうして俺の事を知っていたんだ……?」
その質問に彼女は歩みを止めるとこちらを振り返りながら言った。「……ごめんなさい、自己紹介がまだだったわね……私はアルダノーヴァ……これからよろしくお願いするわ」そう言うと再び歩き出したので自分もそれに続く形でついていく事にした――そうこうしている内に彼女の案内で目的の場所に到着したようで足を止めると目の前にあった大きな建物の中へと入って行く事になったのだがその建物は教会のような雰囲気を醸し出しており中には数人の男女の姿があったのだがその中でも最も存在感を放っている一人の女性の姿が目に飛び込んできて思わず見惚れてしまう事となってしまった――その理由というのが他でもないミホだったからだ。42「ようこそおいで下さいました……我が名はアスタロスと申します。以後、お見知りおきを……」39「あぁ……ところであんた達は一体……?」44『僕はミカエル、よろしくね♪』41「ガブリエルだよ~、ヨロシク~」283『…………』402『…………』45「私の事は覚えているでしょうか?あの時は名乗りもせず立ち去ったのですが……」384『え、えぇっと……あの時というのは一体、いつの事ですか?』465『……分からない、です』
488『……私も覚えてない、かも』485『……(←無言の頷き)』496「……申し訳ありません、私共の記憶が曖昧なのです。ですが一つだけ確実に言える事がございます……それは貴女様の敵ではないという事、これだけは確かだと断言させて頂きます……!」477「……えっと、とりあえずその人達が君の仲間なんだね……?だったら仲良くした方が良いんじゃないのかなぁーって私は思うけど……」
それを聞いて小さく頷いた後に一歩前に出ると全員に向けて言った。「皆さん、どうか私と……友達になってくださいっ!!」それに対して返ってきた返事は満場一致とも言える程の多さだった為、少し驚いたが同時に嬉しくもなった――というのもこのメンバーの中に自分の事をよく思っていない者が紛れているかもしれないと思っていたからなのだがその様子を見る限りは皆、自分と打ち解けたいという思いを感じ取る事が出来たので安心したと同時に嬉しく思っていたのである――それからしばらく会話を楽しんだ後でお互いの能力を見せ合う事となりまずはアルダノーヴァの番となったので期待しながら見守っているとやがて彼女が見せてくれた魔法は想像していた以上に高度なもので目を見張るものだったのだが中でも特に印象的だったのが転移魔法の類いで一瞬にして遠く離れた場所へと移動した上でその場所の様子を映したものを目の前に出現させた挙句、そこから声まで届けてみせたのだからもう驚きを通り越して感心するばかりだった。
だがそんな彼女でも流石に他の者達の魔法には及ばないものがあるという事を知り愕然としたがそれ故に尚更興味を持つようになっていたのである――こうして新たな出会いを得たアヤメはこの先、彼女達と共に過ごす事になる中で更なる成長を遂げていく事となったのだ……。
「あっ……ああっ……! ああぁぁあああぁ……!」
断末魔の如き叫び声を上げつつ全身をガクガクと震わせるアヤメはこれまでにない程に悶え苦しんでいた――理由は単純明快、今現在の彼女は巨大な生物の背中に生えている棘状の鱗が皮膚を突き破って肉へと深く食い込んでしまっている上に体内を流れる血液を全て吸い尽くされて絶命寸前となっているからである。
そんな状況に陥ってしまった原因としてはつい先程まで行われていたある行為にあると言えるだろう――それが何かというと相手に対して自らの体液を飲ませるというものなのだが何故そのような事をしたのかという疑問について語らねばならないだろうがそもそもの話、今回に限って言えば相手を殺める必要は全くなかった――要点だけを言うと相手に魔力を与えようとしただけなのだ。その為、わざわざ相手の体力を奪い尽くす必要はなくむしろ余計な手間を掛けさせてしまった事で逆に彼女への負担を大きくさせてしまったのだと思われるがそれでも最終的には上手くいった事もありそこまでの大事に至らなかった事は不幸中の幸いであったと言えよう……とはいえやはり結果が全てであり過程に問題がなかった訳ではないのだがそれを考えるだけ時間の無駄というものであろう。
そんな事を考えていたアヤメだったがふと視界に入ったものに気付いた途端、顔を歪ませ始めた。
それは――自分が流している血である。
既に全身が傷だらけになっている事もあって大量の血を流してしまっていた為に意識を保つだけでもやっとな状態になっておりこのまま放置されれば間違いなく死んでしまうという状況の中で何とか助かる方法はないものかと模索してみたが残念ながら何も思い浮かばなかったのでいよいよもって終わりを迎えつつある事に焦りを覚えた矢先、突然何者かによって首根っこを強く掴まれたかと思えばそのまま宙吊り状態にされてしまったので驚きのあまり目を見開いているとその直後、自分を掴んでいる人物がこう口にした。「……まだ諦めるんじゃないぞ、ここで死なれでもしたらこっちが困るからな」「……えっ……?」
聞こえてきたその声に心当たりがあると感じた彼女が視線を向けるとそこには先程まで意識を失っていた筈の人物の姿があった。その人物の名はエミナというらしいのだがどうやら自分は彼女に助けられたようだ……その証拠に今も生きている事からそうに違いないと思うしかなかったのだがそれと同時に気になる部分もあった。何故なら目の前にいる人物の見た目が自分のものとは大きく異なっているからである。というのも彼女の頭に角が生えていたり背中の一部が大きく膨れ上がっていたりするだけでなく臀部にも小さな突起のようなものが見えたりと人間とは違う特徴があったからだ。そのせいなのか彼女は自分の姿を見てすぐに気付いたらしくこんな事を呟いた。「……どうやらまた厄介な事になったみたいだな……」それを聞いたアヤメはどういう事なのか分からず首を傾げる事しか出来なかったのだがそれに対する答えは次の質問で判明する事となる。
「お前、自分の姿がどうなっているのか分かってないのか……?」
そう言われて自分の容姿を確認してみると確かに違和感は感じられたもののその原因についてはさっぱり分からなかった。「その格好が関係しているのか……?」
そんな事を呟くと何故か納得した様子を見せた後で教えてくれた。「……そうか、やっぱり知らないままか……なら、あたしが教えてやる。お前は今、魔族に変異しようとしている最中なんだよ。だから姿形も変わろうとしているしその影響からか記憶も一部抜け落ちているんだと思うぜ」
その言葉に驚くのと同時に動揺せずにはいられなかった。まさか自分が人外の存在へと生まれ変わろうとしていたとは予想だにしていなかっただけに衝撃の大きさも尋常ではなかった。そんな様子を見たエミナは何を思ったのかこう言ったのだった。「……もし不安な気持ちがあるなら取り除いてやろうか?」「出来るのならお願いしたい……こんな得体の知れない化け物みたいな姿になんてなりたくないんだ……」
その言葉を聞いて頷くような仕草を見せた後でゆっくりと語り始めた。「……分かった、あたしに任せときな」そう言って笑った後、目を閉じて何やら呪文を唱え始めた。すると間もなくしてアヤメに変化が起き始める。まるで身体全体が作り変えられているような感覚に戸惑いを隠せずにいたのだがその甲斐あって変化が終わった時にはすっかり落ち着きを取り戻していたので一安心といったところだろうか……そう考えた直後、改めて自分の身体を見回した後に小さく溜め息を漏らした。
どうやら今の身体にはまだ慣れていないらしく動作をする際に違和感を感じてしまうのだが慣れればきっと気にならなくなるのだろうと思い今は気にせずにおこうと考えた上で最後にお礼を言おうと口を開きかけたその時だった――突如、エミナがこんな事を口にしたのである。「……よしっ、それじゃあ今から本番といこうじゃないか!」「えっ……?」
突然の一言を受けて呆気に取られていると彼女はこう続けた。「言っただろ?お前を元に戻してやるってな……だけどただ戻しただけじゃ駄目だ、きちんとあたしの知っているやり方で戻してやらないといけないんだよ……」
彼女の言う方法とやらに興味を引かれた事もあり早速、試してみると良いと言ったところ嬉しそうに笑って頷いた後に準備に取り掛かり始めたので邪魔にならないように静かに見守る事にした……のだがこの時は知る由もなかった、この先に待ち受けているものがどれ程までに過酷なものなのかという事など……そしてそれを知る事になる日が来る事をこの時のアヤメはまだ知らなかった――
あれから数日後、ようやく傷も癒えて自由に動けるようになった私はあの出来事を思い出すと思わず赤面してしまいそうになるくらいに恥ずかしい想いをさせられたがそれも今ではいい思い出となっている為、気にする事はないと考えていた……というのもあの日、目を覚ました時に目の前にいたのは私を看病してくれていたミホとその親友であるアスタロスだったからだ。最初は戸惑ったりもしたが事情を知った今となってはむしろ嬉しいという気持ちの方が大きかったし何より二人の事を信用していたので何の問題もなく打ち解ける事が出来たからである――とはいえ一つだけ気がかりな点はあったのでそれについて尋ねてみたのだが彼女達から返ってきた答えは私の予想通りのものだったと言えるだろう。『貴方の事は私が責任を持って面倒をみる、だから心配はいらないわ』
それを聞いて安堵したがそれ以上に嬉しかったのは彼女達との親交を深めていく中でお互いの距離がどんどん縮まってきている事を感じてからは尚更の事、嬉しくて堪らなくなった――というのも彼女達にはそれぞれ別の意味で好意を抱いているという事が分かったからなのだが……その中でも特にミホに対しては特別な感情を抱いていたのが理由でもある――というのも彼女には不思議な魅力を感じるものがあったからだった。だがそれに関しては私自身が気付いていないだけだったのかもしれないが少なくとも彼女が私にしてくれた数々の気遣いや優しさには本当に救われたと思っている――
それはさておき、私に対して色々と世話を焼いてくれるようになった二人は様々な話を聞かせてくれた。その中で興味を持った話の中には興味深いものもあったりしてそれらを聞いている内にこの世界についての知識を得たいと思えた。だからこそもっと詳しく知りたいという欲求を抑えられなくなったところで思い切って聞いてみるとそれに答えてくれた二人によると、どうやらこことは別の世界に似たようなものがあるらしい。それを聞いた私は驚きを隠せなかったのだが同時にある事を閃いた――それはこの世界に来る前に聞いた言葉にあった世界という言葉についてである。そこで気になった点を聞いてみたところやはりこの場所に来てしまった原因がそこにある事が判明したのだがその詳細についてもある程度は判明していたのであった――その内容は以下の通りとなる。
1・この世界のどこかに別次元へと通じるゲートが存在し、そこを通る事によって異なる世界へ移動する事が出来る 2・移動する際はランダムに選ばれる 3・移動の際に肉体の変化が起こる場合がある 4・変化するタイミングは不明 5・変化した後の世界での行動により元の世界へ帰還する事も可能な場合が存在する 他にも色々あったのだが重要な部分はこの五つだったのでこれらを頭に叩き込む事で忘れないようにしたのだがそれ以外にもこの空間に来られる条件のようなものがあるようでその一つが何らかの力によって支配されているという事でありもう一つがその者の中に強い意思がある事だという事が分かった――それがどういったものかは不明だがおそらくそれが作用しているのは間違いないと思ったので今後も警戒しておく必要がありそうだと考えているとふと、視線を感じたので振り返ってみるとそこにいたのは――。「――あら、お目覚めかしら……? ふふ、随分長く眠っていられたわね」
そこには不敵な笑みを浮かべて立っていたエミナの姿があった。
そんな彼女の様子を見た途端、嫌な気配を感じ取ったがすぐに気を取り直した私はある事を思い出してこう尋ねる。「そういえば……あれからどうなったんですか?あれからどれくらいの時間が経ったのかも気になるんですが……もしかして結構経っているんですかね……?」
恐る恐る尋ねてみたのだがどうやらその必要はなかったらしい。「ああ、そんなに長い時間は経ってないさ。まだここに来て数日くらいだからな……」「えっ!? そうだったんですか!?」驚きのあまり目を見開いていると彼女がこんな事を口にする。「……その様子だと何も覚えていないようだな……まぁ、無理はないだろうな、あれだけの事をやったんだからな……」それを聞いた私はすぐに察した――そう、彼女の言う"あんな事"とは恐らく、魔族として生まれ変わらせる為に行った行為の事だと思われる。
実際、あの時の事はよく覚えているのでそれを否定しようとは考えなかったが一つだけ気になっている事があるとすればどうやって自分を助け出したのかという点だった。何せあの場で意識を手放した後の記憶が全くなく気が付けばこうして無事でいたのだから不思議に思わない方がおかしいといえるだろうがそれよりもまずは助けてくれたお礼を伝えた方が良いと考えたので彼女に感謝の言葉を述べる事にした「その節は本当にありがとうございました!お陰で助かりました」
それに対して彼女は少し照れ臭そうにしながら答える。「……気にするな、困った時はお互い様だし……何よりもお前のおかげであたしはまたあいつに会う事が出来たからな……」
「……あいつ?」「……いや、こっちの話だ、気にしなくていい……それにしてもお前はなかなか変わったやつだよな……」「えっ……?」
そんな事を言われたのは初めてだった上に変わっているなんて言われて困惑したもののすぐに気を取り直した。「あっ、ひょっとして僕の姿が変わってしまっているからですかね?でもこの姿はあくまでも仮のものなので……」「……そうじゃないんだ、そういう事じゃないんだ……」
しかし、彼女の様子を見る限りどうやらそういう意味で言っていた訳ではなさそうだと感じたのだがそれ以上、何かを口にするような事はなく、しばらくの間、互いに無言の状態が続いた後でこんな事を口にした。「……実はお前には言っていなかったがあの時、あたしはお前の心の中にいたんだ……」「僕の心の中にですか?」
そう聞いて一瞬、何を言っているのか理解出来なかった私は首を傾げたのだがそれを受けて彼女がこんな事を口にした。「……つまりあたしが言いたいのはその事なんだ……あたしの本当の名はイシスといって神の一人なのさ……だけどお前が今の姿になる直前に見た夢についてはあたしにはどうする事も出来なくて困っていたところをあんたが救い出してくれたんだよ……」「えっ?それってどういう事ですか?」
彼女から聞いた話があまりに衝撃的だったせいで頭が追い付かなかったのだがしばらくして冷静さを取り戻すとようやく落ち着きを取り戻してきた為に先程の続きを聞かせてもらった。
その話によればどうやら私には女神の加護が与えられているらしくて、それにより魔族になりかけていた私を本来の姿に戻す事に成功しただけでなく、その過程で私の中に宿る力を覚醒させるきっかけを与えていたというのが事の全容だったようだ……それを聞いた瞬間、自分が人間ではない何かに変わりつつある事を自覚させられた事で動揺してしまったのは言うまでもなかったのだがそんな様子を見てエミナは笑いながらこんな話を切り出したのだった――それは私にとって最も重大な内容であると同時に運命を大きく左右する出来事だったのだ――「そうそう、それとあんたにこれを渡しておくよ」「何ですか、これ……?」「いいから受け取っておきな」
そう言われて手に取ってみるも全く見覚えのない物体だったので首を傾げながら質問してみる事にした「……これは一体何なんですか?」「あたしの魔力を込めておいた物だ、肌身離さず持っておけよな……」「どうしてそんな事を……?」
当然の疑問を口にしたのだが彼女は意味深な笑みを浮かべたままで答えようとしないのでこれ以上は聞かない事にして受け取った後でポケットにしまい込んだ。「これでよし……っと……後はあんたの好きにすればいいさ、どうせこの世界にいる間はここに住まわせてもらう予定だから気が向いたらいつでも訪ねてこいよ、じゃあな……」
そう言った直後に目の前から姿を消したかと思うと私の意識は再び闇の中へと沈んでいった……その後、目を覚ますまでの間、夢の中で様々な出来事を目にした私はそこで改めて思い知らされる事となるのだが今の私があるのは紛れもなく彼女とエミナのお陰だという事だけははっきりと分かったのだ――何故なら二人の協力がなければ私は間違いなく魔族と化してしまっていただろうからだがそれを考えれば考える程、二人に対する感謝の気持ちが込み上げてくるのが分かったがそれ以上に彼女達を好きになってしまったという気持ちが強くなっていったのも事実であった――
目を覚ました後、色々と考えてみたものの答えは一向に出てこないままだったので気分転換も兼ねて散歩に出向く事にした。目的地を決めずに適当に歩いている内、やがて人通りの多い場所に辿りついたらしく賑やかな声が聞こえてくるようになるなり周囲の様子を窺いながら歩いて行く内にとあるお店を見つけたので立ち寄ってみる事にした。中へ入ると大勢の客で賑わっていた事もあり混雑しているように見えたがそんな事は全く気にならず、むしろ心地良いとさえ思える程に心が落ち着いたのを感じたので暫くの間、店内を見て回っていると気になる商品があったので試しに買ってみることにしたのだがそれが間違いの始まりだと気付いた時には手遅れになっていたのだと思う……何故ならその時、既に買い物を終えて店を出ていたからなのだがその時の私は何故、そうなってしまったのかという事すら分かっておらずそのまま帰ろうとした時だった――ふと、背後から誰かに見られているような気がして振り返ったその瞬間、いきなり激しい眩暈に襲われたかと思うとそのままその場に崩れ落ちるようにして倒れてしまったので必死に抵抗しようとするも叶わず、意識を失いかけたところで何者かの手によって抱えられるような感覚がした後で誰かの声が聞こえたような気がした――それは聞き覚えのある声ではあったものの誰の声なのかまでは分からない状態で何を言おうとしているのかすらも聞き取る事が出来なかったばかりか完全に気を失う寸前になって初めて分かった事があったのだがそれは私が持っていた財布の中に入っていた金がなくなっていたという事だ――
それと同時に自分の不注意さに腹を立てたのだがそれも束の間の事であり、徐々に意識が遠のいていくのを感じ取りながらも何とか抗おうとしたが結局は無駄に終わってしまったようだ……薄れゆく意識の中で最後に考えた事はこのまま死んでしまったらどうなるかという事についてだった。
そしてそれが杞憂に終わると信じて疑ってはいなかったので私は安心して眠る事が出来ると思いながらゆっくりと目を閉じていくのであった――
143「あれ?もしかしてここって僕が通っていた学校じゃない……何でまたこんな所にいるんだろう……?」「おや、君かい?……ふふ、まさか君がここに来る事になるとはね……」「あ、貴方は……確か以前、どこかで会った事があるような気がするんですけど一体何処でしたっけ……?」「ああ、そうだったね……そういえば自己紹介がまだだったね……私は君達がよく知っているエミナさんと同じ存在さ……といっても君は覚えていないかもしれないけどね……」「え……? それってどういう……」「ふむ、どうやら混乱しているようだね……それなら少し話でもしようじゃないか……」「そ、そうですね……お願いします……」「まず君の記憶についてだけどこれは簡単に言えば封じられているようなものさ……そうする事によって君にかけられた魔法の効果を高める事に繋がるからね……」「僕にかけられていた魔法の効果を高める……?」
それを聞いてますます意味が分からなくなった僕は頭を抱える他なかったのだがそれを見て苦笑いを浮かべた彼女はこう続ける。「……その様子だと本当に何も知らないみたいだね……仕方ない、なら少しだけ教えてあげるよ……その代わりこの事は誰にも言わないようにしてくれるかな……?」「はい!分かりました!」「……やれやれ、素直すぎるのも困りものだねぇ……それじゃあ説明するけどそもそも君はある組織に狙われていてそれに抗う為に記憶を消された挙句、その姿になったんだけど覚えているかい?」「ええ、勿論ですとも!」「うんうん、そうかい……でも本当はそんな事はないんだよ……」「……えっ?」「確かに最初はそういう目的だったんだろうけど今では別の目的で動いているんだよね……」
その話を聞いた途端に僕は驚きを隠せなかったが同時に彼女が口にした言葉の意味を理解する事が出来た。「つまり僕の姿を変える事には何か特別な意味があったって事ですか……?」「その通りなんだけどそれについては後で詳しく話すとして……次は何故、私達に協力を求めたかという理由について話していこうと思うけど……まずはその前にこれを見た方が早いだろうね」そう言って手渡された物は何やら見覚えのあるものだった。「それはさっき私が使った手鏡だよ……ほら、そこに映ってる自分の顔をよく見てごらん?」「……っ!?」それを見て言葉を失ってしまった……何故なら鏡に映っていた人物の顔は僕ではなく見知らぬ誰かの顔だったからだ。
しかしよく見ると面影はある上にどことなく自分の面影を感じると思えた事からこれが自分だという事が判明したので再び尋ねようとしたところ彼女の方からこんな事を口にした。「さて、これから何が起きたのかを説明しようと思うのだけど……まぁ、その前に一つ言っておくよ……」
その直後、彼女の顔からは笑みが消え去り鋭い視線を向けられると共に冷たい口調でこう言った。「……余計な真似はするなよ?少しでも変な真似をしたらその時はお前の正体を暴露してやるからな……!」
それを受けた瞬間、思わず震え上がる程の恐怖心を覚えた事で何も言えなくなってしまったがそれを見た彼女が再び笑みを浮かべながらこんな話を切り出したのだった。
144「あはははっ♪ごめんごめん、少し脅かし過ぎたかなぁ?」「……へっ?あっ、い、いえ……そんな事ないですよぉ……あはははは……」
そんな乾いた笑い声を上げた後、心の中で安堵していたのだがそれも束の間の事であった……何故なら先程から僕の心を激しく掻き乱すような事を口にしているからだ。「それにしてもさっきの顔を見る限りどうやらかなり怯えているみたいだけど何か思い当たる節でもあるのかい……?」「そ、そんな事ないですよ!?ぼ、僕が怯えるなんてあり得ませんし……た、ただ何となくそんな気がしただけですってばぁ……!」
その返答を聞いた彼女は一瞬だけ険しい表情を浮かべていたように思えたのだがすぐに普段の表情に戻るとこんな質問をしてきた。「……成程ね、つまりあの顔についてはまだ思い出していない訳だ?」「えっと……何の事だか分からないですけど多分そうです……ごめんなさい……」「そっか……まあ、無理もないよ……何しろあれはとても酷い状態だったみたいだからねぇ……」「えっ、それってどういう意味ですか?」
それを聞いた瞬間に妙な胸騒ぎを覚えずにはいられなかったので思わず尋ねてみた所、予想外の答えが返ってきた為に驚いたのは言うまでもなかった……何故なら彼女はこうも続けたのだから。「だってあの時の記憶は完全に消したはずなんだもん……何せその方が都合が良いと思ったからさ……」「そ、そうですか……」「……うん、そうだよ」「……」「……」「…………」「……いや、それだけじゃ駄目じゃないですかっ!!」「……ん~?何がだい?」「とぼけないで下さい!貴方が言っている事はどう考えてもおかしいでしょうがっ!!第一、僕が人間に戻るのにあんな事をする必要があったんですか!?」
そう詰め寄るなり、彼女は悪びれる様子もなく平然とした態度でこんな事を口にした。「あぁ、あれか……いやぁ、実はあの時、君の顔をよく見ていなかったものだから適当に選んでしまったんだけどそれが間違っていたようでねぇ……」「な、何ですか、その適当な理由は……」「別にいいじゃないか、結果オーライで解決出来たんだからさ……それよりも話を戻すけど君の記憶を消す時についでに私の力の一部を封じ込めさせてもらったんだ、これは以前に話したよね?」
それを聞いた瞬間、背筋に寒気が走ると同時に不安感を覚えるのは必然的な事だったと思うのだがそれでも勇気を出して質問してみた。「えぇっと……それはつまりどういう事なんですか……?」「う~ん、そうだね……わかりやすく例えるなら君の力は私の一部みたいなものだから今の状態でいる限りはその力が使えないようになっていると言えばいいかな?」「え……じゃあ僕はこれから先、普通の人間に戻ったとしても魔法が使えるようになる事はないって事なんですか?」「その通りだよ、残念だけどね……」「あ、あの……どうしてそうする必要があるのか聞いてもいいですか……?」「おや、意外だね……てっきり理由を聞かれるかと思っていたんだが違うのかな?」「……あ、あははっ……そ、そうですね……やっぱり聞きたいです」
それを聞いた彼女の目つきが変わったように見えた直後に重苦しい雰囲気に包まれたのだがそれを振り払うようにして口を開いた。「……ふぅ、やれやれ……仕方ないね、それじゃ今から説明してあげるけどちゃんと聞くんだよ……それと先に言っておくけど今から私が話す事は嘘偽りなく真実だからね、そこだけは理解しておいてほしいな……」
そして真剣な表情で見つめられてドキッとした僕は慌てて返事をする事にした。「はっ、はい!わかりました!」「……ふふっ、そんなに緊張しなくても大丈夫だよ……私が言う事は絶対に間違いないからね……それじゃあ話を始めようか……」
それから約一時間近くが経過した頃にようやく全てを語り終えた彼女だったがその内容があまりにも衝撃的だったので上手く消化する事が出来なかったのは言うまでもなかったので途方に暮れているとこんな話が耳に入ってくる。「そういえば君が眠っている間に色々調べてみてわかった事があるんだけどね、どうも君は普通の身体ではないみたいなんだよね……」
それを聞いた瞬間、真っ先に浮かんだ疑問をぶつけてみたところあっさりと教えてくれたのはいいがあまりの内容に目を疑う事になった――何故なら自分が既に人間ではないと聞かされた上に今までの出来事を全て見ていたかのような発言をされたのだ……その為、戸惑いながらも確認の為にもう一度、彼女に尋ねる事にしたのだがそれはやはり間違いなかったようだ。「……ど、どうしてそんな事がわかるんですか……?」「ふむ、簡単な事だよ……だって私は神なんだもの、何でも知っているのは当然でしょ♪」「……え、ええぇぇぇっ!?神様ってあの神様ですよね!?」「そうよ!他にどの神様がいるっていうのよ……」「す、すいません……!僕が悪かったですから機嫌直して下さいぃぃぃ……」「……ふん、仕方ないわね……許してあげるけど次はないからね?」「あ、ありがとうございます……!」「……それでさっきの話の続きになるんだけど君はもう気付いているとは思うけどどうやら私達に狙われているのは事実のようだけど君自身には大した力なんてものは備わっていないみたいね……」それを聞いて納得してしまった僕は確かにその通りだと思ったので素直に頷いた後、こんな考えを頭に浮かべていたのだがそれに対して彼女が放った一言が予想外だったので動揺せずにいられなかった。「だけど安心しなさい、貴方には一つだけとてもいい才能があるわ……それは他人の心に付け入るようなずる賢い能力なのよ」「へっ……?今、何て言いました……?」
その返答に呆れてしまったのか大きな溜め息を吐いた後でこう言った。「……全く、鈍いわね……つまり貴方は他人を意のままに操ったり出来る力があるって事を言ってるのよ」「そ、そんなの無理に決まってるじゃありませんか!」「あら、随分と弱気なのね……まぁいいわ、それなら一つ試してみましょう……」「えっ……ちょ、ちょっと何をするつもr……あっ!?」
次の瞬間、彼女が発した言葉を最後にして僕の意識は途絶えてしまったのだが目を覚ますとそこは自宅の寝室であり先程までの記憶を呼び起こすとすぐに現状を理解する事が出来た……それは僕自身の力で何とか難を逃れる事が出来たという事だ。
だがそれと同時に一つの疑問も浮かび上がる事になる――何故なら自分の力で記憶を消せたという事になる訳だから先程の出来事は全て夢だった事になる訳だし当然の結果であるとも言えるので改めて確認する為に先程のように記憶を消そうと試みたのだが全く反応がないばかりか別の問題が浮上したのだ。それは僕が自分自身の力について何も知らなかった事だ……しかしそんな事を今更知ったところでどうする事も出来ないので半ば諦めかけたその時、頭の中に不思議な声が響いた。「その力についてはまたいつか知る事が出来るだろう……それよりも今はお前の今後についての話をするべきだろう」「え、それってどういう意味……」
最後まで言い終える前に意識を失った事で再び記憶が消えてしまったのだがそれでも問題はないと感じた彼女は早速、今後の方針について話し始めたのだった。「お前はこれからどう生きていくつもりだ?」「えっ、いきなり何言い出すかと思えばそれですか?別にこのまま普通に生活していれば問題ありませんよね?」
それを聞いた途端、溜め息混じりに呆れた表情を浮かべた彼女だったのだが続けてこんな提案をしてきた。「はぁ……いいか、お前が望むならその程度の事なら叶えてやると言っているんだがそれすら理解が出来ない程馬鹿なのかお前は……?」「そ、そんな事言われましても……それに僕が望んだとしても何も変わる事はないと思いますよ?」
そう返答した理由というのは至極単純で今まで通りの生活を送るだけでしかないからだ。すると彼女はこんな事を口にしたのだ。「本当にそう思っているのなら構わないが念の為、言っておくぞ……もしもお前に危害を加えようとする奴が現れた時は遠慮せずに反撃してもいいんだぞ」「……は、はぁ!?な、何を物騒な事を言っているんですか!?」
まさかの発言に対して驚きを禁じ得なかったが更に驚くべき事があった。「ちなみにこれは忠告ではなく命令だからな……いいな?」「なっ、ちょっと待って下さい!!いくら何でも横暴過ぎるじゃないですかぁ!」「ん?何が不満なんだい?これでも最大限の譲歩をしているつもりなのだけどねぇ……それにこれ以上は何も聞かないからさっさと行きなさい……」「……へっ?えっ、あっ、ちょっ……ま、待ってぇ……」
そんな叫びも空しく無視されてしまったので呆然としていた僕は結局、その場を後にする事になったのだが先程の言葉が気になったので帰宅後にこっそり調べてみた所、驚愕するような事実を知る事となった――何故ならば僕が持っている力は人間だけでなくありとあらゆる生物に影響を及ぼす程の代物でその効果は様々でそれこそ万能と言える内容ばかりなのだがこの力を正しく使いこなせる人間は極僅かでありその中でも更に優秀な人材となると片手で数えられる程度しか存在しないと書かれていたからである。
(それにしてもどうしてあんな意味深な事を言っていたんだろう……もしかして本当は全部知ってるんじゃないのかなぁ……?)
そう考えたもののそれを直接確かめる術がない以上はどうしようもなかったしそれよりも先程聞いた話が気になって仕方なかったのでそれについて詳しく調べようと思っていた矢先にとんでもない事が起こったのである――というのも何者かによる攻撃を受けて身動きが取れなくなった挙句、声も出せない状態に陥ってしまい完全に万事休すの状態であった。
それでもどうにかして脱出しようと必死に抗っていた最中、突然目の前に現れた彼女はこんな事を口にしたのだ。「おやおや、これは困った事になりましたね……まさか貴方の中にまだこれほどの力が残っていたとは正直、予想外でしたよ」
そう告げられても未だに何が何だかさっぱりわからなかったがそんな僕を嘲笑うかの如く、次の言葉を発したと同時に信じられない事態が起こる……何と身体が勝手に動き始めたと思ったら瞬く間に自由を取り戻していたのである。「こ、これってどういう……」
あまりの急展開に頭がついていかず、混乱していたがそんな彼女の言葉など気にしている場合ではなかった。なぜなら僕の身に危険が迫っているとわかった瞬間、反射的にその行動を起こしたのだから――。「ほう、自ら私を守るとは良い心掛けじゃないか……見直したよ、少年……」
そう言いながら笑みを浮かべた彼女の姿を見た僕はこれまでにない程、強い安心感を抱くと共に自然と涙が溢れ出してきた……恐らくは怖かったんだと思う……だけど僕はこの人の前でだけは涙を流す事が出来た。そしてそのまま抱き着いてしまった後、落ち着くまで傍にいてもらったがおかげで気持ちが楽になったような気がしたので思い切って聞いてみる事にした。「あの……どうして僕を助けるような真似をしてくれたんですか……?」
そう質問された途端に驚いた表情を浮かべながらこちらを見つめてきたのだがやがて穏やかな笑みを浮かべながらこんな事を口にしたのだ。「それは簡単な事ですよ、貴方が好きだから……という答えじゃ駄目かな……?」「ふぇっ!?あ、いや……べ、別にそういう訳じゃないんですけど……」「……ふふっ、そんなに慌てなくてもわかっているさ、何せ君は昔から照れ屋だからね♪」「な、何ですかそれ!?変な冗談言わないでくださいよ!!」「……ん?私は至って真面目だが?」「そ、そんな事よりも何で僕の名前を知ってるんです!?」その言葉に何かを思い出したのか納得した様子で頷いた後でこんな質問をしてきた。「あぁ、そう言えば自己紹介がまだだったな……それじゃあまずは君の質問に答えるとしようか……」「――え~っと確か名前は神威悠聖だったはずだよね?まぁ名前の方は君自身が自分で言ったんだけど間違ってないよね?」「……えぇっ!?な、何でそれを知ってるんですかぁぁっ!?」「ふっ、驚くのも無理はないだろうけど実は最初から知っていたのだよ、何故なら君は生まれてくる前から知っている存在なんだからね」「ちょ、ちょっと待って下さいよ!いくらなんでも話が飛躍し過ぎてません!?それに生まれた時からってどういう意味ですか!?」「ふむ、確かに気になる気持ちは分かるけどそろそろ時間切れのようだね……」
そう言うと同時に徐々に意識が薄れていき最終的には気を失ってしまったのだが目を覚ますとそこには見慣れない光景が広がっていた……というよりも辺り一面が真っ白な空間で他には何もないように思えたが一つだけ違う物があった。それは今現在の自分の姿なのだがまるで人形のような姿形をした生き物になっていた為、動揺を隠せずにいたのだがそこで再びあの声が聞こえてきたので恐る恐る確認してみるとやはり彼女だったのだが今度はこう告げた。「……さて、ようやく二人きりになれたようだし早速だが本題に入らせてもらうとするか」「……へ、本題って何の事です……?」「とぼけなくてもいいんだよ、ちゃんと説明してくれるよね?……私の事は誰よりもよく理解しているはずだろうし……」「…………っ!?」「その様子だとどうやら全て覚えているようだがそれなら話が早い……それでは早速、説明してもらおうか……お前は一体、何者なんだ?」
その言葉を聞いた瞬間、僕は動揺を隠せずにいたがそれ以上に恐怖を感じずにはいられなかった……何故なら僕が普通の人間ではない事を彼女に知られてしまっているからだ……しかも先程のやり取りから察するに記憶がある状態で僕を助けたという事はつまりそういう事なのだと思ったので何とか誤魔化そうと必死になって言い訳を考えようとしていたのだが何故かそれが上手くいかずに黙り込んでしまっていたのだがそれでもどうにかしなければいけないと思い考え抜いた末に思い付いたある嘘を口にする事にしたのだ―勿論、それは彼女が求めているようなものではなかったのだけど今の僕に残された道はそれしかなかったのだから仕方ない……そう思い込んでいた時にまたしても声が響き渡った。「……やれやれ、どうやらお前は私が思っている以上に強情な奴のようだね……仕方がない、少しだけヒントをあげようじゃないか」「え、ヒント……ですか?」「そうだ、お前は疑問に思わなかったのかい?どうして私の力に対抗出来るだけの能力を秘めているにも関わらずにその力を使った事がないのか……それにお前はこれまで一度でも自らの意志で行動してはいない……そうだろう?」
そう言われた時、ふと気付いた事がある……確かに僕は今まで自分の意思で動いた事はなく常に誰かに言われるままに行動をしていただけだった……それに思い返してみると自分の中に備わっていたはずの能力が目覚めて以降は一度も使用した事がない事に気付き、愕然とする他なかったのだがそれを踏まえた上で彼女はこう言った。「……お前が能力の事で戸惑っているなら教えてやる、お前の能力は間違いなくこの世に存在している全ての力を凌駕するものだぞ」「ぜ、絶対の力ってそんな大袈裟な事を言われても信じられませんよ!」
当然、最初は信じるつもりはなかったのだがその後に見せられたものはあまりにも信じ難いものであった。というのも目の前にいる彼女を中心に無数の光の玉が出現し、その一つ一つが様々な色を放っていたのだがその直後にそれらが合体し始めた途端、信じられない程巨大なエネルギーへと変わったのだから。「……どうだい、これが君の持っている本来の力なんだよ」
そう告げると彼女は続けてこんな事を話し始めた。「言っておくがこの力が使えるのはあくまでも私と繋がりのある奴だけであってそれ以外の奴が無理に使用しようとするとその命と引き換えに使う事となるので気を付けるようにしてくれ……」それを聞いた僕は驚きを隠す事が出来なかったがそれも束の間ですぐに冷静になったところで新たな疑問が浮かんだのだ。「あのぉ……それでさっきの話は本当なんですかぁ……?」「おや、さっき教えた事をもう忘れたのかね?全く、しょうがない子だねぇ……」「……わわっ!?いきなり頭を撫でないでくださいよぉ……!」
突然の行為に困惑しつつも振り払おうとしたのだが思った以上に力が強くてびくともしなかったので仕方なく受け入れる事にしたら満更でもない表情を浮かべながら口を開いたのだった。「よしよし、これで少しは落ち着いたかね……?それと先程の話の続きだけど本当だとも……だけどそれだけじゃない」「それってどういう意味なんです……?」「まだわからないかな?まぁいい、それなら答えを教えてあげようか……そもそも君には生まれた頃から既に私との繋がりがあるのだよ、だからこそ君の中には私が存在しているとも言えるだろうなぁ」「……えっ?」「だから先程のように簡単に干渉する事も出来る訳だしその気になれば他の人間を操る事も出来てしまうだろうね……」「――なっ!?」
そんな話を聞かされた途端に全身に鳥肌が立ったが彼女はこんな事を口にした。「ふふっ、安心していいよ……何も今すぐにそんな芸当が出来なくてもいずれそうなる日が来るだろうから心配する必要はないと思うよ……何しろ、君が私に勝てる筈がないからね……」「……ふ~ん、そうですかぁ……」
その言葉を耳にした僕は思わずニヤリと笑みを浮かべたがそれを見た彼女は不思議そうな顔をして尋ねてきた。「おや、随分と嬉しそうじゃないか……一体何がそんなに楽しいのだい?」「だって僕の事を凄く理解してくれているんだなぁと思って……そう思っただけで嬉しくなってしまいました♪」「おやおや、嬉しい事言ってくれるじゃないか……だけど残念ながら私にはまだやらなければいけない事が残っているのでこれ以上は構ってあげられないから先に帰るとしようか……」「……やるべき事って一体何なんですか?」「ふふっ、その答えはまた今度会った時にでも話すとしよう……」
その言葉を最後に意識が遠退きそうになったのだが慌てて呼び止めようとしたもののその時には既に意識を失ってしまっていたのだがそれから数時間が経過した頃にようやく目が覚めたのだ。「ううっ……何だかとても変な夢を見ていたような気がしますぅ……それにしてもここはどこなんでしょう……?」
目覚めたばかりでまだ頭が働いていないせいか今の状況がいまいち把握できていなかったが周囲を見渡していると突然、視界に飛び込んできたのは見慣れない部屋だったがすぐにそれが病院の一室だという事に気付く事が出来たのだ。だがそこでふとある事を思い出してしまったのである――それは僕自身が何者かによって拉致されてしまっていた事実だった。「お、思い出したぁぁぁ!!ぼ、僕は確か変な奴らに襲われていてそれから何とか逃げ出してきた後、車に轢かれて……」
あまりのショックからパニック状態になってしまったが幸いにも外傷は全くなく、身体の方も健康そのものだったので安心したのだがそれと同時に妙な違和感を覚える事になった。というのも身体のあちこちに謎の紋様のようなものが描かれている上にそこから伸びている管のようなものが繋がれていたのだ。「あ、あれ……これはいったいどういう事なんだろう……?」
その事を不審に思った瞬間、唐突に脳裏に浮かび上がったのはある光景であった。「そうか、そういう事だったのか……」「ん?どうしたんだい、少年……」「いえ、何でもありません……」
咄嗟にはぐらかしたものの恐らくは自分の身に何が起こったのかを察したであろう彼女に向かってある質問をしてみる事にした。「あのぉ、一つ聞きたいんですけどいいですか?」「何だい、言ってみなさい……」
その言葉を聞いた直後に僕が一番聞きたかった質問を投げかけてみた。「僕の身に一体何が起こったんですか……?」
すると暫く考えた後でこう答えたのだった―これから自分が何と戦っていくのかを知ってもらう為にね……そして君は今より遥か遠い昔に生み出された最強の存在なのだよ」という衝撃的な発言を耳にした瞬間にこれまでの経緯を鮮明に思い出してしまった僕は思わず叫んでしまった。「……そ、それじゃあ僕はやっぱりあの時に交通事故に遭ってそのまま死んだという事なのかぁぁぁっ!?」
だがそれとは裏腹に彼女からはこんな言葉が返ってくるだけだった。「……いいや、違うな……正確にはお前は生きているが魂だけが抜け出してきたようなもので実際の肉体には何ら変化は見られないぞ」「で、でも何でそんな事をする必要があるんですかぁ?」「ふむ、それを説明するにはまず私の能力について教えておかなければいけなさそうだな……いいか、よく聞くんだぞ、私の名は神威悠紀那と言ってかつてお前の中に宿っていた力そのものなのだ……」「……へっ?ど、どういう事ですかぁ!?」
僕が驚いていると彼女の口から驚愕の真実が次々と飛び出してきたのだがその中でも特に衝撃を受けたのが実は自分自身である事に気付いていなかったという事実でありそれを聞いた瞬間、頭の中が完全に真っ白になりかけていたのですぐに気持ちを切り替えた後でようやく本題に入る事になった。「……さて、ようやく落ち着きを取り戻した所で早速だが今から君には私の全てを伝えるつもりだが構わないな?」「はい、お願いします……」
そう言って深々と頭を下げると彼女もそれに応える形で頷いてから静かにこう呟いた。「……よし、ならば始めようか……まずは私の能力についての説明をしようではないか、何故なら私はあらゆる能力を行使する事が出来るのだがその中でもとりわけ優れているとされるものが『破壊』なのだ……ただし、この力は万能とは程遠く下手をすれば自らを滅ぼしかねない危険なものなので滅多な事では使う事はないんだよ」「え~っと、それは一体どう言う意味なんですかぁ……?」
その言葉の意味を理解する事は出来なかったが詳しく話を聞く事にしたところ彼女が口にした内容はとても信じ難い話だったのである。「そもそも能力というのは個人差があって人それぞれに違いがあるのだが中でも極めて強力な力を持つ者には共通点がある事に気付いた事があるかい?」「いや、そんな話聞いた事もないですし今まで生きてきて一度もなかったと思いますけど……」
そう告げると今度はこんな答えが返ってきたので驚いてしまうのだった。「……どうやら本当に気付いていなかったみたいだね……だがそれも無理のない話だと言えるだろう……なぜならこの能力は誰もが使える訳ではないのだからな」
その話を聞いた僕は更に混乱する事となったのだがそんな彼女から更なる説明が続いた―能力というのは先天的に備わっているものであり大抵の場合は幼少期から発現し始めるものだが中にはそうでないケースもあってそれが原因で悩む者も少なくはないのだという。そして今回問題となっている能力が後者の方に分類されるものである事が判明したので何故そうなったのかを知る為には過去に起きた出来事を振り返る必要があったのだ。(やれやれ、本当はもう少し後に打ち明けるつもりだったんだけどこうなってしまうと話さない訳にもいかないよな……)
内心で溜め息をついた彼女はゆっくりと話し始めた。「……実を言うとお前は元々は普通の人間では無かったのだよ、それも私が作り出した特別な人間でね……」「……えっ?」
その言葉に戸惑いを隠せずにいたのだがそれでも構わずに続きの話を始めた。「お前が普通の家庭に生まれて平凡な人生を歩むはずだったところを無理矢理連れ出してしまい申し訳なく思っているんだが……まぁそれについては追々説明していこうと思っているよ」「は、はぁ……」
正直言って話が突拍子も無さ過ぎてついていけない状態が続いていたもののここまで来てしまってはもう引き下がれないと思ったのか腹を括って最後まで付き合う事にしたので続きを促す事にした。「……わかりましたぁ、でも今はそれよりももっと重要な話をするべきだと思うんですけどぉ……」
そう告げた途端、彼女は一瞬、面食らったような表情を見せたがすぐさま我に返るとすぐに話を再開したのだった。「……ふふっ、やはり君を選んだ私の目に狂いはなかったようだねぇ、いいだろう……ではそろそろ本題に入るとしようか」
こうして彼女は自らの過去を語るべく再び語り始めた。「……最初に断っておくけどこれはあくまでも君が知りたいと思い願ったから話すのであって興味がなければ無理に聞く必要は全くないよ……それと言っておくが決して嘘偽りの内容ではないので覚悟しておきたまえ」「……分かりましたぁ、僕も覚悟を決めたので全部話してもらいますよぉ!!」「ふふっ、いい返事だ……じゃあ始めようか……」
それからしばらくの間は沈黙の時間が流れ続けていたがやがてそれが破られる事となった。「君が産まれたのはここよりもずっと東の果てにある小さな集落だったよ……そこには年老いた夫婦と幼い男の子の三人で慎ましく暮らしていたようだがそこに転機が訪れたのは彼らが子供を身籠って半年ほどが経過した頃の事であった……」「へぇ、そうだったんですかぁ……ってあれっ?その言い方だともしかしてその子供が僕なんですか?」
驚きのあまり反射的に尋ねてみると案の定、頷きが返ってきたので続けて質問をしてみた。「えっと、それじゃあどうして僕の両親だけ死んでしまったんでしょうかぁ……?」「うむ、それにはまず順を追って説明していく必要があるだろう……実は君はね、生まれながらにしてある特殊な力を持っていたんだ」「……えぇぇっ!?それって本当ですかぁ??」「あぁ本当だとも、その証拠に私と一緒に過ごした日々の事を思い出してみなさい……」
その言葉通りにこれまでの出来事を思い返す事にしたがすぐに疑問を感じた。「……ん?ちょっと待ってくださいよぉ、確かに子供の頃は不思議な力を使えたかもしれませんが成長するにつれて次第に薄れていったはずなんですけどぉ……?」「ふふっ、君の考えはあながち間違いではないかもしれないね……しかし本当の理由は別にあるんだ……」
そこで言葉を区切ると彼女は少し間を空けてからこう切り出した。「恐らくではあるが君は無意識に自分の中にある力を抑えていたのかもしれないね……だからこそ気付かなかったし自覚すらしなかったんだろうと思うよ」「……そうなんですかぁ?」「あぁそうだよ、だってそうじゃないと説明がつかないからね……何故なら私はそんな君に何度も警告していたにもかかわらず一切聞こうとしなかったのだしね」「――えっ!?」
その言葉を耳にした途端に背筋が凍りつくような感覚に襲われただけでなく嫌な汗が一気に噴き出してきたのだがそれでも必死に平静を装っていたのだがそんな彼女にとんでもない事実を突き付けられた事で頭が真っ白になってしまい何も考えられなくなっていたのだった。
だがそれ故にか、彼女はこう続けたのである。「……だが安心しなさい、今の君は間違いなく人間だしその事は私が保証する……何せ、君の身体に刻まれた紋様は二度と消える事は無いのだからね」「……ほ、本当に僕ってもう普通の人間じゃなくなったんですかぁ?」「あぁそうだとも、ただしこれだけは勘違いしないようにね……普通とは違うからといってそれが悪いという訳ではないという事だけは肝に命じておいてもらいたい……」
それを聞いた瞬間に少しだけ安心したのだがすぐに気を引き締め直すと真剣な眼差しで見つめ返した。「……さて、ここからが大事な所だからよく聞きなさい……君は産まれてくる前に父親の手によって殺されたという事実は決して変わらないのだがこれにはある理由があったんだよ……」「そ、その理由っていうのは一体何なんでしょうか……?」
その問いに対して少しの間を置いてから答えを口にした――それはまだ幼かった君を生かす為に父親は自ら命を絶ったのだという衝撃的な内容であった。しかもその直後、彼女の口から語られた話は僕の出生に関する話だったらしくその内容というのが次のようなものだった。「……実は君と私の母親はかつて恋仲にあったのだよ……そして私は二人の間に出来た子供だったんだが、ある日、不慮の事故により両親が死に私だけが生き残ってしまった……だが運良く一命を取り留めた私は、どうにか自分の力で生き延びる道を探したが、結局見つけ出す事が出来ずに力尽きてしまった……その時に助けてくれたのが君の父親だったという訳さ……」
その事実を知った僕は何とも言えない複雑な気持ちに駆られてしまい暫くの間、無言の状態が続いていたのだがふとした拍子に一つの考えが頭を過ぎってしまったので恐る恐る尋ねてみた。「……あのぉ、一つ気になった事があるんですが聞いてもいいですか……?」「もちろん構わないよ、何だい?」「……もしも仮にですよ、このまま僕が死んだら一体どうなってしまうんですかぁ?」
その問いかけを聞いた彼女は一瞬だけ驚いた表情を浮かべたもののすぐに穏やかな表情へと変わると静かに答えてくれたのだった。「……ふむ、確かに言われてみればそれは私も気になるところだな……もしかすると君も見た事があるかもしれないし話も聞いているかも知れないけど、この世界の創造主が今もどこかで眠っていると言われている場所があって、その場所こそが“神の座”と呼ばれているのさ……そしてその神の力は私達、能力者の力の源であり全てであると言えるんだよ……」「そ、それで……その力がなくなってしまったら、一体どうなるんでしょうかぁ?」「ふふっ、心配しなくても大丈夫だよ……何故ならその力が失われる事は絶対にありえないからね……なんせ、この世界自体が神様の一部で出来ていると言っても過言ではないくらいの存在なのだから、それこそ死んだり消滅したりする事はないから安心していいよ……」
そう言われたものの僕はどうにも不安を拭い去れないままだったので再度質問してみたところこんな言葉が返ってきた。「……まぁこればっかりはいくら説明したところで実際に経験しなければ理解するのは難しいだろうし、今はそこまで深く考えなくても大丈夫だと思うぞ……」「……はぁ」
釈然としないながらも何とか納得しようとしたその時、彼女が突然立ち上がったかと思うと僕を手招きして呼び寄せたので首を傾げつつも言われるままについていく事にした。
するとそのまま部屋の奥へと向かったので気になってついて行ってみるとそこには大きな扉があり開け放たれた状態で放置されていたので思わず立ち止まってしまう事となったのだがどうやら彼女いわくこの先にある地下空間に用事があるようなのだが正直言って気が進まなかった。というのも扉の向こう側からは明らかに異臭のようなものが漂ってきており明らかに危険度が高いと判断したからだ。しかし、そんな事など全く気にしていなかった様子の彼女は平然としながら進んでいくのを見てこのままではまずいと感じた僕は慌てて後を追いかけることにしたのだった―。
それからどれくらいの時間が経ったのだろうか……?気が付けば周囲は薄暗くなっていた上に先程まで聞こえてきていた大勢の話し声のようなものは一切聞こえなくなっていたので不審に思っていると不意に立ち止まった彼女がこちらを振り返り声をかけてきた。「……ようやく辿り着いたようだよ」
そう言ってきた彼女の顔からは何故か疲れの色が見えていたがそれ以上に妙な違和感を感じたので尋ねようとしたもののその前に部屋の中に入って行ってしまった為、後を追うようにして中に入る事にした。そしてそこで目に映った光景に驚愕する事になったのである。なぜならそこには巨大な魔法陣らしき物が展開されていただけではなく様々な色をした石や水晶が部屋中に散らばりまるで儀式を行うかのような雰囲気に包まれていたからだった。
(……まさかここが魔界と繋がっているっていうのか??)
そんな疑問を抱きつつ改めて周囲を見渡してみると壁際に置かれた棚の上に置いてある人形のような物が視界に入った瞬間、全身に悪寒が走ったので思わず身構えるとほぼ同時に彼女も異変に気付いたようで僕の方を見てくると不思議そうに見つめてきたが特に何も言わなかった。「それにしても随分と気味の悪いものが置かれているなぁ……ん?どうしたんだい急にそんなに青ざめたような顔をしてしまって??」
そんな彼女の問いかけに応じる事無く僕は無言のまま視線を戻すとそこに飾られていた人形を凝視していたのだがそれを見た彼女がおもむろに口を開いた。「これはまた懐かしいものが出て来たものだねぇ~……確かこの屋敷に昔からあった人形のはずだけどこれがどうかしたのかい??」
その言葉を聞いて再び震え上がった。何故なら僕はこの人形に見覚えがあるどころか嫌というほど目にしているからである。何しろそれは過去に僕の目の前で起こった出来事だったのだが未だに信じられないといった様子でいる僕をよそに彼女は語り出した。「……実はこの人形はかつて君の両親が大事にしていたものでね、当時は私もよく遊び相手にさせられていたんだ」
そう口にするや否や唐突に懐かしむような表情を浮かべた彼女は更に続けた。「そういえば、あの頃は色々大変な事が沢山あってね……その度にいつも二人で乗り越えてきたんだよ……だけどそれも今となっては昔の出来事として風化してきてしまっているんだと思うと何だか寂しい気もするけれど後悔だけはしていないし何よりも大切な存在を守ることが出来たのだから私は満足だよ……」
そんな事を口にしつつ優しく微笑んだ彼女に見とれてしまっていた。それと同時に僕は心の中で強く誓ったのだ。何があっても絶対に守ってみせると……
あれからしばらくの時が流れたのだが、相変わらず不気味な感じの漂う室内を見回していると不意に彼女が声をかけてきた。「……そろそろ移動しようか?」「え、えぇ分かりました……」
彼女の声に頷きつつも内心はかなり動揺していたのだがそれを悟られないように注意しながら答えると、それを見ていた彼女が微笑を浮かべてこう告げたのだった。「……もしかして怖いのか?」「なっ!?そ、そんな訳ないじゃないですかぁ!!だ、大体どうしてそうなるんです!?」
必死に否定していると彼女は少し悪戯っぽい笑みを浮かべながらこう言った。「……ふ~ん、そういう事にしといてあげるとするよ……」「……うぅ」
そうして不満そうに唸っていたのだがそれに対して彼女はクスクスと笑うだけだった。その事に若干苛立ちを覚えたものの我慢することにした――というよりも出来なかったというのが正しい表現なのだが……だが、そんな彼女の様子を見ていると自然と笑みが溢れてきてしまっていたのである。それは間違いなく僕自身の本心でもあった事は間違いなかった。
(やっぱりこの人は凄い人だなぁ……)
そう思った直後には自分でも無意識のうちに言葉を口にしていた――「あっ!そう言えば思い出したんですけどぉ、さっき僕の事を大切な人って言ってましたけどどういう意味なんですかぁ?それにお父さんも僕の事を愛してるとか何とか言ってた気がするんですが、あれは一体どういう意味なんでしょうかね?」
その言葉を耳にした瞬間に固まってしまった彼女を他所に僕は続けて尋ねた。「……あれぇ、どうしちゃったんですかぁ?さっきまであんなに饒舌だったのに急に黙り込んじゃって……」
そう言った後で暫く様子を眺めていると、いきなり動き出した彼女は僕の手を取ると強引に引っ張る形で部屋を飛び出した。だが、そのおかげで冷静さを取り戻した僕は慌てて声をかけた。「あ、あのぉ……一体、何処に行くつもりなんですかぁ!?」
その問いかけに対して、何も答えてくれなかったが代わりにこちらをじっと見つめてきたので僕はドキッとしたが、それでも必死に平常心を保ちながら歩き続ける彼女と一緒に長い廊下を進み続けた。そして、それからどのくらいの時間が経っただろうか……?気が付くと僕達は中庭まで来ていたのだがここで初めて彼女の足が止まった。「……ふぅ、ここまで来ればひとまず安心かな……?」「な、何がです?」
恐る恐る尋ねてみると突然こちらに振り返った彼女は満面の笑みを浮かべながら言った。「ふふっ、さっきの話の続きさっ!」「……ほぇ?さっきって一体何の事でしたっけぁ??」「おいおい、忘れたなんて言わせないよ~?」「……わ、忘れてませんよ!ただちょっとばかり頭が混乱してるだけですぅ……」
僕が言い訳じみた言葉を口にすると彼女は小さく溜息を漏らした。しかし次の瞬間には笑顔に戻っていた。「……まったく君は素直じゃないねぇ、まぁそこが良い所でもあるんだが時には素直になってみるのも良いもんだぞ♪」「そ、そんな事言われても困るだけですよ!!」
恥ずかしさからついそっぽを向いて答えた僕に彼女が近づいて来ると頭を撫でながら囁いてきた。「……ふふっ、そうか……でも私は今のままの君が好きだよ」「……へ??ど、どういう意味ですかぁ?」「さて、どういう意味だろうねぇ~?」「……むぅぅ~」
そう言って笑うだけでそれ以上は何も教えてくれなかったが僕は何となくだが嬉しかった―だからこそ余計に彼女を守ろうと思ったのかもしれない。とはいえ何が出来るかと言われれば正直、分からなかったのだがそれでも何かしたいという気持ちが強かったので行動に移す事にしたのである。
まずは情報収集の為に図書室へと向かう事にした僕達は目的地である大部屋に到着するなり真っ先に本棚へと向かったのだが目的の書物を見つけた途端に彼女は驚いていたようだった。その理由についてはすぐに理解できたので先に本の内容を簡単に説明しようと思う―というのもそこには異世界における悪魔達の力に関する内容が記載されていたのだが、その中に記されていた悪魔の王についてのページを開いていた際に僕は気になる一文を見つけてしまったからである。その内容とはこう書かれていた―曰く、魔王と呼ばれてはいるが実際はそうではないという事だった。
つまり言い換えるなら、現在の世界においての“魔王”という存在は本来とは違う意味で使われていた事になるわけで、しかもそれが何故なのかと疑問を抱いた所で背後から声をかけられた事によって一旦考えるのを止めることにしたのだった。
振り返るとそこにはカレンちゃんが立っていたので驚いてしまうがどうやら僕を探していたらしい。とりあえず用件を聞くために話を聞いてみた。すると彼女はある頼み事をしてきたのである。何でも彼女によると魔界にある神の座と呼ばれる場所に調査に行って欲しいとのことだったが正直なところ、あまり気乗りはしなかったものの、断れる雰囲気ではなかったので渋々引き受ける事にした。ちなみにそれを聞いた彼女が嬉しそうな顔をしていたのを見て、少しだけ心が揺らいだような気がしたのだがあえて考えない事にしたのである―。
その後、彼女と別れた後は再び調べ物を続ける事になり気が付けば夕方近くなっていた為、そろそろ屋敷に戻ろうかと思った矢先に不意に肩を叩かれてしまう。振り向くとそこにいたのはラティだった。「もう日が暮れそうだから帰るわよ」「……あ、あぁそうだね……ありがとう、心配してくれて」「別にお礼なんか要らないわよ、仲間として当然の事をしただけだもの……」
そう言いながら顔を逸らした彼女は少し照れているように見えた。それを見た僕は微笑みながら彼女に言った。「……それでもありがとう」「はいはい、どういたしまして」
そう言って歩きだした彼女だったが何故か急に立ち止まるなり、僕の方を振り返ったので首を傾げていると彼女が話しかけてきた。「……そういえばなんだけど……あんたって確か記憶喪失なのよねぇ??」「……え、うんそうだけど……それがどうかしたのかい?」「いえ、特に意味はないんだけど一応聞いてみただけよ」
そう言われたものの僕は全く心当たりが無かったため、それについて質問しようとしたが、その時に限って既に彼女の姿は見当たらなかったのだった……
結局、モヤモヤした気持ちのまま屋敷に戻ることになった僕だったのだが、ふとそこで思い付いた事があったので自室に戻ると机の上に置いてあったスマホを手にして電源を入れたのだが相変わらず圏外のままではあったものの画面上にあったとある機能について思い出してしまった事で思わず頭を抱えてしまったのだった。
(まさかこんなタイミングでアレを思い出す事になるなんてなぁ……いや、寧ろ良かったと考えるべきなのかな)
そう思い直した僕はさっそくアプリを開いて確認すると案の定と言うべきか、そこには以前に見た覚えのあるメニューが表示されたので今度は迷わずにタップしてみると見覚えのある画面に切り替わった。「よし、これで準備完了だな……」
僕はそう呟きながら次に何をすべきかを考え始めたのだが、それは意外と早く決まったので早速、行動に移すことにしたのだった。「……後は運を天に任せるしか無いけど、やるしかないよなぁ……」
そして翌朝になったところで再びアリスとロゼさんの二人に別れての行動をする事を伝えてから屋敷を後にすると例の洞窟へと向かっていた――何故なら昨夜に確認していた時に気付いたのだがこの近くに魔界へと通じる扉がある事が分かったので直接行って確かめてみようと思ったのである。
そんな事を考えていたらあっという間に洞窟に到着したのだがここで予想外の事態が起きた。それは何者かによる攻撃を受けた事で足止めを喰らってしまったからだ。「……くっ!?誰だ、姿を見せろっ!!」
そう言って叫ぶも相手は姿を現すことなく一方的に攻撃を続けた挙句にその場から立ち去ってしまったようで、その場に取り残された僕は急いで駆け出すと魔界へと続く扉の前で足を止めた。「……間違いない……これは魔界に通じている扉だ……」
その事を知った僕は覚悟を決めると中へ入る前に一度大きく深呼吸してから足を踏み入れるとそのまま一気に駆け出した――。「ここは一体……?」
辺りを見回した感想としては一言で表すならばまさに幻想的な光景という言葉が相応しい場所であったのは間違いない。何しろ空や地面だけでなく空気に至るまでが全て透き通ったような青の色をしているのだから、無理もない話である……だがしかし、それとは裏腹に周囲には人気が全く無かった事からも考えると、この場所にいる者は既に人間ではなく魔族なのだろうと考えつつも周囲を警戒しつつ歩き続ける事にしたのだった。
そんな道中で遭遇した者達は人型の者からそうでないモノなど多種多様でありその殆どが友好的ではなかった事も手伝って戦闘を余儀なくされる場面もあったわけだが幸いにも今の所は無事に切り抜けられている事もあり、その点については一安心していたのだがそれも束の間の出来事だった。何故なら突然に現れた巨大な魔物によって行く手を阻まれてしまい逃げる事が出来なくなってしまったからだ。
(まずいな、このままでは間違いなくやられてしまう)
そう思って身構えていた時に突如、後方から声が聞こえてきて振り向いた瞬間に目に入った姿に驚くと共に安堵感を覚えて思わず名前を呼んでしまった。「……リミスっ!?」
その直後、名前を呼ばれた彼女はゆっくりと頷いた後で僕の方へと駆け寄ってきた。そして目の前で立ち止まったかと思えば無言のまま抱きついてきた彼女を優しく抱き留めながら声をかけた。「ごめん、遅くなってしまって……」「……本当に遅いんだからっ!」「ははっ、ごめんごめん……」「……むぅ~」
謝っても一向に離れる気配を見せない事に違和感を覚えた僕が不思議に思っていると顔を上げた彼女がいきなり唇を奪ってきた。突然の事だったので呆然としてしまう僕に構う事なくキスの雨を降らせてきた彼女は次第に満足そうな表情を浮かべつつ顔を離すと満面の笑みを浮かべてこう言った。「おかえり、あなた♪」「……ただいま、リミス」「ふふっ、ようやく会えたわね」「そうだね……会いたかった」
僕がそう言って彼女の頬に手を添えると、それに反応するかのように目を瞑った。それを見て改めて自分が幸せ者であると感じた瞬間でもあった―だからこそ、これからはもっと一緒に居られる時間を作ろうと決意したのである。
それからしばらくしてから周囲を見回した僕は周囲に他の仲間達がいないかを確認してみたところ全員が同じ場所に集まっているようだという結論に至った。だが、そうなると何故一人だけ別の場所にいるはずのリミスがこの場にいるという事に疑問を覚えたもののそれを考えるのは後にしてまずはみんなの元へと戻る事にした。すると程なくして全員集合する事が出来た。しかし一つだけ問題があるとすればカレンちゃんがまだ合流していないという事なのだが……とりあえず心配はないだろうと勝手に解釈しておく事にした。
その後、僕達は一度集まると話し合いを始めたのだがその時にカレンちゃんだけがここにいない理由については誰も知らなかった。だが、仮に誰かが何かを隠しているのだとしたら恐らくはカレンちゃんなのではないかと思った僕は思い切って尋ねてみた。
その結果、返ってきた答えを聞いた時には思わず驚きを隠せなかったのだがよくよく考えてみれば彼女は僕の妹なのだし不思議な事は何もないのだろうなと思いながら納得していた。するとここで何かを思い出したのかラティが話しかけてきた。
ちなみにカレンちゃんを除く他のメンバー達に関しては屋敷に残るよう事前に伝えており、その事について不満を口にした者は誰もいなかった事から少なくとも僕に対して一定の信頼を置いているのだという事が伺えたのだがそれに対して素直に嬉しいと思う一方で申し訳ないという気持ちの方が強かった。何せ彼女達にとっての日常を脅かすかもしれない可能性があったからだ。
とはいえ今更引き返すわけにもいかないので腹を括って行動する事にした。するとその様子を見ていたカレンちゃんは笑みを浮かべながら話しかけてきたのである。「……どうやら決心がついたようですね」「うん、そうだね……」
そう言いながら頷いた僕は皆に事情を話す事にした―といっても、あくまでも推測に過ぎない事を伝えるとロゼさんが言ったのだ。『それなら本人に聞いてみるのが一番ね』それを聞いた皆も同意する形で頷き合っていたのを見て少し安心した。やはり皆が僕の事を信用してくれているのだと実感出来たからである……もっとも、それだけではなくて純粋に協力したいという思いが強かったのだろうと思いたいところだ――。
それから数時間後、遂に目的地に到着したので慎重に探索していると地下への階段を発見した事で降りていくとそこには広い空間があり、そこから通路が続いているのを発見した僕はそこを通ることにした。ところがしばらく進んだ所で行き止まりになっていたので引き返そうとしたその時、突如として大きな揺れが発生したかと思うと前方の壁が勢いよく崩れ落ちたせいで道が塞がってしまったのだった……「ちっ、やられたか……」
咄嗟に飛び退いて直撃は免れたものの衝撃で弾き飛ばされて倒れ込んでしまった。しかも不運な事に受け身を取る間もなく地面に身体を打ち付ける形となってしまったのだ。そのせいで全身が痺れたように痛みを訴えていたがどうにか立ち上がると出口を目指して歩き出そうとした……その時だった。「……ぐっ!?……なっ、なんだこれは……」
突然、謎の力によって体が引き寄せられてしまったのである。まるで見えない何かに全身を包み込まれたような感触を受けた事で動揺してしまったのだが次の瞬間には全身に強い圧力を感じると共に凄まじい苦痛が襲い掛かってきて悲鳴を上げてしまった。だがそれは一瞬の出来事であり、気付いた時には元の状態に戻っていたので安堵した僕だったのだがすぐに違和感を感じたのだ……何故ならいつの間にか知らない部屋に立っていたのだから―そこで僕はある事実に気づいたのだが先程よりも明らかに目線が低くなっていたのである。
まさかとは思いつつも慌てて鏡を探してみると案の定、予想した通りの姿がそこには映っており愕然とすると同時に深い絶望感を覚えてしまう事になった。何故ならその姿は紛れもなく子供だったからだ――。「一体、何が起こっているんだ……」
あまりの衝撃に思考が追いつかずに困惑していると不意に声をかけられた。「お兄ちゃん、大丈夫??」「……っ!?」
驚いた僕は声が聞こえた方向に顔を向けた瞬間、更なる衝撃を受ける事になってしまった……何故ならそこには何故か幼い頃の姿に戻ったであろうリミスが立っていたからだ。そして僕はこの時になって漸く気づいたのだ。ここが魔界へ通じる扉がある場所である事に……。
(つまりはこの場所こそが僕の生まれ故郷だという事になるわけだけど……)
だがそれと同時に一つの疑問が浮かんだ――どうして今まで気づかなかったのかと?そしてそれに対する答えは簡単だ。なぜならそれはこの場所に来る前に記憶の一部が消えていたからに他ならないからである。ただ、それについて深く考えている余裕はなかった――というのも、それどころではない状況に直面した事でそれどころではなくなったからである。その事態というのは、今目の前にいるリミスを見ているうちに少しずつではあるが幼少期の思い出が蘇ってきたことで、それが切っ掛けとなって次々と忘れていた記憶が蘇ってくると同時に意識を失いかけた事で立っている事が出来なくなってしまったのである……。
その為、その場に倒れ込むように倒れ込んでしまうと薄れゆく意識の中で何とか声を振り絞りながら話しかけた。「リ、ミ……ス、すま、ない……」
だがその言葉を言い終えるより先に意識が途絶えてしまったのだが最後に見た彼女の表情は笑顔だったような気がした―。
☆★☆
(ん……あれ、ここはどこだ??)
ふと目を覚ますと見慣れない景色が視界に映り込んだので戸惑いを隠せずにいた。何しろ先程まで洞窟の中にいたはずなのだが、どういうわけか見覚えのない部屋の中に寝かされていたのだから尚更である……そして更に混乱したのは自分自身が幼い子供になっているという事実に気づいていなかった事だった。何故なら本来なら気付くはずの事が何も起きなかったばかりか気にもしなかったからである。
その為、しばらくの間、考え込んでいる内に次第に落ち着いてきたのでゆっくりと身体を起こすと部屋の中を見渡した。しかし、いくら眺めてみても見覚えのあるものは一切無かった事からも分かる通りに完全に迷子になった事を悟ったが同時にこれからどうしようか考えていた時、ドアが開いて何者かが入ってきた。「お目覚めになりましたのですね?」
そう言いながら歩み寄ってきた彼女は笑みを浮かべていたがその笑顔を見た瞬間にどこか懐かしさを覚えた。そしてその理由は何となく分かった気がしていた。その理由は目の前の相手が自分に似ているからだと理解したところで彼女が話しかけてきた。「どうかなされましたか?」「……えっ!?」
急に話しかけられた事で驚くと同時に固まってしまう僕に対して声をかけてきた女性はクスッと笑うとこう続けた。「大丈夫ですよ、私達はあなたの味方ですから安心して下さいね」「僕の、味方……???」
意味が分からなかった事もあり、そのまま首を傾げると彼女は言った。「そう、あなたは私の大事な子だから絶対に守るからね」「そ、それってどういう意味……っ?!」
僕が聞き返そうとした途端にいきなり抱きついてきた為に驚いていると今度は耳元で囁いた後で頬にキスをしてきた。するとその瞬間に頭の中が真っ白になりつつも不思議な感覚に包まれながら意識を手放した。
それからしばらくして目が覚めた時に最初に目に入ったのは、あの女性の笑顔で見つめられていた事に気づくと僕は思わずドキッとしながら慌てて起き上がった……その際、顔が赤かったのは言うまでもないだろう。しかし、それよりも気になる事があるとすれば先程の感覚についてであったのだが、あれは一体何だったのかと考え始めた所で声をかけられると同時にそちらへと視線を向けてみるとそこに立っていた女性を見た瞬間に全てを理解した。「もしかして……お母さん、なの??」
恐る恐るといった形で尋ねたところ相手は無言のまま頷く事で答えてくれたので嬉しくなった僕は思わず飛びつくとそのまま抱きつく形となった。すると彼女は頭を撫でつつ抱きしめてくれたのだが不思議と心が落ち着いた気がした……というのも、今の僕にとって唯一信頼できる相手なのだから当然の事だったと言えるかもしれない。
またそんな様子を見守っていた他の者達も笑顔を浮かべていたのだが、その中にロゼさんの姿があった事に気付いた僕は驚きを隠せなかった……というのも、ここにいるという事は魔王軍の幹部でもある為、本来敵同士という間柄でもあったからだ。なので本当なら色々と話をする必要があるのかもしれないのだが何故か自然と話が出来るような状態になっており、実際に話してみたら意外にもあっさりと打ち解けたのでホッと胸を撫で下ろしたのだった……ちなみに彼女の名前に関してはラティが教えてくれたおかげで判明する事が出来た。
というのも名前を尋ねる前にカレンちゃんが先に呼んだからだ……それを聞いたロゼさんは苦笑いしていたが無理もない。なにせ僕達が知らない間に仲良くなってしまっていた上に、カレンちゃんに至っては呼び捨てで呼んでいたのだから戸惑うのは当然である。ただ、それでも悪い気はしなかったらしく満更でもない表情だったのでホッとしたものだ……。
するとここでカレンちゃんがロゼさんに抱きついたまま離れようとしなかったので不思議に思ったのだが、どうやら僕と似ている部分があるから親近感が湧いたらしい……それを聞いた僕は、確かに言われてみればそうかもしれないと思ってしまった。というのもロゼさんの身長が高いので、もしかすると同じくらいの背丈だったのかもしれないと考えたからだ。とはいえ、それだとあまりにも低すぎると思った僕は自分の身長の低さが仇となった結果なのだろうなと思い知らされた。
そんな事を考えながらも二人を眺めているとラティがある提案をしてくれたので早速、実行に移す事にした……というのも先程からの二人の様子を見て羨ましく思っていたのだが上手くいかなかった場合、気まずい雰囲気になるのではと考えて不安だったもののやってみる事にしたのだ。それはラティの翼に乗せてもらうというものである。その為には一旦、人間の姿に戻らないといけないと思ったのだがどうやって変身するか悩んでいたのだが、そこでリミスからの提案によって無事に元に戻る事が出来た事で一安心するのだった……その後、試しに背中に飛び乗らせてもらった後に飛んでみる事にしてみたのだが最初は不安定さが目立ったのだが、慣れてくると意外と乗り心地が良くなっていた事に気付いてからは徐々に楽しさを覚えるようになっていた……というのも普段、乗る機会がないだけに新鮮な気持ちになったからである。そして空を飛ぶという体験をした僕の中には大きな満足感が込み上げてきており、これが夢ではなかった事を心から喜びながら再び地上に降りるまでの間ずっと楽しむのだった――。
こうして地上に降り立った僕はラティの背中に乗って地上まで運んでもらっていたのだが地面に降り立つと同時に元の姿に戻った事に驚いて固まっているとそれを見たロゼさんが声をかけてきてくれた。「そんなに驚かなくても大丈夫だよ、私達魔族は元々こういう能力を持っているから気にする事はないからね」「あ、そうなんだ……」
それを聞いて納得した僕は頷くと改めて周囲を見渡した――というのも既に夕方に差し掛かっていたからだ。しかも今から急いで戻って間に合うのか疑問に思い始めていた。何せ街に到着した頃には完全に日が沈んでいる可能性があったからなのだが、その予想に反して街にはまだ多くの人達の姿が見えていたのでホッと安堵していた……何故なら、もし到着するのが遅れた場合には宿を探すだけでも大変な事になると考えていたからである。
そんな僕の考えが分かったのかリミスやロゼさんも苦笑いを浮かべると慰めてくれた。そしてそれが終わった頃になると僕は気になっていた事を尋ねてみることにした……それは今回の襲撃の目的に関してだ。まず最初に思いつく理由として考えられるのが新たな戦力の確保という点であるが、これに関しては特に必要ないと思うので除外する事にした……なぜなら、すでに王国騎士団の隊長格の実力を有しているのだからこれ以上はいらないだろうし何より勇者達がいるので十分だからだと考えるからである。だがそうなると残るのは他に何か狙いがあるのかと考えてみた結果、一つだけ思い当たる節を見つけた。というのも先程、襲ってきた者達は明らかに僕を標的にしていた事もあって真っ先に思いついたのである……となると次に考えられるのが目的そのものが別にある可能性が出てくる。そしてそこまで考えた時、不意にある言葉が脳裏によぎった……すなわち〝神剣〟という言葉を思い出したのだ。何故なら以前に聞いた覚えがあったのと同時に以前、見た記憶があったからだ――ただしその時の出来事は、なぜか思い出す事が出来なかったので困惑しているとリミスが突然話しかけてきた事で現実に戻された僕は驚いた後で慌てて返事すると彼女に案内されるがままに移動を始めた。
それから辿り着いたのは酒場だったがそこは見るからに高級そうな店構えをしていた事から、おそらく普通の冒険者では来る事は出来ない場所だろうと思いながら中へと入ったのだがカウンター席に座っている一人の男性が視界に入った瞬間、驚きを隠せなかった……何故ならそこにいた男性は以前、出会った人物であり同時に命を狙っていた相手だったからである。「これはこれは……こんな場所で出会うとは奇遇だな、英雄殿?」
「ど、どうしてお前がここに……?」
思わずそう尋ねると男性はニヤリと笑みを浮かべた後でゆっくりと立ち上がるとこちらの方へと歩み寄った……それにより嫌な予感を覚えた僕は身構えると同時に戦闘態勢に入った。その様子を見ていた男性も武器を手に取ると身構えたのである……そして互いに睨み合いを続けていたのだが、そんな様子を眺めていた周囲の人達は固唾を飲んで見守る一方で緊張していた……というのも下手に動くと巻き添えを受ける事が分かりきっているからでもあった。ただそんな中で二人はほぼ同時に動いたが攻撃方法は違っていた。「死ね!!」「……っ!?」
そう言って斬りかかってきた相手の攻撃を紙一重で避けた事で距離を取った僕は、すぐさま攻撃を仕掛けようと懐に飛び込んだ。「食らえ……えっ?!」
だが、その直後に僕は驚愕の表情を浮かべる事となった……何故なら相手は僕が仕掛けてくるのを予測して動いていたらしく待ち構えていたからだ。その為、隙だらけの僕に対して躊躇なく切り込んできたので咄嗟に避けると距離を取って体勢を整えようとした。
だがそれを見逃す相手ではなくすぐに距離を詰めてきたので何とかしようと考えていると突如、背後から何者かが割り込んで来た事に気づいた僕は助かったと思いつつ視線を後ろへと向ける……そこにはなんと、ロゼさんが立っていたのだ。これには驚きを隠せなかった僕は思わず声を上げた。「ロゼさん!!危な……」
だが最後まで言い終えるよりも早く、彼女は持っていた剣を横一線に薙ぎ払うと相手に向けてこう告げた。「あなたは誰?何故、この子を狙っているの??」「……ほう、私の正体に気づくとはさすがというべきか」
すると相手は感心するように頷きつつも笑みを浮かべると同時に名乗った。「我が名は魔王四天王の一人であるガープなり……さて、自己紹介が終わったところでそろそろ続きを始めるとしようじゃないか――」
そう言った彼は即座に攻撃を仕掛けてきたがそれを受けたロゼさんは後退しつつ回避に専念していた。しかしそれでも余裕そうに笑みを浮かべていたので何か策でもあるのだろうかと思っていた時だった、ふと後ろから誰かに抱きしめられたかと思うとそのまま後方へと下がろうとした事で一緒に逃げている事に気づいた僕は誰なのかを確認しようとしたが途中で言葉を失ってしまった。なぜなら、そこにいたのはカレンちゃんだったからだ……だが、その目は虚ろな状態で表情にも生気が感じられなかったため心配になった僕は声をかけたのだが返事は返ってこなかった。そんな様子を目の当たりにした僕はますます不安を募らせていたがここでロゼさんから声をかけられると我に返った。「大丈夫、その子なら気を失っているだけだよ……だから早く逃げよう」「そ、そうだったんだ……でもどうやってここから抜け出すの?」
そう尋ねたところロゼさんが指さした方向を見た事で気づいた事がある……というのも窓が全開だったのだ――いや正確には壁の一部に穴が開いておりそこから外に出られる仕組みになっていたので、おそらく最初から脱出する事を考えていたのかもしれない。そう思った僕はロゼさんにカレンちゃんを任せてから穴の近くまで行くと、タイミングを見計らいつつ飛び降りた。すると無事に着地する事に成功したので安堵の息を吐く……ただ問題はこれからどうするかという事だった。
このまま街中に逃げたところで他の人達を巻き込む可能性があると考えた僕は一か八かの賭けに出た――つまり魔族の本拠地へと向かう事である。そこで決着をつけるつもりであった為、僕は二人に向かってこう言った。「今から僕が一人で向かう……二人は先に街から出ててくれないか?」「――えっ?!な、何を言っているのよ、あなた一人だけでなんて無理に決まっているでしょ!?そんなの私が許さないわよ!!」「……駄目だよ」「駄目ってどういう事……?もしかしてさっき言っていた事と関係しているわけ?」「うん……だって、あの魔族からは嫌な感じがするんだもん……それにロゼさんも感じているんでしょ?」「ま、まあそうだけど……」
歯切れが悪い様子で返事を返した彼女を見て確信した僕は覚悟を決めた。それは例え相手が何者であろうと戦うつもりだという意味も含まれていた――たとえその結果、自分がどうなろうとも構わないという強い決意を胸に抱いていたのだ。もちろんリミス達に反対されるかもしれないという考えはあったがそれでも引き返すつもりはない事を改めて認識していたからである。
こうして覚悟を固める事ができた以上、もはややる事は一つしかなかった。だからこそ二人の目を真っ直ぐ見据えながら静かに告げるのだった。「二人とも心配してくれてありがとう……でも僕はもう決めたんだ、必ずこの戦いに勝ってみせるから信じてほしい――だから行かせてほしい」「そうは言うけど本当に勝算はあるの??いくら何でも無謀過ぎると思うのだけれど……」「そ、そうだよ!もし負けたりしたらどうするの?そんな事になったら私達が困るんだからね!」
その言葉に一瞬だけ動揺してしまったが決して負けるわけにはいかないと強く思っていた僕は二人に改めて言った。
「大丈夫だよ、僕は負けないから――それよりも今は逃げる事だけを考えていてほしい……じゃあ行ってくるね」
そう言うと僕は走り出した……こうしてリミス達から離れる事に成功すると後は目的地に向かうだけだったのだが、ここで予想外の出来事が起こった。それは街を出る直前になっていきなり現れた謎の人物が行く手を阻んだのである……しかも見覚えのある人物だったので警戒しつつも足を止めると恐る恐る話しかけた。「お、お前はまさか……」「ようやく見つけましたよ……勇者ラティス様、いやこの場合は元勇者と言った方が正しいですかな?」「……くっ!?」「おやおや図星でしたか……それならそうと仰れば宜しいのに全く素直ではありませんねぇ……まあ、いいですけど」「……それでわざわざ僕を止めるために来たのかい?」「いいえ、別にそういうわけではありませんよ――ただ、ちょっと気になっただけです」
すると相手は含み笑いをしながらこう尋ねてきた――どうやら僕の目的に気づいているようだが一体何を知っているのだろうと思いながら見つめていると不意にある言葉が脳裏をよぎった。というのも以前に似たような会話をした際に答えてくれた言葉が同じだったからである――即ちそれは、僕が何の為にここへやって来たのかを知っていたからである。とはいえ今更、隠すつもりもなかった僕は開き直る事にした。「なるほど……そういう事だったのか」「おや、意外と物分かりがいいようで何よりです――では行きましょうか」「えっ?!ど、どこへ連れて行くつもりなの??」「ふふふっ、決まっているじゃないですか?魔王様の所ですよ……もっとも今回は四天王の一人となっておられるお方なので少々厄介かもしれませんが問題ありませんよね?」「なっ、四天王だと?!」
その言葉の意味する所をすぐに察した僕は顔を青ざめさせると思わず後ずさりしてしまう――だがそれでも尚、笑みを浮かべながら近づいてきた男は逃すまいと腕を掴むとそのまま強引に引っ張って歩き始めた。それにより引きずられるように歩き出してしまったのだが僕は慌てて叫ぶようにして抵抗の意思を見せた。「ちょ、ちょっと待ってよ!!まだ話は終わってないよ!!」「何を仰っているのですか?今のあなたは私の部下なのですから従うのは当然の事ではありませんか」「……ぐっ!?」そう言われた僕は悔しくて仕方がなかったが逆らう事も出来ずに仕方なくついて行く事を決めた。ちなみにこの時の男の表情を見ていた僕だったがそれが妙に嬉しそうだった事に恐怖心を覚えたのは言うまでもないだろう……そして暫くの間、歩く事になったのだがやがて大きな城が見え始めたのでここが目的地である事が分かった僕は同時に冷や汗を流し始める事となった。というのも今見えている城には見覚えがあったからだ――かつて僕が勇者として戦っていた頃に訪れた場所だったからであり、その中でも魔王と対峙した時の記憶が蘇ってきた事から思わず身体を震わせてしまう。するとその様子を目ざとく見ていた男は笑みを浮かべてから耳元で囁いた。
「どうやら思い出したようですね……まあ、あの時とは状況が違いますがどちらにせよあなたが殺される運命は変わらないでしょうしせいぜい楽しんでくださいよ」「ふ、ふざけるなっ!?誰がお前みたいな奴なんかに……」「ははっ、随分と嫌われたものですね――まあいいでしょう、とにかく中に入りますよ」
そう言った彼は門を開くと中へと入るように促してきた。しかしその様子を眺めていた僕は緊張していた……何故ならここはかつて魔王の居城であり魔王が支配する地でもあるのだ、当然、四天王が待ち受けていると考えるのは自然だった。そんな事を考えつつ中に入ろうとした僕はある違和感を覚えたので思わず立ち止まった……なぜなら魔王がいるであろう玉座がある部屋へ向かうまでの道程の途中にある部屋の数が少なくなっていたからだ。しかもそれだけでなく城内の構造自体が変わっており以前と比べて広くなっているように思えたため内心で首を傾げていると再び声をかけられた。「何をしているんですか?早く来てください」「あ、ああごめん」
促されるまま後に続いた僕だがここで妙な事に気づいた。それは先程よりも明らかに人の気配が少なくなったような気がしたからだった。その証拠に歩いている途中ですれ違う人達が全くと言っていいほど見当たらずまるで無人のような印象を受けたのである――そのせいか周囲を見回しながらも歩いていたその時、突然目の前の扉が開かれるとそこには四天王の一人が立っていて手招きをしていた。それを見た僕は一瞬躊躇ったが大人しく従って中に入ると男が待っていた場所へと歩み寄った。「よく来てくれたね、さあそこに座ってくれ」
「え、えっと……分かりました」「そんなに固くならなくてもいいからリラックスしてくれ」「わ、分かりました……」
言われるがままに腰を下ろした僕は目の前にいる男と視線を合わせていたが正直、落ち着かなかった。なにせこれから戦う相手なのだからどんな攻撃が待っているのか分からないので下手に動けば命取りとなるのは明白だったからだ。その為、相手の行動や一挙手一投足に気を配っていたのだがそこで唐突に口を開いた男はとんでもない事を言って来たのだ――それを聞いた僕は思わず耳を疑った程だった。というのも彼が口にした内容というのが次のようなものであったからだ。それは『戦いが終わったら仲良くしたい』という事だったのだ。その言葉を耳にした僕は戸惑いを隠しきれなかった。というのも僕が知っている情報の中には目の前の男に関する情報など一切なかったのだ――それどころか顔すらも見た事がないくらい接点がなかったのである。
そもそもこの城に来たのは勇者としての務めを果たすべくして訪れただけであり、本来であれば魔族と馴れ合うような事をするつもりは毛頭なかった。それなのに今になってそのような発言をされたのだから困惑せずにはいられなかったがそれでも何とか冷静さを取り戻す事に成功したところで改めて男の顔を見た僕はふとある疑問を抱いた――どうしてこの男はこんなにも友好的な態度を示しているのだろうかという新たな疑問である。とはいえ深く考え込んでも答えが出ない事は分かっていた僕は素直に尋ねる事にした。「……一つだけ聞いてもいいですか?」「ん?なんだい、なんでも聞いてくれて構わないぞ」
「――何故、急に僕に話しかけてきたんです?今までろくに話すらしていなかったのに……」
その質問に対して男は笑みを浮かべると答えた――「確かに君の言う通りだな……だが、それは君が我々にとって重要な存在だからという理由だけで納得してもらいたいんだが駄目だろうか?」「……どういう事ですか?」「ふむ、簡単に言えば君に我々の仲間になってほしいんだよ」「はい??い、意味が分かりません……」
あまりに突拍子もない発言を聞いた僕は混乱してしまい、思わず素の口調が出てしまうとそれを聞いていた男がニヤリと笑みを浮かべたのを見て背筋がゾクリとした。それはまるで全てを見透かされているような感じで、もはや言い逃れ出来ない事を悟った僕は覚悟を決めると思い切って尋ねた。「……つまり僕を誘い出して油断した隙に殺すつもりでいるという事ですよね?」「ふふっ、半分正解ではあるが正確には違うな――君は勘違いしているようだが我々は別に君を始末しようなんて思っていないよ、むしろその逆なんだ」
その言葉に思わず目を点にした僕は首を傾げた。「えっ、じゃあどういう意味なんです??」「言葉の通りの意味さ、我々と共に世界を征服する為の仲間になってほしいんだよ」「ま、まさかそんな理由で僕を呼びつけたっていうんですか?!ふざけないでくださいっ!!」「おいおい落ち着いてくれよ、私達は至って本気だぞ?」「……そ、それで一体何が目的なんですか??」
あまりにも衝撃的すぎる言葉を聞いたせいで興奮してしまったが気持ちを落ち着かせると改めて質問した――すると今度は別の答えを口にした。というのもその内容は驚くべきものだったのだがそれを聞いた途端、驚きのあまり声が上擦ってしまったのと同時に怒りが込み上げてきた事で睨みつけるようにしながら叫んだのだった……というのは僕が聞かされた話によれば魔族側は現在、魔王を含めて四天王しかおらずこのままでは近いうちに滅んでしまう恐れがあり一刻も早く戦力を集めなければいけなかったらしくその為に一番力のある者が必要だったというのだ。つまり僕は単なる生贄として呼ばれたに過ぎなかったのである……とはいえそうはいっても断れる筈もなかったのだが最後の望みを懸ける形である事をお願いしてみたところ快く承諾してくれたのでほっと胸を撫で下ろした――というのも実はこの時点でもうすでに決めていたからである。それは他の誰にも僕の邪魔をさせないという事だった。
その理由についてだが魔王は既に僕がここにいる事を把握しておりいつでも襲撃する事が可能な状態だったからこそあえて泳がせていたのだという結論に達したからだ――その理由に関しては様々な可能性があったが中でも最も有力なのは僕を倒す事ができないと判断した上で利用するつもりだったのかもしれない。しかしそんな事を考えている間にいつの間にか話が進んでいた事に驚いたのだが詳しい話を聞くうちにようやく自分がここに呼び出された理由が判明した。どうやら僕がこの世界に召喚されて間もない頃から密かにマークしていたそうで、もしも何か起きた場合はすぐにでも対処する予定だったようだが特にこれといった問題は起きなかったので放置していたのだが先日の件で一気に注目が集まり、その結果、急遽計画を前倒しにして実行に移す事になったらしいのだがその中でも僕が選ばれた理由は単に強いからである……ただし、その基準に関しては不明だったが少なくとも魔王からお墨付きを得た事からかなりの実力があると判断されたのだろう。
それからはあっという間に準備が整いいよいよ明日、出発する事になっていたので僕もそれに備えて休む事になったのだが最後にこう言い残していった――「明日の朝に魔王様が直々に会ってくださるそうだ」それを聞いて思わず気が重くなったものの今更逃げ出すわけにもいかないので諦めて指示に従う事にした……とはいえこの時はまだ何も知らずにいた――まさかそれが悪夢の始まりになるとも知らずに。そして夜が明ける少し前に目を覚ました僕は顔を洗い身支度を済ませた後、食堂へと向かった。そこには先に食事をしている人が大勢いたが気にせず中へ入り空いている席に腰掛けると注文をする事にした――というのも食事に関して制限はない上にどれだけ食べても構わないと言われたからである。これはおそらく魔族にとっては普通の量なのかもしれないが人間の感覚では多過ぎると感じる程度なのだがそんな事よりも空腹の方が勝っていたので遠慮せずに頂く事にした。すると料理は思っていた以上に美味しく食べる度に感動しているとあっという間に平らげてしまいおかわりをしに行ったところで不意に声をかけられた……振り返るとそこにはアギトが立っていた。どうやら彼も朝食を食べに来たらしく同じメニューを選んでいたのだがそこである事に気付いた僕は思わず問いかけてしまった。「……そういえば気になった事があるんだけど聞いてもいい?」「ええ、構いませんよ?一体なんですか?」「あのさ……さっきから周りの視線が妙に集まっている気がするんだけどどうしてだと思う??」その質問を聞くと彼は周囲を見渡してから口を開いた。
「――まあ、恐らくですが昨日の一件のせいでしょう」「え、えっと、それはどういう事なのかな……?」「あなたは気付いていないようですがあなたがここへ来た時、かなりの騒動になったんですよ……それこそ城中の者達が知るくらいにはね」「……え??じゃ、じゃあもしかしてそのせいでみんなの視線を集めてしまってるって事なのか!?」
彼の言葉を聞いた瞬間、思わず動揺してしまうとそれを見たアギトは笑みを浮かべながら頷いた――その様子を見る限り嘘をついていないように思えたのだが正直、信じられなかったのでさらに追求しようとしたところで背後から声をかけられた。その声に振り向くとルドラの姿があったのだが彼の表情は不機嫌そのものだったので思わず視線を逸らした――何故なら彼の機嫌が悪い時は大抵の場合、面倒事が起きる時だからだ。
それを裏付けるかのように突然、腕を掴まれるとそのまま連れて行かれた。それを見た周りの人達は気の毒そうに見ていたものの僕はただ黙って付いて行くしかなかった――というのも下手な抵抗をして機嫌を損ねるような真似は避けたかったからだ。やがて人気のない場所まで連れて来られた僕はようやく解放されると思い安堵したところで急に壁に押し付けられたかと思えば強引にキスされた――その瞬間、何が起きたのか分からず頭が真っ白になったがそれも一瞬の事で我に返ると慌てて引き剥がそうとした。
ところが予想以上に強く押し付けてきたせいか全く離れずそれどころか何度も繰り返されているうちに息が続かなくなった僕は仕方なく応じる事にした……とはいえあまり乗り気ではなかったものの渋々応じた僕は早く終わらせようと自分から舌を入れたところで相手が怯んだのが分かった。それを好機だと感じた僕はさらに攻勢を仕掛けようとしたその時、突如、何者かによって後ろから羽交い締めされると耳元で囁かれた。「それ以上続けるなら容赦しませんよ?」「ッ?!あ、貴女は……」その声を聞いて誰なのか気付いた僕が驚いていると今度はルドラの声が聞こえてきた。
「――おい貴様っ!!何をしているのだ、その手を離せ!!」「それはこっちのセリフですよ!どうして彼にこんな事をしているんですか!」「そ、それはだな……わ、私とコイツがこ、ここ恋人関係だからに決まってるだろうが!」それを聞いた途端、僕は驚きのあまり固まってしまった――もちろん、嘘に決まっているがそれでも彼女の発言には無理があった。なにせ僕とルドラとは一度もそんな関係になった事はないのだから……だがそんな事情を知らない二人は互いににらみ合ったまま一歩も引かなかった。
とはいえ、このまま黙っているわけにはいかなかった僕は二人の間に割って入るなり言った。「えっと、その、落ち着いて下さい二人とも……」しかし僕の声に耳を傾けようとはしなかったばかりか何故か一触即発の状況になってしまい、ますます収拾がつかない状況に陥った……しかも二人が同時に攻撃を仕掛けようとしているのを見て慌てて止めるように叫ぶのだった――それからしばらくして何とか落ち着いた二人はとりあえず離れる事にしたらしく、それぞれの持ち場に戻る事になったのだがその際、僕は二人に釘を刺しておいた――というのも下手に刺激するような真似をすれば命取りになりかねないと思ったからだ。なぜなら二人共、かなり怒っていたようでいつ暴れてもおかしくない状態だったからだ。
そんな訳で再び席に着くと料理を堪能しているとまたしても誰かがやって来たので視線を向けた瞬間、驚いてしまうと同時に納得した。何故ならそこにいたのは魔王だったのだがよく見ると目の下に隈があり寝不足なのか目が虚ろだった……そんな彼の姿を見て僕は昨日の時点である程度覚悟していた事を思い出し、いよいよかという緊張感を抱きつつも食事を終えた僕は席を立った。するとそれを見計らったかのようなタイミングで声をかけられ、言われるがままに後についていく事にした。とはいえ既に腹は決まっていたので特に緊張する事もなく部屋に入った僕は促されるまま椅子に座ると相手と向かい合った――というのも僕は今から殺されるからである。もっとも魔王から事前に聞かされた話では別に命を奪おうと考えているわけではなく、むしろ逆だという説明を受けた。
なんでも異世界からの来訪者は強大な力を秘めている事が多いらしく、だからこそ利用出来るだけさせてもらってから殺すというのが魔族側の考えなのだとか――しかしそう聞かされてもいまいち納得できなかったのでその理由を尋ねたところ予想外の答えが返ってきたのだった。それは僕がまだ力を使いこなせていない為、魔王側に被害が出ないようにしたいという願いもあったのだという。なので僕に死なれては困るから殺すのではなく生かす為に殺さなければならないのだと聞かされた時には正直言って戸惑ったのだがそれでも魔王がそう決めたのなら仕方ないと思って覚悟を決めて臨んだ。
そして魔王は僕を殺すための道具を取り出そうとしたのだが、ここで問題が発生した……というのも彼が取り出したものは剣や弓といった武器類ではなくどう見ても拷問器具としか思えない代物ばかりだったからだ。それを見て流石に疑問に思った僕が恐る恐る尋ねると魔王は笑いながら答えた。
「はっはっは、何を不思議に思う事があるのかね?君には私の言う事を聞いてもらわなければならないのだよ、つまり私の言いなりになるしかない状態にしなければならないので手始めに君を服従させる必要があるのさ」そういって手渡されたものを見て愕然となった――というのも渡されたものが手錠だっただけでなく、その先に繋がれていた紐が首輪のような形になっていたのでこれから自分が何をされるのか想像がついたからだ。「ちょ、ちょっと待って下さい!いくらなんでもやり過ぎではないですか??」「いや、これでいいのだよ……何故なら君ほどの力を持った人間なら私如き、簡単に倒す事ができる筈だ。なのに君はしなかった……つまり私に危害を加える気はないという事だ」「……確かにその通りですが、だからといってなぜここまでする必要があるんですか?!」「ふむ、では逆に尋ねよう……仮に君がこの提案を断ればどうするつもりだね?」「……そ、それは……」魔王に問われた僕は口籠ってしまい何も答える事ができなかった。
というのも実際にそうなったらどうしようか迷ってしまったからなのだがそれが表情に出ていたのか僕の顔を見た魔王は笑みを浮かべながら言った。「そうだろうな?ならば話は簡単だ、もし断るのであれば今すぐこの場で殺す事になるがそれで構わないかな??」「……分かり、ました……その条件を呑みます……」結局、押し切られてしまった事もあって渋々ながら受け入れた。その後、早速準備を始めた魔王を見ながら自分の迂闊さを呪っていたものの今更悔やんでも仕方がないと考え直し、気持ちを切り替える事にした。
そして一通りの準備が終わると彼は僕を座らせた後で自分も座り込むと改めて問いかけた。「さて、これで準備は全て整った訳だが最後にもう一度だけ確認しておくぞ……本当にいいんだね?」それに対し静かに頷くと魔王は軽く頷き返すと次に別の人物を呼んだ。その人物というのはルドラだった。それを見た僕は何故ここに彼女が呼ばれたのかと困惑したのだがそれは彼も同じようだった――何しろ彼女は僕の事を敵視しているからだ。その為、顔を合わせる度に喧嘩を始める程だったので今回もそうなると思っていた矢先、信じられない事が起きた――なんと二人は抱き合い、口づけを交わし始めたのである。しかも舌を絡めあう濃厚なものを見た僕は呆然としてしまったものの魔王は気にする事なく続けた――というのもこれは必要な儀式だったからだ。
実は先程から言っている事はあくまで建前に過ぎず実際には二人の身体を重ね合わせる事でより強い繋がりを作るというのが目的だった。ちなみにやり方に関しては僕もよく分からないのだがどうやら魔王が何らかの方法で二人を強制的に発情させているようだった――といっても詳しい方法は分からないもののその様子を見る限りではお互いの身体を求めるあまり我を忘れているようだった。
そのせいか二人が服を脱ぎ捨てた途端、凄まじい光景が広がっていた――というのも服の上からだと分からなかったがルドラの身体つきは予想以上に凄まじく、胸に至っては爆根といっていい程のボリュームを誇っていた――それに対してアスタロトの方は対照的に細身で小柄な体躯だったのだが彼女の場合、身体の至る所にある痣や傷が痛々しかった……とはいえ、当の本人は全く気にしていなかったようだがそれよりも注目すべき点は下半身にあった――というのも彼女の女性器はあまりにもグロテスクなものだったのだ。というのもまるで肉芽を思わせるような突起がいくつも付いており、更にそこから伸びた無数のイボのようなものがビラビラと動いていたのだ。
また男性の象徴の方も尋常ではないほど巨大で長さもかなりのものでまさにモンスター級と呼ぶに相応しい代物だったがルドラの男性自身はそれに輪をかけて大きかった……なにしろヘソの上あたりまである大きさに加えカリ首も大きく開いていて見るからに凶暴そうな見た目をしており到底挿入出来るものとは思えなかった。
だがそれも最初だけで少し慣らす必要があったらしく互いの身体が触れ合うなりすぐに結合した――とはいっても当然、すんなりとはいかなかったので苦戦を強いられていたのだがそれでもどうにか収めきった後は互いに抱き合う形になった。すると途端に快楽を得たからか二人とも激しく腰を動かし始めた……おかげで室内にはグチャグチャという卑猥な音が響き渡ったのだがそれでも構わず動き続けていた二人は次第に高みへと昇り詰めようとしていた――やがて限界が訪れたのか絶頂を迎えた次の瞬間、彼女達の身体が突然痙攣を起こしたかと思いきや股間部から大量の液体が流れ出はじめた。
それに気付いた僕と魔王は驚きつつも黙って見守っているうちにようやく収まった頃には既にルドラの身体はグッタリしており身動きひとつ取れずにいた……一方、一方の魔王も疲労が激しいのかしばらく動けそうになかった――というのも二人が繋がった箇所がかなり悲惨な事になっており、見ているだけでも吐き気を催してしまうほどだったからである。
だがそれでも何とか息を整えた魔王がルドラの頭を撫で始めるなり、その表情は一変した――何故なら彼女の表情が穏やかになったからだ。そこで試しに声をかけてみたところ返事があったので意識を取り戻したのが分かったので安堵した僕は彼に問いかけた。「えっと、今どんな状況になっているんですか??」すると彼はこう答えた。
「うむ、何と言えばいいか分からんのだが端的に言えば繋がっている状態だな……とはいえあくまで一部分だけであって全身で繋がったわけではないから心配はいらないだろう」「そうですか……それで肝心のルドラさんはどうなんですか?」するとここで意外な言葉が返ってきた。「ん、ああ彼女ならまだ大丈夫だと思うよ……何せ私の魔力を直接送り込んでおいたからね、これならばたとえ手足を失っても修復可能だし、ましてや死なない限りは私の許可なしで死ぬ事はないから安心するといい」
それを聞いた僕は心底驚いたものの同時に納得した――というのも今までの戦いの中でルドラの強さは嫌というほど目の当たりにしていたからだ。そんな相手を従わせる事が出来るのなら魔王の力を試すには打ってつけだと思ったし何よりも相手が彼女なら遠慮する必要がないと考えた僕は思い切って尋ねてみた。「あの魔王さん、もしもあなたが良ければ彼女と勝負してみたいんですが駄目でしょうか?」すると最初は乗り気ではなかったようだが僕が何度も食い下がると折れてくれたので早速準備に取り掛かった。ちなみに今回の為に急遽作った闘技場での対戦となったのだがこれが想像以上に大きな施設であり、もはや野球場並みの広さだった事から改めて彼が魔族の長たる存在だという事を実感させられた――と同時にこんな所で戦ったら無事で済むはずがない事も理解させられ、僕は緊張しながらも二人の様子を見守っていた。
こうして始まった対決は意外にもあっけなく決着がついてしまった――というのも両者共に魔法が得意なのでまずは遠距離からの魔法合戦から始まり、それを何度か繰り返してから今度は接近戦に持ち込もうと考えた魔王が先手を打った結果、一気に間合いを詰めてルドラの懐に飛び込むなり渾身の一撃を放ったのだ。これには彼女も反応できずにまともに受けてしまいそのまま後方へ吹き飛ばされたが空中で体勢を立て直すと難なく着地してみせた。それを見た魔王はすぐに追撃をかけようと再び距離を詰めようとしたその時、不意に足元を狙われて危うく転びかけたものの辛うじて持ち堪えたものの完全に隙が出来ていたせいで反撃を許してしまう事となった――しかしその直後、彼女は驚くべき行動を取った……何と相手の攻撃を回避しながら自身の爪を伸ばしたのだ。
それは一瞬の出来事だったので魔王も呆気に取られていたが我に返った瞬間、すぐさま距離を取ろうとしたものの彼女が許すはずもなかった……何故ならこの時、既に彼女は勝利を確信していたからだ。そして魔王の背後に回り込むなり背中に手を回し、ガッチリと固定すると首筋に牙を立てて食らいついた……そのあまりの痛みに思わず声を上げてしまった魔王は必死に振り払おうとしたが無駄だった。何故なら下手に暴れるたびに噛みついている顎の力が強くなる上に吸血される事による快楽に意識が集中してしまい、まともに動く事すらままならなくなってしまったからだ。しかもその間、ルドラの方は全く動じる事なく魔王を貪り続けている――その結果、魔王はものの数分で骨だけとなってしまった。そして全てを食べ尽くした後、ルドラがふと顔を上げると僕と目が合った。「やあ、久しぶりじゃないか……まさか君がここに居るとは思わなかったよ」
どうやら魔王との戦いに集中しすぎていたのか僕に見られている事に気付かなかったようで挨拶してきたが僕は複雑な気持ちで応じた。「あ、うん、そうだね……それよりも今の君は一体……」そんな僕の問いかけに対して彼女は笑顔で答えるとこんな事を口にした。「私かい?私はね……この方のおかげで生まれ変わったんだ……いや、正確に言うと新しく生まれ変わったと言った方が正しいだろうね。だからもう昔の私とは完全に違う存在だよ」「……そう、なんだね……ちなみに君の言うあの方っていうのは一体誰なの?」その問い掛けに対し、彼女は満面の笑みを浮かべてこう言った。
それから約一時間が経過し、いよいよ本番を迎えた訳なのだが改めて目の前の現実を直視した途端、思わず息を呑んでしまった――というのも二人の見た目があまりにも酷いものだったからだ。というのも両者とも全身に傷や痣があるだけでなく明らかに致命傷と思しき深い傷があちこちに刻まれている上に出血量が尋常じゃない為、誰がどう見ても生きているようには見えなかったのだ。
そんな彼女達を前にして動揺を隠し切れない僕に魔王はこう言ってきた。「どうしたんだい?何か言いたい事があるのならはっきり言いたまえ」その言葉を聞いた瞬間、僕はある決意を固めた――何故ならこのままだと間違いなく殺されると感じたからだった。
だが一方で魔王の方は僕の覚悟を察したらしくそれ以上は何も言わなかった。というのもいくら不死に近い存在とは言え、このままの状態が続けばどうなるか分からなかったし何よりこのままでは自分が死んでしまう可能性があったからだ。とはいえだからといって今更止めるつもりはなく、寧ろその逆で早く始める事を望んでいるようだった――というのもこれまで幾度となく死に直面してきたがその度に乗り越えてきた彼にとってはこの程度の事は日常茶飯事に過ぎなかったのである。故に恐れるものなど何もなかったのである……尤も彼の場合はただ単に感覚が麻痺しているだけだったのかもしれないが少なくとも僕に対しては効果抜群だったようで今にも逃げ出しそうな勢いでガタガタ震えていた……もっともそんな事を許してくれるような相手ではないのだが。
そしてついにその瞬間がやってきた――なんと最初に攻撃を仕掛けたのは魔王の方だった――彼はまずルドラの動きを封じるべく地面に手を当てたかと思うとそこから無数の棘を発生させたのである……どうやらそれが彼の能力のようであっという間に全身を刺し貫かれてしまった彼女の動きが止まるのを確認すると間髪入れずに魔力を送り込み始めた……するとたちまちルドラの全身が青白く光り始め、それと同時に傷口が塞がっていった……だがそれを確認した魔王は攻撃の手を緩める事はなかった。それどころかさらに激しい動きでもってルドラの身体を責め立てていく――それも先程とは違い、明らかに性的な行為を思わせるもので手つきこそ乱暴なものではあったがそれでもルドラは感じているようだった……その証拠に彼女の口からは甘い吐息と共に艶やかな声が上がっていた。「んっ……んんっ……ああっ、だ、駄目っ……そんなにされたら……あんっ、あっ、あああぁっ、お、おかしくなっちゃう……ふ、ふふ……それにしても貴方、中々上手いわね……これなら私も本気を出すしかないようね」「ほぅ、言ってくれるじゃないか……なら見せてもらおうか、あんたの力を!」そう言って二人は更に激しく責め立てた結果、遂に我慢できなくなったルドラは一際大きい声で鳴き出すと身体を大きく仰け反らせ、そのままぐったりと動かなくなった……どうやら気を失ったようだ。
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