第4話


それから三日後、俺達はルシファーによってとある場所に集められていた。そこは魔界でも有数の広さを誇る森の一角にあり、さらに言えば現在進行形で魔王城が建設されている場所でもあった。なぜそんな場所にいるのかと言えば、それは言うまでもなくルシファーの提案によるものだったがその内容は、この場所にて彼女と戦闘を行うというものだったので俺は二つ返事で了承したのである。

というのも彼女の強さが気になっていたのもあるが何より俺が知りたいと思っていた事を知れるチャンスだったからだ。なので早速【空間転移】を発動させると彼女の元へと飛んだのだが次の瞬間、俺は信じられないものを目にしたせいで言葉を失ってしまう。何故なら目の前にいるはずの相手がどこにもいなかったのである。(……一体どうなってるんだ?まさか幻影とかじゃないよな……?)そう思いつつ周囲を注意深く見回していると背後から声を掛けられた事でようやく安堵した俺はすぐさま振り返りながら言った。「悪いが今忙しいから邪魔するな!」だが次の瞬間、俺の意識は途絶えた……

ふと気が付くと俺は真っ暗な空間に佇んでいた。そこでようやく理解したのだがどうやら俺は気を失っていたらしい。それも意識を失う直前に後頭部に衝撃を覚えたのでおそらく殴られたか何かしたのだろうがそれがいつ起きたのか、どうやってされたのかは分からない。ただ一つ言える事は、この状況は非常に危険だという事だけだ。なぜなら、こうして立っているだけでも何も起こらない上に一切の音もない。それだけに恐怖心が増してしまう。だからこそ、一刻も早くここから離れなければならないと思うのだが肝心の出口らしきものが見当たらない。

(くそ、このままじゃマズイ……どうするべきか……)必死に思考を巡らせて打開策を見つけ出そうとしていたが、突然聞こえてきた声で我に返らされてしまった。

それはまるで地獄の底から響いてきたかのような恐ろしいものだったが同時にどこかで聞いた事のある声のようにも感じられたので、すぐに思い出そうとしたもののどうしても思い出せないままだったので思わず首を傾げていると急に声が聞こえてきた。

「……君は自分の置かれてる状況が分かってないみたいだね。本来ならこんな手段を取りたくはないけど、それでも仕方がないと割り切らせてもらうとしよう」そう言って姿を現した人物は俺の前に立つなりゆっくりとした足取りで近付いてくるのを見て、ようやく思い出したのだ。(そうか、お前は確か、俺がこの世界に来る前の時に出会った女だったか。それにしても、あの時とは比べ物にならないくらいに強くなったみたいだな。

とはいえ、まだ本気を出していないみたいだが、それならそれで都合がいい)そう思った直後に俺も戦う意思を示す為、一歩前に出た瞬間、相手も足を止めると不敵な笑みを浮かべながら話し掛けてきた。「君が何を考えていようと関係ない。今、君にあるのは敗北の二文字だけだからね」

「面白い、なら、やってみるか?」

「……後悔しないでね」

「……後悔するとしたらお前の方だ。なぜなら、ここで終わりを迎える事になるんだからな!!」

「そうか。ならば試してみればいい。ただし、その前に私の名前を教えてあげよう。

私の名はサタン。魔王の右腕にして全ての魔族を統べる者さ」

それを聞いた途端、全身に悪寒が走ったような気がしたが、それ以上に俺の中で眠っていた闘争本能に火が付き始めたのが分かった直後、自然と体が動き始めていたのである。そして気が付けば俺とサタンとの間には見えない境界線のようなものがある事に気付くと同時に戦いが始まってしまったのだった……。

こうして始まってしまった戦闘は熾烈を極めた。何せ互いに譲れない理由を抱えている以上、どちらかが先に折れるまで決着がつく事はないからだ。だからこそ長期戦になる事は目に見えていたのだが、それはあくまでも予想であり実際には違っていたようだ。何故ならば実際に戦った経験がなかったからである。

確かに魔王であるルシファー達と戦った事はあるがあれは彼女達が望んだものではなかった。もちろんお互いに手加減した状態での勝負ではあったので、そういう意味では手を抜いていた事にもなる。つまり今回、俺が経験したものは本当の意味での真剣勝負という事になり、それ故に緊張感も尋常ではないレベルになっていたのである。とはいえ、だからと言って怖気づくような俺ではないので一気に仕掛けようとしたところ、不意に声が聞こえたような気がして咄嗟に立ち止まる。

すると先程までは感じなかった妙な違和感に襲われて首を傾げたのだがその直後、何故か体の力が抜けていくような感覚を覚え始めると途端に全身から嫌な汗が滲み出し始めた。これには流石の俺でも驚きを隠しきれずにいたものの状況を把握する為に周囲を見渡してみると案の定、先程よりも景色が変わっており思わず目を見張った。

それは一言で説明するなら闇だ。いや、厳密に言うのであれば漆黒の炎が燃え盛っており周囲に漂う魔力の流れが変化していたのである。だがその流れ自体は決して不快なものではなくむしろ心地よく感じたのだがそれと同時に奇妙な違和感を感じていたのだ。しかもその理由については考えるまでもなく目の前に佇む人物の存在であった。「……どういうつもりだ?」

そう言いながら俺は改めて目の前の相手を見つめながら尋ねた。というのもこれまで見てきた彼女の姿とはかけ離れていたからである。その姿はまさに悪魔と呼べるようなものになっており、背中には翼が生えていただけではなく額から生えた角や頭から生える一対の角といったものも確認できた。しかしそれよりも目を引くものがあったとすれば腰辺りにある黒い尾と両手両足の鋭い爪だった。そしてそれらを見た事でようやく彼女が本当に人ではない存在になったのだと実感させられた気がした……。

するとそんな彼女は俺の質問に対し、少しだけ考える素振りを見せた後でこう答えた。「そうだね……敢えて言うなら宣戦布告と言ったところかな?何しろ君のような人間が私達の世界にいるだけで迷惑極まりないからね」「何だと……?」「だってそうだろう? 今までは様子見という意味合いもあって黙ってはいたが、さすがにもう我慢出来ない。だからこの場で君を始末する事にする」「なるほどな。つまり、そういう事だったのか……」

俺はそこで何故、カレンに対して執拗に追い掛け回すようにしていたのかという理由が分かり納得した上で納得するとそのまま身構えながら彼女に話し掛けてみた。ちなみにその際、少し口調を変えてみたのだがどうやら正解だったらしい。その証拠に彼女も反応してくれたからだ。「ふふっ……やはり君は勘が良いらしい。だけど今更気付いたところで手遅れだよ?既にここは私の世界へと変わったのだから、後は好きにやらせてもらうよ」

そう言うと彼女は不敵な笑みを浮かべた後、両手を胸の前で交差させながら呪文を唱え始めた。それは一瞬の出来事だったので最初は何をしたのだろうと思った矢先、その答えはすぐに判明した。何故なら俺の周囲の地面から次々と魔物が出現すると襲い掛かってきたからだ。俺はすかさず反撃しようとしたが何故か身体が動かなかったので内心では舌打ちしながら打開策を考えているとその事に気付いたらしい彼女の方から声を掛けてきた。

「どうしたんだい?早く抵抗してみせてくれよ!でないと退屈すぎて殺してしまいそうになるじゃないか!」「……くそったれ……!」

俺は吐き捨てるように呟くと覚悟を決めて迎撃する事にしたのだがそれでも状況は悪くなる一方で次第に追い込まれてしまったせいで追い詰められていたその時、不意に頭の中で誰かが囁いてきた事で思わず笑みが浮かんだ。

(まったく……こんな時でも俺の味方してくれるんだな)そう思いながら俺は彼女の攻撃を躱すと背後に回り込み羽交い締めにするような形で抱き付くとそのまま身動きを封じたのだがその直後、今度は正面から攻撃されてしまい避けきれないと思った瞬間、ある人物が間に割って入ってきたかと思うと片手で防ぎながら俺に話し掛けてきた。「無事か?すまない、少々遅れてしまったな。だが安心するといい、この程度であれば、まだまだ私一人で充分だ。

それにお前はルシファーとルシフェル殿の事を頼む!」そう言われたので頷いて答えると俺は再び彼女の方へ向き直り、それから【影縫い】を発動させると共に【重力操作】も同時に発動させた。それにより地面に叩きつけられた衝撃で思わず咳き込んだのを確認した後、更に続けて【結界魔法】を発動して彼女を閉じ込めた直後、急いでその場を離れて行った。「ま、待てっ!!まだ話は終わっていないんだぞ!?くそ、こんな所で捕まって堪るかぁぁぁー!!!!」

こうして俺は彼女との戦いで苦戦しながらも見事に勝利を掴む事に成功した。しかしそこで思わぬハプニングが起きた……。それは突如として発生した謎の爆発音を聞いた直後に目の前が真っ白になってしまったので慌てて目を閉じていると徐々に瞼を通して入ってくる光の強さが増していった事で目が眩みながらもゆっくりと目を開けると目の前に広がった光景に呆然としてしまう。何故なら、そこには何もないどころか焼け野原と化した大地だけが広がっていたからだ。当然、それだけには留まらず視線を上に向けてみれば雲一つない青空が見える事から自分が地上に立っていない事に気付いた。だがここで問題なのは、どうして空中に浮いているのかという事ではなくどうやってここに来たかである。

(うーん……駄目だ、いくら考えても思い出せないな)そんな事を考えながらも何とかして記憶を辿ってみるものの結局思い出す事は出来なかったので仕方ないと思いつつもとりあえず周囲を見渡してみる。するとかなり離れた所ではあるが森らしきものを見つけたので近付いてみるとそこには大きな湖があり水はとても澄んでいた上にとても透き通っていて魚まで泳いでいたので、そこで喉を潤した後は腹が減っている事に気付きつつも何かないかと周辺を探索していると偶然見つけたキノコを食べてみたところ思いの外、美味かったらしく、気付けば全て平らげていた。そして満腹感に満たされたからか急激に眠気に襲われたので近くにあった木陰に移動するとそのまま眠りについた。この時、完全に忘れていたのだ。そもそもこの場所がどんな場所でどういう場所なのかさえ知る術もなくただ何となくやって来ただけなので何も考えていなかった。その結果、今現在進行形で命の危機に晒されているなどとは夢にも思わなかったのである……。

一方その頃、俺達の前から忽然と姿を消して消えたアベルを探す為に捜索を続けていた俺達は森の中を彷徨いながらも手掛かりを探していたが結局は見つからなかった事で途方に暮れていたが、その直後に上空から声が聞こえてきたので視線を向けると見覚えのあるシルエットが目に映り込んできた事で安堵したのだが次の瞬間、信じられない事態が起こってしまったのである。

というのも突然、空に浮かんだ人影のようなものが急に落下したと思ったらそのまま湖の水面に衝突して巨大な水飛沫を上げると同時に水中へと沈んでいったのを見て何が起こったのか理解が追いつかなかっただけでなく、それを目撃した仲間達も同じ心境だったようだ。何せ目の前で起こった現象は明らかに普通ではありえないものだったからな。

するとそんな状況を打破すべく真っ先に動き出したのはリンカだった。

「……何にしてもあの場所へ行ってみる必要があるようね」「確かにその通りだけど……」

俺が相槌を打つと隣にいたルシファー達も同意を示すように頷き返してきた。そう、仮にそれが人間であるならば誰もが驚く事は間違いないだろう。だが幸いな事にここは異世界で人間以外の種族も数多く存在している以上、可能性としては捨てきれないと判断した為、一度様子を見てから判断する事にした。もちろん最悪の事態だけは避けたいという思いはあったのだが今は仲間の命が最優先であり少しでも生存率が上がるのであればやってみる価値はあるだろう。

こうして意見がまとまったところで改めて確認すると全員で手分けしながら周囲を捜索した結果、最初に見つかった場所から近い位置にあった事もあり、それほど時間は掛からずに到着したものの何故かそこに人の気配はなく代わりに大量の血痕が残されているのが確認されただけだった。しかしその一方で奇妙なものが残されていた事も分かった。というのもその場所だけ妙に木々が少なくなっており更地に近い状態になっていたからだ。そして何より目を惹いたのは地面の中央に突き立てられた黒い剣だった。その大きさはかなり大きく普通の人間では絶対に持ち運べないようなサイズだったのだがよく見ると刃の部分には赤い何かが付着しているように見えた。おそらく何らかの理由で折られた際に残ったものと思われたが、それ以外には何も見当たらなかった事から恐らくは何者かによって運び出されたと思われる。

しかし問題はその後に起こった。なんといきなり黒い剣を中心に魔法陣のような紋様が現れたかと思えばそこから突如現れた光が空に向かって放たれたのだがすぐに消えてなくなったかと思うと先程と似たような変化が起こり始めたのである。「ちょっと待ちなさい!一体どうなっているのよ?」

その光景を見たミレイユが珍しく声を荒げて話し掛けてきたので俺も返答しようと試みる。

ところがどう説明したら良いのか分からずにいるとカレンが俺の前に出てきて代わりに説明を始めてくれた。「……あれは転送魔法の類だと見て良いだろう。それも空間ごと転移させるという極めて高度かつ大規模なものだ。だが、あれを使ったのが誰であれ意図がまるで分からん」

そう言うと難しい顔をしながら腕を組んだまま黙り込んでしまう。その様子を見る限り余程珍しい魔法である事は理解できたのだがそれでも俺には心当たりがあった。それは以前、図書館で見た禁書の中に記載されていた内容から得た情報なのだが、その昔に失われた古代魔術の一つだという事だ。ちなみになぜそのような情報を入手出来たのかと言えば簡単な話、本好きとしての知識欲を満たす為、片っ端から読んでいき読み終わった本は保管する為に本棚に入れていたらいつの間にか覚えたらしい。まあ要するに単なる暇潰しだな。

そんな事を思い出していると唐突にミレイユの声が響き渡る事により思考を切り替える事になった。「とにかくここにいては何も始まらないわ!まずはアベルの居場所を突き止めないと……」「そ、そうですね……もしかしたら既に手遅れになっているかもしれませんし」「……っ!?」

(おいおい冗談だろ……?)まさかそこまで深刻な状況に陥っているとは思わなかっただけに焦りを覚えたがここで立ち往生していても何も解決しない事は分かっていたので早速、行動を開始する事にした。とはいえ無闇に探し回るのではなく予め決めておいた班に分かれて分担してやる事にしたのでまず一班目は俺とアリシアとリンカ、二班目はカレン、三班目はエリーゼとルシファー達、四班目はマオとフレイヤの編成となりそれぞれ分かれると各自で調査を開始したのだった。……そして数十分後、特に目ぼしいものは見つからず一旦、集合場所に戻るとそこで互いの成果について報告をしてみた。

まず俺の班からはこれといった発見がなく本当に何もなかったのでお手上げ状態だった事を伝えてから次はカレンの班の成果を聞いてみると彼女は首を横に振りながらこう答えた。「残念だがまだ何も見つかっていない」「そっかぁ……私の方も何も見つけられなかったから皆と同じくお手上げ状態で申し訳ないなぁ~」「いや、気にしないでいいよ。それに俺だって同じようなものだしな」

そう言いながら俺は内心では(もしかして、まだ誰も気付いていなかったりするのか?)などと考えており、それはつまり他の誰かが既に見つけているか、または別の目的の為に利用しているのではないかと思っていた。しかし、だからと言ってこのまま諦めるわけにはいかないと思ったので再度、全員で話し合った結果、今度はルシファー達の班の成果も聞いてみようという話になったのだがその前に一つ気になる事があったので尋ねてみる事にした。「そう言えばさ、そっちは何やってたんだ?」「私達は……そうだね、色々探ってみたんだけど残念ながら何も見つからなかったよ……」

するとそれを聞いた俺は思わず首を傾げる。何故なら彼女を含めた全員が同じような表情でいたからだ。そこで少し考え込んだ後でもう一度聞いてみる事にした。「……あのさ、さっきから思ってたんだが何をそんなに落ち込んでいるんだ?」「えっ?だって私達の力が及ばないばかりに仲間が一人いなくなったんだよ?そんなの落ち込むに決まってるじゃん!」「……はぁ!?ちょっと待て!!いなくなったって……どういうわけだよ?」

(いやいやおかしいだろ!?俺達、さっきまで普通に喋ってたんだぞ?)

そう思って仲間達の顔を順番に見ていくと全員、沈んだ表情をしていた事が確認できた為、どうやら聞き間違いではないようだと判断した直後、ここで疑問が生じる事になる。果たして誰がこんな事を仕出かしたのかという点だ。そして考えるまでもなく答えは自ずと出てくるので間違いないと確信していた俺はすぐさま【全知全能】を発動させてあらゆるスキルの同時発動を試みてみたところ驚くべき事に全ての能力が同時に使える事が判明したのである。

(これはどういう事だ?何で俺だけこんな事が出来るようになったんだ?今までずっと使ってきたはずなのにどうして今になって使えるようになったんだろう……。いや、そんな事よりも今はこの能力を使ってあいつを見つけ出す方が先決か……よしっ、それじゃあ頼むぞ……!)そう考えながら心の中で念じてみると次の瞬間、目の前に広がる景色が瞬時に変わった事で一瞬、何が起こったのか分からなかったものの冷静に周囲を見渡すと先程までの鬱蒼とした森林地帯ではなく全く知らない場所だったので戸惑いを隠せなかったが、すぐに気持ちを切り替えてから改めて周囲を調べてみる。すると少し離れた所に小さな村がある事に気付いたのでそこへ向かう事にして歩き出すのだがこの時点である違和感を感じ取った。

(うーん……それにしても、さっきは驚きすぎて気にする余裕がなかったけどさ、そもそもここってどこなんだ?というか俺達は今、どの辺りまで来たんだ?とりあえず歩いていけば分かるだろうと思って歩いていたけど方向的には間違ってないよな?っていうか今更だけど本当に大丈夫なのか、これ?)

そう、これが後に大きな問題に発展してしまう事をこの時の俺は知る由もなかったのである。というのも、それは突然訪れた。突如として全身に悪寒が走ったかと思えば全身から力が抜けて倒れそうになってしまったのだ。当然、慌てて踏み留まろうとしたもののまるで金縛りにでも遭ったかのように身動きが取れなくなり呼吸も困難になりかけたので何とかしないとと思い咄嗟に自分の腕を噛んで耐えようとするも全く意味を成さなかったばかりか徐々に意識が遠退いていく感覚に陥った瞬間、完全に気を失ってしまったのだった。「ん……」それからどれぐらい経ったのだろうか?ゆっくりと目を開けるとぼんやりとした意識の中、何度か瞬きを繰り返して視界がはっきりしてくるとようやく状況が飲み込めた。というのも周囲には見た事もない風景が広がっていたからである。そして次に気になったのが何故か仰向けになっている点だった。更に視線だけで左右を見渡してみるとすぐ傍に見慣れた仲間達の顔が並んでいるのが分かった為、少しだけ安心したが依然として体が動かせない上に声も出せない状態が続いている事を知る事となった。しかも妙な息苦しさを感じている事も加味すれば何か得体の知れないものを体内に入れられている事は間違いないように思えたのだが原因についてはいくら考えても分からなかったのでひとまず状況を整理する事にした。

さて、現在の状況は先程とは一変しており見慣れない建物内に寝転がされていたようで体の上には布が掛けられている。そして手足には何やら金属製の輪っかのような物が装着されており、それらは鎖によって繋がっていたので自由に動けない事は明白だった。ただ、幸いな事に口だけは塞がられていなかったので何とか声を出してみようと思ったその時、唐突に扉が開いて二人の男が部屋に入ってきた。すると俺が起きている事に気付いたのか驚いた表情を見せた後、そのうちの一人がこちらに歩み寄ってきて話しかけてきた。「気が付いたか?」

その言葉に頷くと男は満足そうな表情を浮かべてから俺にこう尋ねてきた。「一応、自己紹介しておこうか。私の名前はイワンという」そう言って握手を求めてきたので俺は素直に応じる事にした。すると彼は俺が手を握った直後に力強く握り返してきたので痛みに顔を歪ませているとそれに気付いたのかすぐに離してくれたのでホッとしていると今度はもう一人の男が話しかけてきた。

「俺はレオパルドだ。よろしく頼むぜ、新入りさんよぉ~」そう言うとニヤつきながらこちらを覗き込んでくる彼に若干、恐怖を覚えたのだがそれを顔に出さないように努めながら頷いた。そんな俺の反応を見た二人はどこか楽しそうな表情を浮かべていたので何となく嫌な予感を覚えながらも次の言葉を待っていると先に口を開いたのはイワンと名乗った男だった。「なあ、お前って異世界人なんだろ?だったら教えてくれないか、どうやってこの世界に来たかを……」「……?」

質問の意味が分からず首を傾げてしまったので仕方なく黙っているとその様子を見ていた二人が顔を見合わせて笑い始めた。しかしそれが嘲笑である事は明らかであまりいい気分はしなかったものの、ここで逆らえばろくな結果にならないと判断して無視を決め込む事にした。するとそれが気に入らなかったのか、もしくは他に理由があるのかは分からないが舌打ちした後で再び話しかけてくるとこんな事を口にした。「ちっ、使えねぇ奴め!まあいいさ、別にお前に用はないからよ」そういって興味をなくした様子で踵を返したのでホッとした反面、このままではいけないとも思った。というのも彼の態度を見るに俺の事を殺すつもりはないようだったが仮にも敵国の人間だと思われている以上、何らかの方法で利用するつもりなのだろうと思ったからだ。そこで必死に考えを巡らせる事にしたのだが、その結果、一つの結論に至った。すなわち、ここは彼らのアジトであり、恐らく俺を攫ってきた理由は異世界人である事が理由なのだと思われた。だからこそ命を奪われる事はないだろうし殺す価値すらないのではと考えているのだと。

(だが、なぜだ……?俺は彼らにとって有益な存在なのか?いや、それよりも……。くそっ、だめだ、考えが纏まらない。もう何が何だかさっぱり分からん……)

そんな風に考えているといつの間にか部屋からいなくなっていたらしく静寂に包まれていた。しかしそれでも諦めなかった俺はなんとかこの状況を打開する方法を考え続けていた。

あれからしばらく経ち、外はすっかり暗くなってしまっていたが未だに脱出の目処が立っていなかった事から思わず溜め息を吐いてしまうも諦めるつもりはなかった。というのもこのまま大人しくしていたところで事態が好転するとは到底思えなかったからだ。それに既に仲間達にも心配を掛けているので何としてでも帰らなければという思いが強かったのもあったのだが、それ以上に自分の不甲斐なさに苛立ちを感じていたせいでもあった。

(本当に俺は何やってんだ……)そう思いながら自己嫌悪に陥っていると不意に扉が開かれたかと思うと誰かが入ってきた。その人物が視界に入ると思わず固まってしまったがすぐに誰なのか理解したので安堵するも彼はそのままこちらに向かってきたかと思えば俺の目の前で立ち止まり見下ろしてくる。しかしその表情は今までに見せた事がない程に険しく、殺気立った様子なので正直、生きた心地がしなかった。するとそんな彼はゆっくりと口を開き始めるとこう切り出したのである。

「目が覚めたようだな……」「……ああ、おかげさまでね」「……そうか、それは良かった」

「……」「…………」「……一つ聞いてもいいか?」「何だ?」「何故……俺をここに連れてきたんだ?そもそも目的は何なんだ?」「……目的か、そうだな、敢えて言うならば『戦力の増強』といったところだな」「つまり戦争に参加する為に必要だからって事か?」

その問いかけに対して小さく頷く姿を見て俺は納得がいった。確かに彼らはこの短期間で帝国に匹敵する軍事力を手にしているし、もし敵対する国が現れたとしても問題なく制圧する事が可能なくらい強力な武器を所有していた。それに加え、俺達から奪ったスキルについても利用出来るように改良を施しているようだし更に言えば他の世界からの侵略に備えてもいるのだから、それだけ本気なのだと理解させられた。するとここで彼は驚くべき行動に出てきた。なんと突然、懐から拳銃を取り出すとそれをこちらへ向けたからだ。それを見た瞬間、驚きを隠せなかったのだが同時に恐怖を覚えてしまい体を動かそうともがくがやはり動く気配はなく絶望感が押し寄せてきたのだがそこで彼がこんな言葉を口にした。

「まあ、待て。何も私はお前の命を奪おうと思っているわけではないのだ。ただ少し、実験に協力してもらいたいだけであってな……」「じ、実験……?」思わず聞き返すとその返答を聞いた彼は無言で頷き、さらに話を続ける。「そうだ、お前はこの世界に来てからまだ日が浅いにも関わらず様々なスキルや魔法を発現させてきたが果たしてそれらは全て偶然によるものだったのか、それとも意図的にやったものなのか、それが気になっていてな……いや、正確に言うと意図して発動させていたのではないかと思っていた訳だが実際のところはどうだ?」「それは……」「……なるほど、図星か。ちなみに聞くまでもないだろうが、その理由を教えてくれないか?無論、無理にとは言わないが出来れば参考までに聞かせてもらいたいものだ……」

その言葉に嘘偽りなどあるはずもなく俺は観念する事にした。何故ならここまで来てしまえば最早、隠す意味もないし、なにより彼らには話す事で協力を得られる可能性があると判断したからだった。そして俺は覚悟を決めるとゆっくり話し始めた。まず俺がどうしてあの場に現れたのかという点についてだがこれは正直に話しても問題はないと思ったのでありのままの事実を伝える事にしたのだ。それから仲間と離れ離れになってしまった理由も包み隠さずに伝えた上で【鑑定】というスキルを使ったら相手の情報が頭に流れ込んできた事を説明したところ案の定、信じられないといった表情を向けられたもののすぐに納得した様子を見せてくれたので一安心した。

その後、今度は俺の今後の処遇についての話に話題が移るのだがこれに関しては二つ返事で了承するしかなかったのである。というのも下手に断れば殺されかねない状況にあった上にそもそも帰る手段が無いのであればどうする事も出来ない以上、受け入れる以外に選択肢は残されていなかった。とはいえだからといって全てを打ち明けたのは流石に軽率だったかと思いながらふと窓の外を眺める。(はぁ……まさかこんなにもあっさりと受け入れてくれるとは思わなかったけど……。ただ今後についてはどうなるんだろうな……)そんな事を考えながら溜め息を吐くと同時に今後の生活を想像してみると憂鬱な気持ちになってきたが、それでも今は我慢するしかないと思って気持ちを落ち着かせる事にしたのだった。そして翌日の朝、目を覚ますなり食事が運ばれてきたので食べた後、身支度を整えた後に外へ出るとそこにはイワンとラミアの姿があった。それを見た俺は少しだけ緊張した表情を浮かべながら二人に近付いていく。

やがてある程度、距離を縮めてから立ち止まると早速、本題を切り出す事にした。「えっと、それで、俺に何の用かな?」するとそれを聞いた二人が顔を見合わせるので首を傾げているとすぐに視線をこちらに戻したイワンがこんな事を口にする。「……まぁいい、とりあえず付いて来い」そう言って歩き出した彼に続く形で俺も歩き出すと背後から足音が聞こえてくるのが分かった。恐らくラミアも一緒に来るのだろうと思い振り返ると彼女は微笑みながら頷いていたのでそれに頷くとそのまま足を進めて建物の中に入るのだった。

建物の中へ足を踏み入れるなり周囲の様子を見回していると二人から案内されるままにとある部屋に到着したところで立ち止まる。そこは特に何もない殺風景な部屋ではあったもののテーブルを囲むようにして置かれたイスを見て座るように促されたので指示に従って腰を下ろした直後、イワンが再び話し掛けてきた。「さて、では話をしようか……」「はい……」そう答えるも内心では何を聞かれるのか不安で一杯だったがここで逃げだすわけにもいかず、大人しく耳を傾ける事にした。

するとそんな俺に対して彼はさっそく質問を投げかけてきたのだがその内容というのが意外なものだったので驚くと同時にどう答えればいいものか悩んでしまう事になった。というのも聞かれたのが俺の職業と名前についてだったからである。もちろん俺が異世界人である事は知っていたようなのでその点に関して突っ込まれる事はなかったのだがそれにしても予想外だったので困惑しつつも素直に答えた方がいいと判断し、なるべくありのままの情報を開示しようと考えた。

そして全ての質問に答えた後、しばらく沈黙が流れたかと思うと不意にイワンがこんな事を尋ねてきたので俺は小さく頷きつつ返事をした。「……ふむ、なるほど。お前が異世界人だというのは本当のようだ。となると聞きたい事は他にもあるんだが……」そう言いながらこちらを見つめる彼の視線に若干の威圧感を覚えるものの何とか耐えていると今度はラミアの方から質問をしてきた。「じゃあさ、次は私達の質問に応えてもらうよ~?」相変わらず間延びした話し方をする彼女に苦笑しながらも頷くと彼女が最初に口を開いたのだが内容は次のような内容だった。

1なぜ自分達がこの世界の住人ではなく、別世界から転移してきた者達だと気付いたのか? 2この世界での生活はどうだったのか? 3他に元の世界に戻る方法はないのか? 4最後に今の世界に満足しているかどうか 5今の世界の事が好きか嫌いか 以上5つの問いに答えて欲しいとの事だったので一つずつ順番に説明する事にした。

最初の1についてだが実はこの世界に召喚された際、初めて出会った人物によって気付かされていたからである。ただ詳しい話を聞く事が出来なかった為にそれ以上の情報を得る事は出来なかった。2の理由についてだがこれに関しては単純に彼らが使っている言語と文字を目にした瞬間に理解出来てしまった為、確信しただけで他意はなかった。3の問いについては他の勇者達も同じ事を尋ねられていたので全員が同様の答えをしていた。つまり同じ答えしか返ってこなかったのでこれ以上、聞く必要がないと考えたらしくこの件については特に何も聞かれなかったようである。ちなみに4については元々の世界の事をどう思っていたのかを問われていたのだと勘違いしていたため、その件にだけ答える事にした。5の問いについては正直な話、好きとか嫌いといった感情はあまりなかったがあえて言うならば不便な世界だという印象を抱いていたため不満はあると答えるに留まった。こうして一通り説明を終えると今度は彼女達から俺の持つ力や技能についての話を聞きたいと言われてしまい、仕方なく自分の知る限りの情報を提供する事に決めた。ただし当然、全てを話すつもりはなく必要最小限に留めるよう心がけたのだが……

そうして俺はまず【空間魔法】について話をしたのだが、これは以前、他の人達の前で話した事があったし何より以前に一度だけ披露しているので特に難しいとは感じなかった。なのでこの事もあってかすんなりと話し終えた後で次に魔力操作の件について話し始めたのだがこれについては既に習得済みだと思っていただけに驚いている様子だった。どうやらまだ知らない事があるらしいと悟った俺はそれについて詳しく話す事にした。その結果、ようやく納得がいったらしく、大きく頷いていた事から理解してくれたのだと解釈してホッと胸を撫で下ろしたところで再び彼から問い掛けられたのでそれに応じているといつの間にか話が逸れて行き最終的にはこの世界の文化などについて尋ねる流れになっていったのだが、その話の中で分かった事が幾つかあった。

それは彼らが住んでいた場所の名前である『帝都アルデバラン』と呼ばれている場所で人口が約1000万人もいてその中でも約300万人の人が冒険者として活動しているという事だ。また彼らのレベルについても100を超えればベテラン扱いになるようで現在は150台後半くらいの人が多くなっているという話を聞いた瞬間、開いた口が塞がらなかった。というのも実際に会ってから数日が経過していたというのに未だに10程度なのだとすれば低すぎるのではないかと考えて危機感を覚えたのだ。

そこで思い切って現在の自分達のレベルを伝えた上で助言を求めてみたところ思わぬ返事が返ってきた。「ふむ……そうだな、まずはお前の仲間とやらを探すところから始めるべきだろうな」「えっ?あ、ああ……確かにその通りだと思うけど……」「……まあ、そう慌てずとも大丈夫だと思うが一応、念のために言っておくと我々の中に【千里眼】や【念話】などの能力を有する者もいるのですぐに居場所を特定する事も可能なんだぞ」「っ!?」それを聞いて驚いてしまったのは言うまでもなかった。何故ならこれまで見てきた限りにおいてそういった能力を所持する者はおらず、てっきり居ないものだとばかり思っていたからだ。だからこそ本当に使えるのか確認するべく彼にお願いしてみると、どうやら既に何人かの仲間には伝えているらしくすぐに準備に取り掛かってくれたようだった。

そんな様子を静かに見守っていた俺とラミアだったが会話が終わると同時にイワンから視線を向けられてしまい思わず体が硬直してしまったがそんな彼の様子を見たラミアが苦笑いを浮かべながらもフォローを入れてくれるようになったので少し気が楽になりホッとしたのだが直後に告げられた言葉で更に緊張を強いられる事になる。というのも……「さて、では次の話だが、まず初めにお前に確認しておきたい事がある。正直に話してくれればそれで良いんだがもし仮に嘘でも吐こうものなら容赦はしないつもりだからな、くれぐれも下手な考えは起こさないように頼むぞ?」「ッ!?い、いや、俺は何も嘘なんかついてない!本当だ、信じてくれ!」「……なら、構わないが……あまり余計な事は言わない方が身の為だぞ」と、言いながら睨まれたせいで慌てて口を閉ざす事となり、それを見た彼は小さく頷いた後で話の続きを始めたのだった。そしてその後は俺がこれまでに遭遇した魔物との戦闘について尋ねられたり、これからどうしたいかといった質問を受けるなどして話は進んだのだが途中から別の人物が乱入してきたおかげでさらに混沌とした状況へと陥ってしまう。というのもその人物こそが――

突然、部屋中に甲高い悲鳴が響き渡る中、驚いた表情を浮かべたままの状態で固まっている俺に対して目の前の人物は不敵な笑みを浮かべてこちらを見つめている。すると彼女はそのまま俺に近付いてくると耳元で囁くようにして声をかけてきた。「ふふっ、ねぇマサキ君?さっきから随分と楽しそうに話しているじゃない。一体、誰と話しているのかしらぁ……?」そう呟くなり妖しく微笑むとそのまま耳元を舐めてくる彼女に俺は背筋を震わせながら返事をする。(ううっ……勘弁してくれ……)そんな事を考えながら必死に平静を装っていたがそれが逆に良くなかったのか彼女の表情は益々、嬉しそうになっていく一方だった。

(はぁ……何でこんな事になったんだろうな……?そもそもこうなったのってどう考えてもこの人のせいだろ。というか最初から最後まで見ていた癖に今更、何を言ってるんだか……)

心の中で愚痴をこぼしつつも改めて彼女の様子を観察すると何故か俺に向かって微笑みかけてきているのだが、それに対して愛想笑いを返した直後、まるでそれを待っていたかのようにして背後から腕を回されたかと思えば抱き寄せられてしまう。

その直後、背中に感じた柔らかい感触に動揺を隠せないでいると彼女がこんな事を口にした。「あらあら、そんな顔をしちゃってぇ。もしかして、私の胸に興味があるのかしら?」そう言いながらクスクスと笑う彼女にどう反応すれば良いのか分からずに困っているとそれを見た彼女は微笑みながらゆっくりと顔を近付けてきたので俺は堪らず目を閉じる。しかし予想に反して一向に唇が重なる気配が無かった為、恐る恐る目を開けてみると、すぐ間近で目が合ったままの状態だったので思わず顔を逸らしてしまうとその様子を見て楽しんでいるのか、しばらく笑みを浮かべたままだった。だがしばらくすると何かを思い出した様子で「あっ……」と声を上げた事で我に返った俺も視線をそちらに向けるとそこに広がっていたのは驚きの光景だった。というのも彼女が身に付けている衣装が先程と比べてかなり乱れてしまっていた事に加え、そこから見える胸元が非常に艶かしい状態になっていたからである。そのため直視出来ない俺は目を反らそうとするも時すでに遅く、気付けば彼女の顔が眼前に迫っていた。

そして次の瞬間、強引に唇を奪われたかと思うと舌をねじ込まれるだけでなく口内までも侵されていくうちに頭の中が真っ白になっていくのを感じた俺は抵抗する事もなく成すがままにされ続けた末に気付くと床に倒れ込んでしまっていたようだ。それからしばらくして目を開けると視界の先にはこちらを覗き込んでいる彼女の姿があったのだが、その表情はまるで何かに満足したような表情を浮かべており、とても嬉しそうな様子だった。そんな様子を見た俺が首を傾げていると不意に手が伸びてきて頬に触れてきた事で小さく声を上げると今度は優しく頭を撫でられているうちに段々と気持ちが落ち着いてきた。そのせいもあってようやくまともに考えられるようになりつつあった頃、再び声が掛けられる。「ふふ、大丈夫かしら?何だか放心状態だったみたいだけれどぉ?」その言葉を聞いてハッとした俺は咄嗟に周囲を見回してみたものの特に異常は見当たらなかったのでホッと胸を撫で下ろす。ただその間、こちらに向けられた視線を感じて顔を向けてみると彼女と目が合ってしまったので何となく気まずい気分に陥ってしまい、慌てて顔を背けてしまったところでふとある事に気付いた俺は小さな声で呟いていた。「……え?今の声って……ひょっとして……」まさかとは思いつつもその事を本人に確かめるため、視線を向けるとそれに気付いた彼女もまた笑顔で頷き返してきた為、ようやく確信するに至った。

ちなみに今の一連のやり取りの間、一言も発していなかったラミアがどうしていたのかというと実は最初からずっとこちらの様子を窺っていたらしく一部始終を見られていた上に全て聞かれていたらしいのだという事を知る事になった。

しかもどうやら彼女には俺の考えが読めるらしく何を考えていたのかも既に筒抜けになっている様子だった。なのでこれ以上は何も言うまいと決めつつ今後の予定についての話し合いに参加する事にしたのだがその際に彼女から気になる情報を聞かされたので少しだけ驚いてしまう。というのも何でもこの施設を管理する責任者として抜擢された人物が居るらしく今後はその人に付いて回る事になるのだという。その為、今後は基本的にその人と一緒に行動する形になるそうだ。それを聞いて安堵した矢先、タイミングを見計らっていたのか、その人物が姿を見せると挨拶も兼ねて紹介してくれる事になった。そして彼が一歩前に出るなりこちらに視線を向けてきたので反射的に身構えてしまうも特に敵意のようなものは感じなかった事もありホッと胸を撫で下ろした後で挨拶を交わす。「初めまして。俺は佐藤真治と言います。以後、よろしくお願いします」そう言うと相手は一瞬、間を置いた後、笑みを浮かべながら自己紹介してくれた。「ご丁寧にありがとうございます。私はここの責任者を任されています『ロッシュ・アストネリア』と申します。気軽に『ロッシュ』と呼んでいただければ幸いです」「分かりました、じゃあ俺の事も好きなように呼んでください。敬語も必要ありませんので」「ふむ、そうですか?ならばお言葉に甘えてそうさせてもらおうかな」こうして互いに簡単な自己紹介を済ませたところで本題に入った。

どうやら彼を含めた他の4名にも名前がないらしく呼び名が必要らしいという話になり早速、考えてみる事にするとすぐに1つの名前が思い浮かんだので提案してみると満場一致で賛成してくれたおかげで無事、決定となった。ちなみに名前はそれぞれ彼らの見た目や特徴を基に考えたものとなっており、まずはリーダー的存在である彼から紹介する事にしようと思う。彼は白髪の男性で肌は色白であり体格は細めだ。年齢は20代後半くらいだろうと思うが詳しい事は分からなかったのでひとまず置いておくとしよう。また顔立ちはとても整っており物腰が柔らかそうな雰囲気を感じた。続いて隣に居る女性は赤髪ロングヘアーの女性でスタイルが良く、身長も女性にしては高めのようだ。服装に関しては丈の短い上着にミニスカートを履いており露出度はかなり高く見えるが不思議と嫌らしさを感じさせないのは本人の持つ雰囲気が穏やかなおかげだろうか?顔は童顔で幼さが残る可愛らしい印象を受けつつも同時に大人びた雰囲気もあるといった不思議な感じがする一方で年齢的には自分と近いように見えるが、やはり正確なところは分からない。

そして次は一番年配の人物だが彼は見るからに厳格そうで真面目という言葉が似合いそうな男性だった。容姿は短めの黒髪で細身ながら筋肉質だという事が分かるほどガッチリとした体つきをしており身長もかなり高い。歳は40~50代といったところか?ただそれよりも気になってしまったのは右目の辺りを覆うように包帯のような布を巻いていた事だったが、恐らく過去に何かあったのだろうと思って気にしない事にしておいた。ちなみに彼の見た目については厳ついという感想が一番最初に出てきたのだが、それ以外にもう一つあったりする。それは何というか、どこか見覚えのあるような感じを受けるという点だった。とはいえ当然の事ではあるがこれまでの人生の中で会った記憶など全くなく、他人の空似だと割り切る事にして今は頭の片隅に追いやるのだった。

最後に3人目の男性は黒っぽい緑色の髪をした長髪の男性だ。外見だけで判断すると好青年という感じに見えるが実際には少し違ったらしく、かなり毒舌な性格の持ち主のようだった。その証拠に……「……チッ」今、舌打ちが聞こえたような気がするのは気のせいじゃないだろうと思いながら苦笑いを浮かべる俺だったものの気を取り直して紹介を続ける事にした。とりあえず見た目に関しては一言で言えばインテリ眼鏡君といった感じだろうか。

髪型はやや長めで色は青み掛かった黒色をしている。体型の方は細身ながらも適度に筋肉が付いているようでスラッとした印象が強い。そして表情こそ無表情なものの顔立ちは非常に整っている上に美男子と言って良いレベルだった為、思わず見惚れそうになった程である。だが残念ながら同性の俺にそのような趣味はない事から早々に切り上げて次の紹介に移る事にした。というのも彼と会話していると何故か無性に殴りたい衝動に駆られたからだ。もちろんその理由も分からなければ意味もない事なので無視して進めていくが、問題は最後の一人にあると言えるだろう。何故ならその人は――「最後は僕だね!初めましてっ、僕はマシロって言います!よろしく!」そう言って元気よく右手を上げて挨拶をしてくる彼女こそが今回、俺達のグループに加入した最後のメンバーの女の子だったのだが正直、驚きを隠せないでいた。何せ彼女の見た目はまだ幼い子供にしか見えないからである。さすがにこれはどうかと思ったが他のメンバー達は全員、普通に接しているし本人も気にしている様子が無いどころか楽しそうにしているので一応納得しておく事にする。ただしそれでも一つだけ腑に落ちない点があった俺は思い切って尋ねてみた。

というのも先程から気になっていた事があるのだが彼女の名前が明らかに偽名だったからだ。理由は単純に本名ではない事だけは分かっているがそれが誰なのか皆目見当も付かないままであったので疑問に感じていたのだ。そんな俺の心情を読み取った彼女は笑顔でこう答えてくれた「えへへ、確かに本当の名前じゃないけどね、ちゃんと由来があって付けてもらったんだよ?まぁ僕の場合はちょっと特殊な事情があるから仕方がないんだけれどね?」それを聞いて益々、興味を惹かれた俺は詳しく聞こうとしたのだがその前に別の質問を投げかけられてしまった事で話が中断してしまった為、聞く事が出来なくなってしまった。

それから数分後、一通りの説明が終わったところで俺達は今後の方針について話し合う為に別室へと移動する事となり、その最中、改めてお互いの自己紹介を終わらせる事となった。その際、驚いたのはやはりロッシュさんの存在だったのだが、どうやら元・魔王らしく人間族によって討ち滅ぼされた後、現在は魔族達の指導者という立場になっているのだという。ただ本人はそれをあまり良く思っていないのか苦笑いしながら話をしてくれたので、これ以上、追及する事はしない方が良いと判断した俺が話題を変えようとした直後、背後から何者かに肩を叩かれた。咄嗟に振り返るとそこには先程まで話していた人物が笑みを浮かべて立っていたので驚いていると唐突に耳元で話し掛けてきた。「……実は君にだけ話しておきたい事があるんだが、これから時間をもらえないかな?なに、そんなに時間は取らせないよ。

それと他の人には聞かれたくない内容なので申し訳ないが少しだけ目を瞑っていてもらいたい」そんな事を小声で囁くなり俺の返答を待たずして足早に立ち去ってしまった。

いきなりの事で呆気に取られていたもののハッと我に返った時には既に姿がなかったのでどうするべきか悩んでいると今度は別の方向から声をかけられたので振り返ってみるとラミアが立っていた。「あ、あのぉ……」そこで何かを言い掛けて躊躇うように口を閉じてしまったのを見て不思議に思っていると彼女が何かを伝えようとしているのが分かったので耳を傾けると、小さな声でこう言ってきた。「さっきの方、多分ですけどルシファーさんに話があるのではないかと思いましゅ……あっ……!」またしても噛んでしまったせいで顔を赤くして俯いている彼女を励ますように優しく頭を撫でてあげた俺は彼女に声を掛けてからロッシュさんを追いかけようと歩き出すもすぐに足を止めた後で振り向いてこう言った。「ごめん、みんな。ちょっと行ってくるよ。

だから少しの間だけ留守を頼んでも良いかな?」それに対して他の皆が了承してくれた事で安心しているとルシファーが声をかけてきたので振り向くと笑顔を浮かべながら頷いてくれたのでこちらも笑顔で頷き返すと今度こそ振り返る事なく駆け出したのだが不意に視線を感じて立ち止まったところで視線の相手を確認してみたところ、どうやらラミアだったようだが特に何も言ってこなかったので気にせずに再び歩き出した。それから数分ほど歩いた後、ようやくロッシュさんの後ろ姿を捉えた俺はゆっくりと距離を詰めていくなり声を掛けようとしたが、彼が立ち止まってある方向を見ていたので釣られて視線を向けてみるとそこは何もない空間が広がるだけだったので首を傾げてしまう。しかしすぐにその理由を知る事となった。

なぜなら突如として目の前に人1人が通れる程のサイズの穴が出現したからである。それを見た俺は驚きのあまり固まってしまうものの何とか正気に戻った後で周囲を警戒しつついつでも行動出来るように心構えをしておく事にした。というのも目の前の穴はどうやら異次元へ繋がっているらしく時折、そこからモンスターが現れる事もあるという話を思い出したからだ。ちなみに何故、知っているのかというと、以前に一度、遭遇していたからである。とはいえあの時は他の皆が居た事もあって、そこまで苦労せず倒せたのだが、今のメンバーは自分を除いて全員が女性である事から万が一の事があれば自分が盾にならなければいけないと思った上で身構えていたのだが、しばらくしても何も起きない事を訝しく思っていた時、突如、穴からゴブリンが出てきた。

その瞬間、反射的に動いた俺はすぐさま間合いを詰めてから剣を振るうとその一撃で仕留める事に成功したのだが安堵したのも束の間、突然、背後から殺気のようなものを感じた事で瞬時に飛び退く。すると案の定、さっきまで居た場所に矢が刺さっていたので、すぐに敵の位置を確認するとそこには複数のゴブリンの姿があった。

だが幸いな事にまだこちらに気付いていないのか動きはないようだ。そこで考えた結果、まずは弓を持った個体から先に倒す事に決めて狙いを定めて剣を構えていると次の瞬間、風を切る音と共に放たれた一本の矢が見事に命中したかに見えたものの直前に気付いて回避されてしまっただけでなく、逆にこちらに対して反撃を仕掛けて来た。それを見て焦った俺は慌てて回避を試みるものの完全に避けきれず肩に傷を受けてしまう。とはいえ軽傷だったので痛みは感じなかったものの傷口からは出血していたので回復魔法を使用して止血を行いつつ敵の数を確認したところで2匹の弓兵の他にもう1体、斧を持った者が確認出来たので、おそらく3対1では不利だと思い撤退する事にした。その為、急いでその場を離れて距離を取ろうとするも相手はそれを見越していたらしく回り込まれてしまい逃げる事が出来なかった。

ならばと思い、正面から戦う事に決めたのだが、いざ武器を構えると相手の連携の巧さに苦戦してしまう。そして何より厄介だったのがゴブリンとは思えないほどの強さを持っている事と攻撃の手数が多いという点だった。おかげで攻める機会を中々、掴む事が出来ず、しかも少しずつではあるがダメージが蓄積されていき徐々に押され始めた頃、遂に隙が出来てしまった。その一瞬の隙を狙ってきた敵が勢いよく振り下ろしてきた斧をギリギリのところで回避したものの態勢が崩れてしまった為、そのまま仰向けに倒れそうになってしまう。その時、咄嗟に左手を地面に着いて勢いを殺した為、顔面直撃という事態は避けられたものの、その代わり左肩を強く打ってしまい激痛が襲ってくる。だが痛みに悶えている暇など無いと考えた俺は歯を食い縛って耐えた後、なんとか立ち上がろうとした矢先、今度は別の個体からの攻撃をモロに食らってしまい吹き飛んでしまう。そして受け身を取る間もなく壁に激突しそうになった瞬間、誰かの声が聞こえてきた。

「【ライトニングアロー】!」その直後、眩いばかりの光が視界を埋め尽くしたかと思うと雷を纏った一筋の光の線がゴブリン達に目掛けて放たれていったので何事かと思っていると次第に視力が回復したところでようやく現状を理解するに至る。何故ならそこには既に息絶えたであろう3体の亡骸とそれを成した張本人と思われる人物が佇んでいたからで思わず呆然となる俺だったが直後に近付いてくる足音に気付いたのでそちらに目を向ける。するとそこにいたのはルシファーだった。「……すまない、遅くなった。だが安心してくれ、もう心配いらない。私が君を守ろう」彼女はそう言いながら俺の身体に手を触れるなり何かを呟き出した。すると先程まで感じていた肩の痛みが引いていくと同時に左腕が動くようになる。その様子を見て驚きながらも「ありがとう、助かったよ。それにしてもよくこの場所が分かったね?」俺がお礼を言いつつ問い掛けると彼女曰く、最初に感じた気配が気になり周辺を探し回っていた時にたまたま見付けたそうだ。

ちなみに先程、使っていたスキルについては事前に聞いて知っていたものの実際に見るのは初めてだった事もあり興味本位で見せてもらったところ、それは広範囲に渡って電撃を撒き散らす範囲系に分類されるものでその威力は使用者のレベルと魔力値によって変化する仕組みらしい。なので同じスキルでも使い方次第で大きく効果が左右されるので要注意なのだそうだ。ただし、今回はあくまでも牽制用として使った為、威力は控え目だったようで見た目的にはさほど大きなダメージを受けていないように見えるのだが実際はそれなりのダメージを受けていたので正直、助かったと言えるだろう。

とはいえ油断する訳にもいかないのですぐに立ち上がると剣を構えたまま警戒を続けているとロッシュさんが戻ってきたので事情を説明して一緒に来てもらう事にした直後、ルシファーが彼の存在に気付いて驚いた様子を見せたかと思えば納得したような表情を見せた。「……なるほど、貴方が今回の騒動を引き起こした張本人という事ですか」そんな彼女の言葉を聞いて俺が驚いて視線を向ける中、続けて言った「実は先程、貴方の居場所を見付ける際に少々、失礼ながら記憶を覗かせて頂きました。その結果、貴方の素性について知る事となりますのでご説明致します。まず初めに私達の前に姿を見せたのは貴方ではありませんよね?貴方は彼――ヒロト様ですね?」それを聞いたロッシュさんは目を見開いていたがすぐに平静を装って頷くと「……どうしてそう思ったのかな?」なんて惚けるように質問を投げ掛けるもルシファーは淡々と答える。「簡単な話です。そもそも私達は今日、初めて会ったので当然、お互いに自己紹介を行っていました。しかしそんな中で一人だけ名前を名乗る事なく『僕』と表現しましたので違和感を抱きました。それに先程の戦闘ですが明らかに貴方達とは経験値の差があり過ぎていましたので消去法で考えれば必然的に彼が犯人だと分かるはずです」彼女の話を聞きながら感心していたもののロッシュさんにとっては予想外だったのか頭を抱えるとため息を吐いてしまった。

それを見た俺はどう声を掛けるべきか迷っていると彼は苦笑しながら話し掛けてきた「はぁ……まさかバレるとは思っても見なかったよ。いやはや流石だね、本当に君の言う通りだよ。

それとさっきの質問に対する答えだけど答えはノーだ。確かに記憶にある通りなら僕はここに居らず本来の姿のままで彼と戦っていた事になるけど残念ながらそれもまた違うんだ。なぜならあの時、僕が君達と戦った理由こそがこの騒動を引き起こす為だったからなんだ。もちろん僕の意思では無いけれど結果的にこうなってしまったからね。だから悪いとは思うけど恨むなら僕をここに送り込んだ連中を恨みなよ?」その言葉を聞いた俺は即座に察した。

恐らくは何らかの理由で洗脳された挙句、利用されたのだと判断したもののだからといって怒りが消える訳ではない。そこでまずは詳しい話を聞く事にした俺はロッシュさんから情報を得る為に場所を移動する事を提案したところ快く了承してくれたので俺達は移動を開始する。とはいえいつまでもダンジョンの中に留まる訳にはいかないので一度、外へ出る事になったのだがその際、何故かルシファーも一緒に付いてきた上に当たり前のように案内役を買って出た事に疑問を抱いていたのだが、その理由について彼女が教えてくれた。なんでも本来の姿は人間族の姿であり本来は今の姿の方が偽っているものであるらしく普段は力を抑えた状態で過ごす事で余計な面倒事を起こさないようにしていると語った後、すぐに真面目な表情に戻ると俺にだけ聞こえるような声で囁いてきた。

「……本当はあまり見せたくないんだけど今は緊急事態だからね。私の力を使って一気に移動するからしっかりと捕まっていてくれ」そう言われて何が起きるのか分からないままに言われるがまましがみつくような格好になった途端、周囲の景色が変わると同時にまるで宇宙空間にいるような錯覚に陥ったが、やがて見覚えのある場所に出ると安堵の息を吐きつつ周囲を見渡していると隣に立っていたルシファーが口を開く。

「……ここはかつて私達が住んでいた家だ。ここなら誰も邪魔が入らないから思う存分、話を聞かせてもらえるか?」そんな彼女の言葉を聞きながら俺は頷いた。

それからはリビングに移動した俺達はソファーに座るなり改めて挨拶を済ませた後、これまでの経緯について説明する事にした。といっても全てを話す事は出来ないのであくまで起こった出来事についてのみに留めるつもりでいたのだがロッシュさんは納得してくれなかったようでしつこく問い詰めてくるものだから困り果ててしまった。するとその様子を見ていたルシファーが助け舟を出してくれたのかロッシュさんに声をかける。「……少し落ち着いて下さい、ロッシュさん。今の彼は混乱しているのでゆっくりと状況を整理させる時間を与えてあげるべきだと思います」その言葉にハッとした様子で正気に戻ったらしいロッシュさんは申し訳なさそうに頭を下げてきた後で謝罪してきた。「す、すまない、ヒロト君。つい、興奮してしまって……」そんな彼に対し俺は気にしなくても良い旨を伝えた上で自分の置かれた状況についての説明を続ける事にした。そして、それを踏まえた上で今後、どうしたいと考えているのかを尋ねると返ってきた答えは「やはり私は元の世界に戻りたい。ただ、その方法を考えあぐねている状態だな。というのも手掛かりすらない状況で何をすれば良いか皆目見当も付かないんだ。それでもどうにかして見つけ出そうとは思っているんだが」という言葉だった。それに対して俺も似たようなものだと返すと彼は首を傾げるので簡単にだが説明を行う。「実を言うと僕もこの世界に迷い込んだばかりでどうすれば帰れるのかも分かっていないんですよ。なのでまずは帰る方法を見つけるのと並行してこの世界で暮らしていく手段を考える必要があります」それを聞いたロッシュさんは納得した表情で頷く中、ふと気になったのか質問をしてくる。「そう言えば気になっていたんだが、君が私を呼んだと言っていたがどういう事なんだ?詳しく聞かせてくれないか?」そう聞かれた俺は自分がここに来た時の状況を思い出しながら説明した。するとそれを聞いたルシファーは少し考える素振りを見せた後で何かに気付いた様子を見せる。どうやら気付いたようだ。「……もしかすると君は私達の世界と君の世界を繋ぐトンネルのような役割をしていたのではないか?」その言葉を聞いて俺はようやく合点がいったとばかりに手を叩く。言われてみれば確かにその通りだからだ。俺がこの世界に来た原因の一つにはルシファー達の世界に干渉してきた奴がいたからでありそいつに呼び寄せられた結果なのだろう。だが今となってはその方法は分からず終いで、それが分かれば元の世界に帰るヒントになるかもしれないと思い考えていた時、不意にルシファーが声をかけてきた。

「なぁ、もし良かったら君に一つ、お願いがあるのだけど聞いてくれるか?」急にそう言われたので不思議に思いつつ頷いてみせると彼女は笑みを浮かべながら感謝しつつ話を始める。「これはまだ誰にも話していないのだが私には一つの仮説があるんだ。もしかしたらこの世界から戻る方法が分かるかもしれないので、その手伝いをして欲しいんだ」それを聞いた俺は一も二もなく承諾したのだが直後、突然、ロッシュさんが会話に割り込んできたかと思えば険しい表情を浮かべたまま口を挟んでくる。「……おい、それは本気なのか?」彼の言葉の意味が理解出来なかったのか首を傾げた後に再び問い質そうとしたところで今度はルシファー自身が口を開いた。

「勿論、本気ですよ。何も分からないよりは遥かにマシでしょう?」彼女の言い分を聞いてロッシュさんも諦めた様子でため息を吐くと最後に一言呟くようにして告げる。「……分かったよ、好きにすればいいさ。その代わりちゃんと成果を上げてくれなければ困るぞ」その言葉に対して彼女は微笑みながら「分かっていますよ」と答えた後で改めて俺に顔を向けたかと思えば続けて言う。「それでは早速、今から始めたいと思うのですがよろしいですか?」それに対して俺が首を縦に振って応じると二人は互いに見つめ合って頷くと俺から離れて行った。その直後、二人の身体が光り出したかと思うと次第にその姿が消えていく。それを呆然と見ていた俺だったがハッと我に返ると慌てて呼び止めるも虚しく声は届かず二人の姿は完全に消えてしまったのでその場に取り残された形となった俺は唖然としながら立ち尽くしていると次の瞬間、激しい頭痛に襲われた直後に視界が真っ暗になるのを感じながら意識を手放したのだった――

――――――

一方その頃、異世界では……

(な、何で!?どうしてヒロトくんがルシファーと一緒に消えたの?しかもこんなタイミングで!?)予想外の事態を前に思わず頭を抱えてしまう私だったけどすぐに気を取り直して別の画面を開くとそこには先程までの映像が流れていてそれを見ていた私は歯痒い思いをしながら爪を噛んでしまう。何故なら本来なら私とミユキちゃん、そしてマユナちゃんが揃って転移するはずだったのだけれどもどういう訳かヒロトくんだけが巻き込まれてしまったのだ。おかげで予定が大幅に狂ってしまいどうしようか悩んでいた時だった。「ねぇ、ちょっといいかしら?」と声を掛けられたので振り返ってみるとそこにはいつの間にかミユキちゃんが居て驚いたものの彼女の問い掛けに応えていく中で事情を聞いた私は驚きのあまり言葉を失ってしまう事になる。というのも今回の作戦を考えた張本人であり黒幕でもある人物が私の想像を超えて危険な人物だったからなのだ。

(なるほど……それで私に白羽の矢が立ったという訳ね)話を聞いて納得するものの素直に従うつもりなどなかった。だってそんな事をすればどうなるかなんて分かっているからだ。だからこそ必死に抗おうと考えていたけど、ふと思い出したかのように彼女が言った言葉で全てが水の泡となってしまった。

『安心していいわよ、あの映像を見た限りでは間違いなく貴方の恋人であるヒロトくんもこっち側に居るのは間違いないし何よりロッシュ様と一緒だから問題ないと思うわ』その一言を聞いた瞬間、私は悟った。きっとこの娘は私の事を良く思っていないのだろうと理解した上で敢えて煽るような言葉を口にしているのだという事を。

つまり私を挑発する事によって動揺を誘うつもりなのだろう。そう思った私は冷静さを取り戻しつつも余裕を見せる為に笑みを作りながら答える。「……えぇ、知っているわ。何せついさっきまで一緒だったからね。まぁもっとも向こうに戻った時にはもういなかったけどね……」その言葉を聞いたミユキちゃんはニヤリと笑みを浮かべるのを見て内心で舌打ちをする。(まさか本当に読まれていたとは……!やっぱり一筋縄ではいかないわね、全く!こうなったら私も覚悟を決めるとしましょう!!)そう思いながら私は決意を固める事にした――

あれからどのくらいの時間が経過したのだろうか……?意識を取り戻した俺が最初に見たのは見知らぬ天井だった。一体、ここはどこなんだろうか?などと考えながら周囲を見渡すとどうやらベッドに寝かされていたらしく身体を起こしてみると特に痛みとかは無かったのでホッとした後、すぐに違和感に気付いてしまう。なぜなら俺の身体は本来の姿に戻っていたからである。

とは言っても見た目は人間族のままなのだが何故か着ている衣服だけはドラゴンの姿になった時に着用していたものに変化しており明らかに異常が発生しているのは明白であった。そこで改めて自分の姿を確認した事で気が付いた事があった。そう、なんと背中に生えている翼や頭部にある角等といった部分が変化していたのだ。これには流石に驚いてしまったものの同時に疑問を抱いてもいた。何故なら先程から感じていたのだが自分の身体がやけに小さくなっているような感じがした為だ。更に言えば手足の長さなども変わっている気がするので尚更困惑してしまう。

すると不意に扉が開かれると共に部屋の中に誰か入ってくる気配を感じた俺が咄嗟に身構えるとその人物もまたこちらに気付いた様子で話しかけてくる。「おや、目が覚めたのか?その様子だと元気そうだな」そう言って声をかけてきたのは見覚えのある男性であり、その姿は紛れもなく自分自身だったので驚くと同時に確信した俺は口を開く。「やはり貴方でしたか、ロッシュさん。それにそっちの方は確かミユキさんでしたよね?」その言葉に目の前の人物は笑みを浮かべながら頷く一方でミユキさんは相変わらず無言のままだった。

そんな中で俺がロッシュさんに問いかける形でこれまでの経緯を説明すると彼は神妙な面持ちで頷きつつ話を纏めてくれた。「成程、そういう理由だったのか。ちなみに君がこの世界にやって来た時についてだけども覚えているかい?」その質問に対して俺は首を横に振って答えた上でこう思った事を口にする。「……すみません、はっきりとは覚えていません。ですが恐らく何か強い力を感じた後から記憶が無いので、もしかしたらその時に何者かに攫われたのではないかと思っています……」それを聞いたロッシュさんは何やら考え込む素振りを見せる中、不意に彼が口を開いた。「それについてだが少し気になる事があるんだが聞いても構わないだろうか?」俺は黙って頷いた後で「何ですか?」と聞くと彼に代わって隣にいたミユキさんが答える。

「実はあの時、私達はルシファーさんと手分けして他の皆を探す事にしたのだけども貴方はどこにも居なかったのを覚えているかしら?ただ一つだけ手掛かりはあったんだけど、それも貴方が使っていた武器が地面に突き刺さっていてその上にメモ書きが置かれていただけだったのよね。

その内容というのが――」

俺が使用していた大剣、名前は《真紅・ブラッド・クレセント》で柄頭に付いている宝石には特別な力が宿っており所持者の能力を高める効力があるのだそうだ。それだけでなく持ち主の危機に反応を示す性質もあるそうで実際、俺と出会った時はこれを使った途端に光を放っていたのだという。そこまで聞いた俺はある事に気が付くと思わず呟いてしまう。「それってつまり俺が転移させられた際にも反応したって事だよな……?」その呟きが聞こえたようで二人は同意するように頷いてみせる。それを見た俺は次に気掛かりになっていた事が気になっていたので聞いてみる事にした。「もう一つ、いいですか?」そう切り出すと二人から了承の言葉が返ってきたのでそのまま話を続ける。「俺の服なんですけどあれって本来、人間族の装備ですよね?それなのに何故こんな姿になってしまったんですか?」

するとそれを聞いた二人は困った様子を見せた後でロッシュさんが答えてくれる。「あぁ、それについてなんだけど私達にも原因はよく分からないんだよ。そもそも私が君と会ったのは今回が初めてだし、君以外の者達とは出会った事もないからな」その言葉を聞いた俺は不思議に思うのだが直後に彼の口から告げられた事実によって謎が解ける事となる。というのも俺達がいたダンジョンは現在調査が行われているらしいのだ。なんでも内部の構造が変化しすぎて以前の姿が失われてしまったとの事なので原因を探るべく調べているのだとか。それを聞いて俺が驚いた様子を見せていると、ふと何かを思い付いた様子のミユキさんがロッシュさんに声を掛けてきたので彼も察したらしく頷くと揃って部屋から出て行く。残された俺は訳も分からず首を傾げている中で数分後に戻ってきた二人の姿を見た俺は驚愕する事になる。何故ならそこにいたのは見覚えのない女性だったからだ。

「……えっと、どちら様でしょうか?」恐る恐るそう尋ねてみると彼女はクスクスと笑うばかりで何も答えない代わりに手招きをしてみせるので恐る恐る近付いていく。そして目の前まで来るとようやく答えを口にしたのだった。「初めまして、ヒロトさん♪私の名はルビアナ、よろしくね♪」……こうして俺を含めた四人による不思議な関係が始まった――

―ルシファー達が異世界で暮らし始めて数ヶ月が過ぎた頃、マユナはある決意を固めていた事により行動を開始する事にした。というのもそれは彼女なりの償いの気持ちがあっての事だったのだが当のミユキは反対しており今でも必死に説得を続けているところだったのだが結局、聞き入れてもらえず今に至っている。それでも彼女は諦める事なく懸命に説得を続けていくうちにある日、ついに転機が訪れたのである。それはたまたま訪れた町で祭りが開かれており二人はそれに参加する事となったのだが人混みの中で逸れてしまい一人となった事でチャンスとばかりにミユキから離れたマユナはこっそりと抜け出した先であるものを発見したのである。それは何と彼女の探し続けていた人物であるヒロトの後ろ姿だったのだ!しかも彼は見知らぬ少女と一緒に居た為、すぐに声を掛けようとするも寸前のところで踏み留まる事に成功した理由は他でもない。

(あれは……確かヒロくんの上司であるロッシュさんの奥さんだよね……?どうしてここに居るのかな??)その疑問を抱いた直後、ミユキはマユナを捕まえようと必死になって追い掛け始めた事で身動きが取れなくなり結果として見失ってしまう事になる。その間に二人が何をしているのかといえば人の少ない場所へ移動して話し込んでいたのだがその光景を見た彼女は激しく嫉妬心を抱いていた。何しろ彼女が目撃したのはヒロトと親しげに話している光景だった事もあり二人の間に親密な関係があるのではないかと思ってしまったからだ。

もちろんそれが間違いだという事は彼女自身が一番良く理解しているものの不安を抱かずにはいられなかったのも事実であった。やがて会話を終えた彼女達は別の場所へ向かう事になりその場から離れて行ったのを見てホッと一安心した直後にふと背後から声を掛けられた事で驚きながら振り返ってみるとそこに立っていた人物を見て今度は別の意味で驚かされる事になった。何故ならそこにいたのはロッシュの妻でありマユナの親友でもあるルビアナだったからである。そんな彼女からの問い掛けによって我に返ったミユキは慌てて誤魔化すかのように言葉を返すがすぐに追及されてしまう結果となり追い詰められてしまう。

それから数分間に及ぶ問答が続いた後、何とか誤魔化せた事で安堵の溜息を漏らすミユキであったがそれも長くは続かなかった。何故なら目の前にいるルビアナから信じられない事実を聞かされる事になったからである。「ごめんなさいね、本当は貴女達の話を全部聞いていたのよ」その一言を耳にした瞬間、全身から血の気が引いていくのを感じていく中、彼女はゆっくりと語り始める。どうやら最初から全て気付いていたらしく今まで黙っていた事を詫びると改めて自身の想いを打ち明けてきたのでそれを黙って聞いていると途中で口を挟まれてしまう。それは先程まで話していた筈の人物であり振り返るとそこにはヒロトの姿があった――

突如として現れたルビアナの言葉に思わず唖然とした表情を浮かべていた俺は思わず問い質すような形で口を開く。「ちょっと待って下さい!それって一体どういう意味なんですか!?まさかとは思うんですけど、もしかして知っていたとかじゃないですよね??」それを聞いた途端、それまで無言を貫いていた彼女も遂に口を開いたのだが返ってきた答えは想像を超えるものだった――

「実は私はルシファーさん達と面識があったんです」唐突に言われた内容に理解が追い付かず困惑していた俺ではあったが、その後に続く説明を聞けば聞く程、驚く事になっていくばかりだった。しかしその中で一つだけ納得出来ない点があったのでそこを指摘してみたところ予想外の言葉が返ってきたので驚いてしまう。何故なら俺の知り合いの中にロッシュさんとその奥さんの二人が含まれていたからだった。だがここで一つの疑問が生まれた。(待てよ、仮にこの人達が俺の知る二人だとしたらどうやってこの世界に来たんだろう……?)当然、そんな素朴な疑問が頭を過るのだがそれについては既に答えを貰っていたので素直に納得する事にすると話の続きを聞いていく。「実は私、この世界へ飛ばされた後に気が付いた事があるんですが……どうやら転移した際に私の能力が強化されてしまったようなのです。具体的に言えばスキル等ですね……」それを聞いた俺は納得したものの逆に不思議に思ったので続けて質問していく事にした。「つまりその力によって俺の存在に気付いたと……?」そう尋ねると頷いてみせるルビアナさんだったが次に驚くべき言葉を口にする。

それは「ですが問題もあったのですよ」という発言から始まり、そこから語られた内容は衝撃的な事実であった為に思わず動揺してしまったが冷静に考えると確かに言われてみれば思い当たる節があるように思えた。というのもルシファー達が俺の元に現れたのは今から半年ほど前で当時は全く知らなかったのだが実は既にロッシュさんが転移者の一人であるという事を知った時点で薄々感じてはいたが、どうやら他にもいるのではないかという考えに至っておりその根拠としては彼らが人間族でありながら異常な程に能力が高い点にあったのだ。だから俺はある提案をするとそれに同意したルビアナさんから案内される形でとある場所へと向かう事になったのだが辿り着いた先は何と以前に訪れたダンジョンの跡地だった――

何故ここへやってきたのかと尋ねるとルビアナさんは少しだけ考え込む素振りを見せた後で「ここは元々、人間が造った建造物でした。ですから私達には理解出来ないような仕掛けが数多く存在しておりますので調査するには打って付けなのですよ」と言われたので俺は納得しながら頷いた後で一緒に探索を開始する。そこで判明したのは想像以上に広大な敷地だったという事で暫くの間は時間が掛かるだろうと思われたが、それでも数日が経過したところで俺達はある部屋へ辿り着いてしまう。その場所というのは巨大な装置が設置されている場所で機械的なデザインをした円形状の台座の中央に大きな宝石らしき物体が設置されており思わず目を奪われてしまう。そしてそれを見た瞬間に脳裏に浮かんだのはあの夢の内容で、それを裏付けるかのようにルビアナさんが説明してくれる。「これは私達も初めて見たのですが間違いなくあれと同一のものですね」その言葉を耳にして驚いた俺は詳しく話を聞かせて欲しいとお願いしたところ快く承諾してくれたのだが……「それで結局、これってどういう代物なんだ?」そう尋ねた相手は勿論、隣にいるルビアナさんなのだが彼女は答えるよりも先に周囲を見回して誰も居ない事を確認するとこう告げたのである――

「……恐らくですけどこれは人間や魔物を融合させる機能を持った魔道具ではないかと考えています」それを聞いた瞬間、俺が絶句している中で話は更に続く。「これを設置した者達はおそらくですが戦争の際に利用するつもりだったのでしょう。実際にこの場所を発見した際には至る所に罠を仕掛けられていましたし……ですが私達はこれを放置しておく事にしました。というのも下手に起動させたりしたら取り返しがつかない事態に陥ってしまいそうでしたからね」

それを聞いた時、俺も同意するように頷いてみせるとルビアナさんも安堵した様子になった事で安堵すると同時に疑問を抱いてしまう。何故なら以前ならば率先して行動するタイプの彼女にしては随分と消極的な意見だったからだ。そんな事を考えていると突然、声を掛けられたので顔を上げるとそこには真剣な表情をしている彼女が居り、それを目にした俺は息を呑み込んでしまう。なぜならその表情が意味するものを知っているからだ。それは覚悟を決めた者が浮かべるものであり同時に覚悟を決めなければならない出来事が起こる事を示しているようなものだったからだ。そしてルビアナさんは俺にこう告げる――

「――これから話す事は私が長年、秘密にしていた事です。何故、隠していたかという理由については先程話した通りに争いに巻き込まれないようにするという意味合いが強かったのですけどもう一つ、理由はあります。それは貴方になら話しても問題ないと思ったからです。……さて、そろそろ始めますか!」

その直後、俺と向かい合う形になると彼女は目を閉じて何やら集中し始める。それから数秒が経過したところで突如、床に亀裂が入り始めたかと思えば次の瞬間には轟音と共に地面が大きく揺れ動いた。

そのあまりの衝撃の大きさに驚く間もなく激しい振動によって体が吹き飛ばされそうになるが何とか耐えてみせると今度は天井から石のような破片が次々と落ちてくる。その様子を見ながらも必死に踏ん張っていた俺だったものの直後に凄まじい地響きが発生するなりバランスを崩してしまう。それによって転倒してしまうのだがその際に後頭部を強打してしまい一瞬、意識を失いかけるも慌てて頭を押さえて起き上がるが直後に目にしたものを見て思わず目を見開いてしまった。何故なら先程まで立っていた場所が消失していたからだ。

それだけではなく周囲の壁も崩壊しており見晴らしの良い状態になっていた事から驚きのあまり言葉が出せずにいると彼女は淡々とした口調で語り始める。「では改めまして、まずは何からお話ししましょうか?……そうですね、では私の事について少し触れましょうか」

その口調は普段と変わらないものではあったものの彼女の表情からは若干の緊張と真剣さを感じ取る事が出来たので自然と身構えてしまう。すると彼女はゆっくりと口を開いていき語り始める。

「まず最初に言いますけど私には名前がありませんでした」それを聞いた直後、意外だと思わずにはいられなかった。何故ならこれまで名前がないと口にした事がなかったからだがそれと同時にこれまでの付き合いを思い返すと腑に落ちない点が幾つかあったのでその理由を尋ねてみると予想外の返答が返ってきた。

――ルビアナは物心ついた時から既に一人で暮らしていたという。それは両親の顔どころか自分の名前すら知らず孤独の中で生き続けてきた結果であり年齢さえも正確には把握していないのだという。だからこそ自分がどのような存在なのか分からなかったらしいのだが、ある時、彼女が住んでいる家を訪れた人物が居たらしくその者は彼女を保護したようだった。しかしそれから数日もしない内に再び訪れる事になったその人物こそが現在の上司でもあるロッシュ・リザラスだと名乗ったようで彼が言うには自分を保護したのは偶然によるものだったと語ったようだがルビアナはそれを素直に受け入れようとしなかった。

そもそもの話、どうして当時のルビアナが見知らぬ誰かに対して懐くような態度を取らなかったのかというと理由があったのだ――「……私はその時、まだ幼かったんですけど何となく直感的にこの人の事を警戒していたんです。だっていきなり現れたかと思えば自分の世話をしろと言ってきて……正直、迷惑だったので最初は拒否したのですが最終的に折れる事になってしまいました」

そう言って苦笑いを浮かべながら続きを話し始めたのだがその内容を聞いて驚く事となった――

当初は嫌々世話をしていたようなのだがある日、いつものように掃除をしている際に見つけた書類に目を通してみるとそれは自分の事についての書類である事が分かりその内容を確認したところ初めて自身の存在を知り、しかもそれがこの世界では珍しい存在である事を教えられたという。「そこでようやくロッシュさんの言っている意味が分かったんです。どうやら私という存在は希少価値が高いみたいで誰かに見つかったら確実に面倒事に発展する事は容易に想像出来たので暫くの間は身を隠す事にしたんですよ」

そんな話をしていると次第に当時の光景を思い出してきたのかどこか懐かしそうな表情を浮かべると不意に笑みを浮かべた後でこんな事を口にした――「まあ、そんな生活をしていましたから私のスキルはそういったものなんですよ。……ですがそれを教えてくれたのがまさかヒロトさんになるなんて運命とは不思議なものですねえ。……おっと、話が脱線してしまいましたかね?それで私が言いたいのは自分の固有スキルについてですよ」そう告げた後で真剣な表情に変わると彼女は話を続けていく――

「このスキルは私のレベルを上げる為には絶対に必要なものだったんですが何故か今まで発動出来なかったんですよね。ただここ最近、ある時期を境に使えるようになった事で私は確信に至りました。どうやら私の中には別の何かが居るのだと……」

そこまで聞いた時点で俺はある疑問を抱き、その事に関して尋ねようとするがその前に答えてくれる――

「実はこの世界に来る前の私は所謂、多重人格と呼ばれる状態だったのですよ。でも最近はその症状が落ち着いていたので特に気にする事もなかったので気にしていなかったのですがここに来てようやく理由が判明したのでお伝えしますね。今、お話しした内容というのは全て嘘なんです」

突然のカミングアウトを受けた俺は思わず呆気に取られてしまうが、それを目にしたルビアナさんはクスリと笑うとこう口にする。「本当は私が異世界人ではなくて転生者なのかもしれません」……と。

その言葉に衝撃を受けなかったと言えば嘘になってしまうものの不思議と驚きは少なかったような気がする。というのも以前にミユからも似たような話を耳にしていた事に加え、これまでに遭遇した数々の出来事を考えれば納得出来る部分もあった為だった。なので今はその事実を受け入れて改めて話を聞いていく事にする――

ちなみにその話によるとルビアナさんが記憶している中で過去に三度だけ、この世界へと訪れた事があるという。そしてそのうち二人は既に亡くなっているのだが残りの一人は今も生きているそうだ。つまり彼女が語った内容は全てが事実で実際に過去に存在した人物であるという事になる訳だ。「なるほど……じゃあ、もしかして俺が夢で見た人物は……」「……ええ、間違いなく貴方だと思いますよ。それにルシファーさん達ともお会いしている訳ですからもう間違いないでしょう?」

そう告げた後で軽く溜め息をつくと彼女は続けてこう告げた。

「それにしても随分と厄介な事になりましたね。まさかあんな形で真実を知る羽目になるとは思ってもいませんでしたから」

「それは俺も同じだよ。だけど、こうして打ち明けてくれて本当に助かった」「いえ、それは構いませんが問題はどうやって解決するのかですよね」

彼女が口にした事は最もな意見だったが俺としては解決方法に心当たりがない訳でもないのでそれについて言及してみると、それを耳にした瞬間、ルビアナさんは目を丸くさせて驚いていた。「えっ!……ほ、本当ですか!?」「ああ、だから協力して欲しいんだけど構わないか?」「も、勿論です!寧ろ私の方こそよろしくお願いします!」

それから俺は彼女と話し合いを行った結果、今後の予定を決めた。それはダンジョンの最下層を目指すというものなのだがその理由についてはある実験を行うためであった。そして肝心の目的についてだが、それは俺の持っているユニークスキル『万物の創造主』の力を使い、新たに作り出すというものである。

ちなみにそのやり方は至ってシンプルであり、以前と同様に地面に手を置いた上で魔力を送り込んで地中にある鉱石をイメージして創造するというものだった。当然、これにはかなりの時間が掛かると思われたのだがいざ試してみたところ驚く程にあっさりと成功した上に、出来上がったものを見てみると何とレアメタルであるミスリル製であったのだから思わず言葉を失ってしまう。ただそれと同時に一つの懸念が生じたのも事実だった――「……えっと、これって凄い代物なのかな?」そう尋ねるとルビアナさんは笑顔で頷いてみせてくれたもののすぐに表情を曇らせると申し訳なさそうな表情になった。

一体どうしたのかと気になったところで彼女はこう切り出してきた――

「あの、大変言いにくいのですが実は先程から気になっていた事がありまして……恐らくですけど貴方のステータス欄を拝見した限りでは新たな項目が追加されていますよね?それがどうも私達が探し求めていた物ではないかと思うのですが確認してみてもよろしいでしょうか?」

彼女のその言葉を聞いた瞬間、ドキッとしてしまうも素直に応じることにした。すると彼女は俺の許可を得た後に徐に近付いてくると画面を覗き込んだ後で静かに頷いた。

それから数十秒後、画面に表示された内容に目を通した彼女は嬉しそうな表情を浮かべた後で俺の方を向くとこんな言葉を口にした――「どうやら予想が当たったようですね!おめでとうございます!!」

それを聞いた瞬間に俺は喜びを隠せなかったのだが同時に気になる事があったので尋ねてみる事にした。「ところでその条件ってのは何なんだ?」そう尋ねた直後、彼女の表情は一気に暗くなったのだが覚悟を決めたように口を開くとその理由を口にし始めた――

「……実はその条件は私と行動を共にすることなんです。つまり言い換えると私と契約を交わした場合のみ条件を満たす事が出来ます」「それってつまりルビアナさんと恋人や夫婦みたいな関係になれば良いって事なのか?」「……端的に言えばそういう事になります。とはいえ私はあくまでも仕事として貴方の面倒を見ているのでそういった行為に及んだとしても契約を交わす事はないと思いますけどね」

その言葉を耳にするなり、ふと疑問を抱く。何故ならルビアナさんの表情に迷いのようなものが見て取れたからである。そんな彼女に対して俺は率直にこう尋ねてみた――「なあ、どうして躊躇う必要があるんだ?仮に俺が告白したとしたら君はどうするんだ?」「……そうですねえ、もしも貴方が私を口説き落としたなら喜んでお付き合いしますよ」「それじゃあ逆に断るつもりならば?」「……そ、その時は潔く諦めますよ!」

そこで一瞬の間が生まれたのだが意を決したのかルビアナさんは再び口を開いてみせる。その表情は真剣なものだったもののどこか不安げでもあったのだが、次の瞬間、彼女の口から思いも寄らない言葉を聞かされる事となる――「……ですが正直に申し上げますと私にも良く分かりません。何しろこういった感情を抱いたのは初めての事ですから正直言って戸惑っているんですよ」――「初めてって、それはどういう意味なんだ?」「ふふっ、知りたいですか?」

そこで彼女は一旦区切るとゆっくりと距離を詰めてきたかと思うと、上目遣いのまま妖艶な雰囲気を醸し出し始めたので思わず息を呑む。また同時にルビアナさんから発せられる甘い香りが鼻腔を刺激してきて否応なしに意識を集中させてしまうのだが、それを察していたらしくクスリと笑う声が聞こえる。そして更には顔を近付けてくると耳元に唇を近づけたところでそっと囁いた――「実はですね、私はヒロトさんと出会う前から貴方に好意を寄せていたのですよ」――「ッ!?い、いきなり何を言い出すんだよ!」「あら、お顔が真っ赤になっていますよ?ふふっ、やはり可愛らしいお方ですねえ♪」

そう言って悪戯っぽく笑う彼女を前にして完全に主導権を握られた状態となってしまい、すっかり翻弄されてしまっているのだがそんな中でも何とか平静さを保とうとしている最中に彼女がこんな言葉を口にする。「――もし私の願いを聞いていただけるのであれば是非とも宜しくお願い致しますね」

それから俺達は準備を終えると最下層を目指して進み始める事にした。というのもルビアナさんが口にしたある情報を確かめる為にはそれ相応の場所に向かう必要があったからだ。その情報が指し示す場所はこの塔の最下層にあるというのでそこへと向かう事となったのだ。

ただしここで疑問に思う点があるとすればどうやって進むべきなのかという点である。これまでの出来事を踏まえた上で考えれば最下層へ行くには各階層毎に存在するボスと呼ばれる魔物を倒しながら進んでいかなくてはならないだろうと考えていると不意に背後から声が聞こえてきた。振り返ってみるとそこにいたのはミユで手には槍を持っていたのだがどうにも様子がおかしく思えるのは俺だけではない筈だ……だって、その目は赤く腫れており明らかに泣いた後のようであったのだから……「……あのさあ、もしかして泣いてたのか?」「ふえっ?……あ、あの違うの!これは目にゴミが入っただけで……!」「……いや、どう見ても泣き腫らした後の顔だろ」「うぅ……」

慌てて否定しようとしたようだが即座に見破られてしまった事で反論する気力を失ったのだろう。結局、黙り込んでしまったので代わりにこう告げた。「さっきの話だけどさ、やっぱり行くのは止めておく事にするよ」「……えっ!?」

俺の言葉に大きく目を見開いた彼女は唖然としながら口をパクパクさせていたが構わず続けて話を続ける――「確かに俺達の目的を果たすためにはどうしても通らなければならない道なのかも知れないけど今回は止めておこうと思うんだ」

「ど、どうして……?だって、お兄ちゃん……あんなに張り切っていたのに……」「ああ、そうさ。俺だって行けるものなら行きたかったよ。だけど今の俺が行ってもきっと足手まといになるだけだし何よりもミユの事を守れないからな。それにまだ他に方法があるかも知れないからさ、ここは一つ俺に任せてみないか?」

そう言いながら笑いかけてあげると少し落ち着きを取り戻したようだ。それから小さく頷くと「分かった……それなら私は待ってるから絶対に戻って来てね」と言って俺の手を握ってくる――それに対してしっかりと握り返してみせた後で彼女の頭を撫でてあげたところで出発する事となった。

そして最下層を目指す道中で俺はある事を思いついたので試してみる事にした。その結果、上手くいったのか無事に地上へと戻る事が出来たのでホッと胸を撫で下ろした後で今度はルビアナさんにも試してもらう事にして早速行動に移したところ見事に成功しこれで一安心といった状況になったのだがその直後に問題が発生してしまう。それは彼女が俺に抱き着いてきた際に大きな胸を押し付けるような形になってしまった為である。「ご、ごめんなさいっ!こ、こんな事するつもりなんてなくて、その……わ、悪気があった訳じゃないんです!!だ、だからどうか嫌いにならないで下さいぃぃぃっ!!」

そんな悲鳴にも似た声で必死に弁明を始めたところでルビアナさんは今にも泣き出しそうだったので宥めつつ落ち着かせようとしたところで彼女にこんな質問をしてみた――「あのさ、どうしてそんなに慌てる必要があるんだ?」「ふぇ……?」「……ほら、今の状態では俺のステータスを見ることは出来ないだろ?だからさ、そこまで気にする必要は無いと思うんだけど……」

それを聞いた途端、ポカンと呆けた表情となった後で我に返ると慌てて俺から距離を取ると何度も頭を下げて謝ってきたのだが別に気にしてないので頭を上げるように告げたところで改めて確認を取ってみたところどうやら先程の出来事は無意識下での行動だったようだ……つまりは無意識のうちに俺に好意を抱いていてつい勢い余ってしまったというのが真相だったらしい。

だがそんな事を口にすれば余計に話がややこしくなるのは間違いないので今は敢えて黙っておく事にして話を戻すことにした――「まあ、それはそれとして次の目的地なんだが……」「えっ、それってどこなの?」「ここから西の方角へ進んだ場所にある国だよ」「そうなんだ……じゃあそこに行ったら何か手がかりが得られるかもだね」「ああ、そういう事だな。だからもう暫く付き合ってもらう事になるけどよろしく頼むよ」「はい、分かりました♪それと、これからも宜しくお願いしますね♪」

そうして互いに握手を交わした後で移動を開始する事にしたのだがその際に彼女は「えへへ~♪何だかこういうのっていいですよね~」と言いながら腕に抱きついてきたので内心ドキドキしてしまう。しかもそれだけではない。

彼女の方を見てみれば先程とは異なりどこか嬉しそうにしている様子が見られたものの、その表情を間近で見た俺は再び意識してしまいそうになったのだが、どうにか堪える事に成功したのであった――(ふぅ~……危なかったぜ。危うく色々とバレるところだったよな……)

内心で安堵しているとミユから冷たい視線を向けられてしまったのだが何故なのかは分からなかった。しかしこの時の俺は気付いていなかった――「……ヒロくん、デレデレしてる……」という呟きに対して反応を示したのはルビアナさんのみで、それが耳に届いてしまった事で冷や汗を流しながら言い訳をしたのは言うまでも無い話である。

(はぁ……どうしてこんなにドキドキするんだろう……これもまた【恋の病】ってヤツなのかな?それにしても今まで恋らしい恋をしたことが無い私がまさか男性の方に恋心を抱く日が来るなんて思いもしなかったな……それも相手は10歳も年上なのに、ふふっ……でも、悪い気がしないんですよね。それどころか逆に嬉しいとさえ感じている自分がいるんですよ。

こんな気持ちを抱くようになるだなんて夢にも思わなかったですけど、これってもしかしたら『一目惚れ』ってヤツなんですかね……?そう考えると凄く素敵な響きだと思えてくるんですけど、本当にそうだとしたら私はとても幸せ者ですね♪さて、これからどうなってしまうのか分かりませんけど頑張ってみましょうか……うん、頑張りますよっ!!)

そんな風に心の中で決意表明した所で改めて隣を歩く人物に目を向ける。すると彼はそんな私の視線に気付いていたのかこちらを見ながらニッコリと微笑んでくれた。ただ、その笑顔がどこか寂しげに見えてしまったのは私の気のせいなのだろうか……?ふと考え込んだ瞬間、突如前方から何かが飛んできたので咄嗟に盾を構えたものの、その直後、全身に激しい衝撃を受けてしまい、その場に倒れ込んでしまう。幸い、防具のおかげで致命傷には至らなかったのだが全身が痛くて起き上がる事が出来ずにいた。それでも懸命に起き上がろうとしたその時、何者かが近付いて来る気配を感じた。そして足音が止まると同時に声を掛けられたので視線を向けるなり私は驚愕のあまり言葉を失ってしまった。何故なら目の前にいたのは巨大なドラゴンだったから……だが、ここで新たな疑問が生まれる。それはどうしてこのような場所にいるのかという事なのだが答えてくれる気配は全く無かった……なので仕方なく自力で立ち上がる事にした私だったのだが次の瞬間、ある異変が生じ始めたのである。

最初は頭がボヤけて思考が上手く働かない状態になっていただけだったのだが時間が経つにつれて徐々に意識が薄れていき終いにはその場で膝を付いてしまったところで完全に意識を失くしてしまった。最後に覚えている事は自分を見下ろすドラゴンの姿が妙に神々しく思えた事ぐらいである……その後、目を覚ますと見知らぬ部屋のベッドの上に寝かされていた。そこで意識を取り戻した私は何があったのか思い出すべく記憶を探ってみる事にしたのであるが、どれだけ思考を巡らせても思い出せたのは自分の名前だけであって他の事柄については一切思い出す事が叶わなかったのだ。その為、何も分からぬまま途方に暮れていたのだがそれから少し経った頃だろうか。部屋の入り口のドアが開かれたので自然と視線を移してみると一人の少女が入室してきたのだがその姿を見た瞬間、心臓がドクンと高鳴ったような気がした。というのも少女を見た途端、不思議な感覚を覚えたからだ。その事を不思議に思った事で改めて目の前の彼女を見つめ直してみたのだがその理由が判明した。

その原因というのは彼女から放たれる雰囲気によるものだったのである。特にこれといった理由がある訳ではないのだけれども、とにかく彼女が醸し出す雰囲気はとても神秘的で魅力的に見える上に、それと同じような感覚を覚える人物がもう一人いた。それは目の前にいる少女とは似て非なる人物で私の隣に住んでいるお兄さんだったのだけど何故か二人が並んでいる光景を見ていると懐かしさが込み上げてきて胸が熱くなる。その一方で二人が並んでいるととてもお似合いだという印象を受けた事から二人の関係性に興味を抱き始めていた矢先、突如として視界が暗転したのでそのまま気を失ってしまった……それからどのくらいの時間が経ったのだろうか。再び目を覚ました私は最初に視界に飛び込んできた人物を見て驚きを隠せなくなってしまった。なぜならそこに居たのは私がよく知る青年の姿があったからに他ならない。

しかし彼の名前が思い出せない事に気付くや否や不安に苛まれてしまったのだがそれを察してか不意に名前を呼ばれる。「大丈夫かい?」

優しく問いかけてくれたお陰で気持ちが落ち着きを取り戻したので小さく頷いて返事をすると今度は別の疑問が浮かんだ。どうして彼がここにいるのかという点についてであるのだが恐らく先程の少女の付き添いなのだろうと思ったので思い切って尋ねてみると返ってきた答えは予想とは違うものであった――「君が心配だからだよ」

それを聞いた私は嬉しさで胸を一杯にさせながらお礼を言うと同時に彼に対する好意を抱いた瞬間でもあった。とはいえ、この時点ではまだ自分の気持ちの変化にまでは気が付けなかったので暫くの間は普段通りに接する事にしたのであったがやがて自分の中にあった違和感に気付いた時には時既に遅しといった状況で気付いた時には取り返しがつかない状況に陥っていた……

ミユやルビアナさんが傍に居ない今こそが好機だと判断した俺はある決断を下した後、すぐに実行に移した。とは言っても簡単な事で、まずは町の中に潜入した後、人目の付かない場所へ移動した上で空間転移を発動した後で彼女達の元を離れただけである――そう。これは俺の覚悟が生んだ苦渋の選択であったのだが結果としては正解だったようだ……

何故そう思ったのかと問われれば理由は一つしかない。というのも、こうして一人になれたおかげで冷静に物事を考えられるだけの余裕が出来たからである。なのでここである仮説を立ててみたのだが、まず俺が思うに彼女は俺を試していたのではないかという結論に達した訳だ。そもそも最初から彼女の態度はおかしかったし俺を見つめる眼差しもやけに熱っぽかったので明らかに異性に対して抱く好意を抱いているのは明白だったのでその点を踏まえた上で考えると今回の一連の行動に関しても辻褄が合う。つまりは俺の実力を測るためであり、同時に何かの目的があっての事だろうと俺は判断したのである。だからこそ俺は敢えて彼女の指示に従う事にした。だが一つだけ気になる点があったのは俺達の前から姿を消す直前に呟いた一言「ごめんなさい」という言葉にあるのだが果たして何を謝っていたのだろうか……いくら考えても答えが出てこないのでひとまず保留にしておくとして、次に気になったのはやはりルシファーの行動についてである。もしこれが演技だとしたらかなりの腕前だと感心せざるを得ない所なのだが、さすがにそこまでは無いと信じたいところなので一先ずこの件については保留する事にした――では次に移りたいと思う。実はここへ来た本当の目的なのだが、それは以前ミユが言っていた『世界を救う』という意味深な発言についての真相を確かめたかったからであった。ただ、それだけの為にわざわざ一人でこんな危険な場所へやってきた理由を説明する前に先に言っておくが俺には世界を救える程の強さは持ち合わせていない。かといって別に自殺願望がある訳でもなければ誰かを殺す為に来た訳でもないのだ。もちろん、この異世界の魔王を倒しにきたというのであれば大歓迎だし寧ろ望むところだと言えるだろう。ただし、今回はそうではない。何故なら、この世界には魔族よりももっと強い存在がいるかもしれないからなのだ。しかもそいつはもしかするとミユを狙っていて、今もどこかで狙っている可能性がある……いや、確実にそうだろうと断言出来る。何故ならば、この世界において勇者という存在はまさに敵にとっては脅威以外の何物でもないからなのだよ。それにもう一つ、俺は以前から気になってる事があるのだが、ここ最近になって頻繁に見る悪夢に関してだがそれが単なる夢ではなく現実に起こった出来事の記憶なのではないかと考えている節があるのでどうしても確かめたいと思っていたのである。そんな訳でやって来たのだが結果は予想通りの結果に終わった。というのも先程から嫌な予感がして仕方ないからなのではあるが案の定的中してしまい正直言うとかなり焦ったりもした。ただ、ここで取り乱してしまっても何の解決にもならない事ぐらいは重々承知しているので必死に冷静さを取り戻すように努めた上で現状を把握するべく周囲を見渡すとそこには複数のドラゴンの姿が見受けられたのでどうやら彼等が襲撃者のようだ。それにしてもなぜこのような真似をしたのか理由を問い詰めてやりたい気持ちで溢れていたが生憎と今の状態の俺にその権利は無かったりするのでここは黙って成り行きを見守るしかなかったのだが、そんな中、不意にミユ達の事が気になり始めると居ても立っても居られなくなってしまい慌てて戻ろうと考えた瞬間、何者かから声を掛けられてしまったので思わず振り返ってしまう――「……何処へ行く気だ?」「ッ!?」

声のする方を向いてみればそこにはドラゴンが一体佇んでおりこちらを睨みつけていた。だが不思議と恐怖心は湧いてこなかった事から冷静でいられたのも束の間、続けて言われた言葉を耳にした途端に体が強張ってしまう。そしてこう言われてしまった……「あの人間どもの所へ戻るつもりかと聞いているんだ……」と。その瞬間、自分がこれからどうするべきなのかを考える必要が出てきたのだが、その答えは意外と早く出る事となったので即座に実行へと移す事にした。何故なら相手は俺が何をするのか見定める為にずっと傍観していたのだが、これ以上は時間を掛ける事が出来ないのでさっさと片付けてしまう事にしたのだ――「貴様が我の主に手を出そうものなら容赦はせんぞ!!」

そう言って攻撃を仕掛けてきた相手の攻撃を回避しながら間合いを取り、次の一撃が来るより先にこちらから攻撃を仕掛けていく。その際、相手に悟られないように魔法を発動させたのだが、どうやら気付かれずに済んだようだ……とはいえ、相手もかなりの手練れらしくなかなか致命傷を与えるには至らなかったもののそれなりの傷を負わせる事には成功したので一気に畳み掛けると見せ掛けて相手が油断している所を狙い背後から心臓目掛けて剣を突き立てようとしたのだが、ここで想定外の出来事が起きてしまった事で動揺してしまったせいで逆にこちらが返り討ちに遭う結果になってしまった……というのも、突然現れたドラゴンが横から邪魔に入った挙句、そいつがとんでもない威力の魔法を繰り出した影響で辺り一面が火の海へと化してしまう。その為、急いでその場を離れたのだが当然の如く逃げ道は塞がれてしまい万事休すかと思われた直後、突如現れた光の柱の中から姿を現した者がいた。「大丈夫かい?」「……え?何であんたが……?」「話は後よ!とりあえず今は逃げる事だけを考えてちょうだい!」「ちょ、ちょっと待てって!あんたまさかこのまま俺を置いていくつもりじゃないだろうな!?なぁっ!!?」

俺の問い掛けに対して無言のままこちらに背を向けたかと思えば次の瞬間には眩い光に包み込まれてしまい何も見えなくなってしまったので思わず手を伸ばしてしまったのだがその手は虚しく空を切るだけであった――こうして再び意識を失った俺はまたしても誰かに助けられたのだと気付かぬまま気を失う事になったのだが次に目覚めた時は既に夜が明けていて目の前にあった光景を見た途端、驚きを隠せなかったと同時に自分の甘さを思い知らされる事になってしまうのだった……

第2章 -絶望- 終幕

「あいたたた……ん?」目を覚ました私が最初に感じたものは体の痛みだったけれど、その痛みが少しずつ引いてきた頃に今度はある異変が生じている事に気付く。それは、なぜか見知らぬ部屋で眠っていたという事実である……

(えっ!?嘘でしょ!!)そう思った私は咄嗟に起き上がって自分の体を確認するとあちこちを確認した後で安堵のため息を漏らしたのである。なぜなら体に傷一つ無いどころか衣服にも一切の乱れが無い状態でベッドに寝かされていたからで、まるで悪い夢でも見ていたのではないかと思ってしまったからだ。とはいえ、いつまでもベッドの上でのんびりしてる訳にはいかないと思った私はベッドから降りて室内を探索し始める事にした。すると、すぐに鏡が置いてある事に気付きそこで初めて自分の姿を目にした事で改めて現在の状況について把握する事が出来たのであった――

私の名前は【ミユ】といってとある小さな村に住んでいるごくごく普通の女の子なのであるが、ある日の事、普段と変わらぬ日常生活を送っていた最中、突如として目の前が光り輝き出したと思ったらいつの間にか全く知らない場所に飛ばされていたのだ。ちなみに何故飛ばされたのかと分かったのかと言うとその場所は見渡す限り全てが木や花などの自然豊かな景色が広がっていたので、もしかしたらこの場所を知っている人がいないかなと考えて近くの人を探してみると運よく一人の男性を発見したので早速声をかけてみる事にした――「あのぉー、すみません」

恐る恐る声をかけた私に男性は振り向いてくれると笑顔で挨拶を返してくれた上に私の事を気に掛けてくれただけでなく道案内まで買って出てくれたので素直に甘える事にして二人で森を抜け出そうとした矢先、男性からこんな話を聞かされたのである……

何でもこの辺りには凶悪な魔物が住み着いているという噂を耳にした事があるそうなのだが、もし本当なら無事に脱出出来るかどうかは分からないらしい……それを聞いた時は不安で一杯になったけど男性の話を聞いたら不思議と勇気が湧いてくるような気がして、絶対に生きてここを抜け出してやるという気持ちにさせてくれたのは言うまでもなかった。その後、道中ではモンスターに襲われる事もなく無事に脱出する事が出来たので安心した反面、やはり心細さを感じたので男性の姿が見えなくなる前にお礼の言葉と共に名前を尋ねると少し考えた後にこう答えたのだ……

―ルシファーという者であると――それから程なくして男性が去っていき、また一人きりになってしまった事で少しだけ寂しさを感じ始めたところで私は本来の目的を思い出して当初の目的地である『町』へと向かう事にしたのだがその途中に立ち寄った湖のほとりにある小屋の中で奇妙なものを発見する事になった……それが何なのか最初は分からなかったのだが、よく見ると何やら魔法陣らしきものが描かれていたので興味本位で調べてみようとしたところ突然足元から光が放たれて気が付いた時には別の場所へ移動していたのだったが、そこが何処なのかは全く見当もつかなかったので困惑していたら偶然にも近くに誰かが倒れている事に気付き急いで駆け寄ったのだけれど意識が戻らない状態だったのでまずは呼吸があるかどうか確認しようとした所で気付いた。それは何と人間ではなかったからである。それも明らかに異質な存在で肌の色が緑色をしていて背中からは蝙蝠のような羽が生えており、頭部からは二本の角が伸びていた事から一目見て魔族だと判断出来た。しかも、ただの魔族ではない……というのも普通の個体と比べて桁違いに魔力量が桁違いに多く感じる上に何より驚いたのはその圧倒的な強さであり仮に万全の状態であれば勝ち目は無かったと思われる程の実力差であったのである……とはいえ、今は気を失っているみたいなので今のうちに何とかしなければと思い立った瞬間、ふと、この人物が誰なのか気になりだした私はステータスを表示させる事によってその正体を知った上で愕然としてしまった……何故ならその人物というのが私がよく知っている人だったからである。その名前は間違いなくミユちゃんだったからで何故こんな所にいるのか分からないまま呆然と立ち尽くす中、不意に声が聞こえたのでそちらの方へ視線を向けるとなんとそこには驚くべき光景があった。なんと先程まで倒れていたはずのミユちゃんが目を覚まし上体を起こしたかと思えば、その直後に私の方へ顔を向けてきたのだ……これにはもう、驚き過ぎて言葉も出なかったのだが更に衝撃的な事が起きてしまう……何故なら、そのミユちゃんの目が真っ赤に染まっていたのだから。

それを見た瞬間、私は思わず叫び出しそうになったのだが辛うじて堪えられたお陰で最悪の事態は免れたものの代わりに恐怖が込み上げてくると身動きすら取れなくなってしまい完全に思考停止状態に陥ってしまったもののどうにか気持ちを落ち着かせようとしている内にミユちゃんの口からとんでもない一言を耳にしたのである。「……ねぇ、ちょっと聞きたい事があるんだけどいいかな?」「……え?」「実はね?君に助けてもらった時の記憶が曖昧なんだよね……それに何か違和感があって……」「……??」「だからさぁ、もう一度同じ質問をしてもいいかなぁ?君の名前は何ていうの?」「…………ッ!?」

(ちょっと待って!?何で私の事が見えてるの!?っていうか何これ……一体何が起こってるのよ!!??)突然の事で混乱しているとそれを知ってか知らずかミユちゃんは更に続けた。「……あれれぇ~?おかしいなぁ……もしかしてまだ調子が悪いのかな……?うーん……あっ、そうだ!!こういう時はどうすればいいのか教えてもらってたんだった♪」「――ッ!!!!」(まずいっ!!!これは非常にマズイ展開だわ……!!)

そう直感した私はとにかくここから離れる事を考えた上で即座にその場から駆け出すと全速力で走り出した。しかし、それでもなお追いかけてくる気配が感じられたので後ろを振り返ると恐ろしい速度で追い掛けてくる姿が目に入って戦慄してしまったのだが、このまま逃げるだけではいずれ捕まってしまう事は明白なので少しでも足止めをする為に苦肉の策ではあるが魔法を発動させて相手を翻弄する事にしたのであった――「風よ!我が声に応え目の前の敵を討ち滅ぼさん!《ウィンドスピア》!!」

風の刃が相手目掛けて飛んでいく中でタイミングを見計らって一気に反転してから反撃に転じようとすると相手は防御結界を展開して攻撃を防いだ後、不敵な笑みを浮かべながらゆっくりとこちらへ歩み寄ってきたかと思えば、あろう事かこちらの目の前で立ち止まり話し掛けてきた……「いきなり攻撃してくるなんて酷いじゃないか?僕はただ君が何をしようとしてたのかを知りたいだけなのに……どうして君はいつも僕から逃げようとするんだい?」「……ど、どう見たって普通じゃないからでしょう!?」「……僕が普通の人間じゃないって?……ククッ、あははははははは!!!」「何がそんなに可笑しいのよ!?」

思わず声を荒らげながら問い詰めてみると意外な答えが返ってきた。何故ならそれは自分が何者かさえ覚えていないと言ったものだったからである――「……そっか、そうだったんだ……道理でさっきから違和感を感じるはずだよね……」

その言葉に対して戸惑いを覚えずにはいられなかったのだがどうやら私の態度や言動を見て自分の正体に気付いたらしく何かを納得していた。その一方で私にはさっぱり心当たりがないばかりか未だに理解出来ない点が多い事もあり、一体どうしたものかと頭を悩ませていた。するとそんな様子を見兼ねたミユちゃんからこんな事を言われるのであった……「その様子だと何も知らないみたいだね?それなら一から説明してあげるよ」

そして彼女は自らの素性を語ると同時になぜこのような場所にいるのかを話し始めた。その話の内容とは今から約5年程前の事だった……ある日、魔王軍が人間の住む世界へ侵攻してきた際にたまたま通り掛かったミユちゃんがその場にいた人達を救う為に奮闘した結果、見事勝利を収める事に成功するがその際に巻き込まれた影響によって命を落としてしまうという悲しい結果に終わる。

ところが話はそれだけで終わらずそれから1週間程経った頃に不思議な光が現れたかと思うと次の瞬間にはこの場所へと飛ばされたようで記憶を失っていたのだという――「正直言ってかなり驚いたけどね、それ以上に嬉しかったんだぁ……やっと自由になれたんだから当然でしょ?」

その言葉を聞いて疑問を抱く事になった。なぜなら今までの様子を見る限りではまるで今の状況を楽しんでいるようにしか見えなかったからである。その為、恐る恐る尋ねてみると「あぁ、別に気にしなくていいんだよ?だって今凄く幸せな気分だからさ♪」

と言って満面の笑みを見せた途端、またしても背筋が凍り付いてしまったのだが幸いな事にそれ以上の事は何もしてこなかったので内心ホッとしたのだがここで油断するのは危険だと考え直すと慎重に言葉を選びながら話を続けた。「……つまり貴方はずっと昔からここにいるって事でいいのかしら?」「そういう事♪だからここの事なら色々と詳しいから安心していいよ♪」「……なるほど、確かにそれは心強いわね」

素直に感心した私だったのだがミユちゃんは私の反応を見るなり何故か不思議そうな表情を浮かべたのである……その理由については後で知る事になるのだがこの時の私はそんな事など露知らず呑気に話をしていたのだったが、しばらくしてようやく我に返るとすぐに本来の目的を果たすべく再び動き出したのであった――「……そういえば、さっきの質問に答えてなかったわよね?」「ん?」

突然、質問されたので首を傾げていると続けてこんな言葉が耳に飛び込んできた。それは私が何者なのかという話で先程の会話の流れからして大体予想出来ていたので特に驚かなかったが問題はその回答内容である……まさか正直に話す訳にもいかないと思ったものの他に良い考えが思い浮かばずに困り果てていたのだがそこへ救いの手が差し伸べられたのであった――

彼女との出会いを果たした日の夜、早速だが例の計画を実行する事に決めてまず初めに彼女が所持していた武器の中から最も扱いやすいものを選ぶ事にしたのだ……もちろん選んだ理由は簡単で彼女にも扱えるような大きさかつ重量であったためであり他にも候補はあったのだがサイズが合わなかったので泣く泣く断念したのだが代わりに彼女の装備品の中で役に立ちそうな物を選んだのである。ちなみに装備させる前にどんな感じなのか確認しようとしたところでふと思った事があり試してみようと考えついたので実際にやってみたのだが、これが見事に成功してしまった。

それというのもこの方法を使えば簡単に持ち運びが出来るのではないかと思いついた為、試しにやってみせたところ見た目とは裏腹に重さを感じる事が全く無かった上に邪魔になる事もなく快適に動けたのである……まぁ、さすがに剣を振り回す際にはそれなりの負担は掛かっていたのだが大した問題にはならなかった。それから何度か実験を重ねてみている内に思ったのだがこれは中々使えるのではないかと感じた私は今後の予定を決める事にしたのだった……「さてと、とりあえずはこのくらいの作業は終わったかな……?」

そう呟きながら顔を上げると辺り一面に大量の死体の山が出来上がっていたがそれに対して特に気にする事なくそのまま横を通り過ぎようとしたその時、突如背後に現れた気配を感じ取ったので振り向くとそこにはいつの間にか先程出会った女性が立っていた。しかし、よく見ると様子がおかしいと感じた私はすかさず構えを取り警戒しながら様子を伺っていると向こうも同じく戦闘態勢を整えつつ口を開いたのである……「――ッ!?」(この人、一体いつの間にここへ……?)

そんな事を考えている間に相手の動きが止まったのを見てチャンスだと思った瞬間、咄嗟に距離を取るために後ろへ飛んだものの相手はこちらの動きを先読みしていたのか既に懐にまで侵入されており、しかもその手には見覚えのある刀が握られていたのである……この時になって初めて気付いたのだがその武器こそ私が選んであげたものだったのに気付いた時にはもう遅かった。

その結果、私はなす術なく胴体を斬られてしまいそのまま意識が途絶えてしまったがその直後に何かを感じ取った事でハッと我に返った私は改めて周囲を確認すると先程までいたはずの相手がどこにもいなかった事から瞬時に察したのである……つまりは見逃されたのだと理解した私は思わず溜息を漏らすしかなかったが同時に助かったのだという思いもあり安堵感を覚えた一方で悔しさが込み上げてきたのでそれを紛らわせるかのように拳を強く握り締めた。何故ならあの場に留まっていたら間違いなく殺されていた可能性が高いからだ……何故なら彼女にはそれだけの実力があったからである。

もし仮に戦う羽目になった場合を想定して考えてみた結果、どう頑張っても勝てる見込みが全く無いと思えた事もあって逃げるという選択肢以外は残されていなかったのであった……(……仕方ないか)そう思いながらこの場を離れようとしたがそこである違和感に気付いて足を止めたのだがそれが一体何だったのかはすぐに判明した――「……え?」

それはさっきまで持っていた剣が無くなっていた事だった。それだけでなく鞘も一緒に無くなっていたのでおそらくどこかへ落としたのではないかと思ったが周囲に落ちている様子もなく探してみたが結局見つからなかった。恐らくさっきの相手に奪われてしまった可能性が高くなったものの今更どうする事も出来ないので諦める事にした……とはいえ何も持っていない状態で放置するのも危険なのでまずは安全な場所へ移動する事にした――……そして翌日、目を覚ますと昨日と同じように洞窟内を歩いていた私はふとある事を思い出した。というのも昨日の時点でこの場所へやって来たのだが、その際に手に入れたアイテムを保管している小部屋へ行くのを忘れていたからであった……本来なら先にそこへ寄ってから向かう予定だったものの今回は仕方なく素通りする事にしたのであった――「……それにしてもここはいつ来ても不気味ね……」

そんな事を口にしながらも歩みを進めていく中、ふと気になった事があったので試しに聞いてみる事にした。それは今現在、歩いている通路なのだが他の場所に比べて比較的綺麗になっており、更に言えばこれまで見てきた景色と比べて明らかに違いが見られたからだった。もちろん、単に自分が気付いていないだけで以前からこうだったのかもしれないとも思ったりもしたのだが、それでもやはり何かが違う気がしてならなかった……

そんな事を考えながらも歩き続けているうちに目的の場所に到着したのだったが肝心のものが見つからないままだったので途方に暮れていた……しかし、よくよく考えてみればここ以外にも保管出来るスペースがあるので別の場所をあたればいいだけなので気を取り直して次へ向かう事にしたのだった――……

その後も何ヵ所か探し回っていたのだが一向に見つかる気配が無かったため一度引き返そうと考えた私は踵を返した瞬間、視界の端にチラッと映り込んだ何かに気付き急いで駆け寄った……「これって確かあの人の剣よね?どうしてここに落ちていたのかしら?」「……う、うぅ……」「ちょ、ちょっと大丈夫!?」

呻き声を漏らしたので心配になった私が声を掛けていると次第に意識が戻ったらしくゆっくりと目を開けた後、目の前にいる私を見て驚いていた様子だったのだがすぐに安堵した様子を見せた後、おもむろに起き上がろうとしたものの痛みのせいで上手く動けないようだったので代わりに手を差し出そうとした直後、背後から何者かの気配を感じたので慌てて振り返ると共に身構えるとそこに現れたのは――「あれ?もしかしてお邪魔だったかな?」「……えっ!?ミユちゃん!?」

突然姿を現した事に対して驚いていると彼女は嬉しそうな笑みを浮かべながらこう言った。どうやらこの人物の事を知っているようだという事だけは分かったのだが今はそれよりも重要な事を尋ねる必要があった。何故ならミユちゃんは今、自分の主人と一緒に過ごしているはずなのにどうしてここにいるのかと尋ねると「実は私、元々人間だったみたいなんだけど事故に巻き込まれて気が付いたらこっちの世界に来ちゃってたみたいでさ……それからというものずっと彷徨っていたんだよねぇ」

そう言いながら苦笑を浮かべながら頬をかいていたのだが私はそれを聞いて驚きのあまり固まってしまった。なぜなら彼女も私達と同様に転移させられたという事実を知ったからである……「ところで貴方はここで何をやってるのかな?」「……え、えっとぉ……って、そうだ!それより大変なのよ!!実はね――」

そう言ってこれまでの経緯を説明するとそれを聞いたミユちゃんが険しい表情を浮かべていたので不安を覚えつつも黙って聞いているとこんな言葉が返ってきたのである……「なるほどね、大体の事情は把握したよ……でも悪いんだけどその話には協力出来ないかなぁ、だってまだ死ぬ訳にはいかないからね!」

その言葉を耳にした途端、嫌な予感がして思わず尋ねた。すると予想通りの言葉が返ってきたので内心焦っている私にこんな事を聞いてきたのである……「――ところでさぁ、その魔王の居場所はどこなのか分かる?」「え?……それならあっちだけど」

指し示した方向に目を向けながら答えを返すとミユちゃんは笑みを浮かべたままお礼を言ってきた。その後、すぐに歩き出したので止めようとすると私の肩をポンッと叩きながら言ったのである……「――ここから先は一人で行かせてくれないか?頼む……!」「……っ!!」

そんな必死そうな彼女の顔を見た私は一瞬迷ったものの小さく頷くと「絶対に死なないでね……?」と言った。それに対して彼女が頷いて答えたのを確認した私はそれ以上は何もせず見送る事にした――それからしばらくの間、私はその場で立ち尽くしていた……理由はただ一つ、無事に戻ってくる事を願っていたからである。ところがそんな私の思いなど全く知らない彼女は何事もなかったかのようにこちらへ戻って来ると笑顔で言った。

「……いやぁ~、何とかなって良かったよぉ~!まさかあんなに強いとは思わなくて焦ったけど結果オーライだよね♪」「そ、そうね……」(本当にこれでよかったのかしら……?)

そんな事を考えている間にも彼女の足取りは軽快に前へ進んでおり私はその後を追う形でついて行った。やがて目的の場所に辿り着き扉を開くなり真っ先に中へ入ったのを見た私はそれに続く形で入っていった――

部屋の中へ入るとそこには先程、対峙した相手である女性が椅子に座って待っていたのである……その様子からまるでこちらがここに来る事を事前に分かっていたような雰囲気を漂わせていたのだがあえてそれに関しては触れずに相手の出方を窺う事にした。ちなみにここへ来た目的はもちろん例の剣を取り返すためである……というのもあの場で手に入れてから既に何日も経過しているためいい加減手元においておかないと色々と困る事があると思ったからだ。ただ、問題なのはそれがどこに置いてあるのかが全く分からない上にその場所さえ分かっていればとっくに取り返しているのだが生憎と未だに手掛かりが掴めずにいたのだ……(それにしても……)

ふと疑問を感じたのは部屋の壁に並んでいる数々の武器類についてだがそれら全てが見覚えのあるものばかりだったのである。中でも最も気になったものは【勇者の剣】という物でしかも説明欄には『これを手にする者は英雄として崇められるであろう』と記されていたのである。しかしそんな事よりも気になっている事があったのでそれについて聞こうと思い声を掛けようとしたのだが先にあちらの方が口を開いた。「……ようこそおいでくださいました、ルシファー様……お待ちしておりましたよ」

そう言った彼女だったが、私は特に何も反応せずにそのまま見つめていると相手は不思議そうな顔をして見つめ返してきたので改めて用件を伝える事にした。とはいえいきなり本題に入るのも気が引けたので最初は簡単な挨拶から始まり世間話や身の上話といった話題から入り徐々に警戒を解いてもらうつもりだった……というのが建前であり本当は本音は別のところにあったりするのだがそれを悟られないように気を付けつつ話し続けていたが途中から何やら違和感を覚え始めていた――それは何故かというと会話の内容に一切触れてこないという点と妙に落ち着いていたからであった。

正直、こういった状況に陥った場合は何かしらの反応を示すものだとばかり思っていたのでそれが一切見られない事に対して逆に私の方が戸惑いを感じ始めていた頃、ふとある事に気が付いた……というのも先程まで感じていたはずの気配が感じられなくなっていたからであった。それに気付いた私は即座に周囲を見回したもののどこにも姿が見当たらなかった事から逃げられたのではないかと思ったのだが不思議とそこまで焦っていなかった事もあり冷静に分析してみたところどうやらそうではなく逃げられてはいないという事に気付いていたのだ……では何故、姿が見えなくなったというのに慌てないのかというと答えは一つしかなかった――つまりは最初からそこにいなかったからなのだ。その証拠に部屋中を見渡しても人一人どころか魔物一匹の姿すら見えなかったのだ……「……お見事です」

その時、突然背後から聞こえたその声に振り返るとそこにはいつの間にか女性が立っていたのだがその姿を見た瞬間、思わず驚いてしまった。何故ならそれは先程まで見ていた女性のものだったからだ……しかしよくよく観察してみると若干違っていた事から本人ではない事は間違いなかったので一体誰なのかと思っていると女性は自己紹介を始めた。「改めまして、わたくしは魔王の四天王の一人にして魔界軍の指揮官を務めている《アスタロト》と申します。以後、お見知りおきを……それで、先程の件ですが貴方のご推察通りですよ。実はわたくし達は既にこの城に存在していないのです」「……え?ど、どういう事?」

困惑しているとこちらの様子を察したらしい彼女は少し考えた後で再び話し始めた。その内容をまとめるとまず初めに彼女達は元々こことは別の世界にある王国に仕える者だったが何らかの原因でこの世界に転移させられた事で困っている所を現在の王から救ってもらった事をきっかけに忠誠を誓うようになったのだという。ただしそれは表向きであって本当の目的は別にあり、その真の目的はとある国を滅ぼすために暗躍しているという話だった。というのも実は現在、この周辺一帯を支配する国が魔族にとって脅威の存在となっている事が判明しておりこのまま放置しておくといずれ自分達にまで危害が及ぶ可能性があるとの事だった。そしてそういった状況を打開するべく現王が直々に調査したところどうやら何者かの手によって操られている事が判明したらしく、それを逆手に取った王は秘密裏に彼女達を呼び寄せ、現在は城の地下深くにある部屋で力を蓄えながら時期が熟すのを待っているのだと話してくれた――「……そこで貴方にお願いがあるのですが聞いてくれるかしら?」

それを聞いた私は一呼吸置いた後でゆっくりと頷き承諾の意思を示した後、続きを促すように視線を向けた……「単刀直入に言いますとわたくし達の敵となって頂きたいのですよ。勿論、報酬はしっかりと用意させて頂きますし必要ならば何でも用意致します……どうされますか?」「……悪いけど断らせてもらうわ。何故なら私が仕えている方はこの国を治めておられるお方だからよ」「なるほど……そういう事でしたか、それならば仕方ありませんね。無理にとは言いませんからどうかお帰り下さいな」

そう言いながら彼女は手を叩いて合図を出した瞬間、どこからともなく複数の悪魔が現れこちらを取り囲んだのである。その光景を目にした私は慌てて身構えるとそれに反応したのか相手側も臨戦態勢を取ったのを見て覚悟を決めていると突然、彼女が話しかけてきた。その内容を聞いて驚いたのは言うまでもなかった――なぜなら私に対して攻撃を仕掛けてくるつもりが無いという事だったからだ……「実はですね、今回の作戦で最も重要な人物というのは他でもない貴方なんですよ。ですのでもし宜しければ是非とも魔王軍の一員として戦って頂けないでしょうか?そうすれば他の皆様と同じように命を奪うような真似は決してしないと約束しましょう」

それを聞いた私は迷った末に返答した……「その話、詳しく聞かせてもらってもいいかしら?」

それを聞いた彼女は嬉しそうに笑みを浮かべながら答えるとこう口にしたのだった――「もちろんです♪それでは今から説明致しましょうか――」

(――ここは一体どこなのだろうか……?)

そう思いながら周囲を見てみると真っ暗闇だった為、自分が今どこにいるのか全く分からなかったのだがその直後、目の前に突如光が出現すると徐々に広がって行き辺り一面が照らされるとそこはどこかの家の中だと分かり始めたのである……さらによく見るとその家の周囲には大量の花が植えられていた事から察するにどうやら誰かの家にいるようだというのが分かったもののなぜここにいるのか理由がさっぱり分からなかった。ちなみにこの家には他にも人がいたらしく何人かの顔ぶれを見てみようとするとすぐに気付いたので誰なのか確認する事にした――その人物とは、なんと自分を含む家族全員だった事から私は内心驚いていた……だが、それと同時にどこか懐かしさを感じていたのも確かだった……するとそんな私の心情を見透かしたのか誰かが声を掛けてきたのである。「どうした?元気がなさそうだけど何か悩み事でもあるのか?」「あ、いや……別に何でもないよ。ちょっと考え事をしてただけだから」「そうか、それならいいんだけどな。それより今日は皆で一緒にピクニックに行くんだろ?」

そう言われた私はようやく今日が何日なのかを思い出してみたところ、既に一週間が経過しておりその事実に思わず愕然とした……というのもここ最近の記憶がすっぽり抜け落ちていたのだ。そのため何故、そうなったのか思い出そうとしていると不意に誰かの声がした。

『お前は昔からそういう所があったよな。何かに没頭すると周りの事なんかまるで見えなくなってしまう……だが、それがお前の長所でもあり短所でもあるのだ。まぁ、簡単に言えば不器用だという事だ』

その言葉を耳にした途端、私は思わず目を見開いていた……何故なら聞き覚えのある声であるにもかかわらず声の主が全く思い出せないからだ。それでも必死になって思い出そうとしていたその時、急に頭痛がしてきたので咄嗟に頭を抱え込むと同時に何かが頭の中に入り込んでくるような感覚を覚えた直後、今度は強烈な睡魔に襲われ意識を失いかけたその瞬間、ある事を思い出した私は急いでそれを言葉に出した――「……っ!お父、さん……?」(……そう、これは幼い頃の記憶だ)

当時の記憶を呼び覚ました私は目の前にいる人物の顔を見つめつつ自分の置かれている状況を把握しようとしていたのだがそれを遮るように相手は再び声をかけてきた。それに対して何とか言葉を返す事が出来たもののその時の私はなぜか体が思うように動かず上手く話せずにいたのだがそんな事はお構いなしに相手は話しかけてくると次第にその声は大きくなっていったので仕方なく耳を傾けようとしたところでふと我に返ると先程よりかはかなりましになっていた事に気が付いた……どうやら一時的なものに過ぎなかったようだがそれでも体を動かす分には問題ないくらいだったのでゆっくりと起き上がろうとした次の瞬間、相手が手を差し伸べてくれたおかげで立ち上がる事が出来た私は改めて礼を言おうとしたのだがその前にいきなり質問された。

それはこれからどうするのかと聞かれたのだが当然ながら答えられるはずもなく困っていると更に言葉が続けられたのでその内容を聞く事にした――曰く、今までの出来事は全て夢であり実際には何も起こっていないのだという……確かに言われてみると納得できる部分がありつつもまだ完全に信じる事は出来ないもののいつまでもこうしている訳にもいかないと思ったので取りあえず外に出る事にした……それから外に出てしばらく歩いていたその時、ふいに背後から声が聞こえてきたような気がして振り返ったのだがそこに誰もいなかった事から空耳か何かだと思って気にしないでいると今度はまた違う声がどこからか聞こえてきたような気がしたので周りを見回したがやはり誰もいなかった事から気のせいだと思い再び歩き始めたその直後、突如として目の前が光り出すと視界が遮られる程の眩しさに目を閉じた後で目を開けるとそこには見慣れた風景が存在していたので思わずホッとすると同時に先程の出来事は一体何だったのかと考えていたのだがそれも束の間、遠くから聞き慣れた声が聞こえた事で我に返るとその方向を見ると母が手招きしている姿が確認出来たので私は足早に駆け付けた。すると母は嬉しそうに笑みを浮かべていたのだがその理由を尋ねるとどうやら私との外出が久しぶりだったかららしいとの事だった。それを聞いて納得したのも束の間、ふとある事を思い出した私はその事について尋ねてみた。それはさっき体験した不思議な出来事だった……ところがその事については母も心当たりがないらしくお互いに首を傾げていると背後から誰かが近付いてくる気配を感じたので振り返るとそこにいたのは父親であった……しかもどういうわけか物凄く怒っているように見えた為、どうしたのかと聞くと突然胸ぐらを掴まれた挙句に頬を殴られてしまい何が起こったのか理解出来ずに呆然としていると今度は拳を振りかざして殴りかかってきたのを見た私達は揃って悲鳴を上げるとそれを見た父親は我に返ったようですぐさま手を放すと申し訳なさそうな顔をしながら謝ってきた――それを聞いた私達が困惑していると父は事情を話してくれた……どうやら最近になって悪夢ばかりを見るようになって以来、まともに眠れていないのだという。そこで試しに睡眠不足を解消する為に睡眠薬を服用して眠ろうとした結果、夢の中で何者かに襲われるようになり目が覚めた後も襲われた感覚が残っているのだとか……それを聞いた私達は不安に思ったもののまずは体調を整える方が先決だと思った私はひとまず父の話に耳を傾けながら家路についたのだった――(……あれから数年経った今でもあの時の夢を見るようになったのはどうしてなのだろうか?そして夢の中に出てくる人物はいったい誰なのだろう……?)

「……う~ん……」

俺は唸り声を上げると目を開いた。

すると目の前にいたのは白い毛に覆われた猿のような生き物であった。

いや、本当にこんな生物が存在しているのだろうか? そんな疑問を抱きつつまじまじと見つめているとそいつの額にある宝石のようなものが赤く輝いたと思ったら俺の意識は遠退いて行った――

「―――はっ!」

目を覚ますとそこは見覚えのない部屋であった。

一体、ここはどこなんだと思っていると部屋の中に入って来た人物の姿を見た瞬間、一気に血の気が引いたのを感じずにはいられなかった。なぜならその人物とはつい先程まで見ていた夢の元凶と思われる者だったからだ――だが同時に違和感のようなものを感じてならなかった。

何故なら夢で見た者とは微妙に違っているからだ……もっとも、あくまで俺が感じただけなので勘違いかもしれないと思いつつもじっと見ていると突然声を掛けられたので思わず驚いた。するとそんな様子を見て不思議に思っていたのかそいつは首を傾げてきた。

「あのー、どうかしたんですか?何か私に聞きたい事があるなら遠慮しないで言ってくださいな」

そう言ってきたものだから慌てて首を横に振った。

ただ単に気になったから見ただけだと答えたのだが彼女は何故か笑みを浮かべると俺に近付き話し掛けてきた。「そうなんですか?てっきり私が気に障るような事でもしたのかと思ってしまいましたよ」

その言葉に違和感を感じたものの敢えて聞かなかった。

下手に聞いたら話が長くなると思いあえて避けたのだが彼女はそんな事を知る由もなく次々と話題を振って来るので適当に相槌を打ちつつ対応した――ちなみに今いる場所や彼女の素性などを聞こうとしたのだが聞くだけ無駄だったので諦めたのだった……というのも名前を聞いた瞬間に口籠りだしたからである。しかしいくら聞いても一向に教えてくれないのでこれ以上は何も聞けないだろうと判断したのだ――それよりも気になる事があったので聞いてみた。ここは一体どこなのか、それと自分はどうやってここに来たのか、さらに言えばあなたは誰なのかという事だった。すると彼女は待ってましたと言わんばかりに笑みを浮かべたまま話し始めた。

「そうですね、そろそろ教えておいた方がいいですよね?それでは自己紹介しますね、私はルシファーと申します。一応、魔王をやってます♪」(え……?今なんて言ったんだ?魔王だって!?いや待て落ち着け俺……もしかしたら聞き間違えたのかもしれない)そう思いもう一度、同じ事を尋ねてみたのだが返ってきた言葉は同じであった……そのため頭が真っ白になりかける中、どうにか持ち堪えて平静を装うと他にも色々と質問をしてみたところ分かった事がいくつかある。

1つ目はここが異世界だという事である。

2つ目は彼女の正体が魔族と呼ばれる種族の長であり名前はアルシエルというらしい。

3つ目はこの世界は人間以外にもエルフなどの他種族が存在する事。

4つ目はこの世界には様々な魔法が存在している事などである。5つ目はこの世界では基本的に魔族が頂点に立ち人間は奴隷として扱われている事である。

6つ目は俺達のように迷い込んできた者を元の世界に帰してくれる術は存在しないためこの世界で暮らす事になる事。

7つ目はもし帰る方法を見つけたら知らせて欲しいという事だった。

それを聞いていて少し考えたのだが恐らくだが俺はこのままこの世界に居残るかあるいは死ぬしかないのではないかと思ったのだがその事は言わなかった。

というのも何となく察しがついたのである。そもそも俺達はこの世界の人間ではないのだからたとえ帰ろうとしてもおそらく何らかの理由で拒否される可能性の方が高いと思ったので口に出さなかったのだ……とはいえ、ずっとここに留まるつもりはないのでいずれは帰りたいと思っているのだが果たしてそれがいつになるのか分からないのでそれまではここで暮らさなければならないだろうなと考えた矢先、彼女が声を掛けてきた。「さてと、とりあえずあなたの名前は分かりましたのでこれからどうするかを考えましょう」

そう言いながら何やら書き込んでいる様子を目にした俺は嫌な予感がしつつも聞いてみる事にした。

すると案の定と言うべきか名前をどうしようか悩んでいると言われたため再び頭を悩ませた末、結局いつも通りに名乗る事にした……もちろん、その名前は佐藤祐二ではなく『ユウ』という日本人風の偽名を使う事に決めたのである。

その後、ようやく今後の方針を決めた俺達はさっそく行動を開始する事になった。

とはいっても具体的に何をすればいいのか分からなかったのでまず始めに町に行って情報を集める事から始める事にした。

それからしばらくして町に辿り着いたものの最初はどこに向かえばいいのか全く分からない状態だったのとお金を持っておらず所持品も皆無に等しい状態であった為、途方に暮れていたのだがそんな彼女を見かねたのか一人の老人が声をかけてくれた事で難を逃れる事が出来たのは言うまでもない。ただし、その代わりとしてとある条件を飲む事になったのだがそれを差し引いても非常に助かったのは言うまでもないだろう。そのおかげでこの世界の常識をある程度理解する事も出来たのだから尚更だ。ちなみに、その時の老人はこの町の町長だったらしく彼は俺を一目見るなり事情を聞いてきたので隠す必要もなかったので全て話すとしばらく考え込んだ後で何かを思い付いたらしく、いきなり俺の手を掴むなり歩き出したところで案内されたのは小さな小屋のような建物だった――なぜこんな場所に連れて来られたのか意味が分からずに戸惑っていると、おもむろに中に入った直後、いきなり押し倒されると服を脱がされて強引に体をまさぐられてしまった――これにはさすがに身の危険を感じたので咄嗟に殴り飛ばしてやろうと思ったその時、突如視界が歪み出した。それと同時に体の力が抜けていき立っているのも困難になった為、その場に倒れ込んだ。そして意識を失う直前に目にしたのは不敵な笑みを浮かべながらこちらを見つめている老女の姿だった――それからどのくらい経ったのか定かではないものの目を覚ました時に最初に見えたのは先程の老婆の顔であった――しかも相変わらず俺の体をあちこち触っていただけでなく舐め回すように見つめながら息を荒げていたのである……その様子を見て俺は直感的に悟った、この女は俺の事をそういう対象として見ていたのだと。そう認識した瞬間、恐怖を覚えた俺はすぐさま逃げ出そうとしたものの体が思うように動かず逃げる事が出来ないばかりか声を出す事すら出来なかった。そんな俺を見て相手は嬉しそうにしていた事からどうやら俺は薬か何かを飲まされた上で拘束されているのだと理解した――もっとも、だからと言って状況が変わる訳でもないのでひたすらもがき続けていたところ、不意に手を叩く音が聞こえてきたかと思うと誰かがこちらに近付いてくる気配がしたので顔を向けるとそこには見知らぬ女性が立っていた――年齢は俺よりやや上に見えるが容姿はかなり整っており服装からしてメイドのような格好をしていたのは印象的であった。

そんな彼女の姿を見て安心したのは束の間、突然腹部に痛みが走ると同時に強烈な吐き気に襲われたのでその場で吐きそうになったところを必死に我慢した。その後も何度も咳込みながら呼吸を整えていると今度は下腹部辺りに激痛が走ったので思わず声を上げた後、恐る恐る目を向けると何とナイフらしき刃物が俺の腹を突き刺さんばかりに刺さっていたのである。当然の事ながら痛みのせいで頭の中がパニックに陥ったものの次第に意識が薄れて行き始めたのでこのままだと間違いなく命を落とす事になると感じた。しかしどうする事も出来ず、やがて力尽きてしまった――

「……あれ?おかしいな……もしかして失敗した?」

その言葉を耳にした瞬間、目が覚めたので辺りを見渡してみたのだが真っ暗で何も見えなかった。だが徐々に目が慣れて来たのもあり何とか周りの様子が確認出来るようになった途端、目の前にいたのは例の女性だと気付いた途端に驚きを隠せなかった。何故なら彼女は俺の姿を見るなり笑顔を浮かべたままこう話し掛けてきたからだ。

「おはようございます、気分の方はどうですか?」

俺は返事をせずに相手の顔を見つめていたのだがそれにも関わらず彼女は構わずに話を続けた。

「それにしても今回はちょっと効き目が悪かったみたいですね……何せ量が少なすぎたからでしょうか?それともあなたが弱かったせいなのか、それは私には分かりませんがいずれにせよ失敗なのは間違いありませんね」

そう言いながら溜め息を吐いた彼女の言葉を聞いているうちにようやく状況が理解出来てきたので目の前にいる女性があの老人と同一人物である事が分かった俺は改めて周りの様子を確認した。するとここはどこかの建物の中らしいが、どうやら地下室のようだ。その証拠に俺が今いる部屋に窓がなかった上に扉は一つだけしかなくそこから光が差し込んでいるので間違いない……もっとも、外がどのような景色になっているのか分からないが恐らく町のどこかに建っている建物の地下なのだろうと考えていると突然、扉が開いた。

なので反射的に視線を向けるとそこにいたのはあの老人だった――さらに彼が入ってきた直後に別の人物も一緒に入って来るとそれを見た彼女は嬉しそうに笑みを浮かべたのだがその人物を見た俺は思わず言葉を失った――なぜなら現れたのはどう見ても中学生くらいの女の子だったからだ。しかもその子は明らかに俺と目が合ったにもかかわらず何の反応も示さずに黙って見つめていた――それだけならまだよかったのだが問題なのは、その子の格好である。

なぜかというと彼女の体にはあちこちに切り傷や痣があり血塗れになっていたのだ。しかもよく見ると腕には無数の注射針らしきものの跡まであった……そのためすぐに何があったのか分かった俺は彼女に声を掛けようとしたのだがその前に少女が近寄ってきた。すると彼女は徐に俺の顔に手を当てるとじっと見つめた後でこう言った。「ねぇ、この人どうするの?殺しておく?」

その言葉に老人は笑みを浮かべると首を横に振った。「いいや、そいつは生かしておこうじゃないか……なんせ面白い情報を持っていたようだからな、殺すには勿体ない」

そう言ってこちらに目を向けるなり笑みを浮かべていた……それを聞いた俺は背筋に悪寒が走り、今すぐにでもここから逃げ出したい衝動に駆られたが、それよりも前に少女は俺の方に近付くと顔を覗き込んできた。「ねぇ、教えて欲しい事があるんだけどいいかな?素直に答えてくれるなら危害は加えないから」

俺は迷わずに頷いた――どうせ抵抗しても無駄だと思ったので、それなら素直に従った方が身のためだと判断したのだ。それにこの状態で下手に反抗しようものなら確実に殺されるだろう。

とはいえ、いざ話を聞こうとしたら少女の方が何やら考え込んでいた……いったい何を考えているのだろうと思っていると不意に顔を上げて俺に尋ねてきた。「ところで、あなた達の世界の名前は何て言うのかな?」(世界の名前だって!?)「名前も何も俺達が住んでいた場所はこことは違う世界だぞ」「ふーん……違う世界って、例えばどんな場所があるの?」

俺はどう答えたらいいのか悩んだ末、とりあえず自分の暮らしていた世界にある国の名前を挙げていった。その結果、彼女はその地名を聞いただけでほとんど理解出来たらしく笑顔で頷いていたのだが次に彼女が発した言葉で驚愕する事となった。

というのもこの世界には複数の大陸が存在するという事なのだがその中に日本に似た国が実在するらしいのである……ただしその国とは完全に切り離されており、独自の文化を発展させて他の国とは交流していないのだという――しかも話を聞く限りでは日本語が使われているらしく、これは明らかに変だと思い尋ねると案の定、その言語はこの大陸でしか使われていないというので思わず頭を抱えた――なぜなら俺達はこの世界で生まれ育ったわけではないしそもそも異世界人なのだ、言葉が通じても文字は読めないはずである。

しかしここで疑問が生まれた……なぜ文字が読めるのだろうかと思ったのだが答えは案外簡単に導き出す事が出来た。なぜなら、この世界の人間の中には稀に超能力者と呼ばれる者がおり、彼らは生まれた時から何かしらの能力を持っているため生活していくうえで不自由する事はないらしく、さらに特殊な力を持つ者も存在しているので特に問題はないのだという――ただし、あくまでも自分達にとってはであってそれ以外の種族から見れば異質に映る事は言うまでもないだろう――ただ、そこまで話を聞いた俺は一つの事を思い出していた……それが何かといえば自分達の世界でかつて起きた大戦争の事であり、その際に戦った敵の中に相手の言葉を理解出来るだけの力を持った存在がいたらしいと聞いた覚えがあったからである。もっとも、実際に目にしたわけではなくあくまで人から聞いた話に過ぎないのだがまさか実在していたとは思っていなかったので驚いた――だがそれと同時に納得した――何しろ今までに出会った人が全員、日本人のように見えていたからである……とはいえ、さすがにここまで来ても未だに半信半疑だった事もあり、もしかしたらただのコスプレ好きの女性ではないかと考えていたところ再び質問されたので慌ててそちらに目を向けた。

するとそこにはなぜか不安げな表情を浮かべる少女がいたので何事かと思って尋ねたところ意外な事を聞かされる事になった。というのも彼女はとある事情により追われている最中だという話を聞いて最初は何の冗談かと思ったが、どうやら本当のようで彼女の姿を見た時に感じた違和感の正体に気付いた。それは何故か全身ずぶ濡れになっていたからである――そこで初めて、ここが地下である事を思い出した俺は水攻めにあったのではと考えた――何故なら、この部屋に入って来た際に聞こえた音は間違いなく水滴が落ちる音だったのでその予想は当たっていたに違いないからだ――ただ、そうなると一つ疑問が生じるので改めて少女の体を見た後で思わず顔をしかめた。なぜなら、あちこち怪我をしていたので痛々しく見えたからだったが、その時、ある事に気付いた。

(この子……もしかして……いや、そんなはずはないよな……でも、そうだとしたら全て辻褄が合うような……)

しかし、仮に俺の考えが正しかった場合非常に危険な状況に陥っているのではないかと思うとこのまま放置しておくわけにはいかなかった。なにしろ、もし俺が考えている通りなら下手をすれば命を落としかねないと思ったからである。なのですぐに決断を下した――やはり彼女を連れてこの場から離れるべきだ、でなければいつどこで襲われてもおかしくないので間違いなく命を落す事になると確信したので覚悟を決めると少女の方に目を向けた。そしてなるべく優しく語り掛けたのだが反応がなく虚ろな目をしたままだったので少し不安に思ったものの構わず話し掛けようとした次の瞬間、突如として後ろから誰かに体を掴まれてしまい、そのまま持ち上げられてしまうと同時にナイフを突きつけられてしまったので身動きが取れなくなってしまった。だが幸いな事に相手は俺を殺すつもりはないらしく、それどころかどこかに向かって連れて行こうとしていたようであり、その様子を見て内心ホッとしていた――何故なら相手が何者なのか分からなかった上にどこに連れて行かれるのか想像もつかなかったからである――ちなみに一緒にいた女の子の姿はいつの間にか消えていたので、おそらく別の場所に連れていかれたのだろうと思いそれ以上考えるのを止めた直後、視界が突然明るくなった事で一瞬目を閉じた後恐る恐る目を開けるとそこに広がっていたのは見た事もない風景であった。そこは森の中のようで、木々の隙間から差し込む太陽の光に照らされた美しい緑を見る事が出来たのだが俺はすぐに違和感を覚えた。というのもあまりにも森の奥深い所にいるような気がしてならないからである。

とはいえ、いくら考えても分からない以上これ以上考えていても時間の無駄だと思った俺は気持ちを切り替えて改めて周りを見渡してみる事にした。といっても視界に映る範囲は限られているうえに薄暗くよく見えない状態のままだったので、目を凝らして見ると遠くの方に何かの影がぼんやりと見え隠れしているのを発見した瞬間、心臓が激しく鼓動し始めた。

なぜなら、それはどう見ても巨大な魔物にしか見えなかったからである。さらに耳を澄ませると何やら唸り声が聞こえたような気がしたので冷や汗が流れた。「あ、あれはもしかしてドラゴンか……?」(いや待て、落ち着け!まだそうと決まったわけじゃない)

俺は自分自身に言い聞かせるように心の中で呟いた。というのもこの世界に住む人間はドラゴンの事を知らないらしいと以前に聞いた事があり、それゆえ実物を見た事がある者は皆無に近いと言われている事から俺が勘違いしても無理はないはずなので落ち着いて考えてみればすぐに分かるはずだと考えつつ深呼吸を繰り返していた時、ふいに声が聞こえてきた。「おーい!」

突然聞こえてきた声に驚いたせいか咄嗟に声の方を見るとなんと、あの女の子がこっちを見ながら手を振っていた――その瞬間、確信した。

(間違いない……やっぱりあの子は人間だ……!となるとさっきの影は一体……?)

そう思って首を傾げたのだがその直後、信じられない出来事が起きた。なんと目の前に現れたはずの少女が忽然と姿を消したのだ――もちろん何が起こったのか分からなかったが、それ以上に気になるのは彼女がいた場所に見知らぬ老人が立っていた点だった。しかもよく見るとその老人はまるで俺の事を見ているかのような視線を向けていたのだが俺はあえて気付かない振りをした。なぜなら嫌な予感がしたからだ――というのもこの老人は明らかに俺に対して殺気を向けておりいつでも襲いかかれるように構えていたのが分かった為、迂闊に動けなかったのである……だがしばらくすると、ふと気になった事があったので思い切って尋ねる事にした。

その理由は目の前の人物がなぜ俺に殺意を向けるのかという理由を知りたかったのもあるがそれ以前に俺はどうしても知りたい事が一つだけあったからだ――それはどうして自分が狙われなければならないのかという事である。確かにこれまでの経緯を考えると異世界人というだけで命を狙われる理由は十分にあると言えるがそれだけではないように思えたのである。そもそも俺自身は普通の生活をしていただけなのに何故殺されなくてはならないのかと納得出来なかったのもあり、その答えを聞きたかった。

そこでまず最初に一番聞きたい事を尋ねたところ、老人は少しだけ考える素振りを見せた後でこう言った「お前の存在は我々の邪魔になるからだ」それを聞いた俺は驚きのあまり目を見開いた――なぜなら、この世界にやって来た理由がまさにそれだからに他ならない。つまり目の前にいる老人は俺が勇者だという事を知っているからこそ殺しに来たのだという結論に至り愕然としていると老人はニヤリと笑みを浮かべていた。

その顔を見て寒気を覚えた俺は何とか逃げなければと考えていると、不意に横から手が伸びてきて口を塞がれてしまったので悲鳴を上げる事すら出来ずに固まってしまった。すると今度は別の方向から声が発せられた。「さぁ、始めようか……」

そう言ったのは先程まで後ろにいた老人であったがいつの間にか隣に移動しており、しかもその手には俺の喉元に突き付けた剣と同じ物を持っていた――それを見た俺は即座に理解すると同時に死を覚悟したが、なぜか老人は俺の喉元に剣を当てたまま動こうとしなかった……とはいえこのままでは殺されるのも時間の問題だと感じていたので隙あらば逃げ出してやると意気込んでいたら急に笑い声を上げ始めたかと思うと驚くべき行動を取った。何と剣を鞘に収めるとそのまま踵を返したのである――これには俺も驚いたが何よりも驚いていたのは老人の行動を見ていた他の者達だった。

何故なら彼らは仲間同士であるにもかかわらず一斉に飛び掛かろうとして一斉に攻撃をしかけたからである……しかし次の瞬間、その場に居た全員が驚愕の表情を浮かべながら足を止めていた――それも当然であろう、何故なら彼らが攻撃を仕掛けた瞬間に攻撃した者全員の首が飛び、胴体だけがその場で力なく崩れ落ちていったからである……その光景を見た誰もが呆然とする中、老人だけは平然とした顔で俺を見て口を開いた。「お前は殺す価値もない、だから見逃してやるからさっさと行け……!」「……え?」

その言葉に唖然としていると、いきなり腕を掴まれた。「いいから来い!!」そう言って無理矢理立たされるや否、引きずられるようにしてその場を離れたがその際、老人の顔を一瞬だけ目にする事が出来た――その顔は何故か悲しそうに見えた気がした――とはいえ今は逃げる事を優先させたかったので余計な事は考えずに全力で走り始めると背後から声が聞こえてきた。

「逃がすな!!追えー!!!」

その声に反応したのか周囲から様々な音が聞こえてきた……その音を耳にした瞬間、背中に冷たいものが走ったような気がしたが同時にここで立ち止まるわけにはいかないという危機感を抱き必死に足を動かした結果、ようやく森を抜け出る事が出来た。それからしばらくは走り続けていたが徐々に速度が落ちていくのを感じて思わず振り返ると、どうやら体力の限界が近いらしく今にも倒れそうだった――そのためやむなく休憩する事にして立ち止まった途端、疲れ切ったせいで立っていられなくなったので近くにあった木の幹にもたれ掛かるようにして腰を下ろすと改めて一息ついた。

だがその時、俺はある異変に気付いて顔をしかめた。というのもつい先程までは気にしていなかったが森の中に入ってからしばらく経つにも関わらず全くと言って良いほど人の気配がなかったからである。それに先程から鳥の鳴き声どころか虫の声一つ聞こえない事に疑問を感じたところで再び背筋に悪寒が走ると同時に周囲を見渡した――だがそれでもやはり人の気配はなかったので、これはいよいよおかしいと思って立ち上がった時だった……突如として俺の周りを囲むようにして黒いローブを纏った集団が現れてしまったのだ。しかもその集団の中から一人の男が現れたと思ったら、そいつはフードを取るなりニヤニヤしながら俺の顔を見つめた。

そのニヤけた顔を見て俺は悟った。(こいつらが噂になっていた黒魔術師なのか?それにしてもこんな奴まで加担していたとは予想外だったな)

そんな事を考えていた時、不意に後ろから声が聞こえてきた。「もう逃さんぞ!観念しろ!」その言葉を聞いた俺は反射的に振り向いた――そこにいたのは俺をここまで連れて来た例の老人だったのだが、その顔には不敵な笑みが浮かんでいた。その様子を見て直感的にマズイと思った俺はすぐさま逃げようとするのだが既に遅かったらしく四方八方を取り囲むように陣を組んでいるのが見えた。

(くそ、万事休すか……!いや待てよ、もしかしてチャンスじゃないか?今なら俺一人だけだし周りに誰もいないこの状況ならば簡単に逃げ出す事が出来るかもしれない!よし、ここは一か八かやるしかない……!)

そう考えるとすかさず身構えてからタイミングを見計らって駆け出した――狙い通り連中は俺が逃げたと思い込んで慌てて追いかけようとしたが突然足を止めたかと思えば困惑した表情を浮かべていたので、その隙を狙って包囲網を突破した。すると案の定奴らは追ってこようともしなかったのでホッとしたもののまだ気を抜くわけにはいかなかった。というのも奴らの仲間がまだ近くに居る可能性があったからだ。とはいえ辺りを見渡しても誰一人として姿が見当たらなかったため取りあえず安心する事にした――なぜなら今この場にいないだけで必ずどこかで待ち伏せしているに違いないと考えたからであり、油断すれば間違いなく死ぬだろうと思ったのだ……とはいえいつまでもここにいるわけにもいかなかったのでまずはどこかに身を隠そうと歩き始めた直後、突如背後から誰かに声をかけられた。

「おい、お前……どこに行くつもりだ!?」突然聞こえた声に反応して振り返ったところ、そこに立っていた人物の顔を見て思わずギョッとした――なぜならそこに居たのはあの老人だったからだ……だが様子がおかしい事に気付いた俺はすぐに老人の視線の先を追っていく事にした――その結果、俺が手に持っている聖剣に目を向けているのが分かった――しかもよくよく観察してみると小刻みに震えていた。(まさか怯えているのか……?)

そう思った時、老人は震えながら一歩だけ前に踏み出すとこう告げた「わ、儂の事は気にせず早く立ち去れ……!さもなくばお前も命を落とす事になるぞ……!」それを聞いてさすがに違和感を覚えずにはいられなかった。なぜなら相手は仮にも大魔導士と呼ばれし存在なのだからその気になれば一瞬にして俺を殺す事が出来るはずなので何故今になってそんな事を言うのか理解できなかったからである。しかしすぐに違和感の正体を突き止めるに至った……それは彼が言った言葉の中に嘘が含まれていたからだ。

そもそもこの老人は嘘をついていた……何故なら彼の表情はこれまで見てきた誰よりも強張っていたからだ――さらに彼の瞳の奥に宿る強い意志をひしひしと感じていた事で相手が本気で言っているのだと確信出来たからこそ俺は素直に従う事にした……といっても、ただ単にこのままついて行けば何かが分かるかもしれないと思ったからというのが本音なのだが今はそんな悠長な事を言ってられる場合ではないと判断したからだ。ちなみにその理由は言うまでもなくルシファー達にある――というのも、この老いた男は恐らくあの集団の中でも一番偉い立場にいる者だと思ったからだ。もしそうだとすれば今の俺達にとって一番の敵となるので何としても捕える必要があった。

ところが俺が歩き始めて間もなく、老人は予想外の行動を取った。なんと彼はいきなり跪くと頭を地面に擦り付けながら「お願いです……見逃してください」と涙混じりに懇願してきたのである――その姿を見ていた俺達は当然ながら驚いたが、それ以上に驚いたのは彼が涙を流して泣いていた事だ……それを目にした俺達は顔を見合わせると同時に小声で話し合いを始めた。(どうする……?どう見ても罠じゃないと思うけど……私も同じ意見よ……でも明らかに演技とは思えないのよね)(同感だよ、だってあの人の目を見ればわかるだろ?本気なんだよ……きっと心から言ってるんだと思うんだ私もそう思うわ、だから助けてあげましょうよ)「……え?」思わず素っ頓狂な声を上げたのは俺だけではなかった……なぜなら俺の隣にいる少女もまた同様に驚いた表情を浮かべた後、「いいの……?」と確認するかのように尋ねたところ、彼女は笑顔で頷いた――それを見ていた俺ともう一人の少女は顔を見合わせて頷くと揃って前を向いて老人に向けて話しかけた――もちろんその内容は同じで「……顔を上げてくれ、事情はよく分からんが何か深いわけがありそうだな?」そう言ってやると顔を上げた老人は一瞬戸惑った様子を見せた後でゆっくりと立ち上がると「すまぬ……」と言って頭を下げた後で涙を拭うのだった――それを見て今度は俺の方が困惑してしまった。何故なら今まで感じた事のない気持ちが込み上げてきたからである……しかもそれは不思議と悪い感じはしなかった為、戸惑いを隠せなかった。しかしそれを表情に出す事なく平静を装っていると老人は続けてこんな事を口にした。「……お主らを巻き込みたくなかったのだ。だから黙って去るつもりでいたがまさか見つかってしまうとはな……我ながら情けない話だが、それでも儂はこの役目を全うせねばならんのじゃ」「……一体、何の話なんだ?」と尋ねてみると、 彼は自嘲気味に笑いながら答えた「さっき言った通りじゃ、儂の役目とはお前さん達の始末だ……理由は分かっておる、だからこそ邪魔されるわけにはいかん。例えここで死んだとしても悔いはない、全ては世界の平和の為なのじゃ!」そう言った後で懐に手を入れてそこから一冊の本を取り出した――だがその時、俺はそれが何の本なのかすぐに察した。というのもその本には見覚えがあったからだ……なぜならそれは以前に読んだ『神殺し』という名のタイトルだった。「そ、それは……!?どうしてあなたがそんなものを持っているのよ!」それを聞いた少女は血相を変えて叫んだ。すると老人もまた彼女の言葉に反応するや否や顔色を変えたかと思うと静かに語り始めた。

「……どうやらお前はこの本の中身を読んだ事があるようだな?そうか、そういう事だったのか……道理でおかしいと思っていたんだよ、お前達のような若い連中がなぜあんな場所にいるのか疑問だったがこれで納得がいったわ。何せお前が持つ武器がその答えそのものだからな、だがそれだけではないだろう……何しろあれは魔王が持つべきものであり人が扱うものではないはずだからな」そう言うと再び俺の事を見つめた後で尋ねてきた。「そういえばお前の名前をまだ聞いていなかったな、教えてくれぬか?」「……私は美音子よ」「そうか、覚えておこう」「そういうあなたは何ていう名前なのよ?ちゃんと教えてほしいわね」「……いいだろう、では特別に教えようではないか。

私の名はルシフェルという。これでもかつてはサタン様の側近をしていた身でもある」

そう言って自己紹介した老人に対して俺達二人は思わず目を見開いた……なにしろその名はかつて聞いた事のあるものだったからだ。(やはりこの人が……)

そう思った時、隣にいた少女が俺に話しかけてきた「ちょっとあなた、もしかしてだけどあの人の事を知ってるんじゃないの?だって驚いてるみたいだし」「まあね、と言っても直接会うのは初めてだし、こうして顔を合わせるまではただの噂話だと思っていたからね」「なるほどね、つまり私達と同じように驚いているってわけね……それで、どうなの?」「うん、そうだね……実を言うと知っているというより戦った経験があると言った方が正しいかもしれない」それを聞いた少女は意外そうな顔を見せた。「あら、そうなの?でもそれならどうして逃げなかったのかしら、まさかとは思うけど戦おうとしたんじゃないでしょうね?もしそうだったとしたら大馬鹿者だと言わざるを得ないわよ、だって勝てるわけないもの!」それを聞いて苦笑いするしかなかった。確かにその通りだったので反論する事も出来ずにいたのだが……その時、ルシフェルと名乗った男が口を開いた。「おいおいお嬢さんよ、何を言い出すかと思えばまた随分と面白い冗談を言うものだなあ?儂の目の前にいる小僧がそんなに強いようにはとても見えんのう? むしろその隣にいる嬢ちゃんの方がまだマシなんじゃないかのう?それともそこの少年の強さは見た目からして判断できるほどの代物なのかな?」それに対して少女が即座に言い返そうとしたのを制した俺はすかさずこう切り返した「なるほど、言われてみればそうですね。なにせ俺には魔力なんて微塵もないからあなたの目には映らないかもしれませんしね……でも安心してください、俺より弱い相手ならば簡単に倒せるくらいの力はあるつもりですから。ですからあなたも遠慮せず掛かってきて下さい、すぐに終わらせてあげますから!」「なっ、なんですってぇ……!?」

その言葉に激怒したらしい少女は再び何かを言おうとしたもののその前に老人が手を差し出して制した。

「ま、まあまあ落ち着け……気持ちは分かるが少し落ち着いてくれないか、儂の話を聞けばすぐに終わるだろうからよ」「……ふんっ!どうだか怪しいもんだわ、それにさっきから気になっていたけどなんなの、あんたの態度?私から見れば明らかに年上なんだから敬語くらい使ったらどうなのよ!」そう言われて老人は苦笑いを浮かべた――そしてそれを見た少女が更に突っかかるのではないかと思った矢先、なんと今度は深々と頭を下げて謝罪したのだ……それも先程とは比べ物にならないくらいに深々とだ。

さすがにこれには少女だけでなく俺も驚きを隠せなかった。(一体どういうつもりなんだ……?)そう思いながら様子を伺っているとしばらくしてからようやく頭を上げた彼がこう言ってきた「これはすまなかった、別にお主を侮辱するつもりはなかったんじゃ。ただこの歳で既に一人前になっている事が羨ましくてつい失礼な態度を取ってしまった、許してほしい……!」そう言って頭を下げたまま上げようとしない様子に困惑した少女は慌てて駆け寄り肩を掴んで起こそうとすると必死に宥めるのだった――しかし老人は頑なに拒んだので仕方なく諦める事にしたようだ。

(全くとんでもない爺さんだな……本当に大魔導士なのか?)そう思った直後、不意に頭の中に声が響いたような気がした俺は思わず辺りを見渡したが誰も居ない事を確認した後で気のせいだったかと思いながら視線を戻すとそこにはもう誰もいなかった――しかも驚いた事に先程までいたはずの少女まで消えていたので動揺を隠せない中、突然目の前に老人が現れた事で驚いた俺に対して彼は笑みを浮かべながら話し掛けてきた。「すまんかった、さっきのは嘘なんじゃ。

いやなに、少し脅してやろうと思ってやっただけの事よ。とはいえまさかこんな手に引っかかるとは思ってなかったがの……」「え、ええ~っ!?あ、あれ全部演技だったんですか……!?」「ああ、そうとも。それにしても中々いい反応をしてくれたぞ、おかげで楽しかったわ!わっはっはっはっは……!」そう言って大声で笑いだしたのを見た俺と少女は呆気に取られてしまった。(い、いやいやいやいや……!何考えてんだこの人……?というかあの口調はわざとやってたのか)そう思った瞬間、心の中で呆れていた。

だがその一方で、そんなやり取りをしながらふと思った事がある――というのもそれは、彼が言った「戦いたいならかかって来い」という言葉である……そもそも俺達は彼の話を聞こうとしてここに来たはずだったのだが気付けば戦う事になってしまっているのである。果たしてこのまま話だけで解決できるのだろうかと悩んでいるうちに老人が再び話し出した「ところでお前さん達の名前はなんていうのかね?せっかくだから教えてくれんかのう」「はあ、まあ良いですけど……」と答えた後で少女と共に名前を告げた。「なるほど美音子にミウか、良い名前じゃないか。ちなみに儂の名はルシフだ、よろしくのう」「……ねえ、そういえばあなたはさっき言ってたわよね、世界の平和がどうとか何とかって、それってどういう意味なの?」そう尋ねた彼女に彼は頷きながら答えるのだった――それは俺達が今一番聞きたかった内容だった。すると彼女は続けてこう言った「だったら聞かせてくれるかしら、一体この世界にはどんな秘密があるっていうの?あなたが言うような悪い奴らがいてこの世界を滅ぼそうとしているとでも言うつもり?」それを聞いた俺は内心で驚いていた――なぜなら俺が思った疑問とほとんど同じだったからであった。

それというのも彼女の質問を聞いた後で思い出した事なのだが……実は少し前、ある出来事がきっかけで俺の持つ能力に目覚めた時にふと気になった事があったのだ――それこそルシフェルが言った『神殺し』と呼ばれる本の内容についてだった――というのも以前にその本を読んだ覚えがあった為、内容を思い出そうとしていた際に偶然にもその内容の一部が記憶の中に蘇ったのでそこで改めて確認してみると確かに気になる内容が幾つか書かれていたのである――その中の一つには世界を滅ぼす存在についての記載があったのだがそれが一体何を意味するのかまでは書かれていなかったのだ。

その為、もしかしたら彼もまた何かを知っているのではないかと期待していただけに彼女が尋ねた内容はまさに自分が思っていた疑問と同じだったので正直驚いてしまった。ところが次の瞬間、老人が口にしたのは全く予想していない言葉だった――「……さあ、そこまではまだ分からんよ」「……えっ?」思わぬ返答を受けて呆然としていると、 その様子を見た彼は小さく笑うなりさらにこんな事を口にした。「ただしこれだけは言うておくがお前さん達が思っているほど単純な話ではない事は確かじゃ、なんせ世界の存亡に関わる程の出来事が起きようとしておるからな……そしてその原因は間違いなく例の組織にあると言っていいじゃろう」それを聞いた俺は(やっぱりか……という事はこの人はきっと組織の事を知っているんだ!だとしたら色々と教えてもらえるかもしれないな……よし!ここは勇気を出して聞いてみるとするか!)そう思い立った俺は思い切って彼に尋ねてみようとしたその時、先に口を開いたルシフェルがとんでもない一言を口にする事になるとはこの時、思ってもみなかった。「まあそんな事はどうでもよいのじゃ、それよりもまずはこれからの話を済ませてしまおうではないか……美音子よ、お前に聞きたい事があるんだが構わんかな?」「私にですか?はい、別に構いませんけど……?」「そうか、それなら良かったわい。では早速聞かせてもらうが……お前さんは儂らの事を覚えているかね?」「えっ、どういう事なんですか……?」それを聞いた少女は戸惑いながらも聞き返した。すると老人は微笑みながらこう答えた「いや、何でもねえよ。気にせんでくれ、それよりそろそろ戻った方が良いんじゃねえか?」そう言われた時、ようやく気が付いたが空は既に明るくなっており日が昇り始めているのが見えた。つまり夜明けを迎えたのである……その事実に驚くと同時に急いで戻らなければならない事を自覚した俺はすぐに二人に告げた「すみません、俺そろそろ戻ります! どうやらもう戻らないといけない時間なので!」「ああ、そうじゃな……じゃあ気を付けて帰るんだよ」その返事を聞いた後、俺達二人はそのまま別れようとしたがその前にルシフェルの方から話しかけられた。

「……そうだ、忘れるところだったよ。美音子よ、一つだけ言っておく事があるんじゃよ」「……えっ、何でしょうか?」不思議そうに首を傾げる少女に対して彼は真剣な表情を浮かべながらこう言った「もしも今後、自分の力を過信する時が来たとしたら気をつけるんだぞ、でないと必ず痛い目に遭う事になるからな……分かったね?」「……え、ええ……でも一体どういう意味なの?」困惑している彼女に向かって頷いた後で老人は俺へと視線を向けると再び声を掛けてきた。

「そして小僧、お前は何があっても絶対に死んではいけない……それだけは決して忘れるなよ!もしお前が死ねば悲しむ人間が少なからず存在するはずじゃからのう……特にあの子の為にも死ぬわけにはいかんよ、あの子はお主にとってもかけがえのない存在であるはずじゃからの!」それを聞いてハッとした少女は慌ててこちらを向いたがその時にはすでに老人の姿は消えていた――まるで夢を見ているような気分だったが、残された俺達はしばらくの間そこに佇んでいた……それからしばらくしてようやく我に返ったところでお互いに顔を見合わせた後で同時に笑みを浮かべた後で少女にこう話し掛けた。

「とりあえず話は一旦終わりみたいだね、そろそろ帰ろうか」「……そうね、いつまでもここにいても仕方ないしね」そうして歩き始めた直後に不意に足を止めた彼女がこんな事を口にした。「そういえばさ、まだ言ってなかったんだけどあなたの名前を教えてくれるかしら?私はルリアっていうんだけどね」「ああ、ごめん自己紹介がまだだったっけ……俺はレイジって言うんだ、よろしくね」そう言って手を差し出すと彼女も握り返してくれた――その時、なぜか不思議な感覚を覚えた俺は一瞬ではあるが意識が遠のくような感覚に陥っていた――

(あれ、何だこれ……?なんだか懐かしいような、前にも同じような事を経験した気がするな……)そう思った瞬間、突然激しい頭痛に見舞われた事でその場に蹲ってしまう。(ぐっ……痛ってえ……!な、なんだこの痛みは……!!うぐぅぅぅっ……!!)激痛のあまり声を出す事が出来ない中で徐々に目の前が暗く染まり始めていた。「ど、どうしたの急に!?」慌てた様子のルリアの声が聞こえてきた直後、俺の意識は完全に途絶えてしまうのだった……やがて意識を取り戻した後で目を覚ました場所は自室だった。「いててっ……こ、ここは俺の部屋か……?」頭を押さえながら起き上がって周囲を見渡すとそこは間違いなく自分の部屋であった――そこでふと違和感を覚えたのでよく見てみるとそこには何故か見覚えのない本が置いてあったのである。「ん、この本は一体……」気になって手に取ってみたものの全く身に覚えがなかった。

それでも一応中身を確認してみたのだが……それはなんと白紙の状態だったのである――「えっ!?ちょ、ちょっと待ってくれよ!?どうなってんだこれは……!?」思わず混乱していると今度は部屋の扉を叩く音が聞こえてきた為に返事をするなり入って来た人物を見た後で驚きを隠せなくなった……なぜなら入ってきた人物はルリアだったからだ。「あっ、目が覚めたのね。おはよう……といっても今は朝じゃないしもうお昼なんだけどね」「あ、あのさ……もしかして俺が気を失った後もずっと一緒に居てくれたの?」恐る恐る尋ねると彼女は微笑みながら答えてくれた「もちろんよ、だってあんな状態のあなたを放っておけるわけないじゃないの」「そ、そうなんだ……なんかありがとう」礼を言った後で少し間を置いてから気になっていた事について尋ねる事にした。

それはなぜあの場所にルシフェルが現れたのかという点である……というのも、彼が消えた直後から今に至るまでずっと頭の中で声が聞こえていたのでそれを伝えた後でしばらく待っていた。すると驚くべき事実が判明したのである。それは、あの老人の正体は実は神様だったのだ……しかも俺達がいた世界で崇められていた神だった事が分かったのだ。

どうして神様が目の前に現れたのかは分からないままだったがルシフェルが去り際に言っていた事を思い出した俺はある事を考えついたのですぐに彼女に相談してみた。「なあ、もしかしたらなんだがその本って俺に何か関係してるんじゃないか?」「うん、私もそう思うんだよね……」彼女の返事を聞きながら頷き合った後で互いに頷くと、さっそく本を解読してみる事にしたのだった……――

あれから数日間に渡ってひたすら作業に没頭していたが結局進展はないままだった。というのも、そもそも書かれている内容が意味不明な文字だらけなのでそれを理解するだけでもかなりの時間を要する事になったからだ。ちなみにその本はというと、今では完全に真っ白なページばかりになってしまったのでほとんど読めない状態だった――ところが、唯一読めたのは『神』という単語だけであった……とはいえそれが何を意味しているのかについては分からなかった。

そこで他に何か手掛かりになりそうなものは無いだろうかと思い始めた矢先、今度は俺が倒れた後の事を話してくれたのである――どうやら彼女は俺が気を失っている間に自宅へ送り届けてくれていたのだが、その際にお祖父さんに連絡を入れてくれていたのだ……なんでもかなり心配していたらしくとても不安そうな様子だったのだという――それを聞いて申し訳ない気持ちになった俺は改めて謝罪したが彼女は笑いながらこう言ってくれた。「……気にしないでいいわよ、それよりも今はとにかく早く体を休める事を優先させましょう」それを聞いた俺も頷きながら答えるのだった。

その後、二人で今後の事について話し合っていると不意に扉がノックされた事に気付いた俺達は顔を見合わせるとお互いに首を傾げていた。こんな時間に誰だろうと不思議に思いながらも扉を開くなりそこにいた意外な相手を見た後で驚いた表情を浮かべた後で声を上げた。「――ってあれっ、父さん?」まさかの人物に驚いて固まっていると後から母さんまで一緒に入ってくるなり心配そうに話しかけてきた。「あらら、思った以上に元気そうじゃない?安心したわ~それにしても無事で本当に良かったわね~」そんな二人に慌てて事情を説明した後、改めて二人を中に入れてあげた後で椅子に座らせた後でお茶を出してあげた後で自分も椅子に腰掛けるのだった――すると、唐突に父がこんな質問をしてきたのである……それは、以前母から貰ったプレゼントの事を覚えていたかと尋ねてきた。それに対して俺は即座に頷いた。何故ならその質問が何を意味しているのかを理解した上で答えたからである。「ああ、覚えてるよ……あの時はありがとうね、すごく嬉しかったからさ!」それを聞いた父は嬉しそうに笑った後にこう告げた。

「そうか、喜んでくれたのなら何よりだよ!実はな……そのお礼に今度旅行でもどうかなと思って声を掛けたんだが、せっかくだからみんなで行くというのはどうだろうかと思って聞いてみたんだ」「……えっ、本当なのか!?」思いがけない提案を受けた事で驚いていると今度は隣にいた母がさらに衝撃的な一言を口にした。

「それにね、ちょうど夏休みだしちょうどいいんじゃないかなって思ったのよ!」「……なっ、なるほど……」そこまで聞いてようやく合点がいったところでふと疑問が浮かんだ。(あれ、待てよ……?たしか俺、今年の夏はどこにも行かないって話をしてたよな?……まあいいか!せっかくの機会だと思えば悪くないしな!)そう思って快諾すると早速計画を立てようと父と母と一緒に話し合う事になった……ただその際、なぜか二人の様子がどこか落ち着かない様子に見えた為どうしたのかと尋ねたところ返ってきた言葉は予想外のものだった。「……実はね、さっき連絡があってお父さんとお母さんのお友達が亡くなったそうなのよ……それでこれから葬儀に出かけてくる予定なのよ……」「……えっ、そうなのか……?」父の話を聞き終えた後で呆然としている俺の事を見つめながら母はこう言ってきた。「まあそういう事だからさ、私達がいない間はあまり無理しないで安静にしてるんだよ」それを聞いた後、父も同じような事を言いながら立ち上がったところで二人はそのまま家を出て行ってしまった。一人残された部屋の中でしばらくの間沈黙が続いていたが不意にルリアから話しかけられた。

「……なんだか寂しくなっちゃったね、私で良ければ何でも相談に乗るからね」「……うん、ありがと」彼女の気遣いにお礼を述べた後で軽く微笑んだ後で再び黙り込んだ。だがこの時、心の中では二つの感情が入り乱れていた――一つはもちろん、両親に対する心配ともう一つはある別の事について考えていたのだ……しかし、それについて考える前に俺は彼女に頼みたい事があると言って別室に案内してからとあるお願いをする事にした――そう……例の件について話す為にあえて部屋を移動したというわけなのだ……果たしてその内容とは一体何なのだろうか? 第1章・終

「ねえレイジ、さっきの続きなんだけど……私に話って何なの?」「えっとさ……今から大事な話をするからよく聞いてくれるかな?」そう言って頷くと彼女は頷いてくれたのを見て安堵した後で口を開いた。「よし、それじゃあ言うぞ……まずさ、あの時君は言ってたよね?自分の力は使いどころを考えないといけないってさ」「……そうね、確かにそんな事を言った記憶があるけど……」「……だけどさ、俺にはその言葉の意味が分からないんだよ。どうしてわざわざあんな言い方をしたのかなって思ってさ、それってつまり自分にはもう力が残っていないからじゃないかなと思ったわけなんだよ」俺の話を聞いた彼女は最初は黙って聞いていたものの徐々に表情を曇らせてしまった。そしてとうとう我慢できずに涙を流し始めてしまったのだ――さすがにそれを見て慌てた俺は何とか泣き止ませようと試みるも一向に収まる気配を見せなかったので困ってしまった。(ど、どうしよう……いきなり泣き出したからつい勢いで言っちゃったけどさ、さすがにこれはマズかったか……!?いやでも、ちゃんと伝えなきゃいけない事もあるしやっぱり今しかないな……!)そう思い直した後で覚悟を決めると、一度大きく深呼吸をした後で再び話し始めた――それは俺が初めてルシファーと遭遇した時の事だった……というのもルリアから力を受け取った時にふと気になる言葉を思い出したのが原因だった――『いいかい、この力を使えるのは一度切りだけだから気をつけるんだよ!』といった内容のものである。

この事から察するにどうやら今の俺では使いこなせない程の代物ではないかと予測を立てたうえで考えた結果がこれだったのだが、もしそうだとしたなら納得がいくのだ――なんせ実際に使ってみようとした時も体が動かなかった上にすぐに気を失ってしまったのでこれは間違いないだろうと思えたのである。「そっか……そういう考えに至ってしまうんだね、あなたは……」彼女が落ち着いた様子で返事をしてくれたのでほっと一安心していると今度はこんな事を聞かれたので答えた……すると彼女は小さく頷きながらある提案を持ち掛けてきた。

「……それならもう一度試してみない?」「……え、いいのか?」思わず聞き返すと笑顔で頷かれた後で俺は彼女に言われるまま再び手を重ねるなり目を閉じて意識を集中させてみたのだが、案の定何も起こらなかった……そこでやはり違うのだろうかと思っていると、突然目の前に光輝く物体が現れたのを目にした瞬間、咄嗟にそれを掴んだ後で手を放した直後――眩い閃光と共に辺り一面を包み込む程の光が解き放たれたのである。

(ま、眩しい……!!な、何だ一体どうなってるんだ……!?)あまりにも強烈な光の眩しさに思わず顔を背けているとようやく収まった頃を見計らって恐る恐る目を開けるとそこには驚きの光景が広がっていた。なんと先程まではただの空間しかなかったはずなのに今では広大な土地が広がり続けているばかりか地平線が見えるぐらいまで続いているのだ……その事を認識すると同時に自分がとんでもない場所へと移動していた事に気付き愕然となった。

なぜなら、今いる場所がまさに天国と呼ばれるような場所でなければおかしい場所であったからである――それも明らかに見覚えのある景色が広がっているのだ……とはいえその理由については一切心当たりがない――なので困惑しながらも周囲を見回していると遠くの方から何者かがこちらに向かってくるのが分かった。それを見た俺はある確信を得た――というのも、その人影が見覚えがある姿形をしていたからである……やがて姿がハッキリしてきたので確認しようと目を凝らすとそこには驚くべき人物がいたのだ。「や、やっと会えましたね!」嬉しそうにしながら近付いてきた人物はまさしくリセスだった――しかもなぜか初めて会った時よりも若く見えたのだ。

これには驚いた俺は慌てて質問しようとしたがそれよりも先に彼女が話しかけてきたのである。「ふふっ、そんなに驚いてどうしたんですか?」そう言いながら微笑みかけてくる彼女の様子を見て唖然となりながらも必死に声を絞り出した。「……あ、あれっ……?なんで君がここにいるんだい?というか、若くなってないか?」そう言うと今度はキョトンとした顔で見つめてきたが直後に笑顔に戻るとすぐに答えを教えてくれた。「そうですね、あなたが思っているように今の私は以前のあなたと出会った時と同じぐらいの歳になっているはずですよ♪」それを聞いた事で余計に訳が分からなくなった俺は首を傾げるばかりであったがそんな彼女の口から衝撃的な一言が飛び出してきたのである。

「……もしかして、私が死んだと思ってるんじゃないですか?」「――なっ!?」彼女の言葉を聞いて絶句してしまった。まさかの発言を受けてしばらく思考が停止してしまう中でさらに追い打ちをかけるかのように告げられた内容を聞いた瞬間、目の前が真っ暗になったかのような錯覚に襲われた事で頭の中が完全に真っ白になってしまったのだった……――実は先程の出来事を振り返ると不思議な点が一つだけあったのだ。

そう、あの光が放たれる直前で何か声が聞こえた気がしていたのだ……あれはおそらく気のせいではなく事実だったのだろうと気付いた時には全てが遅かったのだ……何せ自分は既に死んでしまったのだから……だがそんな俺に彼女が微笑みながら声をかけてきた。「大丈夫ですよ、私はこうしてここにいますから!」その言葉を耳にした途端にハッとなった俺は我に返るとすぐさま尋ねた――なぜ君は俺の元に現れてくれたのかと……?「はい、もちろん理由があります!それをお話しする前にまずはあなたの事を説明しないといけないんですがよろしいですか?」「……分かった、じゃあ聞かせてくれるか?」俺の言葉に嬉しそうにしながら頷くと彼女は語り始めた。

「――実は以前、あなたを生き返らせた時からすでに私の力は底を尽きかけていたのです……」「そ、そうなのか……でも、だとしたらどうやってここまで俺を導いたんだ?それが全く見当つかないんだけど……」「そうですね、それについても順を追って説明しないといけませんね……実は私の中にはあなたと一体化した際に分け与えた力が残されていたんですよ、ただ残念な事にその力は少しずつですが弱まってきている事が分かっていたのですがそれでも完全に消えてしまうまではまだまだ猶予があったんです」「……えっ、というとどういう事だ……?」「……つまりですね、あの時はまだ消えきっていなかった力を少し使わせてもらいましたので何とかなると思っていたんですが予想以上に力を消費してしまった為、今の状態ではあまり時間が残されていないのです」「……そ、そういう事だったのか……それじゃあ今はどれくらい残されているのか分かるのかい?」「ごめんなさい、そこまでは私も分からないのです……」申し訳なさそうに頭を下げる彼女を慰めようと声を掛けた後、改めて話の続きを聞く事にした。

すると、ここでようやく話を戻す事が出来たとばかりに再び口を開いた彼女はゆっくりとした口調でこう言ったのである――あの時使った力はいずれまた使えるようになれる日が来るという事を伝えておきたかったのだと伝えた後で本題に入る事にしたようだ。「……それで、これからのあなたにしてもらいたい事なんですが――」それを聞いた俺は固唾を飲んで待っていたのだが次の瞬間、思いもよらない言葉が飛んできたのである――そう、それはまるで死刑宣告にも似たものだったのだ……だが、それを聞いても不思議と絶望感のようなものはなくむしろ逆に安堵感のような感情すら芽生えていたので素直に受け入れることにした。

そんなやり取りを終えたところでお互いに向き合う形で座った俺達はその後でしばらくの間、無言で向かい合っていたもののやがて決心を固めた俺は口を開いた。「……さてと、これで最後になるだろうしお互いしっかりと気持ちを伝えたいと思うんだけどいいかな?」俺がこう切り出した理由は至って単純なもので今後、会う機会があるのかどうかは分からないからである――そもそも死者同士が出会えるだけでも奇跡と言えるような状況である以上、いつまでもここに留まっている訳にはいかない事は彼女自身もよく分かっているはずなのだ。

その為、最後の別れとなる今回は今までで一番気持ちを込めて伝えるべきなのだと判断したうえで言った台詞なのだが、それに対してルリアは小さく頷いた後で返事をしてくれた。「うん、いいよ……レイジ、今までありがとう……そしてごめんね」「……ううん、こっちこそ本当に楽しかったよ……それに謝らなきゃいけないのは俺の方だから……」そう言った後、俺は深く頭を下げた。「――ルリア……ごめん!!」「……な、何で謝るの?」俺の態度を見て驚いた彼女は慌てふためいていたがそれでも謝罪を続けた。

すると、その様子を見ていた彼女が何を思ったのかは分からないが突如、泣き出してしまったのだ……その事に焦った俺はすかさず理由を尋ねたが彼女は泣きじゃくりながら答える事はなかった。

それを見た俺は戸惑いつつも何度も謝り続けたが一向に泣き止む気配を見せない上に次第に激しくなっていく様子にどうする事も出来ずにいた――何故なら彼女がどうして泣いているのか分からないからだ。だからこそ下手に声をかける事も出来ずに困り果てていたのだが、ふとした時に視界に入ってきたあるものが目に入った途端、原因について察しがついたので彼女に尋ねてみた。「ルリア、一つ聞きたい事があるんだけどいいかい?」俺が話し掛けるとビクッとなった後にゆっくりと顔を上げてきた彼女は泣きながらこちらを見てきたので思わず可愛いと思ってしまったのはここだけの話である――それはさておき、気を取り直して質問した内容とは先程からずっと目に映っていたある物体の正体だった。「この石版みたいなものって一体なんだと思う?」「……えっと、それは何に使うものなの……?」質問をしてから少しの間、考え込んだ末に出てきた答えがこれだった。

(なるほど、どうやら使い方については分かっていないみたいだ)そう思った後で俺は彼女にある提案を持ち掛ける事にした。その内容とは俺が代わりに使用してみるというもので、上手くいく保証はないがやらないよりはマシだろうと思ったからである。

しかし、さすがにいきなり過ぎると思ったのだろう――当然の事ながら彼女も不安げな様子だったが試しにやってみるだけだからと安心させるように言い包めたところで早速始めることにした。というのも、いくら彼女が大丈夫だと言ってくれてはいてももし万が一の事態に陥った場合に備えていつでも対処出来るようにしておきたかったというのが主な目的だった。とはいえ何も起こらない可能性もあるので一応は警戒してはいたが結果としてその心配は必要なかったようで無事に目的のものを使用する事に成功した――その結果、俺はとある場所に移動している事に気が付いたのだ。

その事を認識すると同時に辺りを見回してみたところ一面に広がる草原の中に佇んでいる状態であり、少し離れた場所に街らしき建造物が見えるのが分かった。さらに上を見上げてみると澄み渡る程に青く晴れ渡った空が広がっていたので今が真昼間だということが分かった……その一方で気になるのはこの場所に来てからの時刻なのだが太陽らしきものがないにも関わらず明るいという事である――そこで一つの結論に達した。

それはこの世界が現実の世界ではないのではないか、というものだった――なぜならここに来る前に使用したあの力を使った時、光に包まれるような感覚を覚えただけでなく直後に気を失った事を思い出して考えた末に行き着いたのがそういう理由だったからだ。その証拠に今もこうして太陽のない世界で行動出来ているのだし時間の概念もあるのかどうか怪しいものだと思いながらもまずは現状を把握するために移動する事にした。幸いにも近くに街道のような道が続いていた事もありそれに沿って歩く事にしたのだ――といっても実際には当てなどあるはずもないから勘を頼りに進んでいくだけだったが、しばらくすると前方から何かがやってきたのである……目を凝らしてみるとそこには人らしきものが立っていた。しかも一人だけではなく複数いるようだったので警戒しつつもその場で立ち止まっていると向こうの方から声を掛けられたので恐る恐る返答してみた――その直後、返ってきた言葉は意外な内容だった。

「あらっ、あなたは確か以前にも会ったわね……それにしてもこんなところで一体何をしているのかしら?」「あ、あなたはあの時の!」「お~い、どうしたのさ?何か気になるものでもあったのかい?」「いえ、何でもありませんよ……それよりも私達だけで先に進むわよ」「えぇ~!せっかくここまで戻ってきたんだから少しぐらい休んでいこうよ~!」「……ダメ、さっさと戻るわよ」そう言うと先頭を歩いていた女性を先頭にしてぞろぞろと連れ立って行ってしまった。そんな彼女達の後ろ姿を見送った後で先程の人物の事を考えていたのだが以前、出会った際に名乗られた名前を思い出すことが出来なかった。

ただ唯一覚えていた事と言えば服装を見る限りでは旅装束っぽい格好をしていたという事ぐらいだがそれ以外の特徴を何一つ覚えていなかったのだ――いや、正確に言うと顔の方は覚えているものの他の情報はほとんど抜け落ちていたと言っていいだろう……そんな事を考えつつ、再び歩き始めてしばらく経った頃に今度は二人組の男性に遭遇した。二人とも冒険者風の装いをしており武器を装備していたが特に目を引いたのは背中に担いでいる大剣の方で大きさからして相当な重量がありそうに見えていた――すると、こちらの存在に気付いた二人のうちの一人から突然、声をかけられた。「お前、もしかしてレイジか!?」「ん、そうだけど……どこかで会いましたっけ?」首を傾げている俺を見て二人が互いに顔を見合わせて困惑したような表情を見せたのだがすぐに笑みを浮かべて再び話しかけてきた。「おいおい、何を言ってるんだよ?俺だよ、ほらあの時、お前に色々と教えたろ?」「ああ、そういう事か……でも悪いけど全く覚えてないんだが……」「なっ、何だよそれ!?俺達、これでも結構名の知れたパーティーなのに薄情過ぎねぇか!?」「まあまあ落ち着けって……別に俺達は怒っている訳じゃないからな?」「そうそう、ただ単に少しショックだったという訳で……まあ、お前が覚えていないのも無理はないさ」二人は俺をなだめるようにしながら慰めてくれた事で少しは落ち着きを取り戻す事が出来たようである。

その後で改めて二人の名前を聞いておいたところで自己紹介も終わったので本題に入る事にした――その際、俺は自分の本名や素性を明かしてはいなかったものの相手も俺の事を知っている風だったのでその辺りの経緯について尋ねてみた。すると、二人はお互いに顔を見合わせた後で軽く頷くと俺の方に向き直った。「……分かった、それじゃあ最初から説明するとしよう――」それから彼らが語ってくれた内容は次のようなものだった。

実は俺とは以前、行動を共にした事があるらしくその際に俺の能力を目にしたらしいのだ。その時に一緒にいた者達も含めて彼らは口を揃えてこう言っていたという――「レイジならいずれ必ず英雄になれる」と――それを聞いた俺はとても信じられなかったようだが、それでも彼らの目は本気そのものに見えたのだという。なので実際に試してみようという流れになったのだが、その前に一つだけ忠告を受けたようだ――それが何かというと「もし仲間に加わる気になったらいつでも言ってくれ」といった内容だったらしい。

つまり彼らは初めから俺にその意思があるのかどうかを確かめようとしていた訳だが、結果的に言えば俺が同行する事を拒んだ為、その話は白紙に戻ったという事になる――そう考えていった時にふと疑問が浮かんだ俺は彼らに尋ねてみた。すると、どうやら彼らはこの街を拠点にしている訳ではないらしく次の目的地に向けて出発しようとしていた最中だったらしい。その為、今から引き返すとなるとまた同じ事を繰り返すだけかもしれないと考え直したところで仕方なく諦めたのだと言う。ちなみに何故、俺がここに居るのかと問われても俺にも分からないと答える他なかった。

だがここで重要な事が一つあった……それはこの場所にいる間は常に夜のままだという事だ。これは俺にとって非常に不都合なもので一刻も早く元の時間帯に戻りたいと考えていた矢先にようやく陽の光が射してきたので内心、ホッと胸を撫で下ろしていたのである。しかし、それも束の間の出来事に過ぎず気付けば辺り一面は真っ暗な空間へと変わっていた。これにはさすがに焦りを感じたものの冷静に考えるように自分に言い聞かせた後で一旦落ち着いてから考えをまとめてみる事にした。まず、最初に考えられる可能性はただ一つ――あの後からずっとこの状態が続いているという可能性だけだが、そもそもここは現実の世界ではない以上、あり得ない話ではないはずだ――そして次に考えたのは自分の置かれた状況についてだったがこれについては特に問題はないと思えたので保留しておく事にした。最後に最も可能性が高いと思われたものが何者かによって意図的にこの世界に連れてこられたという可能性なのだが仮にそうだと仮定した場合で考えられる犯人は誰なのかと考えた結果、一人だけ思い浮かんだ人物がいる――その者の名前はリセスさんだった。

というのも俺が知っている限りだと彼女にしか出来ないと思えるような出来事があったからだ――それは転移魔法の使用であり、それを使いこなす事さえ出来れば時間的制約を受けずに瞬間的に移動することが可能だという事を教えてくれた張本人である彼女が一番怪しいのだ。だが仮にそうだとしても一体なぜこんな真似をするのかまでは見当がつかなかったが他に心当たりがない以上は彼女以外に有り得ないとしか思えなかった――しかし、いくら考えても答えが出る事はなかった為に今は別の手段を探すべきだと判断し、行動に移る事にした。

そんな時、背後から気配を感じたので振り返ってみるとそこには先程出会った女性の姿があったのだが相変わらずフードを深く被っているので顔を見る事は出来なかったが口元の動きから何かを言っているのだけは理解出来たので耳を傾けてみるとこんな事を言われた。「――あなたなら大丈夫だと思うけど油断しない方がいいわ……だってここにはあなたが知らない恐ろしいものがたくさん存在しているのだから――」「えっ、それってどういう意味なんですか?」思わず質問してみたが彼女はそれに答える事はなく無言のまま立ち去っていったので、それ以上は何も言えなかった――何故なら、彼女の姿は既に見えなくなっていたからである。

この時、彼女が残した言葉の中に気になるものがあった――なぜならこの世界は現実の世界ではなく夢を見ているようなもの……そんな場所だからこそ何が起きても不思議ではないという事なのだろうと思い、改めて気を引き締める事にしたのである。

それからしばらくは一人で歩き続けていたが、途中で見覚えのない街に到着したところで不意に足を止めていた――そこはどこか見覚えのある雰囲気の場所であり街並みや風景からして恐らくは俺の故郷である『アヴァロン』にある建物とそっくりだったのだが、どうしてこのような場所に来たのかという理由については既に見当がついていた。というのも、ここは以前に訪れた事のある村の一つだったからだ――と言ってもその時は別の場所を経由して行ったために立ち寄った事自体は初めてになるのだが……。

(確かあの時は……)当時の事を振り返りながら思い返してみると当時も今日と同じような天気の良い日の事だったような気がする――あれはまだ俺が子供の頃、とある用事で隣町を訪れた時の事である。そこで両親とはぐれてしまった俺は偶然通りかかった親切なおじさんに助けてもらい事なきを得たものの両親の行方は依然として分からなかった。そんな中、たまたま見かけた張り紙には人探しに関する内容が記載されていたのだが、その中に両親の似顔絵が描かれた貼り紙を見つけた事でようやく自分が今どこにいるのかという事を把握したのである。

それを知った後でどうやって家まで帰るべきかを考えていたのだが子供だけでは危険だという理由から近くの宿に宿泊する事となった……その後、一晩を過ごした後に翌朝を迎えたのだが、その時はまだ事態を楽観視していたのだ――だが、そんな余裕はすぐに打ち砕かれた。何と朝になると両親の姿はどこにもなかったのだ……いや、正確に言えば部屋自体が綺麗さっぱりと片付けられていたのである。つまり、そこにはもう既に誰もおらず他の部屋に移られた形跡もあったので残された子供は必然的に置いていかれたのだと悟るしかなかった……その後は宿を出てすぐに引き返し自宅へ向かったが案の定、もぬけの殻になっていた事から自分の考えが間違っていなかった事を確信すると同時に落胆していた。しかも追い討ちをかけるかのように両親は俺を置いてどこかへ旅立ってしまった事で事実上、独りぼっちになってしまった事で絶望に打ちひしがれていた――その直後だった。

「……ねぇ、君……一人なの?」ふと声をかけられて顔を上げてみるとそこにいたのは少女であった――最初は迷子かと思っていたようだが実際はそうではなかった。というのも両親が自分を捨てて出ていった事を伝えると少女はしばらく黙っていた後で突然、抱き着いてきたかと思えばそのまま泣きじゃくっていた――そしてしばらくして落ち着きを取り戻したところで事情を尋ねてみたところ驚くべき事実を知る事になった。

というのも彼女には双子の姉がいていつも仲良く遊んでおり周囲からも可愛がられるほどの仲良し姉妹だったようだ――ところがある日を境にして姉の様子がおかしい事に気付き色々と調べた結果、どうやら二人は駆け落ちしたのではないかと考えられるようになった。しかしそれでも当時はあまり気にする事もなかったらしいのだがある時、妹が母親から聞いた話によれば父親が病気に罹ってしまって治療に専念する為という理由で別居を余儀なくされているという事情があったらしく二人が揃って姿を消した事で父親は今も尚、病床に伏せったままでいるらしいのだ――それを聞いて思った事は何というかとても悲しい気持ちになってきてやりきれない気持ちで一杯になっていた。

その後で俺はしばらくの間、少女の面倒をみるように言われてしまい一緒に暮らす事となった……だがここで一つ、大きな問題が持ち上がることになった。それが生活費の確保についてだった――何しろ、その少女は見た目とは裏腹に非常にしっかりしているらしく、その辺の大人よりもよほど頼りがいがあるように思えたのでこちらとしては助かってはいたが、それ故にいつまでも面倒を見続ける訳にもいかなかったのでどうにかして金策方法を考えなければならなかった――ところが、そんな折に出会った人物がいたのである――その人物というのがリセだ。

「実はね、私ってこう見えて昔は結構ヤンチャしてたんだ……」そう言って懐かしむような表情で昔話を聞かせてくれた彼女はどうやら若い頃はかなり荒れていた時期があり今では考えられないような行動を頻繁に起こしていたらしい。だが、そんな彼女の転機となる出来事が起きた――なんと、ある日、一人の男性が訪ねてきたそうだ。何でもその男は自分の妹を探して欲しいという依頼を持ち掛けてきたのだという。当然、最初こそ断ろうと考えていたそうだが話を聞く内に次第に気になってしまい渋々引き受ける事になってしまったようだ。ちなみに肝心の内容はこうだ―ある日の夜中、男が妹の部屋を訪ねてみたら部屋の中で大量の血痕が見つかったというのだ。それだけではなく争った形跡も見られた事から何らかの事件に巻き込まれたのではないかと考え捜索願を出したが未だに見つかってはいないとの事だったがそれを聞いた時、何か引っ掛かるものを感じて男の依頼を受けてみる事にしたのだという。

こうして彼女と一緒に調査を始めたまでは良かったのだが結局、何も成果が得られないまま数日が経過したところで急に体調を崩すようになり慌てて医者に診てもらった結果、命に別状はないもののかなり重い病気にかかっている事が判明したそうだ――その為、やむなく入院生活を強いられるようになった彼女はこのままではまずいと思ったらしく俺に相談を持ちかけてきた。もちろん、話を聞いた時点で既に答えは決まっていたので二つ返事で了承すると男は涙を流しながら何度も感謝の言葉を述べていたがそれに対しては気にしないで欲しいと伝えておいた――なぜなら、その翌日にはもうこの世から姿を消してしまっていたからだ。ただ不思議な事に彼が死ぬ前に何かを呟いたような気がしながらもその言葉までは聞き取れなかったという。

だが今になって考えてみるとそれはとても重要な意味を持つ言葉である事に気づいた――というのも彼の呟きには心当たりがあったからである。もしも、それが俺の予想している内容であればリセが口にした事についても辻褄が合う事になるので、この機会を逃すべきではないと判断し行動を起こす事にした――それから数日間をかけて準備を整えた後で再び村へ訪れるとまずは聞き込みを開始する事にした。とはいえ当時の俺にはそこまでの力はなかったのであまり有力な情報を得られるとは期待していなかったのだが運良く有力な手掛かりが掴める事になり何とか目的を果たす事が出来たのだがその結果、彼女が何をしたのかと言えば例の少女が住む家へ侵入して隠し持っていた鍵を使い彼女の部屋の金庫を開けて中に入っていたものを盗んで逃走したのだ。

ただしその際に問題が生じたらしく、それをどう解決するか考えた末に思いついた方法は単純かつ簡単なものだったので実行したところ意外にも上手くいったのでひとまず安心する事にした。何故なら、俺が行った事とは『複製魔法』を使って本物と偽物を用意しそれぞれを入れ替えた後に元の場所に戻しておいたのだ――というのも、これを使えば簡単に騙す事が出来るだろうと考えたからこそやったのだが思いのほか上手くいくという意外な結果となったのだった。

またそれと同時に新たな疑問が生まれたのだが何故、そんな事をする必要があるのか?という点について考えていた……なぜならいくら相手が子供だからと言ってそう簡単には騙されないだろうと思っていたからである。実際、当時、彼女に対して質問してみたが明確な答えは得られなかったもののヒントのようなものをいくつか口にしていたのでどうにか思い出す事が出来たのでそこから推測した結果、恐らくだがこれは相手の警戒心を緩めるのが狙いなのだと考え始めたところである結論に至った――というのも子供が親元を離れれば不安や寂しさといった感情に支配されてしまい精神的に不安定になるケースが多く特に異性ともなれば尚更だという事に気が付いたからである。だからこそあえて彼女を挑発するような態度を取りながら会話を交わしていったところ案の定、彼女はあっさりと罠に引っかかってしまったというわけだ。

しかしこれで全てが丸く収まったわけではないので引き続き、もう一人のターゲットを追う事にした俺は早速、街を離れる事にした――その理由としては最初に立ち寄った村で起こった事件から考える限りでは二人目はこの街にいる可能性が高いと判断したからである。そうして次の目的地へ向かう為に転移した先は王都にある『レミューリア学園』だった――といってもこの場所に訪れた目的は学校そのものというよりも敷地内のどこかに隠されているとされている宝を探していたのだ。というのも以前にも同じような事があった時にここへ訪れていたのだが今回も同じように探し出す為の手がかりを見つける必要があると考えている――なぜなら相手は俺の予想だと一筋縄ではいかない相手なので事前に準備をしておきたいと思ったのだ。

それからしばらく校舎の中を散策していた俺はある場所へ向かっていると背後から気配を感じた直後に声をかけられた。「――もしかして……ユウ君……ですか?」恐る恐る声をかけてきたのは見覚えのある少女であった。「……あっ、すみません。ちょっとボーッとしてました……」ふと我に返ったように答えた後、振り返るとそこには予想通りの少女が立っていたので思わず口元が緩んでしまいそうになった。というのも目の前に立っているのは俺のクラスメイトであり幼馴染でもある少女だったのだ――そう、名前を『アリス・ステラード』と言い俺が初めて出会った頃に比べて成長した姿を見せつけられて思わず見惚れてしまったほどなのである。

ちなみに彼女の家はこの国でも有名な商家として知られている『スターク商会』という名前で知られている事もあり何度か取引をした事がある為、互いに顔馴染みになっているのである。だが、そんな間柄にも関わらず彼女は俺に対して他人行儀な話し方をするのが気になっていたのだがそれについては敢えて触れないようにしていた――というのも彼女自身、幼い頃に両親を亡くしている影響もあって人見知りの傾向があるらしいのだ。その為、当初はぎこちない感じではあったものの段々と打ち解けるようになってからはとても友好的になってくれたおかげで俺は彼女になら話してもいいのではないかと思い今まで誰にも打ち明けずにいた真実を語る決意を固めたのである。

そんな経緯もありつつ改めて目の前の人物に目を向けてみるとやはり何度見ても可愛らしい顔立ちをしているだけでなく抜群のスタイルの良さで目を奪われてしまうのだが、そんな気持ちを振り払うようにして軽く咳払いをして気分を落ち着けると彼女と向かい合う形となってこう切り出した。「えっと、実はアリスに聞きたい事があってここに来たんだけど、今って時間大丈夫かな……?」そう言うと俺は辺りをきょろきょろと見渡しながら人がいないかどうか確かめた後で再度、視線を向けてみたが彼女は笑顔で答えてくれた。どうやら問題はないようで安堵した俺は続けてこう言った。

「……そっか、それなら少し話をしようか」そう言った後で彼女の案内によって屋上へと向かう事になった。その際、どうして誰も通らないような場所を指定したのか最初は不思議だったが理由を尋ねてみても答えてくれなかった事で益々気になる一方だったものの仕方なくついていく事にした。するとしばらくして辿り着いたところでようやく立ち止まってくれたかと思えば何故かその場にしゃがみ込んでしまったので何事かと思っていると突然、口を開いたのである――それも普段の明るい様子からは考えられないような低い声色だったので驚きを隠せなかった俺は緊張のあまり息を呑んだのだが、それを皮切りにして彼女がとんでもない事を口にしたのである。「ねぇ、私って可愛くないかな?」そんな事を尋ねてきた彼女は明らかに様子がおかしいと気付いたものの今は質問に答えるべきだと思い考え始めると今度は彼女の方から質問をしてきた――しかもその問いというのは容姿に関するもので答えるのが恥ずかしくなった俺ははぐらかそうとするものの中々、引いてくれないので困っていた。とはいえ正直に答えたらどうなるかなんて容易に想像がつく事から適当な言葉で誤魔化そうとしたが、それがいけなかったらしく、彼女は怒り出した挙句にこう言ってきた。

「……やっぱり、可愛いとは思ってくれてないんだね。まぁ仕方ないか……だって私は他の女の子と比べて色々と小さいし色気もなければ胸もないもんね……ごめんね、こんな身体付きだから男好きとか言われちゃうんだよ……」どうやら彼女なりに悩んでいたようで普段のような明るさが失われている上に口調まで変わってしまっている事から相当参っている事は明白だった為、さすがにこのまま放ってはおけなかった。だが、どうしたものかと考えていたその時である――突然、どこからか声が聞こえた気がしたので咄嗟に辺りを見回したものの誰もいない様子だったので気のせいかと安心した直後、今度は何者かが俺達のいる場所へ近づいてきたので慌てて身構えているとそこにいたのは見知った人物であり、更にその人物を見た途端に先程まで元気がなかったアリスの様子が変わったかと思うとすぐに立ち上がって走り寄っていった――その様子を見てまさかと思った俺が声をかけようとすると逆に向こうから話しかけてきた。

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