第3話


その発言に驚いて目を丸くする男に対し彼女は言葉を続けるなりこう言った。何故なら今回のイベントにおいて参加する者はみな初心者なのだからそこまで気にしなくていいのではないか、寧ろ今回は自分の方が色々と気を遣わなければいけない部分があるので迷惑をかけてしまうかもしれないのでその時はよろしくお願いしますと頭を下げられたのである。

これを聞いたルシファーは少し複雑な気持ちになったものの折角だしここは素直に従っておく事に決めて「分かったよ、そういう事なら俺も頑張るからお互い頑張ろうぜ!」と返す事にしたのだった。一方二人の会話を眺めていた他の面々はその会話を聞いて少しばかり驚いていたようだ。何せあの冷静沈着かつ大人びた印象のあったミユが年相応の可愛らしい笑顔を浮かべながら楽しそうに会話をしていただけでなく、敬語を使って他人と接していたのだから……

そんな時不意に誰かのお腹が空腹を訴えかけてきたので視線をそちらに向けてみるとミユと目が合ったらしく慌てて目を逸らす。

それから程なくしてルシファー達の前に様々な料理が次々と並べられた事によって食欲を掻き立てられた彼らは食事を開始したのだったが、この時ミユはとある事を思い付いたようで突然こんな事を口にしてみせた。「どうせなら皆で一緒に食べませんか?どうせですからその方が楽しいでしょうし」という提案に対して最初こそ遠慮をしていた彼らであったが、その誘いに乗って一緒に食事を摂った事で緊張も和らいできたのか次第に普段通りの会話ができるようになっていったので結果オーライと言ったところだろう。

しかしそんな中でただ一人、クトゥルヒだけは終始不機嫌な様子で無言を貫いていたのだがミユはそんな彼女の態度にも臆する事なく話しかけると笑顔で話しかけ続けていた。その様子はまるで小さな子供に言い聞かせる母親のようだったとか。

結局あれから何度か戦いを交えたものの決着がつく事はなく、気付けばすっかり夕暮れ時になっていたようだ。

ミユと別れた後も二人はひたすら戦い続けたようだが時間経過と共に徐々に動きのキレが失われていった事で体力的にも限界を迎えたところで本日の所はこれでお開きにしようという事になったのである。

ただ帰り際になって一つ気になっていた事があったので尋ねてみた所、どうやら彼は今日ログインしてから一度もトイレに行っていないらしかった。そこで彼が用を足している間に一通のメッセージを送ったのだそうだ。その内容についてはあえてここでは書かないでおこうと思う。そして翌日になるとルシファーは再び一人で森の中へと向かい手頃な獲物がいないか探索し始めたのだがここで問題が生じた。なんと運悪く近くには動物やモンスターの一匹すらおらず仕方なく引き返す事にした彼なのだがふと空を見上げると巨大なドラゴンの姿を視界に捉えたので急いでその場から移動する事にした。何故ならドラゴンという生き物は本来気性が荒い性格をしている事で有名だったので間違って刺激を与えると襲い掛かってくる可能性があると考えたからだ。だからこそ気付かれないように慎重に動いたつもりであったのだが次の瞬間には上空から急降下してくるドラゴンの姿を目にしたルシファーは慌ててその場を離れようと走り出したのだが、その直後彼の体は突然何かにぶつかったかのような衝撃を受ける事となった。恐る恐る目を開けて確認してみるとそこにあったのは岩の壁のようなもので、まさかと思いながらも手で触れてみたところまるで鏡のように磨かれた表面に自身の顔が映っており思わず驚きの声を上げた直後背後に何かの気配を感じたので振り返ってみる。するとそこには案の定ドラゴンがいて、どうやら自分はこいつと衝突した事によりここまで飛ばされてきたようだと瞬時に理解した彼は再びこの場から立ち去ろうと試みたのだが、そこで予想外の事態が発生してしまった。なんとドラゴンが突然自分に噛みついてきた上に体の自由を奪われてしまったのである。

その結果彼はそのまま身動きが取れないまま丸呑みにされてしまったようだが幸いな事に胃袋の中に水たまりのような物が存在した為そこに体がすっぽりと収まる形となり溺死する事はなかった。しかし依然として体に自由は戻ってこなかったのでここから脱出する方法を考え始めたその時、今度は頭上から何者かの視線を感じるようになったかと思うと同時に声が聞こえてきたので顔を上げるとそこには一人の女性がいてこちらを睨みつけていたのだ。

その姿はどこか神々しく見える一方で背中には白い翼が生えており頭部からは一本の角を生やしていて頭には輪っかを、更に腰の辺りには鱗に覆われた蛇のようなものがぶら下がっていた事が特徴的だったと言う。そんな彼女が一体何者なのかと思い質問しようとした矢先にいきなり腹部へ強い衝撃が加えられたかと思えば口から大量の血を吐き出した挙句、続けざまに何度も同じ個所を執拗に殴りつけてくるので激痛のあまり意識を手放してしまいそうになったルシファーだがそれでも必死に耐えようとしたのだがとうとう我慢出来ず意識を失ってしまったのだそう。

それから暫くして意識が戻るなり目を開いた所で目の前にいる人物の存在に気付いて体を動かそうとしたら上手く動かせなかったらしい。というのも今の彼には腕と足を縄のようなもので縛られており口を塞ぐ形で猿轡までされていたのだとか。

これを見た彼女は満足そうに笑みを浮かべた後彼にこんな事を口にした。「目が覚めたようね、それじゃあ早速始めましょうか」と言いながら。だが一体この状況は何なのかさっぱり分からないので質問してみた所、それに対して彼女がある一つの仮説を提示してきた。それはルシファーが食べたドラゴンの胃の中で卵として誕生するというものだったらしく、その証拠に先程まで何もなかった空間に新たな命が誕生した事を伝えるメッセージが表示されると続いてスキルツリーと呼ばれる物が目の前に表示される。

それを見てようやく納得した様子の彼はその後彼女に言われるがまま画面を操作するとその通りに行動するのだった。するとステータス画面にはこう表示されており新しい項目に【転生進化】というものが追加されていたようでそれを選択してみると次のような内容の説明文が表示されたらしい。それによるとどうやらこのシステムはレベル上げとは関係なく自分の力で経験値を獲得する事でレベルアップしていく事が出来るのだという。また、これによって獲得できるスキルの種類が増えるとも書いてあったようだ。

そしてもう一つ気になる箇所があったのだが何故かその項目だけ色が反転していて、何を示しているのか分からなかった為気になって尋ねてみると彼女が教えてくれた内容はこんなものだった。というのもこれは通常ではありえない事らしく、そもそも通常の進化であれば最初から全ての項目に色がついておりどの状態であろうと変化はしないのだが今回のように何らかの要因で突然変異を起こすと稀にこのような特殊な進化をするケースがあるようだ。ただしこれには条件が存在して、一つ目は特定の属性を持った状態で進化した場合にのみ起こり得る可能性が存在するという点である。つまり現時点ではどのような条件で起こるものなのか不明であり、仮に条件を満たしていなくても必ず起きるとは限らないのであくまで可能性の一つでしかないという事になるのだそうな。

その為、必ずしもそうなるとは言い切れないというのが彼女の見解であった。

それでもこうして無事に生まれ変わる事が出来たルシファーは新たに生まれ変わった自分の姿を確認するなりとても喜んだ様子で声を上げると嬉しそうに飛び跳ねてみせたという。何故ならそこにいたのは先程とは違い身長180cmを超える長身の美男子だったからだ。そんな時ふと疑問に思った事があったので訪ねてみたところ返ってきた答えは驚くべきものであったらしく、実は先程のドラゴンこそが自分の母親だったらしい。それを聞いた瞬間ルシファーは一瞬耳を疑ったような表情を浮かべていたのだとか。だが改めて考えてみるとそれも無理のない話かもしれない、なにせ今現在彼は見た目的には20代くらいの年齢に見えるのに対しあのドラゴンは10メートル近い全長を誇っていたのだから無理もない話である……

ただどうしてそのような姿に進化したのかと尋ねられた彼女は少し悩んだ後でこう言った。『恐らくですが、おそらく私の種族が天使族だったからではないでしょうか?』と答えたのだったがこれに対してルシファーが「えっ?そうなの?」と言って返したものだからてっきり知らなかったものだと勘違いしたらしい彼女は説明を続けた上でこう告げた。

『えぇそうですよ、ちなみに今の私の姿は本来の力を取り戻した結果なのです』

そう言って微笑む彼女の顔はまさしく大人の女性と呼ぶに相応しい容姿をしていたという。その事からきっと元は美しい女性だったのかもしれないと感じたようで思わず見惚れてしまったのだとか。ところがそんな彼の反応に気を良くしたのか突然こんな事を言い出したようだ。「もしよかったら私と契約を交わしませんか?」と。それを聞いて最初は何を言われたのか理解できずにキョトンとしてしまったようだがどうやら自分を使い魔にして欲しいという内容の事を言っているらしいという事が理解できたので戸惑いながらもその理由を聞いてみた所、返ってきた答えは以下のような感じだったようだ。どうやら自分は他の悪魔と比べても特殊で、本来なら人間に契約させるのはご法度とされていたもののその昔、とある悪魔に恋をした人間の女性がその身を犠牲にして悪魔の子を身籠った結果産み落としたのが自分だという。しかしその事を誰にも打ち明けられぬまま長い時を過ごしてきた中でいつしか彼女は愛する人と同じ世界へと行きたいという願望を持つようになったそうで、その結果ついに禁断の領域に手を出そう決意したそうだ。ただ、流石に一人では心細いと考えた末に思い付いたのがルシファーの事だったのだという。そして彼の力を貸りればもしかしたら異世界へ転移出来るのではないかと考えついたらしい。だからこそ契約を交わそうと持ちかけた訳なのだが当然そんな事を急に言われても困るだろうと予想してかすぐに答えを求めるのではなく考える時間が欲しいと言ったのでとりあえず今日は帰る事にした。

その際去り際に「気が向いたらいつでも連絡してくれ、俺は何時でもお前を受け入れる準備があるから」と言われたので一応連絡先を教えてもらいこの日は別れたようだのだが果たしてどうなるのやら……。それから数日が経過しいよいよ約束の時がきた訳だがその前にまず初めに彼女とのやり取りについて詳しく書いておく事にする。とは言っても別にこれといって大した事はしておらず他愛もない雑談程度なのでそこまで気を張る必要はないだろうと思う。まずは基本的な情報から、名前については本人が教えてくれたものを参考にするとしようか。ちなみに本名は天堂咲良子、年齢は28歳、性別は女で身長は170センチでスリーサイズは上から85・60・87といった所だろうか、職業は看護師をしており主に内科を担当しており、性格は普段は落ち着いていて真面目な雰囲気を感じさせるのだが、時折突拍子もないような行動を取ったりする事があると自分で言っていた。

他には趣味として小説や漫画を読んだりアニメを見たりする事が挙げられる。因みに好きなキャラクターに関しては特にこだわりは無いようだが強いて言うならば可愛いよりも格好いい系が好みだと言っていたので覚えておくとしよう。続いてステータスについての確認を行っていこうと思うのだがここで一旦話を区切る事にしよう。何故かというとまだ彼女との出会いから始まって別れまでを書ききった訳ではないからである。というのもその話をする為にはまずルシファーが生まれる事となった経緯についても触れなければならないし何よりも自分が何者なのかという話がまだ済んでいなかったからだ。

何故彼がこんな場所に一人置き去りにされていたのか、そしてどうやって生き延びる事になったのか……それらの詳細が語られるのはまだまだ先になるのだがその話を始める前に少しだけ前置きをさせて頂くとするならば、私はかつて【勇者】と呼ばれていました。と言っても当時はレベルが低くスキルも殆ど持っていなかったため全くと言っていいほど戦闘向きではなくどちらかといえば支援魔法を使って仲間の回復を行うタイプの役割を担っていた。とはいえそれでも魔王を倒すためにはそれなりに活躍しなければならないと考え単独で修行を重ねて様々なスキルを獲得していったのだがやはりそれだけでは不十分だと思い知らされたのは最後の最後で手に入れたスキルがきっかけだった。

それこそが先程説明した通り、ありとあらゆる耐性及び能力値を大幅に引き上げる事ができる【完全耐性】と、魔力以外のエネルギーを全て吸収する事が出来る【無呼吸吸引】と呼ばれる二つのユニークスキルである。これにより今までとは比較にならないほどの圧倒的な強さを手に入れる事ができたおかげで結果的に魔王を打ち倒すに至った訳なのだけどそれと引き換えに私の体は呪いを受ける形となってしまいこのままでは生き長らえる事が不可能となってしまった。だけど幸いな事に私には一つだけ助かる方法があるにはあるのだけれどそれはあまりにも危険過ぎる賭けでもあった為実行するのは躊躇ってしまったけれどこのまま黙っていればどのみち死を待つしかないのなら一か八かで試す価値はあると考えて実行に移してみた所、見事にその作戦は成功したらしく、どうやら運良く【転生進化】によって新たな命へと生まれ変わる事に成功したらしい。しかもそれがドラゴンだったなんて最初は驚いたのだけど、よくよく考えてみたらこれはむしろ幸運だったのかもしれないわね。何せドラゴンは最強の生物と呼ばれている存在だと聞いているしそれに何より空を飛べるというのがとても魅力的だったからよ。だってそうでしょう?これまでどれだけ願っても手に入れられなかったものが今こうして簡単に手に入るのだからもう何も恐れるものなどないと思っていたわ。

それなのにまさか人間になった途端にいきなりあんな奴に捕まる事になるなんて思ってもいなかった。正直、あの場から脱出する時にもう少し慎重になっていたら逃げ切れていた可能性もあったかもしれないけどそれでもあのまま捕まっているよりはマシだと思えた。だからあの時は思わず後先の事も考えずに飛び出してしまったけどそれで後悔しているかといえば答えはノーね。むしろあの場で大人しくしていた方が余程後悔する事になると思ったからこそああいう行動をしてしまったのよ。まぁそのせいで余計に目を付けられてしまって今ではこんな状況に陥ってしまったわけなんだけど。ただだからといってそう簡単に諦めてなんかあげない! たとえ相手がどれだけ強くとも最後まであがいて見せようじゃないの!!そう決めた以上は絶対に諦めたりしないんだから……

「さぁ覚悟なさい!絶対に私が勝たせて見せるわよ!!」

次回予告 突如襲ってきたルシファーとの戦いを開始した悠斗であったが、彼の攻撃により窮地に追い込まれてしまう。

はたしてこの状況から彼は一体どうやって切り抜けるつもりなのだろうか? 次回『戦いの果てに……』

それではまた次回をお楽しみにしていてくださいね☆ あれからルシファーとの一騎打ちが始まった訳なのだが、その戦いの様子について詳しく書こうと思う。とはいってもそれほど派手な技が飛び交っているわけでもなくお互いに小手調べをしているといった感じだろうか、最初に攻撃を仕掛けたのは意外にも彼女の方からでありその攻撃に対して俺も負けじとばかりに反撃していく形となったようだ。

といってもその実、あまり本気を出しているようには見えなかったという。確かに彼女が放った一撃は見た目の割には中々の破壊力を誇っていたと思われるのだが、それでも俺からすれば全然たいした事はなく、例え全力で放たれたとしても今の俺なら難なく防ぐ事が出来たという確信があったのだ。その証拠に実際に俺の目の前で繰り広げられている光景を見る限りではまるで大人と子供が遊んでいるかのように見えたそうだ。そんな時、ふと何かに気付いた彼女は一度攻撃を中断すると改めて俺の事を観察するかのようにジッと見つめた上でこんな事を口にしたのだった。「おかしいわね、私の力が通用しないなんてもしかしてあなたただの人間じゃないんじゃない?」それを聞いた瞬間俺は一瞬ギクリとした。何故なら今現在自分の事を人間だと名乗ったばかりだというのにそれを否定してしまったようなものだからな。しかしどうやらその反応を見た事で彼女も確信したようで改めてこう尋ねてきた。

『その様子ですと、どうやら間違いなさそうですね』

「……だったらどうしたっていうんだ?言っておくが俺はお前の事を見逃すつもりはない。そもそもこうなった原因を作ったのは間違いなくお前の主人であるルシファーなんだからな。お前があいつの代わりに責任を取るというのなら話は別だがそうでないのなら、ここで確実に死んでもらう」

そしてその言葉を皮切りに今度は俺から攻撃を仕掛けてみたのだが、案の定というか何と言うか、あっさりと回避されてしまった。

「あら残念、あなたの実力を計ってみたかったのに、やっぱりまだ完全には覚醒していなかったみたいね。これなら私の方が有利かもしれないわ」

「くっ……」

それからは一方的に攻められてばかりだった。彼女の繰り出す攻撃は一見大振りに見えるもののその動きはまるで舞でも披露しているかのような滑らかさがある上に一発でもまともに食らえば致命傷となりかねない程の威力を持っていたので迂闊に手を出せずにいたのである。そこで俺は何とか状況を打破しようと必死に思考を巡らせて対策を考えようとしたのだがその直後……

グシャッという嫌な音がしたかと思うと同時に突然激痛に襲われた俺は思わずその場で膝をつく事になった。一体何が起きたのかと思っているとそこにやって来たのは他の誰でもないルシファー自身であった。どうやら先程から行われていた戦闘の中でいつの間にか俺が彼女の方に気を取られている隙を狙って背後に回っていたらしい。そして無防備な背中に蹴りを入れられてしまったという事でこの痛みの正体が判明したのである。因みにこの時、咄嗟にガードをしたにも関わらずたった一撃で左腕が折れたり肋骨が数本折れてしまったりと散々な目に遭った。

因みに何故こんな状態になってしまったかというと実は事前に彼女と打ち合わせをしていたからだそうだ。つまりは俺と戦っている最中にあえて俺の方に注意を引き付けておきながらその裏側で密かに魔法による攻撃を準備していたのである。そしていよいよ頃合いを見計らって行動に移ったのだがその時には既に手遅れの状態となっており結局俺に気付かれないまま魔法を命中させる事に成功したのだという。ちなみにこの時に彼女が口にした台詞は「チェックメイトよ、もうこれ以上抵抗するのは止めなさい!」だったのだがこれを聞いて俺は思った。いや、別にそんな事言わなくても普通に聞こえてるから……

まぁそれはともかくとしてその後ルシファーは動けないでいる俺の首根っこを掴むとそのまま持ち上げてからゆっくりと顔を近づけるとそっと口付けを交わした。それから彼女は一言だけ「私の為に、死んで頂戴」と呟くとその次の瞬間、俺の体に変化が起こった。

その理由は単純明快で、先程までボロボロになっていた体が急に修復されたばかりか更にはステータスまでが大幅に上昇していたのだ。それも並の人間が相手なら瞬殺できる程のとんでもないレベルでだ。しかもそれだけでなく、先程受けたダメージもすっかり消え去っていたので本当に死ぬ間際にまで追い込まれていたのか疑わしいと思えるほどだった。ところがそれは事実だったので恐らく【無呼吸吸引】の効果で一時的に体内から酸素を奪ったのではないかと予想出来たのだが何故わざわざそんな事をしたのかと言うと理由はただ一つ、これから行う攻撃に必要だったからだろう。

「これであなたは私の一部となったわ。これからはずっと一緒だから安心してね」

「くそっ!何てことをしやがる!!ふざけるのもいい加減にしろ!!」

そう叫びながら何とか拘束から逃れようとするがそれは無駄な抵抗に終わり、それどころかかえって悪化する一方だった。どうやら今の彼女には俺を離すつもりがないらしく絶対に逃すまいと両手でしっかりと抱きしめてきたのだ。とはいえそれだけならばまだ何とか耐えられそうだったのだが、問題は他にもあったのだ。

というのも先程から彼女を中心に黒いオーラのような物が発生し始めたと思ったらそれが徐々に広がっていったからである。しかもその範囲はどんどんと大きくなっておりやがて直径5メートルを超えるほどの大きさになっていた所でようやく変化が止まったのだがその頃になると既に俺達の周りには何も残されておらず地面さえも抉られていた事からどれだけ凄まじい威力だったのかが容易に想像出来てしまった。

そんな中でも彼女は平然とした様子でその場に佇んでおり、それを見ていた俺はある事を思い出した。そういえばこいつは以前、自分の力を見せつける為に街一つ滅ぼしたという話を聞いた覚えがあるのだがまさかあれも嘘ではなかったのかもしれない。だとするとこのままではまずいと思ったその時、ついに待ちに待ったチャンスが訪れた。

何と、突如として彼女がガクッと膝をついたかと思えば直後に胸を押さえて苦しみ出したのだ。その瞬間こそ絶好の好機だと察した俺は最後の力を振り絞りながら彼女を思い切り蹴飛ばした。その際にかなりのダメージを与える事に成功したようでどうにかその拘束から逃れる事が出来た俺はすぐさまその場から離れようと駆け出した……筈だった。

何故かその場から一歩も動く事が出来ず、むしろ体の力が抜けていくような感覚に陥り立っているのもやっとという状態であったがそれでも必死に意識を保ちつつこの状況を打開する方法を模索していたのだがその結果とある答えに辿り着いた。

それは【限界突破】というスキルによってレベルを上げる度に全能力値が大幅にアップするという非常に魅力的なものだったがそれと同時に代償として寿命を削ってしまうというものだった。その為これまでは一度も使った事がなかったのだが今の状況を考えると最早使うしかないと考えた結果、思い切って使ってみた所、驚く程に力が漲ってくるのを感じたので早速効果を確かめるべく近くにあった瓦礫を持ち上げてみようとしたところまるで紙屑のようにあっさりと破壊する事が出来たのだ。

これはいける!!そう思って次に近くにある建物目掛けて軽くパンチを繰り出してみたのだが、それだけで跡形もなく消滅してしまった事に驚いた。どうやらこの力は使い方によってはまだまだ強力な武器になる事間違いなしだと確信しているとそこでようやく立ち直ったらしい彼女が再び攻撃を仕掛けてきた。しかも今度は先ほどよりも威力の高いものを放とうとしているようで禍々しい魔力を右手に集中させている姿を目にした俺はすぐにその場から飛び退く事にした。何故ならその魔力はあまりにも異質であり明らかに普通のものではなかったからである。おそらくこれが例の転生特典というものなのだろうが正直これだけで十分化け物じみた強さを持つ事が出来そうな気がしてならないが今はとにかくここから逃げるのが先決だと思い全力で逃げ出した。すると案の定というか、後ろから何か恐ろしいものを感じて振り返るとそこにはこちらめがけて一直線に向かってきているのが見えた。それを見た瞬間、本能的にマズイと感じ取った為急いで方向転換をして逃げ出そうとしたのだがやはり間に合わず、気が付いた時には目の前にまで迫って来ており次の瞬間には攻撃をまともに受けてしまい、まるで車にでも撥ねられたかのように軽々と宙を舞っていた。しかしそれでもどうにか態勢を立て直す事は出来たので即座に追撃に備えようとしたが、どういうわけかルシファーの姿が見当たらなかった。もしかして見逃してくれたのかと思い少しホッとしたような気持ちになった俺だったがその直後、突然何者かに後頭部を殴られたせいでその場で気絶してしまいそのまま意識が途絶えてしまったのだった。

あれからどれ位経ったのだろうか、ふと気が付くとそこはどこかの洞窟の中のような場所になっており周囲を見渡してみるとどうやらここは先程の戦闘が行われた場所からそう遠くない位置にあるようだった。その証拠に今も僅かに振動を感じる事からまだあの怪物との戦闘は継続しているという事がよく分かった。

(とりあえず現状を確認しないとな)

そこでひとまず状況を確認する為に立ち上がろうとした時、不意に全身に激痛が走ったので慌てて動きを止めてしまった。どうやらまだ完全に回復していないらしく痛みのせいで思うように体が動かせなかったのでどうしたものかと考えているとそんな時、俺の頭の中に誰かの声が響いたような気がしたのだが、その内容を聞いて俺は驚いてしまった。というのも聞こえてきたその声は他でもないルシファーのものだったからだ。一体どうしてあいつの声が聞こえるようになったのか?疑問に思ったもののその理由については何となくだが理解する事ができた。というのもこの声は俺が心の中で彼女に語りかけているように向こうからも話しかけてきているような感じだったのだ。

『今あなたの頭の中で直接話しているのよ』

それを聞いた瞬間、俺は一瞬戸惑った。何せつい先程まで戦っていた相手が急にこんな事を言い出してきたのだから無理もない話だろう。とはいえだからと言って無視する事は出来なかった為仕方なくこのまま話を聞く事にした。それにしてもさっきから妙に体が怠いというか頭もボーっとしているのでひょっとしたらこれも怪我の影響なのかと思いながら彼女の話を黙って聞いていたのだがその内容というのがまた何とも信じ難い内容だったのである。

まず初めに何故こんな場所にいるのかについて尋ねた所、返ってきた答えは「私があなたの中に吸収されたから」というものだった。それを聞いて俺は最初彼女が何を言っているのかさっぱり理解できなかったのだが、どうやら彼女は元々人間でしかも女性だったらしくそれもつい最近までは高校生をやっていたのだという。ちなみに年齢は16歳なのでそこまで若い年齢ではないという事が判明してちょっと驚いた。しかもその高校ではそこそこ人気があったみたいで告白された経験もそれなりにあるらしいのだが、何故か誰とも付き合う気になれず毎回断り続けてきたらしい。そんな彼女に転機が訪れたのは去年の夏頃に交通事故に遭った際に偶然通り掛かったトラックの荷台に積まれていた荷物の中に自分が注文していた商品が入っていた事から興味を持った事がきっかけだったらしい。そこから詳しく調べてみた結果、どうやらこの世界とは異なる別次元に存在する異世界へと繋がるゲートのようなものらしく最初は半信半疑でいた彼女だったがそれを購入した人物のブログを読んでいるとどうも本当のように思えてきたそうだ。それで実際に試してみたら無事に成功して現在に至るというわけだ。

『これであなたがさっき味わった苦しみも全て理解出来たでしょ?』

確かにそれはその通りだ。もし彼女がいなければ今頃俺は間違いなく死んでいただろうしそれ以前にこうして生きているかどうかさえ分からなかっただろう。そう思うと感謝の気持ちが込み上げてくると同時に彼女に対する警戒心が一気に薄れていくのを感じていた。というのもこれまで戦ってきた奴等がどれも狂人ばかりだった事もあり、いくら敵とはいえここまで普通に会話が出来る相手には今まで出会った事がなかったからだ。

ところが、ここで一つ新たな問題が生じた。というのも俺がまだルシファーの力を吸収しきっていないらしく未だに体内に残っているのだという。どうやら【限界突破】を使ってしまった事が原因で本来の力の10%程度しか使えなくなっているようでこのままでは不完全燃焼だと言われた俺は何とか彼女を復活させる方法はないかと考えた。しかし当然ながらこれといって何も浮かばなかったのでとりあえず本人に尋ねてみた所「それなら私の血を吸えばいいわ」という返事が返ってきたのである。

それを聞いて思わず耳を疑ったがすぐに我に返ると慌てて否定した。何故なら彼女の言っている言葉の意味が全く理解できなかったからである。というのも彼女は血といった単語を口にしたわけだが当然の事ながら人間の血液なんて口にしたら体に悪い上に毒であると認識されているくらいなのでどう考えてもおかしいと感じたからだ。それなのに何故そんな事を言い出したのかと不思議に思っていたのだがその謎はすぐに解ける事となる。なんと彼女いわく、自分は既に死んでいるから今更気にする事はないしそもそも自分の体を再生させる為に必要な材料がそれなのだと言われて納得したのだ。というわけで俺は早速、彼女の指示に従って右手の親指を歯に当てた後、力を込めて噛みついたのだがこれがなかなか難しい事であった。なんせ相手は女性の指だし仮に自分のものだったとしても躊躇してしまうのが普通なのだが今回は違うので思い切って思いっきり噛んだのだったがそれでも中々思う様に出来ず、それどころか出血するどころか傷すら付かない状態が続いていた。

するとその様子を傍で見ていたルシファーが見かねたのか、いきなり近付いてくると代わりにやってくれた。その際「少しチクッとするわよ」と言われ覚悟しながら身構えていたのだが意外にも痛みを感じる事はなく、むしろ心地良ささえ感じるほどだった。しかもそれだけではなく次第に体の中で変化が起き始めたのが分かったので見てみるといつの間にか傷が治りかけているのが見えた為これには流石に驚いてしまった。

『これが私が持つ力の一つ【自動治癒】よ。この力であらゆる外傷を修復する事が可能なのよ』

なるほど、それは凄いと思った。何せこれだけでもかなり強力だと思うが他にも色々な能力を持っている事を打ち明けられた事で益々頼りになる存在になったなと思っているとそこでふととある疑問を抱いた。

どうしてこいつは俺に力を貸してくれる気になったんだ?しかもわざわざこうして実体化までして……。そう思ったのには理由がある。というのも本来、天使という存在というのは人間が作り出した妄想から生まれた空想上の生き物であり本来なら現実に現れる事は無い筈なのだ。しかし彼女は先程から俺との会話を成立させているだけでなく自らの意思で行動したり俺の体内にあったはずの力を吸収したりと普通の人間とはかけ離れた言動を取っている事から少なくともただの人間ではない事は明白だったので一体何者なのか気になって仕方がないのだ。

するとそれを察したのかルシファーがこう返してきた。

『そういえば、まだちゃんと自己紹介していなかったわね。実は私、これでも結構有名人なのよ。といってもこの世界での話だけれどね。あなた、この名前を聞いてピンとこないかしら?』

そう言われて改めて記憶を掘り返してみると確かにどこかで聞いた事があるような気がしてきたのでそれについて尋ねてみたところ驚くべき答えが返って来た。

『私はかつて世界を支配していた魔族をたった一人で全滅に追い込んだ大英雄として崇められていたの。だから知らない人はいないと思うわ』

それを聞いて俺は驚きのあまり言葉を失ってしまったのだがそれも仕方のない事だろう。何しろ目の前にいる人物が本当にその張本人ならとんでもない有名人であり、下手をすれば一生遊んで暮らせるだけの大金を手に入れる事も可能な程だったからだ。ところが当の彼女はあまり嬉しそうな顔をしていないばかりか浮かない顔をしているようにも見えた。そしてその理由というのが……

『まあそういう訳だから正直、あまり良い思いはしなかったわね』

どうやら彼女は昔から注目を受ける事が多く、そのせいで周りからは色々と振り回される立場だったらしくうんざりしていたらしい。おまけに中には彼女を妬む者や逆に崇拝している者もいた事から余計に心休まる暇がなかったそうだ。だからこそ、そんな生活に嫌気が差した彼女は自ら望んで死んだのだという。ところが死後の世界へと辿り着いた時に初めて目にしたのは何と自分を倒した相手が自分を神格化させた上で祭り上げてるというではないか。しかもその人物こそがかつての仲間だったというのだから驚くのも無理はない話だった。だが、同時に嬉しかったという。何故なら彼女はこれまでの戦いを経ていくうちに自分のやっている事が正義なのかそれとも悪なのかわからなくなってしまったそうでそれを誰かに否定して欲しかったらしい。その為、今回の転生では今度こそは争いのない平和な世界で生きていきたいと思い、その願いを叶える為にこの異世界への転生を望んだのだというのだが……それがまさかこんな事になるとは思ってもみなかったようだ。とはいえそれもある意味仕方ないのかもしれない。なにしろこの世界に来て早々に俺みたいな奴に捕まってしまったのだから……。

その後、彼女はしばらくの間考え込んでいた様子だったのだが不意に顔を上げてこちらを見つめてきたかと思うと突然、こんな事を言い出してきたのだ。

『ねえ、一つ提案があるのだけれど聞いてくれないかしら?』

その提案というのが俺を主人にして共に暮らすというものだったのだが正直なところ困惑した。というのも彼女が口にした言葉が意味深長だったからである。というのもその言葉の中には明らかに何か裏がありそうな気配が漂っていたので果たしてどこまで信じていいのか悩んでいたからだ。とは言え現状では選択肢が殆どないので彼女の言葉を信用してみる事にしたのだが、問題はその後の処遇についてだった。というのも俺が今後どうするのかについて悩んでいると彼女がこんな事を口にしたのである。「別に私の言う事に従う必要はないわ。だってあなたにはあなたを信頼してくれる仲間達がいるでしょ?」

それを聞いてハッと我に返った俺は、これまでの経験を思い出していた。そう、俺には信頼できる仲間がいてこれまでずっと助けられてきた事を思い出したからだ。しかもそれはこれからも変わる事はないと確信していたので迷わず彼女にこう告げたのだった。

「……決めたよ、俺。これからはお前の側にいる事にするよ」

そう言うと何故か彼女は驚いた様子で目を見開いていたが構わず話を続けた。

「確かに今の俺にお前が必要ってわけではないしそれに他の連中にしても同じ事が言えるかもしれない」

その言葉にルシファーは複雑そうな表情を浮かべていたが俺は気にせず話を続けた。

「けど今の俺達にとってはお互いが唯一無二の存在だし何より俺にとってお前達以上に大切なものはないからさ……」

そう言った途端、彼女の顔に笑みが浮かんだ。というのもそれまでどこか悲しそうな表情ばかり浮かべていたのだがようやく心の底から笑ったように見えたからである。なので俺はそんな彼女を見ながらある決意を固めるとそれを実行に移すための準備に取り掛かる事にしたのだった。

それから数日後、俺は今現在通っている高校での生活を終えルシファーと共に異世界へと旅立っていた。その目的についてはただ一つ、【レベル上げ】を行う為だ。

これまで俺達は、それこそ様々な困難を乗り越えてきたがその大半は自分の力に過信し過ぎたせいで招いた結果である事は既にお分かりだろう。その証拠に俺が苦戦した一番の強敵はルシファーの力を吸収して強くなったと勘違いした事による自業自得が招いた結末だったのである。なので今回は、そういった事態に陥る事のないように前もって対策を講じる為の【レベル上げ】というわけだ。ちなみになぜルシファーを連れていくのかというと彼女が俺のサポート役として非常に優秀な働きをしてくれるからに他ならない。

具体的にいうと戦闘においては俺の体を強化してくれたり回復魔法を掛けてくれたりと補助面でのサポートに徹してくれているのだがそれとは別に彼女には他にもう一つ特別な力があるようでその能力のおかげで今まで何度も窮地を救ってくれただけでなく時には強力な武器や防具を作り出す事も可能なのである。ただしあくまでもそれは彼女の意思次第であるのでこちらから頼む事はできないのでその辺は自分の行動と交渉次第になるのだが……。

そんな具合で、これから向かう先はどんな場所なのかまだよく分かっていない状況にも関わらず不安よりも期待の方が大きいのにはちゃんとした理由がある。実は以前の戦いで俺はとある事情によりしばらく異世界に滞在しなければならなかった際、現地の協力者がいたおかげで快適な暮らしをする事が出来たのである。しかもそこには数多くの種族が存在していて、まさに理想郷と言っても過言ではなかった。というのもそこは人間はおろかエルフや獣人などの多種多様な人種が入り混じって暮らしているだけではなく文明レベルが中世のヨーロッパとほとんど変わらなかったので普通に暮らす分には何不自由する事がなく、更に言えば街にある物も全てが新品なので購入するのにも抵抗がないのだ。しかも食に関しても現代日本に劣らないレベルで美味い料理の数々を堪能できた上に毎日風呂に入って疲れを取る事が出来るといった環境まで用意されていたものだから当時は本当に感動したものだ。

ただ残念な点もあったとすれば滞在していた場所が日本でいうところの戦国時代真っ只中という事もあって頻繁に戦争が起こる上、常に緊張感溢れる状況が続く中で過ごしていたという点だがこれは仕方がない事だし、何より命に関わるような戦いが一度も無かった分むしろ良かったと思うべきだろう。実際、もしそんな場所に飛ばされたりしたらとてもじゃないが生きた心地はしないだろうし場合によっては精神崩壊を引き起こしてしまう可能性だってあるのだから……。

そんなわけで今回向かう事になった世界は以前に訪れていた国と同じで剣と魔法の中世風の世界観なのだが前回とは比べものにならないくらいに平和である事から俺も安心して過ごせそうだと考えていたのだが……。どうやらそう簡単に事は運ばないらしい。なぜなら目の前に広がる風景を見て思わず絶句してしまったからである。何故ならばその理由はというと、まず空の色が灰色一色で陽の光すら射さない薄暗い空間になっているのに加えて空気までも薄っ苦しく感じてしまった事にあったからだ。その上あちこちに大きな岩の塊が転がっていたり荒れ果てた土地が延々と続いていたりとおよそ人が住むには不向きな場所でしかなく恐らくこの世界で生きる者達でさえ好き好んで足を踏み入れようとはしないだろうと断言できるほど殺伐とした雰囲気に包まれていたからである。そして極めつけはこの地面一帯に張り巡らされた亀裂のような模様であった。

『なあルシファー、この地面に描かれている妙な模様みたいな物は一体なんだ?』

すると彼女はこう答えてきた。なんでもここは過去に起きた大戦の影響で大地が大きく裂けてしまった跡なのだそうで、おまけにこの辺りだけ地殻変動が起こったらしくその結果、今ではこんな状態になってしまっているのだそうだ。しかもそれは人里離れた場所だけで、少し離れたこの場所には別の景色が広がっているのだという。まあ実際に現地に行って確かめてみた方が早そうだなと思ってそのまま足を進めていったところ程なくして目的の場所へと辿り着く事が出来たのだが……やはりその場所も先程見た光景と全く同じものだった。いや、正確に言うと少し違っていた。というのも今度は空に太陽が昇っていたからだった。もっとも、それは本当に僅かな時間でしかなかったけれど、少なくともこの周辺に関してはまるで日中と変わらないくらいの明るさがあった事から一安心できた。

そこでとりあえず今後の予定を立てる為に手頃な岩場に腰を下ろしてから改めて周りを見回してみたところ、すぐ近くに小さな町らしきものがある事に気づいた。しかもよく見ると何やら慌ただしい雰囲気に包まれているように見えるし所々から火の手が上がっているようにも見えた事から何か問題が起きているのではないかと考えて念のため確認してみる事にしたのだが、ここでまたしても驚かされる事となった。というのもその町はなんと俺がかつて訪れた事がある国だったからである。

そう、その場所こそ俺が最初に転生して初めて訪れた異世界だったわけだが既に数百年が経過していた影響か町並みはすっかり変わってしまっていた。だが建物が古くなって色褪せたりしている様子などはなく、どちらかと言えば新しさを感じさせる印象だったのでそれほど時の流れを感じなかったのは幸いだと言えよう。しかし、それ以上に驚いた事があったのだ。何故なら俺がかつて住んでいた場所はいわゆる辺境の地と呼ばれる場所にあって滅多に人が寄り付かない地域だったはずなのだが、今はその真逆といっていいほどの大盛況ぶりだったのだ。これには正直、かなり戸惑ったもののここまできて帰る訳にもいかないと思った俺は、さっそく情報収集を兼ねて近くを散策してみようと考えた。

そして数分後、ようやく人混みを抜けられた俺は辺り一面に広がる巨大なテントの群れを前に立ち尽くしていた。というのもこの場所には所狭しとばかりに様々な商品が置かれていたのだがそれが一体何に使う物なのかが全く分からなかったからである。中には用途不明な物が沢山あって、それらを眺めていた俺はふとある事を閃いた。

『もしかしたらあれを使えば俺でも強くなれるかもしれないぞ』

そう思い立った瞬間、俺は居ても立っても居られなくなり急いでその場を離れる事にした。

とはいえいくら焦っているからといって目的地を決めないまま闇雲に歩き回っても時間の無駄にしかならないのでまずは冷静に考えてみる事にした。

それにしても困った事に何も情報が無いため現状ではどうする事も出来ないばかりか、どこに行けば手に入るのかも見当がつかない状態だったからだが、だからといって諦めるつもりは毛頭なかった。何せ、これまでに培ってきた技術と知識を駆使して戦う手段を得た今となってはどんな相手が出てきても恐る事はなくなったのだから、たとえどんなに強い敵が現れたとしても決して負ける気はしなかったし逆に返り討ちにしてやりたくもある。だから、なんとしてでも新たなる武器を手に入れてやる!そう意気込んだ矢先の事だった。突如として辺りに悲鳴が響き渡ると同時に激しい振動に襲われたかと思うと何かが壊れる音が鳴り響いてきたのである。何事かと思い慌てて外へ出ると信じられない出来事が俺の目の前で起きていた。何と、これまで俺が拠点として暮らしていた家が崩れ去った上に瓦礫の山と化した中から大勢の人々が現れてきたのだがその中に見知った人物の姿があった事で驚きを隠せずにいた。何故ならその人物とは、つい先日までは俺の家族の一員でもあって一緒に旅をしていた者だったからだ。なので思わず声を掛けようとしたが次の瞬間、思いもよらない展開が起こってしまう。

なんと彼女がいきなり俺に抱き着いてきたのだ。

「ああ、良かった。無事だったのね?」

そう言いながら彼女は嬉しそうにしていたが俺からすれば状況が理解できないだけに混乱した表情を浮かべていたはずだ。何しろついさっきまで普通に会話をしていたはずの相手が、まさかこんなにも大胆に迫るような行動をしてくるとは予想もしていなかったからである。おかげでしばらく頭の中が真っ白になったまま呆然としていたのだが……ここでようやく我に返った俺は彼女を振りほどいて離れると質問を投げ掛けた。すると意外な返事が返ってきた。というのもどうやら彼女は自分の意志で動いているわけではなく何者かによって操られているようで体の自由が利かないのだという。

ただ一つだけ分かるのはその犯人は今なおこの町の中にいるはずなので、どうにかして見つける事が出来ないかと尋ねてみたところある場所を案内されたので行ってみた結果、思わぬ形で手掛かりを得る事になった。なぜならそこは一見普通の倉庫のようだったのだが扉を開けてみると地下へと続く階段が伸びていたのだ。そしてその先で待ち構えていた存在こそ、この事件を引き起こした張本人だというわけだがその正体を見た途端、あまりの衝撃的な内容だったせいで言葉を失ってしまったのは言うまでもなかった。何故ならそこにいたのは全身が緑色をしていて背中から昆虫のような羽根が生えていて額からは鋭い二本の角を生やした見るからに恐ろしい姿をしている悪魔で間違いないと確信できたからだ。

ところが当の本人はというとこちらの存在に気づいていないのか、あるいは興味自体が無いのか知らんぷりをして横を向いていたのだが、そこへミウが近づいていって声をかけた。どうやら彼女の名前らしいが、それを聞いた途端に態度が急変したらしく明らかに動揺しているのが見てとれた。しかもよく見ると顔が真っ青になっていたのを見る限り、よほど恐い目に遭ったのだと容易に想像できる状況だった。ただそうなると気になるのはやはり誰が彼女にこんな事をしたのか?という点になるのだが、それを考えていたところへ急に声が聞こえてきたかと思えば驚くべき情報が飛び出してきた。それはどうやら目の前にいる相手の事を指しているようで、彼はこう名乗っていたのだった。すなわち、ルシファーと……。

(ん……?どういう事だ?)

確かにその名前には聞き覚えがあったが、どうして彼女がその名を名乗ったのか分からない。なぜならルシファーと言えば以前に戦ったルシファーと同一人物であるからだ。なのでてっきり同一人物が二人存在するのかと思ったが、それにしては姿が違っているので別人であるのは間違いないと断言できた。それに仮にそうだとしたら目の前のルシファーは何者なのだろうかという疑問が残ったままになってしまう。なにしろ姿形からして大きく異なっているうえに翼が生えている点も同じで髪の色や瞳の色といった細かな違いを除けばほぼ同じ容姿をしているからである。つまり二人が何らかの方法で入れ替わったと考えるのが自然だろうが、それが何を意味するかまでは俺にもまだ分からないので考えるだけ無駄だったのかもしれない。しかしその一方で、どうしても解せない事が一つだけあった。それは何故ルシファーというコードネームを使う必要があったのかという点である。というのも、この組織に所属している者達は基本的に番号で呼ばれる事が多く、ましてや下の名前を持っている者は極稀だからだ。もちろん例外がないわけではないものの、基本的には本名ではなく与えられた番号をコードネームとして使用する事が多いと以前耳にしていた。なのに今回に限って何故かルシファーという名前を使用している点が気になっていた。

とはいえ、いつまでもこのまま立ち話をしているわけにもいかないので詳しい話は後でゆっくりと聞く事にした俺は、さっそくこれからどう行動するべきか考え始めたのだが、ここで突然背後から誰かに呼ばれたような気がして振り返ってみたところ見覚えのある男がこちらに向かって歩いてきていた。

『おお、こんなところにいたのか。探したぞ』

男はそう言うなり俺の肩を掴むなり顔を近付けてきたところで、さらに続けて話しかけてきた。その内容というのが、どうやらこの男は俺の父親でありかつて共に旅をしていた人物でもあるらしかった。そこで色々と話を聞こうとしたのだがその前にここへ来るまでの間に起こった出来事について語ってくれた事により大まかな事情を理解するに至ったのだ。ちなみに話によれば俺が旅に出た後しばらくして魔王サタン率いる魔物の軍勢が町を襲ったらしくあっという間に壊滅してしまった事から命からがら逃げだした人々は近くの山奥へと避難したという。

しかし問題はその後だった。実はその時、ベルゼブブも襲撃に参加しており町の人々を皆殺しにするだけでは飽き足らず生き残った者まで殺していたというのだ。しかもそれは単に復讐するだけにとどまらず、この世界に住む人間を全滅させる為に必要な措置だったらしい。その目的が一体何だったのかといえば、やはり俺達がいた世界の崩壊にあったようだ。というのも俺が転生した際に起きた次元の狭間へ引き込まれた影響によって二つの世界が融合しかけており、その結果、本来この世界にあるべきでない物質が次々と生まれてしまったので、このままでは大変な事になると思ったそうだ。とはいえ具体的にどうなるかというと具体的には言えないらしいのだが、おそらくこの世界の環境そのものが激変してしまう恐れがあるからという理由だけで殲滅対象に選ばれたという話だったので、それを聞いた俺は正直怒りを覚えたものの下手に手を出せない状況に追い込まれていた事も手伝い、今はとにかく耐える事にしたのだ。ところがそんな時、またしても想定外の出来事が起こってしまったのである。

というのもこの事態を受けて急遽方針転換を迫られる羽目になったサタン達が苦肉の策として選んだ方法というのが俺を仲間にするというもので、こうして俺と仲間達は世界を救う為に動き出したという事だった。

そして現在に至る。

さて現在、俺の目の前には三柱の魔神と呼ばれる者が立ち並んでいるわけだが彼らはそれぞれルシファー、ベルゼブブ、アスタロトという名前で、それぞれの特徴については以下の通りとなるのだが、まず最初にルシファーだが彼については先程説明したように外見こそ同じなのだが能力においては他の二名を大きく上回っているだけでなく知能に関しても高く、加えて戦闘における技術力においても群を抜いて優れているなど非常に優秀な人材である事を窺わせる内容となっていた。続いて次にベルゼブブについてだが、こちらはルシファーと比べてしまうと若干見劣りする部分はあるもののそれでも充分に戦えるほどの戦闘能力を有しており何より特筆すべきなのは魔法に関する知識に長けているという点で、もし彼がいなければ今後の作戦においてかなりの足枷となっていたかもしれないほどの存在であったと言えるだろう。そして最後にアスタロトに関してだが、正直なところこいつに関しては全くと言って良いほど情報を得られなかったのでどういう性格なのかまでは分からなかったものの戦闘力については申し分ないレベルにあり単独で行動しても何ら問題のないレベルの実力者である事は間違いないと思われるほどだった。とはいえ一つだけ気になる点があったとすれば、どういうわけか彼の魔力だけが妙に強大だった事でその点が気掛かりだったのだが、それについて尋ねようと振り返った際に見えた顔を見る限り特に何か変わった点は見受けられなかった事から一先ず安心出来たので早速本題に入る事にした。

『それで、さっき話していた事なんだが詳しく聞かせてくれないか?』

そう言って尋ねたところ相手の方からすぐに説明してくれたのだが、その内容を聞いてみると何とも驚きの内容だったのである。というのもルシファー曰く、この件については既に解決しているどころかむしろこちらが望んでいた結果に近い形で決着が付いたのだというではないか。これにはさすがの俺も耳を疑ったものの彼らの態度を見て嘘ではないと判断した後、とりあえず話を聞く事にして再び尋ねてみたところ今度はミウが俺に代わって質問をしてきたのである。

「……つまりあなた達の目的は全ての世界を征服する事なの?」

そう尋ねると彼女は首を横に振って答えたのだが、そこから先は予想外の内容だったのである。というのもそもそも今回の一連の事件を起こした理由というのが、とある男に対して宣戦布告する為だと言っていたのだ。ただしこれを聞いた俺達は揃って首を傾げたのは当然の反応だと言えるはずだ。何故ならわざわざそんな事をしなくても自分達の方が強いと思っているなら堂々と真正面から戦うべきだと思うのだが、なぜあえてそのような回りくどいやり方をする必要があったのか……俺にはそこが疑問でならなかった。

ただ話を聞いている内に少しずつ状況が分かってきたのでそれを説明すると、どうやら彼らの言い分としては自分達の仲間がその男一人にやられてしまったので報復のために戦いを仕掛けたつもりだったそうだが結果は完敗に終わり惨敗という結果に終わったのだという。

「なるほど……それで俺に力を貸して欲しいと頼みに来たというわけか」

そう言うと相手は頷いたので改めてこちらからもお願いしたいと言われてしまったのだが、正直な所あまり乗り気ではなかったのも事実である。なぜならその理由というのが単純に相手の実力が分からないという不安材料があるのはもちろんの事、それ以外にも様々な懸念点があり、とてもじゃないが協力するのは難しい状況だと言わざるを得ないからである。そこで一応ミウにも相談してみる事にして話し合いを行った結果、まずは情報集めをする必要があると判断して一旦は保留にさせて貰った上で、今後どうするかは状況次第だという結論を出した。ただその際に一つだけ気になった点があったので尋ねてみたところ、なんとルシファーは自分一人で事足りると言っているような口ぶりだったので、さすがに心配になった俺は念のため確認する事にしたのだが、それによると確かに今の状態ならば間違いなく勝つ事が出来るが油断していると足元をすくわれる可能性があるとの事だった。なのでここは慎重を期して準備を怠らない方が良いという判断に至ったため、いったん話を終わらせようとしたところ逆に向こうから質問されてしまった。

「……ところでお前は何者なんだ?見た目は人間のように見えるがそうではないようだし、何より我々と普通に会話をしている時点でおかしいからな」

『それはまあ、そうだろうな』

なにせ人間ではなく悪魔なのだから……などと口にしては言えないので、どう答えて良いのか分からず困っているとそこに助け舟を出してくれた者がいた。というのもルシファーの横に立っていたベルゼブブと名乗った男だったのだが、この彼はどうやら俺が元いた世界で死んだはずの人物であるとの事で事情を説明してくれたのだが、それによるとルシファーと同様に俺の存在に興味を持っていたようでずっと行方を追っていたのだとか。そして偶然こちらの世界へとやってきた際に運良く遭遇したらしい。そこで一緒に行動をしていたところベルゼブブがルシファーに対して妙な違和感を感じ取った事がきっかけとなり、もしかしたら自分の正体について勘付かれたかもしれないと考えたルシファーは慌てて本来の姿で会いに行き自らの目的を伝えた上で共闘を持ち掛けたというのが真相だったようだ。

するとそこまで話を聞いた所で急にミウから声を掛けられたので振り返ると、なにやら考え込んでいる様子だったのでどうしたのかと尋ねてみたところ、実は以前聞いた事があるという話を始めたので興味深く耳を傾けているとこんな事を口にした。

「前に本で読んだことがあるのだけど、もしかするとサタンやベルゼブブといった名前を持つ魔神というのは実在するのかもしれないわ。しかもそれだけじゃないわよ。ルシファーという名前だって文献には載っているもの……」

それを聞いた俺は即座に否定しようとしたものの、実際に目の当たりにした二人の能力を思い出してしまうと何も言えなくなってしまい沈黙してしまったところで不意にある事を思いついた。というのも二人が本当に実在したのかどうかはともかく、その事を知っている者が存在しているのではないかと考えたからなのだが、その答えは考えるまでもなく目の前に立っているベルゼブブの口から語られたのである。というのもどうやら俺が転生するよりも前からその存在自体は知られていながらも詳しい情報は何一つ伝わっておらず謎の人物とされていたらしく、もし存在するとすればそれこそ勇者として相応しい相手に違いないという事で一度手合わせ願いたいと考えていた矢先、まさにその当人である俺がやって来たので思わず興奮してしまったそうだ。

その一方、ベルゼブブから話を聞いていたルシファーの方はといえば、こちらに関してはすでにある程度の情報を持ち合わせていた。というのも彼の父親こそがサタンという名の魔王であり過去に一度だけ姿を見たことがあったものの会話はおろか直接会う機会もなかったのだが、今回初めて対面し話をする中で自分が感じていた感覚について説明した事でその正体を突き止める事に成功したらしい。だがそれが分かったところですぐにでも戦えるというわけではないという点については既に理解していたそうで、いずれ時が来たらその時は本気で相手をするつもりだという話を耳にした。

その後、しばらく話し合った後、俺とミウは再び移動を開始した。しかし行き先については一切決まっていない状態で歩いていた事もあり途方に暮れていたものの、そんな中で意外な出会いを果たす事になった。

それは一体どのような出来事だったのかと言うと俺達の前に現れた者達によっていきなり拉致されてしまったというのが事の顛末なのだが、まさかこんな目に遭うとは夢にも思っていなかったのでかなり驚いたものの冷静に考えてみれば別に危害を加えられるわけでもなかったので安心していたりもした。

だがその一方で気になる点もあったのでそれについて尋ねてみると、どうやら彼らは魔神という存在を崇めておりその頂点に立つ存在である俺を誘拐したのは彼らが崇拝している神に会う資格があるからという理由だと答えた後で続けてこのような事も口にした。ちなみに現在いるこの場所については目的地である神殿へと続く道の途中であり本来なら転移魔法を用いて瞬時に移動出来る場所にもかかわらず徒歩を選んでいたのは、単に信仰心が薄れてしまったせいで使う事が出来なくなったのだという。つまりは一種の罰ゲームのようなものであり俺にとっては良い迷惑だったのだが、当の本人達にしてみれば非常に深刻な問題でもあるらしかった。

さて、ここで少し話は変わるがこの世界には古くから語り継がれている話がある事を思い出したいと思う。その内容とは今から数千年程前の時代に突如異世界からやってきた人間がいて、彼は当時まだ誰も成し遂げていなかった偉業を成し遂げたとされているのだが、なぜここまで曖昧な言い方なのかと言えば正確な情報がどこにも残っていないせいだった。そのため彼の存在を知る者は今ではごく一部に限られておりその功績があまりにも大きい事から神格化されて現在では神の使いと呼ばれているのだとか。ただそれも当然の話であり何故なら実際に神がこの世界へやってくる以前から活躍していたのだから……そんな話をしていると突然周囲が光り輝いたのでそちらに目を向けると、そこには明らかに人とは異なる雰囲気を放つ者達の姿があった。その中でも一番存在感を放っていたのが見るからに高貴な身なりをした美しい女性で、彼女が口を開いた瞬間誰もが言葉を失い聞き入っていた。

「……あなたが噂の神ですか?」

そう言って尋ねられたものだからこちらも素直に答える事にしたのだが、それにしても初対面のはずなのにまるで昔から俺の事を知っているかのような口振りが気にかかった。

そこでその点について尋ねてみると驚くべき事実が発覚したのである。何と彼女こそこの大陸の守護神と呼ばれる者で、名をルミナスと言った。

『え?じゃあまさか……?』

彼女の自己紹介を聞いて最初は耳を疑ったものだが、思い返してみれば思い当たる点がいくつもあった事に気付いたので恐る恐る尋ねると笑顔で頷かれてしまい愕然としてしまった。というのも、なんと俺はかつてこの世界に存在していた伝説の勇者その人であったからだ。しかも前世では仲間と一緒に世界征服を企んでいる最中だったというとんでもない話なのである。ただなぜそのような経緯になったのかまでは不明だった上に前世の記憶もあやふやな状態だったのは幸いであったといえるだろう。でなければ今の自分の立場を理解する事なく悪の道を突き進んでいたかもしれなかったからである。

とはいえ実際のところ当時の記憶が全くなかったわけではなく、ところどころではあるが断片的に覚えている事があった為、それを思い出しただけで頭を抱える羽目になってしまった。なにしろその記憶の中には魔王を倒し世界に平和をもたらした後の世界が描かれていたからである。つまりは勇者の役目を終えた後の出来事だったわけだがそこで新たな問題が浮上してきたのである。というのもそれは本来あるべき歴史とは違う内容となっていた事だった。具体的に説明すると、本来は悪魔達との戦争を終結させ再び平和な世界を築き上げたはずなのだが何故か途中で戦争そのものが無くなり平穏な日常が訪れていた。ところがしばらくするとどこからともなく天使が現れ『悪魔が蘇った。このままでは世界は滅ぼされてしまう』という知らせを聞きつけたので急いで対処しようと試みたものの、結局それは失敗に終わっただけでなく逆に悪魔達が反撃に出た事で瞬く間に劣勢へと追い込まれて窮地に陥ってしまう。

それでもどうにか打開策を模索している最中に今度は邪神が現れた事で状況は一変した。というのも彼は最初からこうなる事が分かっていたらしく、あらかじめ用意していたらしい切り札を使って戦況を覆したのである。おかげで無事に勝利をおさめた後で復興作業に勤しんでいたのだが、ある時突如として何者かの襲撃を受けてしまい仲間達と離れ離れになってしまうという事態が発生した。それからというもの様々な出来事に遭遇しながら各地を転々としつつ生き延びてきた結果、最後は力尽きて倒れた先で息絶えてしまったのだという。

これらの話を聞いている内に段々と気分が悪くなってきたので思わず顔をしかめているとベルゼブブと名乗る者が近付いてきたのでどうかしたのかと尋ねてみると意外な返答が戻ってきたのである。実は先程からミウの姿が見当たらず気になっていたのだと話すのでもしやと思って探してみたら本当に姿を消してしまっていたらしい。なのでどこに行ったのかと尋ねようとしたその時、突然大きな地響きがしたので何事かと思っているとベルゼブブから信じられないような話を聞かされる事となった。

「実はここから数百キロ離れた場所にある神殿跡の地下深くには魔界に繋がる門があってね。おそらく今この瞬間に封印を解かれたんじゃないかと思うんだ」

『えっ?!』

俺はそれを聞いて絶句してしまった。なぜなら先ほどから続く胸騒ぎの原因はきっとこれに違いないと確信してしまったからだ。しかもその直後、更なる追い打ちを掛けられるようにしてサタンやルシフェルからも似たような話を聞く事になった上更に最悪な事にルシファーまでもが姿を消したまま戻らないと聞かされたのである。さすがにこの状況だけは想定していなかったので戸惑いを隠せずにいたところ、それまで黙っていたミウが口を開くと急にこんな事を口にした。

「もしかしてルシファーが消えた原因は私達にも関係しているかもしれないわね」

それを聞いた一同は一瞬戸惑ったものの言われてみればその通りかもしれないと思ったところでベルゼブブから質問された。「……ところで一つ尋ねたい事があるんだけどいいかな?」

そう前置きした上で俺に話しかけてきた彼はこう言葉を続けた。

「……さっきミウから聞いたけど君はどうやら人間ではないみたいだね。いや、正確に言えば半分だけ人間だと聞いたけど本当なのかな?」

その問いに頷くと彼はこう尋ねてきた。

「もしよければ教えてもらえないかな?君が一体何者なのかを……」

するとそれに反応するようにサタンやベルゼブブ達が一斉に視線を向けてきた事で思わずたじろいでしまったものの意を決して答えた。

「分かったよ。その代わり俺が話した内容は他の誰にも言わないと約束してくれるかい?」

「もちろん約束するわ!」

「うん、それならいい機会だから話すとしよう。そもそも俺が転生した本当の理由は……」そしていよいよ覚悟を決めるとこれまでの経緯を全て打ち明けたのだがその結果全員が揃って目を丸くしていたのである。

その理由というのが以前マサキ達には話したものの、まだ詳しく説明してなかったのでその説明から始まった事もあってなのだが……まずはどこから話せばいいか迷った末にとりあえず自分が元々どんな人物だったのかについて話をする事にした。というのもいきなり本題に入ると長くなるうえに上手く伝えられないような気がしたからだが、それに加えこれまでに起こった出来事の中で自分の意思とは関係ないものが混ざっていると感じた事からそれらを除外しつつ整理した結果こうなったからである。

つまりは前世の記憶を思い出した時から自分の中ではある程度折り合いがついていたので、その点さえ理解してもらう事ができれば問題はないだろうと判断出来たわけである。しかしだからといって全てを正直に話すわけにもいかず肝心な部分については伏せるつもりでいたので結果的にそうなったという事だった。ただその際に嘘偽りなく語った事によって全員からの信用を得る事が出来たのは言うまでもないだろう。ちなみにその際、俺の正体が神様であると知った途端にサタン達の態度が変化した事は言うまでもなかった。というのも彼らからすれば自分達の信仰する神である以前に自分達よりも遥かに高みにいる存在だという事実は受け入れ難いものがあったようで、それこそまさに神に対する反逆に等しい行為だと感じているようだった。そのため今後は敬意を持って接する事を決意したらしく、その後はこちらが予想していた以上の対応をしてくれたのでこちらとしても助かったというわけだ。

ただし、それでも一つだけ腑に落ちなかった点があったのでその点について尋ねてみると驚くべき回答がなされたのだった。それはどうして俺達だけが召喚の対象となったのかという点についてである。何故なら本来ならば他にも候補となる者はいくらでもいたはずなのに、よりにもよってなぜ俺達だったのかという事だったのだがそれについてはベルフェゴールの一言によって解決された。

どうやら今回の一件に関して事前に知っていた者がいたらしくその人物というのがサタン達の母親であり神界のトップであるルシフだというのだ。つまりは今回の件に関しては最初から全て仕組まれていた可能性が高いというわけだった。というのも今回初めてルシフェルの能力を目の当たりにしたわけだが、まさかこれほどの能力を持っているとは思わなかった。そのため彼女ならもしかしたら未来を見通す事も可能かもしれないと思い至った結果……ようやく全ての点と点が繋がり全てが繋がってきたのである。

そうなると今度は今後どのように行動するべきかを考える必要があったので、早速今後の方針を固める事にした。とは言っても結論は既に出ており後はタイミングを見計らって実行に移すのみである。その方法については既に決めてあったのだが肝心の場所についてまだ何も決めていなかった事に気付いた俺はひとまず話し合いをする事にした。ただここで重要なのは誰をリーダーに据えるかという問題だったが、これについてはあまり深く考えずにサタンとルミナスに任せる事に決めたのである。というのも二人は神としての格が桁違いであったうえ、それぞれが治める地域が隣接していた事もあり相談事をするのに丁度良い相手だったからだ。実際二人の仲も良かった事から問題はなかったわけだが何よりも二人が率先して協力する事で一致した事が一番の理由でもあったのだ。

その後サタン達の指示に従って準備に取り掛かるとあっという間に一週間が経過したところで遂に行動を起こす時がやってきたので各自それぞれ配置につくよう指示を出した。というのもこの一週間の間は情報収集を主な目的として動いてもらったわけだが、結果としてかなり有益な情報を入手する事に成功した。

まず始めに判明したのが魔界の門と呼ばれるものが存在していた遺跡で過去に何が起きたのかについての情報で、それによるとかつてこの世界に悪魔達を率いる王が降臨したのだという。そしてそれはかつての神々が戦いを繰り広げた結果封印する事に成功したのだが、長い年月を経てその効力が失われつつあるという話だった。しかもその原因についても判明しており魔王を名乗る者達による悪しき思想のせいではないかと考えているようだ。ただその一方で未だに信じられないといった様子であったがこれは実際にその場に居合わせたルシファーの話なので疑う余地はなく、むしろその話によって信憑性が増したようだった。というのも彼らが遭遇した時には既に何者かによって倒された後ではあったもののその亡骸からは想像を絶する力を感じたらしく、少なくとも普通の者が敵うような存在ではなかったそうだ。さらに付け加えて言えばルシファーはその相手が勇者であった可能性が高いと見ているようだが、今となっては真相は不明だという事でこれ以上考えても仕方ないだろうという意見でまとまったのである。その為、引き続き魔界の調査を続けながら新たな情報が入れば逐一報告してくれる事になったのでこれで話は終了した。続いてはこれからどうするかであるが、こちらもすでに決まっており魔界へと通じる門があると言われている場所に行く事となった。その場所とは魔界と人間界を繋ぐ境界線上にある門なのだが、現在はとある理由から固く閉じられている状態にあるとの事なので現状では誰も近づけないようにしているらしい。しかもそこには門番がいて常に見張っているそうなので正面から行って突破するのは容易ではないだろうとの事だ。

というわけで現在俺達がいる場所はといえば、ちょうど門を真下から見上げる事が出来る崖の上にあり、そこでルシファーが用意してくれた双眼鏡を覗き込んでいたところサタンに呼ばれたので彼女の元へと向かう事にした。なお、どうしてこの場所なのかというと単純に一番見晴らしが良いからだと思われるがそれ以外にもいくつか理由がありそうな雰囲気だったので黙って指示に従う事にした。そしてそんな俺に対して彼女はこう告げてきた。「今から私が門の前まで行って様子を確認をしてくるから少し待っててちょうだい」

こう言ってきたかと思うと突然姿を消すと次の瞬間には再び目の前に現れたのだ。それを見て驚きを隠せずにいた俺に対し苦笑いを浮かべながらこう言った。「実はあの場所って普段だったら見張りがいなくなっていて簡単に出入りできるんだけど、今はなぜか門番が配置されていて近付けないのよ」

その言葉を受けて俺は思わず首を傾げたもののルシファーが言うには本来見張りをしているはずの魔物達までもがいないというのだから余計に訳が分からなくなってしまった。しかしそんな事を言われたところで俺にはどうする事も出来なかったので素直に任せる事にしたのだがその直後、彼女が発した言葉で再び驚かされる事となってしまった。なんと見張りをしていたのは門番ではなく巨大な化け物だったというのだ。それも一体だけでなく数体が周囲を警戒しながら立っている姿がはっきりと視認出来るほど近くに見えたらしい。それを聞いた瞬間に背筋がゾクッとした感覚に襲われつつも冷静に考えてみて一つ気になる事が出来たので尋ねてみる事にした。

というのも相手は仮にも神の遣いである天使達が束になっても敵わないほどの力を持つ存在だという事で、ましてやいくら魔族や魔物達といえども容易に倒せるとは到底思えなかったからである。ところが俺の考えとは裏腹に、その答えをサタンから聞かされる事となった。なんでも今の彼らは理性を失っているため例え手練れの兵士であっても倒す事は不可能であり、更に言うならば彼等は魔法さえも通用しないので武器や飛び道具などを用いて倒すしか方法がないという。それを聞いて思わず耳を疑ったのだが、それに反して当の本人であるサタンは自信に満ちた表情でこう答えた。「大丈夫、心配しなくても私にいい考えがあるから安心して任せてほしい」

と、そう言った後に続けてこう告げた。「とにかく、これからすぐに準備に取り掛かるわね」そう言うとその場から姿を消してしまった。それからしばらくすると上空の方から声が聞こえてきた。「……マサキ、そろそろ出番よ!」どうやら先程の声の主がサタンである事は分かっていたのだが……なぜ上から声が聞こえるのか不思議に思っていた矢先、突如として目の前に魔法陣が現れたのだ。そしてその中心に見覚えのある顔があった事からそれが誰なのかという事はすぐに分かった。

するとここでルシファーが俺に声をかけてきた。それは先程と同様に上を向いてほしいというものだったので言われるがままに視線を向けるとそこにいたのは予想通りの人物だった。というのもその者こそが現在の状況を打開するために欠かせない存在だったからである。そう、それはミウだったのだ。どうやらサタン達は事前に作戦を練っていたらしく俺がミウを呼び出すタイミングを見計らっていたらしかったのである。ちなみにどうやって呼び寄せるのかについては聞いていなかったのだが、おそらくテレパシー的な何かを利用すれば簡単なのではないかと推測してみた。

何故なら、以前リセスさんの件の際にルシフェルを呼び出せたのは偶然ではない可能性が高く、今回もまた同様に事前に何らかの手段を使って呼び寄せたのだろうと考えていたのだが、実際のところその予想は見事に的中していたようだ。というのも彼女達は召喚術によってこの場に呼び出したと言っていたからである。ただし、その際にわざわざこんな回りくどい方法を取った理由について聞いてみたのだがその理由は至ってシンプルなもので、下手に大人数で押しかけると警戒されて門前払いを受ける可能性があるという理由から少人数かつ隠密行動を徹底するようにしていただけだったのである。だからこそ最初に姿を見せた時にも姿を隠していたし、その後の連絡でも声だけしか伝えていないというわけだったのである。

そんな経緯もあり無事に合流すると早速行動を開始する事にした。ちなみにこの時、ルミナスは別働隊として行動してもらう事になっていた。なぜなら彼女の得意とする能力は瞬間移動のようなものだからであり、その能力を活かすには最適な場所といえる場所を選んだのである。具体的には人間界と魔界の間にある境界線上に存在し、どちらの世界からも見えるであろう場所だ。つまり、もし仮に誰かが魔界から侵攻してきた場合真っ先に迎撃出来るようにとの配慮による配置だったのだ。

こうして準備が整った俺達は揃って門の方へと向かい始めたのだが、ここでサタンがこんな事を言い出した。「そういえば、さっきから気になってたんだけど何で二人は手を繋いでるの?」

確かに言われてみればそうなのかもしれない。何しろここまで来る時もずっと俺とミウは手を繋いだままだったからだ。とはいえ、これに関しては俺にもよく分からないというか原因がよく分かっていないというのが本当のところだったのでどう答えようか考えていたのだが先に口を開いたのはミウの方だった。

その答えはというとどうやら彼女は夢魔の一種であるインキュバスの力を受け継いでいるようでその力が無意識に発動しているのかもしれないという事であった。というのも、そもそも夢の中というのは現実とは違う世界で自分自身が望んでいる理想の世界へと変貌するという特徴があるのだが、その中でもサキュバスの力を得た者は男性を誘惑する能力が大幅に向上し様々なテクニックを使う事が出来るのだという。だがその反面、自分が望まない相手に対しては強い嫌悪感を抱くようになってしまうのだそうだ。しかも厄介な事にその力は非常に強力らしく下手をすると暴走状態に陥る危険性さえあった為注意が必要だと語った上で、今回は特別に自分の力で抑制してあげると言った上で繋いでいた手を離すなり抱き着いてきたのである。

するとその瞬間、俺の全身に鳥肌が立ちとてつもない悪寒に襲われたかと思うとそのまま気を失ってしまったのだが、その様子を見ていたルシファーは慌てた様子でこちらに駆け寄ってくると必死に声を掛けながら回復魔法をかけ始めてくれた。おかげで意識を取り戻すまでにそれほど時間はかからなかったもののミウの能力による影響はかなり大きく、まだしばらくは身動きが取れそうにない状況が続いていた。そんな中、ある変化に気付いたのはやはりサタンで彼女が口にした言葉はというと……「あれ、もしかしてあなた……女の子じゃない?」その言葉に驚いた俺は反射的にミウの方へ視線を向けたのだがそこには見慣れた姿はなかったのである。

するとルシファーの口からとんでもない言葉が飛び出してきた。「まさかとは思うけど、この子男の子じゃないの?」

その一言に再び言葉を失ってしまった俺であったが直後にルシファーから発せられた言葉に耳を疑う事となる。「だってこの子、女の子みたいな顔立ちしてるもの……」

そう言われたものの俺自身ではよく分からなかったものの、どうやら二人にとっては一目瞭然だったらしい。というのも外見はもちろんのこと仕草や口調などからしても明らかに女にしか見えなかったというのだ。そこでようやく合点がいったのだが、恐らくは魔界と人間界を繋ぐ門を通った際に何かの影響を受けたのではないかという結論に至ったわけなのだが問題はこの先だ。このまま何事もなく済むとは思えず今後の展開によっては最悪の事態を招きかねないからだ。なのでここはあえて覚悟を決めた上で先を急ぐ事にしようと決め込むことにしたのだ。そうして俺は二人に支えられる形で歩き出したところで再び意識が薄れていく感覚に見舞われると同時に今度は完全に気を失ってしまったのだった。それからしばらくして目を覚ますと目の前にいたのはルシファーであったもののその表情は明らかにいつもと違っていたので嫌な予感がしつつも尋ねてみたところ意外な答えが返ってきた。というのも、どうやらあの門を越えた直後から俺の中にある何かが徐々に失われている事が分かってきたのだそうだ。ただこれはあくまで憶測でしかないのでハッキリした事は分からないらしいのだが、それでも一つだけ言える事があるとしたらそれは非常に良くない兆候であることは間違いないと断言出来たのである。何故なら本来、俺達人間は魔力と呼ばれるものを持ってはいないはずなのだが実はそうではないという事実に改めて気付かされる事になったからだ。つまり今まで当たり前のように使っていた能力が今では使えなくなっているというわけだ。その為、仮にここから人間界に戻ったとしてももう今までのように生きていくことは出来なくなってしまったのだと痛感せざるを得なくなったのである。しかも最悪な事にこの事実に気付いてしまった事で新たな不安要素も発生してしまう事になる。その事についてはルシファーから聞かされる事となったが、その内容とはまさに俺が今一番恐れていた内容である神器の喪失だった。

本来であれば所持する事で力を得られるはずだった神器が突然消失してしまった事で本来の力を発揮できなくなったばかりか、今後どのような症状が出てくるのかも未知数という恐ろしい状況に陥っていた事を聞かされた時は絶望感しかなかった。何せこれまではどんな敵であろうとも問題なく戦えていただけに、今回起きた出来事に対して何も出来ないという状況になってしまったのだから無理もなかったのである。しかしそれでも落ち込んでばかりもいられないので気を取り直して行動を開始したのだがその直後に予期せぬトラブルが発生する事となった。なんと、目の前に現れた魔物達がこちらに向かって襲い掛かってきたのである。

しかも運の悪い事にどうやら先程から感じ続けていた寒気の原因がコイツ等の仕業だったのだという事が発覚したわけだが今となっては後の祭りでありもはや逃げることもままならない状態だった。何故なら四方を魔物達に囲まれてしまい逃げ道を完全に塞がれてしまったうえに退路を断たれてしまっていたからである。こうなってしまってはもはやお手上げとしか言いようがなく、後は天に祈るしかないといった心境の中、俺達はその場でジッと待機していたのだが次の瞬間に聞こえてきた声で一気に気が緩んでしまう事となってしまった。「あら~ん?随分と可愛い子がいるじゃなぁい!お姉さんといい事しない??」そう告げた直後、いきなり抱きついてきたのは何とベルフェゴールだった。これには流石のサタンも困惑気味になりつつもとりあえず離れるように伝えたのだが当の本人は離れるどころかむしろ身体を押しつけるようにしてくっつき始める始末で、これにはさすがのルシファーもかなり怒りを覚え始めたのか彼女に向かって攻撃を仕掛けようとした時、背後から別の声が聞こえてきた。「おいっ、何やってるんだよ!?」その声に反応した俺達は思わず振り返ったのだがそこにいたのは意外にもリセスさんだった事から驚きを隠せずにいた。そんな俺達とは対照的に特に驚いた様子を見せていないのがルシファーだったわけだがその理由についてはこの後明らかとなった。というのも、彼女は既にこの場所に来ていたようなのだが到着するのがかなり遅れてしまい慌てて来たところちょうど俺達を見つけたらしく声をかけようとした矢先、ベルフェゴールに襲われかけている姿を見て助けに入ろうとしたのだという説明を受けようやく納得した様子だった。だが、その一方で肝心のリセスさんはというとなぜか少し不機嫌になっており何やら考え込んでいるように見えていたが、しばらくするとおもむろにこんな事を口にした。「ねえサタン、さっき言ってた面白い話って一体何なの?」そんな事を言われてキョトンとしているサタンだったのだが、その言葉の意味を理解した途端に慌てふためきながら必死に弁解しようとしていた。

ところがそんな彼女の様子を見たルシファーは笑いながら言った。「あっ、もしかしてアレの事かな?ほら、ミウ君の能力を使ったやつだよ」それを聞いた彼女は即座に思い出したようで「あ~!あの時の話かぁ~」と口にしていたのを聞いていた俺は、やはり先程の反応はただの気のせいではなかったのだと認識した。というのも、その時の状況をよく知っていたからこそあんな態度をとってしまったのだろうと考えていたからである。

こうして無事合流した俺達はその後すぐに魔界から出るべく動き始めたわけだが、その道中ではベルフェゴールが再び襲ってきたり、はたまたルシフェルやリセスさんが一緒に付いてきて欲しいと言って同行してきたりと予想外の展開が立て続けに起こり結果的に全員が同じ目的地へ向かう事になった。ちなみにその目的地というのは……。

「ちょっといいかしら?」

そんな声が聞こえたのは移動を開始してから間もなくしてすぐの事だった。もちろんそれはルシフェルから発された声なのだが、彼女はルシファーの方に視線を向けると軽く手招きしながら呼び寄せようとしていたので一体何事かと思いながら近寄っていくなりこう言ったのだ。「私さ、考えたんだけどミウ君ならもしかしたら私達と同じような力を使いこなせるんじゃないかと思って……」彼女の言いたい事はすぐに理解できた。というのも、実は俺も薄々そうではないかと感じていたからである。ただそれをハッキリさせる為には実際に使ってみる他ないので早速試そうとした時だった。「……待って、まずは私が試してみるわ!」そう言ってルシファーは俺から手を放すなり自らの能力を使ってみた。

その結果、俺の予想は見事的中する結果となったわけだがそれと同時に新たな問題が浮上してくることになったのである。それはというと、なぜかは分からないがルシファーの能力である精神転移によって移動することが出来ないばかりか逆に引き戻されてしまったのだ。つまりこの時点で考えられる可能性は二つあった。一つは、単純に距離が足りなくて発動しなかったかもしくはもう一つは何らかの理由で俺自身が拒絶したのではないかという可能性である。しかしそれを確かめるには実際にその場所へ行ってみるしか方法はないのだが問題はどうやってそこまで向かうかという話になるわけだが……「それなら私にお任せください!!」そう言って声を掛けてきたのはなんとベルフェゴールだった。

彼女はそう言うと俺達全員を自分の元へ集め出したかと思うと「いきますよぉ~、せぇ~のっ!!」という掛け声と共に何かを呟いた途端、目の前から姿を消したのだ。これには誰もが驚いていたのだが唯一驚いていない人物がいた。その人物とは言わずもがなルシファーなのだが何故か落ち着いた表情を見せていたので疑問に思った俺が問いかけてみるとこんな返事が返ってきた。「あれ、言ってなかったっけ?あの子、瞬間移動が出来るのよ?」その事を知った俺は驚きのあまり声が出なくなってしまったのだがどうやらそれだけではなく、他にもいくつか特殊能力を持っているらしくそれらを全て使いこなす事で今まで数々の任務をこなしてきたのだという。

ただし残念な事に本人は戦闘要員ではない事から戦う事ができないだけでなく他の者に比べて戦闘力も劣っている為、普段はもっぱらサポート役として動いているそうだ。とはいえ戦闘能力がない訳ではないので今回のように緊急時に召集される事があるそうなのだがその際は主に潜入作戦などに重宝されており、これまでにも数多くの活躍を果たしてきたのだと聞かされていた。するとここでルシファーは不意にある事を言い出した。それは以前起きた異変の際に何者かに操られた経験がある事を告げるものだった。しかもその時、記憶を失っていたらしく自分が何をしていたのかさえ分からない状態でいたのだというのだがそれが今回の件にも関係していると踏んで間違いないようだ。ただこれに関しては本人に確認したわけではないのであくまでも憶測に過ぎないのだが、現状から判断すると他に理由が思い浮かばない以上この可能性が最も高いと言えるだろうという事らしい。

その為、今後は注意する必要があるとしてひとまずこの件については後回しにする事にした俺達だったのだが一つだけ気がかりな点があった。それはあの門を抜けてからずっと続いている悪寒である。これについてはおそらく俺がまだ完全に回復しきれていないせいだと結論付けたわけだが、それでも違和感だけは拭いきれないでいた。しかしいくら考えても理由はさっぱり分からず、だからといって誰かに聞くわけにもいかなかったのでそのまま黙って歩き続けた。

やがて辺り一帯に霧が立ち込め始めたのだが、そんな中でもお構いなしといった様子のベルフェゴールは相変わらず俺に抱き着こうと近付いてくるもんだから困ってしまう一方だったのだがそこに救いの手が差し伸べられる事となった。「こらぁ~っ!!ミウ君から離れてちょうだいっ!!!」突然聞こえてきた声の主に視線を向けたベルフェゴールだったが、その姿を見るなり驚いた様子を見せると同時にすぐさま飛び退いてしまった。どうやら相当苦手な相手なのかその表情からは余裕というものが消え失せており、その様子を見てルシファーが笑い声を上げながら話し掛けていた。「あはははっ、相変わらず貴女達は本当に面白いわね~」そんな彼女の言葉に反応したルシファーが言った。「そんな事言ってる暇があるなら助けてくれても良かったんじゃない?」それに対してルシファーは「あらやだ、だってその方が面白いと思ったんだもの」そう答えた彼女に対して呆れてしまうルシファーだったのだが、ふと視線をずらすとそこには先程までの笑顔とは違う表情を浮かべてこちらを見ているリセスさんの姿があった。「あちゃー、やっぱりバレてたか……」彼女がそう言った次の瞬間、リセスさんの姿が視界から消えたと思ったら既に背後に回り込まれており首元に短剣を突き付けられた。

しかも驚く事に彼女はそこから一切動こうとせず無言のままこちらを睨みつけていたのだが、どうやらリセスさんはルシファーが何をしたのか気付いている様子だった。というのも、彼女曰く先程のような言動をしている時に限って必ずといっていい程こういった行為を行っている事が分かっているからである。だからこそ下手に抵抗しない方が身の為だと判断し、仕方なく降伏する事で事なきを得たのだがこの時、俺の中にあるとある記憶が蘇った。そう、それはまさにあの時の状況と酷似していたからだ。

ただそうなるとどうして彼女達が同じ場所に居るのだろうか?という事が気になってしまうのだがそれについては誰も教えてくれそうにない雰囲気だったので仕方なく諦めることにしたのだった。だがその最中、気になる会話が耳に入ってきた。「……ねえマオ君、一つ聞きたいんだけど」そう問い掛けてきたのはルシファーだった。俺はその問いに対する答えを持ち合わせていなかったものの一応耳を傾けていると、彼女はこんな言葉を口にした。「あの時、私がどんな目に遭ったのか覚えている?」その発言を聞いた俺は思わず反応してしまいそうになった。というのも、その言葉があまりにも今の状況と酷似していたからである。

だがそれを悟られないよう冷静に対処したつもりだったがどうしても不自然になってしまったのかベルフェゴールが声をかけてきた。「ミウ君、大丈夫?何か顔色悪いみたいだけど」彼女はそう言いながら俺の頬に手を当てると優しく撫でてくれたのだが、それが逆効果となってしまい思わず反応してしまった。その反応を見たベルフェゴールはすぐにリセスさんに報告するなり、再びこちらに視線を向けると心配そうな顔で「無理しなくていいんだよ?」と言ってきた。

ところがそんなやり取りを見ていたルシファーはまたしてもリセスさんをからかうような発言をすると案の定、怒ったリセスさんが襲いかかってきて一触即発の事態にまで発展してしまったのだがそこへ割って入ってきた者がいた。それはルシフェルだった。彼女はリセスさんの肩を叩きつつ耳元で何かを呟くと、途端に怒りを鎮め大人しくなったかと思えばすぐに俺の傍まで駆け寄ってきた。その様子を見たルシファーが「へぇ~、やるじゃない。さすが私の妹ね」と口にしていたが一体どういう意味なのか尋ねてみると、どうやら二人は姉妹関係にあるらしい事が分かった。

確かによくよく見てみると顔のパーツや髪型が似ているような気がするのだが、だからと言って二人が同一人物だとは思わない。というのも以前に見たリセスさんと今の姿のギャップが激しく、とてもではないが同一人物であるとは思えなかったからだ。それに何よりも俺にはあの二人を見分けることができるという絶対の自信があったのだ。ただ、それもこれも二人と付き合い始めてからの話であってそれまではまったく見分けがつかなかったのだが……まあそれは置いといて。

それからというもの俺はルシフェルと共にベルフェゴールが持っていた手荷物を持つ事になった。と言っても、その大半が食料だった為か彼女の負担はかなりのものだった。というのも、それを見かねたリセスさんが「それなら私が持ちます」と言って半分請け負ってくれたのだがその行動を目にしたルシファーとルシファーはお互いの顔を見てこう口にした。「あら珍しい、貴女にしては随分と優しいじゃない?」「……そうですか?」その言葉に首を傾げる仕草を見せるも表情は変わらないままのリセスさんだったが、内心何を考えているのか全く分からなかった事もあり少し警戒しながら見ていた。

その後、何事もなく歩き続けていた俺達だったのだがベルフェゴールがある物を発見した事で一時騒然となる。彼女が言うには、この先に町らしきものが見えるらしくそこまで行ってみようという話になったのだ。当然反対する者はいなかったのでさっそく行ってみる事にしたのだが、そこで俺は妙な違和感を感じてしまった。その正体についてはよく分からないが、とりあえず今は先を急ぐことにした。

そしてしばらく歩いているうちに徐々にその姿がはっきりと見えるようになってくると、そこにあったものは紛れもなく町であり住人と思われる者達も確認できた。ただし様子がおかしい事に気付くと同時に何者かの視線を感じた事で咄嗟に振り向いた瞬間、信じられない光景を目の当たりにしてしまう事となる。なぜならそこにいたはずの仲間達の姿が跡形もなく消えていたからだった。しかもそればかりか周囲にある建物等さえも忽然と姿を消している為、俺達はまるで世界そのものから孤立したかのように思えてならなかった。

しかし、そんな事を考えた所で何かが変わる訳でもなかったのだがこの時の俺は動揺していたせいで冷静さを失っており気付いた時には走り出していた。だがどれだけ走り続けたところで風景は全く変わる事なくただ無作為に時だけが過ぎていくだけだったので一旦足を止めようとした矢先、ふいに聞こえてきた声により歩みを止めざるを得なくなってしまった。何故ならその声は、忘れもしない人物のものだったからだ。「もう~、何やってるんですかぁ~?勝手に走り出したりしちゃダメですよぉ~」相変わらず間延びした口調で話しかけてきた声の主はベルフェゴールであった。

何故彼女一人だけが取り残されているのか疑問に思う所ではあるが、それ以前に他の仲間の行方を知る必要があると考えた為、真っ先に彼女に尋ねようとしたのだがその時になって初めて異変に気付く事となる。それはベルフェゴール以外のメンバー達全員がいなくなっていたのだ。しかもそれだけではなく、先程ベルフェゴールが手にしていたであろう荷物を代わりに手にしている者までいたのだ。その相手というのはなんとルシファーだったのだがこれには俺もさすがに驚いた。まさかこんな事になるなんて夢にも思わなかったからだ。とはいえいつまでも驚いてばかりもいられないと思った俺は一度落ち着く事にしたのだが、ここである違和感に気付いた。というのも本来そこにいるべき者が一人欠けているような気がしてならないのである。そう思った途端、今度は別の意味で嫌な予感しかしない俺だったのだがそこへ追い打ちをかけるようにベルフェゴールが言った。「それにしても、どうして皆して居なくなったんでしょうね~?」相変わらず緊張感のない声で話しかけてくる彼女に若干イラッとしながらも、ここで感情的になっても仕方ないと思ったので冷静になる事にし、ひとまず状況を整理する事にした。

今ここにいるのは俺、ルシファー、ベルフェゴール、そしてリセスさんの四人のみとなっている。その為、本来ならこの場にいないはずのミウこと俺がいる事から察するにおそらく転移させられた際に何らかの要因で分離させられてしまい、それぞれ違う場所へ飛ばされた可能性が高い。またこれとは別にサタン達が一緒にいなかった理由も考えなくてはならないがこれについても今のところは判断できる要素がない為、置いておく事にした。

さて問題はこれからどうするべきかという事なのだが実は既に決めてある。というより元々考えていた作戦通りに実行しようと考えていたのだが、肝心の仲間達の姿が見当たらない以上、下手に動く事は危険だと判断した俺はここは一旦引き返す事にした。幸いにして目的地まではあと僅かではあったがここまで歩いて来た距離を考えればさほど遠いとも思えないし何よりこれ以上長居するのは得策ではないと思ったからである。だが、そんな時、俺の耳に聞こえて来たのは先程と同じ声だった。「あちゃー、やっぱりバレちゃったかー」そう口にしたのは他でもない、俺を追いかけていた張本人であるルシフェルだったのである。どうやら最初から仕組まれていたのだと知った瞬間、自分の愚かさを痛感する事となったのだったがそれでも何とかしなければと考えていたところでルシファーに声を掛けられた。

「ミウ君大丈夫?なんだか顔色悪いよ?」そう言われてようやく自分が震えている事に気付いた俺はすぐさま深呼吸をして落ち着きを取り戻すなりこう口にする。「……ごめん大丈夫だ、心配かけてすまない」そう言うと、そのまま再び歩き出したものの依然として気分が悪く吐き気までしてくる始末だったので仕方なく近くの建物の陰で休む事にしたのだった。ところがそこへ近付いてきた者がいたかと思うと突然声をかけられた事でそちらに視線を向けるとそこに居たのはリセスさんだったのだがその姿を見て驚きを隠せないでいた。というのも、彼女が普段着用している服装とは違い何故か水着姿になっていたからである。そんな姿を見た俺はすぐに目を逸らすと共に心の中で思った。『これはまずい……』そう感じた理由は単純明快であり、その理由とは単純に彼女の胸が大きかったからだ。

そもそも何故彼女がこのような格好をしていたのかについては後で尋ねる事にするとして、それよりも問題なのはこの場所にあったものが突如として消えてなくなっている事である。だがよく見てみると、その場所だけではなく周りの景色も同じように変わっており間違いなく別空間へ飛ばされたのだろうと推測する事ができた。それからしばらくして落ち着いた頃合いを見計らって立ち上がった後、改めて周囲の様子を見回してみた結果、やはりと言うべきか誰一人として姿が見当たらなかっただけでなく先程まであった街並みすら消えてしまっていた。ただその代わり、周囲には広大な自然が広がるようになっていたが果たしてそれが良い方向へ転ぶのかはたまた悪い方向へ向かうのか分からないまま立ち尽くしていると、そこへベルフェゴールが声をかけてきた。

その口ぶりからしてどうやら俺達を探していたような口振りだったのだが理由を問う前に彼女はこう答えた。「皆さん心配していましたから早く戻ってあげて下さい」とだけ言ったのだが、それを聞いた俺はてっきり自分達を探しに来てくれたものだと思っていたのだがその直後に告げられた内容を耳にした事で彼女の意図が全く分からない状態へと陥ってしまった。なぜならその内容というのが……。

「……私ね?そろそろこの世界を壊そうかと思っているんだ。それでまずは邪魔になりそうな貴女達を消そうとしたんだけど……」そう言った直後に見せた彼女の笑顔はこれまでに見たどの笑顔よりも狂気に満ちたもので、思わず身震いしてしまった。というのも、そんな彼女が口にした言葉には到底理解できない内容が混じっていたせいもあって理解に苦しんだ為である。その為、一体どういう意味なのかと問い質したところ彼女は平然とした顔で答える。「そのままの意味だよ?」その発言を聞いた直後、俺の意識は遠のいてしまった。

「……っ!?」次に目が覚めた時には、どこか知らない場所だった事もあり最初は夢でも見ているのではないかと思っていたのだが、それにしてはリアルすぎるというか現実味があり過ぎる為にもしや本当に夢を見ているのではないだろうかと思ってしまった程だった。すると不意に後ろから肩を叩かれる感触を得た事で振り向くとそこにいたのはベルフェゴールだった。

ただその様子が少しおかしいように思えたので声をかけてみたのだが返事がなくそれどころか目の前にいるというのに何も答えてくれないという不可解な行動をされた為、困惑していたのだがその直後、突然背後から気配を感じたと思ったら誰かが俺を呼ぶ声がしたのだ。その声はどこかで聞き覚えがあるような気がしたものの咄嗟に振り返る事なくその場から離れようとしたが、それよりも早く誰かに抱きつかれてしまい身動きが取れなくなってしまった。だがそれでもどうにか逃れようとしたところ再び声が聞こえてきたのだがそこで俺はようやく声の主が自分の知っている人物である事を認識するに至った。というのもそれは聞き覚えのある声ではあるものの明らかに本人とは異なる喋り方だったからであり、しかもその声には明らかに怒りが含まれている事に気付くと同時にこの声の持ち主の正体について何となく分かった気がしたからであった。

その後しばらく沈黙が続いたがそれを破るように再び声が聞こえた。「ねぇ、どうして私の前からいなくなるのよ!お願いだから私を一人にしないで!」その言葉が聞こえた途端、俺は即座に振り向き声の主の顔を確認するとそこには涙を流している彼女の姿があった。その顔を見てしまうとどうしても放っておけなかった事もあり、自然と手を伸ばして彼女の頭を優しく撫でるようにしていた。「すまないな、もうお前を泣かせるような事は二度としないよ」そう言うと今度は正面から抱き締めてきたかと思えばそのまま静かに泣いていた。そんな彼女に対し、俺は何も言わずに頭を撫で続けたのだった。それからどれくらい経っただろうか?さすがにいつまでもこうしていられないと思い始めた頃になって急に恥ずかしくなったのか俺から慌てて離れると顔を赤くしたままその場に座り込んでしまう。なので今度はこちらから声をかけようとしたらそれを遮るかのように先に口を開いた。「……ごめんなさいね、いきなり取り乱したりして……自分でも驚いているわ。だってあんな子供みたいに泣くなんて今までなかったから……」そう言って小さく微笑む彼女を目にして安心したせいか、思わず笑みがこぼれるとそれを見た彼女も釣られて笑い出したので俺達はしばらくの間、お互いの顔を見合って笑っていた。

それからというものすっかり調子を取り戻した彼女と話をする事になった訳なのだが、その中で彼女が話してくれた事によってこの世界の真実を知る事となった。実はこの世界には今現在いる人間の他にもう一人別の存在がいてその人物は悪魔なのだという事なのだが詳しい話は省くが、つまるところサタン達はそやつと戦って敗れてしまい命を落としてしまったらしい。しかしそうなるとサタン達も元々はこの世界の住人だったという事にもなるのでどうして彼らがここに飛ばされたかについてはなんとなく理解できた。

というのもサタン達の場合は元々天使であった事が判明しているのでその魂を浄化させる目的であの空間に飛ばされてそのまま転生したものと思われる。一方で俺とミウの場合、この世界でいう所の人間と魔物の混血種みたいなものだからどちらとも取れる存在である事からどちらの世界からも存在を消す事により抹消させたかったのではないかという事だ。ところが、その目論見は上手くいかず結果として中途半端な形で残されてしまう結果となってしまったのだという。ただし、一つだけ気になる点があったのも確かで何故そんな真似をしたのかと言えば、おそらくだが俺をこちら側へ戻す際に力の大半を使い切ってしまったせいで本来の目的を果たす事が出来なくなりそうになってしまったのが原因ではないかと推察される。つまり仮にこのまま放置していればいずれ消滅する運命に立たされていたであろうから一か八かの賭けに出たのかもしれない。

そう考えると、ある意味納得出来る部分がなくもないのだが、もしもそれが失敗に終わってしまった場合、どうなってしまうのかと考えただけでも恐ろしいものである。とはいえ、今となってはもはやどうでもいい事なのでとりあえず忘れようと思うのだがここで問題になるのがルシフェル達の存在だ。というのも彼女等は間違いなく自分達の母親であるルシファーと何らかの関わりがあると推測され、もしかすると俺達が探している人物がその母親なのかもしれないと予測したのだがどうやらそれは外れていたようで、実際に現れたのはもう一人の姉であるレヴィアタンだったのだが、なぜ今になって姿を見せたのかは疑問に思うものの、今は深く考えないようにした。なぜならその理由についてはある程度予想できるからだ。おそらく、彼女は俺の事を……。

そう思った直後、俺を呼ぶ声が聞こえてきた事でふと我に返った俺は辺りを見渡してみたところ既に周囲は真っ暗になっていたらしく、そこで改めて現在の時刻を確認する為に腕時計を見たのだが時間を見て驚いた。というのも日付が変わっており深夜0時を過ぎていたのだ。おまけに空を見れば星が輝いているのが分かるのだがなぜか妙な違和感を覚えてしまうのも無理もない話である。何しろ、俺が知っている星空はこんなに綺麗に輝いてはいないし月の見え方も少し変だったからだ。ところがそんな俺に声をかけてきた者がいた。

それはミウであり、彼女は心配そうにしながら声をかけてきたのだが、それに対して大丈夫だと伝えると彼女は安堵の表情を浮かべた後、何かを思い出したかのようにこう言ってきた。「そうだ思い出したんだけど今日は満月なんだよ」その言葉に俺は驚くと同時に空を見上げてみると確かに雲ひとつない綺麗な夜空には煌々と輝く満月があり、そしてそれが照らすようにして無数の星々が輝きを放っていた。それを見て改めて思ったのは、こんなにも綺麗だったのか……という率直な感想である。もちろん、以前住んでいた場所でも同じ景色を見る事は出来たものの今のように鮮明には見えなかった。だからこそ尚更そう感じてしまうのだが、同時にここが本来住んでいるべき場所ではない事も思い知らされる事となり、何とも言えない気持ちになってしまうのだが、その時、俺の服の裾を掴む感触がしたので視線を向けたところ、そこにはミウの姿があった。

そんな彼女の表情を見るととても悲しげで今にも泣きそうな表情をしておりどうしたのかと声をかけたところ返ってきた言葉がこれだ。「私ね?さっき見ちゃったんだよ……」そう言われて一体何を見たのだろうかと首を傾げた。するとそこへリンカさんが割って入ってきた事で何を言っていたのか分かった俺はすぐに彼女に謝罪の言葉を口にした。というのも、先程ここへ来た時に見つけた死体の事を思い出したからである。

あれは決して忘れていた訳ではなく単に言うタイミングを逃しただけであってわざと黙っていた訳ではないのだが、どうやら彼女は俺が気に病んでしまっていると勘違いしてしまったらしく自分のせいだと言わんばかりに謝ってきたのだがそれをすぐさま否定すると逆に謝り返した。というのも彼女は俺の身を案じてくれての行動だというのは分かっていたからこそ素直に受け取るべきだったのだろうが、それよりも大事な事があると思ったからだ。というのも彼女に対してまだちゃんとお礼を言っていなかった事に気が付いたのである。

それからしばらくして、落ち着いたところで俺はミウの手を引きながらベルフェゴールと共に家へと帰る事にした。というのも彼女が送っていくと言い出したので言葉に甘える事にしたのだ。ただその間、ずっと手を繋いでいたので時折、彼女の方を見ていたら恥ずかしそうに俯いてしまいそれを目撃した他の皆が冷やかしを入れてくるといったやりとりをしつつ無事に到着すると彼女を見送る為に残っていたリンカさんと別れを済ませると家の中へ入って行った。その際、ベルゼブブの姿が見えなかった事を不思議に思ったのだがあえて触れずそのまま寝室へ向かうと布団の上に座った後で一息ついたところで不意に眠気に襲われたかと思うと意識を失いそうになる直前に誰かが俺を呼んでいるような声が聞こえてきた。

「……きて、ねぇ起きてってば」その言葉が聞こえた途端、急激に意識が覚醒するのを感じた俺はゆっくりと目を開けて視界に映る光景を確認してみた。するとそこには見覚えのある少女の姿があった。だがその姿を確認した瞬間、俺は驚愕する事になる。というのも、その少女がルシフェルだと理解した途端に思わず飛び起きたせいで大きな物音をたててしまったのだ。その結果、近くにいたミウが起きてしまい寝ぼけた様子で俺の顔を見つめていた。そんな姿を見た彼女は一瞬、嬉しそうな表情を浮かべていたのだがそれとは対照的に俺は内心ドキドキしていた。というのも、先程の記憶が正しければルシフェルとはサタン達に倒されたはずなのだから生きているはずはないのだがそれでも彼女がここにいるという事はそういう事なのだと思うとつい興奮してしまった。だがそれと同時に違和感のようなものを覚えてしまった。何故ならあの時と違って目の前にいる彼女はまるで本物の天使のように感じてしまい、それでいて禍々しい雰囲気や気配なども感じられないので一体どうなっているのかと思っていると突然、彼女の方から声を掛けてきたのだった。「そんなに見つめられたらさすがに恥ずかしいのだけど……それより貴方って随分と大胆なんだね?」その言葉を聞いた途端、自分がどんな状態になっているのかを悟ると慌てて手をどけると同時に恥ずかしさのあまり、顔を真っ赤にしたまま俯きつつも謝罪した。

「ご、ごめん、別にそういうつもりじゃ……それに君が本物なのか確認しようとしただけで悪気はなかったんだよ。そもそも、なんで君みたいな子がここにいるのかが分からないんだけど、まさかとは思うがサタン達みたいに復活した訳じゃないよね……?」そう言って恐る恐る様子を窺っていると急に笑い出したかと思えばすぐに落ち着きを取り戻してこんな事を言い出した。「……ごめんなさいね、あまりにも面白かったものだからついつい笑っちゃったわ。それと一応だけど自己紹介させてもらうわね、私は天使族であるガブリエルの娘にあたる人物なんだけど名前はルキフグスでよろしくね」

こうしてお互いに軽く挨拶を交わして無事に終わったかに見えたのだが、ここから思わぬ展開を迎える事となる。なんと、突如として家の外にある気配が一気に増加したのが感じられたのと同時に複数の者達による襲撃を受けたのか室内の壁が破壊されただけでなくそのまま床を突き破って何かが入ってくるのが分かった。

しかし幸いにも怪我はなく、それどころか先程まで寝ていた場所には魔法陣が描かれていたおかげで助かったと言えよう。ちなみに、この魔法陣を描いたのが誰なのかはすぐに察しがついた。なぜならルシフェルの話によると彼女を含めた天使族は回復系魔法が得意なのでその関係で描いてくれたのだろうと思い、ひとまず安心していたのだがその直後、ルシフェルが険しい表情を浮かべるなりこんな提案を持ち掛けてくるのだった。

「……ごめんね、実は私も完全に復活していないからあまり長くは一緒にいられないのよ。でもその前にやらなきゃいけない事があるの。お願いだから今から私がやる事に抵抗しないでちょうだい」そう言った彼女は俺の返事を待たずに両手を胸の前にかざすとその中心に小さな光の玉のような物が浮かび上がり徐々に大きくなっていった。その様子を見ていた俺はこれから何が起こるのかを察して緊張していたのだがルシフェルの方はと言うと至って冷静でむしろ、とても落ち着いていたのである。

やがてその光が大きくなるにつれて周囲の空気を震わせ始めると次第に目も開けていられないほど眩しくなったのだが、次の瞬間、眩いばかりの閃光が放たれるのと同時に轟音が鳴り響き激しい衝撃波が巻き起こった影響によって壁が破壊される音が聞こえたのだが直後に俺の体に衝撃が走ったかと思うとそのまま壁に叩きつけられるような形で激突してしまうと背中に痛みを感じたのだが、不思議な事にどこも痛くなかったので違和感を感じながらもすぐに立ち上がると状況を確認しようとしたのだが、どうやら先程の衝撃で気を失っていたのか周囲が暗闇に包まれている上に何故か体の感覚もなく、さらには声も出す事が出来ない事からこれは夢の中ではないかと考えたのだがその考えはすぐに否定されてしまう事になった。というのも目の前から誰かが歩いてくるのが見えたからだ。しかもその人物を見た事で驚きのあまりに声を上げそうになったのだが口が開かないどころか声を発する事さえ出来ない状態だった為にどうする事も出来ずにいると突如、声が聞こえてきた。「初めましてというべきかしら?私の名はラヴィニア・ハーヴェイよ」その声は間違いなく聞き覚えのある声だった。だからこそ俺は混乱してしまいそうになりながらも必死に思考を働かせた結果、ようやく声の主の正体に気付いた。

そう、それは俺のパートナーだった存在で同時にこの世界において初めて出会った相手であり、今では共に生活をしているリンカさんだったのである。しかし何故、今ここで彼女の声が聞こえたのかというと疑問を抱いたのだが、それ以上にどうして姿が見えないのか気になった俺は辺りを見渡してみたところ近くに彼女がいた事を目視で確認した。どうやら俺とリンカさんは半透明になった状態で話をしているようでその姿ははっきりと見えているのだがそれでも肝心の彼女の顔だけはよく見えなかった。というのも顔を覆うようにして仮面を装着しているせいなのだがそれについては以前にも同じ経験をしている以上、そこまで驚かなかったもののやはり気になる点があるとすれば今のこの状況について説明してもらいたいのだが、彼女は無言のままだったので思い切って声を掛けてみる事にした。すると……。

「残念だけど、今の私には答える権利がないのよね……」そんな事を言うなりどこか寂しそうな表情を浮かべつつ顔を背けてしまったのを見て、一体どうしたのだろうかと不思議に思っていると不意に彼女がこう言ってきた。「……それよりもまずは先に謝っておくわね。ごめんなさいね、本当ならもっと時間をかけて色々と話してあげたかったのだけど、今回は急を要するものだから仕方がないのよ」彼女はそう言うと申し訳なさそうに頭を下げた。そんな彼女の姿を目にした俺はどういう事かと聞こうとしたその時、再び強烈な眠気に襲われてしまう。

その結果、俺はまたしても意識を失ってしまったのである。

そして目が覚めると今度は見覚えのある部屋に寝かされていたのだがそこでふとある事に気付く。というのもこの部屋は元々俺が使用していた部屋でリンカさんがいつも掃除をしてくれているお陰で綺麗なままなのである。それなのに、今は至る所にゴミや埃などが散乱しており明らかに誰かが侵入してきた形跡があるのだが、それが一体何を意味するのか考えていると不意に背後から声をかけられるなり振り向いたところそこにいたのは何とサタンであった。

ただその姿を見た瞬間、俺の中で眠っていた警戒心を呼び覚まされた事が分かったのだが当の彼女はそんな事などお構いなしに俺の事を見つめながらこう言った。「目が覚めたみたいね、良かったわ……」そう言ってホッとした表情を浮かべる彼女を見て、俺はとりあえず体を起こしてから改めて周囲を見渡すと先程よりも散らかっていた部屋の様子を目の当たりにして言葉を失ってしまう。とはいえこのままの状態で過ごす訳にもいかないと思った俺は彼女に事情を説明してもらおうかと思ったのだが、その直後、玄関の方から物音が聞こえてきて反射的に視線を向けるなり体が硬直してしまった。何故ならそこにはルシフェルの姿があったからである。

「……あら、意外と早いお帰りなのね」そう言って嬉しそうに微笑むサタンだったが、その一方で彼女と向かい合う形となっているルシフェルの表情はいつになく険しいものだった。その為、俺もどう声を掛けるべきか悩んでいたものの、とにかく話をしようと考えて彼女の傍まで近付く事にしたのだ。ところがそれを阻止するかのようにルシフェルが立ち塞がったかと思うとまるで俺を庇うような体勢を取った後、サタンに向かってこんな事を言い出したのである。

「……貴女の目的は一体何なのですか?彼は無関係です、それに彼だけでなくあの場に居合わせた皆にも危害を加える事は絶対に許しません!」その言葉を耳にしたサタンは不敵な笑みを浮かべるなりこんな事を口にした。「ふふっ、やっぱり貴女達はまだ気付いていないみたいね。だったら少しだけ教えてあげるわ、私は貴方達が魔王と呼んでいた人物に仕えていた者なのよ?」その言葉を耳にした瞬間、その場にいた全員が驚きを隠せずにいたが中でもミウは特に動揺したらしく激しく狼狽えていたもののそんな俺達の様子を見て察した彼女はそっと肩に手を置いて落ち着かせようとしてくれたのだがルシフェルだけは違っていた。なんと、サタンが言い終えるのと同時にいきなり襲い掛かろうとしたのである。もちろんその行動を見た他の皆が止めようとするのだが怒りのあまり我を忘れたルシフェルがサタンの首を目掛けて攻撃しようとしたところで突然その動きが止まった。それを見た俺達は何が起こったのか分からなかったのだがよくよく見てみると何とサタンが片手でルシフェルの首を掴んで動きを止めているのが分かったのでこれにはさすがに驚く他なかったのだが、それと同時に彼女は平然とした様子でこんな事を口にする。「やれやれ、相変わらず野蛮ねぇ……それにしても、随分と大きくなったみたいだけど私からすればまだ子供も同然なんだから少しぐらい大人しくしていなさい」その直後、ルシフェルの体が小さくなって行くのが分かった為、何事かと思っていると急に彼女の背中から黒い翼が現れたかと思うと次第に髪の色までも黒に変化していきながら最終的に元の天使のような姿に戻ってしまったのである。それを目の当たりにした俺達はただただ驚愕するしかなかったのだがルシフェルはというと自分の体に起こった変化に気付いたらしく困惑しながら自らの体を眺めていたのだがその直後、我に返った彼女が慌てた様子を見せたので何があったのかと声を掛けたところとんでもない事実を知らされた。なんと、ルシファーの呪縛が完全に解けた事により彼女本来の力が覚醒したのである。だがそれは同時に悪魔達から追われる身になってしまったという事にもなるらしい。ちなみにそれを聞いた俺はすぐにサタンへと視線を向けたが彼女は苦笑いを浮かべるだけで何も言わなかった。

まぁ、それも仕方ないのかもしれない。何しろルシフェルだけでなくサタン自身もその対象に入っている可能性があるのだから下手な事は言えないのだろう。とは言え、いくら相手が大罪人だとしても女性である以上はやはり助けたいと思う気持ちがあるのは確かであり、ましてや今の話を聞いた上で放置するなど出来るはずもなかった。しかし問題はそこなのだ、果たして俺一人で彼女を匿い続けても良いものなのかどうか、正直なところ全く想像がつかないのである。そもそも、今まで誰かを好きになった事もないのでこれが恋愛感情によるものなのか単なる親切心から来る感情なのかさえも分からない状況だった事もあり判断材料が不足しているのが現状ではあるもののやはり自分の中で答えを出すのは難しいと判断した為、一旦考えるのを止めた。すると、そこへ追い打ちをかけるようにしてサタンが再び話し掛けてきた。「さてと、話が逸れちゃったから戻すわね。私の目的なんだけど……実はこれといって無いのよね」その言葉を聞いた俺は耳を疑ったもののすぐに正気に戻ると聞き間違いかどうかを確認したところ間違いなくそう答えたのだという。それを聞いて唖然としてしまった俺は改めて彼女の顔をまじまじと見つめた後でこう口にした。

「……じゃあ何で俺をこの世界に呼んだんだ?それに、さっきの話だとルシフェル達の事を知っている風な感じだったけど一体誰から聞いたんだよ」それに対して彼女は一度小さく頷くと何かを考える素振りを見せると再び俺に視線を移したところでこんな事を言ってきた。「私が知っているのはあくまでも噂程度のものであって、詳しい内容までは知らないわ。だけど……そうね、一つ言えるとしたら彼女達がここへやって来た理由は間違いなく君よ」俺はその言葉を聞くなり首を傾げるとすかさずこう問い掛けた。「どういう事だ?それって俺が原因だって意味なのか?」それに対し、サタンはゆっくりと頷いた後、こう口にする。

「ええ、そうよ。だから、私は貴方に全てを打ち明けてあげる為にここに戻って来たと言っても過言ではないの。ただ一つだけ問題があって、その理由というのが……」そこまで話した時、不意に玄関の扉が開く音が聞こえてきたかと思えば誰かが中へ入ってくる気配がした為、警戒するようにしてそちらの方に顔を向けたのだがそこに立っていたのはまさかの人物だった。そう、リンカさんだったのである。彼女は俺とサタンを交互に見つめてから不思議そうに首を傾げたのだがすぐに納得したような表情を浮かべた後でこう言った。

「……どうやら上手く行ったようですね。とりあえず、一先ずお疲れ様でした」するとサタンが驚いた顔でこう尋ねてきた。「どうして、貴女がここにいるのよ!しかも……その姿は一体何なの?もしかして……」そんな彼女の問いに対してリンカさんは笑顔でこう返す。

「えぇ、そうですね。私の本名はリンカ・レイティアと言います。もっともその名前はこの世界でだけ使うようにしているだけで本来は別の名前があるのですがね」それを受けてサタンは戸惑いを隠し切れない様子ながらもリンカさんに近付こうとしたのだがそれを阻止したのは何故か俺で彼女は俺の行動に一瞬驚いた表情を浮かべつつもどこか悲しそうな眼差しを向けてきた。とはいえ、今はそれどころではないと考えた俺は改めてリンカさんの方を向き直って口を開いた。「すみませんが説明をお願いしても宜しいですか?」その言葉に頷いて見せた彼女を見た俺はそのまま続きを促す事にしたのだが、その直後に彼女は驚くべき事実を口にする事になる。

「……実はですね、私もかつてはこの世界とは別の世界で暮らしていたんですよ。ですが……」そこで言葉に詰まってしまうリンカさん。一体どうしたのだろうと思いつつも次の言葉を待っているとしばらくして再び話し始めた。

「ある日、私が目を覚ますとそこは見知らぬ部屋だったという訳なんですよ。それでしばらく様子を窺っていたんですが誰も部屋に入ってくる様子がなかったので思い切って部屋を出てみたところ……後は貴女達も知る通りです」

「え?……でも、そんな記憶はないのだけど……」それを聞いたサタンが信じられないといった様子で呟くと慌てて自分の記憶を辿っているのかその場で考え込んでしまうがしばらくすると突然頭を抱え始めた。それを見て不思議に思った俺が声をかけようとしたところでそれよりも先に彼女の方が動き出して叫んだのである。

「あぁ、そういう事なの!?ようやく分かったわ!」その直後、サタンは何やら一人で納得し始めると更に続けた。「つまりこういう事なのね、ここは異世界であって私達がいた世界とはまた別の存在……いや、正確には違う次元に存在すると言った方が良いかもしれないわね」そして最後にこう締め括ったのである。

「きっと私はあの時に命を落としたのでしょう。それが何を意味しているのかはもう分かっているし否定するつもりもないけれどね。ただ一つ言える事があるとすれば、貴女達を巻き込んでしまった事には本当に申し訳ないと思っているという事ぐらいかしらね」だがその話を聞いていたルシフェルは少し気になる部分があったらしくこう聞き返した。

「待ってください、仮にその話が本当だとして私達は一体何のために呼び出されたのでしょうか?魔王と呼ばれる者がどんな人物だったのか知りませんが少なくとも今の話を信じるならば私達の存在には何の利点もありませんよね?」彼女の疑問を聞いた俺は思わず同意する。何せ、もしサタンの話が本当だとすれば俺達を呼び出す必要性など皆無なのだから当然だと言えるだろう。むしろデメリットしか見当たらないのが現実なのである。しかしそんなルシフェルの言葉にサタンが返した言葉は意外なものだった。

「あら、そんな事はないわよ。寧ろメリットだらけだと思うわよ?」その言葉を耳にした途端、その場にいた全員が揃って同じ反応を見せると彼女に注目したのだがそれでも彼女は動じる事もなく落ち着いた様子で説明を始めた。それは、どうやらかつて存在していたとされる大天使達が堕天したとされる理由らしいのだが何でも当時彼らを取りまとめていたのはルシフェルやサタン、それにルシファー等だったらしいのだ。ところが、いざ戦いとなると彼らは全く役に立たないばかりか足を引っ張るばかりで最終的には自分達の身を滅ぼされたのである。

その為、今いる上位魔族達は基本的に皆この話を知っていたのだが当時はまだ幼かった事もあってかルシフェル以外の者達はその事を忘れていたのだという。というのもそもそも堕天使とは何を指すのかと言えば本来、神に仕える立場にあったにも関わらず悪魔側に寝返ってしまった者を指す言葉で一般的にはルシファーが該当するとされていたからなのだが、ここでふとある事が気になったのでその点について尋ねたところ意外にもあっさり教えてくれた。その方法というのは至って簡単なもので、自分が過去に起こした行動を紙に書いて整理するというやり方である。これは何もルシファーだけのものではなく、サタンや他の大天使達にも同様の手順を踏んでもらえばいいだけなのでさほど時間は掛からないらしい。それを聞いた俺は内心ホッとしていたのだが、その一方でサタンの表情は相変わらず浮かないものであった。しかしそれはルシフェルも同様で、やはり彼女達にしてみればかつての仲間に裏切られたようなものなので無理もない話だといえる。

そんな事を考えていたその時、サタンが再びサタンらしからぬ質問をする為に近付いて来たので今度は何だと思って耳を傾けていると思わぬ答えが返ってきた。「一つ聞きたいんだけど、本当に元の世界に帰してもらえるのかしら?」それに対して俺が返答に困って黙り込んでいると代わりにリンカさんが返事をしてくれる。

「……残念ながら帰る方法は今のところ分かっていません」その言葉を聞いた瞬間、俺は落胆のあまり俯いてしまった。それを見たサタンは慌てて謝罪してきたものの別に気にする必要はないと答えた後で、これからどうするかを改めて話し合った。その結果、しばらくはこのまま城に留まる事になり、今後どう行動するべきかを考える時間を作る事になったのだがそこでカレンがこんな提案を持ちかけてきた。

「だったらしばらくの間、私と二人で旅に出てみませんか?」

「旅?どこへ行こうというんだ」

「そうですね……まずは、この辺りを見て回ろうと思うんですけど駄目でしょうか?」それに対して俺は即答する事が出来なかった。なぜなら、ここを出た先に待っているであろう困難を思うととてもじゃないが素直に首を縦に振る事が出来なかったからである。それに、せっかく再会できたルシフェル達を放っておいて行くのはどうも気が引けてしまう。何故なら俺にとって彼女達は大事な友達でありかけがえのない存在だからである。だからこそ悩んでいると、そんな俺の気持ちを察してかミレイアが声をかけてきた。

「でしたら私がお供します。これでも昔はよく遠出をしていたものですので多少なら道案内も可能かと存じます」そう言って胸を張る姿を見ているうちに次第に自信が溢れてくるような気がした俺は迷う事なく了承したのである。それから早速準備に取り掛かった俺達は翌早朝には出発して、城下町を出るとそのまま街道に沿って歩き始める。

とは言え、ずっと歩きっぱなしなのは流石に堪えるものがあると思ったのか途中から馬車に乗る事にしたのだが驚いた事にそれは以前カレンの住んでいた村で俺が乗ったものと酷似していた為、思わず苦笑いするとカレンに謝った後で事情を話した。というのも彼女が生まれ育った村は王国の領地にあるようなのだが実はそこも以前は魔王によって支配されていたようで当然の事ながら今も昔の名残が残っているからなのだそうだ。ただ、今回はそれを知らなかった事に加え俺自身がまだそこまで詳しくなかったのでこうして驚かされた訳だがよくよく考えてみれば当たり前の話だとも思っていた。何しろ、以前の世界でも同じだったからな……と考えながら周囲を見渡すとそこはまるで地獄のようだった。

何故なら周囲には数え切れない程の魔物の死骸が転がっていたからだ。もっともその原因は言わずもがな、俺とカレンが原因なのだがそれに関しては敢えて語らない事にしておく。だが一つだけ言うのであれば間違いなく、この世界で最強の存在とも言えるだろう。何せ俺の魔力量が未だに減らない事からもその異常さが伺えるのだから間違いないはずだ。まぁ最も俺としてはもう少し魔力量が少なくてもいいんじゃないかと思っているんだが、それはそれで何か嫌な感じがするんだよなぁ。とはいえ、ここまで来れば今更後悔しても仕方がないと割り切っている部分もある訳で、今はとにかく無事に目的地まで辿り着けるように頑張る事にしようと考えつつ歩を進めていくのだった。

その後、数時間ほど歩き続けてようやく目的の町へと辿り着いたところで一度休憩を挟んでいたのだがその際にはカレンの知り合いが経営している宿屋に泊まらせてもらう事になったのだがそこは前回とは大きく異なり非常に活気溢れるところだった。それというのもこの町は魔族達の手によって襲撃された過去を持つのだが今では復興に成功しており、かつてのような賑わいを見せているのだという。もっともこれには様々な理由があるらしく中でも最大の理由は冒険者の活躍が大きいらしい。その証拠に町の入り口付近に設置された立て看板に記された依頼書に目を通してみたところ、その殆ど全てがダンジョン探索の依頼ばかりであったからだ。ちなみにこの依頼を受ける為に必要となるランクはS以上となっており報酬額もかなりのものになっていた。またこれはあくまでも最低ラインなので場合によってはそれより低いものもあれば高いものもあるのだが基本的には同じだという。そして、その中でも特に多かったのは未攻略状態の迷宮で中には難易度が高いとされるものも存在しているようだ。その話を聞いた俺は正直、乗り気ではなかったもののカレンは興味津々といった様子だったので仕方なく受けてみる事にしたのだが結果的に言えば失敗だったかもしれない。

何故かというと確かに報酬額は良かったのだが肝心の内容があまりにもハードすぎたのだ。しかもそれが一人や二人ならまだしも、なんと総勢二十人近くにもなる団体を相手にしなければならない上に事前に渡された情報によればその内の大半はBランク程度だと言われているのでまさに無理難題以外の何物でもなかった。一応、俺もそこそこ腕に覚えはあるつもりだし仲間になったばかりのカレンもいるから楽勝だろうと考えていたのは事実だったがどうやら甘かったらしい……そう感じた瞬間でもあった。

というのも、実際に潜ってみた結果とんでもない場所に遭遇してしまったからである。その場所というのが地下に広がる巨大な空洞で入り口も無数にあったのでどれか一つを選んで進むしかないという状況に追い込まれたのである。おまけにその中にはかなり高難度と思われる迷宮もあったので本当に運が悪いと思いながらも引き返そうとしたところで背後から複数の気配を感じ取った俺は反射的に振り返って身構えた直後、目の前に現れた光景を目にした瞬間に愕然としてしまった。何故ならそこには俺達と同じ格好をした連中がゾロゾロと現れてきたからである。

「……ッ!お前達、何者だ!?」

思わず叫んだ後、相手の様子を確認していると何やら見覚えのある顔をしていると思ったら案の定、そいつはギルドマスターのドレッドだった。そこで思い出したのだがこの依頼についてはギルドの方で正式に受理されており報酬金に関しても既に支払われていたはずなので仮に他の誰かが同じ依頼を受けようとしていても受ける事はできないようになっていたのだ。つまり目の前にいる奴らは全て敵という事になるのだが、その数はおよそ五十名程いるだろうか……恐らくだが全員がSSランク以上の実力者だと予想した俺は一先ずカレンと共に距離を取って戦闘態勢に入った上で仲間達と連絡を取ろうと試みた。「聞こえるか?こちらコウガだ。どうやら何者かに嵌められた可能性があるから気を付けてくれ」

するとその直後、リンカさんとルルさんの返事が聞こえてくる。

『あら~?私達なら大丈夫よぉ~♪』

『こっちも問題ありません。ですがルシフェルさん達が大変な事になってます!』「……何だって!?分かった。すぐに向かう!」

その言葉を聞いた俺は即座にカレンの方を向いた後で彼女と共に移動を開始する。

しかし次の瞬間、急に体が重くなったのを感じた直後に前方からは多数の矢が飛んできたので瞬時に障壁を展開するなり弾き返した。それでも相手の数が多過ぎるせいで防戦一方になってしまうのだが、それは相手も同様のようで攻撃を仕掛けつつもこちらの様子を伺っていた。おかげで互いに一歩も譲らない状況が続いたのだがここで驚くべき事態が発生する。突如として前方にいた者達が次々と消え始めたかと思うと今度は四方八方から魔法による攻撃が始まったのである。それも明らかに狙いを定めての攻撃なのでおそらく味方ごと俺を倒そうとしているのだろうと判断した俺は咄嗟に【瞬移】を使って転移するなり攻撃を繰り出すなりして反撃したのだがどういうわけか誰も姿を現さなかっただけでなく気配すら感じなかった事で余計に困惑させられてしまう。

一体何が起こったのか分からないまま戸惑っていると再び別の場所へと飛ばされたようなので辺りを見渡しているとそこに立っていた人物を見て唖然としてしまう。何故ならそこにいたのは他でもない、あのルシファーだったからだ。しかも彼女の他にもルシフェルの姿があり、さらにはサタンとミレイアの姿までもがあるではないか……それを見て嫌な予感がしつつもすぐにでも助け出そうとしたが時すでに遅く彼女達は見るも無残な姿に成り果ててしまっていた。

それを見た瞬間、怒りが込み上げてきた俺が近付こうとした矢先に再び別の場所へ飛ばされたような感覚を受けた為、急いで周囲を確認するのだが目に飛び込んできた光景を前に思わず呆然としてしまいそうになる。何故ならば視線の先ではリンカさんがボロボロになった姿で横たわっており、そんな彼女を守るようにしてカレンが庇うようにしながら対峙していたのだが二人の背後に立つ人影を確認した俺はすぐさま剣を構えようとしたところで信じられない事を耳にして言葉を失ってしまった。なぜなら、そこにいるのは俺の良く知る者だったのだから当然の反応と言えるだろう。というのもその人物とは他ならぬ魔界の主であるルシフェル本人であり本来なら魔王がいるはずの場所に彼女がいたのだから驚かない方がおかしいというものだろう。だが、そこで更に驚く出来事が起きる。なんと彼女は俺のよく知るルシェリアその人だったのである。(……ッ!!どうしてここにルシェリアがいるんだよ!?)驚きを隠せないまま固まっているとその間にルシェリアの姿をした人物はおもむろに歩み寄ってくると俺に対してこう告げる。「やっと会えたね……お姉ちゃん♪」その瞬間、俺はようやく気が付いたのだ。いや正確に言うのであれば最初から知っていたというべきだろうか。

何しろ今ここにいる俺は本来の姿ではないのだ。それはなぜかといえば答えは簡単、俺が勇者だからである。もちろん勇者になる前の記憶だってしっかりと残っているし、だからこそ分かる事があるからこそ混乱せずにはいられなかった。それに加え、目の前の人物が口にした言葉が何よりの証明とも言えるだろう。何故なら今の今まで妹なんて存在しなかったのだから、なのに彼女は俺の姿を見て姉と言った。これが何を意味しているのかは考えるまでもない事ではあるが、それでも一つだけ疑問が残るので尋ねてみると、それに対して目の前の女性は笑いながら答えてくれた。「簡単な話だよ。私が貴方の妹なのは真実だし貴方と私の容姿が似ているのも当然な事だ。何せ、私達は元々、一つの存在なのだから」その言葉を聞いて思わず納得しかけてしまったのだが、そこで一つの矛盾点に気付いてしまったのだ。

それというのも俺の場合は異世界に転生した際、何故か記憶だけが引き継がれた形となっているのに対し彼女の場合だと完全に同一の存在として誕生したはずなのに今ではこうして異なる自我を持ってしまっている事が気掛かりとなっていたのだ。とはいえ、そこまで深く考えるようなものではないと考えたところで別の可能性が頭に浮かんだので改めて尋ねる事にした。「……お前、もしかして元の体に戻ったんじゃないのか?」それを聞いた途端、女性の表情が一瞬だけ強張った気がしたのも束の間、やがて納得した様子で頷き始める。

「あぁ、そういえば自己紹介がまだだったね。私の名はルシフェル・ヴァルゴ、元々は君達がいた世界とは別の次元にある世界で創造神をしていた女神さ」「……やっぱりそうかよ。それで、どうしてわざわざ俺に会いに来たんだ?それにお前がここにいるという事はカレン達もいるんだろ?」「そうだね。確かにその通りだけどその前に一つだけ言っておきたい事があるんだ。まず最初に私の正体に関してだけど私はもうとっくに気付いてるよ。まぁ最初は驚いたし戸惑いもしたけどね。でもよくよく考えてみると色々と辻褄が合う事が多いのも事実だからね。だから貴方が望むならこの体も好きに使ってもらって構わないと思っているくらいさ。勿論、その為に必要な事があれば可能な限り手伝うつもりでもあるしね」「……それは本当か?だったら、さっそく頼みたいんだが……」

そう言うとルシフェルは小さく頷くと懐から何かを取り出して渡してきたので受け取った後で確認してみると何とそこにはカレンの姿が映し出されていた。どうやらこれは小型の水晶のようだと思った直後、彼女が話し始めた内容を聞いて思わず耳を疑った。というのも実はこの世界にやってきたのは俺ではなく彼女の方だったのだそうだ。しかもその原因となったものはやはりというか以前と同じで事故のようなものだったらしい。もっともその際に本来あるべき運命を歪められてしまったらしく本来はそのまま死亡扱いとなるはずだったのだがどういう訳か生き延びてしまったという訳だ。しかしその結果、様々な弊害が起きてしまい結果としてこの状態へと至っているとの事らしい。

ただ幸いにも俺には心当たりがあったのでそれを話すと彼女も思い当たる節があったらしく、そこから話を繋げていった結果、ようやく今回の事件の全貌が見えてきたのである。そしてそれはカレンが見たという夢の内容とも一致していた事から間違いなく本物であろうと判断した上で今後の対策を話し合っていったのだった。ちなみにその際、彼女には既にバレているので問題はないだろうが他のメンバー達にはまだ内緒にしておくようにお願いした後で解散となった事で俺達はそれぞれの自室に戻る事にしたのだが、その後で仲間達に事情を説明して相談に乗ってもらう事になった。というのも今回の問題はそう簡単に解決できるような問題ではないと感じたからだ。

なにせ、そもそもの発端となったのはカレンが見たのは単なる悪夢ではなかったという可能性が出てきたからである。確かにあの夢には気になる点もあったものの、何よりもカレンの様子がおかしかった事に違和感を覚えていた俺はその件に関しても皆に説明しておいた。「成る程、そういう事だったのか……それは確かに気になるところだが、今はとりあえずルシフェル殿の件に専念すべきではないか?どうも話を聞く限りではあまり良い予感がしないのだが、果たして大丈夫なのか?」「そうだな。その点に関しては私も同意見だが、だからといって放っておくわけにもいかん。よって、まずは彼女を仲間に引き込む為にも色々と情報を集めるべきではないかと考えるぞ」「それについてなんだけど、一つ提案があるんだぁ~☆もし良ければ、あたし達が調べてあげよっかぁ~?その代わり、対価を要求する事になっちゃうんだけどぉ~☆それでもいいかな?」「ああ、それで構わない。むしろその方が好都合だしな。それじゃあよろしく頼む」「はぁい♪任せてねぇ~♪それと他にやる事ができたから一旦、席を外すわぁ~☆また後で連絡を入れるからよろしくぅ~」そう言い残しながら部屋から出て行ったルルさんを見送った後、俺達も今後に向けて行動を開始するのだった……。

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