第2話
しかしここでまた予想外の出来事が起こったのだ。それはベルフェゴールが突如として立ち上がり歩き出そうとしたのである。そんな彼の行動を見たマサキは慌てて彼を引き止めた。何故なら先程の様子を見て何か思うところがあったらしく心配になったようだ。そして彼を止めると同時にこう告げた。「一人で行動するのは危険ですから絶対に止めて下さいね」その言葉に彼は黙って頷き返すだけで他に反応は見せなかった。その様子を見てマサキは思わず首を傾げるのだがそこで不意にサタンがある提案をする。
その内容とはここにいる全員で手を繋ぎ輪になって手を繋いでいくというものだ。何故そのような事をするのかと言えばこれは万が一敵に襲われた際に即座に対処する事が出来るようにと考えてのものだったようだが結果的に言えば正解だったようだ。というのも突然頭上から槍のようなものが降り注いできたのだが、それを防いだのはそのサタンの力だったのだ。しかもそれが放たれた場所を辿っていったところ、そこには天井に開いた穴が存在していてそこから何かが飛び出してくる気配がしたのである。それを感じ取ったサタンとマサキは咄嗟に身構えたのだがその攻撃が届くよりも一瞬早く別の方向からの攻撃を受けて怯んでしまったのだ。その結果攻撃を回避出来ずダメージを受けてしまったのだが、その際に聞こえた声でようやくその正体に気が付いた。そう、先程上から攻撃を仕掛けて来たのはなんとリヴィアタンだったのだ。
そんな彼女に対して二人が慌てて声を掛けたのだが、どうやら彼女はかなり混乱しているようだ。というのも今までどこにいたのかも分からなかった仲間と再会したのだから無理もなかった。だがそれでも何とか落ち着きを取り戻した彼女はある事実を告げた。それは今いる場所が、既に人間が立ち入る事が出来ない程の遥か昔の時代に造られた場所であるという衝撃的な内容だったのである。だからこそ最初は驚きを隠せなかったのだが、よく考えてみればそれも頷ける事だと気付いたのだ。何しろこの場所は明らかに人の手が加わって作られた物とは到底思えない程にボロボロになっていたからである。
それを見たルシファーがこんな事を口にした。もしかしたらここは大昔からあった遺跡を利用した地下施設なのではないかと……と。そしてその仮説を聞いて納得する事になったサタンはなるほどと小さく呟きつつも、だとすればここに住んでいる人物というのは何者なのだろうかと考えていた時にある疑問に行き着いたのである。
「そもそもの話だが、ここには一体何があるんだ?」するとベルフェゴールはこんな返答をしてきた。それはまだ分からないと……ただここが元々どういう目的で使われていた場所なのかは何となく分かっているらしくそれについて教えてくれた。ただしこの事に関してはあまり詳しい事は言えないと言われたのでそれ以上の事は知ることが出来なかったのだが。その後すぐに移動を開始したサタン達は現在、階段らしき物を登りながら上へと向かっていた。その為自然と口数も少なくなり静かな雰囲気となっていた為、先程までとは違い会話する事なくただひたすら上へ続く道を歩いていくだけだった。それから暫くして遂に階段を登り切った三人が目にしたのは、大きな扉が目の前に現れたという事実だった。これにはさすがに全員言葉を失ってしまったようで唖然としながらその場に佇んでいたのだがそんな三人に変わって前に出たサタンはそっと扉のノブに触れてみた後で軽く捻ってみると鍵がかかっている様子はない事が分かった。なので試しに開けてみる事にしたサタンはゆっくりと扉を開けていき、そして部屋の中を覗き込もうとした瞬間、突如扉が開かれたかと思えば何者かが飛び出してくるかのように現れサタンの首に腕を巻き付けるようにして抱き着いてきたのだ。その為危うく倒れそうになったのだがどうにか持ち堪える事に成功したサタンはすぐに視線を前に向けたのだが、そこにいたのは見覚えのある顔だった。
それを見たサタンが彼女の名前を呼ぶとその者は顔を上げてきてこちらをじっと見つめてくるではないか。だが次の瞬間彼女は驚くべき言葉を口にしてくるのだった。
その女性は一体誰なのだろうか……
思わずそんな事を考えていた私だったがここでベルフェゴールが思わぬ一言を口にしてきたのだ。なんと彼女こそがこの館に住む者だというのである。それを聞いて驚いたのは他の誰でもなく私とマサキであった。何故なら彼女が言っていた通りだとするとこの場所は既に廃墟になっていて誰もいないはずではあるものの、そうなると目の前の女性が一体何者なのかという新たな謎が生まれてしまうからだ。
そんな二人の心境を見抜いているのかは分からないが女性は一度小さく頷くとこんな事を言ってきた。「私は、いえ……私達はこの館を守る為にずっとここを守ってきました」その言葉に真っ先に反応を返したのはやはりというか何と言うか、ベルフェゴールだった。「守るとはどういう意味だ?もしやお前等はこの館に住んでいた一族の末裔とかそんな感じか?」それに対して首を横に振る事で答えた彼女だったのだがその直後こんな言葉を口にしたのだ。「違うわよ。私達には家族なんていなかったもの。ただ……この館にいた者達と少し関わりを持っていただけよ」それを聞いたルシフェルやマサキ、そして私も同じような気持ちを抱いてしまったようだ。だがその一方でサタンだけは何か引っかかる事でもあるのか顎に手を当てながら何かを考え込んでいたのだがその答えは未だに見つかっていない様子である。とはいえいつまでもこの場にいても仕方のないと判断したのかとりあえず中に入ってみませんかと声を掛けてきたので皆それに賛同する形となった。ちなみにベルフェゴールの言う「館の主」は現在行方不明なのだそうだ。ではどうやって生活していたのかと言うと、定期的に食料などを調達しに来ていたのだという。その為現在はその主がいない状態のまま誰も住まなくなったこの屋敷を有効活用しようと思いこうして住むことにしたのだと聞かされた。だがしかし何故このような場所で生活をしなければならないのかと尋ねてみた所意外な答えが返ってきたのだ。それはこの館自体が呪われているから……というものだったのだ。
そこでルシファーはある事に気付く。呪いという単語を聞いた途端にルシフェルの表情が一変したのだ。その様子を見て、まさかとは思うがと思ったのだろう。「あの~一つお聞きしたいのですが……」すると案の定ルシフェルが恐る恐るといった様子で口を開いた。「もしかしてなんですけどぉ……あなた、ここの管理をしていた悪魔ではないですかぁ?」その質問に一瞬考えるような素振りを見せた彼女はやがて思い出したかのような表情を見せたかと思うと今度は申し訳なさそうにこう告げてきた。「ごめんなさいね、すっかり忘れていたのよ」どうやら本当に忘れてしまっていてうっかりそのまま放置してしまったらしい。それを聞いたルシファーは再びルシフェルの方に目を向けた。するとその視線の意味を察した彼はすぐさまその場から立ち去りどこかに行ってしまうと暫くしてから戻ってきてこう口にしたのだ。「……どうやら間違いはないようですね。お久しぶりですね、お元気そうで何よりです。しかし……なぜ貴女のような方がこのような場所にいらっしゃるのでしょうか?」その問いに答えるように一度頷いてみせた彼女ではあったがすぐにこんな話を始めた。「実はね、少し前からこの辺りで異変が起き始めているという話を聞いて調査しに来たのがそもそもの始まりなのよ」その言葉に対して疑問を感じた私が思わず口を挟むとこんな事を言われてしまった。
「実は数日前にも一人侵入者がいてね、その時は大した事はないだろうと思っていたんだけど……結果、そいつによって多くの同胞達の命が失われる事となってしまったのよ。まあ、もっとも今となってはその原因を突き止めて元凶となる存在を倒すことに成功したけどね。けど問題なのはそこじゃないのよ、むしろその後の話の方が私にとっては衝撃的だったわ」そう言って溜め息をついた後で続きを話し出すのだがその内容とは、かつて仲間の一人でもあったマモンの身に何かあったのではないかという事だった。そしてそれが判明した理由はマモンの気配が消えた事にあるというのだ。そこでサタン達はマモンの事を知っているルシファー達に何があったのか説明してもらった。
それはルシファーがマサキの監視役を頼まれてしばらく経った頃、いつものように彼の行動を陰から見ていた時だった。その時彼はとある男と一緒にいる所を目撃する事になったのである。男は見るからに怪しかったものの特に危害を加える訳でもなくただただマサキと共に行動しているだけだった。しかし、それでもやはり気になる点が多くあった為その日は一先ずその場を後にする事にしたのだという。そして次の日にもう一度その男の事を観察してみた所ある事に気が付きそこからマサキへの疑いを持つようになったという事だった。
つまり彼が姿を消した後に何があったのかは知らないが、その日にマサキと行動を共にしていた男が何らかの原因で消滅してしまい、それと同時に彼から感じた気配までも消え去ったという事になるのだそうだ。それを聞いたサタン達は思わず顔を見合わせてしまっていたがここで不意にルシフェルがこんな事を口にする。
それに関しては自分ではなくマーニャさんに尋ねてみるのがいいのではないか……と。
それを聞いたベルフェゴールは納得してくれたようだったのだが、問題は誰がマーニャさんを呼びに行くのかという話になってきてしまったのだ。だがしかしそれも一瞬のうちに解決した。何故ならルシフェルが自分の能力を使えばいいのではないかと言い出したからである。確かにそれならばわざわざ自分が行く必要がないのだから当然の事なのだが、そこで再び疑問が生まれる事になってしまう。果たして一体どういう方法で呼びに行くのだろうかという疑問である。しかしその心配は無用だったようだ。というのもなんと彼女の特殊能力の中に空間転移というものが存在していた為、それを応用すればすぐに目的地に行けるのではないかということだった。それを聞いていたサタン達は思わず拍手喝采を送ってしまっていた。
ただ一つだけ不安要素があるとすれば、実際にその技を使った場合その場にいた自分達も一緒に飛ばされてしまうのではないかというものだったのだが、これに関しての対策も考えてあると言ってきたのでひとまず様子を見てみようという話になった。
そうして彼女が詠唱を唱え始めてから程なくして光に包まれていくとあっという間に別の場所に移動していたのである。そこは先程までいた場所からそう離れていない場所にある路地裏の一角であり目の前に見える建物の中には人の気配があった事から恐らくそこに目的の人物がいるのだろうと考えたところでルシフェルが突然声を上げた。どうやら目的の人物を見付けたようだが何やら様子がおかしいと感じたようで一体どうしたという質問を投げ掛けたのだ。するとルシフェルは一言だけ口にすると黙ってその人物を指差したのである。彼女の指差した先にいたのは先程ベルフェゴールから聞いたばかりの情報通りの姿形をした人物であったのだが、よく見ると様子が変だ。何故か一人でぶつぶつ呟いておりこちらに気付いているような素振りすら見せないでいるのだが、一体何がどうしてそうなっているのか分からなかったサタン達だったがふと彼女がこんな事を口にしてきたのである。「……おそらく、彼女は今夢の中にいると思いますよぉ」その発言に対してどういう意味なのか尋ねてみた所こんな答えが返ってきたのだった。
「……あれは間違いなく『眠り病』だと思いますぅ」聞いた瞬間思わず聞き返してしまうサタン。だがそれに対して更に詳しく説明をするルシフェル。何でもこの世界には病気など滅多に起きないという話を聞いた事があるらしいのだが今回ばかりは違うようだと口にした。なぜなら今の時代ならばどんな人間であろうと一度は耳にしたことがある有名な病気なのだから……それを聞いたサタン達も納得したかのように小さく頷いた。
そんな彼等の前にいるのは一見ただの女の子にしか見えなくはあるものの実際はもう何百年も前から眠り続けている少女であるらしく、そんな子が何故こんな所にいるのか……しかも先程のルシフェルの言葉によれば彼女は『眠り病』と呼ばれる病気の可能性が高いときたものだ。そうなると一体どういった治療法をすれば治す事が出来るのか、それが気になったマサキが尋ねると、どうやら方法は二つあるようだと告げられた。
一つ目は彼女の症状を診てもらい治療してもらう方法。だがこの方法が上手くいかない理由としてまず、彼女には親族と呼べるものが一人もいないという点があげられる。仮にそういった者がいたとしても既に亡くなっている可能性が高く、もし生きていればすでに発見出来ている筈なのでどちらにせよ難しい事には変わりないのだが……とにかく、現状において最も確率が高いのはこの二つ目の方法になるという訳だ。とはいえ、これは簡単なことのようで実はかなりのリスクを伴うものであった。その為あまり勧めたくはないという言い方をするルシフェルだったのだがその方法とは、彼女の夢の中に入りこみ直接治療を施すというものである。
それを聞いて驚きを隠せない三人。いや正確に言うとサタンを除いた二人ではあったのだがその理由としてルシフェルの能力では彼女を夢の中から連れ出すことが難しいという理由からであった。それは単純に考えれば分かる事ではあった。夢の中ではその者の意識だけが残り肉体の方は眠っているという状態になる。だからこそ、いくら能力を使おうとも対象を現実に戻す事が出来ないのだという説明を聞かされたマサキは頭を抱えながらもどうにかする方法を模索していく中でようやく一つの結論を出す事に成功したのである。それは、自分自身の精神だけを彼女に預けるという方法だった。だが、そのやり方について問題がある。
精神を預ける為にはまず、ルシフェルの持つ力によって彼女の中にあるもう一つの意識を目覚めさせなければいけないのだという。そこでマサキは自分の中にあった全ての魔力を彼女に注ぎ込む事にした。そして、その力が十分に満ち足りた時を見計らってルシフェルの力を発動させるのだが、この力を発動させるのにはある条件が存在する。その条件は相手の意識が弱まった状態でなければ使えないというものであった。だからこそ、マサキが考えた策というのが自らの身体を犠牲にして相手を強制的に眠らせてしまうという荒業なのである。
それを聞いたルシファーは思わず声を荒らげながら止めようとしたものの時既に遅く……次の瞬間にはマサキの身体が徐々に消え去っていくではないか。それを見たサタン達が慌てふためくのは当然の事ではあったものの今はそれよりも彼の身体が消える速度の方が上回っていた為何も出来ぬまま彼は完全に消滅してしまうのだった。
こうして、サタンやベルフェゴールといったメンバー達の協力によって無事に危機的状況を脱する事が出来たマサキであったがその代償として自分の命を捧げてしまった事は事実なだけに悔やんでも悔やみきれない部分もあったのだが今更後悔した所で何が変わる訳でもなく、今はこれからどうやって生きていくかを考えなくてはいけないと考えていたのだが、そんな彼の前に一人の少女が現れるとこう告げてきたのである。「あなたのお陰であのお方を救い出す事に成功しました、だから安心してください。それに私の力ならあなたが復活出来るまでの間でしたら姿を隠す事も容易いでしょうから……」その言葉を聞いてもまだピンと来ない彼ではあったがすぐに理解する事となった。それは彼女が見せたある行動を目にした為だ。なんと彼女の手から眩い光を放つ球体が現れたかと思うとそれが次第に人型へと変化していき最後には見た事のある姿に変わってみせたのだ。その姿はマサキがよく知っているものでもあり、そう……彼が助け出した少女のものだったのだ。その事に驚くサタン達だったものの当の少女はというと、相変わらず無言のままマサキの事をじっと見つめていた。
しかし、そんな時間も長くは続かなかった。マサキの姿が消えかかっていたからである。そこで慌てて彼を元の世界に送り返そうとしたルシファー達は必死に祈り始めた。ところが、ここでまた思わぬ問題が生じてしまう。その原因となったのはやはりというかルシフェルであった。どうやら彼女自身の力が思った以上に弱く、彼の身体を呼び戻せるだけの余裕がなかったようなのだ。これには思わず絶望を感じてしまっていたのだが、そんな彼女の様子を見たマサキは小さく首を横に振りながらこう口にしてみせる。
自分はもう大丈夫だと。だが、それでも心配そうに見つめてくる彼女達に向けて最後にこう告げたのだ。俺はきっとまた戻ってくる事になると思うからその時はまた仲良くしてくれよな!それを聞いたルシファーは少しだけ安心したような表情を見せると、微笑みながら頷いてみせたのだった。
「……という感じだったんだけど、何か変なところとかあったかな?」ルシフェルからの説明を聞いた後でそんな事を尋ねてみるとすぐに返答が返ってきた。それというのも今回の一件でサタン達にはかなり迷惑をかけてしまったのだが特に気にしていないどころか感謝しているとの事だったのである。ただし、さすがにマコトに対しては思うところがあるようで今後は二度と同じような事をしないよう厳しく注意しておくつもりだとも言っていたのでこの件に関してはこれで解決という事にしておこう。
「それにしても、マオの奴ってあんな感じの女の子が好きなんだな……。なんか意外だな」
「そうですね、彼はどちらかと言えば女性に対して奥手な性格をしていると自分で言っているぐらいですから。もちろんそれは私達にも当てはまるのですが、どうやら今回は違うみたいですね」
「えっ、そうなの?だってマオ君いつも言ってるじゃない、自分には女心というものが分からないってさ。それって要するに異性に対する興味が無いって事じゃないのかなぁって思うんだけど……?」そこまで言っておいてふと思い出したかのような表情を見せたリンカはそのまま続けてこんな事を口にした。
「そう言えば前にマオ君にさ、もし恋人が出来るとしたらどういう人がタイプなのか聞いてみたことがあったんだけどさ、その時に『好きになった相手が俺の理想の相手だ』って言ってたんだよ。だからさ、やっぱりマオ君の理想のタイプってかなりレベルが高いんじゃない?」それを聞いたサタン達は思わず苦笑いをしながら頷く事しか出来なかったのだが、その時になって初めて気が付いた事があったのだ。先程まで目の前にいた筈のルシフェルの姿が無かったという、その事実に……だが、その事に誰も気付く事がないまま話は続くのだった。
そうして、それから暫くしてからミユはソウタと一緒に学校へと向かう事になった。とはいえ登校するのは教室ではなく、とある施設なのだがそこは体育館程の広さはないものの敷地だけはやたらと広くなっている所なのだ。そしてそこには今、数多くの人間が集まっていたのである。しかもそれだけではなかった、その場所では彼等以外にも大勢の者達がいたようで一体何が起こっているのか理解出来ずに混乱していた。そんな彼らの前に現れるなり大きな声で叫ぶように説明をし始めた人物がいたのだ。その人物とは他でもない、ベルフェゴールであった。何故彼女がこんな場所にいるのか……理由は簡単だ、彼女は今この場に集まった全員に対してこう宣言したからだ。
「これよりお前達をテストする。各自順番に名前を呼ばれていくので呼ばれた者からこの場所にある武器を持って戦うように。それでは早速始めるとしよう」そう言った瞬間、次々と番号を呼ばれていき指定された武器を手にして戦いを始める者が現れたのだがこれが思いの外上手くいく者がいなかったようでなかなか勝敗がつかないまま時間だけが過ぎて行くのだった。そんな中、ようやく一試合目が終わったところで次に呼ばれてしまった者がいたようだ。彼女の名はサツキというらしいが果たしてどんな戦い方をするのだろうか。
そんな不安を抱えたまま二試合目の番が回ってきた時だった。その頃にはほとんどの者は既にボロボロで中には倒れ込んでしまっている者もいたのだがそんな事もお構い無しと言わんばかりに次の対戦が行われようとしていた時である、一人の女性が突然その場に姿を見せたのだ。すると、それを見てしまった観客の一人が声を漏らした。
「……あれは、まさか!?」その女性は観客席の方に視線を送ると、まるで見せつけるかの如くその場で名乗りを上げてみせたのである。「私は……そうだな、敢えて名乗るとするならば『剣姫』と呼ぶべき存在かもしれないな。さて、そろそろ私の順番が来る頃だろう。相手は誰だろうか……もし強き者であるのならば是非とも一度手合わせ願いたいところだ」それを聞いた途端、対戦相手となる男性は思わず身体を震わせてしまったようだ。だがそれも無理はなかった、何故ならその名前はここ最近になって噂されるようになっていたものだからだ。その名を耳にしてしまった途端に誰もが恐怖を抱くようになるほどの強者だという事は有名な話だったのだが実際に目にした事で確信出来たのだろう、間違いなくこの勝負は自分の負けだと……とはいえこのまま何もせずに負ける訳にはいかないという思いもあったようで覚悟を決めると武器を手に取り彼女に立ち向かう姿勢を見せる。
それを見た彼女もまた武器を握り締めると静かに構えを取った。お互いに準備が出来た事を確認すると合図役の男性が大きく手を振り上げた。その直後だった、試合開始の合図を告げるかのように甲高い金属音が鳴り響き両者の間に激しい攻防が始まる。どちらも一歩も引かない状態でしばらく続いた戦いだったが先に体力の限界を迎えたのは意外にも彼女の方であった。
「ま、参った……」その声を聞いた瞬間に勝利を確信した男性はすぐに試合終了の合図を出した。その瞬間、会場中に割れんばかりの拍手が沸き起こると皆口々にこう叫び出したのだ。「流石、噂通りの強さだぜ!!」「あぁ、あの実力だったら魔王軍の幹部でも簡単に倒しちまうんじゃないのか!?」「俺もいつかあんなふうに強くなれるんだろうか」様々な声が聞こえてくる中でサツキはその場から立ち上がるとゆっくりとその場を後にするようにして歩き出す。そして最後に一度だけ振り返ると、軽く手を振って見せながら呟いたのだった。「いずれお前とも戦ってみたいものだな、それまでにはもう少し鍛えておく事だ」
そう言って去っていく彼女を見送った後、男性は大きく息を吐き出してから改めて観客達に向かって叫んだ。
「皆様!!本日の戦いをご覧になったと思いますがまだまだテストは始まったばかりです!!どうぞ、最後までお付き合いください!!!」こうして再び開始された戦闘訓練の様子を見守っていたミユはある事に気が付き始めたようだった。それはこの場所にいる殆どの人間が女性だったという事であり、つまりそれは自分達と同い年くらいの少年少女達が大勢集められているという事になるのだがその理由に関してはすぐに分かった。なぜなら彼らの大半は自分と同じような学生服を身に纏っていたからに他ならないからだ。そんな光景を目にしたリンカはふとサタン達の事を思い出してしまったのだが、もしかしたらサタン達も同じような場所で同じような訓練を受けていたのかもしれないと思うと急に複雑な心境に陥ってしまうのだった。
(そっか、マオ君も頑張ってるんだね。それなら私も頑張らなくちゃ)そう思った矢先、突如大きな地鳴りのような音が響き渡り、何事かと思った次の瞬間には辺り一面が暗闇に覆われて何も見えなくなってしまったのである。しかし、しばらくするとその闇の中にぼんやりと光り輝くものが姿を現した。その正体に気付いた者は驚愕のあまりに言葉を失ってしまっていたのだがそうしている間にもその光は徐々に近付いてきたかと思うと不意にピタリと動きを止めた。それと同時に聞こえてきた声は聞き覚えのあるもので思わず安堵してしまうものの、それと同時に緊張も感じてしまったのか固唾を呑んでしまうのだった。
そうして現れた人物こそルシフェルであった。彼女は辺りを見回した後でこう言ったのだ。
「どうやら全員無事みたいだな、安心したぞ」それを聞いた全員が同時に頷いた後でルシファーが代表して尋ねる事にしたようでそのままこう尋ねてみた。「あのぉ、これは一体どういう状況なんでしょうか?」その質問に一瞬だけ驚いた表情を見せるもすぐに冷静さを取り戻した様子で淡々と答えてみせた。
「見ての通りだ、何者かによって結界に閉じ込められてしまったようだが問題はそれがどこなのか……という事だろうな。それにしても妙だな、以前訪れた時はこのような空間など存在していなかったというのに……。まぁとにかく今は原因を探るよりも先にここから抜け出す方法を探さなければならんだろうな」それを聞いて納得した仲間達は再び周囲を見渡してみるもののやはり何も見つからない状態が続いていた為か落胆したような様子を見せていたがそんな中で唯一サタンだけは違っていたようである。何かを見つけたのか、その表情には僅かに喜びの色が見えていた。
それから少ししての事だった、ようやく見つけた手がかりを元にその場所へと向かう事となった一同なのだがその場所は先程までいた場所とは異なり薄暗い空間が広がるばかりで何もないように見える場所でもあった。その為、ここで一体何をすればいいのかと思っていたところでリンカがふと疑問を口にする事になる。それはなぜ自分達の周りにだけ光があるのにも関わらず遠くにあるはずの建物の明かりなどが一切見えてこない事に関してだったのだがそれに対してルシフェルからの説明がなされたのである。それを聞いた彼女は少しだけ安堵したかのような表情を浮かべながらこう呟く。
「なるほど、そういう事だったのか……ってなるかよ!?え、それじゃあ私達ずっと閉じ込められていたって事なんですか!?嘘でしょ……」思わず素っ頓狂な声をあげてしまうリンカではあったがそれを気にする事なくルシフェルはさらに説明を続けた。なんでもこの空間に迷い込んでしまった時点で既に別の世界へと転移されていたらしく脱出する事に成功したとしても元いた世界に戻る事は出来ないだろうとの事であった。とはいえ、だからと言って悲観的になる必要などないのだがそれでも心配している者がいるのも事実ではあるようでサタンに至っては今にも泣き出しそうな表情を浮かべる始末だった。そんな彼女に声を掛けたルシフェルはそっと肩に手を置きながら言った。
「確かに戻れぬというのは事実ではあるが方法が無い訳ではない、お前達さえ良ければだが我の力を使えば元の次元に戻る事が出来るかもしれない。但しこれには一つ問題があってだな、恐らくこの方法を使えば今の力の大半を失う事になってしまうだろうがそれを踏まえた上でもう一度聞いておこう」そう言うとその場にいる全員の顔を見回しながらさらに続ける。
「我等と共に来る覚悟はあるかな?」その問いかけに対して最初に口を開いたのはサタンだった。もちろん他の仲間達も一緒だと答える中、真っ先に返事をしたのは意外にもマコトだった。彼はルシフェルに向かってこう尋ねたのだ。
「あの、一つだけ聞いても良いですか?もしも僕が嫌だと言ったらどうなるんですかね……?」するとそれに答えるかのようにルシフェルは言った。
「無論、無理矢理連れて行くつもりはない。あくまでも本人の意思次第だからな、だが仮にそうなった場合は諦めるしかないだろうな」そう話す彼女の表情は非常に悲しげなものであったのだがそれも仕方のない事だと言えるだろう。何故なら彼女自身も仲間であるはずのサタン達に迷惑をかけたくはないという思いがあったからである。ところが、当の本人からは思ってもみなかった返事が返ってきたのである。「いえ、僕は構いませんよ。むしろ皆と一緒の方が心強いので是非お願いします!」その返事を聞いた瞬間、ルシフェルは思わず目頭が熱くなる感覚を覚えたと同時に込み上げてくるものを抑える事が出来ずその場で涙を流してしまうのであった。だがいつまでも泣き続けている訳にもいかないと必死に気持ちを落ち着かせたところで改めて皆に視線を向けるなり小さく頷いてみせた。それを見たサタン達もまた力強く頷くとこれから訪れるであろう新たな生活への期待や不安が入り交じった感情を抱きながらも必ず元の世界に戻ってみせるという決意を固めたのである。それからというもの、サタン達を含めた異世界からの来訪者達は揃ってこの場所を拠点として動き始める事となる。
こうして新たに始まった彼らの生活は想像以上に厳しいものがあったようだ。なにせ彼女達はこの世界の事を何一つとして知らなかったのだから当然と言えば当然の結果とも言えるだろう。とは言え、幸いな事にルシフェルが仲間にいてくれたおかげで色々と助けてもらう事ができていた。というのも、この世界で暮らす為には必ず必要な身分証明書を持っていない状態だったからだ。当然ながらこの世界の住人ではない以上、何かしらの方法で作り出さなければならないと考えた結果、彼女の力を貸してもらう事になったのである。その結果、無事に戸籍登録する事が出来たサタン達はその後の生活に困る事は無くなった。ただ残念な事に学校へ通うといった事は叶わなかったもののそのお陰で自由に行動できるようになった事もあり、より積極的に情報を集めていくようになっていった。
それから約一年後、ついに待ち望んでいた時が訪れた。それはサタン達の年齢が15歳になった時だった。この日は特別な日という事もあって普段とは違った雰囲気に包まれていたのだがその中でとあるニュースを耳にした事でサタン達の興奮度は最高潮にまで達する事になるのだった。その内容とは『魔王軍四天王の一人であるベリアルが勇者によって倒された』という情報だったのである。
これを聞いた瞬間、誰もが同じ事を考えていたはずだ。つまり今ならば自分達の力が戻る可能性があるのではないかと考えていたのだ。しかしながら肝心の方法に関しては未だ不明のままだったのでしばらくは様子見という形で静観を続ける事にしたようだ。だが、それも束の間の出来事で翌日になるとルシファーとベルゼブブは魔界へと戻らなければならなくなってしまったのである。というのも彼女達には魔王代理としての職務が残っている為、しばらくの間は戻って来れないというのが理由であった。
そしてサタンとルシフェルはというとまだ人間界に残っているマオとミユキの元を訪ねる事にしたのであったがそこで思いがけない人物と出会う事となり、結果的には共に旅をする事になった。それはサタン達にとって非常に重要な人物であるサツキだった。どうして彼女がここにいるのかと理由を尋ねてみたところ、実は数日前にルシファーから直々に指示を受けてやって来たそうだ。しかし何故今になって突然そんな事を言い出したのかという理由については詳しく話してもらえなかったもののとりあえずその件については後にしておく事にした。こうして、当初の予定よりもかなり人数が多くなってしまった一行はしばらく行動を共にしていく事となったのだった。ちなみになぜわざわざ人数が少ないタイミングを狙ってきたのかと疑問に思っていたようだがそれについての答えは至って簡単なものだった。単純に目立ちたくなかっただけであって、特に深い意味はないという。そんなやり取りをしていたところで今度はリンカの方から質問をぶつけてみる事にした。
「ねぇ、そういえば気になってた事があるんだけど聞いてもいいかな?」
「別に構わないけど、一体どんな内容なのかしら?」そう尋ねてくる彼女に頷き返した後で改めて口を開く。
「いやさぁ、なんでアンタみたいな大物がこんな辺鄙な所に来たんだろうなって思ってさ。もしかしてルシファーさんに命令されて来たのかなって思ったりしたわけなんだけどどうなの?ほらぁ、だって前に会った時とか明らかに面倒そうにしてたからさ」それを聞いた瞬間、一瞬驚いたような表情を浮かべていた彼女だったがすぐに表情を戻してこう言った。
「あぁ、それは私が個人的に来ただけよ。だから別にルシファーの命令で来ている訳ではないわ。それよりも貴女の方はどうなのよ?あんな凄い力を持っていたら誰だって欲しがるでしょうからてっきり私と同じなのかと思っていたのだけど」どうやらリンカの方も自分達と同じく戦力増強の為にやってきたのではないかと考えていたようでその理由に関して尋ねてみると予想に反して違うという返事が返ってくるのだった。とはいえ全く関係ない話でもなかったらしく、少し躊躇いながらもこう答えた。
「えっとね、正直に言うと私もそろそろ新しいパートナーを見つけようと思ってたのよ。でもやっぱりなかなか良い相手を見つける事が出来なかったから仕方なく自分でなんとかしようと思ってね……って、そんな事はどうでもいいか、それで話を戻すけどさ、実際どうやって探すつもりなの?この辺りにいるような人達ってみんな強そうな感じがするんだけど、正直言ってちょっと手強そうかなって思ってるんだよね」そう言っているそばから周囲にいる屈強な男達の姿を横目で眺めながら苦笑いを浮かべている。ところがルシフェルは特に気にしていない様子でこう返答した。「それなら心配しなくてもいいわよ、少なくともここには大した奴はいないからね。それより問題は別にあると思うんだけどその辺りはどう考えているのかしら?」その言葉を聞いた瞬間、ハッとした表情を見せた彼女は改めて周囲を見渡すのだがそこに広がる光景を目にした途端、またしても苦笑を浮かべてしまった。なぜなら先程までは気付かなかったようだがよくよく見ると女性陣の姿がどこにも見当たらないばかりか男性しか見当たらない状態になっていたからだ。その理由について聞いてみたところ、返ってきた答えは単純明快なものだったという。
「まぁ、単純な話よ。ここに集まった者達は皆私の力を求めてやってくる者ばかりだったのよ。中には無理矢理奪おうとしてきた輩もいたけどね、全員残らず返り討ちにしてあげたわ」そんな彼女の言葉に驚きを隠せない様子のリンカだったのだがそれと同時にこうも思った。
(え?何、それってただの自慢にしか聞こえないんだけど……っていうかむしろ引くレベルなんだけど……?)だがその一方でどこか共感している自分がいた。(確かにこれだけの美人さんだったら欲しいと思う気持ちは分かるなぁ、しかもこれだけ強いんだから尚更ね。それにしてもなんかイメージしていたものと違う気がするんだよなぁ……もっと大人しい感じだと思っていたけど全然そうじゃないし、どっちかっていうとむしろ性格は最悪な方かもしれないわね)そんな事を思いながらジト目で見つめ続けていた。
するとルシフェルはその視線に気付いたのか不思議そうな表情で尋ねる。
「どうしたのかしら、私の顔に何かついているの?」それに対してすぐさま首を横に振るのだがその表情は明らかに曇っていた。それもそのはず、せっかく見つけた仲間だと思っていたのにその思いも空しくたった数時間程度で解散となってしまったのだから当然の反応だと言えよう。とはいえ、いつまでもこのままという訳にもいかないと考えたルシフェルは再び口を開いた。
「悪いけど、あまりのんびりはしていられないのよね。早く戻らないと面倒な連中に絡まれちゃうからね」そう言ってその場から離れようとするのだがその時になってようやく気付いた事があったようだ。というのもいつの間にか自分の周りに人が集まっていたからである。
彼らは一斉に口を開き始めるなり口々に何か言っているようだったが当然ながらその内容までは聞き取れず首を傾げていると突然背後から声を掛けられる。振り返ってみるとそこにいたのは見覚えのある顔だった。
「……あの、もしかしてサタンさん達と一緒にいた方ですよね?」声を掛けてきたのは眼鏡をかけた一人の少女で名前はユナと言い、以前から面識のある相手であった事から親しげに話しかけてきたのだ。ちなみに彼女も以前と比べて身長が伸びていて顔つきなどもすっかり変わってしまっていたので最初は誰なのか分からなかったらしい。ただ話を聞いていく内にやはり以前に出会った少女だという事が分かったようだ。しかしそれとは別に気になる点もあったようでそれを尋ねたところ思わぬ答えが返ってきたのである。
というのも彼女の方は覚えてはいなかったものの、サタン達の話によればルシフェルが一方的に知っていただけで実際に会うのはこれが初めてだったようだ。それでも二人の出会いは決して偶然などではなく必然的な運命によって導かれたものなのかもしれないとこの時二人は考えていたのだった。それは二人が初めて顔を合わせた時、二人同時に同じ言葉を口にした事でそれが確信に変わったという訳だ。そしてそれからというもの、しばらくの間他愛もない会話をしながら歩いていたところでユナはふとこんな事を聞いてきた。
「そういえばなんですけど、先程ルシファー様から呼び出しを受けたって聞いたんですけど一体何の話なんですか?もしかして私達の今後の方針に関するお話だったりしますか?」その質問を聞いたルシフェルは小さく頷き返す。
「そうね、大体そんなところになると思うわ。でも、そんなに難しい事じゃないから心配しなくても大丈夫よ。それに今回の一件はおそらく貴方にとって悪い話にはならないと思うわよ。もちろん他の仲間達も同じ事を思っていそうだけどね、多分だけど貴方が思っている以上に皆からは好かれているんじゃないかしら?」
「……そうなんですかね?」自信が無さそうに呟く彼女に対してルシフェルが力強く頷く一方でその様子を見ていた周囲の人間達は不思議そうに首を傾げたりしていた。それも無理はない話で初対面にも関わらずまるで昔から知っているかのような口振りで話していたのだからそれも当然だと言えるだろう。だがそんなやり取りを交わしていた所で再び前方に視線を向けると、その先には既に城が見えており、更にはその門の前に立つ人影が確認出来た。
やがて向こうもこちらの姿に気が付いたのか慌てた様子で駆け寄ってきたかと思うと深々と頭を下げてきたのだ。しかしそれは単に頭を下げられたというだけの話ではない事は誰から見ても明らかだったに違いない。何故ならその人物とはなんとこの国の女王であるミレイア本人だったからに他ならない。つまり、今ここにいる全員がこれから女王と会う事になるという事を意味しているのである。その為、さすがのルシフェル達も多少なりとも緊張しているのか自然と表情が硬くなるのが分かった。
ところが当の女王の方は特に気にした様子はなく普段通りに接するつもりのようだった。なのでさっそく中へ案内される事となったのだがその際の事、何故か先頭を歩くのは自分なのだと言われたものだから余計に驚いてしまったようである。だがその理由に関してはすぐに分かる事になった。なぜなら城内に入って間もなく一人の少女が姿を見せたのだがそれは紛れもなくリンカだったからだ。そんな彼女と再会する事が出来たルシフェル達は嬉しそうな表情を浮かべる一方、リンはリンカでどこか照れ臭そうな表情を浮かべていた。そんなリンカの様子を見ていたルシフェルはすぐに察したようで微笑みながらこう言った。
「なるほど、貴女も相変わらずみたいね。でも会えて嬉しいのは私も同じだからお互い様よね」それを聞いたリンカは少し驚いたような表情を見せた後でこう返答する。
「私もです。まさかこうしてまたお会い出来るとは思っていませんでしたから……それと実はもう一つお伝えしておきたい事があるのですが……」そう言うと隣に立つサタンへと視線を移した。その瞬間、ルシフェルだけでなくサタンも驚きの表情を見せていたのだったがこれにはある理由があったからだ。それはこの場に現れたのが自分達の知る人物ではなかったからなのだが、だからといって別におかしいという訳でもないのでその理由を知る者は少ない。ではなぜそのような反応を見せるのかと言うと理由は簡単で彼女達の前にいる人物があまりにも若い見た目をしていたからだ。それこそ下手をすれば十代前半のようにも見える為、とてもではないが実年齢相応には見えなかったのだろう。とはいえそれもあくまで外見上の話しであって実際の年齢はとっくに百歳を超えているのでそこは間違えないようにしていただきたいものである。ともあれ彼女が何者なのかについて説明をするとどうやら魔王の娘の一人であり、名前をミレイアと言ったようだ。しかも彼女こそが今回起きた一連の騒動を引き起こした張本人でもあるのだというのだが、本人は未だに反省している様子が見られないばかりか逆に開き直った態度でいるのだから困りものだと言うべきだろう。ちなみに名前からも察せられるだろうが、彼女も吸血鬼族に属する種族の一つである。
「とりあえず挨拶はこの辺にして、早く部屋に向かいましょうか」そう提案したのは意外にもサタンの方でルシフェル達に異存はなかったようで揃って頷くと歩き出した。その後、ミレイアに案内されて到着した場所は以前、サタン達が寝泊まりした部屋だった。そして部屋の中に入った瞬間、真っ先に目についたのはベッドではなく机に置かれた一枚の紙きれだったのだがそれを見たルシフェルが怪訝そうな表情を浮かべながら呟く。
「ねぇ、リンカ。これは何かしら?」尋ねられた彼女は一瞬首を傾げるのだがすぐにその意味を理解したらしく小さく笑いながらこう答える。
「あぁ、それは私のお母様からの手紙ですよ」その言葉に思わず驚きの声を上げたのはルシフェルだけではなかった。サタン達も同じように声を上げていたのである。しかしそれもそのはず、なぜならリンカの母親といえば先代の魔皇として魔界を治める存在だからだ。そんな彼女が亡くなったという事実を知っている者は少なくない筈であり、ましてや現魔王であるサタンや彼女の姉にあたるアルスフィルネリアでさえも知らない情報だったのである。にもかかわらずリンカはさも当然のように口にした事からその場にいた全員の注目を集めてしまう。するとそこで初めて自分の発言が迂闊であった事に気付いたのか苦笑いを浮かべると改めて話し始めた。
「えっと……皆さん勘違いされているようですけど、何も亡くなった訳じゃないんですよ?」その一言を聞いて今度は一斉に首を傾げるとほぼ同時にサタンの口から言葉が漏れる。
「……じゃあどうして手紙なんて送ってきたのよ?」それに対しリンカは困った表情を見せながらも説明を続ける。
「いや、それが私にもよく分からないんですよね……もしかしたら私にしか話せないような大事な用件があるんじゃないかと思うんですが……正直、内容についてはまだ確認出来ていないんですよ。ですからひとまず中身を読んでみないと分からないって訳です」そう言って差し出された手紙を恐る恐る受け取ったルシフェルはその中身を確認するべく封を切ってからゆっくりと開き始めた。しかしそこに書かれていた内容はあまりに短すぎる文章だったため、さすがに拍子抜けしてしまったようだ。というのもそこにはたった数行ほどの文字が並んでいるだけだったのだから当然の反応と言えるだろう。そして内容を要約すればこう記されていたのである。『もうすぐそちらに戻る』と……この一文を見たサタン達は最初、どういう意味か全く理解出来ずにいたのだが一人だけ違っていた。それが何を隠そうルシフェルだった。なぜなら彼女には心当たりがあったからである。だからこそ他の者達とは違い、さほど驚かずに納得していたのだ。
(そっか、そういう事なのね……それにしても随分と大胆な事をするのね、まぁその方がやり易いとは思うけど)そんな事を考えながら読み終えた手紙を封筒の中へと戻すなり、再びリンカへと返すとようやく口を開いた。「確かに渡したわよ」それに対して短く返事をするなり懐に仕舞う姿を見ていたルシフェルは何か言いたそうな表情を浮かべるがあえて何も言わない事にしたようだ。それはきっと彼女なりに気を使ったのかもしれない。そしてそれを察してかリンカの方から声を掛けてきた事で場の空気が一変した。
「あの……私、何か変な事でも言いましたか?」心配そうに尋ねて来るのを見て慌てて首を横に振ると再び笑顔を浮かべる。だがその一方で内心ではまだ考え事をしていた。というのも、これから起こるであろう出来事にどう対処していくべきなのか考えていたのだ。
まず一つ目は、自分達にとって不利益となる行動をとった際の対応についてである。もしも彼女の母親が現れた場合、どのような態度を示すべきかという事だった。普通に考えればここは素直に受け入れるべきなのだろう。何せ相手は自分達の命運を握る存在だと言っても過言ではないのだから下手な真似はしない方がいいだろう。ただしそれは相手が普通の人間の場合に限る。つまり魔族のような上位の存在であれば話は別だという事だ。だがそうなると問題になるのは誰が相手の相手をするのかという問題が生じてくるだろう。もちろん自分一人で戦う事も考えたのだがその場合、仲間達にも大きな危険が及ぶ事になる。それだけは何としても避けなければならないだけに一体どうするべきか頭を悩ませていたのだ。
とはいえ、今はそんな事を考えている暇はないと判断したのか気持ちを切り替えてから再び歩き始める。何故なら目の前には巨大な扉があって既に開いていていつでも入れる状態だったからだ。それを見ていよいよだと感じたルシフェルは思わず表情を引き締めていた。すると隣を歩いていたサタンもまた同様に緊張していたようで自然と手が震えてしまっていたらしい。その様子を目にしたミレイアが声を掛けてきたのだが、二人は問題ないと言って軽く受け流すと先に部屋の中へ入っていったのである。そして後からやって来た面々が次々と中に入り終えると最後にリンカが入ってくるなり扉が閉められる事となった。
一方その頃、ルシファーとの話し合いを終えたエルナとカレンの二人は城にある客間に通されたところで一息ついていた。というのも二人が呼ばれた理由は主にルシフェル達と行動を共にするかどうかという事を確かめる為だったからに他ならない。それ故に、まずは互いの自己紹介から始まったのだが、やはり一番気になったのはルシファーが二人に対して興味を抱いた理由だったようだ。何しろ彼女は過去に二人の存在を知っていながらも特に気にしていなかったのだから無理もない。その為、その理由を問われた時はさすがに困惑した様子でこう答えている。
「それは……分かりませんね」だが実際には思い当たる節がないわけではなかった。そもそも彼女からすればルシファーはある意味特別な存在だったからだ。何故ならばルシファーという女性は今までに何度か顔を合わせており、しかもその時は常に自分の上司に当たる存在と共にいたからだ。そして何よりも驚いた事は以前に見た時よりも明らかに成長を遂げていた点にあったのだ。だからこそ最初は他人の空似だと決めつけていたのだが、話を聞いているうちに間違いなく本人だという事が判明したのだった。その結果、驚きのあまり言葉を失ってしまったのだが、そんな二人を気にする事なくさらに追い打ちをかけるかのようにある事実を口にする。それはなんと自分達の素性を知っていたばかりか、さらには母親の死についても聞かされてしまったというのだ。これにはさすがの彼女達も動揺を隠しきれずにいるようだった。なにせ自分達の正体について知っている者は決して多くない筈なのだからそれも当然の事である。
そんな中、カレンだけは冷静に振る舞っていたのだが心の中ではやはり困惑していたようで時折表情が強張っていたのが窺えた。しかしそんな彼女とは対象的にルシフェルは至って冷静で、それどころか普段通りの振る舞いを見せているように見えていたが、その内心はと言えば非常に複雑だったらしい。何故ならルシファーが口にした内容が正しければ、ルシフェル達が魔界へ来た理由を知る数少ない人物になるだけでなく、これまで起きた全ての事情を把握する事が出来てしまう唯一の人間でもある為、どうしても意識せずにはいられなかったのだ。
やがて話が終わった所で一旦席を外すよう告げられた二人は、案内役を務めるミレイアに従って部屋を出ていく。そしてしばらく歩いて別の部屋へと入った後でソファに座るよう指示されるとそのまま腰を落ち着かせた。ちなみにその部屋はどうやら客人用の一室のようで広さはそれほどでもなく家具なども少ないシンプルな作りになっていた。だがそれでも生活に支障が出ない程度の物は揃っているので十分快適な環境だと言えるだろう。その証拠に二人とも部屋の中を見渡しながら感嘆の声を漏らしていた。
「それにしても随分と質素なのね……私達の城に劣らず豪華だからもう少し派手好きな性格だと思っていたんだけど」率直な感想を口にしたのはもちろんルシフェルだ。それを聞いて小さく笑うとリンカは小さく首を振る。するとそれに続いて彼女の隣に座るアルスフィルネリアが説明を始める事にしたらしく、おもむろに口を開くとこう話し始めた。
「あぁ、それは多分、お義母様があまり華美なものを好まないからよ。元々、お母様が生きていた頃は魔王としてではなく普通の冒険者として活動していて各地を転々としていたからね。それで派手なものを嫌う傾向にあったんだと思うわ」
「なるほど……つまりはあの人の好みに合わせた結果、こうなったというわけね」そう呟くなり改めて部屋を見回してみると納得した様子を見せた。そして今度はカレンの方に視線を向けて尋ねてみる。「ねぇ、貴女なら知ってるんじゃない?確か昔に会った事があるのよね?」その問いかけに思わず驚きの表情を見せるものの黙って頷くだけだった。そんな彼女の態度を見て何かを感じ取ったのかすぐに納得するなり、これ以上聞くのをやめると次に気になる事を口にする。その内容というのがサタンについてだった。
実は今回、ルシフェル達は魔皇ルシファーからの招待を受けて魔界まで足を運んでいたのだがその際、一緒に同行したのがサタンなのだ。それも以前、会った際とは大きく変わっており、容姿や口調などは勿論、身に付けている物まで違うため別人のように感じられたのである。そのため気になった彼女が質問したのだがその答えは驚くべきものだった。なんとサタンは自ら望んで魔界を訪れたのだというのである。これにはさすがに驚いたルシフェル達が声を失う中、リンカだけが事情を知っていた為に苦笑いを浮かべるだけだった。
それからしばらくして全員が揃うと早速本題へと移っていく事になった。まず最初に口火を切ったのはサタンだったのだがそこで聞かされた内容に皆は驚きを隠す事ができずにいた。なにしろサタンから語られる話は全てが突拍子もないものばかりだったからだ。というのも彼女曰く、自分はかつて神界に住む神々の手によって召喚された存在だというのだ。だがその方法に関しては一切明かす事はなく、また彼女自身もそこまで詳しくなかった事もあり詳しい内容は分からなかったようだが、少なくとも自分一人だけではなかったという話には誰もが衝撃を受けていたのである。そしてここから先の話が最も重要であった。なぜなら彼女が知る限り、サタンと同じ境遇の存在が複数いるという事実を知ったからである。
その話の内容をまとめるのであれば以下のようになるだろうか。一つ目が天使達による実験により生み出された存在であるという事だ。ただしこの実験というのはあくまで名目であり、実際はただ単に人手不足を補う目的で造られたに過ぎないのだそうだ。そしてその目的というのが自分達のような特殊な力を持っている者を強制的に堕天させつつ管理する事だったのである。しかし問題はそこから先だった。いくら管理すると言ってもそう簡単に物事が運ぶはずがないのは明らかだと思われるだろうが、それが可能になってしまう理由がそこにはあったようだ。その理由こそが先程、話題に上がっていた創造神の存在だというのだ。
簡単に言えば彼女達の持つ能力の中には"創生の力"と呼ばれるものがあったらしい。これは読んで字の如く、様々な物質や物体を創り出す事ができる力なのだが当然ながら制限もあったようで扱えるのは一度に一つだけだという点と、創り出した物の寿命は非常に短く一度使えば完全に消えてしまうという点である。とはいえ使い方次第ではとても役に立つ力である事は間違いなかったので一部の者達にとっては救世主的な存在だったに違いないだろう。そしてそれはまさにサタン達の事を指しているのだが当の本人達は全く知らなかったようなので驚くのは当然の結果とも言えるのかもしれない。
そして二つ目としては同じ立場の者同士が集まり協力して生活をするというものだった。つまりはお互いに助け合いながら生きる事でより絆を深めようという考えの下で実行された作戦のようなものだったのだろう。実際、それによって当初は上手くいっていたそうだが、それも束の間の事にすぎなかった。というのも徐々に問題が生じ始めてしまったからだ。
その理由としては互いに考え方の違いが浮き彫りになってしまったからだった。そもそもサタンを含めた数人しかいなかったという事もあるがそれ以前に他の者は自分が正しいと思う考えを持っていた事から衝突が起きてしまったのだという。だがここで厄介な出来事が起きたのも間違いない事実で、それは創造神の行動に関してだった。
何故なら彼等はその性格上、非常に飽き性な性格の持ち主だったという事だ。しかも何を仕出かすか分からないだけに下手に刺激を与える事は危険でしかない事を彼女は知っていたからこそ慎重に動いていた。そしてそれは仲間内においても言える事で余計な事をさせないように極力接触を避け、あくまでも指示を仰ぐというスタイルを取っていたのだ。だがその結果、我慢が出来なくなった一部の者によって反逆の意思を示した者がいたのだが、それは彼女だけでなく同じ場所にいた者全員に共通する行動だったようだ。そして結果的には全員が反旗を翻すという結果になり、最終的には全員が捕まってしまったのだとか。
それを聞いた時、ルシフェルは思わず信じられないといった表情を浮かべていたが、それでも実際に起きた話なので疑う余地はないと思ったのだろう。同時に何故ルシファーがここまで詳しい情報を提供してくれたのか不思議に思っていたようだ。というのも本来なら自分達の事を知る術などある筈がないからだ。それなのにこうして全てを語ってくれた事については疑問を抱かずにはいられなかったのである。するとそんな彼女の心情を察したルシファーが徐ろに口を開いた。「それについてだけど、まずはお礼を言わせてちょうだい。ありがとう」「え……お礼……?」思いがけない言葉にキョトンとするしかなかった。そんなルシフェルに対してルシファーはさらに続ける。「えぇ、そうよ。なにせ私では知る由もなかった情報を得られたのだから、これ程までに嬉しい事はないもの。でもだからこそ気になる事があるのよね……」そう言いながらチラッとリンカの方に視線を向けると今度はこんな事を口にする。「実はね、さっき貴方たち二人に会った時から気になっていたのだけど……まさか貴女もそうだったとはね……」その言葉にハッとした表情を浮かべた後、すぐに顔を伏せると申し訳なさそうな表情を浮かべる。そしてそれを見たルシファーが小さく頷くとさらに続けて言った。「別に責めている訳じゃないのよ。むしろその逆で感謝しているくらいなのだから気に病む必要はないわ」そう言って微笑むのだが当の二人はどうしていいのか分からないといった様子だった。何しろ相手は魔界の支配者でもありトップに立つ存在なのだ。そんな彼女に礼を言われるような心当たりなどなかった為、困惑してしまうのは無理もないだろう。だがその一方でリンカだけは違った反応を見せた。というのもどうやら彼女もルシファーと同じ意見のようだと理解したからである。その証拠にどこか嬉しそうな表情をしながらこう言った。「私もルシフェルと全く同じ気持ちよ。だからもし良ければ、これからは仲良くしましょう」そう言って右手を差し出すのを見て、慌ててそれに倣って頭を下げる。
するとルシファーは小さく笑うだけで握手をかわすとそのまま話の続きを始める事にしたらしく再び口を開く。ちなみに先程の話は彼女の中で完結した事だったので詳しくは聞かなかったようだ。そしてそれを聞かされた二人だったが驚きながらも納得せざるを得ない理由があったのも事実であり、またそれと同時に彼女が嘘を言うような人物ではないと確信させるものでもあった。なぜならそれだけの事をわざわざ口にする必要性が感じられないからだ。つまりそれほどまでに信頼されていると考えて差し支えないはずなのである。それに気が付いた二人が納得したように頷いていると不意に扉がノックされる音が聞こえてきた。そこで一旦話を中断する事になると扉が開かれ一人の少女が姿を見せる。
「……あ……お取込み中でしたか……?でしたら私は席を外しますけど」恐る恐るといった感じで尋ねた彼女にルシファーが優しく話しかけると笑顔で答えた。「いえ、大丈夫よ。丁度、話が終わった所だったから貴女も一緒に話を聞いてもらえるかしら?」その問い掛けに対して一瞬戸惑う様子を見せたもののすぐに頷きを見せると部屋の中へと入ってきたのである。そんな様子を眺めていたルシフェルとリンカは顔を見合わせると互いに笑い合っていた。
サタンの話によれば彼女以外のメンバーも既に揃っているとの事だったのでルシファーは早速、移動を開始する事にした。もちろんその目的はサタンから聞いた情報を共有して今後について話し合うためである。もっとも彼女が語る内容に関しては全員が興味を持つ事になるのは確実であった為、自然と話し合いに参加する人数が増える結果となり、必然的に場所を変える必要が出てきてしまうのだった。そして辿り着いた場所が会議室と呼ばれる部屋なのだが当然の事ながら室内に入るのは初めての経験となるためか全員の表情が若干、強張っていた。
「さぁ皆さん、遠慮せずにどうぞ中に入ってきてください」ルシファーの呼びかけを受けて真っ先に入室してきたのはミカエルだった。その後に続いてラファエルやウリエルといった面々も次々と足を踏み入れていくが、その表情を見る限りは落ち着きがないように見える。というのもやはり初めて入る部屋に興味があるようでキョロキョロと見回したり、あちこち触ったりしているのが印象的であった。しかし中にはサタンと同じように落ち着かない様子の者もいたりするようだ。そんな中でガブリエルとマモンだけは特に変わった様子を見せなかったようである。
一方で一番最後に入って来たのは意外にもベルゼブブだったのだが、彼に関しては普段からこういった場所に足を運ぶ機会がないので致し方ない事かもしれない。そもそも悪魔というのは本来、自由気ままに行動する者達ばかりなので仕事などでない限り、自らの意思で人間界に赴く事はあまりないのだ。ちなみにこれはあくまでも彼の個人的な見解になるが、その理由は単純に面倒だからであるという。ただし彼がそう考えているだけであって他の悪魔達はまた別の考えを持っているかもしれないが、今のところは誰も否定をしないため真実は定かではない。とはいえそれは決して彼自身の性格が悪いという事ではなく、あくまで個人の見解に過ぎないというのが関係しているようだ。またそういった理由から普段、顔を合わせる機会がほとんどないというのも要因の一つだともいえるのかもしれない。
そんな状況の中、ふと我に返ったらしいベルゼブブが辺りを見渡し始めると近くにいたルシファーに話しかける事にする。すると彼女は少し困ったような表情を浮かべると小さく笑いながらこう口にした。「すみません、皆さんに椅子を用意してあげて貰えますか?さすがに立ちっぱなしは申し訳ないので……」その言葉を受けた彼は小さく頷いた後で部下に指示を出し始めた。
すると間もなく用意された椅子に腰を下ろすと一息ついたようでホッとする表情を見せつつ、周りを軽く見渡していく。その際、何か思う事があったのかサタンの方に視線を向けていたようだが結局、声を掛ける事なく視線を逸らすと自分の正面に座っているルシファーに目を向けた。一方、ルシファーの方はといえば相変わらず笑みを浮かべてはいるが何処か余裕を感じさせており、それがかえって不気味に思えてしまう程であったのは言うまでもないだろう。しかしだからといってここで怯んでいる訳にはいかないと判断したのだろう。覚悟を決めた様子でゆっくりと立ち上がると開口した。「それで、我々を集めて話したい事があるという話ですが一体どのような内容なのでしょうか?」だが彼女の質問に対する答えはルシファーが手を上げる事で答える事になる。
「そんなに身構えなくても大丈夫ですよ。実は皆にも協力してもらいたい事があって集まってもらっただけなので、難しい事ではないのです。ですから安心して聞いてもらえれば大丈夫です」彼女はそう言うと改めて一同の顔を眺めていく。ただこの時、その場にいた者達は違和感を覚えていたようだ。というのもいつもなら最初に説明なりをしてから本題に入るところだというのに今回は全くそのような気配が見られないからだ。それどころか何やら妙な違和感を抱く事になったがその理由は直ぐに分かる事になる。というのも次の瞬間、信じられない言葉を耳にしてしまったからだ。「……それではさっそく本題に入らせてもらいますね……実は貴方達にはこれから異世界に行ってもらい、そこで新たな人生を歩んでもらう事になりました……その為に皆さんを呼んだ訳なのですけど……」「「「「……!?」」」」ルシファーの言葉を聞いた瞬間、誰もが耳を疑ったに違いない。それはあまりにも突拍子もない話だったからだ。だが当の本人は全く気にする素振りを見せず平然としたまま話を進めていく。そしてようやく終わりが見えた所で再び口を開いた。「まぁ詳しい内容は各自の担当部署の方達に一任しているので細かい事は彼等に直接、確認してもらえば問題ないでしょうからとりあえずはこのくらいで終わらせてもらってもいいですか?」
それから少しの間を置いて反応を確認すると満足気な表情を浮かべる。そして……「では、そういう事ですのでよろしくお願いしますね」そう言って微笑むとルシファーは再び席に着くのだった。そのタイミングで別の者がやって来た事で更に慌ただしくなる会議室内の様子を目の当たりにしたルシフェルは小さく息を吐くと隣に座るリンカに向かって小声で話しかけた。
「……ねぇ……もしかしてこれって……」するとそれに反応した彼女が同じように声を潜めながら返事をする。「えぇ……おそらく私達と同じ境遇のようね……」そう言いながら二人揃って顔を見合わせた後で小さく頷くのだが、そこに一つの声が割り込んできた。どうやらルシフェル達の会話が耳に入ったようだ。「あら?二人とも何を話しているのかしら……?」それは先程までずっと黙り込んでいる様子だったミカエルだった。そのため急に声を掛けられた事に驚きつつも二人は同時に顔を向けると正直に答えた。「実はさっきのルシファーさんの話で気になる事があったのでそれを確かめようとしていたんです」すると今度は二人の会話を盗み聞きしていたのかウリエルまで近付いてくると興味深そうな表情を浮かべて話し掛けてくる。「ほう、奇遇だな。俺もその話に少し興味があるんだよ。だから詳しく教えてもらえないか?」
それに対してどう答えようか悩んでいたルシフェル達だが、そんな様子を見かねたのかそれまで沈黙を保っていたルシファーが口を挟んでくる。しかもその内容は至って単純なものであった。「皆さんも疑問があるなら遠慮なく発言してもらって構いませんよ」つまり彼女はそれだけ信用されている人物であり、またこの組織内で絶対的な権力を持っているのだと物語っていたのだ。そしてだからこそ誰も異論を唱える事なく素直に受け入れていた。ちなみにその事を肌で感じ取っていた彼女達だったが、だからといって萎縮するような素振りは一切見せない。何故なら今のやり取りだけでルシファーという人物を理解したからだと思われる。少なくともこの場に集まった者達にとってはそれだけで充分だったのだ……。
ルシファーの説明が終わったところで続いて今後の行動について指示されたメンバーは会議室を出るとそれぞれの場所へ移動する事にしたようである。といっても殆どの者はその場で待つように命じられたまま待機しているだけだと言えなくもないが、それでも中には例外もいたようだ。なぜならそれはルシフェル達の事である。とはいえリンカの場合は既に会議室から移動済みの為、残った二人だけの話と言えるだろう。その二人はと言うとサタンに案内される形でとある部屋にやってきていたのだが、中に入るや否や思わず感嘆の声を漏らしていた。それも当然と言えば当然だ。何しろそこは今まで入った部屋の中で最も広く大きな空間が広がっているだけではなく設備も充実していたのだ。特に目を引いたのが巨大なモニターとコンピューターが設置されている点だろうか。他にも数多くの機械が並んでいる事からここは開発部か何かだと想像出来たのである。ただし残念ながらそこまでの情報を得たとしても専門知識が皆無の状態で理解できるものではない。しかしそんな事よりも何よりも二人が注目したのは室内に設置されている機器類だった。
というのも現在、この部屋の中には二人以外の姿はなくとても静かである為、より音が目立って聞こえたという理由もある。しかしその程度の理由ではここまでの感動を得る事などまず有り得ないだろう。何故なら、これら一つ一つが高い技術力で製造された物だという事が素人目にもはっきりと分かったからである。その為、興味を持つなという方が無理がある話だといえるのではないだろうか。その証拠に二人は目を輝かせながら室内を見回している最中なのである。
「どうですか?凄いでしょう」すると不意に掛けられた声に振り返ると笑顔のまま歩み寄って来るサタンの姿を目にした二人は互いに顔を見合わせた後、小さく頷いていた。「そうですね、確かにこれだけの機材が揃う部屋というのは見た事がありませんから、つい見入ってしまいました。本当に素晴らしいです。ただ一つだけ質問をさせて頂いてもいいでしょうか?」「えぇ、構いませんよ。それで何が聞きたいのでしょうか?」すると彼女は快く引き受けてくれただけでなく逆に質問を促す姿勢を取ってくれたのでルシフェルは遠慮せずに尋ねてみることにした。
「ではお言葉に甘えて……。あのモニターに表示されている文字についてなんですけど……」「あぁ、あれですか。あれは我々の世界とは違う言語ですね。恐らくですが別の世界の者達が使う言葉ではないかと……」「なるほど、そうだったんですね。ありがとうございました」「いえ、どういたしまして」するとそこで会話が途切れてしまう。しかし特に気にする事なく二人は再び、部屋の内部に視線を戻した。だがそこには先程とは明らかに違う雰囲気が漂っていたようでサタンが再び口を開いていく。というのも彼女なりに思う事があったからだ。
それは先程のルシフェルの言動に関しての事だろう。彼女はサタンに対して丁寧な言葉遣いを使っていたもののどこかよそよそしい態度を見せていたように思えたからだ。もちろん本人としてはそういうつもりはないのだろうが、どうしてもそう感じてしまう部分があるのだろう。事実、彼女の方は未だに気不味そうな表情をしている始末だ。とはいえこれに関してはサタン自身も似たようなものである為、あまり強く言える立場ではない事は理解しているつもりだ。とはいえ、このまま黙っている訳にもいかないと感じたらしく改めて声を掛けてみる事にする。
「えっと……やっぱりこういう雰囲気はあまり好きじゃないよね?私みたいなおじさんと一緒じゃつまらないかな?」「えっ……?いや、そんな事はないよ。むしろ楽しいと思っているくらいだけど……」その言葉にサタンは思わず首を傾げてしまったようだ。というのも彼女の口調に明らかな違和感を感じたからである。というのも普段から彼女は年配者に対して敬語を使って話をする事が多いのだが、今回はいつもと違って妙に砕けたような話し方になっていたからだ。だがそれについて尋ねようとした矢先、突然彼女が先に口を開いた事でタイミングを逃してしまう。そして……「でもまさか異世界で仕事をする事になるとは夢にも思わなかったな……」その言葉を耳にした途端、反射的に口を開きそうになったもののなんとか思い止まった。というのも今の彼女に下手な事を言えば怒らせてしまい兼ねないと感じたからに違いない。その為、話を逸らす為に咄嗟に別の内容を話し始めたようだ。
「そういえばさっき、私が質問した内容なんだけど、その返答がまだだよね?一体、どういうものなのかな?」それを聞いた彼女はハッとした表情を浮かべてからすぐに申し訳なさそうに苦笑いを浮かべると、改めて説明を始めた。
「あぁ、そうでしたね……それでしたら別に大した事はないのですが、簡単に言うとこの装置を使用して皆さんに異世界に行って頂くというだけの話ですよ。まぁ早い話がワープ装置みたいなものですかね」
「……っ!?」それは予想外の返答だった事もあり、ルシフェル達は思わず目を見開いてしまう。ただその直後、慌てて我に返ると同時に互いの顔を見合わせると小さな声で囁き合っていた。
「ねぇ、今の話って本当の話なのかな……?」「……さぁ?どうだろう?でも仮に本当だとしたらとんでもない技術だと思うわ。だってそんな代物を作れるって事自体が異常としか思えないもの……」「それはそうだね。でもそれが本当なら私達も異世界に行く事になる訳だからある意味、楽しみではあるかも……」「うーん、どうかな……私は正直、不安だよ……だって私達、まだ何も分からない状態だし、何よりルシファーさんがあんな説明をするくらいだから、おそらく碌な場所じゃないと思うんだよね……」「えぇ、そうね。でも今はそれを信じるしかないんじゃない?そもそも、ここでごねたところで状況は何も変わらないんだから、ここは覚悟を決めて前に進むしか選択肢はないと思うけど……」「うん、そうだね……確かにその通りかもしれないね。だったら私も覚悟決めるよ!」「その意気よ!それじゃあ早速、行動開始しましょう」
それから程なくして全員が集まるとルシファーによる説明が開始された。その内容は概ね次のようなものだったようだ。
まず始めに今回集まってもらった理由だが、それはこれから君達に新しい人生を歩んでもらうにあたっての注意事項を説明したかったからに他ならない。なので詳しい話は担当の者から順次、受けてもらう事にするので宜しく頼むぞ! そして次に今後の予定だが、当面の間は各自与えられた役割に専念して貰いたいと考えている。これは各々の特性に合わせて振り分けたものなので基本的には不満も出ないと思うのだが何か意見のある者だけ申し出てくれ。但しあまりにも突拍子のない案に関しては却下せざるを得ない場合もある事を予め了承してもらいたい。ただしその場合は可能な限り実現可能な内容として調整する事は約束しよう……
その後、しばらくの間を置いた後でミカエルから提案があると告げられた事で、全員が口を閉ざした事を確認したところでようやく本題に移る事となった。とはいえ今回の議題は事前に聞かされていた通り、今後の役割に関するものであり、その内容自体はルシファーも理解していたようである。
「さて、それでは早速ですが、皆さんにはこちらの機械について簡単な概要を説明して頂きます。ちなみに使い方等については今から説明する手順に従って操作すれば問題ありませんのでその点は安心して下さい」
するとその言葉を聞いた者達が一斉に首を傾げたのは当然の流れだろう。何故ならこのタイミングでその発言をするという事はつまり自分達の手元に既に何かしらの装置が存在しているという認識になるからだ。ただその一方でルシフェル達の反応を見て不思議そうにしている者が数名いたのも事実であった。そして彼女達が揃って疑問に思ったであろう事を口にする者がいたのである。それこそミレイユとリンカの両名であり、二人同時に同じような言葉を口にしたのだ。しかも声を揃えて言った事が余程気になったのか互いに顔を見合わせていたのである。
「えっと、ちょっといいかな?」「ん?どうしたんだい?」「あのさ、これってもしかしてアレなんじゃないかなって思ってさ……」「あー、そういう事か。それなら問題ないと思うよ」「えっ!?本当にいいの?」「ああ、もちろんだとも。というか実は俺も同じ事を考えていたんだよ」「そうなの?なんだ、じゃあわざわざ聞かなくても良かったんだね」
するとその様子を見ていたルシフェルは内心で驚きの表情を浮かべていた。というのも彼女達が何の躊躇もなく会話をしていた為、てっきり初対面だと思っていたのだが実際は違ったようだからである。何故ならその二人は以前まで共に行動をしていた仲間同士だったからだ。だからこそミレイユの方は彼女の名前を聞いて知っていたという経緯があったのかもしれない。
「えっと……とりあえず紹介しておくね。彼女はガブリエルといって私の仲間の一人で、こう見えてもかなり頼りになるんだ」「あっ……ど、どうも……宜しくお願いします」
するとルシフェルの視線に気付いたらしいガブリエルの方から挨拶を交わすように手を差し出されて驚いたものの反射的にそれに応じようと手を伸ばしてみたところ、しっかりと握り締められた事を知った事でさらに驚愕した表情を浮かべた後、すぐに慌てた様子を見せながら謝罪をしていた。どうやら握手をする習慣がなかった為、どうすれば良いのかが分からなかったのだろう。しかしそんな様子を見て笑っていたサタンによって説明がなされる事となる。「別に謝らなくてもいいですよ。それに貴女が驚くのも無理はないと思いますからね。なんせこの世界に来てから間もないのですから分からなくて当然です。それよりも今は今後の仕事について説明した方がよさそうですから先にそっちを進めさせてもらいますね?」
その言葉にガブリエルは大きく頷いてみせた後、自分の席に戻って行ったようである。ただその際に彼女の視線が自らの右手に注がれているのに気が付いたサタンは苦笑しながら言葉を口にしていた。
「あぁ、すみません。少し強く握ってしまったようですので痛みますか?もしそうであれば回復魔法をかけますが……」「……えっ?あっ、大丈夫です!これくらい全然平気ですから気にしないで下さい!」「ふふっ、そうでしたか。では改めて説明に入りますので最後まで聞いておいて下さいね?」「はい、分かりました」
そんな二人の会話を聞いていた者達は不思議そうな表情を浮かべていたのだが、それに対してサタンから声が掛かると何事もなかったかのように元の姿勢に戻っていた。もっともその表情を見る限り、あまり良い内容ではないと感じ取っていたようだが……その後、説明を終えた事で解散となりそれぞれが割り当てられた作業場所に向かう事になった訳だがその際、ガブリエルに対して声を掛けてくる者がいた。それは彼女と同じグループになった者達であり名をミユやアスタロスといった面々である。ちなみに先程は聞きそびれてしまったがルシフェル達とどのような関係なのか聞いてみたかったようだ。その結果、二人は昔からの付き合いでいわゆる幼馴染の関係にあたるとの事だったがそれだけではないらしく元々は二人で組んで仕事をしていた事があるそうだ。またその際に他の者達とも知り合い、今ではこうして一緒に行動するようになっているという事だった。とはいえ先程の会話でも出たとおり、お互いに仕事が忙しくなってきた為、一時的に離れて生活していたのだという。ただそれも一段落した事で再び会う事が出来たのだとか……だが、そうなるとどうしても気になる部分が出てくる。それは二人が元々所属していた会社だと思われるのだが、何故そこで働いていたのかという理由である。何しろ異世界に来る前に聞かされた話によれば彼女達は異世界の人間ではなく、この世界にある会社の社員なのだから当然だと言えるだろう。しかしながらいくら聞いたところで明確な答えが出るはずもなく結局の所、分からず仕舞いで終わってしまったようだ。
「なるほど……そういう事ですか……」「えっ?何か分かったんですか?」「いえ、別にそういう訳ではないんですが……」そう話すルシフェルの様子を見たガブリエルは少し考える素振りを見せた後で問い掛けてみる事にした。というのも先程から気になっていたからだ。「……そういえばさっきも気になってたんですけど、それって何なんですか?」
すると彼女は自身の左手に視線を落とした後で答える。「あぁ、これの事ですか?そうですね……簡単に言ってしまえば異世界に持っていく道具の一つですよ」「へっ……?いやいや、ちょっと待って下さいよ!?今、異世界って言ったよね!?」「えぇ、言いましたけどそれがどうかしましたか?」
それを聞いたガブリエルは思わず頭を抱える事となった。何故なら彼女が知る限りではそんな単語は一度も耳にしていないはずだからだ。にもかかわらず平然とその言葉を発したのは間違いなく冗談か何かに違いないと判断したのだろう。
「いや、どうかしたかと言われても困りますしそもそも、そんな事信じられません!」「そうですか……でしたら実際に使ってみますか?」「へ?……いやいや、何言ってるんですか!そんなの使ったらダメに決まってるじゃないですか!」
しかしルシフェルからの提案を聞いたガブリエルはすぐに首を左右に振った。それは当たり前の反応と言っても過言ではなかったかもしれない。何せいきなり目の前に謎の装置を置かれて『今から異世界に行ってみよう!』などと言われたら誰もが同じような反応を示すのは間違いないだろう。ましてやその相手が大先輩ともいえる存在であるならば尚更だろう。「ふふっ……まぁ、確かにいきなりこんな事を言われても困惑するのは無理もないかもしれませんね。でもご安心ください。これはあくまで実験的なものなので命の危険はないですし万が一、怪我を負ってもすぐに回復する事が出来るようになっていますから」
だがそれでもなお、不安気な表情を浮かべたままの状態が続いたままだったようだ。その為、その様子を見たルシフェルは仕方なくといった感じで溜息を漏らしてしまう事となる。ただしそれは決して諦めたからではなくむしろ予想通りの展開だと思ったからなのだろう。何故ならこの時、彼女の頭にあったのはこの機械の説明についてであったからだ。そしてそれを要約するとこうなるのだった。
その装置は見た目こそ小さなタブレット端末のように見えるのだが実は違う点がある。一つ目はこの装置そのものが"魔具"という魔力を込めたアイテムの一種であるという点だ。これによって使用者の能力を底上げする事が可能となっており例えば剣に炎を纏わせる事も可能になる。但し、能力を高めるとは言っても限界はある為に万能というわけではないらしい。とはいえ仮にこれが武器に限った話でないというなら話は別かもしれないが、現段階では不明だという。
二つ目は使い方によっては人知を超えた力を発揮出来る可能性があるという可能性だ。ただし、その力を発揮する為には自身の魔力を全て放出しなければならない上に効果が切れた際に反動が生じる可能性もあるのだという。要は使用した際に起こる副作用のようなものなのだが今のところそれらしいものが確認されておらず危険性も分かっていない事から不用意に使用する事は控えた方がいいだろう。因みに余談ではあるがルシファー達はこの効果を"ステータスアップボーナス"と呼んでいたらしい。
そして三つ目だがこれも使い方次第ではあるが、時間の概念さえ覆す可能性を秘めているという。それこそ時の流れそのものを変える事も可能となるのかもしれない。
四つ目は使用した者の姿形を変えられる事だ。その効果は文字通りであり性別や年齢はもちろん、体型すらも変更出来てしまう代物なのである。ただあくまでも外見が変わるだけなので内面までもが変化しているとは限らない。だからその点については留意しておいて欲しいのだ。
最後の五つ目はどんな場所であっても問題なく使えるという事だ。つまり転移先が火山の中であろうと宇宙空間だろうと何ら関係ないという意味でもある。もっともその場合は環境による悪影響も受けずに行動可能だという事になるのだが流石にそこはまだ分からないというのが本音だろう。なにせこの機器自体が今回が初めての使用例となるためだ。その為、今後は様々な条件において検証を重ねていかなければならないのである。
(……っと、まぁこんな感じかな)「あの~……さっきから何をぶつぶつ言ってるんですか?」
どうやら説明中に思わず呟いてしまったせいでガブリエルには聞き取れなかったようである。その為、今度はしっかり伝わるように言葉を口にした。「えっ?あぁ、すみません。実はこれをどう使うのが一番効果的か考えていたんです」
「へぇ、そうなんですか?あっ、もしかして私達にも使えたりしますかね?」「んー、どうだろうね?こればかりはちょっと試してみないと分からないからね……」
そう言って苦笑混じりに答えると続けてこう口にする。というのも現在この場にいるのは自分とガブリエルを含めた五人だけだ。つまり人数的には一人余ってしまう事になる為、出来れば他の人にも試して欲しいと思っていたようだ。ただ当然ながら強制するつもりはないらしく最終的には彼女の判断に任せるつもりだったという。「……それでどうしますか?もし興味があるのであれば私が手解きしてあげてもいいんですが……」「えっ!?本当ですか!?」
するとその言葉を聞いたガブリエルは即座に食いついてきたものの次の瞬間、表情を曇らせると申し訳なさそうに頭を下げながら口を開いた。「……って、ごめんなさい!私ったらつい……いくら何でも失礼でしたよね……?」「ん?別に気にしてないよ。それに謝る必要だってないから大丈夫だよ」
そんな様子を見ていたルシフェルは思わず笑みをこぼしながらも言葉を口にしていく。だがそれに対してガブリエルは首を横に振り否定の意を示していった。「いえ、そういう訳にはいきません!……って、言いたいところなんですけど正直、あまり自信がないんですよね……」「あははっ、そうなんだね。でもそれは仕方ないんじゃないかな?」
なぜなら彼女にしてみれば今まで生きてきた世界と全く違う世界での仕事なのだから無理もなかったのかもしれない。もっともそれはこちらとしても十分に理解した上での提案でもあった為、特に問題はないと考えているようだった。だからこそ、こうも思っていたのだろう。
(まぁ、それも仕方がないか……)
何しろ、この世界がどんな場所なのかは未だに分かっておらず右も左も分からないような状況である。そんな中で仕事とはいえ見知らぬ土地へと派遣されれば、誰だって少なからず不安を抱くものだという事は理解していたからである。
しかしその一方でルシフェルは別の事を考えていたのだ。それはミユと初めて出会った日の事でありその時に言われた一言が今も尚、頭に残っていたせいだ。
それは『……でも、きっと貴方はすぐに慣れると思いますよ?』という言葉である。
一体、何の事を言っていたのかまでは定かではないものの恐らくはこの事を言っていたのではないかと今になって気が付いたのであった。
それからというもの、ガブリエル達はしばらくの間の間、異世界に行くかどうか迷っていたようである。というのも彼女達の中で何かが引っ掛かっていたのだ。というのもその理由の一つとしてガブリエル自身、自分が一番適任だと思っていなかった事もあるようだ。勿論、それは他の者達も同じで最初は乗り気だったマサキでさえ今では難しい表情を浮かべていたのである。
だがそんな彼女達が最終的に選んだのは何故か自分達が元々いた世界だったのである。
「……どうして急にこんな場所に連れてきたのよ……」
「そ、そうですよぉ!私達はもっと派手な世界がよかったです!」「私もそう思うわ」「……同意……」「あ、あはは……皆の気持ちは分かりますけどそう怒らないであげて下さい。これはルシファー様からの指示ですから」「指示……?」
その言葉を耳にして真っ先に声を上げた者がいた。その人物というのはアスタロスだったがどうやら今の彼女は機嫌が悪いようで少し棘のある言い方をしていたようだ。ただ、そんな様子を目にしたミユは慌てて彼女を落ち着かせようとすると代わりに説明をする事にしたのである。というのも彼女が口にした内容こそ、今回の計画の根幹ともいえるものであったからだ。それはつまり先程話題に出た人物こそが魔王ルシファーその人だったからだ。
その話を詳しく聞いたアスタロス達は驚きの表情を見せていたもののすぐさま納得した様子を見せる事になった。何故なら彼女達も薄々では感じていたようだがやはり違和感のようなものを感じていたからだろう。しかしだからといって納得出来るかどうかはまた別の問題となる。その為、それについては保留という形で先送りにしていたのだ。だが、ここに来てようやく自分達の考えが間違っていた事を理解するに至るのであった。そして同時にこう思うようになるのだった。「なるほど……それで今ここにやって来たって事なのね」
それを聞いたルシファーはゆっくりと頷いていくと返事を返していく。「えぇ、その通りです。本来であれば最初に話すべきだったかもしれませんが結果的に遅くなってしまい申し訳ないと思っています」
そう言うと深々と頭を下げてみせたのだ。
それを見て何かを感じたらしいガブリエル達ではあったがそれが何かを察する前に新たな人物が姿を現した。
「……えっと、ちょっといいかしら?」
現れたのは金髪碧眼の女性であり服装は所謂メイド服という出で立ちである。その姿はまさに"ザ・メイドさん"と呼ぶのに相応しい格好と言えよう。しかもよく見れば頭にはネコ耳のような物がついているだけでなく臀部からは長い尻尾が生えており一見しただけで人間とは一線を画すような容姿をしていた事も相まって誰もが目を奪われる程の美しさを放っていたのだ。だがそれでもなお、彼女達の視線を奪うだけの理由が存在していたのも事実なようだ。
なぜなら彼女の身長は170cm以上あり女性にしてはかなりの長身だったうえに何より目を見張る程の巨躯の持ち主だったからに他ならない。その大きさといえば例えるなら巨人族を彷彿とさせるほどのものがあり普通の人間ならば見上げるどころか視界に捉える事すら出来ない可能性が高かっただろう。ただしそれはあくまで普通の人間の話であってミユ達にとっては違うらしい。「初めまして、私はラミアと申します」
そう言って丁寧にお辞儀をすると改めてルシファー達の顔を順番に見回していった。そしてここで漸く彼女達の顔を確認すると再び口を開いていった。「ところで……貴女方はどなたでしょうか?」「……ッ!!」
その言葉にガブリエルは一瞬だけ動揺してしまうもののすぐ気を取り直すと咳払いをして落ち着きを取り戻す事にしたようだ。そして何とか平静さを取り戻した後、自分の名を名乗っていく。ちなみにその際に苗字ではなく名前だけを名乗ろうとしていたようだがそこはミユによって止められた為、下の名前は伏せて伝える事となった。だが幸いにも相手の見た目が見た目なので特に気にする事なく受け入れてくれた事で一安心する事が出来たようだ。「ふむ、そうですか。分かりました、よろしくお願いしますね。えーっと……あっ、そうそう自己紹介でしたね?それでは次は私の番ですね」
その後、今度は自分の紹介を始めるのだがその際、なぜか途中で言い淀んでしまうといった場面もあったが無事に話を終える事になる。
その説明によるとどうやらラミアと名乗ったこの女性は魔界に数多く存在する悪魔の一人なのだそうだ。もっとも詳しい情報に関しては機密事項として教えられなかったらしく彼女自身、それ以上については答えられなかったという。また彼女の見た目に関しても本来の姿ではなく仮初の姿で活動している為、実際に目にする機会は殆どないに等しいという事も付け加えられていた。とはいえ流石にルシファー達と出会ってしまった事もあり今後はそうも言っていられなくなるだろうが今はまだその事を知らされていなかったため知る由もなかった。(まぁ、いずれは分かる事だし今は無理に教える必要もないか……)
そんな事を考えている間に話は進みいつの間にか仕事の内容について話をしていたようだ。
「実は私達、最近まで新しい事業を立ち上げようと考えておりまして色々な企業の方々とお話をしている最中なんです。ですがなかなかうまくいかなくて正直かなり困っている状態なんですよ……」「……ん?ちょっと待って!もしかして私達を呼んだ理由はそれに関係するんじゃないの?」「はい、そうです」「えっ!?」「……マジか」「……マジだよ」
突然のカミングアウトにより思わず聞き返してしまうガブリエルであったがそれに対してルシファーは全く悪びれる様子もなく淡々と言葉を返していた。もっとも内心ではかなり焦りを見せていたようで冷や汗を流す姿がそこにはあったという。そしてそれは他のメンバー達も同様だったらしく全員揃って固まってしまっていたようである。その様子を見ていたマサキだけは楽しそうに笑みを浮かべていたのだが他の面々はそんな事などお構いなしと言わんばかりに視線を逸らしていたようだ。
だがルシファーとしては別にふざけて言っている訳ではないのでそこに嘘偽りはないと考えていたのだろう。だからこそ彼女はそのまま言葉を続けたのだ。「確かにそれも理由の一つになりますね。まぁ、他にもありますけどまずは話を聞いて下さい」「う、うん……」「分かりました」「お、おう……」
そう言われると反論出来なくなってしまったガブリエル達は戸惑いつつも大人しく従う事にしたようである。
それから程なくしてルシファーが口にした仕事内容は実に単純なものだった。とはいえそれは彼女達にとって初めて聞く単語が多かった為に、あまりピンとこなかったのだろう。その為、具体的にどんなものなのか分からなかったようだ。ただ唯一分かった事があるとすれば『ダンジョンの運営』が関係しているという事だった。だが彼女達はそもそもこの世界の仕組みや文化など何も知らないも同然であり全てを理解したとは言い難い状態であった事からいまいち要領を得なかったというのが正直な所だったのだろう。そのため詳しく説明を聞きたいと思っていても上手く言葉に出来ずに戸惑っていたのだが、それを理解したのかルシファーはそのまま話し始めた。「では、順を追って説明させて頂きますね」「あぁ、よろしく頼むよ」
それを聞いたルシフェルは小さく頷きながら返事をしたのだが、その表情を見る限りどうやら理解してくれたようだと感じたようだった。その証拠に彼女も満足げな表情を浮かべていたのである。
そしてそこからの説明は至って簡単なものではあったもののガブリエル達にはとても分かりやすいものだったようだ。何故ならルシファー曰く、この世界において人間達が必要とする物は衣食住の三つと言われているようで中でも食料の確保というのは非常に重要だと考えられているのである。もちろんその理由の一つとしては資源の問題もあるのだがそれよりも一番大きいのは食料を生産する為に必要な土地の少なさにあった。それはなぜかと言うと、まずこの世界で暮らしている人達の半数近くが農民と呼ばれる存在だからだ。その為、畑で作物を育てなければならないのは当然の流れなのだが、その中でも比較的作りやすいとされるジャガイモやニンジンなどは作付け面積も多く需要も多いと言えるだろう。実際、彼女達も以前住んでいた世界ではそれらを使って毎日、食事をしていたくらいなのだからそれは周知の事実と言っても過言ではなかったのかもしれない。ただ、そんな状況の中で異世界からやってきた者達にこれらの知識はなく自分達でも作れないかと試行錯誤を繰り返したものの失敗に終わり、その結果として自分達の食事にも影響が出た事が何度もあったと聞かされた時には何とも言えない気持ちになってしまうほどだったという。
しかも、それらの問題はそれだけで留まらず、他にもあるのではないかと考えてしまう程だったらしい。しかし実際にはそれ以外にも原因がある事に気付くには時間がかからなかったようだ。それは土地そのものの少なさの他に技術面や知識面の乏しさにあるのだと気付いたのだそうだ。
例えば、農業に関する知識が乏しい事は以前にも説明した通りで農作物を作る際に欠かせない肥料の作り方なども当然知らない訳だがこれに関しては別の形で代用する事になったらしい。具体的には家畜の排泄物を使う事で土壌の改善を図ったり栄養分のある野菜を育てる事に成功したというのだから驚きだろう。
その他にも土魔法で土壌改良を行い収穫量を増やすなど方法は色々あったようだがどれも確実性に欠けるものであり成功には至らなかったようだ。
それでも諦めずに試行錯誤を繰り返していくうちに偶然の発見に繋がっていったのである。
それは魔法を使った事によって土地自体の質を高める事が出来ないかという考えからだった。つまりは自然界の力を凝縮させればもしかしたらより良い作物が出来上がるのではないかという試みだったのである。そしてそれが見事に的中する事となる。結果、出来上がった作物は従来のものと比べて大きく味が向上しており収穫時期も早くなったらしい。おかげで多くの人が飢えに苦しむ事もなくなり生活が豊かになった事で感謝されるようになったのだという。
更には魔物を退治する際に役立つ方法や効率的な罠の設置方法なども教えていった事によって被害が抑えられるようになっただけではなく収入源にも繋がるようになったため国を挙げての支援体制まで整い始めたというのだ。その甲斐もあって人口が増え続ける事で農地を拡大していくと共に生産量を増やしていき今のような大きな国にまで成長出来た経緯があったらしい。「なるほど、そういう訳だったのか」「えぇ、ですから貴女達のお力を借りたくてこちらに来て頂いたんです」「……そういう事なら協力するのもやぶさかではありませんね」
話を聞いたミユ達はそれぞれ思う事はあるものの断る理由はなかった事もあり承諾する事にしたのである。ただしルシファーが言うように今すぐという訳ではないようなので一旦解散し後日改めて詳しい打ち合わせをする運びとなったようだ。その際、今後どうするかについては後で話し合う事にしたらしく今日はこれで帰る事になる。すると帰り際、不意に呼び止められた彼女達は思わず足を止めてしまった。「あっ、そうだ!ねぇ、ちょっと待って!」「……ん?どうした?」
振り返るとそこにいたのはマサキであり彼女はミユに対して何かを尋ねようとしている様子だった。どうやら質問の内容は先ほどラミアが話してくれた内容についてだったようだ。「さっき、あのお姉さんが言っていた事って本当なの?ダンジョンの経営とか何とか言っていたけど……」「あー、その話か……多分、嘘じゃないと思うぞ?」
その言葉を聞いた瞬間、ルシファー達の表情が一気に険しくなるのを感じた。
なぜなら彼女達はその話を全く知らなかったからである。だからなのだろう、その表情には戸惑いの色が浮かんでいたのだった。だがそれも無理もない話だと言える。何故ならダンジョン運営について知っているのはごく一部だけに限られており一般人には知られていないからだ。それに今までの話の中にもいくつかおかしな部分があったため、おそらく意図的に情報が隠されていた可能性が高いと思われる。もっともこの情報に関しては以前から気になっていた事でもあるため今回の話は非常に有益なものとなった。「そうですか、やはりご存知ないですよね……」「ああ、私も初耳だ」「実は私達もそうなのよね」「同じく」「右に同じです」
そう言うとマサキ達も同じ考えだと伝えてきたようだ。
その言葉にルシファーも同意すると「はい、そうです」と頷いた。そして続けてこうも言ってきたのである。「……ですが先程話した内容についてもあくまで一部に過ぎないのです。他にもまだお話ししてない事もありますのでその事を頭の片隅に置いていて下さいね?」「ふむ、分かった。まぁ、何にしてもこれからゆっくり知っていけばいいだろうしな」
そう言ってその場を丸く収めたルシファーではあったが表情を見るにまだ何か隠しているような気がしてならなかったようで若干の不安感を抱きつつ家路に着く事となったようだ。ちなみにガブリエル達はその後、別室で待機するよう言われたので仕方なく部屋から出る事になった。ただマサキだけはもう少し話が聞きたいという事でそのまま残る事になったのだが他の者達は特に気にした様子もなかった事から特に疑問を抱く事なくそれぞれの部屋に戻っていったようである。それから少しして、ルシファー達も話し合いが終わったらしく全員で揃って会議室へと戻っていった。そして再び席に着くと今度は仕事の詳細についての話し合いを始めたようで早速、今後の活動方針を決める事にしたようだ。
だがその内容は驚く程に単純なものだったらしい。
簡単に言えば新たに立ち上げる予定の施設で働く人材を確保するというものだった。というのもダンジョンの運営を行うためにはそれなりに知識が必要になる為、それを学べるような環境が必要と考えたという。その為、彼女達が目を付けたのが冒険者だった訳だが現在いる世界では冒険者として活動する人が少ない事から新たな仲間を増やすためにスカウト活動をする事にしたらしい。幸いにして、この世界に来るにあたって全員ともレベルが上がっている上、ステータス値も上昇している事から戦闘面で困る事はないだろうと予想出来ていたからだという。
とはいえ、全員が同時に行動を起こす訳にはいかない為、誰がどの地域を担当するか決める必要があったようだ。そこで問題になったのは担当する地域の割り振りである。元々この世界に住む人々にとって『日本』は馴染みの薄い国だと思われていたため興味を示してくれる可能性が低いだろうと考えられた。そうなると逆に手を上げやすいのは外国人という事になり海外から優秀な人材を集める事に決めたのである。そしてそれが決まった後は各自が担当する地域を決め始めると次々と名前を挙げ始めた。
それから数日の間、毎日のように会議を行いながらようやく担当が決まった事で本格的な活動を開始する事となる。しかし、ここで思わぬトラブルが発生する事になったのだ。なんと全員がバラバラの場所を希望したという予想外の展開となってしまったのである。しかも、その原因というのが各々の出身地だったからだと聞かされた時は流石のルシファーも頭を抱えてしまったのだという。
まさか自分の提案がこんな事態を引き起こすとは思いもしなかったのだろう。だからこそ当初は彼女達の意見を尊重するつもりでいたようだがここまで来るとそうは言っていられないと感じたようだ。その為、苦渋の選択を迫られてしまう事になるのだがそれは後ほど語るとして今回は先に結論を述べておこうと思う。結果的には話し合った結果、担当を分け合う形で決着を付ける事にしたようで、その日からそれぞれが準備に取り掛かる事になったらしい。それからというもの、それぞれが割り当てられた地域に出向くと住民から様々な要望を聞いて回ったようだ。その中でも多かったのが衛生面に関する意見だったという。
これは恐らく、初めて聞く病原菌などの存在だったせいもあるのだろうがそれ以上に危険な場所も多い事から少しでも安全な暮らしを提供したいという想いもあったのだろう。その結果、街作りの際に水道設備を導入する事になったようだが当然、そこには資金が必要となる。だが、これには既に国王からの支援があると伝えられた事で不足分に関しては心配しなくても良くなった。それどころか、さらに必要になりそうな設備や道具類も無償で提供されるとの事だったため、これに関して言う事は何もなくなってしまったという。おかげで予算を大幅に節約出来た上に短期間で建設する事が出来るようになったのは大きな成果と言えるだろう。しかも、その事がきっかけで他国からも視察に訪れる者が後を絶たなかったようだが、これも全て支援があったからこそのものだった。そのため、当初こそ不信感を抱いていた国民も徐々に信頼してくれるようになったらしい。今では積極的に協力して貰えるまでになった事で順調に計画が進み、予定よりも早く完成に近付く事が出来たと喜んでいた。もちろんルシファー達の働きがあってこそではあるがそれでも国民の頑張りあってこその結果だというのは間違いないはずだ。そしてそんな日々が続き約一ヶ月が経過した頃、ようやく全ての準備が整った事が知らされる。それを聞いたルシファーは喜びのあまり思わずガッツポーズを取ってしまった程だった。だがそれも無理のない話かもしれない。何故なら自分達の努力が認められ、それが形となって現れたのだから嬉しく思わないはずがなかったからである。こうして完成した新ダンジョンは国内のみならず世界中に名を轟かせる事となりその名を知らない者はいないとされるようになるまでに成長を遂げる事となるのだった――。
それから数ヶ月後の事、ついに待望の時が訪れたのである。いよいよ明日より稼働開始すると聞かされた彼女達は当初、緊張しつつも楽しみにしていたのだが実際に現場に立ち入った途端、誰もが唖然とした様子で口を半開きにしながら立ち尽くしてしまった。その理由は単純明快で見渡す限りの光景が全て森や川といった自然の風景だったからだろう。まるで別の場所にでも転移してきたかのような錯覚に陥る程の見事なまでの森林だったのだ。またそれだけではない。この空間には地上はもちろん空中に至るまで木々が生え揃っているだけではなく小川や滝などといった自然の景色を見事に再現していただけでなく生息する生き物までも存在していたのだ。
それこそゴブリンから始まりオークなど人型に近いモンスター達を始めコボルトやウルフなど様々な種類が存在していて、更にはダンジョンマスターと思われる生物の姿すら確認出来たようだ。さすがに魔物の種類については分からないものの明らかに自分達よりも高ランクのモンスターである事は間違いなかったらしい。そしてその中でも最も強い個体として名前が挙げられたのが巨大な猪であり『ビッグボア』と呼ばれる存在だった。その名前の通り通常のサイズに比べて二倍近くの体躯を誇っていたという事もありかなりの迫力があり一目見ただけで恐怖を覚えるほどだったらしく、もしこれが街中に現れたとしたら大変な被害が出るに違いないと話していた。だが、それと同時にこの空間に存在する生物達に関しては皆、大人しく、むしろ穏やかな気性の持ち主ばかりである事が判明したため彼女達も次第に警戒心を解くと普通に交流出来るようになっていったようだ。
もっとも、中には例外もいるようで、その中にはルシファー達が知るような存在は見当たらなかったようだ。というのもこの階層に関しては、ほとんど全てがダンジョンマスターの手により生み出された存在だと分かったからだ。つまりこの場所に生息する生物達は全て、人間によって創造された存在という事になるだろう。そしてその事実を知り、ルシファー達はますます頭を悩ませてしまったようである。なぜならいくら友好的な態度を見せているとしても相手が人である以上、いつかは必ず裏切るのではないかと考えたからのようだ。とはいえ今はそんな事を考えるよりも目の前にある問題を解決しなくてはいけないと考えたようで気持ちを切り替えてから話し合いを始めたようだ。するとマユナ達はある事を相談し始めたらしくその件について話を進めていたようである。ちなみにその内容とは新たに仲間に加える者についてだったそうだ。というのも彼女等の話によると今いるダンジョンにはまだまだ未発見のモンスターが存在する可能性が高いという事が判明したという。
というのも最初に発見した『大穴』では多くのドラゴンが発見されている一方で他にも別の種類のドラゴンが存在している可能性が示唆されていた事から今後、同様の施設を増やしていく事を考えていたのだ。しかし現状ではそこまでの余裕はない事から新しい人員を補充するのは厳しいと判断されているらしく、それならば他の地域にいる冒険者達を誘えないかという話になったらしい。だがそれにも条件があるようでまずはレベル上げを行ってもらわなければならない事からすぐには無理ではないかと懸念する声も上がっていたようだ。
しかしその反面、彼等ならやりかねないとも感じていたらしい。何せ、あのルシファーですら勧誘すれば確実に来てくれると太鼓判を押すほどの実力者なのだから期待してしまうのは当然の結果だろう。実際、話を聞いた限りでは他の者達も同様の感想を抱いていたらしく最終的には満場一致で採用する事が決定したようだった。そこで問題は誰を採用するのかという事になるのだがこれに関しては意見を出し合う事で決定したらしくその結果から一人目はマサキとなったようである。彼は以前、ルシファー達の世界で仲間に加わった男と同じ異世界からの転生者でしかも同じ日本人だった事が大きな理由だったようだ。加えて彼の持つ能力も非常に優秀だった事も選ばれた理由の一つだろう。何しろ彼は、どんな場所であっても一瞬で移動する事が出来るという破格の能力を有していたからだ。ただしデメリットとしては一度使うと一日、二十四時間使用出来ないという制限が付いて回るようだがそれでも移動の際には便利なスキルである事に変わりはない。
次に紹介された二人目の名前はシンヤという名の男性だった。彼はミユキの元カレだと言われており以前からソウタから目を付けられていたらしいのだが、どうやら彼女はその容姿が気に入らなかったようで一方的に嫌っていたという。だが今回、彼が採用された理由は他にもあって、まず一番の理由が女性ばかりの集団の中で一人だけ男性がいるというのはそれだけで心強く感じるものだという判断があったからだそうだ。しかも彼に至ってはルシファー達に恩を感じていた事もあり断る理由など何一つとして存在しないと語っていた為、そのままメンバーに加わる事となったようである。ただその際、他のメンバーからは羨ましいといった声が上がると共に嫉妬の視線が彼に向けられていたが当人はあまり気にしていなかったようだ。
それから三人目に紹介されていたのはヒロトという青年で年齢は二十歳前後くらいの見た目をしていたらしい。身長は170cm後半くらいあり体格は普通だがかなり引き締まった体をしていたと話していたが、それよりも注目すべき点は彼の身体能力にあったという。なんでも以前は有名な格闘家として活躍しており世界大会でベスト8に入った経験もあるほどだと聞いていた。だが、それはあくまでも過去の話だと本人は語っており実際に格闘技を始めたのはここ数ヶ月の間だという。というのも以前のように激しい運動が出来なくなったのと同時にリハビリとして始めた結果、思った以上に才能があった事が分かり最近では総合格闘技の選手を育成するトレーナーのような仕事をしていると話したそうだ。そのためなのか人と話す事にも抵抗感はなく物怖じしない性格でもあるため今後の活動においても問題を起こす事はないと話していた。そして最後はショウという男の名前なのだが、彼もルシファー達と同じ世界からやって来た男だったらしく年齢は30歳前半くらいだと言っていたらしい。ただ見た目はかなり若く20代と言われても信じてしまう程の顔立ちだったが、本人的にはそろそろ年齢に抗う事が出来なくなってきたと思っていたそうで最近は老化現象を止めるためにサプリメントなどを摂取する事が多いという話をしていたらしい。とはいえ、それが原因で周りから疎まれてしまい今ではあまり良い関係を築けていないようだ。またそれ以外には何か変わった特技や知識を持っている訳でもないとの事だった。その為、この四人の中では唯一、ルシファー達が直接声をかけた人物ではないという共通点を持っていたようだが、それでも全員が信用出来る者達ばかりだった事から特に異論はなかったらしくあっさりと採用が決定され早速、彼等を含めた八人で新たなパーティーを結成する事になったのである。
(まさかこんな形で一緒になるとは思ってなかったけど……まぁでもこれでやっとスタートラインに立つ事が出来たって事よね?これから忙しくなりそうだけど、それも楽しいかもしれないわね)
そう考えつつ笑みを浮かべるマユナに対し、隣にいたルシファーも同じような表情を浮かべながら頷いた。
「そうね、これからは今までのようにのんびりはしてられないかも。だってダンジョンが完成したら私達はその管理者にならないといけないんだし……」
その言葉を聞いた直後、仲間達は驚きのあまり思わず絶句してしまいしばらくの間何も話す事が出来なかったようだ。なぜなら彼女達はまだ大学生であり成人していない子供に過ぎないからである。もちろんルシファー達の世界の住人ならば立派な大人として扱われても問題はないだろう。しかしだからといってダンジョンのマスターを任される程の信頼を勝ち取るのは難しいと思われるのだ。だからこそ彼女の言葉を聞いた瞬間、本当にそんな事が可能なのかと疑問に思ってしまったのも無理はないだろう。ところがそんな彼女達とは対照的にソウタは笑みを浮かべてこう答えた。
「ふふっ、確かに驚くのも無理はないですね。ですが、これは既に決定事項です。そして今更になってやっぱり辞めますだなんて言っても誰も聞いてはくれませんよ?」
彼の言葉を聞いた途端、ルシファー達は再び言葉を失ったらしく呆然としたまま固まってしまう。しかしそれも無理もない事であった。何故ならダンジョンとはこの世界にとって欠かせないものであり同時に多くの人達が生活している場所でもあり多くの命を支えている重要な施設なのだ。その責任者になる以上、生半可な気持ちで出来るようなものではない事は言うまでもない。だから当然、責任の重さも相当なものであると考えられるだろう。だが、そんな彼女達を励まそうとするかのようにソウタの話を聞いていたルシファーはある事を尋ねた。
「……ちなみに私達の他にあと何人、候補がいるのかしら?」
その言葉にソウタは驚いた様子を見せる。というのも彼女がここまで積極的に会話に参加するとは思っていなかったようだ。だが、すぐに気持ちを切り替えた彼は、改めて話を始めた。その人数についてだが現在、ダンジョンマスターとなる為に動いているのはルシファーを含め六人だけだという。ちなみに他の五人はソウタ自身が推薦した者達ばかりで特に問題はなさそうだと考えていた。というのも、これまで見てきた限りでは特に問題を起こす様子もなく皆真面目に働いていたからだという。そこで今回は思い切って彼女達にも声をかけてみたそうだが残念ながら反応はあまり良くなかったらしい。理由としては他の皆がソウタに対して少なからず好意を抱いていたという事もあるが最大の理由は自分達が選ばれるはずがないと考えていたからだそうだ。
実はルシファー達が住む世界に転移した際にマユナ達も一度、地上へと降りていた時期がありその時に何度か交流を行っていたのだ。その時の記憶が残っている影響なのかソウタの話を信じ切れずにいたのである。ただ今回の話し合いの結果、ソウタの話を信じたとしてもルシファー達の世界で暮らしたいと考える者が現れるとは思えなかった。しかしだからといってこのまま放置する事も出来ないと思ったようで結局、ルシファー達に協力してくれる者達だけを仲間に加える事を決めたようである。
そして、その翌日……つまり昨日、ついに全てのメンバーが無事に合流する事となったようだ。ルシファー達にとっては初めての顔合わせとなったが相手側も全員、女性だけのパーティーだったので思っていたほど気兼ねする事なく話をする事が出来たらしい。ちなみにメンバーは全部で九人となり、その中にはマユナも含まれていたようだ。どうやら昨日の内に顔合わせをしていたらしく、その際に意気投合したと話してくれた。だが、それと同時に彼女以外のメンバー全員がルシファー達の事を警戒している事が分かったらしく今後はより一層、注意が必要だと感じたようだ。なにせ同じ人間から嫌われているのだから仕方ないといえば仕方のない事だろう。しかし、だからと言って諦める訳にはいかなかった。なぜなら今後、共に戦う仲間なのだから、お互いの理解を深める事は大切だと考えていたからだ。
こうして一通り挨拶を終えたところで早速、ダンジョンを稼働させる事にしたようだ。とは言ってもまだ準備も何も終わっていない状態だった為、先に作業を済ませておく事にする。その後、メンバー達はそれぞれに役割を与えられ行動を開始したようだがその内容は実に様々だったらしい。まずは冒険者が利用するアイテムショップの準備を行い必要な商品を揃えていくのだが、これには事前にマサキに頼んで用意してもらった物を使用しているとの事だった。次に武器屋で剣などの装備品や防具を購入していきその後は食堂で料理スキルを持つ者が調理を開始して次々と料理が完成していく。すると今度は治療師による回復系ポーションの量産が開始されたようだ。更に魔法道具屋では様々な属性攻撃が出来る杖と各種ステータスアップの効果が得られるアクセサリーを販売する事に決めたらしい。ただ問題はこれら全てを一度に揃えるのは難しく最低でも数十種類ずつは必要になると予想していたようだ。しかもそれら全ては在庫がなくなるまで作る予定らしく素材を集める為、各地に散っていった者達は相当苦労したらしい。とはいえ何とか時間までに必要数を集め終えた後はそれぞれ担当ごとに分かれ作業を進めていっていた。その結果、昼前にはある程度の目処がついたので各自休憩に入るよう命令を出し残りの者は作業を続行するよう伝えたところ午後からは本格的な作業に入り始めたというそうだ。
そうして翌日の午後……ようやく最後の調整段階まで辿り着くことが出来たのだという。といってもそれはあくまでも全体のごく一部に過ぎなかったようでまだまだ作業自体は残っているらしい。だがそれでも残すところあと僅かだと聞いていたらしく一安心といった表情を浮かべていた。またこの時、ルシファー達はマサキと一緒に行動を共にしていたようだ。というのも彼等は元々、この世界の生まれであり以前から面識もあった事からお互いに打ち解けるのも早かったと語っていたようである。その為、特に不安もなく安心して一緒に行動出来ていたようだ。
「それで、今は何をしてるの?」
そうルシファーに質問されたミユキは、その質問に答えながら目の前の画面に映し出された映像を彼女に見せた。どうやらそこに映し出されているのは複数の男女のようだ。そして画面の中心に立っている男性はルシファーの姿を確認すると、おもむろに頭を下げた。するとそれに合わせて他の人物も頭を下げ始め全員が揃って頭を下げると一斉に声を揃えたのだった。
「皆さん、お疲れ様です!」その言葉に合わせるように他のメンバーも声を上げつつ手を振っていたようだ。その光景を見た彼女は少しだけ照れ臭そうな表情を浮かべながら苦笑いを浮かべていたが、ふと隣に目を向けるとそこには同じように笑みを浮かべるヒロトの姿があった。そんな二人のやり取りに気付いたのかルシファーは慌てて咳払いをすると話を元に戻すように口を開く。
「……ゴホンッ!そ、それよりも何か私に話があるって聞いたんだけど、一体どうしたっていうのよ?」
その言葉を聞いた途端、男は真剣な眼差しを浮かべながらある事を告げた。それはダンジョンの最終階層を作るに当たって彼女の意見を聞きたかったというのである。どうやら最終階層というのは文字通り、一番奥に存在する部屋のような場所のようで中はかなり広い造りになっているらしい。その為、それ相応の空間が必要になってくるのだ。そしてその場所にはどんな施設を設置したいと考えているのかをルシファーに聞きたいと思っていたらしく、それを聞かされた彼女は少し悩むような仕草を見せるとゆっくりと口を開いた。
「そうね……私だったらやっぱりモンスタールームとか欲しいわね。あとはお宝が眠る部屋やボスの部屋、後はトレーニング出来るような施設も必須かしら?他にも色々あったりするかもしれないけどとりあえず思いつくものを上げてみただけよ」彼女の言葉に男性達は納得したように頷く。しかしその一方で話を聞いていた女性達は不思議そうな顔をしながら首を傾げてしまう。何故なら彼女達にとってその様な部屋は見た事も聞いた事もなかったからだ。だから彼女達の目にはただの洞窟にしか見えなかったのだろう。だからこそ、ついこう口走ってしまったのである。
「本当にそんなものが必要なの?」
「そうよ、そんなの必要ないわ。それにどうせ作り物なんだから私達には関係ないじゃない?」
その何気ない一言は、その場にいた全員を凍りつかせるのに十分な効果を持っていた。
まさかそんな事を言われるとは思ってもいなかった彼女達は思わず言葉を失ってしまう。何故なら自分達のリーダーであるルシファーに対して暴言を吐く事自体、とても考えられない行為だからだ。だがそれも無理はない話だろう。何故なら彼女達にとってルシファーとは神にも等しい存在でありその彼女に対する侮辱は決して許されない大罪に値するものなのだから。その証拠に先程まで笑顔を浮かべていた男性達の表情は一転して厳しいものに変わっていた。そして次の瞬間、彼等はその怒りを隠す事なく声高々に叫んだ。
「ふざけるな!!何が作り物だ!!」「馬鹿にするんじゃないわよ!」「貴方達、自分が何を言ってるか分かってるの!?」「もう怒ったんだから!!」「二度とそんな口が利けないようにしてあげるわ!」「あんた達、覚悟しなさいよね!」「絶対に許さないから!」
その言葉にルシファーはビクッと体を震わせると恐る恐る後ろを振り向く。するとそこには険しい表情を浮かべる仲間の姿があった。その表情を見た瞬間、彼女達が何を考えているのかを察したルシファーはすぐさま謝罪の言葉を口にした。
「ご、ごめんなさい。別に悪気があって言った訳じゃないのよ……」だがしかしそんな言葉を聞いても彼等の態度が変わる事はないようだった。むしろ余計に怒りが増したようにすら思えてくる。そこで改めて先程の発言に対して弁明しようとするのだが既に遅かったようで男達は次々に声を上げる。すると突然、周囲の地面が大きく盛り上がりそこから土で作られた巨人のようなものが次々と現れるとルシファー達を拘束するように覆い被さった。突然の事で身動きが取れなくなってしまった彼女達は必死に抵抗するもののその抵抗も虚しくやがて完全に動きを封じられてしまったようだ。その様子を見ていたマユナは心配そうに声をかける。
『ルシファーちゃん!』
しかし今の彼女には返事をする余裕などはなかった。なぜなら目の前にいる男から強い憎悪の念を感じたからである。そのせいもあって彼女は恐怖のあまり体が震えてしまっていたのだ。
一方その頃、ミユの方はと言うと……こちらはルシファー達の状況とは違っていた。というのも彼女もまた仲間達と同じように縛られてこそいるがマユナやルシファーとは違いそこまで緊迫した状態ではなかったからだ。というのもこのパーティーの中でマユナ以外は誰もミユの事を知らなかった為、そもそも興味を示していなかった事が理由にある。更にマユナとルシファー以外の女性は皆、二十歳に満たない若者ばかりであり年上であるミユを快く思っていなかった事もあり尚更、話がこじれる事がなかったようだ。だがマユナの場合はそうはいかない。なぜなら二人は恋人関係にありお互いの関係は公言していなかったとはいえ同じ家に住む同居人である事は確かだったからだ。そして何よりも彼女から感じた印象が他の人と明らかに違う事に気付く事が出来たのだ。その事を理解していたマユナは内心、申し訳ない気持ちを抱えつつも二人の様子を見守る事にしたらしい。
そんな中で最初に動き出したのは男の方だった。男は地面に膝をつき深々と頭を下げながら静かに口を開いた。それは自分の軽率な発言を許して欲しいと訴えるものだったのだがどうやらそれだけでは満足しなかったらしく更に言葉を付け加えていく。すると彼の隣に立っていた女も彼同様に膝まづいたまま頭を下げて謝罪の言葉を述べた後、そのまま話を続けた。その内容はとても酷いものであり聞くに堪えないものばかりであったようだがそれでも二人は一言も話す事なく頭を下げ続けていたようだ。そんな二人に対しルシファー達も流石に可哀想に思ったらしく慌てて頭を上げるように言うのだがそれでも彼は頑なに拒否し続けた。それどころか何度も頭を床に打ち付けた後、額からは血が流れ出していたがそれでもやめようとしなかった。その姿はもはや狂気すら感じられるものではあったのだが、それだけ必死だったのだろう。そしてそんな彼の姿を間近で見ていた仲間達も同じ思いだったらしくそれ以上、何も言う事はなく黙って見守る事にしたらしい。それからしばらくした後、ようやく落ち着いたのか男は再びゆっくりと顔を上げると今度はマユナの方に視線を向けた。その目を見た彼女は思わず背筋を震わせてしまった。というのもその瞳の奥にはドス黒い感情が渦巻いているように見えてしまいまるで獲物を見つけた獣のような目つきだったからである。しかしここで怖気づいてはいけないと思ったのか、すぐに表情を引き締めて彼を見据える。
そして暫くの間、互いに視線を交差させていたのだが不意に男がニヤリと笑みを浮かべた瞬間、突然彼女が着ていた衣服を引き裂くと露わになった胸を鷲掴みにした。これには流石のマユナも驚いた様子を見せたがそれと同時に嫌悪感を抱く事になったという。しかもそんな彼女に追い打ちをかけるかのように他の男達が一斉に襲いかかったのである。当然の如く、抵抗しようと試みるものの何故か上手く体に力が入らず次第になす術もなくなっていくと遂に力尽きたとばかりにその場に倒れ込んでしまった。だがその直後……突如として大きな影が辺り一面を覆い尽くすのだった。
/??歳(推定175cm)/172cm 好きなもの……ラーメン、筋トレ、読書、ゲーム 嫌いなもの……虫全般、運動全般、人混み、辛い物、騒がしい場所 今回、新たに現れたメンバーの中に一際存在感を放つ者がいた。それこそ今回の依頼者であり雅彦が以前所属していた会社の後輩にあたる人物である。年齢は三十五歳で身長は180cmもある大柄な体格の持ち主だ。普段はスーツを着用し仕事を行っているらしいが、休みの日にはトレーニングウェアを着て汗を流している事もあるらしくその肉体美を保つ為に日々努力を重ねているのだそうだ。性格としては至って温厚かつ紳士的ではあるようだが人当たりの良い反面、どこか近寄り難い雰囲気があるのも事実らしい。ただその一方で困っている人がいたら迷わず手を差し伸べようとする正義感の強さも持ち合わせているようだ。なので彼が所属する部署でも上司からも部下からも信頼を寄せられているようである。そんな頼れる男性ではあるが私生活については謎に包まれており詳しい情報までは知る者はいないと言われている。その為、会社の中でもプライベートについて知っている者はおらず、社内の女性達は彼の事を知ると必ずと言って良い程、連絡先を交換したり個人的に会う約束を取り付けるのだという。もちろん彼もそれを望んでいる節があり実際に何度かデートに誘った事はあるらしいのだが未だに成功していないらしい。その原因は何かと言うと一つは仕事が忙しいという理由である。実際問題、休日返上で働く日も珍しくないようで常にスケジュール帳にはびっしりと文字が書き込まれているほどなのだという。そしてもう一つが単純に彼に興味がないという単純な理由からくるものであったりするようだ。つまり言ってしまえば彼は女性に全く興味がない訳ではないもののそれ以上に自分の趣味を優先してしまうタイプの人間なのだろう。それ故に例え女性が誘ってきたとしても断る事が多いのだそうでそのせいで今まで何人の女性が涙を飲まされてきた事か……。
さて、そんな男性が何故、このような場所にいるのかと言うとその理由を語らねばならないだろう。実は今から約一年前の事、たまたま仕事の用事でこの場所を訪れた際にふと目にした光景に心を奪われたらしくそれ以来、何かに憑りつかれたように何度も通うようになっていたそうだ。そしてその内、一人でも訪れるようになっていき今に至っているのである。しかし当初はまだ興味半分といった様子で訪れたのが正直な感想だったのだそうだが、いざダンジョンの最深部へと辿り着いた途端、そこにはこれまで見たこともないような空間が広がっていたのだという。そこはまさに楽園と呼べる場所で誰もが羨むような理想の世界そのものだったのである。最初は戸惑いを隠せずにいた男性ではあったが気付けば夢中にならざるを得なくなっていた。そしてそれがあまりにも楽しいと感じるあまり、いつしか来る事が生き甲斐になっていったらしい。だがある日、いつものように足を運んだところいつもと様子が違っていた事から嫌な予感を覚えた男性はすぐさまその場から立ち去ろうとした。何故ならそこには自分以外の人物が立っていたからであるのだがその姿が明らかに異様だったからだ。その人物というのがルシファー達の前に現れた男と瓜二つだったのである。だからこそ余計に不気味に思えたのだろう。するとルシファー達を襲っていた男女の内の一人が突然口を開いた。
「あぁ、よくぞいらっしゃいました」
そう言って頭を下げるその男を見て一瞬驚きを見せるもののすぐに冷静さを取り戻したのか鋭い眼差しを向けた。そんな男性の態度に構う事なく話を続ける。
「お越し頂いて早速ですが本題に入らせて頂きます。単刀直入に申しますが……貴方様には私達の主となって頂きたいのです。勿論、これは強制ではありませんので断って頂いても構いません。ただ、もしも引き受けて下さるのであれば……一つだけ貴方にお願いしたい事があるのですがよろしいですか?」
/?歳(外見年齢三十代後半)/165cm 好きなもの……美味しい食べ物全般、子供と遊ぶ事、ショッピング 嫌いなもの……虫全般、勉強、一人ぼっちの時間、ブラックコーヒー、残業 今回、新たに出現したメンバーの内で特に異質を放っている者が一人いる。それが先程マユナ達の前に登場したばかりの女性なのだが彼女に関しての情報は一切ないと言ってもいい程に少ない。というのも本人の口から一切語られる事がないからである。その為、彼女の正体や名前、生年月日などはもちろんの事、性別ですら知らないままとなっているのだ。しかしそれでも仲間からは慕われているのは確かなようで周囲からは『お嬢』と呼ばれているようだ。ちなみに見た目に関しては美少女と言っても過言ではない容姿の持ち主であり黒髪ロングのサラサラヘアーがとても良く似合っていると評判のようだ。また、彼女は基本的に誰にでも優しく接しているらしく誰に対しても分け隔てなく接する姿勢を徹底しているらしい。
だがそんな彼女であるが意外にも恋愛経験は少なく初恋に至ってはつい先日、経験したばかりだというのだから驚きである。とはいえ彼女自身は恋というものに特別興味がある訳ではない為、今のところは特に気にしている様子はないのだがこれから先、更に気になる異性が現れるかどうかと言われればそれは分からないようだ。そもそも彼女には結婚に対する憧れがないのかもしれいないし仮にそういった感情を抱いていたとしても決して口外する事はないだろう。
とは言え彼女は自分の事をどう思っているのだろうか。もしかすると好きな相手はいるのでは……と考える者も中にはいたようだが、その答えは返ってこなかったらしい。まあ、いくらパーティーを組んでいるとはいえ、全てを曝け出す必要もないだろうしその辺りの事情はそれぞれ異なるだろうから無理強いするつもりはないようだ。するとここでミユから声をかけられる事によって我に返ると話を再開した。どうやら考え事をしていたせいで話が止まっていたようである。その為、慌てて続きを口にするのだが……
「……えーとですね……もしご協力頂ける場合はこちらの水晶に手をかざして頂きたいのですがよろしいでしょうか?勿論、その際に痛みが生じるなどといった事はないと思いますのでご安心下さい」
「分かりました。それで一体私は何をすればいいのでしょうか?」
「そうですね……簡単に説明するとまずは貴方が持っている魔力量を調べる事になるでしょう。というのもこの装置は触れた相手の魔力の残量を調べた上でランク付けを行い、その合計値で強さを判断していきます。ただその際、個人差が生じてくると思われます。なぜなら貴方は元々、魔法とは無縁の生活を送ってきましたよね?ですのでどの程度の数値が出るのか予測できない為、こちらである程度調整した上で判定させて頂く事になります」
「なるほど……では例えばどんな風な内容なのですか?」
「そうですね……例として分かりやすく例えるならば体力テストに近いかもしれません。まず初めにどれだけ走れるのか、そしてどれ程の時間連続で走る事が出来るのかなどを測定した後、今度は筋力を試す事になるかと思います。もちろん全てとは言わずとも出来るだけ正確に把握する必要があるので、あくまでも大まかなものでしかありませんが……そのようにして総合的に判断した上で最終的な結果が決定するという流れになるはずです」
「なるはず……というのは、もしや前例がないのでは?」
「……残念ながら仰られる通りです。ですが今回は私の他に"神力"を持つマユナ様がいます。なのでその点を考慮して慎重に判断するよう注意しています。しかしそれでも想定外の事態が発生する可能性は十分にあります。そこで先に謝っておきますが申し訳ありませんがその時は……」
「分かっていますよ。私のせいで誰かが傷付くなんて事はあってはならないですからね。それに私も出来る限りの努力をするつもりですから気負いせずにお願いしますよ」
「そう言って貰えると助かります。それではさっそく始めたいと思いますが準備は宜しいですか?」
そう問われた男は静かに頷いた。するとそれを聞いた彼女は早速、手に持つ機械の操作を行うのだが……それを見ていたマユナは小声で呟くように言葉を発する。
「……やはり不安だな。まさかとは思うがルシファー殿もこのような試験を行った訳ではないよな?」
彼女の質問に対しルシファーは静かに首を横に振った後、こう答えた。
「……いえ、少なくとも俺は聞いた事がありませんね。恐らく彼女が初めてではないでしょうか。ただ可能性として考えられるとしたら俺達よりも前に誰かをスカウトしようとしたという事でしょうけど……」
その言葉を聞いた女性は何かを思い付いたのかハッと目を見開いた後で小さく呟いた。
「……確かにそれもあり得るかもしれないな。何しろ私達はまだダンジョンを攻略していないのだから、いずれここを離れる時が来る。その時に戦力を削ぐような真似はしないと思うからな」
そう言いながら二人は揃ってルシファーの方に視線を向けた。というのも彼が以前所属していた部署において同じ事が行われていた可能性があるのではないかと思ったのだがどうやら違ったらしく、すぐに否定するように首を横へと振った。
そして二人が視線を元に戻すといつの間にか装置の準備が終わったらしく後は合図を送るだけの段階にまでなっていたようだ。それを見届けたミユはゆっくりと右手を挙げ始めたところでピタリと動きを止めると共に口を開く。「……準備が完了しましたので今から始めていきたいと思いますが宜しいでしょうか?」
それに対し男も頷き返す事で意思を示したのだが次の瞬間、ミユは表情を曇らせてしまう。それはまるで予想だにしていなかった反応を見たかのようなものだったが、そんな様子を気にする事なくそのまま言葉を続けた。
「あの……その前に一つだけ確認しておきたい事があるのですが良いですか?」
その言葉に反応した男は不思議そうに首を傾げた。何故ならこれまでの様子を見る限り、とてもではないがそんな風には見えなかったからである。それ故に彼は改めて目の前の女性が本当に自分の味方なのか、もしくはただの一般人なのか分からなくなってきてしまった。何故なら先程までの態度や話し方はとてもじゃないが交渉慣れした者とは思えなかったからである。
するとそんな彼の考えを察したのかミユは少しバツの悪い表情を見せると申し訳なさそうに頭を下げた後でこんな事を口にした。
「あ、すみません。実は先程からずっと気になって仕方がなかったもので……一応、お伺いしても宜しいでしょうか?もしかしたら気分を害されるかもしれませんがそれでも良ければ正直に教えて下さい」
その問い掛けに対して男は何も答えなかった。というのも単純に答えられなかっただけであり、内心では相当に驚いていたのである。何故ならば先程の行動もそうだが今この瞬間まで一切の変化を見せなかった表情が突然変化を見せたからだ。つまりこれまでのやり取りで彼女の中で何らかの結論が出たのだと気付いたからであった。そしてだからこそ警戒する事にしたのだろう。だからあえて口を開かなかったのだが……それを見た彼女は少し困った様子を見せながらも何とか聞き出そうとするのだが――
「……もしかして秘密にしているのですか?でしたら無理に答える必要はありませんが、もしそうであるのならその理由をお聞かせ願いたいと思っています。何故ならこの先の戦いにおいて私達の仲間になってくれるかどうかに関わる事だと思うからです。勿論、それが貴方自身の意志でないなら無理強いするつもりは一切ありませんが、どうか本音の部分だけでも聞かせて頂けないでしょうか?そうすれば私達としても今後の方針を決めやすくなると思うので……」
その言葉を耳にして男の思考は益々混乱していく事になった。というのも先程から言っている言葉の意味が全く理解出来なかったからである。一体どういった理由でそのような考えに至ったのかが不明だった事もあり上手く返事をする事が出来なかったのだ。だがここで無視するのは失礼だと思い直し意を決したように顔を上げるとゆっくりと口を開いた。「……その問いに答える前にこちらから質問をさせて頂きたいのですが構いませんか?」
その言葉に頷くのを見た男は一度息を吐くと真剣な眼差しを向けると共に話を続けた。
「まず確認したいのは、その質問というのが私のスキルに関するものなのですか?それとも私が持っている力について聞きたいという事なのでしょうか?」
彼の問い掛けを受けたミユは一瞬考え込む仕草を見せるのだがすぐに返答した。
「……正直なところ、両方ではあるんですけど……どちらかといえば後者ですかね。そもそも私達が知りたいと思ったのは貴方のスキルではなく能力の方になりますから。とは言ってもどちらにしても今の時点では大した問題ではないので気にしなくて大丈夫ですよ」
「……と言うとどういう事でしょうか?」
「簡単な話ですよ。貴方が何の力を持っているのかは実際に使ってもらうのが一番手っ取り早いと思いますので、これから模擬戦を行いながら見せて頂こうと考えているんです。ただその為にはある程度実力を知っておかなければならないのですが、生憎とここには私とマユナさんしかいませんからね。ですので今回は代わりにルシファーさんに相手をお願いしようと考えたという訳です」
/?歳(外見年齢20代前半)/160cm 好きなもの……仲間、楽しいこと、辛いもの、美味しい食べ物全般 嫌いなもの……仲間外れにされること、苦い物、勉強、一人ぼっちの時間、ブラックコーヒー
「分かりました。そこまで仰られるのであれば是非ともお願いします」
そう言うと同時に男が頭を下げると、それに応じる形で彼も軽く頭を下げた。その際、互いに視線を交わす事になるのだが……こうして改めて向かい合う事で男は相手の容姿を目の当たりにして一瞬言葉を失ってしまう程の魅力がある事を実感した。それは決して女性らしさを強調したものではなく、かといって男性のようにゴツイ体付きをしている訳でもない為、中性的な魅力を放っていると言っても差し支えない程に美しいと感じたからである。もっともこれは彼だけではなくこの場にいる全員が同じように感じていた為、誰もが皆同様に見惚れていた事もあって自然と無言の状態が続いていた。しかしいつまでもそうしていては何も始まらないので、ここでミユが場を切り替えるべく再び説明を始める事にしたようだ。
「……それでは早速始めたいと思いますが準備は宜しいでしょうか?」
そう問われた男は即座に頷いてみせたのでそれを確認したミユは最後に念を押すかのようにこう口にした。
「では開始の合図ですが、どちらかの水晶に触れている方の魔力残量が0になった瞬間になりますのでその点だけはご注意下さい」
「分かりました」「はい、よろしくお願いします」
二人がそれぞれ返事を返してきたところでミユは小さく頷き返すと徐ろに機械を操作し始めるのだが、その際にちょっとしたハプニングが起こってしまった。というのも彼女が装置に手をかざした瞬間、眩い光を放つと同時に室内が一気に明るくなったかと思うと直後に凄まじい轟音が鳴り響き建物全体を激しく揺らしたのである。その結果、ルシファー達は慌てて周囲を見渡す事になるのだが特に変わった様子が見受けられず、ひとまずホッと胸をなで下ろしたのだがその直後――
ドゴオォォォォォン!ガラガラガラッ!! 今度は耳を塞ぎたくなる程の爆音とほぼ同時に激しい揺れが発生すると共に、天井の一部が崩れてきたので彼らは急いでその場から距離を取る事となる。幸いにも直撃する事はなかったようだが一歩間違えれば大怪我をしていたかもしれなかっただけに内心穏やかではなかったのだろう。その証拠にマユナが真っ先に声を荒げた。
「み、皆さん大丈夫ですか!?」
しかしそんな彼女の呼び掛けに応える者はいないまま静寂が辺りを包み込むばかりとなっていたのだが、そこで初めて気が付いたらしく不思議そうに首を傾げると再度声を掛けた。「あ、あの……皆様、どうかされましたか?」
その様子を見ていた他の三人は揃って同じような感想を抱いていた。いや正確に言えば彼女の身を案じていると言った方が正しいのかもしれない。何故ならあれだけ大きな音を出したにも拘わらず、彼女は傷一つなくその場に佇んでいたのだから驚くのは当然の事だろう。だからこそ心配そうな表情を浮かべると共にミユの事を気遣い始めた。そしてそれに対して当の本人は何を言われたのか分からないといった様子できょとんとしているだけだったが、やがて何かを思い出したらしくポンと手をつくなりこんな言葉を口にするのだった。
「……そういえば言っていませんでしたね。実は私、昔から何故かこういった事態に陥る事が多々あるんですよ。まあ別に困ってはいないのですが、たまに自分でも嫌になってしまうんですよね……あははは……」
それを聞いた四人は思わず唖然とした表情で互いの顔を見合っていたのだが、そんな中で唯一冷静な様子のルシファーが気になった事を口にし始めた。
「それにしても驚きましたね。まさかここまでとは思いませんでしたよ。でもあれ程の攻撃を喰らって平然としていたなんて、まるで魔法を使ったみたいじゃないですか?」
彼がそんな風に言ったのも無理はないと言える。何故ならミユが発動させた攻撃によって破壊された建物は床板から柱まで全て消し飛んでいたものの、そこに彼女が立っていた箇所は無傷だったからだ。加えて爆発が起きた際に舞い上がった土埃や木片等も彼女を避けるような動きを見せていた事から、やはり普通の状況ではないと誰もが認識せざるを得なかったのである。だからこそ思わず疑問を口にしたのだが、それに対し彼女は苦笑いしながら答えた。
「えっと、実はですね……先程のスキルについてなんですけどあれは単なる念動力のような能力なので私自身は特に何もしていないのですよ。それで話を戻しますが、確かに私は魔法を扱えるのでそれに関してはあながち間違ってはいないかもしれません。とは言えあくまでも"似た様な力を扱う事が出来る"だけなので勘違いされないようにお願いします」
その発言を受けてルシファーは納得がいったとばかりに大きく頷いた。というのも彼が先程から気になっていた事はまさにそこだったのだが、ここで突然現れた少女に対し自分達が持つスキルに近いものが備わっているという事はどう考えても不自然だと思えたからだった。何せこれまで出会ってきた人物は例外こそあれど殆どがこちらの世界に来た時点で既にレベル99になっており、そこから得られる固有スキルを持ち合わせていたにも関わらず、彼女にはそういった傾向が全く見られないからである。とはいえ仮にそうだとするならば他にも思い当たる節が幾つかある上にこれまでの行動を見ても嘘を言っているとは思えない点から、少なくとも敵ではないと判断しても良いと結論付けると今度はミユの方から質問を投げかけてくる。
「そう言えば先程もお伝えした通り、お二人には模擬戦をやってもらいたいと思っているのですが、まずはルシファーさんからお願い出来ますか?」
その言葉を聞いた男は少しだけ考え込む素振りを見せたものの特に問題ないと考えたのか二つ返事で引き受けるとそのまま部屋の外へ出るのだが、その後に続くようにして残りの三人も部屋を後にした為必然的に部屋は無人となった。ただその際ふと気になって振り返ってみると先程まで存在していたはずの家具の類いは綺麗さっぱりなくなっていた為に益々混乱してしまう事になる。しかもそれはミユも同じであり二人して首を傾げながら互いに顔を見合わせていると、不意に後ろから声を掛けられたので振り向くとそこにはマユナの姿があったので彼女はホッと胸を撫で下ろす事になった。どうやら彼女もルシファー達の後に続いて出てきたようだと分かったからだ。ところがここで新たな疑問が生じる事になってしまった。というのも先程部屋に入室した時は確かにそこにいたはずなのにいつの間にか姿を消していたのである。だからその事を尋ねてみたところ予想外の答えが返ってきたのだ。
「えっ?そんな人いませんけど……」
その瞬間、三人の頭上に疑問符が浮かぶのだがそれを見兼ねたマユナからこんな説明がなされた。何でもこの部屋は元々使われていない物置小屋である事が判明しており、そもそも建物自体が最初から存在しなかったとの話である。つまり今までの出来事は全て自分達の記憶違いであったという事になる訳なのだが、それでもなお彼女達はその事実をなかなか受け入れる事が出来なかったようだ。なぜならあまりにも常識外れな出来事が次々と起こっているだけにこれが夢なのか現実なのかが分からなくなってしまった為、思考が上手く働かなくなってしまっていたからである。だがその一方で二人の表情を見てどこか楽しそうに微笑む者がいた事にこの時は誰も気付く者はいなかった。
一方その頃、先に部屋を出ていたルシファーは一人外へ向かって移動していたのだが、程なくして目の前に巨大なドーム状の建造物がある事に気が付くとそこへ足を踏み入れた途端急に意識が遠退いていき意識を失ってしまった。しかしそんな彼の姿を離れた場所から見つめる人物がいる事に気が付いた様子はなく、暫くすると何事もなかったかのように目を覚ましゆっくりと立ち上がるとそのままどこかへ立ち去っていったのであった――
あれから更に一時間が経過した頃だろうか、ルシファーの目が覚めると彼は今自分が何処にいるのか一瞬把握出来ないまま周囲を見渡したのだが、そこで初めて自分が倒れている事を知ったのですぐに体を起こすとその場で大きく背伸びをする事にした。するとようやく頭がハッキリしてきたようで改めて現状を把握するに至ったようだ。
(やれやれ、どうやらまた倒れてしまったみたいだな……ただ前回と違って今回は特に頭痛や吐き気等もないのでまだ良かったと思うべきか。それにしてもまさかミユさんと戦う羽目になるとは思わなかったぞ……というか俺は一体何時間気絶していたんだ?いや、むしろ本当に寝ていたのかすらも分からないんだよな……)
そんな事を考えつつも周囲に目を向けると、どうやら自分は屋外にいるようだったのでとりあえず外に出てみる事にしたらしい。それから間もなく建物の外へと出て空を見上げると太陽が完全に沈んでしまった後だったのか真っ暗闇だったので再び中に入ろうと思ったのだが、その際ふいに誰かの気配を感じたような気がした。その為一体誰なのかを確認しようとした瞬間――
ヒュン!ザクッ!「ぐっ!?」
突如として風を切る音と共に矢のような物が右目に突き刺さった事によって反射的に目を手で覆ってしまった。その為何が起きたのか分からないまま激痛に耐え続ける事となったが、その間に何者かが背後から自分の首元を腕で締め上げてくるのを感じ取るとそこで初めてその正体を認識するに至る。「お前は……」
「おや、どうやらもう気が付いてしまったようですね。ですが残念でした、この一撃は結構痛いと思いますよ」
そう告げると共に男は容赦なく腕に力を込め始めたらしく、それと同時に首に掛かる力が次第に強くなっていった事で呼吸が出来なくなったらしく苦しそうな表情を浮かべながら両手で必死に抵抗を試みるルシファーだったのだが、いくら力を込めても相手を引き剥がす事が出来ずに逆に絞め殺されてしまう恐怖に怯えながらも諦めずに足掻き続けた。しかし無情にも徐々に意識が薄れ始め死を悟った男が最後の悪足掻きとして腰に提げていた剣を引き抜いた次の瞬間――
キィン!バシッ!「……っ!」
不意に聞こえてきた鋭い金属音にハッと我に返った男が恐る恐る視線を下に向けるとそこには見慣れない武器を手にして男の前に佇む少女の姿があった。その姿を目の当たりにした彼は思わずこう口にしていた。「ミユさん……なのか?」と。するとその直後――
「ええ、そうですよ。まあ厳密に言えば少し違うのですが、今はそんな事を説明している場合ではないので手短に説明しますね」そう言って小さく息を吐いた彼女は、次いでこんな事を口にし始める。「今から私と戦ってもらいますが、もし勝てたら皆さんを無事に解放する事を約束しますよ。勿論ルシファーさんが勝てばですけどね……ただし、負ければ貴方も私の奴隷になってもらいましょうか?」
その言葉を聞くや否や即座に反論しようと口を開きかけた男だったが、何故かそれが出来なかった。何故なら彼が口を開くよりも前に彼女の持つ剣先が彼の喉元に突き付けられていたからだ。そしてそれはまるでこれ以上余計な口を叩くのであれば容赦はしないといった意思表示とも取れる態度でもあった為、最早彼に選択肢は残されていなかったというべきだろう。だからこそ諦めた様子で溜息を一つ吐くと一言だけ彼女に告げた。「分かったよ、降参だ……」と。
するとその言葉に満足した彼女は手にしていた剣を腰元へ戻したところで改めて自己紹介を始めたのだが、それが終わると同時にこれから始める模擬戦の説明を行いだした。その内容は主に三つでそれぞれ、 1攻撃手段は基本的になんでもOK 2戦闘不能になった者は強制的に退場させられる 3勝敗に関しては相手を死亡させたら失格、それ以外はどんな形であっても良いが最終的に残った一人だけに権利が与えられる という事になっているらしくルールは単純明快な為迷う必要はなかった。ちなみにルシファーは今回の対戦相手となる少女のステータス画面を見た際に驚いた表情を浮かべる事となったものの、それについてはあえて触れないようにした。理由は言うまでもなく彼女から事前に聞いていた情報通りだったからだが、それ以上に気になる点が他にもあった為である。それは彼女がレベル99であるという点にあったのだが、これに関して詳しい事は後でミユ本人から直接教えてもらえるという話なので敢えて聞き流す事に決めたようである。
因みに何故そこまでルシファーが動揺したのかと言うと、ミユの見た目年齢についてだった。というのも実を言うと彼女はどう見ても高校生くらいにしか見えなかったからだ。
「さて、ではそろそろ模擬戦を始めようと思いますがその前に少しだけアドバイスしておきましょうか。ルシファーさんは魔法剣士タイプですから恐らく剣と魔法を併用した戦いが得意だと推測されますが、私はどちらにも対応出来るように戦うつもりですのでその辺りは覚えておいてくださいね」
それを聞いた彼は内心疑問を抱いたようだがそれを表情に出す事なく素直に頷くと、それを見ていた彼女は満足そうな表情を浮かべた後で開始の合図を告げたのであった――
最初に攻撃を仕掛けたのは意外にもミユの方からであり、早速手にした剣を頭上高く振り上げると勢いのままに振り下ろす。その様子から一撃で決めるつもりでいる事が分かったのだが、対するルシファーは特に慌てる素振りも見せずに一歩後ろへ下がるだけで回避してしまう。ところが彼女はそれに動じるどころか寧ろ想定内といった様子で更に追い打ちをかけるべく追撃を加える事にした。その結果最初の攻撃がかわされたとしても気にする様子はなかったものの、続けて繰り出された斬撃に関しては完全に見切ったらしく難なく避けてみせただけでなくその反動を活かして反撃に転じようとするも――
(これは一体どうゆう事だ?全く隙がないではないか……)
攻撃を繰り出そうとしている最中、ふと違和感を覚えた彼は咄嗟に後方へと跳躍する事で距離を取るなりミユの方へと視線を向けてみるのだが、そこに映っていた光景に思わず目を疑う事になる。何故なら彼女は一切その場から動いていなかったにもかかわらずいつの間にか手に持っていたはずの武器が姿を消していたからであった。ただここで一つだけ気にかかる点があったとするならば、武器を消失させてしまった張本人はと言えば余裕のある表情のまま佇んでいたので尚更困惑してしまったようだ。とは言えこのまま呆然と立ち尽くしていても仕方がないと思ったのかルシファーは一旦思考を切り替えると再度接近を試みようと試みたのであるが、その直前にミユが動いた事で一気に警戒心を高めた。
すると次の瞬間、今度は彼女の手元からいきなり槍のようなものが出現するとそのまま目にも止まらぬ速さで突きを放ち出した。だがこれには流石に反応出来なかったようで体を仰け反らせるような体勢になるとどうにかギリギリのところで直撃を免れたがそれでも掠ってしまったらしく左頬に一筋の切り傷を負う事になった。しかし彼は痛みなどお構い無しといった様子ですぐさま立ち上がると間髪入れずに再び距離を詰めようとしたその時――
(……なっ!?体が動かない……まさかこれって金縛りってやつか?いや違うな、どうやら何らかの力で動きを封じられているみたいだぞ)
突如体の自由を奪われてしまった事により身動きが取れなくなってしまい焦った様子の彼だったが、そんな時不意に脳裏にある言葉が過ぎったので慌ててその言葉を口にする。「ミユさん、もしかして君は俺と同じで複数のスキルを同時に発動できるタイプのプレイヤーなのか?」と。するとどうやらその言葉を聞いた途端に彼女は動きを止めてしまったようで明らかに動揺したような素振りを見せたので確信を得た。やはり自分の読みは正しかったのだと……しかしその一方でこうも考えていたようだ。つまり相手の所持している技が一つや二つなら対処も可能なのだろうがそれ以上の数や質、または種類まで増えてくると正直言って勝ち目はないのではないかと不安を覚えたのだろう。
実際問題として現時点では彼女の強さを正確に把握出来ている訳ではないし、それどころか実力の半分すら出し切れていない可能性もあるだろうと思っていたのである。何故ならもしそうだとした場合は例え相手が格下であろうとも油断していい相手ではないという事になる訳だが、どうやら今の状態では何もできないと判断したのか唐突に動きを見せたミユが手にする武器の先端を地面に軽く突き刺す仕草を見せるとこう呟いた。「ルシファーさんには悪いですが暫くの間じっとしていてもらいましょう。その間に他の皆さんには別の場所へ移動してもらいますので」そう告げると共に今度は何やら呪文を唱え始めたかと思えば、その直後周囲に変化が起きた。それもミユを中心として地面から光の柱が天へ向かって伸びていったのだ。それから僅か数秒足らずであっという間に光のドームが形成されて辺り一面を覆う程までに巨大化していったのだが、やがて光が治まった頃に目にしたものを見てルシファーは思わず言葉を失った。何故なら先程まで誰もいなかった場所に見知らぬ人物達がいたからである。しかもそこにはまだ幼い子供の姿もあったので一体何が起こったのか分からないまま目を丸くさせていたところ、突然背後から声をかけられたので振り返ってみるとそこにいたのは先程の少女であるミユの姿があった。しかしそこで初めて気付いた事がある。それは彼女以外の人達が全員同じデザインをした服を着ており見た目も幼くなっていた事で一瞬理解が追いつかず困惑した表情を浮かべていたのだが、そんな彼女に対して「大丈夫ですよ、ここは私の作り出した空間なので誰も入って来られないですし外に音も聞こえませんから安心してください。それよりも皆さんの紹介をしたいのでまずはこちらに来て下さい」と口にすると手招きして皆の元へと向かった。その際彼女の行動に疑問を持った彼はこう尋ねたのだが、どうやらそれは彼女の事を警戒していた訳ではなく単に彼女の事を呼ぶ際に敬称をつける必要がないのかどうか気になっただけのようである。
するとそれに対し「ええ、勿論いいですよ。ですが他の人達にも同じように呼ばせるつもりですが、特に気にされるようでしたら別に強制はしないつもりですのでその点だけは覚えておいてくださいね」と答えた後で皆に向かってこう告げた。
「それでは順番に自己紹介をしていきましょうか、まず最初に私から見て右側の女性からお願いしますね」と。するとその言葉を聞くなり一人の少女が前へ出ると礼儀正しくお辞儀をすると名前を名乗った後、続いて隣にいる男性の名前を紹介していく。それが済むと今度は次に男性が前に出て同じく自分の名前を告げては簡単な挨拶を行った。すると次は女性の番となり彼女もまた同じように名乗ったのだが何故か名前を言ったきり黙ったままでいたので不思議に思ったルシファーが声を掛ける。「えっと、どうかしましたか?」と。すると女性は我に返った様子でハッとした表情を浮かべたかと思うと何事もなかったかのように「いえ、何でもありません。それより最後は貴方ですよね?」と言いながらもう一人の男性に視線を移すとすぐに返事を返した。
こうして無事に互いの自己紹介を済ませたところで本題であるこれから何をするつもりなのだと質問してみると、これに対してミユはある答えを返す。
「それはですね、ここにいる全員が戦闘経験のない初心者だと聞いていましたので模擬戦の前に少しだけでも場馴れしておこうと思ったのです」と。それを聞いて真っ先に反応を示したのは先程からずっと黙っていた男だった。というのも彼はミユの説明を聞くなり呆れた表情を浮かべたからだ。だが彼女がどうしてそのような態度をとったのかと尋ねてみると、それに対して男は逆にこんな質問を返してきたらしい。なぜなら今回のこのイベントに参加している時点である程度の実力がある人間ばかりだと考えていた為だ、それなのに蓋を開けてみると自分よりもレベルの低いプレイヤーばかりが揃っており中には女性までもが含まれていたのだから無理もない話だった。
ところがルシファーはと言うと全く別の事を考えていたようで「え?そんな事ないだろ、確かに俺達は全員レベル1だけどそれでもみんな強いと思うよ」と言ってみせるのだがこれに納得がいかなかったらしく男は更に説明を続けると最後にこんな事を口にしたのだという。「お前さ、何か勘違いしてないか?確かにこの場に集まった連中は少なくとも俺達よりはレベルが高いと思うぞ、それこそ100くらい差があるんじゃないかってくらいの差があるかもしれんな。けどな俺はこのゲームを始めて間もない初心者だってのを忘れるなよ!いいか、俺のような奴がゲームを始めたばかりの人間がそう簡単に高レベルの奴と渡り合えるとでも思っているのか?」と。それを聞いた途端彼は自分がとんでもないミスを犯してしまった事を理解したらしく、すぐさま謝罪の言葉を口にしようとしたがそれを遮るようにしてミユが口を開くなりこう言った。
『いいえ、貴方が謝る必要はありませんよ』
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