勇者と奴隷の輪舞曲(ロンド)

あずま悠紀

第1話


「俺は……いや、俺だけじゃない。この星に住む全ての人間が、君を必要としているんだ!」

「……っ!?」

突然現れた男にそう言われた少女は、思わず息を飲んだ。

彼女の名はミユ。つい先日まで、この世界を救う為に尽力していた少女だ。

しかし、もう彼女にそんな力は残されていない。今でこそ普通の人間と変わらない姿になったものの、一度失われた力は戻ってこなかったのだ。

その為、現在は学校に通う傍ら、アルバイトをして生計を立てる生活を送っている。

「……いきなりそんな事言われても困ります。大体、どうして私なんですか?」

そう答えたのは、ミユ自身ではなく彼女に声をかけた男に対してだ。何故なら彼女には、人に必要とされるような特別なものなど無いのだから。

確かに、今の彼女は見た目だけはただの女子高生に過ぎないだろう。

しかしその実態は、神と呼ばれる存在だった。そしてそれが意味する所は、彼女がその気になれば、地球一つくらいなら容易く破壊出来るという事。

そんな危険な存在を、何故人は求めるのか?ミユは当然疑問に思う。

「君が知る必要はない。これは、我々の戦いだからな」

「……なら、余計にお受けする事は出来ません。そもそも私は……」

「そうか……残念だよ。では仕方ない。力ずくで協力してもらう事になるな」

「……え……?」

そう言うと、男は腰に差した剣を抜く。同時に男の体を黒いオーラが包み込み、見る間に姿が変貌していった。

黒く禍々しい翼、頭に生えた二本の角、そして赤く輝く瞳……。それは、人間どころか、生き物と呼ぶには余りにもかけ離れた姿をしていた。

「ひ、あ、あの……」

あまりの事態に理解が追い付かず、言葉にならない声を上げるミユ。しかし次の瞬間、その変化は始まった。

まず背中に生えた羽が形を変え、まるで悪魔のような、蝙蝠に似た翼になる。それと同時に手足が太く、大きく変化すると、指の先に鋭い爪が伸びた。更に頭からは角が生え、腰からは長くしなやかな尻尾が伸びていく。

数秒の後、そこに立っていたのは一匹の怪物だった。それはまさしく、"悪魔"と呼んで差し支えない外見をしている。

(何……あれ……あんな化け物……私、見た事なんて……!)

目の前の光景を目の当たりにしたミユは、恐怖のあまり腰を抜かしてしまう。それでも、なんとか逃げなければと思い必死に手足を動かそうとするが、震えるばかりで体は動いてくれない。

一方悪魔の方は、そんなミユの様子を見て嬉しそうに笑った。そして、ゆっくりと近付いてくる。

「さぁ、楽しい時間の始まりだ……!」

そう言って、手にした剣を振り上げたのだった。

***

***

数時間後、街の公園に少女の悲鳴が響き渡った。それを耳にした通行人達が視線を向けると、その先には地面にへたり込んだ少女がいる。そしてその隣には、少女に覆い被さるように立つ一人の男の姿があった。

男は剣を高く振り上げ、今まさに振り下ろさんとしている所だ。周囲には赤い水溜まりが出来上がり、そこから鉄の匂いが漂ってくる。

だがその時、男が突然苦しみ始めた。どうやら体に異変が起きているらしい。その様子を見て好機と考えたのだろう、少女が必死の形相で駆け出した。

「……はぁ、はぁ!い、今のうちに……早く!」

息を切らしながら駆け出す少女だったが、ふとある物を見つけ、そちらに視線を移す。するとそこには、大きなトラックの姿があるではないか。しかも運転手はいないらしく、そのまま停車したままになっていた。それを見た少女は迷わずそれに駆け寄ると、ドアを開けて運転席へと滑り込む。そして素早くエンジンをかけたかと思うと、そのまま急発進して走り去ってしまった。

その場に残された男はというと、まだ苦しんでおり立ち上がる事も出来ないようだ。そこへ、数人の警官がやってくる。そして状況を確認した警官の一人が男に近付き声をかけた。

「すみません、通報を受けて来ました。貴方もすぐに避難して下さい」

「ぐっ……うぅ……ち、違っ……」

「はい?どうされました?」

しかし、男の口から言葉が紡がれる事はない。それもそのはず、何故なら彼はもう言葉を発せる状態ではなかったのだから。そんな彼に首を傾げながらも、警官は周囲を見回す。そこで目についたのは、赤い液体で書かれた『人殺し』の文字であった。

それを見て納得したように頷くと、警官は他の警官達を引き連れてその場を後にしたのだった。

***

***

とある廃工場の一角で、少女は息を切らせていた。

あれから彼女は無我夢中で運転を続け、どうにかここまで辿り着いていたのだ。もっとも既にガソリンは底をつきかけており、そう遠くまで行ける訳ではない。

だが、それで十分だった。彼女にとって必要なのは車ではないからだ。この車を使って移動する必要などないのだから。

「た、助かりました……」

そう言いながら彼女が視線を向けたのは、先程自分が乗って来た自動車だ。一見何の変哲もないように見えるが、実はこれが彼女の力である。そして、これこそが彼女を"ミユ"足らしめているものでもあった。

本来神の力とは信仰心や人々の思いによって生じるものであり、それは自然災害などの形で現れる事もある。ミユの場合もそれが該当するのだが、今回に限っては違っていた。何故ならば、彼女こそがこの世界における本当の神だからだ。だからこそ人々に恐れられ、魔王を倒す為の神託を下した女神と勘違いされた。

では、一体どうしてそのような事になってしまったのか?その理由は単純だ。この世界において神は二人存在していたのである。しかし片方の神は勇者と共に戦いの中で命を落としてしまった為、残ったもう一人が彼女となったのだ。

つまり元々の女神ミユという存在は既に消滅してしまっている。今のミユに残されているのは神の力のほんの一部だけであり、それを行使出来るのは本当に危機的状況に陥った時のみなのだ。

そんな状況で悪魔から逃げ延びられたのには理由がある。彼女には一つの能力があったのだ。それは自らの意思一つで物質を自由に操作出来るというもの。これを用いて車の燃料となるガソリンを消し去り、エンジンを作動させれば車は動いたという訳だ。とはいえ、流石に悪魔と戦うだけの力は残されていなかったので、何とかここまで逃げて来た訳なのだが……。

「……これからどうしよう。このままじゃ……また悪魔が来ちゃう……」

ミユは自分の置かれた状況を改めて考え直し、思わず呟いた。確かに逃げる事は出来たものの、悪魔は恐らく自分を探しているだろう。そうなれば再び狙われるのは明白だ。(私……どうしたら……)

ミユは思わず自分の胸に手を置く。そこには神力を蓄える為の"心臓"が存在する。かつて世界を救った際、ミユはこの力で人々を救っていたのだ。しかし今ではその力を失い、今は普通の少女として過ごしている。

「でも、きっと大丈夫。私が頑張れば……この世界は救われるはずだから……」

ミユは小さく呟くと、不安な気持ちを抑え込むように目を閉じた。

そんな彼女の元に、やがて新たな試練が訪れる事になるのだが……今はまだ誰も知る由はなかったのだった……。

プロローグ 完 1章 悪魔との遭遇 ―異世界召喚・悪魔との戦い 翌日、私はいつもより早めに学校へ来ていた。というのも今日はバイトの面接があるのだが、開始時刻が朝早いからである。その為早起きをして準備をしていた訳なのだが……

(うーん……やっぱり少し緊張するなぁ……でもいつまでもこうしている訳にはいかないし、頑張ろう……!)

気持ちを切り替えて家を出ると、待ち合わせ場所に向かうべく歩き出す。時刻は朝の7時45分。待ち合わせ時間より15分ほど早く着いた訳だが、そこにはすでに一人の青年の姿があった。

彼の名はソウタ=オノミチ君といって、今日から私の雇い主になる人だ。ちなみに彼曰く年齢は20歳という事らしいが、その割には随分と大人びた雰囲気を持っていると思う。背はそれなりに高いけど顔立ちは幼く見えるタイプなので年齢よりも若く見られる事が多い私としては、少しだけ羨ましいと思ったりもする。

そんな彼が私をここに呼んだ理由だが、なんでも人手が足りなかったらしく猫の手も借りたいという状況だったのだそうだ。何でもここ最近は特に仕事が多くなり、とても一人でこなせるような量ではないのだとか。そんな中で見つけた募集記事の中に、私の事が載っていたのだという。

(それにしても本当に綺麗な子だなー……まさかこんなに可愛い子がうちの会社に来てくれるなんて思わなかったよ!これは神様からの贈り物かもしれないね!よーし、この子と一緒に働けるなんてついてるぞ!絶対に良い結果を出さないとね!)

などと考えながら待っていると、やがてそこにミユちゃんが現れた!おお、来た来た!って、え?なんか元気ない……?もしかして待たせちゃったかな!?あわわ……そ、それとも僕がこんなイケメンだから照れてるのかな?ま、まぁそうだよね……僕みたいな陰キャと違って彼女はアイドル並の可愛さだもんね……これは完全に僕のミスだよ……ああ、穴があったら入りたい……いやいや!落ち込んでる場合じゃないよ!とにかくまずは挨拶だよね!よし……やるぞ!いくぞ……3……2……1……ゼロッ!今だっ!……え?ちょ、何あの子……めちゃくちゃこっち睨んでくるんですけど……怖すぎるんだけど……ど、どうしたんだろう……あ!そうか……!僕は嫌われてるんだった……やばい……死にたくなってきた……ううっ……ごめんね……せっかく来てくれた子にそんな態度取っちゃう駄目な先輩でごめんね……!でも安心して欲しいんだ……!君が働きたいと言ってくれるのなら僕は喜んで君を雇わせてもらうつもりだからね……!あ、そろそろ仕事に行かないと……!それじゃあ一緒に頑張ろうね!」


***


***

それからしばらく二人で歩いていると目的地であるファミレスに到着した。そして中に入り店内を見渡すと、奥の席に座り飲み物を飲みながら何やら話をしている二人組の女性の姿を見つける事が出来た。おそらくあれが私達が会う予定の人達だろう。どうやら彼女達もこちらに気付いたらしく小さく手を振っている様子が見える。それを確認した私達はそちらに向かいつつ声をかける事にした。

「おはようございます!」

「おはよう、ミユちゃん」

まず最初に返事をしたのは私の隣を歩く男性だった。彼の名前はソ……えーと……ソウタさんだ!そう!この人こそ私をこの世界に呼んでくれた人で間違いはないらしい!正直まだちょっと実感湧かないんだけどね。何せ急に"あなたは選ばれました!異世界に転生しませんか?今なら特別にチート能力を授けちゃいますよ!"なんて言われて"はいやります!"なんて言う人がいる訳ないしさ……だけどあの変な空間に行った時の出来事を思い返してみると、あの時の自分は間違いなく乗り気だったんだよね。なんであんな事を言っちゃったんだろう……今になって後悔しているよ……はぁ……帰りたい……いや、帰る場所はあるんだけどさ……うん……とりあえずその話はもう置いておこうか……今はもっと大事な事があるもんね……それはもちろんあの人の事なんだけど……あーもうっ!駄目だ……やっぱまだ全然頭がついて来ないや……うぅ……こんな事じゃこの先やっていけないよね……だって私バイトなんだし!しっかりしなきゃ!よしっ!もう大丈夫!覚悟完了です!後は実行あるのみだねっ!という訳で……それではいきますよっ!せーのっ!! 2章 悪魔の襲撃

「失礼します……」

ミユが声をかけると二人はこちらを向き、立ち上がって出迎えてくれた。その様子は二人とも笑顔だったのでひとまず安心するミユであったが、すぐに気を引き締めると二人に向かい合う形で座るのだった。すると今度はその隣にソウタが座り、四人が横並びに並ぶ形となったのである。それを見た女性が話を始める。

「じゃあ全員揃った事だし自己紹介を始めようか。あたしはリンカ=クオリス。職業は戦士をやっている。よろしくな、ミユ」

「私はサリナ=フルールといいます。よろしくお願いしますね」

「あ、こ、こちらこそよろしくお願いします!」

二人からの挨拶に対しミユは慌てて返事をすると頭を下げた。すると次にソウタが話しかける。

「さてと、これでみんな揃ったね。それじゃあさっそく仕事の話に移ろうか。実はうちも最近忙しい事が多くなってきちゃってさ、猫の手も借りたい状態だったんだよねぇ。それで君にもお願いしたいって事なんだけど、どうかな?」

「えっと……そうですね……特に問題ありませんので大丈夫だと思いますよ……?」

ソウタの問いかけにミユは答えた。実際ミユとしても断る理由はなかったからだ。なぜならこれは自分にしか出来ない仕事であり、それに見合った報酬を得られるからだ。むしろ何もせず衣食住の保証があるだけで十分である為、これ以上望むものなど何もないというのが本音なのである。そんなミユを見てソウタは笑みを浮かべると、さらに言葉を続けた。

「そう言ってくれると助かるよ!いやぁ良かったぁ……!それじゃあ改めてよろしくね!それと何か分からない事があったらいつでも聞いてくれていいからさ!もしあれだったら僕に直接聞いてもらっても構わないよ!君の担当はこの僕ともう一人の仲間が担当してるからさ!」

そう言うとソウタは隣にいる女性の肩を軽く叩いた。それに対し彼女も笑顔で答える。こうして見ると二人の信頼関係はかなりのものらしい事が分かる。そして同時に思ったのが、この仕事を紹介してくれた事に心から感謝したミユであった。

(ふふん、流石ですねソトさん!よくやってくれましたよ!いやーホントいい人に出会えたなあ……やっぱり日頃の行いがいいからだよね!うんうん♪)

「……どうかしたのかい?」

「……えっ!?あ、す、すみません!ついぼーっとしちゃってて……」

そんな事を考えている間に無意識にソウタの方を見ていたようで、慌てて謝罪の言葉を口にするミユ。対する彼は別に気にしてはいないようだったが、それでも少しだけ気まずそうに頭をかくと再び口を開いた。

「……あぁそうだ!忘れてたけど今日はもう一人お客さんが来てるんだ!」

「……お客様、ですか?」

「そうだよ!ちょっと待っててくれるかい?今連れてくるからさ!」

それだけ言うと、ソウタは席を立ったまま店の入口に向かって行った。そんな彼の後姿を見ながらふと気になったのか、ミユはリンカに話しかけた。

「ところで……今日のお仕事って一体どういう内容なんですか?」

するとリンカは苦笑いを浮かべる。

「さぁな、あたしにもさっぱり分からん。何しろソトさんはいつも突然思い付いたかのように依頼を出すからな。まぁその分報酬は結構弾んでくれるし、今のところ生活に支障が出た事は一度も無いから問題はないんだがな」

「へぇ……そうなんですか……」

(ふーん……そうなんだ……って、あれ?なんかおかしくない……?どうしてこの人こんなに詳しいんだろ……?しかもまるでずっと前から一緒にいたみたいな口ぶりだし……もしかして同じ職場なのかな……?うーん……まぁいいや、あとで聞こうっと)

そんなやり取りをしていると、不意に入口の方から声がした。どうやらソウタが戻って来たらしい。彼の背後には大きな鞄を抱えた一人の青年の姿があった。どうやらその人物こそが今回の仕事の依頼人らしい。やがてソウタは彼の肩を叩くとその横に並び立ち、正面を向いたまま声をかけた。

「待たせてしまって悪かったね。彼女がさっき話したもう一人の仲間のマサキ=アキツキ君だよ」

「……ど、どうも……」

紹介され、緊張した様子で頭を下げる青年こと、マサキ君。そんな彼の様子に思わず笑みをこぼしてしまうミユだが、すぐに表情を戻すとこちらも同じように会釈をして挨拶を返す事にした。しかしその瞬間、ミユは思わず固まってしまう事になる。というのも彼の様子がどこかおかしかったのだ。具体的に何がどうおかしいのかと言われれば説明は難しいのだが、少なくとも今の彼に"普通"という言葉は当てはまらないような気がしたのだ。しかしそれもほんの一瞬の事であって、気が付けばいつもの自分に戻っていた為ミユ自身も気にするのを止めた。何故ならそれが一番だと本能で察したからである。だがこの時、ミユの中で何かが動き出したような気配がしたが、それに気付く者は誰もいなかったのであった。

1章 完 3章に続く。

~キャラクター紹介~(今回から登場の新キャラのみの紹介となります)

【名言】

『神とはつまり概念だ』

by.元魔王・現女神(?)様

:新木友恵(あらききともえ)/18歳(推定200歳くらい?)/172cm 好きなもの..料理やお菓子作り、読書 嫌いなもの..虫全般、トマト 本作のメインヒロインの一人であり、本作の主役を務める少女。その正体は天界に住む神様の一人なのだが、色々あって人間界へ追放される事となり現在は女子高生として普通の暮らしを送っている。ちなみに外見上の年齢は高校生に見えるように設定されており、本人もそれを気にしている節がある。性格は非常に明るく前向きな性格であり誰に対しても物怖じしないタイプではあるが、その一方で自分の力や能力に関しては無頓着であり自身の価値について非常に低く見積もっている部分もある。とはいえ彼女自身の能力の高さも並外れたものである事は確かであるため、その気になれば大抵の敵に対しては簡単に勝つ事が出来たりする。そんな彼女の強さを支えるものは一体何なのか?それは彼女の過去に関わるものなのかもしれないが、現時点では明らかになっていない。

見た目に関して言えば黒髪ショートボブの美少女といった風貌であり、普段はメガネをかけているが伊達である。そのため素顔の時の容姿の方がより美しいと言えるかもしれない。ちなみに本人は自分の顔にコンプレックスを持っているため、基本的には眼鏡をかけているか前髪を伸ばして顔を隠しているが実際はそんな事はなく普通に美人である為、眼鏡を外すだけでもその印象は大きく変わるものと思われる。服装に関しても上は灰色のブレザーを着用し下には黒のロングスカートという一般的な組み合わせの制服に身を包んでおり、その上から薄茶色のフード付きコートを羽織っている。ちなみに学校に行く時はその下に白シャツを着てネクタイを締めるという至ってシンプルな格好をしており、夏場でも長袖のままだったりする事もあるという変わり者でもある。また冬場に着るアウターに関しては常に白いダッフルコート一択であるが、これは本人曰くお気に入りのファッションの一つであるらしく外出する時も基本的にこればかり着用しているらしい。ただ流石に真冬になると少し寒いと感じる時もあるようで、その場合だけは下に黒地のハイネックニットを着ているようである。

趣味・特技などは特に無く、強いて挙げるとするならば掃除だろうか。ただし本人的には綺麗好きという訳ではなくどちらかというと整理整頓が得意という事らしい。他にも細かい作業をこなす事自体は好きなようだがあまり手先は器用ではないらしく、針仕事は壊滅的だとか。ちなみに彼女は勉強面についても得意不得意がなく平均的で平均的な学力の持ち主だが、決して馬鹿と言う訳ではないので安心して欲しい。

運動能力は抜群であり中でも脚力が特に優れており、陸上選手顔負けの速さで走る事が出来る上、ジャンプ力も高く垂直飛びで二メートルを超える程である。それ故に男子相手でも引けを取る事がないどころか身体能力では上回る事もあり、実際に喧嘩になった場合相手を怪我させない程度に加減して撃退したり逆に大外刈りの要領で投げ飛ばしたりと圧倒的な強さを見せる事も多々あるようだ。ただし相手が武器や魔術などを使える場合は少々手こずる事もあるらしい。そしてそれ以外にも相手の行動を先読み出来る動体視力の良さや戦闘経験による豊富な引き出しの多さも強みの一つといえるだろう。その為彼女に対して正面から挑んでくるような人間はまずいないと考えていい。

余談になるが、彼女は幼い頃から空手を習っていた時期があり実力もかなり高い。なので仮に戦う事になった場合には細心の注意を払って臨む必要があるだろう。もっとも彼女に武道の経験がなければここまで警戒する必要はないと思われるが、そこはご愛敬である。ちなみに彼女は過去に二度ほど命の危機に晒された事があるがどちらも未遂で済んでおり、その際も何とか難を逃れる事が出来たらしい。そして一度目はともかく二度目に関しては偶然居合わせた別の人間が救ってくれた事で命を落とさずに済んだというのが事実である。因みにその助けてくれた人物というのが後に彼女の師匠となった人物である事は間違いないだろう。ただその後彼が何を思って姿を消してしまったのかについては全く分かっていない為現状では不明であるが、もし会える機会があるとすればその時は感謝の言葉を伝えたいと思っている。以上をもって今回の説明を終えたいと思う。

さて次はいよいよ本作に登場するもう一人のヒロインについての説明をしようと思うのだが、その前にちょっとだけおさらいしておこうと思う。

そもそもこの小説におけるヒロインという存在は、大きく分けて二つのパターンが存在している。一つ目はミユのようにごく普通の一般家庭に生まれ育った少女達の場合であり、二つ目は何かしら特殊な事情を抱えている少女のケースとなっているのである。そしてそのどちらのケースにしても共通する点としては、物語の舞台に上がるまでは普通の生活を送っていて特別目立つような出来事はなかったのだが、ある時をきっかけに大きく人生が変わっていく事になるという点にあると言えよう。なお前者の場合は基本的に最初からある程度完成された状態で物語に登場する事が多く、例えば親から溺愛されているようなタイプの少女であれば両親との思い出を中心に話が展開していき幼少期から成長していく過程での出来事がメインとなっていき、後者の場合はその逆で家庭環境が悪く両親がいない上に友達もいないようなタイプである事が前提となる場合が多いと言えるだろう。当然その背景にあるのは深い闇であり誰もが皆何らかの悩みを抱えながら生きているという事実を忘れてはならないだろう。とはいえ全ての人間に当てはまるわけではなくあくまで傾向としてそのようなキャラクターが多いだけであって必ずしもそうであるとは限らないので、誤解しないでもらいたいものである。

前置きが長くなってしまったものの、それではそろそろ本筋に戻る事にするとしよう。

ミユとマサキ君との出会いの話から物語はスタートするのだが、ここで一旦場面を自宅へと切り替える事にしたいと思う。理由は単純明快、まずは家の中の様子を把握しておいた方がいいと思ったからである。何故ってそりゃあいきなり家を訪ねて来た男性(イケメン)がいれば誰だって困惑するだろうしね……いやホント、本当に誰なんだろうねこの人……

(うぅん……困ったなぁ……どうして急に訪ねて来ちゃったんだろう……私別に何もしてないはずなんだけどなぁ……?それとも何か悪い事しちゃったとか……?うーん……うーん……)

そんな二人の様子を見つめながら考え込むような仕草を見せるミユだったが、不意にソウタと目が合った瞬間反射的に頭を下げてしまっていた。

「すみません!ちょっと今考え事をしてたもので!」

(あーしまった……!お客さんがいる前でなんて態度取っちゃったんだろ私……!いくら突然だったとはいえ流石に失礼すぎるよね……あぁもう最悪だよぉ……!!)

どうやら彼女はソウタ達の来訪を素直に喜べない理由があったらしい。しかしその理由というのも大したものではなく、要するに自分がまだ未熟な人間であると思い知らされるのが怖かっただけなのだ。だがそれも仕方ないといえばそれまでだろう。何故なら今まで生きてきた中で最も長く時を過ごした場所が自宅であるのだ。言い換えればそこが自分の居場所であり帰るべき場所でもあり最も落ち着ける場所でもあったのだ。だからこそ彼女にとってその場所こそが一番の癒しの場となり得るものでありそれを土足で踏み荒らされる事に強い嫌悪感を抱いていたのである。

勿論、そんな事など知る由もない二人にとっては彼女が頭を下げた理由が分かるはずもなく、むしろ突然謝られた事に対してどう反応すればいいのかすら分からず戸惑っていた。とは言えそれは仕方のない事だろう。何しろ今のミユはどこからどう見てもただの女子高生にしか見えないのだから、そんな相手に頭を下げられて一体どんな言葉を掛ければいいのかと悩むのもまた無理はない話なのである。そしてそれはソウタ達も同様であった。

「……えっと、どうしたのかな?」

「あ、あの……私、まだ皆さんに自己紹介をしてなかったと思って……」

「そ、そうか……」

とりあえずこのままではいけないと判断した彼は、彼女の意図を汲んでひとまず話を聞く事にしたようだ。するとそれに対して彼女はゆっくりと顔を上げながらそう答えていた。

そんな彼女の表情を見て二人は思わず固まってしまう。というのも彼女の顔にはどこか思い詰めたような表情が浮かんでおり、それが自分達に何か重大な事を打ち明けようとしているように見えたからだ。もちろん実際には違うのかもしれないが、少なくとも彼らの目にはそのように映っていたというだけの話なのだが。ただ二人がそんな風に感じていたところで実際にその内容を聞いてみないと始まらないのも事実であるので、このまま何も言わずにスルーするという選択肢は存在しないと言ってもよかった。なので彼らは静かにミユの言葉を待つ事に決めたのである。するとそれを確認したミユはゆっくりと深呼吸をし気持ちを整えるようにした後、改めてソウタ達の方へと向き直ると遂に自らの素性について語り始めた。

「改めまして初めまして、私の名前はミユといいます。年は今年で十八歳になります」

そう言って軽く頭を下げるミユに対しソウタ達もそれぞれ名乗り返すと今度は彼女達の名前を教えて欲しいと頼んだのだが、それを聞いたミユは首を横に振って答える。

「私の名前は先程も言った通りミユと言います。それ以外はありませんので覚えて頂かなくても結構ですよ」

どうやら名前以外の情報は必要ないらしい。もっとも、そもそも彼女自身がそれ以上の情報を持っていないという事もあるが、恐らくそれは建前だろう。現に彼女はそれ以上は何も言おうとはしなかった。だがソウタは何となくだが彼女の真意に気付いていたので特に気にする素振りも見せず、そのまま話を本題へと移していった。

「分かったよ、それじゃ早速だけど本題に入ろうか。今日は君達二人にお願いがあって来たんだ」

「お願いですか?何でしょうか……?」

ソウタのその言葉に首を傾げるミユ。一方の彼は相変わらずのポーカーフェイスで淡々とした口調でこう告げた。

「僕達と一緒に戦って欲しいんだ」

:新木友恵(あらききともえ)

/18歳(推定200歳くらい?)/172cm 好きなもの……料理やお菓子作り、読書 嫌いなもの……虫全般、トマト 本作のメインヒロインの一人であり、本作の主役を務める少女。その正体は天界に住む神様の一人なのだが、色々あって人間界へ追放される事となり現在は女子高生の姿をして過ごしている。因みに髪色に関しては元が水色なので青系統の色に染めているだけで地毛は金髪という設定になっている為、本来はロングヘアーである。因みにメガネも掛けてはいるが伊達眼鏡である為視力が悪い訳ではない。そして当然ながら巨○神兵ではない。ついでに言えば胸もそんなに大きくないので○露美ではない。あと年齢的にもあれでも高校生ではないので悪しからず。また基本的に真面目でしっかり者の優等生キャラではあるものの実は天然が入っているらしく、それが原因で度々問題を引き起こしてしまう事もあるようだ。ちなみにその主な原因というのが、無自覚のうちに相手の心を掴んでしまうところらしく本人もそれが原因で何度も修羅場を経験しているらしく、その結果人付き合いというものが苦手になってしまい友人と呼べる人物は殆どいないようだ。ちなみにこれは本人の自己申告によるもので、実際に彼女と話した人間であれば誰もがその発言を否定している事から彼女の言葉が真実だという事は容易に理解出来るだろうと思われる。ちなみに彼女はかなりの恥ずかしがり屋な性格であり初対面の人間と顔を合わせる事すら困難なようで、実際これまでまともなコミュニケーションを取った相手は幼馴染でもあるソウタだけであるらしい。つまりそれだけ人見知りするタイプで尚且つ恥ずかしがり屋の癖に他人の目を惹きつけて止まない見た目と声を持っており、そのせいで周囲の人々から好意を寄せられてしまう事が多い為本人はその事をずっと悩み続けていた。それでも根は真面目な性格をしている為相手を突き放す事も出来ず、結果的に様々な騒動を巻き起こしてしまった事が一度ならずあったのだがそれらは全て未遂に終わっている。その為今ではなるべく目立たないようにひっそりと暮らしているようだが本人の性格的に完全に隠し通せるものではないため、周囲からすればやはり目立つ存在に見えるのだという。

因みに彼女は基本的に自分一人で何でもこなせてしまうハイスペック女子ではあるが、恋愛経験は全く無いと言っても過言ではない程初心である為そちら方面に関する知識はあまり豊富とは言えないようだ。とはいえそういった面も含めて人気が高いので、ある意味では非常にバランスが取れていると言えない事もないと言えるかもしれない。

余談だが作中で一番スタイルがいいキャラクターでもあるのだが本人曰く「これくらいしか取り柄がないから努力して体型を維持してる」との事らしい。まあ本人がそれでいいなら他人がどうこう言う話でもないのだろうが、もしこの事実を知る者が現れればきっと彼女に告白をする男達が続出していたのは間違いないだろうと思われる。何せ彼女が持っているのは自分の欠点を補う為のものでしかないというのにそれを自分の強みに変えてしまっている訳だから、その影響力は計り知れないものがあるのだ。とはいえ彼女がその事を自覚しているのかは不明だが……

「はい……ですが私には、皆さんのお役に立てるような力はありません。精々ちょっとしたお手伝いが出来るくらいで、それもほんの僅かなものです。ですから、私のような人間にはとても……」

しかしそんなソウタの言葉を聞いたミユの口から放たれたのは、意外な程に後ろ向きな言葉だった。しかし、ソウタはそれを意に介する事もなく再び同じ言葉を告げると改めて彼女に協力を要請した。

「いや、僕は君にしか出来ない事があると思ってる。だからこそ、こうして君に会いに来たんだよ」

するとソウタは、真剣な眼差しで真っ直ぐに彼女の目を見据えながら更にこう言葉を続けた。

「それにね、別に何も特別な事をして欲しい訳じゃないんだ。ただほんの少し力を貸してくれるだけでいいんだ。それだけで、君は僕の望みを叶える事が出来るんだよ?」

まるで誘惑するようなその言葉を聞いたミユは思わず息を呑んだ後、少し考えた後でゆっくりと首を縦に振って頷いてみせた。そして彼女は小さく呟くような声でこんな事を口にしたのだった。

「……私なんかでよければ……精一杯頑張らせて頂きます……」

そう答えた彼女の表情は決して晴れやかなものではなかったが、少なくともその表情に嫌悪感はなかったようである。それから暫くの間は無言のまま時が流れていき、不意にソウタが立ち上がったかと思うとこんな提案を持ち掛けた。

「よし、じゃあ話は決まったし早速出掛けようか。二人とも、僕に付いてきて!」

そして突然そんな事を言い出したかと思えば彼はミユ達を置いて一人足早に歩き始めてしまったのだが、そんなソウタの姿を見た二人もすぐに立ち上がると彼の後を追うように駆け足でその後を追い掛けていったのであった――

その頃一方その頃、マサキ達の方でもようやく話し合いが終わりを迎えたらしく彼らは店の前で待機していた馬車に荷物を預けた後徒歩で目的地へと向かい始めていた。その際ミウがこっそり財布の中を確認しようと試みたものの案の定というべきか中身は空っぽになっており結局一文無しの状態である事が判明すると思わず深い溜め息を吐いてしまったものの、幸いにも持ち合わせがある事を思い出し何とか気を取り直す事が出来たようだった。だがそうは言っても所持金は大銀貨二枚しかなくこのままでは宿どころか食事を取る事すら出来ない状態だったのだが、そこで思わぬ救世主が現れた事で窮地を脱する事が出来たのであった。それが誰かと言えば勿論彼……ソウタだ。ソウタはまず自分が食事を奢るという条件と引き換えにマサキ達三人に対して自分の所有する家を提供してくれる事になったのである。

しかも驚いた事にその家は町の中心付近にあったあの巨大な屋敷だったのだが、それを知ってマサキ達はただただ驚く事しか出来なかった。何故ならソウタはミユと同じ神様なのだから当然お金など必要ないだろうし仮に必要だったとしてもそもそも通貨の概念がない世界なのだからそもそも持ち歩く必要がないはずだからだ。にもかかわらずソウタは当たり前のようにそれを持っていた上に平然と使用してみせた。となると彼が何故そんなものを所持しているのかという点に疑問を抱くのは当然の話であろう。なのでそれを聞いたところ返ってきた答えは実にシンプルなものだった。どうやら彼はこの世界でも問題なく生活できるようにある程度の資金をこの世界に置いてきているらしい。ただしそれはあくまでも仮住まいの為、あくまで必要な時にだけ使うようにしていたらしいのだが今回この町へやってきた目的は観光と資金調達のためであって、その資金が余っているという事だったので折角だしとマサキ達に提供してくれる事になったそうだ。それを聞いていた二人は、改めて自分達にとっての大恩人だと再認識したのであった。

:高城雅彦(たかしろまさひこ)

/16歳(推定175cm)/152cm 好きなもの……辛いもの全般、ラーメン 嫌いなもの……特になし(好き嫌いはしない主義)

本作メインヒロインの一人である青年で、本作のもう一人のヒーロー役を務める事になる人物。元々は異世界出身の魔王なのだが現在は神力が使えない為に元の姿に戻っている状態でもある。とは言え元々魔力に関してはチートレベルの強さを誇る程の実力者でありおまけに魔法の才能も秀でていた事もあり実力だけで言えば恐らくこの世界において敵う者はまずいないだろうとまで言われている程の実力を持っている為その発言はただの冗談ではなく真実なのだろうと思われる。だが一方で本人は争い事は苦手としているようで基本的に温厚な性格の持ち主でもあり、例え相手に非があろうとも余程の理由がない限りはその者を傷付けるような真似はしないようだ。因みに彼には幼馴染がおり彼女とはいつも一緒にいる仲らしく、周囲からは付き合っているのではないかと噂されるくらい常に行動を共にしているらしい。

基本的にあまり物事にはこだわらないタイプの人間なのでそのせいもあってか女性に対する扱いは丁寧で優しい。そして容姿に関してもそれなりに整っており所謂イケメンというやつなので多くの女性が彼を目当てに通う店もあるとかないとか。

また面倒見のいい性格をしている事から年下の人間に対しては優しく接する傾向にあり特に年下好きな女性陣からは多大な人気を得ているようだがその一方で一部の層には嫌われている事も多いらしい。とはいえ彼自身は特に気にしていないようだし本人としてはそれすらもどうでもいいと思っているのかもしれない。

そんな彼にとって今回の旅行の目的はまさに言葉通り気分転換のようなものであり、決して観光や娯楽を楽しむためにわざわざ地球を訪れた訳ではないのだとされているのだが実際の所は本人にもよく分かっていないようで本当のところはどうなのかは分からないようだ。だがもし本当にそれだけの理由であればもっと別の所へ行っても良さそうなものだが実際にはそうではなかったという事実を考えると、もしかしたら彼には何らかの目的があってこの地にやってきたと考えるべきなのかもしれない。ちなみにその理由に関して心当たりが全くない訳でもないそうだが……それについては追々明らかになっていくと思われるので今は詳しい事は言わないでおこうと思う。

【主要キャラ紹介・完】

第4章 ----------登場人物----------

高城 雅彦(たかしろ まさひこ)

/ 16歳(推定175cm)/152cm 本作のもう一人の主役にしてこの物語のもう1人の主役を担う男。実は彼も他の仲間達同様異世界からやってきた転移者ではあるものの、その正体は魔王と呼ばれる存在だ。と言っても彼は自ら進んでその座についた訳ではなくとある事件をきっかけに成り行き上仕方なくなってしまったという経緯があり本人も最初は納得がいっていなかったのだがそれでもなんだかんだ言いつつ最終的にはその状況を受け入れてしまっているあたりかなりお人好しな性格であるようだ。そんな彼だが意外にも頭脳明晰であり頭の回転もかなり早いらしい。とはいえ本人はそれを自慢するような事はせずどちらかと言えばそれを表に出す事を好まないようだ。だがそんな彼の弱点とも言えるのが女性に弱いという一面で、過去に恋人である幼馴染の女性と些細な喧嘩をして彼女がそのまま姿を眩ましてしまった際などは暫くの間再起不能な状態に陥っていた事もあるほどである。しかしそれも時間が経つにつれて立ち直り今では彼女を探す旅を続けているようである。尚その際に何故か異世界にいた頃からずっと身に着けていたペンダント型のロケットを首から下げているのだが、これは彼の大切な人の写真が入った写真立てを入れていたもので中には幼い時に撮ったらしき自分と彼女の二人が仲良く並んで写っている古い写真が入っていたりもするのだが……

そして今彼が探している幼馴染の名前は"新藤美香(しんどう みか)"といい彼女もかつては同じく異世界から転移してきた身だったそうで、見た目は黒髪ロングストレートで大人しそうな印象を受ける美少女であり身長は160センチ程だそうだ。なお彼女はかつて雅彦とは恋仲にあった間柄のようで彼に対して好意を抱いていたらしいのだがある日突然姿を消してしまったようでそれ以来行方知れずになっているらしい。因みに彼女が現在どうしているのかについては雅彦も知らないとの事だが少なくとも生きているのは間違いないとの事のようだ。

高城 美羽

(たかぎみう)

/ 16歳(推定155cm)/145cm 好きなもの……家族、友達 嫌いなもの……孤独 本作におけるもう一人のヒロインにして今作のメインヒロインとなる少女。元々はこの世界の出身なのだが、どうやらある事情により一度こちらの世界へやってきていたのだそうだ。そしてその当時彼女はとある少年と出会う事で彼に好意を抱くようになりやがて恋人同士になったそうなのだが、そんな中で事件は起こってしまった。というのも彼女の故郷では数年前に大規模な地殻変動が起きてしまいその結果多くの人々が亡くなってしまったのだそうだ。そしてその中には当然ながら二人の両親も含まれており、しかも運悪く両親はその時災害対策委員の一員として現場の指揮に当たっており、結果多くの死傷者を出す原因となってしまったらしいのである。無論その事は彼女自身にとってもショックな出来事だったのだがそれ以上に両親の死は相当に堪えたようで一時期精神的に病んでしまい暫くの間引きこもっていた時期もあったそうだ。そんな彼女を救った存在こそ雅彦であったらしく彼と出会わなければ恐らく今もまだ心を閉ざしたままだったという可能性は否定出来ないそうである。そんな彼女にとって今の雅彦の存在はとても大きくとても大きな支えになっているようだが同時にそれが彼を苦しめている事も知っているらしく内心いつも複雑な気持ちを抱いているのだという。

高城 真咲(たかぎまさき)

/ 42歳(推定158cm)/138cm 好きなもの……家族、友人、読書、コーヒー 嫌いなもの……家事全般、人混み マサキの父親にして高城家の大黒柱。基本的には物静かで真面目な人物ではあるが仕事熱心な一面もあり時折周囲が見えなくなってしまう事があったりするものの基本的には良い父親だと言われている。但し怒ると怖いという噂もあるようなのだが今のところ娘の前でしか怒った姿を見せていないらしいので真相は不明のままである。因みに普段は会社務めをしており平日は毎日朝から晩まで働いているため中々家にはいない事が多いようだ。ただ土日祝日は基本的に休みなのでその日だけは一日中家でゆっくりしていられるという事らしい。

また学生時代は成績優秀な生徒として周囲から期待され将来有望視されていたものの、当時は教師になるつもりなど毛頭なくあくまで安定した公務員を目指して勉強を続けていたようだ。ところが試験当日、慣れない早起きのせいで緊張し過ぎて体調がおかしくなってしまい結果的に体調を崩してしまう事態に繋がってしまったらしく結局試験を受けられずそれが原因で教師の夢を断念する事になってしまったのだそう。

ちなみに若い頃はかなりやさぐれていて周囲に当たり散らす事が多かったせいで当時のクラスメイト達は勿論のこと担任であった教師ですら彼の事を怖がって近付こうともしなかったのだとか。しかしその反動なのか今では随分と丸くなったようで口調も穏やかになり性格面も多少柔らかくなったともっぱらの評判だそうだ。ただそれでもやはり未だに一人で過ごす事が苦手な様子で休みの日になるとよく散歩に出かけているそうだが、それはつまり人寂しい思いをしていたのだろうと推測できる。その為もし仮に娘から彼氏が出来た等という話が出た際にはその相手の事を認めようと心に決めているんだとか……

:鈴木仁一(すずきじんいち)

/22歳(推定173cm)/147cm 好きなもの……ゲーム全般、漫画、小説、映画、アニメ 嫌いなもの……虫全般 本作のもう一人のヒーロー役を務める青年でミウとは同級生でクラスが同じだった事もあり二人は昔から仲が良いようだ。そして何よりミウと同じで元は異世界の住人で勇者の一人だった人物である為、その力は一般人と比べれば圧倒的に強いものではあるのだが本人曰く力の強さで言えばミウの方が上なんだとか。だが彼自身が使う剣術の腕前に関してはそれなりに自信があるらしくその点においてはミウも一目置いている部分があるらしい。とは言え基本的に面倒臭がりな性格でもあり基本的に自分から積極的に動くような事はせずに誰かからの連絡を受けてそれに対応するといったスタンスを取っているようだ。また女性には甘いタイプでもあり特に年下の女性には弱いようでそのおかげで何度か問題を起こした事もあるという。もっとも当の本人は全く気にしていないどころかむしろ楽しんでいるような素振りさえ見せていたようでそういった意味も含めてかなりのプレイボーイであると言えるだろうと思われる。ちなみに女性陣からは人気が高いようだが本人はそれに気付いておらず逆に何故そんなにモテるのかが不思議だと感じており自分に自信がないせいか彼女達に迫られても全く手を出そうとしないのだとか。しかしそんな彼の隠れた魅力に惹きつけられる女性も少なくないらしく彼を自分のものにしたいと思っている者は決して少なくはないようである。因みにそんな彼にも悩みの種はあるそうでそれが幼馴染の少女の事なのだそうだ。

大園桃子(おおぞのももこ)/16歳(推定154cm)/126cm 好きなもの……小動物(ハムスターやリス等)、可愛い女の子、甘いもの 嫌いなもの……苦いもの、運動、辛い食べ物 本作のもう一人のヒロインでありミウのクラスメートでもある。見た目は完全に幼女にしか見えない小柄な少女だがその実態は異世界からやって来た魔法使いでその実力もかなりのものであるようだ。ちなみに彼女の元いた世界では"魔法"という概念そのものが存在しなかったのだが、とある理由により彼女はその力を授かった経緯を持っている。またこの世界にやって来てからもその力を駆使して多くの人を助けてきたりしていて今では街の人達からは絶大な信頼を置かれている存在だと言われているらしい。

そんな彼女はどうやら元の世界において親友と呼べる相手がいたらしいのだがその相手は彼女と同じく魔法使いだったのだそうだが現在は行方不明になっており、その理由としては彼女に黙って姿をくらましてしまったせいだというのだが実際のところはどうか分からないようだ。そして彼女にはその相手以外に頼れる存在がいなかった為今まで孤独に耐えながら生活してきたそうだが、雅彦と出会った事で次第に孤独感が薄れていったらしいのだ。更に今では雅彦の事を心から頼りにしており彼からは姉のように慕われているようだが実は本人としても満更でもないようだ。ただそんな二人の関係について周囲の者達から冷やかされる事がたまにあるようなのでそれだけが少し気になっているという。

:高嶺咲良子(たかみねさくらこ)/18歳(推定155cm)/145cm 好きなもの……スイーツ類全般、少女漫画、かわいい小物類 嫌いなもの……男性 桃子とは同学年の友人で同じクラスの所属となっている。見た目的にはいかにもお嬢様といった雰囲気で常にお淑やかな態度を取り続けていてまさに深窓の令嬢という言葉がピッタリな人物像だ。実際成績も優秀であり学年でもトップを争うレベルの実力を持つ才女である一方スポーツの方は得意ではないようであまり積極的に取り組むつもりはないようだ。ただその分知識量に関してはかなりのものを持っており一度覚えたことは二度と忘れない記憶力の良さも持っているようだ。因みに好きな異性については今のところは意識していない模様でどちらかと言えば友達と一緒に過ごす時間が何よりも楽しいと思っているらしい。ちなみに恋愛対象ではないが雅彦に対して好感を抱いているような節もあり何かと彼のサポートをする場面が多いようである。しかし彼女もまた他の女性陣達と同じように彼に想いを寄せるライバル的存在の一人だったりするのだが、彼女の場合既に自分の気持ちに気が付いているようでその上であえて行動に移しているようでもあった。ただ肝心の雅彦はその事に全く気付いていない為現時点では彼女の想いに気が付きそうな気配すら見られないらしい。しかしそれでも彼女は決して諦めるつもりはないようで今後も彼との関係を進展させていきたいと考えているそうだ。

田中勇人(たなかゆうと)/22歳(推定175cm)/172cm 好きなもの……サッカー、カレーライス、肉料理全般、お酒全般 嫌いなもの……野菜全般、トマト、ゴーヤ 今作におけるもう1人のヒーロー役でマサキ達の先輩に当たる男性である。元々サッカー部に所属していたのだが、そこでの活躍ぶりからスカウトされプロのサッカー選手となった経緯を持っている。ただしあくまでも部活の範疇の中での結果に過ぎないのでプロの世界に入ってもその実力は未だ未知数のようだ。ちなみに彼が通っていた高校では部活動が盛んで数多くの有名な選手を輩出していたりしたので全国レベルでは名の知れた強豪校だったらしいのだがそんな中でも彼の実力は他の部員を大きく上回るものだったようだ。とはいえ彼自身はあまり目立ちたがる性格ではないのでその辺りはあまり興味がなくあくまでサッカーが好きという理由で続けてきた結果なのである。ちなみに彼も実家暮らしなのだが両親共働きなので帰宅後は一人で過ごす事が多いそうだ。

一方で彼には幼い頃からの付き合いのある幼馴染がいてその人こそが高峰咲良子なのだが、彼女が家に来るようになってからは特に寂しさを感じなくなりむしろ一人の時よりも良い環境になっているのではないかと感じるようになったようだ。そしてそんな彼女の存在が彼にとっては癒しにもなっているらしく最近は彼女と話をする時間を何よりも楽しみにしているようだ。そんな二人は周囲からも付き合っていると思われていたりするようで彼の方は否定するも彼女の方はまんざらでもない様子だとか。もっとも当の本人たちはその事を特に気にしていないようだが。因みにそんな彼には気になる女性が一人いるのだそうだがその事はまだ秘密にしているようだ。

佐藤弘(さとうひろし)

/19歳(推定165cm)/170cm 好きなもの……ゲーム全般、ネットサーフィン、ラーメン、筋トレ、漫画 嫌いなもの……虫全般、辛い物、苦い物、人混み、満員電車 本作におけるもう一人のヒーロー役を務める青年で雅彦達とは同じ大学に通う大学生だ。彼は高校時代まではサッカー部に所属しておりポジションはミッドフィルダー(MF)としてレギュラー入りを果たしていたが大学では既に競技としての試合には出ることはなく完全に趣味の範囲として続けているようだ。ただ大学時代にやっていたフットサルの試合でのプレー経験や練習の成果もあり現在ではその実力はかなり高いものとなっているとの事だ。しかも大学のリーグ戦などではそこそこいいところまで勝ち進むなど将来性も期待されているようである。そして最近では同じくサークルに所属する仲間達とも打ち解けてきているらしく皆と共に楽しむ時間が増えたと感じているようだ。だがその一方で自分よりも年下の女性陣から頼られる機会も増えてしまったりもしているらしくそれについては少し困っているようである。それでも彼女達とは上手くやっていけそうだと感じていて特に嫌な思いはしていないようである。

しかしそんな彼にもやはり気にかかっている女性はおりそれは他ならぬ高峰咲良子である。実は彼としては彼女に対して少なからず好意を抱いてはいるものの今の関係が壊れる事を恐れ告白できずにいたのだが最近になってそれがかえって彼女を苦しめる事になっているという事を痛感させられており何とかしたいという気持ちを強く持つようになっていた。その為にはまず自分が勇気を出すしかないと考えてはいるがいざとなるとなかなか実行に移せない自分に苛立っている部分もあるようでこのままでは駄目だと自覚しつつもまだ気持ちの整理がついておらずどうしたらいいのか分からないといった状態のようだ。ちなみにそんな彼が今一番悩んでいる事が"恋"についてであるらしい。

野中裕次郎(のなかゆうじろう)

/26歳(推定180cm)/163cm 好きなもの……辛い物全般、コーヒー、タバコ 嫌いなもの……甘いもの全般、犬 本作のもう一人のヒーロー役で雅彦達と同じ学校に通う男性教諭である。普段からとても真面目かつ誠実な性格で授業の内容も分かりやすいため生徒からの評判もかなり高く生徒達からも厚い信頼を寄せられている。だが本人はその事をあまりよく思ってはいないらしく自分はそこまで出来た人間ではないと否定していたりもするようだが実際のところは非常に謙虚で自己評価の低い人物である。とは言え別に自分を卑下するわけでもなくむしろ自分には勿体ないくらいの生徒だと常に思っていたりしているので実際はもっと自信を持てばいいのではないかと思われる。また私生活においても独身の身であるせいか休日などは一人で静かに過ごす事が多いらしくそれを少し寂しく感じていたりもするようだ。そしてそういった気持ちを紛らわせるために酒を飲んだりしている事も多々あるという。しかし酔った時の記憶が残らないタイプのようで翌朝になると何故あんなに飲んだのだろうと頭を抱える事も多いらしい。それでも飲み過ぎなければ特に問題はなく普通に生活できている為、今のところ大きな問題は起きていないようなのだが・・・?

:日暮里朱音(ひぐれしゅおん)

/23歳(10月13日現在)/167cm好きなもの……甘いお菓子、綺麗な宝石、かわいい小物類 嫌いなもの……辛い食べ物、苦い食べ物、怖い男の人 本作のヒロインの一人でありメインヒロインでもある少女。見た目はとても綺麗で大人っぽい顔立ちをしておりスタイル抜群な事から男子の人気は高い。性格もおしとやかではあるが決して暗いわけではなく誰に対しても分け隔てなく接することのできるタイプである。

昔から勉強が嫌いではなかったようで成績は優秀な方だった。更に運動に関してもそれなりにこなすことができ、まさに文武両道を地でいくような感じの少女だったようだ。だが高校を卒業して就職した先の会社はブラック企業と呼べるほど劣悪な環境にあったらしく彼女は上司から毎日のようにセクハラを受けていたそうだ。しかもそれが原因で体調を崩してしまい退職を余儀なくされてしまう。その後彼女は実家に帰ってしばらく療養することになるのだがその間彼女はずっと考えていたらしい。今後自分はどういった人生を歩んでいこうかと。

そんな中でふと目にしたのが当時流行っていた魔法を題材にしたネット小説だったのだが、その中で登場する魔法少女に憧れるようになりいつか自分も同じ存在になりたいと思うようになる。そしてそれから数年後、彼女は魔法使いへと転生を果たしたのだ。その時の喜びは今でも忘れられないものでようやく念願が叶ったと感じた彼女だったのだが、そこで彼女は新たな問題に直面する事となる。そう、魔法の力を手に入れたはいいがその力を扱う方法が全く分からなかったのだ。今までそんなものとは無縁の生活を送ってきていた為無理もないと言えばその通りなのかもしれない。ただそんな彼女にも転機が訪れた。偶然にも通りすがりの男性に声をかけられた事で彼女に新しい道が開けたのだ。その人物こそ後に彼女の生涯のパートナーとなりそして彼女を立派な魔法少女へと育て上げる事になる人物であった。彼は彼女の素質を見出し魔法の力の使い方を教えただけでなく、魔法を効率良く扱うためのアイテムもプレゼントしてくれた。そして彼女はその力を自分の夢のために使うと決意し男性にお礼を言ってその場を去っていったのである。

「ねえ……あれ何?」

突然目の前に現れた不思議な存在に驚いたミウは思わず雅彦に尋ねた。

「……分からない」

対する雅彦は答えに困っていたようだった。するとそこに助け船が現れた。

『初めまして。私の名はクトゥルフと申します』

クトゥルフは自らをクトゥルフと名乗った。どうやらこれが彼の名前のようだ。

「く、くるー……? あの邪神の事……?」

その名を聞いたミウの表情が曇る。それはかつてこの世界で起きたとされる神話の伝承に出てくる神々の中でも最悪の存在であるとされているからだ。

そんな不安気な様子の彼女に対しクトゥルフは安心させるかのように声をかけた。

『いえいえ。私が名乗ったこの名は貴方が思っているような存在の名前ではありませんよ。まあ確かに私は彼らから邪神と呼ばれ恐れられていますけどね。それに彼らが言う邪神というのも所詮人間の想像上の産物にすぎませんからね。本当の彼らの力はあんなものではないのです。その証拠にもし仮に私が本当にその神と呼ばれる存在だとしたら私のような小さな個体がこうして貴方達の前に現れるなんて事はできるはずがありませんよね?』

そう言って自らの事を語るクトゥルフ。その様子を見る限り嘘を言っているようには思えないが、だからといって完全に信じる事もできないのも事実である。なので今度は雅彦が彼に話しかけた。

「だったら君はいったい何者なんだ? なんで俺達に話しかけたんだ?」

するとクトゥルフは待ってましたと言わんばかりにこう告げた。

『実は貴方達にあるお願いがありましてね……』

「頼みごとって……どんな内容なんだ?」

彼が何を言い出すのか分からず警戒しながら聞き返す雅彦。そんな二人の様子を見ていたミウは彼の後ろに隠れながらじっと話を聞いていた。

そしてそんな彼に対して彼は驚くべき提案を持ちかけたのだった。

『はい、では単刀直入に申し上げますとですね……私を貴方達の仲間に入れていただきたいのですがどうでしょう?』

「え!? そ、そんな事でいいの!?」

突然の彼の言葉に驚いてしまう二人だったがそんな彼の言葉に続いてクトゥルフはこんな言葉を口にした。

『勿論です。何せこれから一緒に行動しようというのですから当然仲間意識というのは大切ですからね。ですからお互いに協力し合える関係性を作っておきたいと考えているのです。つまり私達は運命共同体というわけですね』

その説明を聞いてなるほどなと思った雅彦達。実際問題今の状態ではお互いにとって利益があるとは言えない状況だったからだ。そこで雅彦はこの機会を逃すまいと思い切って彼に向かって問いかけた。

「そうか……じゃあ早速質問なんだが君の正体は何なんだ? あの姿を見る限り普通の人間ではないと思うんだが……」

それは雅彦達が真っ先に疑問に感じた点でもあった。それは彼(または彼女)が明らかに人間とは異なる姿形をしているという事である。もちろんこれは単なる思い込みかもしれない。だが今の二人にはその可能性がある以上無視するわけにはいかないと考えていたのだ。すると案の定、彼は自分達の質問に答えてくれた。

『はい。まず一つ目の質問にお答えしましょう。先ほども申しましたが私の種族は"深きもの"と言います。彼らは海や湖の底などに住む一族で普段は地上に出ることはありません。ですがごく稀に地上に姿を見せる事がありその時は決まって恐ろしい怪物の姿となって人間に危害を加えてくるそうです。ちなみに私もそのような者達の一員なのですが今回このような姿をしているのは訳があってですね。実は私自身はまだ幼体にあたる存在なんですよ。だからまだ成体になる前の私にはこの様な姿が一番しっくり来るんです。それと先程から話している言語についてなんですがあれは私が生まれつき身につけている特殊能力のようなものなんですよ。ですので他の種族の皆さんと話す時にも同じように言葉が通じているわけです』

そこまで話したところでクトゥルフは一旦話を止めた。どうやら次に話す内容を整理しているようで少しだけ時間を置いた後で再び口を開いた。そして、

『さてと……それでは二つ目の質問に対する答えをお話させていただきましょう。それについてですが、そうですね。まずは何故貴方方に話しかけてまで仲間にしてほしかったかという理由をお話いたしましょうか。実は先程も申したように私と貴方は同じ境遇にあった者同士なんですよ。それも私よりももっと酷い境遇にあった方と一緒に生活していたのですよ』

「……というと?そのもう一人というのはいったい誰なんだい?」

そう問いかける雅彦に答えるべく、クトゥルフは再び語り始めた。しかし今度の内容は彼にとっても驚きの内容だったらしくその口調はどこか重いものだった。

『ええ、それは私のもう一人の主とも言える存在で、その方は人間ではなかったのです。そもそも、私達のような異形の存在が普通に暮らしている世界などそうそうありませんからね。そしてその世界では人間が頂点に立っているようなところもありますのでそういった場合は特に注意が必要なんですよ。なにせそういった人間の中には人知を超えた能力の持ち主も存在している可能性が高いからです。事実、その方もそうでした。しかも厄介な事にその人の能力は他の追随を許さないほどのもので、その力は凄まじかったそうですよ。その気になれば一国を滅ぼす事ができるくらいの力があるとかないとかも言われていますしね。だからこそ、その人は周囲から疎まれ蔑まれた末に命を狙われるようになってしまったのです。そして、最終的に彼は自分の居場所を見つけるために別の世界へと旅立っていかれたと聞きます。その時になって初めて気づいたんですよ。自分もまた、あの人と同じ立場にいたのだという事をね。だけどあの人は私に手を差し伸べてくれました。自分の命を狙う者から守ってあげると約束して下さった。おかげで今の私があるといっても過言ではないでしょう。まあそんなわけで、こうして今私がこの場にいられるというわけなのですよ。あ、すみません。話が逸れてしまいましたね。ええと、どこまで話をしましたっけ……? そうだ、確か私の主人の話をしていたんですよね。実は彼も私と同じく、今は別世界におられる方で名前はクトゥルヒさんと言うんです。それで実はですね、彼の場合がまた別の意味で危険なんですよ』

「ん?どういう事だ?」

何やら気になる事を言い出したクトゥルフに対して聞き返す雅彦。そして、彼はこう答えた。

『実はですね、あの方は元々とある国に仕える兵士だったのですがある日突然その力に目覚められたそうで、それ以来その力を使って好き勝手暴れていたそうなのです。ただ幸いなことに敵以外には手を出さなかったようでその点はよかったと思いますけどね。それでもやはり、危険極まりない人物である事は間違いないんですけどね……』

そう語る彼の顔からは明らかな不安の色が浮かんでいた。どうやらそれだけ危ない人物のようだと判断できた雅彦達であったが同時に一つの疑問も生じてきた。果たして彼はどのような力を持っているのだろうかと。もし仮に強大な力を持った相手だとしたらどう対応すればいいのかと二人は考えていた。そんな彼らに気付き気を引き締めるクトゥルフだったが、ここで彼は自分の力に関する事を口にする事にした。それは……

『安心してください。私が持っている力はあくまでも戦う力ではなく相手を屈服させるためのものなので直接戦いを挑むようなものではありませんよ。それよりももっと強力なものなので心配には及びません。それこそ先程のお話にあったような化け物ですら一瞬にして消し飛ばせるほどの威力を持っていますからね。まあ最も私の能力はそれを使うための条件が厳しかったりするのですがその辺は割愛させていただきます。まあ簡単に言えば相手の身体に触れるだけで能力が発動してしまうのですけどね。ですからくれぐれも油断なさらないようにお願いします』

「ああ、分かった。それなら俺達もそのつもりでいる」雅彦はそう言って頷き返したのだが一方ミウは何か引っかかるものがあるのか少し考え込んでいたようだった。

(何だろう……?さっきから話を聞いてるとどうも引っかかりを感じるんだよね……?気のせいかな……?いやでもやっぱり変だよね……)

そんなミウの考えに気付いたらしいクトゥルフは彼女に声をかけた。

『どうかされましたか?』

声をかけられた事によってハッと我に返ったミウは慌てて返事を返す。

「え!? いや、なんでもないけど……」

そんなやり取りをしている最中、突如辺り一帯が揺れ動いた。それはまるで大地が激しく揺れているかのような衝撃だった。やがてそれが治まるとどこからか声が聞こえてくるのだった。

「見つけたぞ! お前達だな?例の二人組というのは!」

そんな声と共に目の前に現れたのは全身が鱗に覆われた爬虫類のような姿の怪物だった。どうやらこいつが地震の原因だったようだ。そして彼はそんな姿でこちらを見ながらこう問いかけてきたのだった。

「俺の名はリヴァイアサン。偉大なるお方の命により貴様らの命を奪いにきた! だが安心しろ、すぐに殺さずにじわじわと嬲り殺しにしてや……」

そこまで言った所で突然怪物の言葉が中断される事になった。何故なら彼が話している最中に何者かが攻撃を加えたからだった。その人物とは言うまでもなく……

『全く貴方という人は、初対面の人間に対していきなりそのような発言を繰り返すなんてどういう教育を受けているのですか?それにいくら相手が子供の姿をしているからといって見た目で判断するのはあまり感心しませんよ?そんな事では将来立派な大人になる事はできませんからね!』

そう言って彼を叱責するクトゥルフだったが当の怪物の方はというと、急に攻撃を食らったせいで何が起こったのか分からない様子だった。そのためとりあえず状況を確認するため周囲を見渡してみたのだがその時にはすでに手遅れだった。いつの間にか周囲には大量の赤い液体が飛散しておりその範囲は広くなるにつれて色が薄くなっていくように見えたのだ。それはつまりどういう事かというと、この液体こそ先ほどまで会話をしていた相手の血である事が容易に理解できたのである。だが……なぜ?どうして自分はこんな事になっているんだ?あの小僧達は一体何者なんだ?もしかして自分が知らない間に新種の兵器が開発されたというのか?それとも新たな魔法が生み出されたとでもいうのか!?などと様々な考えが頭に浮かぶ怪物だったのだが次第にそれらを考えるだけの気力すら無くなってきてしまったようだ。

なぜならすでに全身の感覚がなくなっていたからだ。さらに手足などの末端部分はもうとっくに動かなくなっていて、胴体部分の肉と骨だけが辛うじて残っている状態だったのだから……

もうじき訪れるであろう死を受け入れなければならない状況にあっても尚、まだ諦めていないのか何とか抵抗しようと試みていた怪物であったのだがそんな様子をあざ笑うかのように突如として声が聞こえてきたのだった。その声は男性の声のようで低くどこか威圧的でもあった。そしてその声のした方を見てみるとそこには一人の男の姿があった。その姿はまるで影そのものだった。そう、男は人間ではないのである。そしてそんな彼に助けられたのだと気付いた怪物は感謝の言葉を口にしようとしたがその前に再び声がかけられる事になる。

「別に貴様に感謝されたくて助けたわけではないから余計な事は言わなくていいぞ。それと、貴様をここまで追い込んだ奴は既に死んだも同然の状態だから安心するがいい。それにしても驚いたものだな。まさかこのような辺境の世界にまで我が眷属を送り込んでくるとは思わなかったぞ?まあ確かに我々にも多少の非はあったのかもしれない。だがだからと言って我等に対してこんな暴挙に出るとは一体どういうつもりなのか、是非とも教えてもらいたいところだな」

男の口調はどこか楽しげだった。どうやらこの状況を楽しんでいる節があったようでその様子を目にした怪物もまた、この男に殺されるよりは自ら命を絶つ方がマシだろうと思い始めたようだ。そこで、せめてものお礼として彼に自分の思いを伝えようとするのだが上手く言葉にならないらしくうまく喋れなかったようである。それでもなんとか言葉を発しようとする彼を見た男が一言だけ口にした。

「ああ、心配するな。お前の気持ちはしっかりと伝わったよ。なにせ私は読心術を心得ているからな。その程度の事なら造作もない事だ。だが、だからこそ残念でもあるんだよ。せっかくお前はこれから生まれ変われるチャンスを手に入れたというのにみすみすそれを逃すというんだからな。なあ、どうせこのまま生きていても死ぬだけなんだしいっその事私に魂を預けてみてはくれないか?きっといいように使ってやれると思うのだが、どうだ?」

それを聞いた瞬間、彼は何を思ったのだろうか。もしかすると既に悟っていたのかもしれない。この男は本気で自分を殺そうとしているのだと……そして同時にこう考えたのだろう。どうせなら自分の全てを捧げようではないか、と。どのみち今の自分では助かる見込みはないと判断したからである。

「……どうやら答えが決まったようだな。よし、それなら今からお前を私の中に封印させてもらうとしよう。もちろん拒否する事など許さないからそこは覚悟しておけよ?」

その言葉に対し頷いた事で意思を示した彼に対して満足げに笑った男はそのまま自らの中に取り込んでしまうのだった。こうして彼の物語はあっけなく幕を閉じた。そしてその数時間後、今度は違う場所において同じような事件が起きていた。それも今回と同じような展開で。そう、彼らは仲間を増やす為であればどのような手段もいとわない集団だったのである。そしてこの時もまた一人の犠牲者が出る事になったのである。しかしそれを知っている者は誰もおらず、また興味を示す者も誰一人いなかったという。

2章 旅立ち

「それではこれより貴方達にステータスを授けます。ただし今回は初回なので特別に一つだけですがね」

そう言われて渡された紙には自分の名前とレベルが記されていた。ちなみにこれはあくまで簡易的なものらしく本当の情報ではないそうだ。まあ詳しい事は鑑定を行う事によって判明するという説明を受けた雅彦達はいよいよ本題に入る事にした。とはいえ、あまりのんびりしている暇は無いという事もあって簡単な質問を一つ行う程度に済ませた彼らに対して女教師は少し呆れながらも改めて説明をしてくれた。

まず最初に言われた事は職業についてだった。この世界における冒険者と呼ばれる者達の大まかな役割は大きく分けて三つあり、そのうちの一つは主に戦闘職である『剣士』や『格闘家』などが当て嵌まるもので他の二つに関してはそれ以外の役割となっているらしい。例えば商人や鍛冶屋、あるいは研究者といったものがあるのだそうだ。これら以外にもいくつかあるようだが、それは実際に冒険者になった際にでも自分で確かめてみると良いと言われたのだった。

次に冒険者ギルドに加入する際に必要となる書類一式に関しての説明が行われた。これらは基本的に冒険に関する依頼を受けた際に報酬を受け取る事が出来るようになっており、他にもギルド内にある設備の利用許可証も発行してもらえるので非常に便利だという事を聞かされた。しかもこの施設内には武器屋や薬屋などといった各種店もあり購入代金に応じて割引してくれるサービスも行っているのだという。その他にも宿屋なども完備されており長期に渡って依頼を達成するつもりなら必ずここを利用した方が良いだろうと勧められたのだが、あいにくと二人はそれほど長期間この街に滞在し続けるつもりはなかったので丁寧に断りを入れておいた。そして最後に残った項目はスキルとジョブに関する話だった。

「これで最後となりますが重要な事なのでよく聞いて下さい。まず初めにお二人にはこの世界の言語を理解出来るようにする能力が付与されています。ですので文字が読めたり会話が出来るようになるはずですよ。ただ、あくまでも読み書きだけなので会話などは普通に喋る事が出来ますが書き記したり文字を書いたりする事は出来ません。その辺については気を付けてくださいね」

そこまで言うと女は続けてこうも付け加えた。

「あ、それからですね、この世界での基本的な生活習慣なんかに関してもちゃんと記憶しておくようにしておいた方がいいですよ。でないと後々困る事になるかもしれませんからね。特にお風呂の入り方とか……」

その言葉を聞いた瞬間、ミウの表情が急に険しくなったような気がした雅彦はその理由を聞いてみようと思ったものの、彼女の放つ異様な雰囲気を察した彼が問いかけるよりも早く彼女が口を開いたため聞きそびれてしまったのだった。

「……ところでさ、今の言葉ってどういう意味なのかな? だって異世界に来たのなら普通は言葉が通じなくて困っているはずだよね?それなのにお風呂の心配をするなんて変だよね?どうしてそんな事を言い出したのか理由を教えてくれないかな?」

そんな質問を受けて少し焦った様子の女教師だったが、ここで下手な嘘は通用しないと思ったのか素直に答えたのだ。すると……

「あー、えーっと、そうですね……。その、何と言いますか、あれです! そう、ちょっとした言葉の綾といいますかなんというか……」

(おいおい、そんなんで誤魔化せると思っているのかよ?そもそもさっき俺が話しかけようとした時に何か言いかけただろ?それを邪魔したのはあんただろうが?それに今のは明らかにわざとやったとしか思えないしな。となると、こいつには俺達を騙して何かを企んでいた可能性があるっていう訳だな?ならその目的だけでも突き止めておかねえとな)

「あのさ、俺は別にあんたの素性を暴き立てるつもりなんて毛頭無いんだ。だが、だからと言って何でもかんでも疑ってかかるほど俺も鬼じゃねえ。というかむしろそういうのはあまり好きじゃなくてな……。だからこの際はっきり言っておくぜ?実は俺には特殊な能力があってな、そいつを使ってあんたの秘密を探る事もできるんだがどうする?なんなら試してみるかい?」

「いや、あの、そういう事はできれば止めて欲しいんですけど、駄目ですか?」

「いいや、悪いが駄目だな。何故なら俺の中にはどうしても知りたいという強い欲求があるんだよ。だがいくら俺が我慢しようとしても結局は無駄になるだろうから、それならいっそのこと自分の力で何とかしてみようかと思ってな」

そこまで話した所で、突然雅彦は女教師に向かって飛び掛り彼女に組み付いたのである。これにはさすがの女も驚きのあまり一瞬呆然としていたのだがすぐに正気を取り戻し慌てて抵抗を試みた。だが所詮は女の細腕であり男の力に敵うはずもなく完全に身動きが取れなくなってしまいなす術がないようだった。それでも諦めずに暴れ続けた結果、やがて体力を使い果たしてしまったらしく、とうとう大人しくなってしまったのだった。そして……そんな彼女に向けてゆっくりと近付いていく雅彦は、ようやくその顔を拝む事が出来たとばかりに満面の笑みを浮かべながらこう告げたのだ。

「さて、それじゃあそろそろ話してもらおうか?あんたが一体何者で、どうしてこんな事を起こしたのか、洗いざらい吐いてもらうぜ?」

こうして彼らの長い一日は幕を開ける事になるのだが、それを知ったうえで敢えて言うならばこの日を境に世界の常識は大きく変わる事になったのかもしれない。なぜなら彼らが遭遇した事件により多くの人々の人生が大きく変わってしまったからである。そしてその中心にいた二人にとってはまさに悪夢としか言いようのない日々が続いていった。その結果、彼らは世界に大きな混乱を招いた人物として世界中を震撼させるほどの大犯罪者として後世に名を残す事になるのであった。

1 悪魔と遭遇してからというもの、私の日常は一変したかのように思えたのですが実際はさほど変わっていないような気がします。

相変わらずバイトに明け暮れる日々を送っている私なのですが最近は同じ場所に長時間居座り続ける事で店長さんに迷惑をかけているのではないかと思うようになっていました。というのも以前に私が勤めていた飲食店は閉店を余儀なくされてしまい新しいお店を探している最中なのだそうです。そしてつい先日まで私が勤めており、また今も働き続けている店というのが例の悪魔の経営しているコンビニだった訳ですがどうやらそこにも色々と問題があるらしいのです。

なんでも従業員同士のいざこざが絶えず店長さん一人ではとても手が回らない状態なんだそうで早く後任となる人物を見つけたいと頭を悩ませているのだそうです。そこで思い付いたのが以前の店舗でトラブルを引き起こして解雇されたばかりの私だという事になり早速連絡が来たという流れでした。ちなみに私はその話を受けた際に真っ先にこう考えたものです。もしここで断ってしまったら間違いなく厄介な問題に巻き込まれる事になるかもしれない、と。ですから二つ返事でOKを出してしまいましたが今となっては後悔しています。いえ、正直に言ってしまうともう逃げ出したくて仕方がありません。何しろ仕事の内容は以前と変わらないのですが明らかに時給が違うのです。おまけに残業時間にも制限がありますし深夜営業なども出来ませんでしたから労働条件的にはむしろ悪化したと言えるでしょう。とはいえ一度受けた仕事を今更無かった事にはできない以上このままやり通すしかありませんが、本当に大丈夫なのでしょうか?そんな不安を抱えながら今日も今日とて出勤してきた訳なのですが……。

「……あの、おはようございます。それで今日は一体どのようなご用件でしょうか?」

何故かいつもと違って妙に機嫌が良いらしい相手に対して恐る恐るといった感じに尋ねたところ意外な返事が返ってきたのです。それはつまり、これまでずっと私を悩ませていた問題に片がついたという知らせでした。詳しい話は後ですると言われましたが恐らくクビになるのではないかと予想しました。まあそれも無理はありません。何せこのコンビニで働き始めてまだ半年しか経っていませんからね。経験不足という点を差し引いてもあまり戦力としては期待できないと思います。ですがその事については自分でもよく分かっているつもりですので納得するしかないのでしょう。ですが一応念のために尋ねてみました。すると相手は苦笑しながらこんな事を言ってきたのです。なんと今回の話はなかった事になったというのです。これには正直驚きました。まさかそんな事があり得るのかと疑問を抱いたくらいです。しかし何度確認してみても間違いはなくどうやら正式にお払い箱になってしまったようです。ですので改めて謝罪とお礼を言われた後は普通にレジ業務を行う事になったのですが、しばらくしてまたお客さんがやってきたのを確認して接客を始めた所、何故か急に様子がおかしくなっていきました。どうしたのかと様子を窺ってみるとそこには見覚えのない人がいたのです。最初は新たなアルバイトさんが来たのかなと思ったものの、どうも違うようです。では誰なのかと考え始めた矢先にその人から声を掛けられたのですが、それがあまりにも予想外の内容だったものですから思わず驚いて声を上げてしまいました。その反応を見て何を思ったのかその人は笑いながら話し掛けてきたのですが……。

「ははは!いやいやすまないね。でも君のおかげで随分と楽させてもらえたからね。その点だけは感謝しているよ。ただ一つだけ残念な事があるとすれば君には僕の姿が見えなかったって事なんだけど、それはまあ仕方がないのかな?」

そんな事を言われてしまったものだからどう返事をすれば良いのか分からなくなり困ってしまったものの、それでも何とか言葉を返しておこうと思い、思い切って話しかけてみたんです。するとその人は驚いた様子を見せながらも会話に応じてくれたばかりか更に驚くべき事を口にしたのです。

「ああ、そうか、そう言えば自己紹介がまだだったよね?と言っても僕が誰かなんて分からないと思うけどさ、それでも僕は君の名前を知っているんだよね。だからさ、君の名前を教えてくれないかな?」

そう聞かれて素直に名前を教えるのはまずいと考えたものの、すでに相手の目を見つめてしまっている状態では今さら逃げ出す事もできそうにありません。結局仕方なく自分の名前を告げる事にしたのですが……。

(どうしてこの人は私の名前を知ってるんだろう……?もしかしてどこかで会った事でもあるのだろうか?)

そんな考えが頭の中を駆け巡ったせいで返事をするまでに若干の間が生じてしまいましたが、それを気にすることなく笑顔で頷くと彼はこんな事を言い出したのです。

「へえ!君はミナっていうんだね?うんうん、とても素敵な名前だね」

その言葉に思わず頬が熱くなってしまうのを感じたのですが、これは別に照れたとか恥ずかしいと感じた訳ではなく単純な理由から来るものでした。何故なら私は彼の事を知っていたからです。いえ、正確には見た事があるといった方が正しいでしょうか。なにせ目の前に立っている人の顔からは禍々しい角や牙が生えていていかにも人外といった感じの姿をしていましたからね。でもだからといって怖くなるという事は全くありませんでした。何故なのかと言えば理由は一つしかなくって、その人が私と同い年くらいに見えなくもない外見をしていたからです。それに何よりその顔立ちは人間そのものでしたから怖いという感覚すら湧いてきません。だから相手がどんな姿だろうと恐れる必要なんてないと思っていたんです。ところが……。

「ところで君は悪魔という存在についてどれだけの知識があるのかな?いや、この際ハッキリ言わせてもらうけど、僕は正真正銘本物の悪魔なんだよ」

突然そう言われたものですから戸惑いを隠す事が出来ず一瞬言葉を失ってしまったのですが、そんな彼に対して悪魔を名乗るその人はこんな事を言ったのです。2

『僕の名前はベルゼブブ、魔界における序列第一位の大魔王だ』

その言葉を聞いた途端、ミウは思わず息を呑みこんでしまった。そして頭の中では今聞いたばかりの言葉の内容が繰り返し再生されてしまい気が気でない状態に陥っていたのだが、その一方彼女は目の前にいる少年の正体に薄々気付いていたのである。

(まさかこの子が噂になっているベルゼブブなの?でも確かこの子は人間界には滅多に現れないという話だと聞いていたんだけど?それなのにどうしてこんな所にいるのだろう?それとも単なる偶然なのだろうか?それにしても……)

などと考えていたその時、不意に声をかけられた為慌てて返事を返した彼女だったのだが、そこでようやく我に返る事ができた。そしてふと気が付くといつの間にか少年の手の上に何かがある事に気付きそれに目を向けたのだが、次の瞬間驚きのあまり固まってしまうのだった。なぜならそこにあったものは小さな小瓶だったからである。

しかもよくよく見てみるとその中には何やら赤黒い液体のようなものが入っている事が分かったのだが、その正体が何であるかまでは分からずにいたようだ。その為ミウが怪訝そうな顔で見ているのに気付いた少年が、こう話しかけてきたのだ。

「そんなに不思議かい?これが何なのか知りたがっているように見えたんだけどね?だけど残念ながらこれについては教えられないんだ。というのも君がこれを欲しがっているのは分かってるんだけどさ、悪いけどあげられないよ。何故ならそれは僕が手に入れた物だからね」

「……えっ!?ちょっと待って!それってどういう意味なの?」

「どういう事も何も、そのままの意味だよ。つまり今君の目の前にあるのはその中身が入った瓶なんだ。もっとも今の所は少量しかないからちょっと味を確かめてみたらすぐになくなってしまうだろうね」

それを聞いた瞬間ミウの表情が一瞬にして青ざめる事となった。なにしろ彼女が求めていたものが目の前にあると聞かされてしまったのだから当然の反応であろう。ところがそんな彼女の事を無視しているのか気にしていないだけなのか少年は淡々と説明を続けた。

「実は僕ってさ、この瓶に入っている物を少しずつ食べるようにしているんだ。その方が体に馴染むような気がするし何より楽しいんだよ。ほら、例えばこうして蓋を開けてみただけでも……」

そこで再び栓を抜いたかと思うと中にあった物を少しだけ指に付けて舐めるようにしていたようである。それを見たミウは再び恐怖を感じていたようで体を小刻みに震わせていたが……やがて恐る恐る尋ねてみる事にしたようだった。

「……ねえ、ちなみにその中身は一体何なの?」

しかし彼女の問い掛けに答える事なく今度は蓋を閉めたと思ったらそれを懐に入れてしまったらしくポケットの中からは何の音も聞こえてこなかった。どうやらこれで話は終わったと思っているのだろう。

そして、

「……あ、そうそう。最後にこれだけ伝えておくと、その中身について誰かに話そうとしたらその瞬間に死んじゃうからね。それだけは覚えておいてくれると助かるかな。何せそういう風にできているからね。まあ、どうせ話した所で誰も信じないだろうから安心していいよ。そもそも普通の人間がこんな薬を持っている訳がないしさ」

そう言うとまるで満足したかのような笑みを浮かべていたのだが、対するミウの方は完全に放心状態となってしまったかのように見える。だがそれは仕方のない事なのかもしれない。何故なら相手はあの大魔王なのだ、たとえどんな人物であったとしてもその存在を知らない人はいないだろうと思われるほどの有名な存在である。そんな人物が自分の目の前に現れて話しかけて来たのだから驚きもするだろうし動揺するのも当然だと言える。

ところがそんな彼女の気持ちをよそに、

「……さて、と。じゃあ僕はそろそろ帰ろうと思うんだけど、君はどうするの?」

などといきなり質問をされてしまったものだから、もはや驚くなという方が無理な話だと言えるのではないだろうか。だが幸いにも相手はそれ以上の事を口にせず黙ったままでいる。その様子を見たミウは何とか落ち着きを取り戻すとゆっくりと深呼吸をして気持ちを落ち着けようとしていたようだが、ここでまたしても思いがけない事態が発生する事となった。

なんと突然目の前にあった扉が消滅してしまったのだ。

一体何が起こったのか分からなかったものの状況を確認するべく扉があった場所に駆け寄った彼女は驚愕してしまう事になる。何しろそこは何もない真っ暗な空間だけが広がっていたからだ。しかもそこには何も存在していないだけでなく足元の感触も感じられない状態だったのだから尚更である。

それでも何とかしなければと思ったのかその場で立ちすくんでしまっていた彼女に向かって声がかけられた事で我に返ったようだ。慌てて振り返ったミウが目にしたのは先程と同じ場所に立ってこちらを見つめている少年の姿だったのである。どうやら彼女はまだ状況が理解できていないらしく呆然としたまま動けずにいたらしい。ただ、

「まあ、とりあえずそういう事だから諦めてね。だってもう君を帰すつもりはないから。もちろんここに閉じ込めて二度と出られないようにする事は出来るけど、そんな事をしたら後で文句を言われるからね。それよりももっと面白い方法を取ったんだ。どうだい、なかなかいいアイデアだろう?」

などと言われたところで全く意味を理解できなかったのか返事を返す事が出来ない様子でいたようだ。しかしいつまでも黙っていては話が進まないと思ったのだろう。彼はこんな事を口にしたのである。

「実はさっき君が持っていた薬を使わせてもらったんだよね。ほら、あれは簡単に言うと僕の体の一部を凝縮したものなんだ。それを飲んだ人間は一時的に悪魔と同じような力を得る事ができるんだよ。ただしさっきも言ったように体がそれに慣れるまでは時間が掛かるけどね」

その言葉を聞いた途端ミウの顔が強張っていくのが分かる。そしてその直後、信じられないとばかりに声を上げたもののそれは悲鳴にも似た叫び声だった。

「そ、そんな……!あれを飲んだって事なの?どうしてよ!どうして私の邪魔ばかりするのよ!」

そう叫んだ後彼女は頭を抱えてしまう。その様子を目の当たりにしたベルゼブブは、こうなる事は分かっていたと言いたげな表情をしていたが、それでも一応理由を話す事にしたらしい。

「別に君の邪魔をするつもりはなかったんだけどね、でも結果的にはこうなってしまったんだから仕方がないじゃないか。だから大人しく帰ってもらえないかな?じゃないとまた変な奴に狙われる事になるからさ。それに僕は君を殺したい訳じゃないからなるべく平和的に済ませたいと考えているんだ。だからこそもう一度言うけど僕の邪魔をしないでくれると嬉しいんだけど、どうだろう?」

そう言って優しく微笑んだ彼の姿を見た途端ミウの口から小さな呟き声が漏れ出た。それも独り言のように呟くものだから聞き取れず首を傾げるベルゼブブだったのだが、しばらくすると今度はハッキリとした口調でこう言った。

「あなたの言う通りにするしか方法はないのね?」

その言葉の意味が分からないのか彼は無言のまま考え込んでしまったのだが、それからしばらくしてミウは続けてこんな事を口にした。

「分かったわ、あなたの要求を受け入れる事にします。だから私を解放してください」

その言葉にベルゼブブが思わず驚いてしまったのも無理はないだろう。まさかこんなにアッサリと受け入れるとは思っていなかったからである。とはいえそれが彼女の本心ではない事くらい彼にはすぐに理解できた。なにしろ今まで多くの人間の心を見透かそうとしてきたのだからそれくらいの事が分からない筈はないのである。

(うーん、これは明らかに何かを企んでいるとしか思えない態度だよね。もしかすると僕に隙が出来た瞬間に襲ってくるつもりなのか?だとすると警戒した方がいいかもしれないな)

などと考えていた時、不意に彼女が質問を投げかけてきたので意識をそちらに向ける事になったようだ。そしてこう聞き返したのだが、それに対して返ってきた答えはとても意外なものだったのである。

「あの、一つだけ聞きたい事があるんですけど、よろしいでしょうか?」

「……ん?何だい?それは今でなければダメなのかな?」

さすがに予想外の言葉に面食らったのか、彼が戸惑いながらそう聞くと彼女は迷う事なく頷いてきた為さらに驚いた表情を見せてしまったのだが、ここで初めて彼女の意図に気付いたようだ。何故なら今のミウの態度はどう考えてもこれから死ぬ事を覚悟している人間とは思えないような態度だったからである。

その証拠に彼女からは先程までの怯えた様子や絶望した感じが消え去っているように見える。それどころか逆に自信に満ちた態度でこちらを見ているではないか。つまり彼女が口にしていたお願いというのは、自分を殺す為に隙を作るための罠だという事に気付きそれを指摘すると案の定、

「あ、やっぱりバレちゃいました?でも残念でしたね。私みたいな可愛い女の子を手にかけるなんて本当は嫌なんでしょうけど、どうしても必要なんですよね?」

と悪びれる事もなく言ってきたのだ。これにはさすがの彼も呆れてしまい溜息を漏らしていたようだが、次の瞬間にその表情が変わる事になる。というのも突然彼女の姿が消えてしまったからだ。しかしだからと言って慌てる様子もなく辺りを見渡していると、やがてある場所で目が止まった。

その場所というのが、今立っている場所から少し離れた所にある部屋の一角でありその中央に椅子が一つポツンと置いてあるのが見えた。そしてそれを確認した彼は、どうやらそこが彼女が隠れていた場所らしいと察したようである。なぜなら彼女の姿を再び見付けた場所がそこであったからなのだが、問題はその事ではなくその近くに別の人物がいたという事の方だったようだ。何故ならそこには見覚えのある男が立っていたからだ。その男はこちらを睨み付けるようにして見つめており手には槍のような武器を持っていた。それは紛れもなく自分がかつて封印された時の勇者だと気付いた瞬間ベルゼブブの体に緊張が走ったようだ。

(何でアイツがこんな所にいるんだ?そもそもここは一体何の世界なんだよ!?いや、今はそんな事を考えている場合じゃないな。まずはミウとかいう女の方を何とかしないと……)

そう思い彼女に目を向けるといつの間にかその姿は消えていたようでどこに行ったのかと探そうとした矢先、自分の足元に妙な違和感を覚えた。慌てて足元を見ると、何とそこに魔法陣が展開されていたのである。しかもそれはすぐに消えてしまうのだがその度に新たな物が出現するといった具合になっていたらしく、気が付けば床全体に複雑な模様が描かれてしまっていたようだ。そこで彼はやっと気が付いたのだろう。

この魔方陣から逃げ出す事が出来ないと― だがその時、突然自分の頭の中に声が聞こえてきた事で思考が中断されてしまう。そして、

(やあ、ベルゼブブ君。ご機嫌いかがかな?ああ、ちなみに言っておくけどその魔方陣からは逃げる事は出来ないよ。まあ仮に出来たとしても無駄だけどね)

それを聞いた途端、驚きの表情を見せたのと同時に思わず呟いてしまう。

(なっ、誰だ!お前は一体誰なんだ!?というか、どうやって話しかけてきてるんだ!?)

それに対し声の主が笑っているような気配を感じ取ったベルゼブブは思わず身構えてしまった。何せ姿が見えないのだからそうなっても仕方のない事だろう。ところが、

「……もしかして怯えているのかな?それなら大丈夫だよ。君に危害を加えるつもりは全くないからさ。まあもっとも、今からそれをする訳なんだけどね。おっと、自己紹介がまだだったね。僕はサタンっていうんだ、よろしくね。それにしても君はいい体つきをしているねぇ。それに顔立ちも綺麗だし、きっと沢山の男を惑わせて生きてきたんだろうね。でもね、残念ながらもうそんな事をする必要はないんだよ。だって今から僕が君を消滅させてあげるからさ。そうすれば二度と男の精気を食べる事もなくなるだろうからね」

(なっ、何を言って……まさか、お前っ!?)

その瞬間、自分の体に異変が起きている事に気が付いたらしく焦り始めたようだ。だがそんな様子を面白そうに眺めていたらしい声の主は楽しそうに笑いながらこう言ったのである。

「さあてと、それじゃ始めようか」

すると次の瞬間足元にあった魔方陣が強く光り輝いたかと思うと同時に強烈な魔力波が放出されてしまった事でベルゼブブは大きく弾き飛ばされてしまったようだ。しかもそれだけではなく体にも影響が出てしまったようで上手く動く事が出来ず、ただ呻き声を上げているだけの状態に追い込まれてしまった。それでも何とか逃げ出そうと必死になって足掻いていた彼だったものの、ついにはその体が粒子状に変化し始めたのを見て愕然としてしまう。

(こ、このままではマズイ……!このままだと確実に消されてしまう!早く脱出しなければ……!)

そう思うだけで精一杯だったのだろう。既に声を出すどころか指一本動かす事もできなくなっており、もはやどうする事も出来なくなってしまったようだった。一方そんな彼を他所にサタンと名乗った男は余裕の笑みを浮かべながらゆっくりと近付いてくるなり、まるで挨拶でもするかのような軽い感じでこんな事を口にした。

「じゃぁそろそろ終わりにしようか。何か言い残す事はないかな?」

その言葉にベルゼブブは最後の力を振り絞りどうにか言葉を発しようとしたのだが上手く喋る事ができないばかりか徐々に意識が遠のいていくような感覚に陥っていた。

(くそっ!このままじゃマズいぞ!早くなんとかしないとこのまま消滅してしまうじゃないか……!どうすれば……そうだ!ミウって女がまだあそこに残っている筈だ、ならソイツを人質にすれば助かる可能性があるかもしれない)

そんな事を考えたもののその思考さえも少しずつ消えていこうとしている事に気付いたのか焦ったような表情を浮かべた後、すぐに諦めに似た感情が湧き上がってきたらしい。

(ま、まさか俺がこんな事でやられるとは思わなかったぜ……最後に一目だけでもいいから会っておきたかったな……まぁ無理だろうけどさ……じゃあ、な……)

心の中で呟いた直後、ベルゼブブの体は完全に消え去ってしまったようだ。それを見たサタンは満足げな表情を浮かべていたのだがここでふとある事に気付く。

「おや?ミウさんの姿が見当たらないですね。一体どこへ行ってしまったのでしょうか……」

そんな呟きが聞こえたような気がしたがそれもほんの数秒の間だけだったようで何事もなかったかのように踵を返したのだが、そこで驚くべき光景を目にする事になるのだった。なんとそこには彼女が立っていたのである。しかも驚いた事に先程までとは打って変わって冷静な表情でこちらを見つめていた。

その様子を見る限り彼女もサタン同様ベルゼブブがいたであろう場所を眺めていたようだがすぐにこちらに顔を向けてきたので、サタンは少し戸惑いながらもこう問い掛けてみた。

「あれ、どうしてあなたがここにいるのですか?確かあなたは彼に呼ばれて一緒に来た筈では?」

しかしその言葉にミウが答える事はなかった。そして無言のまま右手を横に伸ばしてくると、次の瞬間目の前に魔方陣が出現したのだが、それと同時に何かが飛んできた為それを躱す為に後ろに下がったのである。その直後、先程まで彼が立っていた場所に数本の槍のような物が突き刺さった。

それを見たサタンは慌てて彼女の方を見てみると彼女は何故か不機嫌そうな表情をしておりこちらを睨んだままこう言ってきたのだ。「これ以上彼を傷付ける事は許しません」と……

その言葉に対し一瞬呆気に取られたような表情を見せるサタンだったがすぐに我に返ったのか小さく笑うと今度は先程とは違う口調で話し掛けてくる。「成る程、どうやら彼はあなたに本当の姿を見せていたようですね。いやはや実に興味深い話です。まさか人間が悪魔の王である私に楯突くとは誰も想像しなかったでしょう。ましてや悪魔を従える事が出来る者などいないと誰もがそう思っていたのですから」

そう呟くように言った後でさらにこう続ける。

「しかしそうなると疑問が浮かんできますね。なぜ今になってそのような事をしたのかという事が……ですが今はそれについて考えるのは後にしましょうか。それよりも今問題なのは彼女の事ですから」そう言って彼女の方へ視線を向けると小さく溜息をついたようである。何故ならそこには今までとはまるで別人と思えるような冷たい視線を送ってきている少女が佇んでいたからだ。その為少し距離を取りながら慎重に言葉を選んでいく事にしたようだ。というのも下手に挑発するような事を言えばどんな行動を取るか分からないと思ったからである。なぜなら彼女は先程のベルゼブブとの戦闘で見せた時よりも明らかに強くなっていると肌で感じていたからなのだが、それはつまり彼の力が弱まったとも捉える事ができるのだ。なのでそれを確認する意味も含めてこんな質問を投げ掛けてみる事にしたらしい。

「ところで、あなたの名前を教えて頂けませんか?一応私の仲間という扱いになっていると思うのですが、やはりお互い知らないのも不便ですからね」

すると意外にも彼女はあっさりと答えてくれたようで自分の名前を口にすると共にこう尋ねてきた。

「私の名前はミウと言います。それより貴方の名前を聞かせてもらってもいいですか?」

そんな言葉に彼は頷くと改めて名乗った上で更に質問をする事にしたようだ。

「これはご丁寧にどうも。それでは私も名乗りましょう。私の名はサタンといいます。以後お見知りおきを」

それを聞いたミウは一瞬驚いた表情を浮かべるとこう思ったようである。

(やっぱりそうだったのね……これで全てが繋がったわ。それにしても……ふふっ、何だかちょっと楽しくなってきたかも♪)

だがその表情は直ぐに元のクールなものに戻っていたのだがサタンにはどう見えていたのだろうか……少なくとも好意的に見ているようには見えなかったらしく、むしろ警戒を強めたように感じられたようだ。その為か二人共一言も喋る事なく静かに睨み合うような形になっていたのだが、やがて先に動いたのはミウだった。突然右腕を前に突き出すようにして魔法を発動させるとサタン目掛けて攻撃したようだがそれが届くよりも早くサタンは大きく後方に跳躍する事で回避したのである。

「危ない危ない、どうやら見た目とは裏腹に結構強いようですね。これなら安心してあの人間を任せられそうです」

そんな彼の言葉を聞いた途端、思わず舌打ちしてしまった。なぜなら自分が考えていた展開と違うものになってしまったからである。本来ならこの時点で彼女を戦闘不能に追い込む予定だったのだ。だがその目論見は見事に外れてしまったようだ。何故ならサタンも自分と同じ考えであった事に気が付き内心焦り始めたのである。(マズいわ、まさか私が魔法を使えない状況にある事を悟られているなんて思わなかったわ……こうなったらあまり使いたくなかったけどやるしかないようね……)

そう思いながら自分の左手を前に出すと小さな声で詠唱を始めたようだ。

するとそれに応えるように足元から紫色の光が立ち上っていくのが見えるようになった。しかもそれは徐々に範囲を広げていき部屋全体を包み込んでいった事で室内全体が明るく照らし出される事になったのだがサタンは眩しそうに目を細めただけで特に気にしている様子はなかった。一方ミウの方はというと既に準備を終えたらしく真剣な表情のままこちらを睨み付けていたのだが、その時彼女の体に異変が起こったらしい。突如として体が膨張し始めたかと思うとその姿がどんどん変化していったのだ。その様子を興味深そうに見つめていたサタンは不意に何かに気が付いたらしく声を上げると、次の瞬間その場から姿を消してしまったのだ。それを見たミウが驚きの表情を浮かべていると急に背後から声をかけられた事で大きく飛び退いてしまった。ところがそんな彼女の様子を気にする事なくサタンは再び同じ場所に姿を現したのだが、その顔には笑みが溢れておりとても楽しそうに見える事から何かあるのではないかと疑っている様子だった。するとサタンはゆっくりと彼女に近付きながらこんな事を言ったのだ。

「おやおや随分と面白い姿になりましたね。もしかして今の姿でいるのが嫌なのでしょうか?だとしたらもう元の姿に戻ってもいいんですよ?」

(くっ……こいつの言う通りこのままの状態だと間違いなく不利になってしまうわ。かといってこのままだと絶対に倒せそうにないし一体どうすれば……)

そんな考えが頭を過ぎった瞬間、まるでそれを読んだかのように彼はこう続けた。

「もし戻さないと言うのならそれでも構いませんよ。その代わりこちらも遠慮しないだけですから」

そう言いながら手を翳すと足元に巨大な魔方陣が出現したのである。それを見たミウが身構えた瞬間、サタンは不敵な笑みを浮かべながらこんな事を口にした。

「この一撃で決めさせて頂きますよ」と言って何かの魔法を使ったらしくその瞬間彼女の体は宙に浮いてしまっていた。そしてそれと同時に体に変化が起こり始めていたのである。まず最初は顔の変化だった。顔の輪郭が徐々に細くなっていくと共に目が釣り上がり始めたと思ったら口が大きく裂けていき、鋭い牙まで生えているように見えた。だがそれだけではなく腕や足なども変形しながら肥大化していくと同時に鱗のようなものが現れていたのだ。その姿は正にドラゴンそのものであり、完全に変化した頃にはもはや先程までの面影は全くない状態となっていた。

その結果を見て満足そうな表情を浮かべたサタンは満足そうに頷きながらこう告げるのだった。

「どうですか、中々のものでしょう?これぞ我が一族に伝わる秘術『龍人族』です。まぁまだ完成品ではありませんけどね」そう言って肩を竦めると再び手を動かし別の魔法を使ってみせたのである。すると彼女の周囲に小さな竜巻のようなものが幾つも出現し体を拘束するように取り囲むとその中心に向かって強力な風の渦を発生させていったのだ。しかもそれだけで終わらずなんと今度は床一面に魔法陣が出現するなりそこから無数の火柱が上がったり雷が落ちたりとありとあらゆる魔法が発動され続けていったのである。これにはさすがの彼女も苦悶の表情を見せておりどうにか抜け出そうとしていたようだが一向に効果はなかったようだ。

しかしここで予想外の出来事が起こってしまう事になる。なんと彼女の体から白い煙が立ち上り始めると次第に意識が遠のいていくような感覚に襲われたのかそのまま意識を失ってしまったのだ。それを見たサタンは慌てて魔法を止めてしまう。そして心配そうに声を掛けるのだが全く反応がなかった為慌てて近寄っていくとそこで彼女が気を失っているだけだという事に気付いた彼はホッと胸を撫で下ろしながらこんな事を口にする。

「良かった……何とか生きているみたいですね」と言いながら安堵した表情を浮かべていたが次の瞬間表情を曇らせる事になってしまった。というのも目の前に現れた者の存在に気付き思わず固まってしまったからだ。何故ならそこにいたのは一人の老人だったからである。しかしその雰囲気は明らかに普通の人間とは違っており一目見ただけでかなり高位な存在ではないかと思ってしまったのだ。その為か咄嗟に構えて臨戦態勢に入ったものの老人はそれを手で制してこう言った。

「落ち着け。別に戦いに来た訳ではない」そう言ってから一度視線を逸らしたかと思うとすぐにこちらへ戻してからこう続ける。「それよりもまずは彼女の介抱をしてやらんか。このままでは本当に死んでしまうぞ?」

それを聞いたサタンはハッとなり急いで彼女を床に寝かせると同じように回復魔法を使える者に指示を与えたのだ。その様子を見ていた老人は安心したような笑みを浮かべると小さく頷いた後こう呟いたのである。

「……どうやらもう心配なさそうだな。後は彼に任せるとしよう」と……

その後サタン達は予定通り城へ向かう事となったようだ。理由はもちろん先程現れた男性の正体を確かめるためである。その為ベルゼブブの配下であり現在城の警備を任されている者達にも同行してもらう事にしたようである。だがここで気になるのはその男性の素性だろう。実はサタンもその事を不思議に思っていたようでマサキ達に尋ねたところ驚くべき答えを聞く事になってしまったようだ。というのもその男はベルフェゴールだと名乗ったらしいのだが……果たしてこれは偶然なのだろうか?しかしそれを聞いたマサキも、さらにはルシフェルでさえも何の迷いもなく即答したのだ。それはつまり彼等の中ではそう呼ばれる者は一人しかいないという認識だったという事になる。だからこそ三人は確信したようだ。その男こそが魔王ルシファーであると……

ただ実際に確認していない為あくまでも憶測でしかないのもまた事実だった。その為か少し自信がなさそうな様子でマサキはこう答えた。「いや、もしかしたら他人の空似っていう可能性もあり得るからな……」その言葉に他の二人も同意するかのように頷くと目的地へ向かって歩き出す事になったのだが……それからしばらくして異変が起きてしまった。それは何の前触れもなく突然起きた事で全員が戸惑いを隠せなかったらしい。それもそのはずさっきまで普通に歩いていたはずなのに何故か地面が消えてしまいそのまま落下するような形で落ち始めたからだ。だがそれでも必死に抗おうとした三人だったがどうする事も出来ず遂には完全に落ちていってしまう。だがそこは幸いと言うべきか底なし沼のような状態になっていた為そこに吸い込まれるように沈んでいってしまったようだ。そんな光景を目撃したサタンはある一つの可能性を見出だしたらしくこう口にした。「まさか……幻術……?」その言葉を聞いた二人は揃って首を傾げたのだが、マサキは何となく理解したようだった。そして改めて周りを見渡すようにしながらこんな事を口にした。「どうやらここは何かの遺跡の内部のようだな。しかも恐らくその入り口に当たる場所だ」

それを聞いた瞬間二人の表情が強張ったのが分かったようだが無理もない話である。なぜならそこには本来ある筈のない物が存在していたのだから……

それは一見すればただの階段に見えたかもしれない。しかしよく見ると所々がひび割れていたり一部欠けてしまっている部分もある事からかなりの年月が経過している事が窺えるのだ。とはいえこれが元々このような状態であったのかそれとも今現在の状態なのかでまた話が変わってくるのだが少なくとも今言える事はここが既に人の出入りがなくなった場所であるという事だけだった。そしてそれを裏付けるようにして頭上にあった明かりが全くなく暗闇に包まれていたからである。これではまるでホラー映画に出てくるお化け屋敷のようだと感じたとしても無理はないだろう。その証拠に二人が怯えた表情を浮かべながらマサキの背中にしがみつくようにして隠れる様子を見たサタンは思わず吹き出してしまったようだ。それを見た二人の表情が若干和らいだがそれでも不安そうな表情のままだった為、これ以上怖がらせないようにと思ったサタンは二人に落ち着くよう促した後こう続けた。

「とにかく今はこの階段を登らないといけないみたいだな。もしかすると上に何かがあるのかもしれないしな」そう言うと先陣を切って歩き始めようとするのだがそこで不意にルシフェルがこんな事を言った。「待って、上に行く前にここを調べた方がいいんじゃないかしら?」

彼女の言葉に同意を示す形でマサキが頷く事でそれに応えてみせるとルシフェルは少しホッとした表情を浮かべた。というのも先程から嫌な気配のようなものを感じていたらしくそれが何なのか確かめたいと思っていたところだったそうだ。すると彼女は自分の勘を信じる事に決めたらしく階段とは反対方向に進んで行くと壁際の方へ向かった。その際彼女を先頭に立たせて後ろから付いて行く事になったのだが特に何事もないまま一番奥の壁にまで到達したその時、ルシフェルの動きが止まったのである。その様子に気が付いたサタンが首を傾げながらどうしたのかと尋ねようとしたところでマサキが「待て」と静止の言葉を口にした。するとサタンは何かを察したらしく真剣な表情でじっと彼女の様子を伺う事にしたらしい。

一方ルシフェルは壁に手を当てながら小さく呟いた後で目を瞑りながら意識を集中し始めたようだ。すると次の瞬間、壁に光の線が現れたかと思うとゆっくりと動き始めていきながら何かを形作っていくではないか。それを見たサタンとマサキは大きく目を見開きながら驚いていた。というのも今まで誰も知らなかった仕掛けのようなものが急に動き出したかと思えばまるで絵のように変化していったからに他ならない。それ故に、二人とも言葉を発する事が出来なかったのだ。だがそれも無理はなかった。何故ならば、その光景はとても幻想的だったからだ。

そしてその光はやがて大きな壁画へと変貌していくと今度は色までもが変化して行くとそこに描かれていたものが何だったのかが判明した。それは三人の勇者と一頭の竜の絵だった。するとそれを見たマサキがボソッと呟くような声でこんな疑問を口にしてきた。「なんでこの壁画には竜が描かれていないんだ?」確かに言われてみればおかしな話だと思える。何故ならここに描かれている竜の姿はどことなくドラゴンに似ており特徴などを見ても間違ってはいないはずだと思われる。しかしだからといって全てが全て似ている訳ではないので全く関係ないとは言い切れないかもしれないがそれでも違和感を感じてしまうのは当然の事なのかもしれない。だからこそ思わず口に出してしまったのだろうがここでサタンが一つ気になる事を呟いてきた。「もしかしたらですが、これには何らかの意味が込められているのかもしれませんね……」その言葉の意味を問おうとした時、突然上から何かが崩れ落ちるような音が聞こえてきた。その瞬間、全員の視線が一斉にそちらに向けられる事になり警戒態勢を取った次の瞬間、大量の土煙と共に誰かが落ちてきたのである。

それを見てサタンはすぐにその人物の正体に気付いたようで驚いた表情を見せながらこんな感想を口にした。

「お前は……ルシファー!」その言葉に続いて今度はマサキが叫んだ。「ベルフェゴールさん!どうして貴方がここに!?」その直後、二人はすぐに彼の元へと駆け寄ったのだが当の本人はあまり余裕がない様子だった為一旦その場で待機する事になったようだ。その為かサタンは彼の代わりに状況説明を求める事になる。

その結果分かったのは今目の前にいる男性はやはりベルフェゴール本人であり、この場所にいる理由というのが……なんと自分が召喚されてからずっと監禁されていたという事であった。それを聞いて真っ先に口を開いたのはルシフェルだった。どうやら彼女が閉じ込められていた空間にも同じような装置が設置されていたらしいのだ。そしてそこから脱出した彼女は運良くベルフェゴールを発見し助け出す事に成功したのだが、ここで思わぬ誤算が起こってしまったという訳なのである。

それは何故かと言うと、そもそも彼等はどうやってここに来たのかというと単純に空を飛んでやってきたのだそうだ。なので当然帰りも同じ方法を使って帰る予定だったそうなのだが……しかし実際はどういう訳だか地上に出てしまいしかも森の中に飛ばされてしまっていたようなのだ。その為帰り道が分からず仕方なく手当たり次第に探し回った結果、ここを発見したのだという。だがベルフェゴールの話によればこの辺りはかなり昔に閉鎖された場所だという事が判明したのである。そうなると、つまりそういう事になってしまうという訳だ。そう、自分達がいるのは過去に使われていた建物の中で、出口を探して歩き回っていた結果偶然ここへ繋がっていたのではないか……という話になる。ただもしそうであるならば、なぜこのような仕掛けが施されたのかという点が気になるところだ。何せ、わざわざ過去の遺物であるこの建物を利用せずとも普通に歩いて来れば済む話なのだから。その為サタン達は改めてこの空間にいる理由を考えた後こう結論付けたようだ。「つまりは、何者かの手によって意図的に作り出された空間と考えるべきだろうな」

その言葉を聞いた二人も同意見だと言わんばかりに頷いてみせる。だがその一方でルシファーの表情は険しかった。というのも彼が言うには何者かによって罠として作られたものである可能性は極めて高いだろうと口にした為、その理由についても尋ねてみたのだがこれといって心当たりはないと返されてしまった事でそれ以上の情報は聞き出せなくなってしまったようだ。しかしそこでマサキがふとある事を思い出しサタンに向かってこう告げてきた。

「そういえば俺達がこのダンジョンに入ってどれくらいの時間が経ったと思う?恐らくだがそろそろ脱出出来るくらいまで進んでいるとは思うんだが」

それを聞いた二人はハッとなった。というのもここに来る前は日が昇っていたにも関わらず、今は完全に沈みきっている状態であるのは間違いなさそうだからだ。となるとここから抜け出すには最低でも数時間は必要かもしれないと思った矢先、マサキは続けてこう言った。「だから、今すぐ出られるなら出るに越した事はないんじゃないかと思うんだがどうだろうか?」その問いに答えようとした時、ルシフェルがある事に気付きそれを指摘した。「ちょっと待って。今あの穴を見てみたらいつの間にか穴が塞がってるわよ」その言葉に全員が揃って視線を向けてみるとそこにはさっきまで存在していた筈の入り口がなくなっており代わりに壁が出来上がっていたのだ。

それを見た三人は愕然としてしまうのだがここでルシファーが一つの可能性を口にする。実は以前に似たような経験をした事があるらしい。その時は魔王城の地下に出現した魔法陣を調べた所何故か別の場所へ転移させられたという事があり、その時の記憶が蘇ったようだ。だがその話から分かるように、今回も同じ事が起きていたという可能性があると考えた三人は再び頭を悩ませる事になる。

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