第三十四話 『束の間の憩い』

       晴天の空に太陽。


 すずめさえずりが心地よく聞こえてくる。

そんな朝に、刀と刀を激しくぶつけ合う二人が居た。

それは十太郎とうたろう風樹かざきである。


「うぉりゃぁあああ…!」


「うりゃぁああああ…!」


それを眺めるは魍魎剣士の長…緋叉那ひさなと、その同志…八重一郎やえいちろう

二人は庭の縁台でお茶をたしなむ。


「奴らの力は互角か…。」


「おまけに歳も同じみたいだよぉ。」



するとそこへ二台の馬車が到着する。

一方の馬には吉介きちすけまたがる。


「おぉい…お前ら!俺様が遥々はるばる後輩を連れてきてやったぜぇ…!」


吉介はもう一方の馬に跨る青年を指差した。


「初めまして!大介だいすけって言います!この度は吉介先輩の…」


その時、大介の馬車の屋形に何かが激しく衝突した。

それは十太郎だった。


「…いってぇ。あいつ加減ってものを知らねぇのかよ…!」


十太郎がゆっくりと起き上がる。

屋形の事は眼中に無いようだ。


「ちょっとぉおおお…!俺の大事な商売道具!なんてことしてくれてんすかぁ…!」


大介は怒り狂った様子で十太郎に向かって叫んだ。

しかし十太郎には届いておらず、再び風樹と刀を交えるのだった。


そんな様子を見兼ねた吉介は、涙を拭う大介の肩に手を当て、そっと慰めるのであった。


すると部屋の奥から足音を立て、月乃つきのが縁台の上に現れた。


「緋叉那さん、準備出来ました!」


緋叉那は飲みかけのお茶をおぼんの上に置き、その場に立ち上がった。


「さて…出発するぞ。」



 二台の馬車は、梅の村の入り口に停車している。

十太郎と月乃は元太げんたとの別れの挨拶を交わす。


「元気でな…元太!」


「いつか私を馬車に乗せてね!」


元太は背筋を伸ばし、凛々しい姿を二人に見せた。


「俺もいつか…爺ちゃんみたいに…かっこいい御者ぎょしゃになってみせる!」


十太郎と月乃は顔を見合わせて微笑んだ。

するとその後ろから吉介が駆け寄ってきた。


「元太ぁ!弟子入りするなら早めに言えよな!あんまり急じゃ…俺も忙しいからよ!」


「うるせぇ!おっちゃんの弟子にならなくたって立派になってやる!」


「んだとぉ…!可愛くねぇなぁ…!」


そっぽを向く二人。

だがこれは、お互いの照れ隠しなのだ。


「じゃあな。また休憩がてら寄ってやる!」


「そん時は馬盗まれねぇ様に気をつけろよ!」


二人は最後までいがみ合った。

辛気臭しんきくさい別れなど似合わないから…

そしてまた、必ず帰ってくるからだ。


「いくぜぇえ!相棒!!!」


吉介の合図と共に馬車は勢いよく走り出した。

十太郎と月乃を乗せた吉介の馬車を追う様に、緋叉那一行を乗せた大介の馬車が走り出す。

元太は馬車が見えなくなるまで、小さな両手を大きく振った…。



 夕立が降り始めた。

屋形の中は濡れないが、御者と馬には影響が及ぶ。

屋形の中からでも外の景色は見える。

すると外を眺めていた十太郎が口を開いた。


「最近雨が多いなぁ。」


そう呟くと、月乃は何かを思い出したかの様に十太郎に語りかけた。


「そういえば…最近清姫きよめちゃん見てないね。」


「…え?」


「ほら…!緋叉那さん達と話し合ってた時も、一切顔を出さなかった。」


「…言われてみれば」


月乃に言われて初めて気が付いた。

いつもの調子なら、空亡そらなきの話になると、いの一番に口を開いていた。


十太郎は童子切を片手に持ち、少しの間見つめていた。


「そういや…清姫こいつの事はなんにも知らないんだ。」


そう呟くも、刀の中の清姫はただ目を瞑り、何も反応しなかった。



 水溜りのできた地面を躊躇ちゅうちょ無く踏みつけて走る馬。

雨はいつのまにか止み、ぎらぎらと照りつける太陽が眩しかった。


緋叉那は屋形の中から顔を出し、進行方向を遠く見つめる。

清々しい風当たりが、なんとも言えない気持ちにさせる。

屋形の中で眠る風樹と八重一郎には、この気持ちは分からないだろう。


緋叉那は大きく深呼吸をした。



「おはよう…緋叉那。」



声に驚き、緋叉那は大きく目を見開いた。

それは聞き覚えのある声だった。


「…空亡…!?」


馬車の進行方向に空亡が立ちはだかる。

彼は不気味な笑みを浮かべて緋叉那を見つめる。

緋叉那は咄嗟に、刀の柄に手を掛ける。


やがて二台の馬車は、道の真ん中に立つ空亡と交差した。


何もしてこない空亡に、緋叉那はただただ殺意を送ることしかしなかった。

そして緋叉那を乗せた屋形が空亡のそばを通過する。



「お前もそろそろ…起きる時間だ。」



空亡がそう呟くと、緋叉那は刀を勢いよく抜刀する。

しかし既に遅かった。

空亡の膨大な妖力により、辺りの空間は捻じ曲げられる。


「…なっ…!?」


空亡の姿がゆがんで見える。

そして馬車は地面を離れ、気が付いた時には崖の上から飛び出していた。



「…え?」



そこは奈落の底。

二台の馬車は先の見えない暗黒の中へと落ちて行く。



「うわぁあっ…!!!」


大きな叫び声と共に、緋叉那は大きく目を見開いた。


目の前には何故か、呆然とした風樹と八重一郎の姿があった。


「おい…大丈夫か?」


「凄くうなされてたみたいだねぇ。」


二人の言葉に、今まで夢を見ていたことに気付かされる。


「…夢…か。」


悪夢だった…。

汗ばんだ体が心地悪い。

熱を覚ますため、緋叉那は屋形から身を乗り出した。


辺りは真っ暗だ。

夢とは裏腹に、まだ夜は明けていなかった。


「御者の男!」


緋叉那は馬に跨る大介に声をかけた。

大介は意識だけ緋叉那の方に向けた。


「はいっ!なんでしょう?」


「寄り道してほしい所がある。」



 緋叉那の要望により、十太郎達は進路を少し外れた土地…『九泉くせん』を訪れた。

地面の至る所から湯気が噴き出す湯元ゆもとである。

夜の九泉は装飾された光が街を彩り、とても賑やかな雰囲気をかもし出している。


十太郎達の目の前で、地面から湯気が勢いよく噴き出す。


「うぉおお!すげぇー!」


十太郎は子供の様にはしゃいでいる。

その様子を風樹は不満げに見つめる。


「いちいち騒ぐなよ。餓鬼がきかてめぇは。」


その後ろを八重一郎は微笑みながら着いて行く。


「有名な温泉地だねぇ。北の国に行く前に、体を温めておかなくちゃねぇ。」


その後ろを歩く月乃は緋叉那に語りかける。


「こんな土地があったんですね!私、温泉楽しみです!」


月乃は目を輝かせながら言った。

すると緋叉那は優しく微笑み返した。


「これから体を『酷使こくし』するからな。今のうちに休ませておけ。」


緋叉那のその言葉に、皆の笑顔が引きった。



 湯船に浸かる月乃と緋叉那。

外の景色は大自然に囲まれていて開放的だ。

夜空には散りばめられた星が輝いている。


月乃は肩まで湯に浸かると、緋叉那の方へと視線を向けた。

するとそこに、瑞々みずみずしく湯に浮かぶ、二つの薄橙うすだいだいが映った。

すぐさま両手を自分の胸に当て、それと比較する様に何度も視線を行き来させる。


緋叉那はそんな事を他所よそに、一つに束ねた髪の毛で団子の形を作ると、かんざしを挿し込んだ。

すると緋叉那は、月乃の右腕に残った痛々しい傷痕を見つめた。


「その腕…魍魎に付けられたものか?」


月乃は緋叉那の言葉に反応し、右腕に付いた傷痕に視線を向ける。

みにくい肌を隠す様に、再び肩まで湯に浸かる。

それを見兼ねた緋叉那は目をらし、月乃に語りかける。


「構わん…女同士だろ。」


月乃は苦笑いを浮かべた。


「十太郎は…ああは言っていますが、北の国へ行くのは私の腕を治す為でもあるんです。」


「全ての魍魎をこの手で封印する…だったか。」


月乃は静かにうなずいた。


「十太郎と旅をして緋叉那さん達と出逢って…私は自分の力の無さを思い知りました。」


緋叉那は目を細めた。

月乃は続けて話す。


「魍魎はどんどん力を増している。なのに私は右腕すら思うように使えない…。たとえ腕が治ったとしても、対抗できるかどうか…。こんな状態で闘っても…足手まといになっ…」


すると緋叉那は勢いよく立ち上がった。

月乃の目の前に、水のしたたる裸体が映る。

反射的に視線を逸らし、湯に映った緋叉那の顔をぼんやりと見つめた。


「十太郎が私に言った言葉は信念だ。私の目に狂いは無い。」


すると緋叉那は、月乃の方へ振り返った。


「私がお前を迎え入れたのは…私の目が狂っていたからか…?」


緋叉那が月乃を見つめる目は、どこか優しく、どこか切ないものだった。


「いえ…。」


月乃が緋叉那を見つめる目は、力強く、透き通っていた。

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