第三十一話 『百鬼ノ魍魎』

 魍魎もうりょう…すなわち妖怪。

人ならざる者であり、人の魂を喰らう者。

女子おなごの姿で在りながら、人の魂を喰らう魍魎もうりょうを、人々は『人喰姫ヒグメ』と呼んだ。



 「貴様ら魍魎のかしら空亡そらなきについて、貴様が知る全ての情報を話せ。」


緋叉那は目の前に立つ具現化した天狐に向かって言い放った。

天狐はそっぽを向き、その場に胡座あぐらをかく。

口を開く素振そぶりは一切無い。

風樹かざき八重一郎やえいちろうは緋叉那の方を見つめる。


すると十太郎はそんな天狐を見兼ね、四足歩行で隣まで移動した。


「なぁ…頼むよ天狐。ここまで一緒に旅して来た仲だろう?」


「勘違いするなよ小僧。お主は私が好き好んでついて来ていると思っているのか?」


天狐は十太郎を激しく睨みつけた。


「そういう訳じゃ無いけどさ…。」


「そもそも空亡の情報を渡して私になんの得があると言うのだ。」


十太郎は黙り込んだ。

すると今度は緋叉那が再び口を開く。


「貴様の損得など知らぬ。貴様は我々人間にとらわれている身だと言うことを忘れるなよ?…いざとなれば、その刀ごと貴様をちりにしてやる。分かったらさっさと吐け。」


緋叉那のその言葉は、あながち脅しでは無さそうだ。

天狐を睨むその眼力から全て伝わってくる。


しかし、何故か十太郎は天狐をかばう様に前へ出た。


「緋叉那さん、俺には天狐こいつの力が必要だ。それにこの刀だって…大事な人から譲り受けた大切なものなんだ。」


緋叉那は目を細めた。

魍魎のがわにつく十太郎を良くは思っていないのだろう。

場に不穏な空気が流れる。


するとその時、月乃つきのが何かを感じ取った様に反応した。

そして自分のそばに置いた刀に視線を向ける。



「何か言いたいようだな。」


緋叉那は月乃の刀に向かって言い放った。

するとそれに呼応する様に、刀から長子ながこが具現化した。

月乃は突然の事に驚く。


「なっ…長子?」


「私がきつねの代わりに話してやる。それで構わないだろう。」


長子は天狐の隣につく。


「出しゃばりが…。」


天狐は小さく呟いた。


「貴様がぐだぐたしているからだ。喋らぬなら引っ込んでいろ…狐。」


天狐は長子を睨みつけた。


すると緋叉那は長子を見つめて言った。


長壁姫おさかべひめか。確か貴様は、月乃に心を浄化されたと聞いたが…」


「安心しろ。私の使命は月乃を守る事だ。月乃が敵と見做みなさん以上、やり合うつもりは無い。」


「これ程までに飼い主への忠誠心を持った魍魎が居たとはな…。」


長子は緋叉那の腰に差した刀に視線を向けた。

すると長子の背後から、天狐が緋叉那に向かって言葉を放つ。


「そもそも…貴様の飼い慣らした魍魎から聞き出せば済む話だろう。何故わざわざ私から聞き出そうとする?」


天狐は緋叉那を挑発する様に言った。


その時、緋叉那はおもむろに刀を抜き、地面に突き刺した。

この行動には天狐をはじめ、この部屋に居る全ての者が驚いた。

その瞬間、緋叉那の刀は深紅しんくの光を放ち、おぞましい妖気が溢れ出した。

天狐は咄嗟に立ち上がり長子と共に身構える。

するとあかい妖気は渦を巻き、徐々に人の上半身へと形を変えていく。

刀から浮き出た鈴鹿御前すずかごぜんは、天狐達の前で両手を大きく広げた。


「なぁぁあんだぁぁあ…!?もうりょおう…!緋叉那さまぁに殺されたぁいのかぁあ…!?」


黒目の無い白眼はくがんは焦点など無く、一体何処を見ているのかも分からない。

女の首は九十度に曲がり、広げた両手を顔に当て、強制的に元の位置へと戻した。

流石に十太郎と月乃の表情が引きる。


すると緋叉那はゆっくりと立ち上がった。


「こんな奴に…話など出来ると思うか?」


そう言い放つと、緋叉那は鈴鹿御前を強制的に刀の中へと戻し、再び腰を下ろした。


天狐がふと溜息をつく。


「はぁ…分かった。空亡が消えれば私も自由の身だ。ここは小僧に免じて話してやろう。」




 今から十五年前…空亡の手によって百鬼ひゃっき魍魎もうりょうが世に生み出された…。


初めて空亡の姿を見たのは、人間の赤子の様な姿であった。

しかしその容姿からは想像もし得ない程の妖気に満ちていた。

よって百鬼ノ魍魎はおのずと彼にこうべを垂れる。

その中には、まだ幼子おさなごの天狐や長子の姿があった。


「こんな赤子が私を生み出したとはな…。」


天狐の容姿は、人間に例えるとおよそ五つ程の小柄なものであった。

それは長子も同じく、自分よりも小さな空亡の姿に、魍魎の中には彼を『空坊くうぼう』と呼ぶ者も居た。


百鬼ノ魍魎はその名の通り百体もの魍魎を指す言葉であり、百鬼それぞれが異なる容姿と力を持ち、それは成長速度にも差があった。


同じく誕生した焔蛇えんじゃ清姫きよめには、天狐のようにはっきりとした自我は芽生えていなかった。


「おぎゃあぁぁあ…!んぎゃああぁ…!」


泣きわめく小さな清姫に対し、天狐は怒りを露わにする。


「うるさい餓鬼がきだ。私は赤子がどうしても好かん。」


するとその時、清姫の体はゆっくりと宙に浮き、空亡の元へと運ばれる。


「可愛いじゃないか。まるであるじの名前を呼び叫んでいる様だ。」


清姫は空亡の目の前に優しく置かれた。


「今しばらく…共に眠りにつこう。五年もあれば私の妖力は元に戻ろう。その頃にはきっと、お前も立派な魍魎へと進化しているだろう。」


すると清姫は突然泣き止み、満面の笑みを浮かべた。


空亡は魍魎に命を下した。


「既に自我のある魍魎ものは人間界へ侵攻しんこうせよ。人間の魂を喰らい、私に捧げよ。さすれば更なる力を与えてやろう。『約束』の日は五年後だ。」


空亡の命により、人間界に魍魎が出現するようになった。



 山城国…魍魎・長壁姫と亀姫の出現。

百をも超える武士達は、城を守る為前線に立った。

しかし初めて対峙する『魍魎』という相手に、人々は苦戦をいられる。


「く…くそっ…!なんだこの化け物は…!」


「全く歯が立たねぇ…!」


狼狽うろたえるなぁ!必ず月姫様をお守りするのだぁ!」


武士達の活気とは裏腹に、大勢の血が流れた。


そして長壁姫は城へと侵攻を進める。

しかしそこに、二人の人間が立ちはだかる。

月乃の父…『勇男いさお』と、母の『日和ひより』である。


「ここから先は、私の命に変えても絶対に通さん!」


「娘の命は必ず私達が守る!」



「ほざけぇ!人間共ぉ…!!!」



この戦乱で日和は命を落とし、銘刀・三日月に長壁姫を封印した。

亀姫は勇男に深手を負わされ退却した。



 天狐と長子の追憶が語られると、月乃の表情が曇る。

十太郎は眉間みけんしわを寄せ、こちらも重たい空気に包まれている。

すると天狐は緋叉那に背を向けた。


「全て話したぞ。私は帰る。」


天狐は刀の中へと戻って行った。


「まったく…我儘な狐だ。」


それに続いて長子が刀に戻る。


すると緋叉那は、閉じていた目をゆっくりと開いた。


「魍魎を生み出したのが十五年前…。妖力を元に戻す為に五年…そして魍魎に妖力を与えたのが五年前…。再び妖力を蓄える為に五年…」


ここで緋叉那はある周期性に気がつく。


「膨大な力には犠牲がともなう…。空亡は五年の周期で現れ、妖力を使えば五年の余暇よかが必要となる…。」


緋叉那の表情が強張る。

珍しく余裕の無い緋叉那の表情に、風樹は事の重大さを思い知らされる。


「まさか…その五年の周期って…」


風樹は言葉を飲み込んだ。

言わずとも悟ったからである。

そして緋叉那は決定的な言葉を放った。



「空亡は現在いま…膨大な妖力と共に五年の眠りから目覚めたのだ。」



空気が一瞬にして凍りつく。

鬼気きき迫る緊張感は、十太郎と月乃にも充分伝わっていた。


「空亡は一体…何をしようとしているんだ?」


十太郎は緋叉那に投げかけた。


「何にしろ、我々人間にとって最悪の事態には変わりないだろう…。」


緋叉那は頭の中に、昔の記憶を鮮明に映した。


「五年前…空亡やつは私の故郷を消滅させたのだからな。」


緋叉那の脳裏に焼き付く炎は、まるで地獄のほのおの様に炎々と燃え盛っていた…。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る