第三十話 『魍魎剣士』

 魍魎もうりょう…すなわち妖怪。

人ならざる者であり、人の魂を喰らう者。

女子おなごの姿で在りながら、人の魂を喰らう魍魎もうりょうを、人々は『人喰姫ヒグメ』と呼んだ。



 「十太郎とうたろう…お前を我ら『魍魎剣士もうりょうけんし』に迎え入れよう。」


緋叉那ひさなの言葉に唖然とする十太郎。


「魍魎…剣士?」


「そうだ。その名の通り魍魎を刀に宿し、その力で魍魎をめっする者だ。」


十太郎はある疑問を抱いた。

そして勢いよく立ち上がると、風樹かざき八重一郎やえいちろうを順に目で追った。


「ってことは…この二人も刀に魍魎を封印しているのか?」


十太郎の質問に対し、風樹は呆れた表情を見せた。


「二度も説明させんな。」


それに対し、十太郎は不満げな表情を見せた。

八重一郎はそんな二人を見兼ねて立ち上がった。


「僕も風樹くんも、それぞれ魍魎の力を宿しているよ。」



「八重一郎…それ以上の説明は不要だ。まだ完全に信用した訳じゃない。」


緋叉那の言葉に十太郎は反論する。


「それはこっちも同じだ!いきなり出てきて、訳の分からない組織に勧誘して…怪しすぎるだろ。」


すると今度は風樹が反論する。


「んだとこらぁ!人の善意は大人しく受け取っておけやこら!」


「誰だてめぇ!」


「あん?やんのかコラ!」


八重一郎と緋叉那は、二人の口論を呆れた顔で見ていた。


するとそこへ月乃たちが駆け寄ってくる。


「十太郎!そろそろ行くよ!」


十太郎達は月乃の方へ視線を向ける。

緋叉那は月乃に問いかけた。


「何処へ行くと言うのだ。もうじき日が暮れるぞ。」


元太げんたのお爺さんを探しに行くんです。」


「元太?」


元太は月乃の後ろに隠れ、顔を覗かせている。

緋叉那は元太を見つめた。

そして目を細め、何かを感じ取った様だ。


「元太……お前の祖父は…馬を飼っていたか…?」


「え…?あ…うん…。」


元太の返答を聞いた緋叉那は、少しの間黙り込んだ。


「そうか…。その祖父だが…二日ほど前に会った。」


「…ほっ…本当!?」


元太は月乃の元から身を乗り出した。

希望と喜びが溢れ出し、自然と笑顔になる。



「ちょうど昨夜…この地に埋葬まいそうしたところだ。」


その時吹いた風は心なしか冷たく感じた。



 夕暮れの丘の上で、元太の泣き叫ぶ声が永遠と響いた。

元太のこぼした涙は、更地となった地面に染み込んでいく。

何度もこぶしを地面に叩きつけ、どうしようもならないこの気持ちをぶつけた。

まだ幼いその両手は、血で真っ赤に染まるほどだった。


「…元太。」


月乃が背中を優しく撫でる。


「…寿命なら仕方ないよ。爺ちゃんは一生懸命生きたんだ…。でも…でももっと…一緒に過ごしたかった…」


元太はその場に泣き崩れた。


「うわぁああああ…!爺ちゃぁああん…!」


悲痛な少年の叫び声は、皆の心をえぐる。

緋叉那はそっと十太郎のそばに寄り耳打ちする。


元太やつの祖父は魍魎に喰われたのだ。」


十太郎は目を見開き驚いた。


「そんな…!…なんでそんなこと…」


緋叉那は静かに話し続けた。


「魍魎は魂の匂いが分かる。私の刀に宿っている鈴鹿御前すずかごぜんは、先程滅した二鬼の魍魎の魂の中に、元太やつと同じ匂いの魂を感じ取った。」



「そんな…」


十太郎の表情が次第に青ざめていく。

そしてそれと同時に複雑な感情が溢れ出る。


「それじゃあ…埋葬したって言うのは…」


「私なりに情けをかけたつもりだったが…それとも真実を述べた方が良かったか?」


真実とは時に残酷な事を突きつけられる。


十太郎には緋叉那の選択肢を否定する事も、肯定こうていすることも出来なかった。


すると緋叉那は元太の元へ歩み寄る。

そして彼らに背を向け、語り始めた。


「泣いても何も変わらん。ただただお前の喉を枯らすだけだ。」


元太は緋叉那の背中を睨みつけた。

悔しくて堪らないのだ。

赤の他人にさとされる程、腹立たしい事はない。

しかし緋叉那は構わず続けた。


「喉が枯れたとて、時間が経てば元に戻る…。その拳も…いずれは瘡蓋かさぶたとなり元に戻るだろう。そんなものに意味など無い。」


元太は体を震わせ、今にも飛び掛かりそうな程の怒りを抱いていた。

しかしそれ以上に怒っていたのは月乃だった。

月乃は勢いよく立ち上がり、緋叉那に向かって言い放つ。


「ちょっと!いくら何でも酷すぎるんじゃ…」


「そういう意味では…人間は『物理的な痛み』には強いらしい。刀が肉を切り裂こうと、骨が砕けようと、全ては時間が解決してくれる。」


月乃の言葉を遮る様に、緋叉那は淡々と言葉を放つ。


「だが心に付いた傷は決して消える事は無い。『精神的な痛み』は一生抱えて生きていく。」


月乃は唾を呑み込んだ。

そして自分に付いた心の傷がうずき出す。

それは両親の死だ。

思い出すと、急に胸が締め付けられた。

それは刀の中の長子ながこも同じであった。


すると緋叉那は振り返り、元太の目を見つめて言った。


「その痛みを力に変えろ。その痛みが明日を生きる為の理由となる。」


緋叉那の瞳は、強い信念と意志を持った真っ直ぐな瞳だった。

自然と元太の涙が止まった。

月乃は緋叉那の目の前から退しりぞき、道を開ける。

緋叉那は再び十太郎たちの元へと歩き出した。

十太郎は緋叉那の瞳をじっと見つめた。

そして瞳の奥に隠した、強い殺意までもが見えた気がした。



 みさきの丘を後にした十太郎たちは、元太と最初に出会った『梅の村』へと帰還した。

そこには緋叉那一行の姿もあり、皆は宿の薄暗い広間に集う。

蝋燭ろうそくの火を真ん中に灯し、それを囲う様に座っている。

そこに元太と吉介の姿は無い。


ず初めに口を開いたのは緋叉那だった。


「なるほど…北の国か。」


十太郎は緋叉那たちに全てを話したのだ。


「俺たちの生い立ちは全部話した。次はお前たちの番だ。」


十太郎の言葉に、風樹は少し苛立ちを見せる。

それとは裏腹に、八重一郎は穏やかな口調で緋叉那に語りかけた。


「緋叉那ちゃん…この子達は腹割って話してくれたんだ。僕らの事も、話してあげよう。」


緋叉那は静かに目を閉じ語り始めた。



「私は…まだ七つの頃に両親を亡くした。忌々いまいましい魍魎によって、二人の命は奪われた。」



八重一郎は目を瞑った。

緋叉那は話を続ける。


「だが当時の魍魎はさほど脅威では無かった。武士が十人も居れば撃退出来る程であった…。奴が現れるまでは…」


十太郎は瞬時に悟った。


空亡そらなき…!」



「あぁ…そうだ。空亡やつの出現により全ては変わった。魍魎は『妖力』という特殊な力を持ち始めたのだ。」



十太郎と月乃は終始、重たい緊張感に包まれていた。



 『妖力』…それは魍魎の力を上昇させる為の動力源の様なものだ。


かつての魍魎は、単に凶暴化した超人に過ぎなかった。

それゆえ人間は刀で対抗する事が出来た。

それは今から七年前…緋叉那が十三の頃。

魍魎が刀を恐れていた時代があった。

当時、剣豪たちの間で広まった天下五剣が各地でまつられるようになった頃、魍魎は人間の住む地に寄り付かなくなっていた。


だがある時をさかいに、魍魎が妖力を持ち『妖術』を使い始めた。

人間の想像を遥かに超えた異能力に、人間は成すすべを失った…。



「それから空亡そらなきは姿を消した。これは私の勝手な考察だが、膨大な力にはそれなりの犠牲がともなうらしい。空亡やつが再び姿を見せたのは五年後の現在だ。」


緋叉那の言葉に、十太郎は思い当たるふしがあった。


「前に天狐てんこが言ってた…。空亡は赤子の姿だったって…」


すると緋叉那は、十太郎のそばに置かれた三本の刀に視線を向けた。

それに気がつき、十太郎はその中から鬼丸を手に取った。


「魍魎の事は魍魎に聞くのが手っ取り早い。」


その瞬間、鬼丸は激しい光を放ち、黄色い妖気が漏れ出した。

この光景に風樹と八重一郎は驚いた。

具現化した天狐が皆の中心に現れる。


「なにやら面倒臭そうな場所に呼び起こされたみたいだな。」


天狐は腕を組み、緋叉那を見下ろす。

すると緋叉那は天狐に向かって言い放った。


「貴様らのかしら…空亡について、貴様が知る情報の全てを話せ。」

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